ネプテューヌEX ~とある青年のエクスペリエンス~ 作:S・TOM
「おっと、歯ごたえのありそうなボスが出てきたな」
草原から山頂へ。暖かな首都から大きく離れたこの場所には肌寒い空気が漂っていた。
ハードのある山頂へ辿り着いた三人の前に現れた一体のドラゴン。そのモンスターの強さを感じ取ったシーシャがそう呟いた。
「――――ォォォオオオオオオオオオォォ!!」
青い殻で覆われた、四足歩行のドラゴンが咆哮する。衝撃波と共に放たれたプレッシャーは三人を圧するには十分だった。
「やっべぇ……あいつ、めっちゃ強いぜ! あんなのを相手して勝てるのか? 俺達で……」
「怖気づかないの、デビッド。ハードはすぐそこなのよ。ここで引いたら特命隊失格だわ」
「分かってる! 分かってるけど、あのプレッシャーは馬鹿に出来ないぜ」
「デビッド君の言う通りだね。あのドラゴン、さっきのモンスター達とは比較にならない強さを持ってるわ」
ドラゴンは動かない。ただ威嚇するだけだ。まるで足止めする様に三人の前に立ち塞がっている。
もたもたすればハードから新たにモンスターが召喚されてしまう。それを防ぎ、ハードを回収するのが今回の役目だ。ならばこちらから攻めるしかない。
「シーシャさん! ここは私達が先陣を切ります! シーシャさんは後方から支援を――――」
「いいや、その必要は無いよ」
「……えっ?」
ぽふん、とエリナの頭に帽子が乗る。シーシャのベレー帽だ。
今まで二人の応援と傍観に徹していた彼女は今日、初めて戦線に立とうとしていた。
「帽子、少し預かっててくれ。ちょっくらアタシが倒してくるよ」
「た、倒してくるって……一人で!?」
「あのドラゴンの力は未知数です。幾らシーシャさんでも、一人で相手にするのは危険です!」
彼女の実力を軽視するつもりは無い。だが、目前で阻むドラゴンは危険種を軽く上回る強さを持っている。推測ではあるが、その可能性は非常に高い。たとえ特命隊であろうと、そんなモンスターに一人で挑むのは無謀を通り越して自殺行為だ。
しかし、ドラゴンを前にしたシーシャは緊張の色を見せず、うーん、と唸りながら言葉を返す。
「三人で挑む、っていうのも悪くは無いんだけどね。二人共、ここに至るまでの連戦で疲れが溜まってきてるでしょ? そんなコンディションでボスと戦わせるなんて、流石にやらせる訳には行かないと思ってね。それに……」
二人の方へ振り向くシーシャ。その眼は黄金に輝いていた。
「シーシャさん、その眼は……!」
「そろそろ君達も見てみたいんじゃないか? ゴールドサァドの実力。君達の活躍を間近で見ていたせいで、さっきから身体がウズウズしているんだ」
「た、戦いたくて……ですか?」
「その通り。よく分かっているじゃないか。そういう事だからアタシが戦っている間、二人はゆっくり身体を休めてくれ」
ニコリと笑うシーシャとは対象的に、デビッドの心中は不安で満ちていた。
本当に戦うつもりなのか、一人で。今からでも説得して三人で戦った方が良いんじゃないか。連戦で疲弊しているのは事実だが、シーシャの提案においそれと乗る事は出来なかった。
「あの、シーシャさん。俺達を気遣ってくれるのは嬉しいんですけど、やっぱり三人で――――」
「分かりました。シーシャさん、ドラゴンは貴女にお任せします」
「一緒にドラゴンと……って、ええええっ!?」
デビッドは驚く他なかった。自分と同じ気持ちだろうと思っていたエリナが賛同を示したのだ。躊躇いも無く、ハッキリと彼女は言い切った。
「良いのかよ、エリナ!? さっき言っただろ、ドラゴンの力は未知数だって!」
「シーシャさんは本気よ。本気でドラゴンを倒そうとしている。軽く振る舞ってはいるけれど、あの眼は冗談と言っている眼じゃないわ」
エリナは狼狽えず、とても落ち着いた様子だった。
その毅然とした姿を見たデビッドは、腹の中で抱えていた疑問をぶつける。
「倒せるのか? シーシャさんだけで、あのドラゴンを……」
「当然でしょ。貴方、本当に分かっていないのね。あの人はゴールドサァドなのよ。女神様が不在の時期に国を治めてきた英雄の一人。その偉大な英雄がモンスター如きに遅れを取るはずが無いでしょう」
「……治めてはいないんだけどね」
何か言いたげな様子を我慢し、一対一でドラゴンと対面するシーシャ。
その左手には銃砲――バスターが装着されていた。
「さぁ、ここからはパーティタイムだ! 少年少女の諸君、存分に楽しんでいってくれたまえ!」
声高らかに宣言し、シーシャは駆け出す。
ドラゴンが吐き出した氷塊を避け、バスターから弾丸を発射させる。数発の弾が当たり、顔を顰めるドラゴンを視認し、シーシャが距離を詰めていく。
「――――ゥガアアァウゥ!」
だが、たった数発の弾丸で怯むほどドラゴンは軟ではない。至近距離まで接近したシーシャを齧り付かんとばかりに、大きく開けた口を突っ込む。大きく、長く、それでいて鋭く磨かれた刃物の様な牙。噛まれたら身体は半壊するだろう。
「フッ!」
無論、その程度の攻撃はシーシャも予測済みだった。
牙が届く間際、地面を強く蹴ってドラゴンの上空へ移動する。地面が雪に覆われていようとお構いなしに、シーシャは高い跳躍を披露した。
そして上空からドラゴンに狙いを定め、バスターの発射準備を整える。今度は出力をチャージした、強力な一発を見舞う為に。
「シビれちまいな!」
バスターから放たれた巨大な弾丸。一直線にドラゴンへ飛んでいき、着弾と共に爆発した。
反動により、ドラゴンから少し離れた位置に着地するシーシャ。ドラゴンがいたであろう前方は爆風による煙幕で塗れ、視界はきかない状態だった。
そんな煙幕の中で確かに閃いたドラゴンの眼光。その煌めきをシーシャは逃さなかった。
「――――ガアアアアアアァァ!!」
直前にシーシャはローリングの体勢に移り、直後に煙幕を突き破ってドラゴンが飛び込んでくる。
噛み付きと体当たりを兼ねた攻撃は、目標を失った事で空を切る結果に終わった。
「感情が顔に出過ぎているな。ババ抜きじゃ万年ビリと見たね」
軽口を叩くシーシャの身体に傷は無く、また、左手のバスターは既に取り外されていた。
代わりに、その両の手に身の丈程の長さを持つ大剣を握りしめていた。
「おや、怒っているのかい? 自慢の体躯を生かした攻撃をアッサリ避けられて、頭に血が上り詰めちゃった感じかな?」
ウシュウウウ……と低く唸り、真っ白な息を吐くドラゴン。その表情は怒りに満ちていた。
しかし、そうでありながら攻撃する気配は見せず、むしろシーシャの動きに警戒している様子だった。
「それは悪い事をした。お詫びに次の攻撃は付き合ってあげるよ。避けてばかりだと君がノロマに見えて可愛そうだ」
迂闊に手を出せば手痛い一撃を喰らう。そんな均衡の中でもシーシャは笑みを絶やさない。
常に余裕を保ち、あくまでもクールに。多彩なアクションで敵を翻弄し、最後はド派手な一撃を以てキメる。それがスタイリッシュな戦いに拘るシーシャの信条だ。
「どうしたんだい? 折角の大サービスなんだ、ドーンと来てもらわないとつまらないじゃないか……もしかして、アタシが怖いのかい? 見かけによらず、ハートの方は小さいんだな」
シーシャの挑発にドラゴンが反応した。
ピクッ、と瞼が震え、歯を軋ませていく。怒りの臨界点を超えたドラゴンが襲いかかるのは時間の問題だった。
「危ない逃げろ!」
体当たりで飛び込もうとするドラゴンに対し、一歩も動かないシーシャ。その一瞬の光景にデビッドが叫ぶ。
あの攻撃をマトモに受ければ死ぬ。防御しようと、軽減できない衝撃が体内を襲って動けなくなる。回避行動を取らない限り、自分が助かる事は無理だ。
もし自分が体当たりされたら。デビッドはその後に起こる惨劇を想像、恐怖し、無意識に叫んでしまったのだ。
だが、しかし。実際に前線で戦っているのは、当然ながらデビッドでは無い。
「――――ギャグウッ!」
轟く衝撃音。シーシャに激突したであろうドラゴンの身体は、真反対の方向へ跳ね上がった。
攻撃した側が逆にやられている。その現状が起こった原因を、デビッドは理解できないでいた。
…………大剣を振り上げ切ったシーシャの姿を目撃するまでは。
「ホームラァ~ン♪」
ここでようやく、デビッドは事の要因を把握した。
カウンター。体当たりが直撃するギリギリの瀬戸際、大剣を振り抜いて攻撃を当てていたのだ。
体当たりの推進力を利用した痛恨の一撃。シーシャがドラゴンを挑発していた狙いはそれだった。
「すっげ……」
デビッドの口から漏れる感嘆の一言。
外せば死に至るシビアなタイミングを見極め、見事にカウンターを決めたシーシャ。
その大胆な立ち回りと冷静な判断力の二つを目の当たりにしたデビッドは、やっとゴールドサァドの力を理解できた気がした。
「はああああああ!」
訪れる決着。先程のカウンターで身体を動かせなくなったドラゴンの真上から、シーシャの大剣が振り落とされる。
大剣はドラゴンの頭を斬ると同時に地面に叩きつけ、クレーターが出来る程の決定打を与えた。
ドラゴンの身体は少しの痙攣の後、糸が切れた様に地に伏す。そしてそのまま、ドラゴンが動く事は無かった。
「よし、バッチリ。前もって思い描いていたプラン通りだ」
戦いは終わり、完膚無きまでドラゴンを打ち倒したシーシャ。
満足気に笑うその眼は金色では無く、黄金の力は解除されていた。
「お待たせー、エリナちゃん、デビッド君。アタシのスタイリッシュな戦い、楽しんでくれたかい?」
「はい。お見事でした、あの巨大なドラゴンを終始翻弄した戦法……私には真似できません」
「なぁに、エリナちゃんならすぐ出来るよ。分かってしまえば簡単な事さ」
敬意を表するエリナとシーシャが話している間、デビッドは後悔していた。
エリナに言われた通り、自分はゴールドサァドの事を何も分かっていなかった。そのせいでドラゴンと戦う直前、シーシャに対して失礼な事を言いかけてしまったのだ。
三人と戦うべきだ、という発言。それはシーシャの人柄と実力を軽視し、自信過剰な人物だと決めつける恥ずべき行為だ。知らなかったとは言え、さっきの自分を思いっきり殴り飛ばしたい気分だった。
「あ、あの、シーシャさん……」
「ん? どうしたんだいデビッド君。そんなに畏まっちゃって」
とにかくシーシャに謝ろう。そう思ったデビッドは声を掛け、勢いよく頭を下げる。
「大変、失礼いたしましたぁぁー!」
「えっ? なに、いきなり?」
突然の謝罪に困惑するシーシャ。
それを気にする余裕も無く、デビッドは畳み掛ける。
「俺、何にも知りませんでした! ゴールドサァドの事も、シーシャさんの事も! だからシーシャさんが一人で戦うって聞いた時、心の底で無理だって思ったんです。あのドラゴンを一人で倒せる訳ないって! 知りもしないのに分かったような気になって、勝手に決めつけて……俺、今とっても恥ずかしいです」
デビッドが言い終えた後、周りに静寂が漂う。
その間、頭は下げたままだった。本心を聞いた事でシーシャが怒っているだろうと考えてしまい、上げる勇気を持てなかった。
やってしまった事は仕方ない。否、この事は絶対に謝らなければいけないのだ。後は存分に怒られよう。そう思った時だった。
「全く、君は大袈裟だなぁ」
ポン、と頭から温もりが伝わってきた。人の手だ。
その手はデビッドの頭を優しく撫で、徐々に気持ちを楽にしていく。
「怒ってないよ、全然。むしろ嬉しいぐらいさ。デビッド君がそこまでアタシと向き合ってくれているって知れたからね」
「怒って、ない……本当にですか?」
「うん、本当さ。怒る理由が無いもの」
シーシャの声色に怒りは感じ取れない。彼女は本当に怒ってなどはいないのだ。その事を知ったデビッドは、今度は別の意味で頭を上げられなくなった。
アッサリと許されるとは思わなかった。一体どんな顔をすれば良いんだ。悩みに悩んだ末、デビッドはある答えを出した。
「ですよね~。俺も大袈裟かなぁ、って思ってたんですよ~」
ヘラヘラと笑って同調する、という答えを。冗談半分で謝ったと自分を演出する事で、逃げ道を作る考えだった。
あまり褒められた方法では無いが、こうでもしないと恥ずかしさで死にそうになっていた。
「デビッド……流石はそれはどうなの」
逃げを打ったその姿を近くで見ていたエリナは、呆れを通り越して引き気味だった。
デビッド自身も自覚していた分、その反応がより鋭利に心に突き刺さった。
「良いじゃないかエリナちゃん。時にはこういうお茶を濁す術も大切だよ? それよりホラ、あそこのハードを回収しましょ」
「お、お茶を濁すって言わないでくださいよ……」
エリナ、デビッド、そしてシーシャ。
三人の活躍により、一つ目のモンスターハードの確保に成功した。後二つ。
「シーシャさん。この帽子、返さなくてもよろしいのでしょうか?」
「あ、良いの良いの。しばらくエリナちゃんが被ってて。その帽子、よく似合ってるよ」
「似合ってる……のかなぁ?」
「その反応は何なの、デビッド」
本当はカイトvsゴーレムの同時進行だったのですが、書いている内に平均文字数に達してしまったので次話に分割しました。