ネプテューヌEX ~とある青年のエクスペリエンス~   作:S・TOM

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平成最後の更新。


第41話 解放

「教祖様。書類の整理が完了しました」

「お疲れ様です、ウェインさん。フィナンシェがお茶を入れた所なので、ウェインさんも是非」

「恐れ入ります」

 

 仕事が一通り片付き、ソファーでティータイムを入るウェインと教祖――――西沢ミナ。

 教会での仕事はこれが初では無い。特命隊に入る前、ウェインは教会の職員として業務にあたっていた来歴がある。その経験を生かし、ミナから指示された仕事に難航せず、順当にこなしていく事が出来たのだ。

 付け加えるとウェイン、そして姉リゼッタにとってミナはかつて、魔法の指南を受けた師匠でもあり、女神ホワイトハートの次に尊敬する人物だった。特にリゼッタは虚弱体質な自分に魔法を授けてくれた恩人的存在で、高飛車な彼女もミナの前では頭が上がらない。

 

「デビッドさんにはご迷惑をかけています。あの子達のお世話は本来、私がやるべき事なのですが……あの、何か問題を起こしていませんか?」

「ご安心ください。お二人とも、とても仲良く遊んでいらっしゃいます。デビッドも自ら進んで遊び相手になっているので、迷惑とは微塵も感じていないでしょう」

「そうですか……それなら良かったです」

 

 とりあえず納得したが、ミナの表情には不安が残っていた。

 基本的に落ち着いている彼女だが、ロムとラムの事になると途端にそそっかしくなる一面を持っている。女神候補生の中では容姿が一番幼く、内面も子ども相応な為か過保護気味で、いざという時に二人を子ども扱いして反発を受けた事があった模様。今は犯罪組織との戦いを通して成長し、子ども扱いする事は少なくなったものの、普段の二人はやんちゃな子どもそのものなので心配事はあるようだ。

 

「カイトさんもリゼッタの指南を受けているみたいですね。優秀な魔術師なのできちんと教えてくれるでしょうけど……あの子の事です。特訓と称して何かしら悪戯をしている事でしょう」

「…………間違いありませんね」

 

 ミナの言うとおりだ。姉は人を揶揄い、その反応を弄ぶ事でコミュニケーションを取っている。そして、興味を示した人間に対してはとことん悪戯をして楽しむ性格だ。実際、師事を乞うたカイトを手始めに椅子にしたり、黒ひげ役に仕立て上げている。

 何も相手を嫌ってこのような事を行っているのではない。リゼッタにとって悪戯は、その個人に向けた彼女なりの愛情表現なのだ。

 

「はぁ……カイトさんに何とお詫びすれば良いのやら。私が彼女から目を離さなければこんな事には……」

「そちらも心配は無用です、教祖様」

「えっ?」

 

 ミナが感じた責任をウェインは自信を持って否定する。

 知っているのだ。灼熱の烈火に負けぬ、不尽の心を。

 

「カイトはいかなる苦難を乗り越えられる男です。たとえ強大な魔物を前にしようと、姉上の悪戯を受け続けようとも。彼は投げ出す事を考えすらしないでしょう。降りかかった試練な必ず達成させる、そんな確かな意志を持った男です」

「…………だからこそ、リゼッタの悪戯がエスカレートしないか不安です」

「…………否定は出来ません」

 

 同時に知っていた。その不尽の心を手玉に取る、嗜虐的な戯れ心を。

 

 

「行くよー! せーの!」

「せーの……!」

『とりゃあー!!』

 

 三人チームで行われる黒ひげは盛り上がっていた。事前にどの穴に入れるかを相談し、三人が一体となって剣を刺す。「ここかな?」「いいや、こっちよ!」「これが当たりじゃないかな?」と、樽の外を回って当たりを探す『ロムちゃんラムちゃん+お兄さんチーム』の姿は、それはそれは楽しそうな物だった。

 

「……外れちゃった」(しょんぼり)

「えぇー、また外れー? 絶対ここだと思ったのにー」

「まぁまぁ、だいぶ埋まってきたし、そろそろ当たりが引けるよ」

 

 当てが外れて落胆する双子をデビッドが宥めつつ、『いじわるおばけチーム』に番が回る。

 

「残る穴も少なくなってきましたね……シーシャさん、次はどこを刺しましょうか?」

「そうだな~。まさか接戦になるとは思ってなかったし、ここまで来たら何としてでも当たりは引きたい所よね。そう思うでしょ? リゼッタちゃん」

「はぁ……はぁ……はぁ……何が……言いたいの」

 

 シーシャが目を向けた先には、その場にへたり込んでいるリゼッタがいた。

 3人がかりとは言え、シーシャでさえ驚く程の重量を持つ剣を持ち上げる事は彼女にとって重労働に等しい。黒ひげには元々ウェインが参加するはずだった為、自分が持つ事を考慮に入れてなかった事が仇となってしまった。

 

「この樽、リゼッタちゃんが造ったんでしょ。だったら当たりがどれなのか知ってるはずだし、アタシ達に教えてちょうだいよ」

「飄々としつつ狡猾な貴女の事よ、そう言うと思ってたわ……でも残念、当たりの場所は私にも分からないわ。愚かな下僕が弄り回してしまったもの」

「狡猾って……聡明だって言ってほしいね。ま、いっか。直感で当てる方がアタシらしいや」

 

 話し合いが終わり、選んだ穴へ剣を差し込む。持ち上げる最中、リゼッタが既に息を切らしていたが、二人の助けもあって何とかやり遂げる事が出来た。

 しかし、結果は外れ。次はロムちゃんラムちゃんチームの番である。

 

「むむむ……今度こそ、ぜーったい決めてやるんだから! お兄さん、どこに刺すの?」

「お兄さん、お願い」

「えっ、えぇー!? 僕がぁ!?」

 

 双子の期待が込もった眼差しがデビッドに向けられる。

 プレッシャー。ここで外せば二人の期待を裏切ってしまうという重荷が背中に圧し掛かっていた。穴は後僅か。デビッドは何が何でも当たりを引かなければならなかった。

 

「じー……」

「…………」(ドキドキ)

「あ、あっ、あー……そ、そう、だなぁ……」

 

 残った穴を見て回り、慎重に考えるデビッド。しかし、それで当たりが分かる訳ではない。デビッドに出来るのは祈る事。選んだ穴が当たりだと信じる他なかった。

 ――――決めた。

 

「ロムちゃん、ラムちゃん、ここだよ! ここが当たりだ!」

「えぇー、ホント!? ホントに当たりなの?」

「間違いない! 僕を信じろ!」

「……分かった、お兄さんを信じる!」

 

 デビッドが高らかに宣言し、双子はそれに乗る。もちろん確証は無くハッタリそのものだが、デビッドは腹を括っていた。

 泣いても笑ってもこれがラストチャンス。土壇場で迷ったのなら、望みだ。

 

『せーの!』

 

 三人で息を合わせ、一気に剣を差し込む。当たりか否か。デビッドは希望に賭けていた。

 瞬間、バキン、と何かが壊れる音が鳴る。樽の中からだ。

 

「へぇっ!? 黒ひげが光って……!?」

 

 エリナの驚く声が聞こえる。見ると黒ひげが輝きを放ち、樽から抜けていく様に宙へ浮かぶ。

 

「ちょっとリゼッタちゃん、アンタ、黒ひげに何した訳?」

「封印は解いてあげたわ。後は思うがままに自分を解放なさい」

 

 シーシャではなく、黒ひげに向けられたリゼッタの言葉。

 意味深なそれを聞いたシーシャは、初めて黒ひげの正体に気づいた。

 

「ここにいないと思ったら……君ってば、本当に真面目って言うか――――」

 

 シーシャが言い終わらぬ内に、黒ひげは空へ飛び去っていった。

 

 

 変化は唐突に始まった。長時間に渡る静寂を破り、細長い鉄板――――おそらく剣が身体を掠ったのだ。それも一回ではない。二回、三回、十回から先は数え切れていない。何度も、何度も、剣が身体のギリギリを掠る。

 芯から凍えてしまう様な体験だった。身動きが出来ない中、何の躊躇も無く突き刺しに来る剣の存在はカイトを恐怖させるのに十分すぎるギミックだ。その上、方向が予測できない。視覚や聴覚が封じられ、次に来る剣の位置を割り出す事は不可能である。

 気を抜けば命を取られかねない、まるで拷問だ。しかし――――

 

(この緊張感……心を鍛えるには持って来いだ)

 

 拷問とは言ったものの、恐怖を感じたのは最初の数分のみ。そこから先は心が落ち着き、剣が掠る程度では動じなくなっていた。そう、これは特訓。ミスティックドライブを習得する為、どんな事態でも動揺しない精神を育てるための試練なのだ。

 常に平常心。恐怖に飲まれかける度にリゼッタの言葉を思い出し、心の中で反芻する。そうする内に恐怖は薄れ、気が付けば自分でも驚くほど冷静になっていた。

 

 ――――熱い。

 

 二度目の変化。

 身体が軽い。縛られていた鎖が解かれ、空を飛んでいるみたいな感覚だ。もしかしたら、リゼッタの魔法で本当に浮いているのかもしれない。そんな心地いい解放感。

 それは自分自身に、身体の奥から溢れる熱い何かの存在に気づかせてくれた。

 

(力が湧いてくる……周りで何が起こっているかは分からないけど、それだけはハッキリ分かる)

 

 焼けつく様に熱い力が身体中に漲る。全身を満たした後も膨れ上がり、とどまる所を知らない。

 抑えようとも抑えきれない、身を焦がす様な力。だが、これで良いのだ。

 

(この力は抑えない、あるがままに解き放つ。それが……ミスティックドライブという秘法!)

 

 氷のごとき冷静さを以ってして、カイトは溢れ出る力を開放する。

 

 

「原稿が進まない……」

 

 スランプ。創作を行う者なら誰でも一度は経験する症状。

 自室に一人籠っているブランは真っ白な原稿用紙を前に頭を悩ましていた。

 

「しばらく書かなかったせいで、こうまで執筆に支障が来るなんて……甘かったわ」

 

 凶暴化モンスターの異常発生。各地に被害を出していたそれは、女神として早急に手を打たなければならない事案だった。一日の大半が対策を講じる事に潰え、夜になれば多重の疲れで寝てしまう日々。小説を書く時間や余裕は当時のブランには皆無だった。

 ルーガスを倒した後はモンスターの数も減少し、心身共に落ち着ける状況に変わっていた。度重なる激務から解放されたブランは数日の休養を入れ、執筆に取り掛かろうとデスクに着いたのだが……。

 

「冒頭から一文字も思い浮かばない……この状態、かなり不味いわね」

 

 一刻も早くスランプから抜け出したい。だが、そう思って抜け出せるなら誰もスランプに苦しまれないのである。悲しき事に。

 きっかけが必要だ。スランプという身体中を蝕む毒を取り除くには、外部から受ける何かが必要なのだ。そう、スランプから脱却する事の出来る何かが――――

 

「っ!? 何、今の?」

 

 ドーン、と外の方から爆発音が聞こえる。部屋の中からでも分かるほど大音量で鳴り響き、苦心していたブランの意識を向けさせた。

 

「…………あれは」

 

 急いでデスクから立ち上がり、窓際に駆け寄る。

 そこから見た物は、大いなる可能性を宿した、希望の象徴だった。

 

 

「わぁー、とっても綺麗な花火ー!」

「あんなに綺麗な花火、初めて!」

 

 空高くまで打ち上げられた黒ひげ。光に包まれたと思えば炎が溢れ、弾ける様に空に広がった。

 炎は激しく燃えながらも美しさを感じさせ、幻想的な光景を醸し出す。空を赤く染め上げる特大花火は、ここにいる全員の目を釘付けにした。

 

「……カイ、ト?」

「おっ、エリナちゃんも気づいたみたいだね。あの黒ひげが誰なのか」

「黒ひげ……って、リゼッタさん!? カイトに何をさせているんですか!」

「分かり切った事を聞くのね。特訓に決まっているでしょう? あなたにはちょっと早かったかしら」

 

 カイトが黒ひげに?

 三人の会話を聞いたデビッドは驚愕し、同時に納得する。

 

(そっか……カイト、そこで特訓していたんだな)

 

 あの花火は、カイトが生み出した特訓の成果だ。

 傍でいつもカイトの炎を見ていたが、あれだけ激しくて綺麗な炎は見た事が無い。

 リゼッタさんの指南のおかげなんだろう。お前の花火、これ以上ないぐらい輝いてるぜ。

 花火を見上げ、心の中でそう称えた。

 

「あれ? 花火の中から何か落ちてくるよ?」

「ホントだ、なんだろう?」

 

 双子の視線の先に、炎に包まれた物体が落下していた。

 落ちていく先はルウィーの教会。そして――――

 

――――ドォォォォン!

 

 激しい衝突音を立て、それはめり込んだ。

 予想外の事態。炎の物体が教会に激突したアクシデントを目の当たりにし、一瞬茫然としてしまう。

 

「……あっ」

「あっ、じゃないですよ! 何をしているんですかあなたは!?」

「ちょっと、あそこブランちゃんの部屋じゃない?」

「それじゃ、お姉ちゃんは……お姉ちゃーん!」

「ま、待って、ラムちゃん!」

 

 皆が教会へ走る中、デビッドは茫然としたまま一人取り残された。

 

 

「く、黒ひげ……!?」

 

 目の前で起こった出来事が未だに飲み込めない。

 部屋に降ってきた火の塊の正体。それは等身大の黒ひげだった。

 何故黒ひげなのか、何故燃えていたのか。ブランには理解できる訳がなかった。

 

 ミスティックドライブの習得を目指した、リゼッタによる特訓。

 その第一歩はカイトにとって、とても好調な物だった。

 

「……これだわ」

 

 同時に、黒ひげの来訪によってブランのスランプも脱却された。

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