連続投稿二十二話目。そろそろ息切れが……。
棺桶型のリュックを背負い、デフォルメされたクマさんのポシェットを肩から下げて私は歩く。
もしも外に出られる日が来たら、真っ先に行ってみたかった場所に行くために、ゆっくりだけど歩いていた。
方角は東。ずっとずっと東。神様がまだ人間だった頃に暮らしていたと言う『日本』と言う国に向かっていた。
もちろん、こうして歩いている理由はいろいろある。飛んでしまえば早いけれど、代わりに色々なものを見逃してしまう。外に出るのが初めての私にとっては何もかもが綺麗で新しくて、退屈だと感じる暇なんてないくらい。
風が頬を撫で、植物の香りが鼻をくすぐる。吸血鬼としては太陽の光はちょっと危ないんだけれど、神や仏としての私なら太陽の光はむしろ私が出す側になっているので何ら問題はない。
お姉様やお父様では生きている限りまず楽しむことのできないだろうこの景色を、吸血鬼でありながら私は楽しむことができる。
これもきっと神様のお陰。神様ありがとう!
『いいってことよ』
「言いたいから言ったの。受け取って?」
『受け取った』
受け取ってもらえた。やった。
歩き続けているけれど、家の回りの森の中には動物達がとても少ない。いるのは蝙蝠と、その餌になる小さな虫。あと人狼くらいなものだ。
それに、その動物達も私に気付くことはない。魔法的にも視覚的にも匂いや音でも見つけられないようにしてあるし、早々私に気付きはしない。
気付くとしたら……私の足跡や掻き分けてきた草むらの道を見て追いかけてくる場合だけ。対策として少し浮いているし、枝はちゃんと避けているから見つかりにくくはあるだろうけど、それも絶対ではない。神様という存在を知っている私はその事をよーく知っている。
お父様の支配している森から出るのに数時間。樹よりも高く飛ぶわけにはいかないからあまり早くはできないけれど、見たいものをたくさん見ながらってことなら遅いわけではない。
生まれてはじめての森歩きを楽しみながら、警戒を続ける。本当ならもっと気楽に行きたいんだけど……少なくともキリスト教圏では難しいだろうとわかっている。
私は吸血鬼。つまり悪魔であり、さらに神。存在が知られるだけで狂信者や天使から狙われる理由になる。私は何にもしてない……って言うのはあれだけど、ただ存在しているだけで狙われるのはちょっと納得いかないよね。
そんなことを言ってもあちらは私の都合なんて考えてくれないだろうし、それならそれで私も反撃するけどさ。
……右の頬を打たれたら左の頬も差し出しなさい、って一節がキリスト教の聖書にはあるけれど、私はキリスト教圏で生まれたキリスト教の悪魔だけれど、キリスト教徒ではない。
殴られれば相手がもうこちらに害を加えてこなくなるまで殴り返すし、その周りが仇討ちなんて事をやってこないようにちゃんと全部潰しておく。血縁などと言った概念的な繋がりから金銭などの物質的な繋がり、敬愛や恋愛などの精神的な繋がりまでしっかりきっちり全部まとめて破壊してしまえば、そうしてきた相手の事を誰かが思い出すことも無くなる。
それはそうだよね。記憶も想い出も執着も何もかもがなくなってしまえば、私が誰かを消しても消された誰かのことなんて初めから誰も知らなくなるんだからさ。
でも、私だってやりたくてそんなことをする訳じゃない。むしろはっきり言ってやりたくない。
死んだらその先はない。私が壊した場合、意思も信仰も魂も何もかもを壊して無に還す。破滅神の系譜にして信徒にして従属神である私がいうのだからまず間違いはない。
そんな取り返しのつかない能力だからこそ、私がそんな力を振るわなくてもいいようにしてほしいと思う。
『お、狼か。やっぱり吸血鬼の眷属に狼って居るんだな』
「そうだよ。私もできると思う。やり方は何となくわかるし」
『まあ、ここではできないけどな。ここに居るのはもう主が居る奴ばかりだろうし』
「残念だよねぇ」
狼。西洋においてはただの獣か魔獣とされることが多い動物で、吸血鬼のよく使う眷属の一つとしても知られている。その吸血鬼からもよほど強力でなければ捨て駒のように使われることが多い。
けれど、概念術を使えるものからすればその価値は一変する。
『
もちろんそれは日本語を使えばと言う前提が必要ではあるのだけれど、ことキリスト教の悪魔にとって言語と言うものはけして壁になることがない。
なぜならば、『あらゆる言葉を介する』と言う能力を、悪魔は当たり前に保有している。どんなデキソコナイであろうと、どれだけ生まれてからの時間が短かろうと、悪魔は言葉で困ることはない。
……舌が短くて上手く話せない言葉もあるけれど、概念術では言葉以外に宿る概念も付加、あるいは強化できる。これほど便利な術も早々無いし、概念術を使うのに日本語ほど適した言語も早々無い。同音異義語が非常に多いって言うのが大きな利点の一つかな。
で、そんな狼/おおかみ/大神を、吸血鬼でもある私は従えられるんだよね。ほぼノーリスクで。
そんな状態で一神教の教圏内に入ってそれがバレたらどうなるか。想像に固くないよね。
そんなわけで、私はできるだけ早くキリスト教圏から脱出しなくちゃいけない。でも、私はせっかくの自由を楽しみたい。どっちもやらなくちゃいけないって言うのは大変だけど、できた時の達成感はきっと凄いだろう。
そのために私は歩いていく。目に映るたくさんの『初めて』を楽しみながら、どこまでも。
……そうだ。この地球の全部を見て回ったら、月や火星にも行ってみよう。山の上、地の底、深海、極地。それだけ見て回るのでも何年かかるかはわからないけど、私の未来はとても長い。死なない訳じゃないけれど、死んでしまってもその先がある。
だから、と言うわけではないけれど……楽しめるだけ楽しもう。