「やれやれ、思ったよりもだいぶ遅くなってしまったな」
「都合のいい時に、という条件での呼び出しでしたので。
当人の気質を考えると、イベントが多い夏休みの後になるのは必然ではないかと」
雪花と話しながら長い廊下を歩いているのは、応接室へ移動するためだ。
ようやく会える事になった相手が、そこに来ているのだが。
「イベントで発表した内容の前提を破壊しかねないんだがな。
まあ、話を聞いた後でどう判断するかは、本人次第か」
そして、応接室に入って。
そこにいたのは、緊張した表情の葉加瀬聡美……いや、信じられないものを見たとでも言いたげな唖然とした表情に変わったか。
「大学教授と繋がりのある引きこもり技術者という説明で、隠居老人でも想像していたか?
私の事は、あれだ。小人症のようなものだとでも思っておけばいい」
「は、はい……」
やっぱり微妙な表情になったが、嫌悪感はなさそうだな。
会話のテーブルには、このままいてくれそうだ。
「さて、来てもらった理由は聞いていると思うが、改めて説明するぞ。
端的に言えば、お前が持つ才能を私のところで生かしてみないか、という点に尽きる。日本的な言い方をすれば青田刈りだな。
私が望むものは、技術開発だ。色々と欲しい技術があるから、その中から興味があるものを選ぶもよし、私の目標に合う予想外の技術を開発するもよし、これを作れと強制する気はない。
こう見えて世界各地の技術者とのコネもあるし、ある程度以上は実績に応じたものになるだろうが予算も付けられる。ごく一部にしか知られていないような、隠された情報を見る機会も作れるだろう。
ここまでで、質問や疑問点はあるか?」
表情を見る限り、話した内容は理解しているように見える。
疑問を探しているのではなく、言葉を探している感じか?
「……どうして、私なんですか?
他にも優秀な人はいっぱいいるはずです」
「それを質問できる人物だから、という返事では納得してもらえそうにないな。
最も期待するのは、年齢に不相応な頭脳と、年齢相応の柔軟性だ。
実績を重ねた技術者は、自らの成功体験に縛られる。その呪縛に負けない者は稀である以上、縛られる前にある程度の実力を持った者を見付けたら確保しておきたい。
お前でなければならない程の強い理由はないが、何もせずに見過ごす理由もない、と言えば意図は伝わると思うが」
「そうですか……」
実際は原作の人物という理由があるが、これを伝えることはできん。
表向きの勧誘理由がこれである以上、強い説得は難しいだろう。
「……それなら、どんな研究を、どれくらいの予算でやることになりますか?」
「それこそピンキリだな。
私が主導するものは技術開発が多いが、製品開発は協力関係のある企業が中心になって色々やっている。方向性は……色々としか言いようがないくらい、多岐にわたる。
同じ研究でも、研究途中の副産物が見込める手法を使えばその分の予算も付いたりする。
自分で手法と見込み額を決めて提出すると、審査や協議の上で実際にその額が出る場合もある。
誰が出資するかでも許容される額が変わるし、信頼関係やら出資者の興味やらの理由で少々無茶な予算が通ったりする事もある。
個人の趣味レベルで数万の予算が付いた事も、巨大プロジェクトで数千億が動く事もある、とは言えるが、あまり参考にならんだろう?」
「それなら……社員の教育システムは?」
「書類やらの組織運営に関する基本的な部分は、最初に研修として行う。
それ以降は誰かに弟子入りしたり、どこかの企業に所属して指導してもらったり、色々やっている教室を任意で受講したり、だな。
当面は学校へ通いながらになるし、少なくとも高校までは進学しても全く問題ない。大学は研究やらが出てくるから、少々調整が必要な場合がある事は覚えておいてくれ」
「研究内容を指定されることは?」
「あまりないな。
もちろん、師匠や所属企業からの指示はあるだろうし、独立的な立場でも希望する内容に予算が付かない場合やプロジェクトへの参画を依頼される場合もあるだろう。
逆に参画を断られる事もあるだろうし、将来的には後継者や助手を育てる必要も出てくるから、やりたい事だけを好きなだけできるとは言えんが」
「それなら……えっと、どんな企業や人物が関係しているのですか?」
「研究内容を推測するためか? 具体的な名前だと切りがないから、一応企業の業種くらいは挙げておくか。
電気、金属、流通、情報、通信、化学、建築、農林水産、食品、繊維、医薬品、金融、石油、鉱業、バイオ、半導体、軍事……他にもあるし、本業とは別の研究をしている時もあるから、研究内容は多岐にわたる。
最近多いのは人工知能関係だったか。自動車の自動運転ができないかとか、危険な作業にロボットを使いたいとか、そういう方面への応用に期待しているようだが」
ん? やはり、ロボットという言葉がキーだったか。
少し目の色が変わったな。
「その方面に興味があるのか?
私が知る範囲であれば、もう少しなら詳しく話せるが」
「お願いします! 特にロボットについて!」
おおう、随分と食いつきがいいな。
そうか、ロボット関係がいいのか。
「私が知る範囲だと、実際にロボットを作るというプロジェクトは色々と動いているな。
産業用ロボットと呼ばれるようなものはピンキリだが……これは最適化を極める方向だから、一般的な人気は微妙だろうし、除外するぞ。
人を模倣するものだと、マスコミやらで紹介された歩行ロボットは知っているだろうし、それ以外でも今は表に出せないような技術で作っているものが複数ある。
いわゆるアンドロイドを目指すものもあるが……そういったものには優秀な趣味人が集まるし、情報の規制も強い。参画するならそれなりの実績が必要だぞ?」
「が、がんばります!」
おや?
これは思ったよりも簡単に釣れた……という事で、いい、のか?
◇◆◇ ◇◆◇
葉加瀬が私の屋敷に出入りするようになって、数か月。
その間にネギが魔法学校に入学したり、千雨が電子精霊使いの才能を見せ始めたり、秋の子供料理大会で四葉五月が優勝しているのを見かけたりしたが。
現状で最大の問題は、葉加瀬聡美の優秀さだろうか。
確かに魔法の存在は教えたが、そこからの吸収が速すぎる。具体的には、知識面だけなら数日で千雨を追い抜く程度に。
「しかし、そこまで根を詰めなくていいと思うがな」
「いえ! こんな技術が存在していたことに気付かなかった事も許せませんが、それによる遅れを速やかに取り戻す必要がありますから!」
「一般的には知らないのが普通で、この技術を使うと表に出せなくなるからな?」
そんな会話もあっても、当人は全く気にする気配がない。
収入や名声といったものより、得た技術やその成果物に自分がどれほど満足できるか、が重要だと言っているが、これはあれだ。
よく見かける、マッドな連中と一緒だな。
もちろん、木乃香や千雨達とも接触している。
孤独にならないように会うよう仕向けたと言うか、会わせないような工夫をしなかったと言うべきか。とにかく、今は修行仲間的な感じで仲良くやっている。
修行の合間の雑談という名の息抜きで千雨の才能が発覚しているし、葉加瀬自身は魔法の発動に手間取っている。木乃香は明らかに修行が厳しい上に期間が長く、雪凪に至ってはそもそも分野が違うため、天才と凡人やらを気にして嫉妬するといった事もないようだ。
私という存在を知っているせいか、人外的存在に対する順応性も高くなっている。さよや
結果的ではあるが、いいメンバーが集まったと言っていいだろう。
そして、原作ほど強烈な認識阻害が行われていないためか、同級生の行動が明らかに変わったせいか、複数の同級生がこそこそと似た行動をしているためか、本人の資質故か。
葉加瀬を尾行してきた人物が捕まり、私の前に連れられてきた。
「さて、ここがどういう場所か、ザジあたりに聞いているものと思っていたが。
何か言い訳はあるか?」
「いえ、ありません。知った上で、お願いに来ました」
来ているのはマナ・アルカナ。
魔族ハーフとしての自覚があり、ぽよぽよ言う方のザジの指導と保護を受けている以上、正式な依頼であれば魔界方面から話が来るはずなのだが。
「それは、お前個人で対価を払えるものか?
ザジや魔界を介していない以上、個人的なものと判断するが」
「はい、私自身で判断したものです。それに、対価として十分なのかはわかりませんが、少しは価値があるのではないかと思います」
「ふむ。叶えるかどうかはともかく、願いを言ってみろ。
それによって、必要な対価も変わるだろう」
「わかりました。
魔法を公開する際に、私を魔族との融和の象徴として使ってください」
「……ちょっと待て。
それは、どちらかと言えば対価に相当するだろう。そうしたい理由はなんだ?」
「ええと……
幸樹……龍宮神社の御曹司だな。マナが熱烈アタックしているとかなんとか聞いた気がするが、これもその一環なのか。
というか。
「それはザジやらが指導の対価として求めてもおかしくなさそうな内容だが、話し合いはしたのか?」
「ザジ先生は、私をそういう事に使う気がないようです。
むしろ、一般的な人間の生活を推奨されました」
「あえてそれに反抗する理由は、恋か? それとも反抗期的な何かか?」
「愛、です」
「愛か。
一応言っておくが、愛は意外に儚く、望む道は想像以上に険しいぞ。しかも愛が実る保証は無いのに、踏み込んだら戻れない泥沼の道だ。ついでに魔界側の協力がなければ象徴とすることはできん。
それ自体が対価になりうるという理由と意味をもう一度考え、その上でザジを説得できたら、もう一度来るといい」
「今はまだ、だめですか……」
「象徴に使うという意味を考えることも、宿題に追加だな」
全く、私一人で全てを思うようにできるなら、とっくに色々な問題が解決しているのだが。
その辺はまあ、身体的には早熟な女の子であっても子供という事か。
◇◆◇ ◇◆◇
「侵入者が1人、害意のない子供だったため強めに説教して解放、か。
裏は無さそうだったのか?」
マナが来た、その夕方。
今日の警備担当だった雪花が、珍しい出来事を報告しに来た。
「はい。小学3年生の少女で、友人が出入りするところを何度も見ているため、興味本位で入ってしまったようです」
「……先に聞いておくが、朝倉か?」
「朝倉和美という名の、近衛木乃香やマナ・アルカナと同じ学校の同期生である事は、当人達の証言で確認済みです。
ヴァンの注意人物リストで、パパラッチ化の可能性があるとされている人物で間違いありません」
……まあ、間違っていないが。
それにしても、朝倉がここで来るのか。やけに原作の人物が関わろうとしてくる事にも、ヴァンやアルの仕込みがあるんじゃないだろうな?
「やれやれ、少なくとも現時点では立場や能力的な理由も無いし、本来は関わる必要のない人物のはずなんだがな。
それで、説教はどんな内容だったんだ?」
「理由がどうであれ、行動は明らかに犯罪である事。
行動を探られる事を嫌がる人物も少なからずいる事。
見たことがそのまま真実を示さないこともあり、誤った情報を広めると相手を傷付ける事。
仮に相手が良からぬ行為をしていて、それを止める必要がある場合、無暗に踏み込むことは危険が伴う事。
概ねこの様な内容だったと記憶しています」
普通の内容……だな。
少なくとも魔法に関する情報は含んでいないし、人が相手である以上は当然気にすべき事だ。パパラッチが明らかに無視している事とも言えるが。
これでパパラッチ化を防ぐことが出来れば上出来、効果がなくこれ以上私達に関わってくるならそれなりの対処をするだけだな。
「それで、情報としては何か見られたり知られたりしたものはあるのか?
あいつらと顔を合わせたなら、どうしてここにいるかという説明はしただろうし」
「木乃香と雪凪は元々、個人的に古来の文化等を学びに来ていることになっています。
マナは、個人的に色々教えてもらっている先生がここの住人と仲が良いため、その関係で少し話したいことがあったと説明していました。それ以上の詳しい話を避ける理由もプライベートなものでしたので、不審に思われてはいないでしょう」
「それ以上探られていないなら、特に問題は無さそうだな」
「ですが、関係してくる可能性が高い人物であると聞いています。
実質的に放置してもよいのでしょうか?」
「何か心配でもあるのか?」
「計画の実行前後で、障害や手札となる可能性があるのならば、今のうちに手を打っておく方が良いのではないかと」
まあ、雪花の主張もわかる。
実際、ヴァンやアルは早めに手を打つ方向で動く事が多い。手段として精神の召喚を使うというのは、どうしても許せないが。
そして、朝倉和美という人物を考えた場合、手札として強力な近衛木乃香や葉加瀬聡美、手助けが必要な長谷川千雨とは大きな差がある。
「あの計画の実行まではあと6年も無いが、その頃に障害や手札となるほどの影響力を持てる人物かというと微妙だぞ。
その更に5年や10年先になると話は変わるだろうが……そこまで私が関わる必要は無いと思いたい」
「確かにそうですが。
そうなると、現時点で何らかの関係がある者以外については、エヴァ様が進んで関わるつもりは無いという事でしょうか?」
「無いな。調査依頼をしている超が、私から関わる最後の関係者になるはずだ。
……ヴァン達が連れてくるのはともかくとして、なぜか関係者の方から寄ってくることが増えているが。
私は関係者ホイホイなのか?」
「関わりやすい立場ではあるでしょう。
数年後には甲賀の里から長瀬楓が来ることは確実ですし、財閥系などにも似た意向を持つ者がいるようですよ」
「……やはり、ホイホイなのか」
ぎ、ギリギリだったぜ……
というわけで、正月休みを含む6週あっても、書き溜めが出来ない私がいます。
仕事とか体調とか……え? 艦これ? ……まあ、そうね(レベル60を超えた天津風を見ながら)