「さて、話ができる程度には落ち着いたか?」
場所は変わらないが、雪花を除く全員が椅子に座っている状態になった。
ナギが不貞腐れていたり、詠春の私達を見る視線が何やら尊敬している人を見るようなものだったり、ゼクトやアスナは感情が読めなかったり、千の雷を捨てる場所とタイミングがなく未だ手の中にあったりするが。
「先ずは、知己である私が経緯等の説明をしてあります。
よろしいですね?」
「過去形なのじゃな?」
「ちょっと待て変態。
戦争関係はともかく、アスナに関する経緯は何も聞いていないぞ」
「おや、そうでしたか。
それでは、かくかくしかじか、というわけです」
「そうか、全く分からん。
手を抜かずにきちんと説明しろ」
「通じませんか、仕方ありませんね。
メセンブリーナ連合に所属するとある都市の兵がウェスペルタティアの外れにある砦を攻めている現場に介入した際に発見したので、どさくさに紛れて保護してきたのですよ」
「……それで全てなのか?」
「もう少し詳細な説明が必要ですか?
ちょっと待ってくださいね、アスナ姫が鎖に繋がれている場面の記憶を言葉にまとめますので」
「どうして、そこ限定なんだ。
警備の状況やらから、色々読み取ったりできるだろうに」
「護衛、ですか。
それなりに人はいましたが、砦としては過剰というわけでもありませんでしたね。重要な人物がいた割には少なかったと言っていいでしょう。
憶測になりますが、アスナ姫を中心とする少数の援軍が砦に送られ、防衛を任されたのではないかと。少なくとも攻撃の第2波までは大きな損害を防げていましたし、アスナ姫以外の王族や造物主の滞在が確認できませんでしたので」
魔法に対する防御力と言う意味では、アスナの能力はそれなりに有効なのか。
その能力をアテにされ、少数の護衛で前線に出てきたと……
「……悪手だな。むしろ、どうやって攫ってきた」
「攫うとは人聞きが悪いですね。
第3波の攻撃で大岩が飛んできて塔が崩壊したので、これ以上の犠牲者を出さないよう塔の人達を転移で避難させたのですが、アスナ姫はその能力で取り残されてしまったので直接救出し、それをメガロの船に見付かったので速やかに離脱しただけですよ」
「物理的な現象まで落とし込めば防げんという事か。
ウェスペルタティアに行かなかった理由は?」
「軍艦に追われているのに、王都に向かうわけにいかないでしょう。
メガロ領内のゲート付近なら攻撃は無いだろうと判断して施設に逃げ込んだのですが、それでも攻撃を受けた上に都合よくゲートが開いたので飛び込んだのですよ。
というわけで、地球で最も安心できる場所に連れて来たわけです」
「いかにも仕方ないという風に言っているが、明らかに狙っているだろう。
内容的にはアレだが……とりあえず、だ。
雪花。幕田の上層部と軍部、それに主な魔法関係組織に、魔法世界からの襲撃に備えるよう伝えておいてくれ。あと、ヴァンの呼び出しだ」
「仮想敵はウェスペルタティア、メガロメセンブリア、造物主の3つでよいでしょうか?」
「そうだな。それらが手を組む可能性も想定しておいた方がいいか」
「分かりました。では、すぐに」
雪花、退場。
ナギは……うん、攻撃してくる気配はないな。一応負けを認めたという事でいいらしい。
「さて、アスナはこちらで保護するとして、だ。
お前達は……いや、一応先に確認しておくぞ。お前達紅き翼は、一応ナギがリーダーという事でいいのか?」
「うむ、そうじゃな。
明確には決まっておらんが、概ねナギが次の目標に向かって突っ込むからの」
「正確には、何も決めずに走っていくので、我々がフォローしているという感じですね。
我々が決めてもナギは従いませんし、失敗も当然ありますが、勘で正解に近い選択をするのを見ているのはなかなか面白いのですよ」
「師匠や保護者として、せめて暴走くらいは止めろ。
青山のは……武者修行だから戦いに突っ込むのは問題ないのか。一応さっきは止めようとしていたし」
「は、はい」
コイツは今も緊張しているようだが、本当に、京都でどんな風に伝わっているんだ……?
今まで来た連中はここまで酷くなかったし、コイツが妙な受け取り方をしているだけかもしれんが。
「そんな状態で、よくここに誘導できたな。
それで、紅き翼としては、アスナをどうしたいんだ?」
「そりゃあ、普通の生活をさせてやりてぇんだけどよ」
「そのハードルの高さは、理解しているか?」
「国が敵になるってことくらいは、いくら俺でも分かるぜ」
「その具体的な影響についてだ。
ここで匿うという事は、ここが戦場になる可能性を生む。
更に言えば、地球に連れてきた事は知られているが、今のところ具体的な居場所が知られていない以上、暴力的な捜索が地球全体に向けて行われる可能性もある。
お前の選択は、アスナ個人にとって良い事でも、地球に住む者にとってはそうではない。
そこまで気付く……のは、無理だったな」
「ちょっと待て、なんでいきなり貶されてんだ俺は!」
「戦争が起きたからと後先考えずに学校を飛び出す人間に、因果関係の説明をする事の無意味さに気付いてしまってな」
「喧嘩売ってるんだな? 買っちまうぞ?」
「エヴァ様。ナギをいじめちゃダメ」
むぅ、アスナはナギになついているのか。
だがなぁ。
「私としては、押し売りされた千の雷を清算したいだけだ。片手では菓子を食べるのも面倒だからな。
元々は広域殲滅用の魔法だが、1人用に圧縮してあるし、後は防音して適当な壊れてもいい的にぶつければ処理できるんだが……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
そんなにいい笑顔でパチパチいってる手を振ってんじゃねー!!」
ナギが騒いでいるが、別に大した事はしていない。
それに、軽くでも放電しないと、千の雷がいつまでも残ったままだ。
「だから、清算は保留にしているじゃないか。
ああ、来たかヴァン。ナギの愛を一身に浴びる気はないか?」
「遅くなって悪いとは思うけど、いきなりそれは無いんじゃないかなー?」
いや、魔法を使わないならもっと時間がかかる場所にいたんだから、遅くはないんだが。
書類入れのカバンを持ってきているし、準備は問題ないか。
「無駄に魔法を掌握している都合でな。
さてと、そろそろ本題だ。
ナギ。今回の件に限らず、あちこちで紛争が発生しているわけだが……原因は知っているか?」
「原因? あれだろ。魔力が無くなるって言ってる連中が騒いでるって話は聞いてるぜ。
けどよ、こっちじゃ魔法がなくても生活できるんだ。何が問題なんだ?」
「これだから、表面しか見ない馬鹿は困る。
いいか。魔法世界から魔法がなくなるというのは、こっちの世界で電気や石油が使えなくなる事に近い影響がある。
テレビ、電話、自動車、飛行機、船。店に並ぶ品々を運ぶこともできなくなるから、大都市は完全に死ぬことになる。そんな生活をしろと言われて、大多数が問題ないと言えると思うか?」
「いや、こっちの世界に代替の技術があんだろ?」
「確かに技術はある。だが、それを魔法世界で魔法の恩恵を受ける人々に行き渡るまで広めるには、どれくらいのコストと時間がかかるんだろうな。
しかも、本当の問題はもっと深刻だ」
「本当の、問題?」
うん、やはり理解していないか。
一般人ならともかく、それなりに戦争に関係しているのに気付かないのは……やはり、馬鹿か。
「魔法世界は、始まりの魔法使いによって作られた世界だという事だな。巨大なダイオラマ魔法球のようなものだと思っていい。
さて、ここで問題だ。ダイオラマ魔法球が魔力不足になると、何が起こる?」
「そりゃあ維持できねーわけだから、中のモノが外に飛び出すか、壊れるんじゃねーか?
……まさか、魔法世界が吹っ飛ぶって事か!?」
「正解だ。
そして、恐らくあと40年程度で魔力が尽きるという予測が、国の上層部に報告されている」
「……そりゃあまた、大事が出てきやがったな。
ってことは、人を減らすってのは、寿命を延ばす効果があんのか?」
「さほど効果は無いな。
人も生きていれば魔力を生成しているんだ。魔法や魔道具を使用すると、それ以上に消費するだけでな。つまり、魔法や魔道具やらの使用が減る分、魔力の消費も減るとは言える。
だが、人を減らすために使用する兵器による消費。破壊された自然が生み出すはずだった魔力の喪失。これらを正当化できる程だとは考えにくい、というのが私達の見解だ」
「つまり……ダメってことだな。
戦争は止められねぇのか?」
「無理だな。戦争をやっている連中は、変な思想に染まっているか、間違った理論を信じているかだろうし。
私達から見れば、地球の先進国的な意味では人権やらの問題があるし、人が魔力を節約するだけでもある程度は効果が見える問題の解決策が戦争という時点で、阿呆にしか見えないわけだが」
地球でもまだ省エネだのが騒がれていないから、こんな説明になるのがもどかしい。
というか、エネルギー不足という問題に対して、周知して節約ではなく戦争での浪費に走るあたりは、魔法世界の文化や教育が古いままなのだと思い知らされる。
「えーと……節約も、効果はある程度ってくらいなんだろ。
解決策って、あんのか?」
「ある。まあ、多少は節約という方向の努力も必要になるだろうと予想しているが、崩壊を回避するプランは用意済みで、ある程度は準備も進めている。
だが、魔法世界での戦争は、その準備にとって邪魔になるのは確かだからな。お前達が戦争の終結を目指すのであれば、手を貸すのも悪くないと思っているが、どうだ?」
「そりゃあ、戦争を終わらせられるなら、その方がいいだろうけどよ。
何でそんな事を聞くんだ?」
「お前が何らかの理由で戦争を終わらせたく無いと思っているなら、相容れないだろう?
例えば戦闘狂で戦争介入が主目的、だとかな」
「いやいやいや、何でそんな風に思われてんだよ!?」
「戦争が始まった途端に学校を飛び出したという実績から、だな。
その目的が定かでない事と、協力する以上は私達にも責任が発生する事から、確認が必要というわけだ」
「そ、そうか。
確かに、戦争で名をあげる目的がなかったとは言わねぇけど……正義の戦いってわけじゃねぇみてえだし、早く終わらせた方がいいとは思ってるぜ」
「戦争に純粋な正義など無いぞ。大抵の場合、双方がそれぞれの正義を掲げているからな。
では、次だ。
この戦争を終わらせるには、何が必要だ?」
「えーと……扇動してる連中をぶん殴るとか、か?」
「阿呆。そもそも扇動してるのが誰かも分かっていないし、いくつもの組織が個別に暴れているだけの可能性すらある。
そんな状況で、誰を殴るつもりだ。末端のしっぽをいくら切っても、戦争は止まらんぞ」
「けど、動きを止める事くらいはできるだろ?」
「鈍りはしても、簡単には止まらんぞ。
喧嘩の仲裁を考えれば分かると思うが、始まる前に手を打つのと、始まってから止めるのでは、やり方や難しさが違う。
派手に殴り合っている時に止める際、それ以上の暴力で双方を蹂躙する場合はあるが……魔力枯渇という問題を大きくする上に、蹂躙する側が悪役になる必要がある。
お前が望むならそう使ってもいいが、その役目を背負い、捨て駒になる覚悟があるのか?」
「捨て駒って、はっきり言うんだな」
「役目を自覚し、最後までやりきってもらわねば害にしかならんからな。何も知らん相手をそうなるよう誘導するならともかく、こうして言葉を交わしている相手にそんな手段は取れん。
それに、それが可能なだけの戦力と友好的に協力できるなら、他の手段も取れる。
何か疑問は?」
「えーと……俺達にできる事って、何だ?
自慢じゃねぇけど、俺が自慢できるのは強さだけだ。政治やらの小難しい話をされたって分かんねぇぞ」
おや、その自覚があるのか。
学校中退で学があると主張しない程度には、身の程を弁えている……いや、得意分野を知っているだけの可能性もあるか。
「ああ、その辺はお前の師匠やらそこの変態やらに任せておけばいい。
当面行ってほしいのは、侵略や虐殺を行う側を追い払うことと、被害の復興を手伝うことだ。
重要なのは国や地域を問わない事で、どちらが被害者か見て分からなければ手を出さなくていい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
追い払うってのはともかく、判断と復興なんてどうやってすりゃいいんだよ!?」
「判断については大抵の場合、町の外から攻撃している連中を蹴散らせばいい。
現場では……師匠や変態なら問題ないだろう?」
「ええ。妙な思想に染まった連中ですから、判断は簡単だと思いますよ」
「うむ。問題は復興じゃな。
こればかりは、魔法でドカンというわけにいかん」
やっぱりこいつら相手でいいなら、説明だけは楽でいいな。腹や頭の中がアヤシイから、普段から接したいタイプではないが。
なんでナギがリーダーなんだか……説得が簡単でいいと思えばいいのか?
「復興の支援は、基本的には各地の権力者や商人の力も借りる必要がある。
侵略者を追い払った立役者なら権力者とも会いやすいだろうし、商人やらは……火事場泥棒やハイエナになる危険があるか。信用できそうな者をこちらで探してみよう」
実質は、眷属ネットワークの資料を、取り出しやすい場所に用意しておくだけだが。
いや、地域的に抜けがないかくらいは、確認しておいたほうがいいか。
「んー、それならまあ、何とかなるか……
戦争起こしてる馬鹿をぶん殴って、あとは任せりゃいいんだろ?」
「再侵攻やらの可能性もある以上、少しは留まって手伝う方がいい。住民達も放置されるより、ヒーローに手伝ってもらった方が安心できるし、気力も沸くというものだ。
まともな商人を探すついでに、怪しい動きをしている連中も探ろう。というか、そういう地域を優先しないと無駄が多くなるからな。怪しい連中を探る方が先になる。
その辺の連絡は……そこの変態経由でいいか」
「それは構いませんが、よく考えたら変態とは酷い言われようですね」
「出会って早々に水着を着せようとしたんだ。今更だな」
いや、面と向かって言ったことは少なかったか?
頭の中では変態と呼び続けているんだが。
「さて、周囲のサポートはこれくらいだな。
直接の手助けは……ヴァン、何かあったな?」
「はいはーい。こんな事もあろうかと、便利道具を作ってみたよ!
テレレレッテレー、デバイスー!」
こんな事もというか、数百年前からこの状況を想定して作っていたんだが。
それに、どこぞの秘密道具じゃあるまいし。そもそも効果音が間違っているのは、わざとなのか?
「……何だそりゃ?」
「あんちょこいらずの便利な魔法の杖、くらいに思えばいいよ。普段はこのブレスレットの形で、使う時は普通の杖みたいな形になるし、落としてもさほど遠くなければ召喚で呼ぶ事もできる。使う前に魔力の登録が必要で、他人が使えないのは……利点にも欠点にもなるかな。
使える魔法は決まってるけど、いろんな種類を入れてあるから、そうそう足りないってこともないと思うよ。千の雷とかもほぼ詠唱なしで使えるようになるはずだから、発動までの時間も短縮できるしさ」
「そりゃ……すげぇな。
けど、そんなすげぇ杖は聞いた事がねぇんだが……」
「僕たちが、こっそりと作ってたものだからね。
だからというわけじゃないけど、これは貸すだけだし、使った感想とか気付いた問題点とかを教えてほしいな。
身内しか使ってないから、他の人の感想も聞いてみたいんだ」
「公開前のテストと思えばよいのじゃな。
じゃが、人に見られても良いのか?」
「うん。このまま売りに出してもいいくらいの完成度にはなってるつもりだしさ。
宣伝も兼ねて、って思えばいいよ」
「なるほど。
良かったのナギ。記憶力の無さが補完されるようじゃ」
「俺は馬鹿じゃねぇ!」
「いや、その短絡さが馬鹿なんだがな」
とりあえずこれで、種はまけたか。
後は高二病が網にかかればいいんだが……アレは何を考えているんだろうな。
2016/06/20 うむ、全く→そうか、全く に変更
2016/06/28 メガロメセンブリア連合→メセンブリーナ連合 に修正
2016/07/19 止めれねぇ→止められねぇ に修正