金色の娘は影の中で   作:deckstick

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始動編第06話 イングランド

「いやぁ、なかなか堂に入ったシスターっぷりだったね。

 詐欺師って言葉が裏にありそうだけど」

 

「ある程度は学んだし、日本的な無宗教の感覚ではどうにもならん事も痛感したからな。

 本当に宗教は厄介だが、お前の意見を却下しておいて正解だったぞ」

 

「それはゴメンってば。でも、憧れるよね?」

 

「憧れと現実を混同するな」

 

 幻術で大人化し白い光に包まれた状態で一瞬のうちにジャンヌを連れ去ったものだから、色々な騒ぎになっている。翼も作るというヴァンの主張を却下しなければ、イングランドが糾弾されるどころでは済まない勢いになっていたのは間違いない。

 そんな感じでヴァンと突っ込みを入れあうような経過を経て仲間となったジャンヌだが、パリの眷属と会わせた結果、ジャンヌもまた眷属になった。

 その後もしばらく一緒に旅を続ける事、東の方向。

 途中のちょっと大きな都市で、魔女狩りの被害にあう寸前の貴族の侍女を助けたり。

 

「この時も、似非シスターだったよね」

 

「よく調べたら、魔法使いの貴族がドジで侍女に魔法を見られて、説得のためにこっそり会っているのを新婚で魔法について教えてない妻に勘違いされた、とかいう間抜けな話だったんだが」

 

「それで侍女に嫉妬して魔女認定するって、貴族の女性って怖いよねぇ」

 

「ああ、恐ろしいな」

 

 そこから南東、イタリアの方へ足を延ばし、ローマ……は危なそうなので、フィレンツェに行ってみたところ、事故で死にかけてた商人を眷属化したり。

 

「政府が役立たずで、しかも分裂してるみたいだし。

 食い込むにはちょうどいいんじゃない?」

 

「無茶して特異性が広まるような事にならなければいいんだが……」

 

 北の方へ戻ってみたら、魔法使いでもある貴族の女性に気に入られてしまい、眷属化することになったり。

 

「得た影響力としては、これまでで最上だとは思います。

 ですが、良かったのですか?」

 

「ゼロの心配も分かるが……やったものは仕方がない。

 それに、最初から私達が人外だと気付いた上で、偏見も無しで接してきた相手だ。無下にはしたくなかったからな」

 

「亡くなりかけだったとはいえ、お互いお人よしですね」

 

「かもしれんな」

 

 マシューから話をしたいという蝙蝠通信(置手紙による電報風味。常時監視は面倒だしマシュー達からは念話を繋げられないので、伝えたい事を書いた紙を所定の場所に置く事にしてある)を受けてイングランドへ戻ってみると、育てている第2世代眷属の侍女を紹介されたり。

 

「紹介しましょう。

 家族を流行り病で亡くし、引き取って教育することになった侍女の2名です」

 

「ノエルと申します」

 

「ノ、ノアです」

 

 ……うん、落ち着こう。ノアは男性名だろうとか、彫が浅くて若干東洋風なのはなんでだろうとか、ちょっと若い気もするけどどうしてリリカルなノエルさんがいるんだとか、妹がファリンじゃなくて良かったとか、考えない。考えてはいけない。

 まず、最初に聞くべきは。

 

「2人とも眷属の様だが、説明は充分に理解されているな?」

 

「両名共に、説明と納得の上での眷属化ですので。最も、ノアは引き取った時点で体調を崩しておりましたので、少々強引ではあったかもしれませんが。

 ノエルは本人の希望により、成長を待ってから眷属化しております」

 

「ああ、だからノアは私と同じ程度の年齢に見えるのか」

 

 ノアはファリンを更に幼くして、髪の色を水色に近付けた感じか。私と身長がほとんど変わらないから、10歳前後なのだろう。

 ノエルは改めて見てもあのノエルに見えるが、少し若いか? 自動人形ではないだろうが……まさか、将来はゼロと一緒に人形になるとか言わないだろうな。

 

「私達についても説明済みだな?」

 

「当然です。

 ゼロ様も見えているようですので、不自由はないかと」

 

「はい。エヴァンジェリン様の斜め後ろに居られる方も、はっきりと」

 

「み、見えますっ!」

 

「そうですか。滞在はあまり長くないかもしれませんが、働きを見せてもらいましょう」

 

「はい。マシュー様に教わった技術、お試しください」

 

 ゼロに評価されるのは、ある意味では苦行かもしれんが。音もなくそこにいるという意味で。

 それはともかく、これだけなら私を呼び戻す必要も……あるのか?

 10年近く離れていたわけだし……

 

「ところでマシュー。本題は何でしょう?」

 

 やはり、ゼロもその点は気になるのか。

 

「はい。エヴァ様に会っていただきたい方がいるのです。

 ただ……ジャンヌ殿には、少々因縁がある相手でもありましょう」

 

「いえ、私も無知だったのです。

 国を率いる者が自らの国を優先する事、同じ事象でも立場が違えば見方が変わる事は、理解できるようになりました。

 私の気持ちは気にしないでください」

 

「だそうだ。立場や見解の差異についてもある程度は教えているし、今は私達の仲間だ。

 続けてくれ」

 

「それでは。

 相手は、ジョン・オブ・ランカスター。イングランド領フランスの宰相となります」

 

「……大物過ぎないか? 王族出身の一代公爵だと聞いた覚えがあるぞ。

 それに、どこまで話せるのか、情報はあるか?」

 

「ブルゴーニュとシャルル7世が和解したことで、随分と気落ちしているようです。体調も優れないようですが、新たな目標を得ることで立ち直るかもしれません。

 魔法世界の魔法使い達とも交渉を行っていたという情報を得ていますので、少なくとも魔法に関する最低限の知識はあるでしょう。

 宰相を任される程の政治力や外交力を得る機会ではないかと愚考した次第です」

 

「実際の能力は高いのか?

 お飾り宰相では役に立たんぞ」

 

「方々に気を使うタイプですし、宰相として指示してきた内容や結果を考えますと、もしジャンヌ殿が現れなければ、オルレアンはイングランド領となっていたでしょう。

 ジャンヌ殿のような神がかった相手でもなければ、十分な能力を持つと推測できます。短期的にはジャンヌ殿に敵わないと判断し全力で排除しようとしておりましたから、判断力や行動力もあるかと」

 

「……私は、神を名乗る者の……他者の言葉に従っていただけです。

 私が神の加護を得ていたのではないでしょう」

 

「あまり自分を卑下するな。

 元は他者の言葉だとしても、それを実行し、成功させたのはお前自身だ」

 

「ええ。現場を動かすのは、現場に立つ者達です。

 たとえ完璧な指示が与えられていたとしても、実行できなければ意味がありません」

 

「ありがとう、ございます……」

 

 うーむ、ジャンヌをいじめ過ぎたか?

 まだ過去を吹っ切れてないせいか、以前の事を話す時だけは内気な少女になるようになってしまったんだが……賊が現れた時の凛とした態度とのギャップがひどいな。

 

「話を戻すが、宰相と話をするのはいいが、面会の先触れは出すべきか?」

 

「はい。了承され次第、手配可能な状態を整えております」

 

「なら、任せた。

 ところで、シティにつながる伝手は無いか? すぐというわけではないが、100年以内を目標に、ある程度は食い込んでおきたい」

 

「シティ・オブ・ロンドン・コーポレーションですか。なかなかに強固な相手ですが……マーメイド・インの成功をうまく利用すれば、不可能ではないかと。

 ですが、深く食い込むのは難しいでしょう」

 

「それなら……宰相にも動いてもらう事は有効か?」

 

「シティは王家にも影響力を持つため、良い手とは言い難いでしょう。それに、伝手を使って関係を持てたとしても、力が足りなければ使い潰されてしまいます。

 時間はあるのですから、慌てず地力を蓄えることが最良の手段だと思われます」

 

 やはり、シティは一筋縄にはいかんか。

 恐らく時間の余裕はあるだろうし、のんびりの方針を継続だな。

 

 

 ◇◆◇ ◇◆◇

 

 

 あれから、色々あった。

 ジョン……名で呼ぶと何となく安っぽいが、元フランスの宰相を眷属に迎え入れ。

 ジャンヌと会わせてみたら、お互いにひたすら謝罪して。

 いや、自分の非を認めない人種ばかりだと思っていたから、私も驚いたのだが……どうやら私の仲間という同じ立場となった以上は、過去を清算する必要があると2人が考えた結果らしい。

 その後2年ほど、互いに色々と研鑽しあった後で、ジャンヌはフランスへと戻っていった。

 

 その間に私は、増えた眷属との連携を取りやすくするため、眷属用の超長距離念話魔法を開発したりしていた。私から繋げばいつでも話せるのだが、眷属達から私に繋ぐのはあまり遠距離だと難しく、眷属間の通話も私が間に立たねばならんのでは不便だからだ。

 結果、力技もいいところで消耗が激しいものの、マシューがナジェージダ……モスクワ大公国にいる眷属に念話を繋ぐことに成功した。もちろん、限界はある。ノエルやノア、つまり第2世代の眷属の力では届かなかったから、要改良といったところか。

 これらの魔法開発を言い訳に、私自身の練度不足解消を目指してもいたが、まだマシになったと言える程度にしかなっていない。派手に力を使うわけにもいかないから、今後も地道に練習するしかないだろう。

 魔法を最適化するにも、情報源がヴァンだけでは知識が不足しすぎる事もある。やりたい事もあるし、眷属達の活動も始まっている。

 当面は自分の能力……恐らく無駄にはならない、魔力制御等の技術を磨くことに専念しよう。

 

「と、思っていたのだがな」

 

「おやおや、可愛い後輩にため息をつかせるとは。

 誰でしょうね、そんな事をしたのは」

 

「お前のうさん臭さだ」

 

 正直に言えば、これは予想以上だ。

 ヴァンがこっそり連れてきたのは、もちろんアルビレオ・イマ。

 外見は白ローブを着た優男で、武道会に出た時と大した差はないように見える。ローブの布は、この時代にしてはかなり上等か。

 転生者として先輩という点に嘘はないらしいが、何だろうな、この信じたくなくなるような怪しい雰囲気は。

 

「ほら、やっぱり人格がにじみ出てるんだよ」

 

「何を言うのですか。私は正真正銘の紳士ですよ」

 

「ルビにヘンタイとかロリコンとか付くタイプの、だろう?」

 

「いえいえ、お互いに益のある提案のつもりだったのですよ」

 

「お前の益が変態方向だと言っているんだ」

 

 全く。会っていきなり仮契約をしましょうとか、何を考えているんだ。

 色々な方法がある事は知っているが、確実にキスでやろうとするぞ、この変態は。

 

「もっとお話をしたいのですが、残念ですね。

 この通り、色々な魔法の資料を揃えてきたのですが」

 

「魔法の資料?」

 

「ええ。ヴァンが使ったような、血の接触を媒介とする契約魔法もありますよ。

 大切なのは、互いの魔力の接触ですからね。口は魔力が出入りしやすい場所なので、魔法的な経路を繋ぎやすく、念話と言う声をベースにする魔法との相性も良いのですよ」

 

 本にまとめてあるのか。

 パラパラめくっていた時に中がちらっと見えたが……構造やらの情報も含んでいなかったか?

 契約以外の魔法もあるようだし、魔法についての知識を深めるには良さそうに見えるな。

 

「……その資料が欲しい。それには、キス以外での契約方法もあるのだろう?」

 

「そうですね、では、こちらを着ていただければ」

 

「あほかっ!」

 

 なんでこの時代にスク水とセーラー服(上だけ)があるんだっ!?

 中身は転生者なのかもしれんが、思考回路がクウネルと同じだぞ!

 

「自分で魔法を組むための指南書や、エヴァちゃんの適性が高い闇や氷を中心に各種魔法の資料も揃えてあります。

 この服を着たところを見せていただくだけで、これらを進呈しますよ。お安いでしょう?」

 

 くっ……金銭という点では確かに安いが、あまりにもゼロに悪いし精神面がガリガリ削られる事に……だが、こんな資料を手に入れる手段は今のところこいつらの他にないし、変態の性質上、他の対価では納得しない可能性が高い……

 ど、どうすればいい。どうすれば変態を納得させられる!?

 

「話は聞いていましたが、これは服なのですね?」

 

「……ゼロ、か?」

 

「おお、今までどこに隠れていたのかと思いましたが、ちゃんといてくれたのですね。

 どうです? 自信作なのですが」

 

 いや、お前(ヘンタイ)の為にいたわけじゃないし、視線が冷たいのに気付いていないのか?

 どう見ても友好的な態度ではないが……

 

「なるほど、この娼婦のような恰好をさせるのが好みという事ですね。権力者にたまにある、自分の欲を制御できずに破滅する人種のようですが……まあ、それはどうでもいいです。

 これを着たところを見せる“だけ”という事ですし、オリジナルで同じ外見の私がその姿となっても問題ないでしょう。もちろんそれ以上と言うようなら、言動に信用できない人物として全力で排除すれば良いですし」

 

 おおぅ、さすがは私と最初に会った時に裸でもあまり気にしていなかったゼロ(ほんにん)。割り切り方が洒落になっていない……が、きっちり毒を吐くあたり、好き好んでるわけじゃないんだろうな。

 

「……のぅ、ヴァン吉や。

 本当に、ゼロが本来のエヴァンジェリンなのかい?」

 

「びっくりだけど、本当なんだよねぇ……おぢいちゃん」

 

 変態の口調が老化して、ヴァンが遠い目をしているが、何を今更。

 どうせ私の方が原作のエヴァンジェリンらしいとか思っているのだろうが、変態だって似たようなものだ。ヴァンは該当する人物がいないから知ったことではないが。

 

「それで、どうするのです?」

 

「そうじゃのう……いえ、このままだとイケナイ方向に目覚めてしまいそうですので、そろそろキャラをちょっと戻しましょうか。

 あの姿も捨てがたいのですが、妥協案を提示しましょう。

 私のアーティファクトをエヴァちゃんに使ってほしいというのはどうでしょう?」

 

「人格コピーなら却下だ」

 

「いえいえ、イノチノシヘンとかいうものではありませんよ。

 魂の自由帳(ココロノシヘン)というアーティファクトで、使用者が望んだ情報を漫画として記録するものです。

 例えば私の記憶から取り出せたのは、ここまでになります」

 

 変態が出してきたのは、明らかに漫画のネギまだな。7巻まで……ネギが弟子入りしたり南の島に行ったりする辺りなんだな。

 つまり、原作知識の補完が目的か。だが……

 

「流し読みして違和感がないが……やけに細部まで再現できていないか?

 ここまで覚えている自信はないぞ」

 

「大丈夫ですよ。このアーティファクトの凄いところは、本人が思い出せなくとも復元できる可能性がある点にあります。

 本人がしっかりと対象を認識したことがあれば、高確率で大丈夫ですね。一度流し読みしただけの難解な契約書を、10年後に一字一句まで再現できた時には驚きましたが」

 

「それは……凄いな」

 

 任意時点の記憶の完全再生に近い……いや、流し読み程度でもいいなら、記憶の元となったであろうものまで再現できる代物、という事か?

 ある意味ではアルビレオらしいとは言えるが、記録の保存と管理には有効だな。こいつの場合は、怪しい用途でも使っていそうだが。

 

「凄いでしょう。いかがですか?」

 

「念のために確認するが、それは、あくまでも“使用者が望んだ情報”のみの漫画化だな?」

 

「ええ。作成直後であれば廃棄も簡単ですので、ご心配なく」

 

「僕も20巻までやったけど、他の情報は取られてないし、大丈夫だよ」

 

 それなら……まあ、許容範囲か。

 私が直接覚えていない部分まで再現されるなら、それなりに得るものもあるだろう。

 

「方法や制限は?」

 

「私が無地のノートに見えるアーティファクトを出しますので、それに手を当てて、何を漫画として再現するかを宣言してください。

 それだけなのですが、宣言の内容を間違えると余計な情報まで漫画になったり、必要な情報が抜けたりします。要注意ですよ」

 

「そのアーティファクトは、離れた場所でも使えるのか?」

 

「無理ですね。アーティファクトの改造方法も不明なので、将来的にも難しいでしょう。

 ノートの形を保てるのは、私から5メートル程です。漫画になってからも5分ほどは不安定なので、その間に私から離れれば消滅してしまいます。その後も燃えたり水で滲んだりしますから、物としての扱いは通常の本と大差ありません。

 私の能力で情報を取り込むには1度きちんと読む必要がありますから、情報の保管を意図する場合は遠隔で使用する利点もありません」

 

 記憶を本にするのがアーティファクト、本を情報として管理するのは変態の能力という事か。

 つまり、変態に読まれる前であれば廃棄可能という認識で良さそうだ。

 

「なるほどな。言っている内容が正しいなら、とりあえず私が見た分を漫画化しよう。

 ただ、完結までは知らないし、説明に嘘があれば容赦なく消すし潰す。それはいいな?」

 

「ええ、問題ありません」

 

 にこやかな表情だが、最初からこれが目的だったか?

 交渉でありがちな、最初に高いハードルを見せて、それを下げる手法……まあ、最初からこの内容ならすんなり認めたと思うから、やはり、変態の趣味と判断すべきか。

 この時点で嘘をつくようなら切り捨てるまでだし、試金石としてはありだろう。

 今でも謎だらけのアーティファクトだ。どんなのになるか、少し楽しみだな。




2020/01/29 以下を修正
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