ネプテューヌEX ~とある青年のエクスペリエンス~ 作:S・TOM
「……うちの妹が迷惑をかけたわね」
教会の客間。テーブルを挟んだ向かい側に座るブランが詫びを入れる。先ほどの怒声から一変、とても静かで落ち着いた声色だった。
その隣では妹のロムとラムが顔を俯けている。よっぽど姉の雷が怖かったのだろう。二人とも泣きべそをかいていた。
「うぅ……イタズラしてごめんなさい」
「ごめんなさい……」(うるうる)
「いえいえ大丈夫ですって! 特に気にしてませんから、あはははは!」
イタズラの被害に遭ったものの、それを明るく笑い飛ばすデビッド。頭に受けた傷は既に、エリナの回復魔法によって完治していた。
だがブランは納得せず、首を振る。
「いいえ、謝らせて。ロムとラムがあなた達にイタズラしたのは私の監督不行届が原因よ。せっかくプラネテューヌから来てくれたのに迷惑をかけてしまって本当に申し訳ないわ」
「あははは! ロムちゃんもラムちゃんも、イタズラが大好きだからね~。どれ、私も久しぶりに……」
「シーシャ?」
カラカラと笑うシーシャに対し、ブランが威圧感のある声で牽制した。今まで被害の対象となってきた彼女にとって、これ以上のイタズラはご勘弁願いたかった。
「じょ、冗談冗談! イタズラは程々にしようね、二人共」
「程々じゃなくて一切やらないでほしい物ね」
お飲み物をどうぞ、とブランの従者であるメイド――フィナンシェが全員分の紅茶を出す。
身体の芯から温まるそれを飲み、カイトはルウィーという国を理解した。
一見すると寒冷だがその実は温暖。暖かな国なんだな――と。
そして守護女神のブランもまた、大人しそうに見えてかなり激しい一面を持っている……いや、これはちょっと違うかもしれない。
「さて、本題に移りましょう」
頃合いを見て、ブランが話を変える。凶暴化モンスターの件だ。
「事前に聞いてると思うけど、ルウィーの周辺で凶暴化モンスターが勃発しているの。私達の方でも何とか対処しているけど、モンスターの数が多すぎて手が回らない状況だわ。そんな時にあなた達が来てくれて本当に助かるわ」
「身にあまる光栄です、ホワイトハート様。さすれば我ら第四班、紫苑に集いし希望の名に懸けて必ずやルウィーを害悪なる物の毒牙からお守り致しましょう」
自信に満ちた表情で意気込むウェイン。いつもクールな彼にしては珍しい姿だ。自分の故郷だからか、引き締まった表情から気合や熱意を感じる。
……何が紫苑に集いし希望なのかは分からない。
当然、隣に座る三人もウェインの言動に困惑を隠せないでいた。いつも通りの彼だと言えばそれまでだが。
「……良い名前ね」
「へぇ~、割と決まってるじゃない!」
「カッコいい……」(うきうき)
だがセンスが異なってるのか、ルウィー三姉妹はウェインの異名に感心を寄せていた。
まずいわね、早く話を戻さないと。流れがあらぬ方向へ逸れる事を危惧したエリナが質問する。
「何か情報は掴めているのでしょうか? 以前、プラネテューヌを襲撃した汚ぶ……ルーガスの仲間の存在が確認されてますが、それっきり姿を見せていないようです」
ブランは残念そうに首を振り、答える。
「いいえ、まったくよ。こっちでモンスターの出現場所や時刻を纏めてみたけど、どれもバラバラで拠点を割り出す事が出来ないの。ルーガスについてもその仲間についても、まだ詳しい素性は掴めてないわ」
「そうですか……どこに潜んでいるか分からない今、一刻も早く手がかりを見つけ出さないといけませんね」
「悔しいけど、その通りね。だけど――」
全部が全部、分からない訳ではない。一息ついて、ブランは言葉を連ねる。
「ルーガスの正体についてはある程度察しがついてるわ」
「えっ? ホワイトハート様、何かご存知なんですか!?」
意外な返答にエリナが食いついた。他の四班やシーシャもエリナと同様の反応を示し、ブランの声に耳を傾ける。
「ええ、プラネテューヌで直接会って分かったの。ルーガスの正体。正体はズバリ、ネガティブエネルギーよ」
「ネガティブ、エネルギー……!?」
「なるほど。何かに似ていると思ったらそれだったのか」
ブランの口から発したルーガスの正体。それを聞いたエリナは驚き、シーシャは腑に落ちた様に頷く。
「…………?」
周りが驚いたり納得したりする中で唯一、カイトは聞いた事の無い用語にポカーンとする。
無理もない。彼がゲイムギョウ界に来てから一ヶ月ほどしか経っていない。生活には慣れていったものの、この世界についてはまだ知らない事の方が多かった。
カイトが話についていけてない事を感づいたのか、ブランが説明を始める。
「ネガティブエネルギーはその名の通り、負の感情に引き寄せられるエネルギーよ。不安、悲しみ、怒り……その感情が強ければ強いほど、ネガティブエネルギーの力も強くなるわ。そしてそのエネルギーが一か所に集まって人型に変えたのがルーガスだと考えているわ」
「そうだったのですね……通りで腐った根性をしてたわけね。あのドブの様にどす黒いモンスターを率いていたのも、切断面から血の代わりにカビみたいなもやが出たのも、全部ネガティブエネルギーで出来た存在だからなのね。全く、汚らわしい。跡形も無く消し去ってやりたいわね……」
「ふぇぇ……あの人、怖い」
「何この人、さっきと雰囲気違うじゃない……まるでお姉ちゃんみたい」
ルーガスの話題でヒートアップしたエリナの、侮蔑や憤怒を隠さない声色に怯えてしまうロムとラム。
二人の声を聞いてエリナはハッとなり、二人を怖がらせてしまった事を後悔する。
「ご、ごめんなさい! 怖がらせるつもりは無かったの。泣かないで、二人と……あっ、いえ、ホワイトシスター様!」
「普通にロム、ラムって呼べば良いわ。二人はまだ子供だから、そうやって恐縮されるとどうすれば良いのか困っちゃうの」
「は、はい! すぅ……さっきは、怖がらせてごめんね?」
緊張しつつも穏やかに謝るが、エリナを怖がる二人の表情は変わらなかった。さっきの言動で、女神を貶む輩を決して許さないエリナの一面に恐怖してしまったのかもしれない。
「……というか、お姉ちゃんみたいは余計よ」
本当はハッキリとラムを叱りたがったものの、そのタイミングを完全に逃してしまい、ボソリと呟くだけに留まってしまったブラン。今度言ったらちゃんと咎めないと。
「相手がネガティブエネルギーって言うなら油断は禁物だね。街にモンスターが雪崩れ込んで市民が襲われる事があったら、負の感情を取り込まれて強くさせかねないしね。そうならないためにも、アタシ達で力を合わせてルウィーを守っていこうか! 特命隊」
「仰せのままに」
シーシャの呼び掛けにウェインが答える。
ウェインだけではない。エリナやデビッド、そしてカイトもルウィーの平和のため、迫りくるモンスターを撃退しようと心に決めた。それが自身らに与えられた使命だから。
「モンスターが現れたらすぐに対処できるように、見張りを街の各所に置いたけどまだ報告は来ていないわ。来ても定期報告だけ。今のところ平和だし、しばらく休んでいて良いわよ。もちろんルウィーの観光もね」
ところで――ブランの視線がウェインに向けられる。
「あなた……ウェインだったわね。事務室にお姉さんがいるわ。あなたがプラネテューヌに行ってから寂しそうにしてたから、久しぶりに会ってきてちょうだい」
「ホワイトハート様のお申し付けとあれば。失礼します」
すくっと下座から立ち上がり、深く一礼して客間から退出した。
お姉さん? ウェインに姉妹がいたのか。
残った三人の疑問に答え、シーシャが話し出す。
「ルウィーには魔導団っていう、凶暴化モンスターに対抗するために結成された組織があるの。その団長が、ブランちゃんが言ってたウェイン君のお姉さんさ。身体は弱いけどその分、魔法では敵なしって評判よ」
「へぇ~、魔法かぁ……」
説明を聞き、ふとカイトが呟く。
カイトは魔法の事を良く知らなかった。エリナやウェインの物を見て、漠然とした認識を持っている程度だった。
自分には必要ないと思い、余り意識した事がなかったが、ルウィーに来た事を機に魔法の事を良く知った方が良いのかもしれない。
「まぁ、氷属性なら私やロムとラムの方が上だけど」
女神の威厳を出したいのか、それとも姉バカからか、ブランが張り合う。その時の表情はかすがながら誇らしげな物だった。
※
女神との顔合わせが終わり、一時解散。自由時間にカイトが来たのは、ウェインの姉がいるという事務室だった。
ここに赴いた目的は一つ。魔導士の姉弟から魔法を教わる事だ。
ゲイムギョウ界に来てから一ヶ月。エリナの特訓や凶暴化モンスターとの戦いを経て、カイトは瞬く間に成長していった。
だが、それでもまだ足りない。特命隊の一員たりえるなら、どんなピンチでも的確に切り抜ける事が大切だ。
今はチームという事もあってエリナ、デビッド、ウェインがサポートしてくれるが、何時までもそれらに頼っている訳には行かない。いずれ自分一人でも何とかしなければならない時が来る。
これらは前から薄々考えていた事だが、シーシャの話を聞いて魔法の指導を仰ぐ事を決心した。
――コンコン。
扉をノックし、反応を待つ。
中から物音は聞こえない。やけに静かだが、本当にいるのだろうか。そう考えていると少女の可愛らしい、それでいて気品のある声を投げかけられた。
「誰かしら?」
「はい、本日プラネテューヌから来た特命隊のカイトです」
しばらくの沈黙の後、「入りなさい」と入室の許可を得た。
魔導団団長との対面を前に、カイトは呼吸を整える。ウェインの姉か……一体、どんな人物なんだろう。まぁウェインは変わってるけど良い奴だし、姉さんもそう変わらないだろう。
楽観的に考え、開けた扉から事務室へ足を踏み込ませた。
「我が従僕のお仲間さん、いらっしゃい」
部屋には幾千万の本棚や書類。そして中央のテーブルで物静かに座る少女。
雪の様に真っ白な外衣。落ち着きを感じさせつつも自信に溢れた顔つき。そして艶のある長い黒髪がカイトの目を引いた。
少し視線を上げると後ろでウェインが少女の肩を揉んでいる。優しく、しかし正確に肩を揉むその姿はまるでピアニストだった。
優雅さすら感じる二人の姿に見惚れていると、少女――ウェインの姉が口元を歪ませる。
「何を呆けているのかしら? 上位たる人間には辞儀するのが礼儀では無くて?」
「……あっ、はい!」
失礼を指摘されたカイトは急いで一礼する。
頭を下げる様を見た姉は納得し、「もう良いわ」とウェインを止める。
「私はルウィー魔導団の長……全ての智を究めし『導者』のリゼッタよ。覚えておきなさい」
「ウェインと同じ班に所属するカイトです……あのリゼッタさん、何でウェインに肩を揉ませてたんですか?」
「あら、私に物申せる権利が貴方にあったかしら?」
「いや、物申すとかそう言うんじゃないんで……」
参ったな……ちょっとやりにくそうだ。
姉――リゼッタの返答にカイトは軽いジャプを打たれた様な感覚に陥る。
「ウェインは私の従僕よ。従僕に命令するのは当然の事。そうでしょう、ウェイン」
「おっしゃる通りです。我が主。この身は全て、貴女様に捧げます」
ごく自然に答えるウェイン。彼の表情に不満は見えず、むしろ喜びを感じられる程だった。
主と従僕……兄弟ってこういう関係もありのか? まぁ、二人とも幸せそうだしまぁ良いか。カイトは納得した。
「貴方の事は従僕から聞いてるわ。異大陸からの来訪者、
「は、はぁ……」
初めて聞いた。俺が知らない間にそんな二つ名があったなんて……もしかしてウェインか? 何時の間に。
でもまぁ、ウェインが褒めてくれてるのは嬉しいな。何だか照れくさくなり、カイトはふと笑みを溢した。
「それにしても貴方、この地に来て早々私に会いに来るなんて、二つ名の通り熱烈な性格なのね。ウェインに憧れて従僕になりたいのかしら?」
「いえ、従僕になりたいんじゃなくて……」
リゼッタのペースに飲まれながらも話を切り出そうと試みる。
「実はリゼッタさん、魔法を熟知したという貴女にお願いしたい事があって――」
「お願いする立場にしては頭が高いわね。跪きなさい」
駄目だ、完全に弄ばれている。話すだけでちょっと疲れてきた……。
しかし反抗しても仕方ない上、ウェインの姉とあって悪い人間にはとても思えないため、素直にリゼッタの命令に従った。
「ええ、そうよ。人に物を頼むときはそうやって頭を垂れるのが一番よ。それで何かしら? お願いと言うのは」
「はい……リゼッタさん」
紆余曲折はあったが、これでやっとお願いできる事になった。ルウィー魔導団の長。全属性をマスターした、魔法のエキスパートに。
跪くだけじゃまだ足りないかもしれない。ならば。
カイトは両手を、そして額を勢いよく床に打ち付けた。
「お願いします! 俺に魔法を教えてください!!」
「…………っ!?」
カイトが見せた全力の土下座には、流石のリゼッタも驚いた様子だった。