アストンマーチンでファ○マに突っ込む俺は、本物が欲しい。 作:夏ノ雪
これまでの生ぬるい現実。
そんなどうしようもなく心地よく、ストレスがない世界に俺は生きていた。
でも・・・俺は悟ってしまった。
ずっと前からわかっていたのかもしれない。
幻想の生活。
心のどこかで願っていた子供の夢。
満ちたりた学園生活。
友達と仲良く汗を流し、彼女とほろ苦い恋をする。
そんな甘い砂糖菓子のような幻想。
現実にはそんな事は訪れない。
だが、誰しもが心の片隅で抱いている願望。
俺はそんなものを信じていなかった。
積極的に拒み、逃げてきた。
心にふたをし、ぼっちの仮面を被っていた。
だが、奉仕部で由比ヶ浜や雪ノ下と過ごすうちに、楔の様にそれは俺の心を侵食していった。
棘がギシギシと刺さり、俺の心をがんじがらめにしていく。
その痛みが俺を知らず知らずの内に動かしていた。
そう、知らず知らずの内に・・・
そして・・・・
俺は由比ヶ浜と雪ノ下の前で・・・
気づくと呟いていた。
「本物が欲しいと」
そう。
俺は本物が欲しい。
本物が欲しい。
本物が・・・
欲しい
本物の衝撃が・・・・
◆◇◆◇◆◇
千葉県某所。コンビニ。
ということで今俺達は、ファ○マの前にいる。
平塚先生のアストンマーチンが駐車場で光り輝く。
実に眩しい。
安月給の教師で何故そんな車を所有しているか不思議だ。
だが、俺はそんなところまで彼女に踏み込まない。
俺と彼女の境界線。
平塚先生が俺に近寄る。
フワッと大人の女性の匂いがする。
「比企谷・・・いいのか?別にお前がやらなくても・・・」
平塚先生は、口惜しそうに俺を見つめる。
彼女のそんな表情にすがりたくなる俺。
近づくもう一つの影。
「そうだよ、ヒッキー。ヒッキーがそんなことする必要ないよ」
由比ヶ浜が必死な表情で俺を見つめる。
服の袖を掴み、プルプルと震えている。
「これでいいんだよ。これなら誰も傷つかない。みんなが幸せになれる解決策はこれしかない」
スタスタ
さらに近づく影。
「うぬぼれないで。あなたにそんな事できるわけ・・・・」
雪ノ下が唇をかみしめる。
綺麗な黒髪が揺れている。
「そうだ、比企谷。何もお前ひとりで全ての問題を解決する必要はないんだ。それに、お前が傷つくことで、心を痛める人もいる」
平塚先生の声に、由比ヶ浜と雪ノ下がビクッと反応する。
そんな二人を見て俺は・・・
「ふふ・・・」
力なく笑う。
どうやら、彼女たちは俺の事を大事に思ってくれているようだ。
それを見て僅かに沸き起こる心の充足感。
だが、それは本物だろうか?
本物・・・
なんとなく口から出たあの言葉。
俺はその言葉の意味をまだ知らない。
だから・・・
だからこそ・・・
これから確認しに行く。
◆◇
スタスタ
ガチャ
俺はアストンマーチンに乗り込む。
キーはさしっぱなしだった。
キーを回す。
ブンブン
エンジンが高く鳴り響く。
「比企谷!」
「ヒッキー」
「比企谷君」
彼女たちが窓による。
「俺、本物を確かめに行ってきます。本物の衝撃を・・・」
俺の言葉で堪忍したのか。
彼女たちは車から離れる。
「ヒッキー、私祈ってるから、絶対に成功するって」
「比企谷君。私もあなたなら成功すると思えるわ」
「比企谷、目いっぱい感じてこい、本物を」
俺はエンジンをふかす。
額に汗が沸き起こる。
脇に、腹に、腿に、いたるところから汗が出てくる。
これが本物に挑むって事か。
ブンブン
俺はアクセルを踏み込む。
急発進するアストンマーチン。
イギリスの乗用車メーカーの車。
日本での価格は2000万円程のそれ。
カーボンファイバーとアルミの混成ボディフレームを持ち、外装パネルはすべて職人による叩き出しのアルミパネルによって構成されるいる車体が光り輝く。
「ぐうぅ」
あまりの急発進に、体にGがかかる。
シートベルトが体にめり込む。
これが本物か・・・
アストンマーチンの重力。
本物の重力。
普通に生活していれば感じる事のない衝撃。
俺はそれを全身に感じながら、ファ○マに突っ込む。
キュルキュル
タイヤが音を鳴らす。
もう目の前だ。
店内に人影はいない。
あらかじめ彼女たちに協力してもらい、強制退去してもらった。
目の前に飛び込む、雑誌コーナー。
ガタン
車体が揺れる。
店舗前の段差を乗り越え、車体が宙に浮く。
フワッ
時間が止まり、俺は無重力を感じる。
すべての時間が遅く進む。
ふと周りを見ると、彼女たちの驚きの表情で俺を見ている。
ポカーンと口を開ける由比ヶ浜。
僅かに目を見開く雪ノ下。
心配そうな顔の平塚先生。
先生、大丈夫・・・
保険は効きますよ。
多分。
目の前を向く。
ガシャン
という音が響き、ガラスが粉々になる。
俺のアストンマーチンが窓を突き抜ける。
ガシャン
本棚がフロントガラスに刺さり、割れる。
ドカドカ
大量の雑誌が車の中になだれ込む。
っと、次の瞬間。
ガタン
「うっ」
車体が止まる。
車体の底が窓枠にひっかかり動けない。
まだだ!
まだいける。
俺はアクセルを踏み続ける。
キュルキュル
空回りするタイヤの音。・
その音が店内のBGMを打ち消す。
「や、やめてくれ~」
店舗のオーナーらしき、爺さんの声が聞こえる。
そんな爺さんを羽交い絞めにするイケメンの姿。
あ、あいつは・・・
葉山は爺さんを抑えてつけたまま、俺に腕を伸ばし、親指を立てる。
そんな姿でも葉山は爽やかだ。
俺はさらにアクセルを踏みこむ。
フキュルキュル
タイヤが空回りする。
だが、俺は踏み続ける。
キュルキュル
「いけええええええええ!!!!!」
めったに出さない声を出す。
その願いが届いたのか、俺のアストンマーチンは店内に突っ込む。
バキバキ
化粧品棚を破壊する。
ボキボキ
お菓子棚を破壊する。
ズシン
ドゴン
弁当の棚を突き抜け、壁にあたる。
メリメリ
ひびが入る壁。
俺はレバーを操作し、バックする。
そして再度壁にぶつかる。
ゴツン
壁にひびが入る
アストンマーチンの部品が飛び散る。
まだだ・・・
また、本物の衝撃を味わっていない。
まだいけるはずだ。
俺は再びバックし、壁にぶつかる。
メリメリ
壁が僅かに崩れだす。
はじけ飛ぶ、アストンマーチンのフロントフレーム。
もう少しだ。
「わ、わしの店が・・・・・」
爺さんが泣き崩れる。
「ヒッキー」
「比企谷 君」
「比企谷にぃいいい」
彼女らの声援を受け、俺は最後になるであろう準備をする。
アストンマーチンアタックの。
アクセルを踏み込む。
手に汗握るハンドル。
タイヤがうなり、エンジンが火を噴く。
キュルキュル
ドガーーン
俺のアストンマーチンは見事壁を突き破り、その先の民家に突っ込む。
「ぐをおおおおお」
体中に、脳まで、心まで貫く衝撃が俺を襲う。
俺は今、満たされていた。
味わったことのない衝撃。
これが本物の衝撃だろうか・・・
灰色の青春の中できらめく光なのだろうか。
彼女、彼が求めた本物。
決してこれまで手に入れることができなかった願望。
人が青春時代に自然と求めるである原初の欲望。
それを今・・・
俺は・・・
体験しているのかもしれない。
◆◇
ウーン ウーン
遠くからサイレンの音が聞こえる。
徐々に近づいているようだ。
ガチャ
ドアが開き、平塚先生が入ってくる。
「比企谷 、どうだ今の気分は?」
彼女は冷静に俺を見る。
「分かりません・・・・でも、悪い気分じゃないです・・・」
彼女は俺の言葉を聞き、すっと目を下に向ける。
その動作は、俺の心をどこかギクリとさせる。
冷たい何かが流れ込む。
「そうか・・・だがな比企谷。本物ってのは、そう簡単に手に入るものじゃないんだ・・・」
そういって彼女は俺の体をどかし、運転席に乗り込む。
彼女はキーを回し、レバーを操作する。
「まずは、逃げるぞ」
「え・・・はい」
平塚先生が物凄いスピードでレバーをハンドルを操作する。
キュルキュル
ズドン
そうして民家を脱出する。
◆◇
窓からは、壊れたファミマの姿が見える。
由比ヶ浜や雪ノ下の姿は既にない。
葉山の姿もだ。
だが、何故か一人の見知った男だけその場にとどまっている。
その太ったシルエット。
俺の親友の材木座 義輝。
そうか、あいつが・・・・
俺の視線に気付いたのか、平塚先生が口を開ける。
「いいか比企谷。事件には犯人が必要だ。それが真実であろうとなかろうと誰も気にしない。世の中そういうもんだ。これが大人の解決方さ」
「でも、それじゃ、俺は・・・」
「それにあの店の店長は万引きした女子生徒にいかがわしい事をしていた。それに、顧客情報や、偽造カードの販売を行っていた。それについての証拠を材木座には持たせている。あいつならなんとかするだろう」
俺の頭に手を乗っけ、ワシワシと髪をまさぐる。
「君はまだ若い。将来も有望だ。こんな所で捕まるのもしゃくだろう」
彼女の手の温もりと、言葉で心が温かくなる。
充たされていく心。
俺は彼女を見る。
「・・・そうですね」
俺はそう呟くと、再び外を見る。
どこか、清々しいその光景。
ファ○マの残骸。
看板がはがれおち、店舗の先の民家の台所まで見える。
そう、あれは俺の心を表しているのかもしれない・・・
時代に適応した店舗形態。
それはこの時代に適応しようとする俺の心そのもの。
そんな店舗に空いた穴から見える、家族団欒の古き良き日本の姿。
そう、それは俺の原初の心。
この経験で、俺は近づいたのかもしれない。
本物に・・・
横でアストンマーチンを運転する平塚先生の顔は、とても美しかった。
窓から流れ込んでくる風が、とても気持ちいい。
俺はふと口が動く。
「先生、俺、アストンマーチンで世界を変えるかもしれません」
続きを書くかも・・・
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