結局アーティファクトの技術は謎のままだし、見た目はそのまま白紙ノートが漫画本に変わるだけで面白みがなかったのだが。
もちろん原作の内容を改めて確認できたのは間違いないし、ヴァンや変態……もとい、アルにとっては参考にはなるものだったらしいから、有益ではあった。完結していないが残りは1巻のはずだから、ここから大きなどんでん返しは無いだろうしな。
ただ、ナギと造物主がどうなったのかとか、アリカがどうなったかとか、本当に38巻で完結したのかとか、残っている謎やらもある。それに、介入しようとしている以上、参考程度にしか役に立たないはずだ。
それはともかくとして。変態が持ってきた資料は、とても良いものだった。
何を言っているのかわからないかもしれないが、技術面……それも、魔法の構造を知り、改良などを行うのに必要な情報が十二分に詰まっていた。
おかげで、一時契約……通信と魔力供給に特化し、契約も契約解除も仮契約以上に簡易な魔法の開発に成功した。
身体強化は魔力供給の一環だし、アーティファクトは元々出たりでなかったりするから、十分な完成度だ。しかも、グループ化や掲示板的な機能を持たせることで、複数人数での念話や念話を遮断するオフライン設定、非リアルタイムでの情報交換にも対応。これは既存の契約魔法には無かった強化点で、要するに眷属達の連絡を容易にするために欲しかった技術だ。
ある意味での問題点は、少しとはいえ契約者全員に常時負担がかかる事と、契約者の魔力量で有効に機能する距離が変化する事くらいのはずだ。通信距離は通常の仮契約よりだいぶ長く出来たし、魔力にモノを言わせればかなりの距離まで届く事も確認できたから、強化点でもある。広い範囲をカバーするには、遠距離の通信を中継する人を配置できるかどうかが問題になるが、既存の技術でもこれは同じだろう。
知識や技術面で得たものも多い。開発には10年以上かかったが、後悔はしていない。
いつの間にかルクセンブルクの王族までが眷属になっていたり、ジャンヌの再審議が始まっていたり、百年戦争が終わりかけていたり、ゼロ用のサンプルになればとイタリア方面からマネキン人形もどきが届いたり、ほぼ実物大マネキン人形が動くのはホラーでしかなかったり、仕方なく素材や動かし方を研究してみたがうまくいかずに保留になったりしたが……まあ、あれだ。眷属達が自由に動く事自体はいいことだ、うん。
『というわけでさ、魔法世界……特にヘラスへの売り込みをお勧めするよ?』
「王族にか? 国やらが使うにも便利だろうとは思うが……」
『便利だろうどころではありませんよ。
これは、インターネットに匹敵する革命になりえます』
『魔法世界にだって、まほネットは影も形もないからねー』
魔法が完成し眷属達が使い始めて、改めて感じる情報の重要さ。
眷属達のネットワークとは別に、転生者3人でも契約してみた。私とヴァンと変態だと、イギリスと日本で通信できてしまったのだが……色々諦めた方がいいんだろうな。普通に話す分には、変態も普通だったのは助かったが。
それ以前に、
『メガロは放置でいいんだな?
消滅はしないだろうが、情報戦で圧倒的に不利になるぞ』
『問題ないでしょう。諜報は常に行っているようですし、そのうち気付きますよ。
それにヘラスに渡す資料の時点で、エヴァちゃんが傍受しやすいような形式にしておけばよいのです。盗人猛々しいメガロの事ですから、実際に使えるとなったらさも自分たちが作ったかのように宣伝してくれますよ。ついでに、魔導具化もしてくれるでしょう。
後は、貴重な情報が飛び交うのを見ていれば弱みや様々な情報をゲットです』
「そんな事に張り付く気はない。他の方法はないのか?」
『ありますよ。要するに情報処理を行う労働力があればよいのですから』
「召喚なら却下だ」
『いえいえ、ある意味で人工知能のようなものですよ。
魔法がフレキシブルなのは、精霊がある程度の知能を持つからです。ならば、その知能を人工的に強化すると、ある程度の情報処理もこなせるのですよ。
例えば私が持つ資料の整理や検索は、強化した精霊が担当しています』
『魔法世界だと、図書や資料の管理などで昔から使われてる技術だね。
簡易的なコンピュータみたいな感覚で使ってるみたいだよ。地球でも裏組織が少ない人で維持するための補佐に使ってるはずだし』
「なるほど……確かに、それならありだな」
『もっとも、大量の魔力でテキトーに強化してしまうと、精霊の思考が暴走してしまうので要注意です。
原作の話で言えば、エヴァちゃんにかけられた登校地獄の管理精霊が暴走状態ではないかと考えられますね』
……所詮はアンチョコを見ながら使った魔法なのか。ナギの悪い意味での適当さがご都合主義という仕事をしたという事になるのか?
だが、うまくやれば、それなりに優秀な知能を持たせることが可能とも取れるな。うまく遠距離通信の魔法と組み合わせて魔法世界で売り込みに成功したら……いや、それがなくとも便利そうな技術ではあるか。
「とりあえず、お前達が私を魔法世界に行かせたい事は理解した。させたい事は、国とのパイプ作り、組織作り、技術調査あたりか。
組織は私の眷属ネットワークに期待しているのは分かるが、国や技術はお前達の方が向いていないか?」
『私は単独で行動する事自体が難しいですから』
『僕も表に出られないし、パイプ作りは無理だよ。
技術も厨二病が関わったのとか基礎的なのなら情報を得やすいんだけど、一般的なのを見下してるから、新しめの便利技術なんかはなかなかねー』
ふむ、こいつらの情報網は、思ったより役に立たんのか?
技術研究や情報収集の手段も考える必要があるなら、魔法世界に作る組織でカバーするとして。
現状での不安材料は……
「魔法世界での私の知名度はゼロだ。
そう簡単にヘラスと交渉できるのか?」
『お貴族様のメガロよりは、簡単じゃないかな?』
『現状ではヘラス連合でしかありませんからね。有力な部族がいくつかあるので、そのどれかに接触できればよいのです。
将来はどこがトップになるか不明ですが、この技術をうまく使いこなすことができれば、最有力となるのも簡単だと思いますよ』
「……簡単に言ってくれるな」
直接の手助けはなし、と。
情報提供はありがたいし、ある意味では有益ではあるが、こういう時はいいように使われている気がしてならん。
「そもそも、月と同化した私が魔法世界に行っても大丈夫なのか?
火星までパスが通るとも考えにくいが」
『大丈夫だよ。僕の分体が造物主と一緒に行動してて、当たり前のように魔法世界にいるから』
「心配無用、なのか」
◇◆◇ ◇◆◇
あれから、色々な(物資や翻訳魔法等の)準備をして。
インカ……ヴァン曰く正確にはクスコ王国らしいが、その領内にひっそりと存在するゲートが開くのを、私はイギリスにいたまま月から見ている。
『エヴァにゃん、そろそろ行かないと。
ゲートが開いてる時間って、結構短いよ?』
ゲートが開くときは地球の魔力も渦巻くらしく、その状況を知ることが出来るヴァンからの念話が届くが、その程度は私も知っている。
それにしても、移動したら追跡されないようすぐに指定された場所に転移しろとか……正規の手続きを踏まないのが原因らしいが、本当に大丈夫なのか? そこにある山小屋に色々な資料や多少の食料などが用意してあるらしいし、隠れ家が必要な厄介事が待っている気配がプンプンする。
「だが、まあ……そろそろ動くべきか。
マシュー、留守中は頼んだぞ」
「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいませ、エヴァ様、ゼロ様、リズ様」
「ノエル達も、良く学んでおくのですよ」
「はい、リズ様」
何だかリズとノエルが師弟の様な別れの挨拶をしているが……この2人、マシューが言うには侍女としての技術に差はあまり無いらしい。リズ自身も次に会う頃には一般的な侍女としての技術では負けているでしょうとか言っていたから、間違いないのだろう。
2人の違いは、常時私に侍るリズと、後輩で修行中という事になっているノエルという立場。
今の私に必要なのは一般的な侍女ではないし、様々な面でリズが筆頭侍女であることは揺らがないらしい。
「さあ、行くぞ」
「はい。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
……いや、私の転移で移動するにはある程度しっかり抱える必要があり、その為に抱き上げる事になったのだが、どうして申し訳ないと言いつつ嬉しそうなんだ。そういうフラグを立てた覚えは無いのだが……
それはともかく、そろそろ限度だな。転移目標、南米太平洋側山中のゲート。直上に出て、そのまま突っ込めばいいらしいが、乱暴なことだ。
◇◆◇ ◇◆◇
「……リズ。あれから何日経った……?」
「おはようございます、エヴァ様。
あれから5日経過しております」
5日か……未だに頭が霧の中な気がするが、意識が戻ったからには現状を把握するべきだろう。
まず、ヴァン達の本当の狙いはこれだったのだろうと確信出来た出来事があった。
魔法世界への転移は、無事に行えた。窓も少なく薄暗い建物の中に出た事は覚えている。
少し見えた外の景色もさほど明るくなかったし、警備員が居眠りしていた点を考えると、恐らく早朝だったのだろう。利用者が誰もおらず、油断しきっていたように見えたしな。
確かにあの様子なら、即転移すれば大丈夫と言っていたのも納得できた。
問題は、そこから移動するための、2度目の転移後にあった。
最初に見えたのは、夜の森。
次に見えたのは、頭上に輝く2つの月……衛星と言うべきなのか? 思ったよりいびつな形の、フォボスとダイモスと思われるもの。
私の記憶は、そこで途切れている。
まあ、何があったかは、想像できている。
私の視点が2つ増えていれば、自分でも感じられる程度に魔力が増えていれば。嫌でも理解できる。
ヴァンのやつ……火星の月ともリンクさせてやがった、という事なのだろう。
地球とのリンクもラグが大きいだけで、繋がり自体は問題があるとは思えない。荒野と魔法世界、つまり火星の表と裏の両方が見えるのは、もはや誤差だろう。
「私の意識がなかった間に、どんな事があった?
それに、ゼロもリズも、体調は問題ないか?」
「問題がないどころか、あちらよりも少し魔法が使いやすいようです。
この点はリズも同意見なので、間違いないでしょう」
「はい。エヴァ様が考案された便利魔法を練習する際に、調子が悪くなることが少ないように思います。
それ以外では、特に気になるようなことはありませんでした。眷属仲間からの連絡も含め、外部からの接触や干渉は全くありませんでしたし、探知魔法等も感知できたものはありません」
「そうか。無事なら何よりだが、ヴァン達からの連絡も無いという事でいいんだな?」
「はい。伝えられていた資料とともに、この様な手紙が置いてあっただけです。
当然ですが、この事態は予定されていたものだったようです」
リズが出した手紙を見てみると……間違いなく想定済みの状況、予定通りの結果らしい。
ついでにリズ達の時間潰しを兼ねて便利魔法の教本や魔法世界の状況最新版とやらが、不測の事態に備えて食べられる野草や野獣の資料なんかも用意してあったようだ。
ある意味ではきちんと手配してあったとは言えるが、何が起こるかを先に聞いていないだけに、許そうという気が起きない。その理由が、確信できていなかったからだとしても。
「はぁ……また自分の能力を調査する羽目になるのか。
今度は前ほど変化していないとは思うが……」
「こうなる前でも全てを把握していたわけでもないのですから、調査しなくても良かったわけではありません。
以降は大きく変わる事はないだろうとも書いてあるのですから、前向きに考えて良いのでは?」
「ゼロの立場ならそうだろうが……まあ、ぼちぼちやっていくしかないか。
それで、資料は役に立ちそうだったか?」
「どの地域をどう押さえるべきか、という指針の記述は確認しました。
資料によると、未来のアリアドネーとグラニクスを独立都市という体裁で実効支配しつつヘラスの支配階級と交友を持ち、メガロメセンブリアは裏を支配するとの事ですが」
「簡単に言うな……」
私が人外である以上はメガロよりもヘラスの方がいいのは分かるが、アリアドネーとグラニクスか。学術都市と交易都市……今でもそうなのか?
未来のと言っているなら今は小さい町だったりするのかもしれんから、確認が必要か。都市の発祥や発展に直接関わるなら、手も出しやすいだろうし。
「アリアドネーとグラニクスという都市は、今はまだ完全には成立していないようです。
アリアドネーは引退した研究者たちが趣味に没頭する町で、資産を食い潰しながら余生を過ごす場所でしかないようです。辺境という事もあり、いつ衰退してもおかしくない状態が続いているそうです。
グラニクスは、近くの部族や貴族たちが娯楽として使用する闘技場がある町で、こちらも規模はかなり小さいですね。ケルベラス大樹林への入り口にあたるヘカテスの方が賑わっているようですし、港町としてはすぐ近くにボレアがあります」
「そこまで分かっているのか。
それなら……というか、地図を見せてくれ」
「そうですね。リズ、地図と資料を」
「はい、すぐにお持ちします」
今の街の規模なら、上から見て確認できるというのを忘れるところだった。
正確な場所は……覚えていないな。メガロよりヘラスに近かった気はするが、そもそも魔法世界の地図自体があやふやだ。更に今を知る必要がある以上は、地図を見た方が早いな。
「それで、ゼロとしてはどう動くか……案はあるか?」
「ヴァン達の案も考慮した上であれば、現状では人が多く、強い支配も受けていないヘカテスで基盤を作るのが無難ではないかと思います。
人の選別についても、戦力ならグラニクスの拳闘士崩れ、知力ならアリアドネーの隠居達が話しやすいでしょう。どちらも、人生に先がありませんから」
「確かにそうなんだが、言葉にされると突き刺さるものがあるな」
「事実ですから。
なお、最低限の人材の確保は、ヘラスと接触する前に行うべきでしょう。権力に縛られて動きづらくなる可能性もありますから」
「それは、そうだな。
当面は能力や状況の把握と人材探し、それが落ち着いてからヘラスとの接触か……」
「その前に、マシュー達へ無事だと連絡するべきでしょう。
私達では連絡できなかったので、月を介した接続なら可能なのか確認しておくべきです」
「……そうだな」