急に眩暈がしてから、どれくらいの時間がたった?
今わかることは、おかしな記憶が頭の中にある事、体がうまく動かせない事、自分が倒れている事、何か大切なことを忘れている気がする事。
目が何かで固められているように開かないとか、口の中が鉄臭いけどなんかおいしいとか、そんなことは後回しだ。
俺はどうなっている?
生きているのか? 死んでいるのか?
生き残れる状態か? 死にそうなのか? 既に地獄なのか? 天国で神様の悪戯か?
まずは落ち着け、俺。慌ててもいいことは何もない。
とりあえず、手は……多分ある。足もありそうだ。
痛みは、酷くはない。精々転んだ時に打った程度の傷だろう。
意識はある。今考えているのは、間違いなく俺だ。
記憶は……ん? 俺は……誰だ?
ま、まずは、今日の行動を思い出してみよう。仕事から帰って、娘を寝かしつけて、嫁と飲むためにコンビニに酒とつまみを買いに行った。コンビニからの帰り道で、急に眩暈がして……うん、やっぱりここから先の記憶が無いな。
で、肝心の家族は……思い出せない? ウソだろ?
友人……思い出せるのは雰囲気だけで、顔や名前はやっぱ駄目か。
他人……クソ、コンビニのおっさんの脂ぎった顔は思い出せるのか。速攻忘れるべきものだろ、こんなの。
つまり、あれか。宇宙人に誘拐されて脳味噌でも
いや、異世界召喚か。都合よく元の世界への未練が無いように記憶を消されたか?
うん、ないな。
いくら金が無くて、暇つぶしはネットで二次小説を読み漁ることになっていても、現実と空想の区別くらいは……
「混乱しているところすみません。声は聞こえていますか?」
……うん、済まない、俺。どうやら、現実逃避はここまでのようだ。
何故か理解できてるけど、これは英語っぽい何か……か?
まあ、言葉が何であれ、理解できる内容で、しかも涼やかな少女の声で話しかけられたからには、返事をしないといけないな。
「……ああ、済まない。 ちょっと混乱……し…………」
目を固めていた何かを擦って落とし、声の方を見た俺は、即座に違う方に顔を逸らし、目を閉じた。
どう考えても見てはいけないものが、そこにあった。
「どうしましたか?」
「いや……えーと、とりあえず、服を着てもらえるとありがたい」
「え? ああ、そういえば何も着ていませんね」
何でもないような様子で移動していく気配。
いや……全裸の金髪美少女、眼ぷげふんげふん。
えーとなんだっけ。美少女の柔肌を正面にして見つめられるほど、人間壊れたつもりは無い!
と、誰かに主張はしてみる。
こちとらおむつ交換やらお風呂やらで、幼女の全裸は毎日見ていた身だ。動揺はシマセンヨ?
と、とりあえず、今のうちに自分の状況を確認だな。
えーと、うん、視界の隅に見えるのは、美しい金髪デスネ?
珠のように綺麗な肌の、まるで少女のような手デスネ?
マルデ、サッキノ少女ミタイデスヨ??
「服を着ることは無理なようです。ですので、家具の上に頭だけ出すことにしました」
「へ……うおっ!?」
机の上に生首!?
……って、幽霊だから、胴体は机を突き抜けてるのか。
「そこまで驚かれなくともよいではないでしょうか。
私など、自分の体が勝手に動いて喋っていたり、服を着ることも出来なくなったりしているのですよ?」
「あ、ああ……ってことは、この体は、君の、なんだな……」
やばい。確定した。
俺、金髪美少女。
……いかん、動揺してる場合じゃない。落ち着け、俺。
「ええ。速やかに返してください」
淡々と言葉を紡いでいても、少女も困惑しているように見える。
それはそうだろう。自分の体が他人の意志で動き、自分は幽霊っぽいものになってそれと会話する。どこのホラーだって話だ。
とりあえず、美少女が落ち着いてるのに、俺だけが混乱するのも恥かしい。
本気で落ち着け、俺。
とりあえず深呼吸、次に状況確認だ。
幸い、話の通じる相手がいるんだ。何もわからないまま荒野に放り出されるよりはマシだ。
「……悪いけど、俺にも何がどうなっているのやら……というか、ここは何処だ?」
「ここですか? アバーガベニー城です」
「アバーガベニー……? うん、わからん。
とりあえず、君の名前は?」
「私ですか? エヴァンジェリン・マクダウェルです」
……最悪の予想というか、情報は正しかったらしい。
気が付いた時からあった「おかしな記憶」。今は意図的に放置しているけれど、強制的に伝わるようにしていたらしい幾つかの事の中で、最初に意識に流れ込んできた言葉があった。
それは「ここはネギまの世界。君はここに召喚された魂で、エヴァの代わりに吸血鬼になった。元の世界の自分や身近な人物についてはあまり思い出せないだろう」という内容だった。
個人的には鼻で笑いたかった。
だが、目の前にいるのは、不良じゃないエヴァンジェリンと言われて素直に頷ける美少女。名前はエヴァンジェリン。彼女の体に憑依しているらしい俺。俺、吸血鬼化?
原作的には、ここからは逃亡生活ですね分かりません分かりたくありません。
というか、ナギに惚れる? おっさんの俺が? 有り得ん!
悪の誇り? そんなものは無い。娘の為なら何でもできる気がするぜコンチクショー!
つまりこれは……原作ブレイクですね分かります。
帰れるかどうかは追々調べるとしても、パターン的には期待しない方が無難か。
娘よ、妻よ……お前達の名も姿も思い出せない、不甲斐無い俺を許してほしい。そっちの俺が死んでいるのなら。
もし生きていたら……うん、こっちの俺の気分以外に問題は無いな。
そして……こっちの俺が償えるとすれば、目の前の不幸な少女を救う事から……かな。
俺の娘と言うにはちょっと大きくて美人過ぎるけど、娘だと思って助けることに問題は無いはずだ。
自身も美少女という点は、あえて無視する。
あくまでも俺の気持ちの問題だ。
よし、論理武装と自己説得、完!
「ところで、貴方は?」
「えーと、俺は……俺は…………」
……自分の名前も思い出せないとか、どこが“あまり”思い出せないんだと小一時間問い詰めたい。
だけど、相手の血を飲むと命を取り込んだり知識をコピーできたりするとか、この知識はそれを使って渡したとか、いかつい男に噛み付いて血を飲んだとか、明らかにやばそうな情報はあるのが不気味だ。
「名も名乗れませんか?」
「……駄目だ、名前が思い出せない。
一応確認しておくけど、ここはヨーロッパのどこかで、今は西暦1400年頃、で正しいか?」
「大雑把すぎますが、間違ってはいません」
「自分でもそう思うが、咄嗟に思い付いたのがこれだけだった。
とりあえず、君には秘密を作りたくないから、現時点で俺が分かっている事は伝えるぞ。
俺が住んでいたのは、場所としてはここからずっと東の方にある島国で、600年以上後の時代だった。それと、俺は一応成人していた男だ」
「信じられませんが……私の体が喋っている以上、夢物語で終わらせるには無理がありますね。
一旦は信じておきます」
おおぅ、何て順応性が高いんだ。
未だに動揺してる俺が馬鹿みたいじゃないか。
とりあえず、このエヴァンジェリンを、エヴァと呼んでおこう。
エヴァの体が俺。どっかで折り合いを付けなきゃなぁ……
「次に、この体は……最上位の吸血鬼になっているらしい」
「吸血鬼? 随分と物騒な名前ですが、どの様なものですか?」
名前からあまり良くないものらしいと察したか。エヴァはちょっと嫌そうだ。
「俺も全部分かっているわけじゃない上に確証もないから、可能性として聞いてほしい。
まず、不死。腕を切られたぐらいなら元通りになれるらしい。ひょっとすると、心臓や頭を潰されても大丈夫かもしれない。
次に、不老。老化しないってことだけど、多分成長も止まるだろう。
あとは、血を飲むことで、相手の命や知識を取り込むことが出来るらしい。今言ってるこの体のことも、他人の知識っぽい感じだし」
「随分と強力な力を持つのですね。『我等が肉体の礎』と言っていたのは、自分を同じようにするためですか」
「それは、俺が噛み付いた男が?」
「ええ。貴方が一度目に気が付く前ですね。
その男は私の姿が見えないようで、色々と呟いていました」
「そうか……そんな事を言ってたのか。
というか、一度目?」
俺は、二度寝したって事か?
……全く記憶にないぞ??
「私が気付いてからの話になりますが、貴方は一度目覚め、その時に男に噛み付いています。
その後、男は貴方を壁に叩きつけ、失敗だ等と言いながら出ていきました。
今回は二度目の目覚めという事になります。意識上は異なるようですが」
……転んで打ったんじゃないのか。
壁に叩きつけられたにしては痛みが少ないけど、やっぱ吸血鬼だからか?
「そんな事になっていたのか……。
話を戻して、吸血鬼の話だ。
当面は日光に弱いし、水にも弱い可能性があるはずだ。
あと……どう見ても異常だから、教会や権力者に見付かったらどうなるか……」
「同じくらい、民衆の魔女狩りも危険です」
「民衆……の? ん? 教会主導じゃないのか?」
魔女狩りって、広場で十字架に張り付けられて火あぶり、とかだよな?
領民が勝手にそんな事をしたら、教会やら領主やらに何か言われるんじゃないのか?
「いいえ。教会は過剰な暴力として、諌める立場を取っています。貴方の知識では違うのですか?」
「俺も詳しくないけど、教会主導のイメージだったんだが……うん、まあ、他人に知られるのは危険、って事は変わらないか」
違ったのか。俺の知識も当てにならないな。
でもまあ、結論自体は一緒だ。
「そうですね。
それより、人を吸血鬼……でしたか?に変えるなど、本当にできるのですか?
いえ、今の状態が非常識過ぎて、そのまま信じてしまいそうではありますが」
「正直、俺も信じられないんだが……なったという事は、できるんだろうな。
それと、俺も信じ切れてないが、もう一つ重要なことがある」
「重要、ですか?」
「恐らく、この世界は……俺の知っている、物語の複製だ」
「物語……ですか?」
エヴァは、心底困惑した様子で首を傾げている。
表現は理解できるけど、意味が理解できない、みたいな感じだろうな。
「ああ。
西暦2000年を少し過ぎた頃の、俺が住んでた国に似た地域が舞台の物語だ。
その物語には魔法があるし、吸血鬼も登場する。
それで…その吸血鬼の名前がエヴァンジェリンで、600年前にヨーロッパの城で吸血鬼にされた、ってことになっている」
「つまり……私が吸血鬼?になるのは、決まっていた……?
これから、どうなるのですか?」
「物語通りに進むのなら、各地を追われながら放浪することになる」
「…………そう……ですか」
エヴァの表情が、明らかに暗くなった。
……うん、俺は俺の意思で、この子を助ける。
こんな小さな子に、吸血鬼だの命のやり取りだのを背負わせるわけにはいかない。
こ、これは幼女趣味じゃないぞ! 父性愛だ!
「でも、そうしない。
今の時点でも、物語から外れている。物語がどうなろうが知った事か。
エヴァは……俺が守る」
「え? ……あの、どういう事でしょう?」
「一つずつ整理しよう。
まず、物語との相違点だ。
物語だと、吸血鬼になる前と後で、人格が変わっていない。
つまり、俺の存在は、物語にとっては明らかに異物だ。
君が別の存在のようになっているのも、おかしな話だ。
これはいいかな?」
エヴァは必死で考えながら、首を縦に振っている。
物語との差は……よし、まだあるな。
「次に…えーと、さっき言っていた男だけど、出て行ったんだよな?」
「はい、そこの窓から……」
「よし、相違点の2つ目。
物語だと、吸血鬼は男を殺してる。
でも、俺たちは誰も殺してない以上、殺したことを気に病む必要も無い。
物語の吸血鬼とは、現時点でも明らかに違う行動をしているって事だな」
「それは、その物語では気に病んでいた、ということですか?」
お、話に付いてきてる上に、先も読めるか。
少女でもさすが貴族様、優秀だ。
「そうだな。
少なくとも、最初の一人は憎しみをもって殺したって台詞があったりする程度には気にしていたはずだ。恐らく、自分を悪と言い始める切っ掛けでもあるだろう」
「つまり、かなり重要な要素が抜けた、という事ですね……」
「そうなる。
あと、かなり重要で、かつ、決定的な相違点が、これだな」
そう言いながら、俺は服の中に突っ込まれていたカードを取り出す。
記憶にはあったけど、やっぱり現物は存在感が違うな。
「それは?」
「……うん、仮契約カードだな。契約名は……エヴァンジェリンで、
「仮契約……?」
そういえば、エヴァが魔法関係を知ってるわけがないな。
どう説明した物か……
「魔法使いが自身を守る従者を強化するために行う儀式……と言えばいいかな。
場合によっては、かなり強力なアーティファクト……魔法の道具が使えるようになるはずだ」
カードを見てみると、目を閉じて祈る様にエヴァが立ち、その周りに無数の蝙蝠が描かれているようだ。
「……吸血鬼らしい代物ってことかな」
「それが、魔法の道具ですか?」
「ん? ああ、契約の証明みたいなものだ。
『
おなじみの呪文を唱えると、数匹の蝙蝠が表れた。
同時に、蝙蝠から見たような映像やら今まで聞こえなかった音やらが意識できるようになり、なんだか考える能力も増えたような気がする。
そのまましばらく流れ込んでくる蝙蝠の記憶を見ていると、自分でもわかるくらい、怪しい笑みが浮かんできた。
「その笑みは、正直どうかと思います」
「あ……ああ、ごめん。
でも、これはすごいぞ。
この蝙蝠は、簡単に言えば俺の分身だな。
こいつが見たもの、聞いたことを俺も覚えているし、思い通りに動かすことも、独立して行動させることも出来る。
更に、影に潜ったり、影を使って転移したりもできる。
能力は落ちるけど分裂すれば増やせるって、至れり尽くせりじゃないか」
「斥候が泣きそうな能力ですね」
斥候……偵察か。条件付きだけど、確かに優秀っぽいな。
「最終的に俺が処理しないといけないし、それほど数も出せないから、広い範囲を見るのは辛いと思うぞ。だけど、その苦労を補って余りあるな」
「心強い味方ですか」
「そうなる。
ただ……契約の相手は、恐らくあの男だ。
仮契約は破棄できるはずだし、どちらかが死ぬと終わりだろうから、いつまで使えるかって不安はある」
最大の問題はこれだよな。
こっちがいくら死なないと言っても、よく解らん男が明日にでもぽっくり死んじまったら、このアーティファクトも終わりだ。
契約の解除は……どうやるんだ?
「頼らない状態に持っていくまでの補佐、程度に考えるのが無難ですね」
「そういうことだな。
……10歳で、よくそこまで落ち着いて考えられるな」
「今までの常識が壊され過ぎて、驚くことが無意味に思えるようになりました。
それに、これでも貴族の娘ですし、戦争をしていることも知っています。
命のやり取りの覚悟ぐらいは教わっていますから」
「ああ……百年戦争の真っ最中だからか」
この時代の貴族って、こんなもんなのか?
何だか、偉そうなイメージと随分かけ離れてるんだが。
「百年戦争、ですか?」
「ん? あー、そりゃあ真っ最中はこんな名前じゃ呼ばれないか。今、イギリスとフランスの間で起こってる戦争に付けられる名前だ」
「この戦争は、そんなに続くのですか……」
随分としょんぼりしているな。
やっぱり根はやさしい娘なんだな。
この辺は、原作と同じってことか……
「じゃあ、そろそろ目標を決めようか」
「今からの、ですか?
その体のことを考えると、逃亡以外に何かあるのですか?」
「それは、行動。決めるのは目標な。
その前に色々調べたい事があるし、逃亡するかどうかはその後で考える。
先に決めたいのは、将来的に、俺達が何を目指すか、だな」
「目指す? ……その、私も?」
「おう。守るって言ったぞ?」
「ありがとう……ございます」
お、やっとで少し笑顔が出たな。
よしよし、いい感じだ。
「以上を踏まえて、だ。
君には、三つの選択肢がある。
一つ目は、君が神の元?に行く事を目指す事。
キリスト教的には、神に召されるって言うんだったか? それを目標とする、ということになる。
要するに、死を受け入れるということだ。
この場合は、最大限「人」として死ねるよう努力することになる。
二つ目は、君がこの体に戻る方法を模索する事。
戻ることが前提だから、可能な限り後ろ暗い事には手を染めないが、その分行動は制限されるし、不死やらの呪いを背負う覚悟が必要になる。
三つ目は、何らかの憑代なりを使って、君が自由に行動出来るようになることを目指す事。
この体に戻ることを諦めるなら、どんな事をしてでも希望に沿う憑代を用意する覚悟はあるつもりだ」
「え……っと……」
「いきなり選ぶのは無理だろうから、ゆっくり考えてくれ。
俺はさっき男から奪った……もらった?知識の確認と、この城がどうなってるか調べてみる」
「わかり……ました」
◇◆◇ ◇◆◇
考え込んだエヴァから少し離れると、俺は『男から血を吸った時に奪った』と思われる知識に意識を向けた。
――この世界は「ネギま」に近い世界である――
――「ヴァン」は「造物主の並行思考の一つとして宿った
――未来を改変するために、吸血鬼化の魔法に手を加え、魂を呼び寄せるようにした――
――若干の「修正力」的なものはあるが、決定的な改変に成功すれば未来に影響を与えることはできる――
……うん、よく分からん点もあるけど、正直余計なことをしてくれた、としか思えないな。
とはいえ、これであのエヴァを救える……今のエヴァの笑顔が報酬なら、最悪ってことは無いか。
悪役っぽくないエヴァは、間違いなく可愛い女の子だし。
――「ヴァン」に「仮契約」を解除する気はない――
――「ヴァン」は造物主の意識の一つであり、恐らく死ぬことは無い――
――「エヴァ」に吸血鬼化の儀式を行ったのは造物主――
――造物主に気付かれないように、隙を見て改めて説明する予定――
アーティファクト依存フラグか、これ?
それに、造物主に気付かれないようにって……独断でやったってことか。
複数の意識があるのもおかしいけど、こちらに協力的な造物主の関係者、くらいに考えておくべきか。味方かどうかは情報が少なすぎるし、保留だな。
――最初の吸血衝動は、吸血による知識の移譲及び仮契約を行うためにあえて仕込んだもの――
――造物主が同じ術式を自分に施さないための対策でもある――
――吸血による知識取得も吸血鬼化の魔法に手を加えた結果である――
――魔力が馴染み、日光に慣れるまでに恐らく20年程は必要――
――暗示の魔眼が使える――
――精霊に近い存在となっており、肉体は物理干渉用であり必須でない。魔力さえあればいつでも復元可能――
……って、マジか。
魔改造吸血鬼と言っていいくらい強力だけど……体が飾りってことは、俺の魂の姿がエヴァの体の姿で、体を返せないってことか?
クソ、さっき偉そうに言った選択肢、一つはもう脱落か。
――眷属にするには、相手に濃い魔力、例えば血を飲ませた上で定着の儀式が必要――
――眷属からは、子が親を見る様な愛情を向けられるだろうが、支配力は無い――
――眷属が眷属を作ることも可能だが、世代を重ねるごとに吸血鬼としての能力が低下する――
――1世代目、つまり「エヴァ直属」の眷属は、
――不老で肉体の破損が再生できるのは2世代目か3世代目の眷属までと思われる――
――吸血鬼の能力が一部でも発現するのは5世代程度までだろう――
――眷属は知識吸収等の特殊な能力は無い――
――恐らく2世代目か3世代目までの眷属は、子孫を残せない――
正確な性能は不明だけど、とりあえず仲間を作れってことか。
とは言っても、吸血鬼の国なんて魔法が公表されてない世界で作ったら、大変なことになりそうだ。
やるとしたら、裏からひっそりと糸を引く感じか? それか、魔法世界で作るか……未来の改変って意味では、超みたいに魔法の公開も選択肢に入るのか。
でも……他人を吸血鬼化、か。そんな覚悟できるか……?
――魔法の使用方法について――
お、大事なのがあった。
とりあえずは探知魔法だな。
◇◆◇ ◇◆◇
というわけで、慣れない魔力操作に四苦八苦しつつ、城の内外を調査してみたわけだが。
「これはひどい……」
死者の数がとんでもないことになっている。
具体的には、城と町にいた人の半分近くが亡くなっているとしか思えない。
生き残りに女性や子供が比較的多いのは、主に男が戦ったせいだろうか?
「何が、ひどいのですか?」
「ん?……ああ、今、城や町の様子を見ていたんだけど……嫌になるくらい、人が亡くなっているよ」
「……叔父様は、無事でしょうか……?」
「誰が叔父か分からないから、今は何とも……悪いな」
男性の死亡率的に、かなり生存率は低いが……
確定じゃない以上、先に絶望させる必要は無いだろう。
「いえ……仕方ありません。
あと、いくつか質問があります。
私がその体に戻りたいと願った場合……戻る方法は簡単に見つかると思いますか?」
「あー……それなんだけど、悪い。
調べてみたら、かなり分の悪い賭けになる……と言うか、正直戻れないかもしれないと思える情報が見付かっちまった」
肉体が不要ってのはなぁ……
クローン的な技術が出来れば近いものは用意できるだろうけど、厳密にはこの体じゃないんだよな。
「そうですか。
では……もしその体をずっと貴方が使うことになった場合、何をしますか?」
「何を……うーん、あんま考えてないけど……」
そういえば、これも考えておかないといけなかった。
エヴァの希望を叶える事ばかりに考えが向かっていたけど……大事な事だ。
うん、やっぱり、涙は見たくないな。
少なくとも身近な人には笑っていてほしい。
「……多分、俺の望む未来を見るために行動する、かな?」
「何を望むのですか?」
「俺の手の届く範囲の人くらいは、笑って過ごせる世界を」
「そう……ですか。
それでは、何らかの憑代を探す方向にしましょう」
「いいのか?」
「ええ。
その体を好きにされるのは、正直に言えば気持ちいいものではありません。
しかし、私が体に戻れないならば、私に代わって貴族のシガラミも背負ってくれるのでしょう?」
「そりゃあそのつもりだ。
ただ、俺は貴族の教育なんて受けてないから、色々と教えてもらいながらにはなるけどな」
いや、本当に……
中世貴族サマのしきたりとか以前に、この時代の風習自体が分からない。
あー、食事がまともだといいな……イギリスの食事ってまずいって聞くし。
「十分です。ふふっ」
「むぅ……そこはかとなく嫌な予感を感じるのに、可愛いと思ってしまう男の性が憎いっ!」
美少女の微笑みは、マジ天使。
いかん、これだけで天に行けそうだ。
「それよりも、この城の中の人だけでも助けるべきでは?」
「う……それはそうなんだけど、誤魔化す気が満々に見える」
「気のせいです。それと、私のことは、今後ゼロと呼んでください」
「ゼロ……いいのか?」
憑代でゼロって、チャチャゼロになるんじゃないだろうな?
こんな美少女を、精神が壊れた殺人者にしたくないぞ。
「私を知る者から見れば、その体がエヴァンジェリンです。不要な混乱を避けるために、貴方がエヴァンジェリンを名乗ってください。
それに、私は一旦全てを貴方に捧げるのです。全てを……必要であれば性別も捨てるためにも、迂闊な名は名乗らないほうが良いと思います」
「そうか……」
やばい、俺よりきちんと覚悟を決めてる。
現状の考察も間違って無さそうだし……何て説得していいかもわからん。
「いえ。不死になって逃亡生活を送るよりも、この方が良い未来となりそうですよ?」
そう言って笑うエヴァンジェリン改めゼロは、とてつもなく美しい。
……これは、全力で期待に応えないといけないな。
2016/04/11 福が→眼ぷ に修正
2017/05/03 顔や名前やっぱ→顔や名前はやっぱ に修正