私立探偵比企谷八幡   作:T・A・P

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私立探偵比企谷八幡 1

 

 一軒の豪邸に俺、比企谷八幡は呼ばれた。

 家の前には数多くのパトカーが止まっており、入口は黄色いテープでこちらとあちらの境界をつくっていた。

「ったく、気軽に呼び出すんじゃねぇよ、ほんと」

 黒いスーツに黒いネクタイのいつもの格好で助手席から降りながら目の前に居ない相手に向かって毒づく。

「八幡、僕は待ってるね」

 運転席から戸塚が声をかける。ほんと、戸塚だけが心のオアシスだ。

「あ~さっさと終わらせてくるわ。一応何か言われたら俺かあいつらの名前を出しておけば問題ないだろ」

「うん、頑張ってね」

 助手席のドアを閉め、棒付きの飴玉を取り出して口に含む。飴は、チュッパ○ャップス千葉限定MAXコーヒー味である。つか、完全に再現されているってすげぇな。

 変わらぬ味を確認してその豪邸に近づく。パトカーの間をすり抜けテープの下をくぐろうとした時、

「ちょっと、部外者は入らないでください!」

「あ?」

 首を後ろにかしげて若い制服警官を見る。おいおい、話しが伝わってねぇのかよ。もう、これで帰っても良いがあとで何言われるか。

「ああ、その人はいい。通してさしあげろ」

 横から年配で、何度か見かけたことのある制服警官が若い警官に声をかけた。

「どうも」

 そう、一言礼を言ってテープをくぐった。

「マツさん、いいんですか」

「いいんだよ、彼は警視たちのお気に入りだ」

「あの、警視の……」

 後ろからそんな会話が聞こえる。お気に入り? 俺が? 全然違う、奴隷みたいなもんだ。ったく、面倒くさいし鬱陶しい。

「あ~帰りてぇ」

 俺は懐から取り出した自前の真っ白な手袋をはめて豪邸のドアを開けた。

 

 

 

 外見からしてよほどの金持ちだと分かっていたが、内装は嫌になるくらい金持ちを主張していた。でっかい絵画を何枚も飾り、使い道が思いつかないほどのでっかい瓶みたいな壺がいたるところに置いてある。なんでこんなの買いたがるのか俺にはさっぱりわからん。

どうやら土足でいいらしく、俺は事件のあった部屋に足を向ける。屋敷内はいたる所で鑑識が証拠を探していた。その数名は俺のことを知っているらしく、またか、という顔を俺に向け仕事に戻っていった。

別に俺が首を突っ込んだんじゃねぇのに、腑に落ちん。そんな鑑識の一人に部屋の場所を聞き、広すぎる屋敷にうんざりした。

部屋は屋敷の一階の奥の方にあり、ここまで来るのに何度も迷ってしまった。イライラしすぎて、咥えていた飴をかみ砕いてしまい今は2本目を咥えている。

「うっす」

 重厚な扉を押し開け部屋に入ると数人の鑑識と二人の女性が中にいた。

部屋はかなり広く、学校の教室二つ分以上はあるだろう。天井は吹き抜けって訳じゃないが結構高めにつくられ、そんなだだっ広い部屋に仕事机が上座に一つと会議をするような大きなテーブルとその周りにソファが置かれ、仕事机の周りには分厚い本が入った書棚がいくつかおかれていた。

「八幡遅いよ~」

「こっちも仕事が有るんでね、これでも急いだんっすけど……ちょ、ほんと抱きつかないでください」

 二人の女性の内、一人がいち早く俺に気が付き小走りで寄ってきて、前から抱きつかれた。ちょ、ほんとやめて欲しい、顔に柔らかいものが!

「比企谷君、何をしているのかしら?」

 ちょ、絶対零度の視線を向けるのはやめてくれないかな。これ、俺のせいじゃないだろ。

「姉さんも、いつまで抱きついているの。早く離しなさい」

「え~久しぶりに八幡に会えたのに~」

「いいから!」

「は~い。怒られちゃった」

 その表情は怒られた人間がする表情じゃないっすよ。俺に抱きついてきた女性は逃げるように鑑識の方へ行った。そして、鑑識のおばさんと何やらこそこそと井戸端会議を始めた。…いや、仕事しろよ。

「まったく、姉さんは……それで、比企谷君。何か申し開きはあるかしら」

 上目づかいではなく、高圧的に見上げる彼女の口にいつものように、

「睨むな睨むな、少しは甘い物でも食っておけ。甘い物は脳を活性化させてくれるからな」

 と、その小さな口に新しく取りだしたチュッパ○ャップス千葉限定MAXコーヒー味をねじ込んだ。

「ま、毎回毎回いきなりなにをするの!」

「あ? こっちの食いかけの方が良かったか?」

 俺は口に咥えた方を取り出して見せる。

「そ、そんなことは言ってないわ!」

 ったく、毎回毎回顔を赤くして反論してくる姿がどうも癖になってやっちまう。

「へいへい。んで、今回俺を呼んだのはどうしてだ?」

 もう少しこの可愛い姿を愛でていたいが、こっちも用事がつまっている。

「そ、そうね。仕事の話に移りましょうか」

 その少し残念そうな顔にちょっとは勘違いしちゃいそう。ま、結局しないんだがな。

「殺害されたのはこの屋敷の主人で作家の渡 航(わたり こう)さん。死因は後頭部へ鈍器での殴殺」

「普通の殺人……って訳じゃないんだろ。俺がよばれたって事は」

「ええ、さすがに私もこんな場所であなたに会うのはもううんざりよ」

「へいへい、できるだけお前と遭遇しないようにしますよ」

「……そ、その、別の場所なら会ってあげなくもないわよ」

 頬を赤らめ腕を組んで目を合わせないようにそっぽを向いている雪乃、やはりなかなかの逸材だな。あ、鑑識のおばちゃんがカメラ向けてひそかに撮ってる。あとで写真をもらうか。まぁ、俺も撮るけど。パシャ!

「……!! 比企谷君、さっきの音は何かしら? そのかまえているスマホは何かしら?」

「んで、俺を呼んだ理由は?」

「話しを変えないでもらえるかしら!」

「おいおい、俺は忙しい中お前らに無理やり呼ばれてきたんだぞ。時間の一分一秒も無駄にできん。早く話しを進めてくれ」

「そうだよ、雪乃ちゃん。早く話してあげたら」

 遠くからおばちゃんとともに、にやけた顔で俺たちに声をかけた。

「姉さんは黙っていて!」

 ムスッとした顔も一枚撮っておきたいが……おばちゃんナイスです。

「比企谷君も憶えておきなさい」

「はいはい、できる限り憶えておく。んで、どうなんだ?」

「まったく。一言で言えば密室よ」

 密室殺人、推理小説などではおなじみであるだろう。出入り不可能な部屋の中で起きる殺人事件。

「密室ねぇ」

 俺はそのくだらなさにため息をつく。

「ええ、遺体発見時ドアには内側から鍵がかけられていたわ」

 部屋の窓は嵌めこみ式、部屋に通じるドアは入ってきた一つのみ。そのドアも内側からしか鍵がかからないようになっていた。発見時に遺体は仕事机のそばに倒れていたみたいだな。

「これだけ広い部屋だ、どこかに隠れるスペースがあったんじゃねぇのか」

「それはないわ。この家の家政婦さんと原稿を取りに来ていた編集者さん以外はこの部屋から出てないみたいよ」

「なるほど……それで、俺は何をすればいい? 密室の謎を解けばいいのか、犯人を見つければいいのか?」

「密室の方をお願いしたいわ」

「って、言われてもなぁ」

 俺は部屋の中を再度見回しため息をつく。

「あら、あなたでも分からないことはあるのね」

「いや、そうじゃねぇ。つか、お前ら密室密室言ってるが、推理小説の読み過ぎだろうが」

 ゆっくりと部屋の中を歩き回る。

「雪乃、お前現実で密室事件がそうそう起こると思うか? 普通、密室をつくるほど計画的なら自殺に見せかけるくらいするだろ。これは密室をつくったんじゃなく、密室になったって言うんだよ」

 部屋内をくまなく歩き回り、書棚の前で止まる。

「なぁ、陽乃さん。本当に密室ってあると思うか。俺はないと思っている、あったとしてもそれは四方を鉄の板で囲まれ溶接されている小さな箱の中か、卵の中しかない。つまり、密室と思っているこの状況は密室と思っているだけだって事ですよ」

 書棚から取りだした書籍を棚に戻し、今度は大きなテーブルに足を向ける。テーブルを俯瞰的に見るために少し離れた所を歩きながら、ゆっくりと観察しながら見ていくと絨毯の上には何もないのにこけそうになった。

「………」

「まったく、何もない所でこけそうになるなんて最近運動不足じゃないのかしら。いいわ、私のよく行くジムに案内してあげるから感謝しなさい」

「いや、その必要はない」

 目線は下に向けたまま、雪乃に向かって声をかける。

「見つけたぜ」

 つま先で絨毯を叩きながらニヤリと笑った。

 

 

 

 俺はその場から近い部屋の角にしゃがみこみ、少しだけ不自然に角だけ跳ねているぶ厚い絨毯をめくりあげた。めくりあげた絨毯の裏の角には釣り糸の様な物がくくりつけてありその先は部屋の角の床下に向かって伸びていた。絨毯をめくっていくと躓きかけた場所から一枚の扉が現れた。

「言っただろ、密室なんて存在しねぇって」

 慎重にその扉を開けると少し空気が通り抜けてきた。見た限り埃も溜まっていないことを考えると頻繁に使っていると思われた。

「おそらく、毎回この部屋に缶づめされた時にここを使って外に出ていたんだろう。絨毯につながっている紐は、絨毯をこの中から直す時に使うんだろう」

 二人はこの抜け穴に少しあきれていた。

「ま、指紋を採取すれば犯人が誰かなんてすぐ分かるだろ」

 俺は立ち上がり入ってきたドアに向かう。その際に雪乃の頭を撫でて、

「んじゃ、あとはお前らの仕事だ」

 と、手を振りながら部屋から出ようとしてたんだが。

「いっつもありがとうね八幡! 今度ごはん奢ってあげる」

「ちょ、ほんと抱きつかないでくださいって。当たってますって!」

「え~当たってるんじゃないよ、当ててるのよ」

 ちょ、耳元でささやかないでください。ほんと、かっこよくフェードアウトさせてくださいよ、毎回。

「はぁ、姉さん」

 おお、雪乃か。早くはがしてくれ。

「その時は私も同席するわ。姉さんと二人きりにしたら、は、八幡が危険だもの」

「………はっ! そうだ、早く離してください時間が本当にないんですって!」

「む~仕方がないな。じゃあ、夜に連絡入れるね」

「は…比企谷君、今度あなたの事務所に行かせてもらうわ。こんな殺人現場じゃないところで話しましょ。久しぶりに由比ヶ浜さんにも会いたいし」

「はいはい、こっちの用事も考慮してくれよ」

 まったく調子が狂う、が悪くないと思っている自分がいるんだよな。

 

 

「悪いな戸塚、遅くなった」

「おかえり八幡、どうだった?」

 手袋を外して車に戻ると戸塚が笑顔で迎えてくれた。生き返るってこのことだ。

「ん、あ~密室という名の忍者屋敷ってところか」

「えっと、密室じゃなかったって事なのかな?」

「ま、そう言う事だ。じゃ、仕事に行くか。出してくれ」

「うん、時間もギリギリだしちょっと急ぐよ」

「了解、シートベルトはちゃんとしているぞ」

 戸塚の運転する車は法定速度を守りながら、その運転技術と路地裏を駆使して遅れた時間を取り戻すように道を走りぬける。

「えっと、今日は全部浮気調査だったな。依頼人は三浦に一色に平塚……ってまたかよ。あの人何回浮気されれば気が済むんだ」

 俺は資料に目を通しながら常連の顔を見つけて天を仰いだ。

「あ、八幡。さっき留美ちゃんから電話があって、前にナンパされた相手にしつこく付きまとわれているからのその男の情報が欲しいって。写真付きでメールも送られていたよ」

「あ~事務所の方に材木座がいるだろうからそっちに回しておくか。あいつならハッキングでも何でもして絶対にばれないようにやるだろうし」

「うん分かったよ」

 ポケットに入れておいたスマホから着信音が鳴り、画面を見てみるとちょうど事務所からの電話だった。

「ああ、どうした」

『ヒキタニ所長、今回の依頼で浮気相手が男だった場合、私どうしたらいい! もう、想像がとまらない!』

「……そのまま血の池に沈んでおけ。その前に材木座に代わってくれ」

『ナニ、所長と材木座君……アリね、ギリギリだけど、アリ』

「おい、聞いてんのか」

『え、うん聞いてるよ。じゃあ今変わるね』

 ほんと、オンとオフの差が激しい。

『我だ!』

「いや、お前を呼んだんだからお前が出るのは当たり前だろうが」

『は、八幡。ここはちゃんと返してくれないと我、泣いちゃう』

「知るか。それより、今から送る奴の情報を全て集めておいてくれ。情報次第じゃお前の判断で晒していいぞ。留美に付きまとっているストーカーらしいからな」

『なに! 分かったぞ八幡! 我、全力出しちゃう』

「ああ、くれぐれも足のつかないようにな」

『ふ、八幡、我を誰だと心得る。この我にかかれば……あ、はい、どうぞ』

「ん? どうした材木座」

『ヒッキー、今日ゆきのんに会うって本当!?』

 うお、いきなり大きな声を出すなよ。

「おい、結衣。あまり大きな声を出すなって言ってるだろうが」

『ヒッキーが悪いんじゃん。ゆきのんに会うなら言ってくれてもいいのに』

「お前あの時事務所にいなかっただろうが。急に電話来て急いだたんだよ」

『ぶーそれでも連絡欲しかったよ!』

「あ~はいはい、次可能なら入れるわ。ああ、でも、雪乃はそのうち事務所に来るって言ってたぞ」

『え、ほんと! あとでゆきのんにメールしておかないと』

「ったく。ああ、こっちはそろそろ着くから電話きるぞ」

『あ、うん。がんばってね』

 通話をきると深く息を吐いた。

「ああ、そうだ戸塚。携帯を貸してくれ、留美からのメールを転送する」

「あ、胸ポケットに入っているからとってくれるかな」

 な、なん……だと………。え、これ、触っちゃうかもしれないよ? 戸塚、いいんだな。

 俺は震える指を戸塚の胸元に差しこみ、中に入っていた携帯を取り出した。頭の中では、ミッション:インポッシ○ルのあの曲が流れちまった。

 戸塚の携帯を開き、目当てのメールを事務所のパソコンに無事転送し終えてもう一度元の場所に戻そうかと思ったが、赤信号に捕まり普通に手渡しで返すことになった。くそ、残念だ。

「あ、八幡。そろそろ着くよ」

「お、そうか。しかし、浮気調査するまでもねえだろ、最後の」

 必要な書類を鞄にしまい、依頼者の自宅に着いた。さて、また面倒なお仕事になりそうだ。そう、呟いた。

 

 

 

 

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