「では、始めてください」
振り分け試験が始まった。周りがカリカリと問題を解いている。試験は何事もなく終わる。
「ドタッ」
そう思っていた矢先隣で大きな音がした。
「姫路さんッ!」
すぐさま姫路さんを抱きかかえた。
「大丈夫ですか?姫路さん。保健室に行きますか?その場合『無得点』扱いとなりますがそれでもいいですか?」
「ちょっと先生、それはひどいじゃないですか!?」
「あ、明久、君・・・」
「・・・ッ!」
なにかが頭の中に突然出てきた。鮮明ではないが『明久君』という言葉が妙に懐かしく、そして僕を苦しめる。僕は昔、姫路さんにとても大きな迷惑をかけた。いや、姫路さんだけではない、そんな気がする。
「はい・・・、保健室に行きます・・・」
姫路さんはかすかな声でそう言った。
☆
僕らがこの文月学園に入学してから二度目の春が訪れた。校舎へと続く坂道の両脇には新入生を
迎える為の桜が咲き誇っている。別に花を愛でるほど雅な人間ではないけれど、その眺めには一瞬目を奪われる。でもそれも一瞬のこと。今僕の頭にあるのは春の風物詩ではあるけれど、桜のことじゃない。僕の頭には今年一年を共に戦い抜いてゆく戦友と教室ー要するに新しいクラスのことでいっぱいになっていた。でもただどこになるかが気になっていたわけではない。ただ僕には必ずならなければいけない。
「吉井、なんだ?今日はやけに早いじゃないか」
玄関の前でドスのきいた声に止められた。声のした方を見ると、そこには浅黒い肌をした短髪の
いかにもスポーツマン然とした男が立っていた。
「おはようございます。西村先生」
「あぁ、ほら、受け取れ」
先生が箱から封筒を取り出し、僕に差し出してくる。宛名にの欄には『吉井明久』と、大きく
僕の名前が書いてあった。
「あっ、ありがとうございます・・・」
「ん?吉井、緊張しているのか?まぁ確かに今年一年を決めるものだからな」
僕にとってはどうでもいい、ただみんなに迷惑をかけたくない。ただそれだけだ。
封筒が頑丈にノリで固められてうまく出せない。
「吉井、俺はお前を去年一年見て、『もしかしたらこいつはバカなんじゃないか?』と疑っていた」
それは妥当な判断だろう。なんせほんとにバカなのだから。なかなか開かないな、仕方ない破ろう『ビリッ』開いた。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
「おっ、もう時間だな。吉井早く教室にいけ」
「はい」
「おい、バカ明久。早く行くぞー」
「雄二?」
雄二が僕のことを呼んでいる。仕方ないのでついていくことにした。
☆
「これが本当に教室?」
僕らが先にやって来たのはFクラスだった。
「こりゃ本当にひどいな・・・」
雄二も流石にこれには驚きを隠せないようだ。腐った畳に卓袱台、割れたガラスに綿のない座布団。僕もこんなクラスは耐えられない。
「じゃぁ、僕はちょっと席を外すね」
そう言って僕はFクラスを後にした。
とりあえずこっちだよな。あ、あった。しばらく歩いていると、まるでホテルのロビーのような教室が目に入った。
とりあえず入ることにした。そう僕の封筒には『吉井明久ーAクラス』と書いてあった。要するに
ぼくはAクラスに入れたということだ。中に入ると、周りから
「おい、なんであいつが?」
「ここはバカの来るとこじゃないぞ?」
などとこっちを見てこそこそと囁いてる。文句があるなら面と向かって言えや!とつい怒鳴りそうになったが抑えた。
「うむ?おぉ、明久!」
「ひっ、秀吉?いやでも秀吉がAクラスなわけ・・・あぁそうか、木下さんだね」
「アタシがどうかした?吉井君」
「あ、姉上」
後ろから一人の女子生徒がやってきた。
「明久、あの言い方はひどいではないか?ワシをバカ扱いしよって」
「そうよ、吉井君。アタシがいるんだから」
秀吉はつきっきりで木下さんに勉強を教わっていたらしい。
「やっぱりそうだったのね・・・」
木下さんが僕のほうを見て呟く。
「?木下さんなんのこと?」
「『優子』って呼んで。秀吉もいるわけだし」
「あぁ、そうだね、被っちゃうしね」
「物分りがよくて助かるわ。まぁここでは話しづらいでしょうし、お昼休みにでもね」
「あ、うん」
結局木下・・・もとい優子さんは何が言いたかったんだろう?何もわからなかったけどとりあえずどうしよう。秀吉がAクラスだなんて計算外だよ。
「おい、ここはFクラスじゃないぞ?」
Aクラスにもいるんだなこんな輩。相手を見てくれと思い込みだけで判断するのは良くないよ。
「はい、ではみなさん座ってください」
と一人の女性が言うと、全員静かに席に着いた。声がした方を見ると、髪をお団子状にまとめ、眼鏡をかけてスーツをきっちり着こなした知的女性の代表のような教師がいた。
とりあえず近くの席に『吉井明久』の文字を見つけ座った。
「私はこの二年A組の担任、高橋洋子です。よろしくお願いします」
確かにその名前が後ろのプラズマディスプレイに映し出されているけど、問題は名前ではない。
その画面の大きさだ。ただでさえ大きな部屋なのに、その壁一面覆うほどの大きさである。
「まずは設備の確認をします。ノートパソコン、個人エアコン、冷蔵庫、リクライニングシートその他の設備に不備にある方はいますか?」
絶対にないだろう。この設備に不備なんて、Fクラスになんて入った時点で病院に行くだろう。
「では、初めにクラス代表を紹介します。吉井明久君。前に来てください」
「えっ・・・?」
『えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
クラス全員が叫んだ。
「ありえない、なんであいつが」
「霧島翔子が代表じゃないのか?」
「カンニングしたんだ、あいつのとなりは姫路だったからな。しかも途中で席を立っているらしい」
「なるほど、そういうことね」
「みなさん静かにしなさい!吉井君は自分の実力でAクラスの代表になったのです。第一私たち教師がカンニングなんて見逃すはずがありません!」
高橋先生が周囲を一喝し、周りが黙る。先生ありがとうございます。
「確かに最初は驚きましたし、カンニングを疑いました」
あっ、疑ってたんだ。
「しかしそんなことはしていません!」
高橋先生が断言する。もう説得力がない気がするのは僕だけだろうか・・・
そのまま自己紹介、これからのことや係り決めなどであっという間に、お昼休みになった。
「ここだと人が多いし、屋上に行きましょうか」
言われるがまま僕と秀吉は屋上に向かった。
「よく晴れておるのう」
秀吉が背伸びをしながら気持ちよさそうに言う。
僕らは、適当なところに座り、お弁当を広げた。僕は家にあったゲームを全て売りさばき、それを生活費にあてたことで、人並みの食事が出来ている。
「あのさ、吉井君」
優子さんが話を切り出す。
「あなたは誰なの?」
僕は食べようとしていた唐揚げを落とし、そのまま固まった。