ネプテューヌEX ~とある青年のエクスペリエンス~ 作:S・TOM
モンスターハード。教会で称されているその装置は大量発生するモンスターの要因となっていた。内部のディスクから情報を読み取り、モンスターの実体化を行う。危険種以上の強さを持つ個体の発現を高速化し、短い時間で多くのモンスターを生み出す事が可能。放置すれば国を壊滅させる、真っ先に除去せねばならない代物だ。特命隊らの目的は地域に発生したモンスターの退治に加え、発生源であるハードの破壊と回収も含まれていた。
モンスターが発生したとされる雪山の洞窟。向かったのは特命隊のカイト、ウェイン、そして魔導団の長リゼッタだった。
「貴方に見せる物があるわ。戦闘……ことに上位の敵と交える場合に重要となるポイントよ」
入る前、リゼッタはそう言って傍にいる事を指示した。モンスターがいる洞窟で彼女は何を見せたいのか。いまいち考えが掴めないものの(いつもの事だが)カイトは指示に従い、リゼッタの傍を離れないでいた。
リゼッタが見せたい物。それをカイトが理解したのはモンスターが出現した時だった。
「
進む先に現れた二匹のモンスター。一匹は両手の付いた
数の不利を意識させない立ち回りをこなすウェイン。魔法で形成した数本の氷柱を飛ばし、ゴーレムに防御行動を取らせる。頑丈だが動きが鈍いゴーレムを飛び道具で牽制する事により、こちらへ近づけさせないのが目的だ。
ゴーレムが動けない間、パルシェルと自分の間に氷壁を作り出す。パルシェルの攻撃を予測しての行動だった。ウェインの読みの通り、パルシェルは両手から光弾を連射し、氷壁にぶつけていく。
「
光弾が当たり続け、粉々に砕け散った氷壁。この瞬間をウェインは狙っていた。
砕けた氷が一斉にパルシェルへ飛んでいき、軽微ながら本体を覆う殻を傷つける。
「
怯んだパルシェルにウェインが接近。大剣の柄頭を前方に押し出し、殻の間から見える本体を打つ。
ウェインの打撃でパルシェルは後方に吹き飛ぶ。岩壁に激突し、地面に伏したが倒すまでには至らなかった……が、本体に大きなダメージが入り、行動不能に陥っている。
(今の攻撃でパルシェルは動けない。それにあのダメージ。もう一撃当てれば倒せる!)
しかしカイトの考えとは裏腹に、ウェインは追撃を行わなかった。何故か。ウェインがゴーレムの存在を意識していたからだった。
まもなくゴーレムが動き出す。身体を翻したウェインに見えたのは片腕を大きく引くゴーレムの姿。生半可な攻撃は通じない。ウェインは動かないままゴーレムを睨む。
一瞬、僅かだがゴーレムの姿勢が低くなった。
「ッ!? 速ぇ!」
力強く地を蹴るゴーレム。通常の鈍重さが嘘のような素早い飛び込みで、離れた距離から一気にウェインへ接近する。
カイトは急いでウェインの方へ視線を向ける。速いスピードで近づく敵にどうやって対抗するのか。剣で斬り合う? それとも魔法で仕掛ける?
だが、カイトの視線の先にウェインの姿は無い。ゴーレムの射線から完全にいなくなったのだ。
(消、え……た?)
「無駄だ。貴様らの攻撃が我に届く事などありえん」
次にウェインの姿を視認できたのは、ゴーレムのパンチが空振りに終わった時だった。ゴーレムの背後で不敵に笑うウェインをカイトは見た。
「あいつ何時の間に……」
「あら、ゴーレムに気を取られて見る事が出来なかったね。可哀想に」
「えっ?」
リゼッタから投げかけられた哀れみの言葉。その真意をカイトが問うより先に、爆発音が洞内に響いた。
轟音の正体。それはパルシェルが放った強力なビームが、ゴーレムに炸裂した音だった。いわゆる同士討ち。いかに頑強なゴーレムと言えどパルシェルの大技に耐えられず、体勢を崩してしまった。
「
振り抜いた大剣から生み出された斬撃がゴーレムを、そしてパルシェルを通過する。斬られた二匹の身体は氷と化し、音を立てて砕けていった。
人間一人と大型モンスター二匹の戦い。結果はモンスターが消え、人間が勝ち残ったのだった。
「ウェインはゴーレムが動く前に回避行動を取った。動いた後では無く、前の行動ね。さて、どうして彼は攻撃の瞬間に気づけたのかしら。ねぇ、どうしてかしらアンヴァニッシュ?」
「えっと、それは……えっと」
突然の問いかけに面食らい、頭の中で答えを探すも思い浮かばないカイト。その様子にリゼッタはクスクスと意地悪そうに笑い、カイトに説明する。
「単純に視たのよ。ゴーレムが攻撃に移る兆候を」
「兆候?」
「そう。物事には必ず兆候という物があるの。たとえ事の起こりが唐突に見えても、注意深く観察すれば兆候は必ず見えてくるのよ。戦闘においてもそれは変わらないわ。相手の動きを視る。兆候を決して見逃さない。それを意識するだけで戦況を冷静に判断する事が出来るわ」
「注意深く観察する……」
思えばウェインは第四班のサポート役をよく務めていた。炎の力もそうだが、自分が思い切った攻めが出来たのは偏にウェインのフォローがあっての事だ。
注意深く、敵の動きを観察しているが故の判断力。リゼッタはそれを見せたかったのかもしれない。
……と、考えているカイトの腕にリゼッタが抱き着く。
「何を立ち止まっているのかしら? モンスターがいない以上、ここに留まる理由は無くてよ?」
「は……はい、そうですね」
お前の姉さん、ちょっと怖い……。
先導するウェインに決して届かないテレパシーを送り、再び洞窟の最深部を目指す。
※
洞内の風は冷たい。女神の加護で温暖な環境だった街とは異なり、撫でられるだけで底冷えしそうな寒気が漂っている。カイトはそれが分かっていた。
しかし、不思議と寒さを感じる事は無かった。むしろ暖かい、と真逆な感覚を覚えていた。
「知っているかしら? 恋人同士が身体を寄せ合えば極寒でも暖かくなれるのよ」
さっきからピッタリくっついているリゼッタを見て、カイトは思い浮かぶ。魔法のおかげだ。恐らく彼女が魔法で周囲の温度を上げているのだ。自分を凍えさせない様に。
そう考えたカイトは安心する。この人、ただ揶揄っている様に見えて実は結構気を効かせてくれているんだな、と。こういうフォローを忘れない所はやっぱりウェインの姉なのかもしれない。冗談を言って周りをヒヤッとさせる所はともかく。
「我が主、最深部に到着いたしました」
「あら、随分早かったわね。もう少し楽しみたかったのだけれど……流石は我が従僕ね」
不満を抱きつつ、ウェインの優秀さに感心するリゼッタ。何を楽しみたかったのは知らない。
ここに辿り着くまで、ウェインはモンスターに一切手こずる事が無かった。敵の行動を常に見極め、最小限の動きで倒していったのだ。近くで観ていてそれが良く分かった。
「御覧なさい、アンバニッシュ。あの玉座を我が物で占領している物こそが私達の目的、破壊すべきハードよ」
道中と打って代わり、大きく広がる最深部。奥に佇んでいる玉座にこそ、モンスターハードはあった。
「アレがモンスターハード……」
周囲にモンスターはいない。ただ無防備にハードが置かれているだけだ。カイトはそう認識していた。
好都合だ。あのハードを無力化すればモンスターの発生は収まる。なら、ハードがモンスターを召喚する前に壊す。
考え至ったカイトは剣を召喚し、ハードを目指して動き出そうとした。
「誰が動いて良いと言ったかしら?」
一瞬、身体が動かなかった。
黒ひげの時に感じた、身動きできない状態。その感覚を再び味わったのだ。今、この場所で。
何が起こった? 誰にやられた? 金縛り状態から抜け出したカイトの思考は定まらなかった。
「ここにモンスターはいない。そう思ったのなら大きな間違いよ、アンヴァニッシュ」
混乱するカイトを厳しく叱る様に言い放つリゼッタ。
カイトは理解した。さっきの金縛りはリゼッタの魔法だ。間違った行動を取ろうとした自分を止めたのだ。一瞬の内に。
それにしても、魔法が発動する前兆が無かった。少なくとも感じる事が出来なかった。相手の動きを封じる金縛りは準備なしで発動できる魔法なのか。それともリゼッタが特別なのか。
「大きな間違い?」
「ええ。モンスターはいるわ、すぐそこに」
玉座の方を真っ直ぐ見て、リゼッタは言い切った。弟のウェインも、王座から視線を逸らそうとしていなかった。
(――――いた!)
もう一度、玉座の方を確認する。
今度は見つけた。玉座の後ろだ。岩石が積まれて出来た岩壁に、大きなゴーレムが埋もれていた。
あのゴーレムは番人か? ハードを狙う者を油断させるためにああして隠れているのだろうか。だとしたら、まんまと罠にかかる所だった。現に自分は目の前のハードに気をとられ、ゴーレムの存在に全く気づけなかった。
もしリゼッタが止めず、ハードへ直行していたらあのゴーレムにやられていたかもしれない。カイトは自分の未熟さを痛感した。
「やりなさい」
「御意」
ハードを目掛け、ウェインが氷柱を放つ。ゴーレムがハードを守る番人であるなら、あんな小さな、しかしハードを破壊するのに十分な氷柱を見逃すはずが無い。そして、その事は放ったウェインもリゼッタも承知の上だろう。
誘いをかけるつもりか。カイトの推理は当たっていた。
「――――――――!!」
岩壁から番人が飛び出し、氷柱を拳で叩き潰す。素早かった。岩で出来た身体だと忘れる程に番人の動きは俊敏であった。
「な、なんつー威力だ……!」
拳が地面に激突した際に発生した凄まじい衝撃波と、地面に出来たクレーターがその威力を物語っていた。
ますます良かった。あのパンチをまともに食らっていたら御陀仏だったかもしれない。番人の恐ろしさを思い知ると同時に、リゼッタに感謝の念を抱いた。
「我が主、番人の持つ力は計りかねません。速攻で倒さなければハードの回収は困難でしょう」
「そう、ならば徹底的に叩き潰してあげましょう。私達に盾突いた事を後悔する程にね」
遂に見れるのか。ルウィー魔導団の長にしてウェインの姉、リゼッタの戦いぶりを。
ワクワクするカイトに視線を向け、けれど、とリゼッタが言葉を紡ぐ。
「戦うのはあなた一人よ。アンヴァニッシュ」
「えっ?」
リゼッタの言葉の意味を問うより先に、自分の身体に変化が起こった。
すぐに気が付いた。これはリゼッタの魔法だ。それも、さっきの金縛りとはまるで違った種類の魔法だ。身体は思う様に動ける。しかし、何かに抑えつけられる様な感覚があった。
「何だコレ、俺の身体に一体何が……」
「たった今、あなたに枷を掛けたわ。これであなたは炎を使えなくなった」
「炎が、使えない……!?」
「ええ、そうよ。今からあなたには一人で番人と戦ってもらうわ。誰の手助けも入らない、炎が使えない状態でね」
戸惑うカイトにリゼッタが説明する。
炎が使えない。カイトにとって、それは文字通りの枷だった。カイトが持つ爆発的な火力は炎の恩恵による物。その炎を封印される事は、カイトの強みを完全に潰されるのと同義だった。
つまりカイトは、その強みを潰された状態で戦う事になるのだ。リゼッタの意図は何なのか。カイトは考える。
「何をそんなに慌てているのかしら。まさか炎が使えないから戦えない、なんて言わないでしょうね」
「…………ッ」
考える時間は無い。一刻でも早く番人を倒さなければ、モンスターは増え続ける一方だ。だったら、少ない時間を無駄するより、前に飛び出して戦った方が良い。
今は、リゼッタさんを信じよう。
「いえ、やります」
リゼッタにそう告げ、番人と対峙するカイト。
炎が使えない状態でどこまで行けるか分からない。だが、行けるかどうかではない。やるのだ。番人を必ず倒す。その心構えが大事なのだ。
番人を見据え、剣を構える。なるほど、確かに炎は出ない。なら使えないなりの戦い方をするだけだ。この世界に来たばかりの時は、炎なんて使えなかったのだから。
「――――……!」
凄い威圧感だった。迂闊に動けばすぐに潰されてしまう、そんなプレッシャーを感じる。
こんな気持ちになるは久しぶりだ。今までは仲間がいたから、何より炎を使えたから心に余裕があった。今はどちらも無い。
(だけど、それが心地よく感じる)
面白いじゃないか。言い換えてしまえば余計な物が無くなって、緊張感のある戦いが出来る訳じゃないか。それでこそ真剣になれる。それでこそ、戦いという物だ。
番人のプレッシャーを直に受けたカイトの感情は、逆に高ぶっていた。
(――――――――来るッ!)
先に動き出したのは番人。
さあ、戦いだ。
※
一方、ホワイトハート。
「うぉぉりやぁぁぁぁぁぁ!!」
ニテールパークに蔓延るモンスターを蹴散らしていった。
時にはフルスイングで空高く吹っ飛ばし、時にはビリヤードの様に連鎖的に倒していく。正に鬼神の如き暴れようだった。
「クソッ、こんなんじゃ全然収まらねぇ! オラァ、テメェらビビってんじゃねぇぞ!」
ホワイトハートは自分の原稿に落書きされ、非常に不機嫌だった。
その姿はモンスターは勿論、遠巻きに見ていた妹の二人も恐れていた。
「うっわぁ、お姉ちゃん凄い怒ってる……あの紙に落書きしたのがいけなかったのかな」
「近づいたらわたし達もやられちゃいそう……お姉ちゃん、怖い」(ビクビク)
激高したホワイトハートに、もはや敵はいない。