田所恵の日常を淡々と描く   作:夏ノ雪

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3品目 始業式

 

◆◇ 遠月学園 始業式 ◆◇

 

 

悠姫ちゃんと、涼子さんの後ろで私は列に並んでいる。

周りには学生。

皆、とても優秀そうに見える。

違う、見えるんじゃない、実際優秀なんだ。

私はビリで進級できたんだから。

この周りにいる人たちは皆、私より凄い人。

 

(ひぃ~~)

 

そう思うと体が震えてきた。

どうしよう。

震えが止まらない。

膝がガクガク震える。

心臓もドキドキする。

 

台の上では、怖い人が次々と何か話してる。

だめ。

全然頭に入ってこない。

どうしたらあんな風になれるんだろう?

怖い人じゃないと料理人になれないのかな。

 

「続いて、式辞を頂きます。遠月学園総帥・薙切仙左衛門様」

 

圧倒的な何かが私の体を貫く。

強者のオーラ。

そのオーラに包まれただけで私の体中の細胞が悲鳴を上げる。

 

「ひぃ!!!」

 

思わず声が出てしまった。

腰がひくつく。

ダメ。

立っていられないかもしれない。

どうしよう?

途中退室とかできるのかな?

 

「諸君、高等部進学おめでとう。諸君は中等部での三年間で調理の基礎技術と食材への理解を深めた。調理教練の授業と各種の座学:調理理論、栄養学、公衆衛生学、栽培概論、経営学。そして今、高等部の入り口に立ったわけだが、これから試されるのは技術や知識ではない」

 

「それは・・・料理人として生きる気概そのもの」

 

怖い。

早く寮に帰りたい。

こんな所にいたくない。

前にいる友達を見る。

悠姫ちゃんも涼子さんも話にのめり込んでいる。

周りの生徒もそう。

皆・・・・私とは違う。

おかしいよ・・・絶対。

 

「諸君の99%は、1%の玉を磨くための・・・・・捨て石である。」

 

捨石。

捨石。

その言葉だけが心で何度も繰り返される。

 

「無能と凡夫は容赦なく切り捨てられる。1000人の一年生が進級する頃には100人になり、卒業まで辿り着くものを数えるには、片手を使えば足りるだろう」

 

「その一握りの料理人に君が・・・・・・君が成るのだ!!」

 

老人は間を開けて、息吸い込む。

 

「―――― 研鑽せよ ――――」

 

静まり返る会場。

どの学生も満ちたりた顔をしている。

俺が、私が玉になるんだ。

そんな思いが伝わってくる。

 

「以上だ」

 

隅に消えていく学園総帥。

 

 

だめ。

もうだめ。

私の精神がだめ。

もう助けて。

周りの生徒を見る。

皆、恍惚感に満ちた表情をしている。

おかしいよ絶対。

だって、2年生になる時には、1/10になっちゃうんだよ。

この中の9割は退学になっちゃうんだよ。

怖くないの?

 

ふと台の上を見ると、ひとりの少年。

遠月の制服ではない・・・誰だろう?

 

「えっと、幸平創真っていいます。この学園の事は正直、踏み台としか思ってないです。思いがけず編入する事になったんすけど・・・客の前に立った事も無い連中に負けるつもりはないっす」

 

「ようするに、何が言いたいかというと・・・・・入ったからには、てっぺん獲るんで」

 

「三年間よろしくお願いしやーす」

 

静寂、そしてすぐに沸き起こる罵詈雑言。

彼はそれを気にせず、壇上を歩いて脇に下がる。

 

私は騒音の中で震える。

なんか変な人出てきた。

 

凄い。

私とは全然違う。

私は下にいるだけで心が震えているのに。

 

編入生っていってたよね。

ってことは、きっと凄い優秀なんだろうな。

中学試験とは比べならないほど難しいって聞いてるし。

 

彼が玉で私が捨石かも?

だめだめ。

そんなこと考えちゃダメ。

でも・・・・

 

 

そんな考えが頭の中を駆け巡る。

延々とループの様に続く。

同じ思い、考え頭の中で渦巻く。

 

 

もうやだ。

絶対私が捨石一等賞だよ。

高等部への内部進学試験は最下位だったし、最後通告まで。

 

う~ん。

諦めちゃダメ。

東京に送り出してくれた皆の期待に応えるんだ。

とにかく、ただでさえ落第ギリギリなんだから。

あの編入してきた人みたいに悪目立ちしないように、平穏にいかないと。

よし、あの編入生には絶対近づかないようにしよう。

 

 

「あれ?」

 

ふと顔を上げると誰もいない。

会場には私一人。

ポツンと椅子に座っている。

 

え!!

 

またやっちゃった・・・・

私、考えに嵌ると抜け出せなくなっちゃうんだ。

これからは注意しないと。

 

とりあえず、私が座っているこの椅子をかたずけないと。

でも、どこに持っていけばいいんだろう?

 

「田所ちゃん、どうしたんだい?こんな所に一人で」

 

後ろを振り向くと、スーツ姿のかっこいい男性。

 

誰?

 

そんな思いがまず浮かぶ。

でも、よく見ると、見知った顔。

 

「い、一色先輩・・・どうしてここに?」

(それに裸じゃない・・・スーツで?)

「十傑としての仕事の一環だよ、始業式は僕の管轄でね。スーツは着たくなかったんだけど、来賓の方の対応も仕事の一つでね」

 

一色先輩は片手に袋を持ちながら、笑顔で私を見る。

先輩はいつも笑顔で自身に満ち溢れている。

その光が私には眩しい。

 

「それで、どうだったかい?学園総帥の話、それに編入生君のスピーチ、面白かっただろ」

「え?あれに一色先輩が関わってるですか・・・そ、その・・・・凄く怖かったです」

「はは。総帥の話は毎年あんな感じだよ。編入生君のスピーチは、僕が無理やり押し込んだけどね。面白そうだったから。でも、田所ちゃんなら大丈夫だよ」

「ふふ・・・」

 

私は冷たく笑う。

一色先輩は何故か私を高く評価している。

多分、私の成績も知っているはずなのに。

何故だか分からない。

先輩が何かと私に絡んでくる。

 

「これ、あげるよ。僕が作った新商品。今度コンビニで販売されるんだ」

 

一色先輩は、お菓子の「じゃがりこ」のような物を袋から取り出す。

 

私は受け取り、パッケージを眺める。

擬人化されたきゅうりのキャラがパッケージされている。

そのきゅうりのキャラが、「おいしいぜ!」と吹き出しで語っている。

 

私は上の蓋を剥がす。

中には緑色のスティック上のお菓子。

お菓子の「さやえんどう」と「じゃがりこ」を足して2で割ったような見た目。

 

一つ摘み、食べる。

口の中に広がるきゅうりの仄かな香り。

塩が効いている。

そしてスナック菓子とは思えないような弾力。

美味い。

次々に食べる。

 

「先輩、これは?」

「企業秘密♡」

 

おしりを振る一色先輩。

 

「そ、そうですか・・・・・」

(脱いでなくてよかった)

 

つかみどころがない先輩。

凄いんだけど凄くないというか・・・

でも、ふっと笑みが沸いてくる。

 

あ、そうだ!

 

私は椅子から立ち上がる。

椅子に手を向ける。

 

「この椅子、どうすればいいんですか?」

 

一色先輩は、僅かに首をかしげる。

 

「う~ん。そうだね。業者の方が既に撤収してしまった後だからね~。よし、僕に任せて」

 

そういうと椅子を折り畳み、さっと持ち上げる。

そして、椅子を頭上に投げる。

回転しながら空高く飛んでいく椅子。

 

「え!!!!!先輩、何を・・・」

 

先輩は投げた椅子を見ていない。

椅子は最高点に到達し、回転したまま落下を始める。

頭上から落下する椅子。

それを見ずに、背中に回した手で椅子をキャッチする一色先輩。

 

「ちょっとした遊びさ。畑仕事のために鍛えているんだ。最近中々いいトレーニング方法がなくてね」

「せ、先輩・・・危ないですよ」

「料理人は日々研鑽だよ。そうしないとあっという間に置いて行かれるからね。誰だって、最初は下手くそなんだから。それは才能があっても無くても、変わらないことだよ」

 

そういって、歩き出す一色先輩。

 

「あ、ありがとうございます」

 

私は頭を下げる。

一色先輩は振り返る。

 

「なに、田所ちゃんのためなら。君は、自信をもてばなんでもできるよ」

 

そういって視界から消えていく先輩。

 

私は先輩がいなくなってもその姿を見ていた。

 

晴れ渡る空。

揺れる緑の草原。

 

いつの間にか、あの暗い気分が吹き飛んでいた。

ふと、遠月学園に来る前のとある雪の日を思い出す。

 

結露した窓で落書きをしていた私。

私は、まだ見ぬ学園生活に期待と不安で一杯だった。

そんな思いが私を動かしたのか、私はとある絵を描いていた。

皆が私の料理で幸せになれる夢を。

 

その時にでてきた光景に少し似ている空と草原。

 

そうだ。

 

日々研鑽。

 

学園総帥や一色先輩の言っていた通り。

 

誰だって最初は素人なんだから。

 

ここまで来たんだ、これから先にだって進めるはず。

 

私も頑張るんだ!

 

 

 

 

 

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