あれから、2か月が経過した。
現在は当初の予定通り、侍女3人と執事1人の計4人のみと会い、語学を中心に色々と学びつつ魔法の練習にいそしむ毎日を送っている。
日常生活は……まあ、正直精神的に厳しいものはあった。
元々は現代日本人だ。トイレすら無い環境を劣悪と感じてしまうのは仕方ない。
というか、下水ってもっと昔からあったんじゃなかったか?
宮殿だろうが城だろうがその辺に垂れ流しって、何を考えてるんだ。
食事面も厳しい。
調味料が少ないのは諦めるとしても、だ。
食感が無くなるまで野菜を茹でるとか、日曜に牛を屠って一気に焼き、食べきれない分は平日に食べるとか、日曜以外は冷たいか再加熱で火の通り過ぎた肉を食べるのが普通だとか言われた時には絶望感を味わった。調理で味付けをせず、食べる時に塩やら酢やらを自分で付けると説明された時に、料理人いらねぇと思ってしまった俺は、悪くない。
冷蔵庫が無いから仕方ないのだろうが、現代日本の食文化の素晴らしさをここで再認識できたのは、幸か不幸か。
目覚めた時に口に残っていた血の味が今までで一番おいしいと思えるのが一番泣けるのだが、それは置いておく。
もっとも、この時代の人間としては良い環境で生きているという点で、間違いなく恵まれている。原作のエヴァの過去と比べると幸せと言っていい環境なのだし、現時点でこれ以上を望むのは贅沢だろう。
エヴァを吸血鬼にした、造物主が現在憑依している男……オーウェン・グレンダとかいう名前らしいが、そいつは隣町で国家の樹立を宣言したという話を聞いた。
今も、厨二病は絶好調の様だ。
こちらまで戦火が及ぶ気配は今のところ無いようなので、要注意ではあるが一息つけそうな感じといったところか。
ヴァンとはたまに連絡を取り合っているし、俺とゼロの魔法の師匠役もしてもらっている。
アルビレオは造物主に連れまわされている関係で抜け出せないらしく、未だ会えていないが、急ぐわけでもない。
この二人についても、今のところ特に問題は無いだろう。
殺された城主の従弟、オットー・マクダウェルを新たな領主として呼び、その庇護下に入ることにも成功した。隠蔽も現状では特に問題は無い。
まとめると、現状、特に大きな問題は無い。
予想以上に穏やかな日々を送っている。
「……はずだったんだがな」
俺はため息をつきながら、先ほど侍女の1人と執事に言われた言葉を思い出している。
「自分が蒔いた種でしょう?」
現時点で憑代が見付かっていないゼロは、幽霊の様に俺の周りを漂っている。
俺とヴァン以外には見えないらしく、自由に飛べるのが楽しいらしい。
未だに服を着られない点は、俺にとっては眼福だが、
「いや、そうなんだけど……ここまで強くかかるとは思ってなかった」
「行動には責任が伴います。過去は変えることが出来ませんよ」
「だよなー……」
どうも暗示の「庇護対象」というのが強くかかり過ぎたのが原因だと思えるのだが、要するに眷属にしてくれと言われたのだ。
侍女の3人と執事には、表に出れないことを納得してもらい、何かあった時にフォローしてもらおうと考えていたため、暗示の効果を確認した後で吸血鬼の事を話していた。
ただ、眷属についても喋ってしまったのは失敗だったらしい。
元々エヴァを妹の様に可愛がっていたらしいリズ……仕事の出来るお姉さん系侍女さんには「お嬢様を残して死ぬわけにはいきません。私たちが全員居なくなったら、誰がお嬢様のお世話をするのですか」と真剣な目で言われ。
頼りになるオジサマ系執事のマシューには「永遠を生きるエヴァンジェリン様は、世間との関係を維持するためにも、ある程度事情を知った上で表に出ることが出来る者を、継続的に育てる必要があります。このマシュー、教育には少々自信がありますぞ」と父が子を見る様な目で言われ。
……特に
そして、
二人とも断ると、近いうちに貴族という盾を維持するのが困難になり、結果として逃亡生活となる事が容易に予想できてしまう。
少なくとも戸籍制度が確立するまでに権力者との協力体制を構築しておく必要がある事も考えると、マシューの言う教育者は必須とすら言える。
「理論的に考えれば、眷属にするの一択なんだが……」
「では、何を躊躇っているのですか?」
「俺が、二人が思っている『エヴァンジェリン・マクダウェル』ではない、って罪悪感が一つ目」
「あの二人が気付かないはずはないと思いますが……他にもあるのですか?」
「まだ、他人を『永遠に生きる』って牢獄に閉じ込める覚悟も出来ていない」
「牢獄、ですか?」
「仲間……要するに眷属以外は、ヴァンみたいな例外以外は必ず自分より先に死ぬんだ。
他への影響も考えれば、むやみに眷属を増やすわけにもいかないし。親しくなった人と別れ続けるってのは……慣れるものか?」
正直、俺自身が耐えられるか自信が無いんだよな。
少なくとも、ヴァンとゼロの2人は一緒にいられるだろうけど……
って、やべ、これはゼロに依存するフラグか?
いかん、年長者としてそれはいかんぞ!?
「私の両親は、戦争で既に死んでいます。
ここに預けられる前の殆どの友人には、手紙を届けることもできません。
別の領へ預けられた兄弟とは、今後会う事もないでしょう。
先日の件で、この城の親戚も死にました。
貴方がどの様な環境で生きてきたか分かりませんが、私達にとって、別れは『普通にあること』でしかありません。
その様なことで悩んでいたのですか?」
「確かに、生きていれば必ずある事ではあるんだ。
ただ……自分は変わらないまま親しい人の老いる姿を見る事。
出会った時点で相手が先に死ぬと分かっている事。
自分は死に逃げることも出来ない事。
これらを、可能な限り隠さないと追われることになる事。
全部、不自然な事で、不自由な事でもある」
「暗示の影響があるとはいえ、私たちと関わっている時点で不自由という枷はかけられているのではないですか?
それに、リズやマシューの言い分を聞く限り、問題を把握した上で
少なくとも、その問題に気付かないほど愚かではないですよ?」
ゼロは……強いな。俺よりも、ずっと。
これが、貴族と平民の差か?
「俺が重く見過ぎているだけならいいんだけどな」
「では、二人が既に
「知られてないはずなんだがな」
「仮定したら、ですよ?」
「……それだと、一番の問題は問題じゃなくなるな。
俺がウジウジしているだけで、永遠に生きる事もその問題点も、言われた内容を考えると理解はしているようだし」
「つまり、現状を把握した上で考えが変わらなければ、問題はありませんか?」
「そう……なるな。
把握した時に見捨てられるのも怖いが」
「いえ、それは有りません」
「随分と自信があるんだな」
「ええ。夢で既に伝えてありますから」
「……は?」
夢? 伝えてある? いつの間に……
「ですから、夢で既に伝えてあると言っています。
4人に伝えた中で2人が受け入れたのですから、上出来ですね」
「えーと……どこまで伝えたんだ……?」
「そうですね、私が霊として別の存在になっている事、『エヴァ』の魂は別の人物である事、言葉や礼儀作法を覚える必要があるのはその結果である事、襲撃の影響等の説明はこれを対外的に説明するためのものである事、でしょうか」
「……対外的に隠してる事は概ね、って事か」
「こうでもしなければ、踏み切ることが出来ないでしょう?
随分と甘い考え方をしているようですし」
「反論できない……これが貴族か」
根回し良すぎだろ。これが貴族の世界か……恐ろしいな。
こんな世界のシガラミを背負う? だ、大丈夫か俺?
「ふふっ、随分と甘い成人ですね?」
「あーもう、俺は平和な国の一般人だったんだよ」
「そうですね。その言い訳はとても説得力があります」
「はあ……勝てないな。俺が守るって言っときながら、情けない」
こちとら現場の技術職だから、対人やら根回しやらは苦手なんだよ。
会社の役員だの部長だのなら……まあ、ない物ねだりしても仕方ない。
「そういう事ですから、1人ずつ確実に、かつ速やかに仲間にしてしまいましょう」
「そう、だな」
眷属を増やす、利点と欠点……間違いなく、利点の方が大きいからな。
早めに眷属の能力を知っておく必要もある。真祖の吸血鬼相当なら、日光も早めに大丈夫かもしれないし。
俺はまだ、日光を浴びると相当苦しいからな……ここにいられる間に、みんなが日中に移動できるようになっておいた方がいい、よな。
◇◆◇ ◇◆◇
「あっ」
「何をしているのですか?」
「……いや、この数年は随分と早かったな、と」
うん、ゼロにはこの冗談は通じないらしい。
俺がエヴァになってから、既に4年が経過した。思えば、あっという間だった……という意味だったんだけどな。
魔法の練習は、順調に進んでいる。得意な属性は闇と氷で、特に変化はしなかったらしい。風や土に限らず、光や火といった対となる属性までそれなりに使えるのは、ひょっとすると変化した点かもしれない。
日常生活は……知識面はまあまあだけど、相変わらず言葉遣いで注意される日々だ。
ちなみに、俺はまだ日光でダメージがある。長すぎるだろ20年。
あと、意外な弱点が判明した。ある意味では納得だが、ニンニクが駄目だ。嗅覚が鋭敏になったせいか、においで意識が飛びそうになる。ニラやチーズ等もやばい。
同じ理由で、玉ねぎのみじん切りやらにも号泣する事になるんだろうな……無臭を自称するニンニクが作られるのは、いつなんだ。
眷属にした二人は……数日で日光が大丈夫になった。優秀過ぎて泣けてくる。ただ、大丈夫になるまでは日光を浴びると相当苦しい様子だったから、これは要注意として覚えておかないとな。
それに、俺と契約状態になるような感じで、念話や魔力供給が出来た。直射日光で能力が落ちるようだけど、魔力量も増えたし再生能力も得たようだ。魔力さえ十分なら食事すら不要で、むしろ精霊化に近い気がする勢いだ。ゼロの姿も見えるようになったらしいし。
吸血鬼として見ると微妙な気もするけど、元々の魔力の素質はそれなりだった2人は、自衛用の戦闘魔法に加え、色々な便利魔法をヴァンに教えてもらってる。何より、ゼロに疑似的な服を着せる事に成功した
世情は、相変わらず100年戦争まっただ中らしい。
ただ、ウェールズの反乱は鎮圧された。フランスから遠征軍が合流したのに、この体たらく。造物主ざまぁ。
ようやく近場の火種は解消されてご機嫌のオットーが、これで安心して外に出られると誘いに来たんだが……日光の問題で、まだ出れないんだよな。
その時、話題を変えるついでに、宿みたいなのを作って海賊と繋がりを持つと将来的に交易で有利になるんじゃないか、とか言っておいた。
機嫌がいいせいか、随分と乗り気だったんだが……余計な事を言ったか?
「いえ、良い事ではないでしょうか」
「心を読むなよ」
しかも
そもそも片付けは
「表情を見れば、何となく分かります。
ですが、戦争が終われば交易も増えるでしょう」
「だけど、あと数十年だったか……まだまだ終わりそうにないからな。
その後の為にってのは、自分で言ってて微妙だなと」
「海運をある程度制御出来るのであれば、大きな益が得られます。今でも海を行き交う海賊がいますから、それらから安全に品物を得られるのであれば、利は大きいかと。
海賊達が船を襲う際も他国の船に限定させ、イングランドの船に被害を出さない様にすれば、王にも喜ばれるでしょう」
「……中世、こわっ!」
略奪ありの時代なんて、こんなもんなのか。
誰が主導してるかは勘違いしてたけど、魔女狩りもあるわけだし。そりゃ、人類の敵みたいに見える吸血鬼で賞金がかかってるとなれば、追い回されるよな……
「この場ではとやかく言いませんが、その言葉は現在使われておりません。
言葉使いも併せて、気を付けた方がよろしいでしょう」
「さっきの会話では気を張ってたんだ。ちょっと気が緩むぐらいは大目に見てくれ」
流石に、オットーとの会話でぼろは出せなかったしな。
マシューとリズには俺の前世についても少し話してあるから、またやってると窘められる程度で済むし。
ぼろを出せる相手がいるって、いいよな。
「普段の気の緩みが、思わぬ失敗を産むものです。
それに、フランスに蝙蝠を飛ばす計画が進み、必要な情報が集まれば旅に出るのでしょう? それまでに、改善しておくことを強く進言いたしますぞ」
「そうだけど、多分、あと15年以上先だ。
物覚えの悪い生徒で悪いが、これからもよろしく頼む」
「全力で承りますぞ」
「この先を書く予定はありません」と書いたのは、2012年の12月(公開は2013年元旦)です。
あれから、2年半。
「青の悪意と曙の意思」の完結に伴い、凍結解除という事になりました。
取りあえず、当面は隔週ペースでの投稿になる……かも? です。
プロットの簡略化に伴うイベントの圧縮等があるので、調整に手間取ると、投稿が遅れる場合があると思います。
元々が「青の悪意と曙の意思」よりも手間がかかる内容ですので、ご了承ください。
2015/12/22 (新)での置き換えを行いました。
2016/04/11 福眼→眼福 に修正
2020/08/09 自身が無い→自信が無い に修正