二人の鬼   作:子藤貝

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プロローグのため短め。主人公ほとんど登場しません。(改行等を修正しました)


第一部
プロローグ


キリキリ舞イテ ハラハラ堕チル

 

人ノ世イキテ 鬼ノ世歩ム

 

カミハ宿リテ 鬼ヲキリ

 

鬼ハ嘆キテ 人ヲキル

 

愛シ咎人 キリ捨テテ

 

人ハ常世ノ 鬼トナル

 

己ガ獣ヲ 飼イ慣ラシ

 

望ムハ終焉 好敵手

 

然レド鬼ハ 出会イタル

 

孤独ナ心ノ 運命(サダメ)ノ鬼ト

 

巡リテ出会ウハ 必然カ

 

将又(ハタマタ)刹那ノ 偶然カ

 

コレハ ヒトツノ物語

 

闇夜ヲ統ベル 魔ノ鬼ト

 

血ニ飢エ殺ス 剣ノ鬼

 

交ワル悪夢ハ キリキリト

 

世界ヲ回ス 歯車カ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、その程度か? 所詮は連合もこの程度というわけだ」

 

「くっ! たかが一傷負わせただけでよく口が回るものだ……!」

 

森林とも言えるし、草原とも言える場所に彼らはいた。尤も、森林と言えたのは先程までのことであり、今は草原と表現するのが妥当というものだろう。その原因を生み出したのは彼らであるが、それは今重要なことではない。今現在、彼らを取り巻く空気はかなり異様な状況であり、これが平和な世であれば間違いなく双方ともに手錠でも掛けられているだろう。

しかし、今彼らを止められる人物は誰もおらず、たとえいたとして止める者はいないだろう。

 

「どうしたどうしたぁ! 傷が痛むのか腰抜けぇ!」

 

「貴様は口が過ぎる……っ!」

 

片一方の嘲笑を含んだ煽り。それはもう一方の人物の琴線に触れ、彼を激高させるに足りた。

煽りを口にした、鎧に身を包んだ男に向かって、煽られて激昂した、奇妙な杖をついた男が走りだす。杖の男は脇腹に傷を負っており、先程の会話から類推するならばこの傷負わせたのは鎧の男だと想像するのは必然的だ。実際、彼にこの深手を負わせたのは鎧の男であり、彼の手には長大な銀色に鈍く輝く両刃の剣には、杖の男のものと思われる真っ赤な血が付着している。

 

「此処で貴様を仕留められれば……連合は逆転のチャンスが得られるんだ!」

 

「ほざけ! 貴様程度にやられる帝国兵士ではないわぁ!」

 

杖の男から、突如(もや)にも似たものが溢れ出す。それは全身から薄く立ち上り、やがて彼の持つ杖へと集中していく。

 

「フハハ! 今更魔法を放ったところで何だというのだ!」

 

鎧の男から発せられた言葉。それは現実に生きるものからすれば空想の産物であり、そんなものがあるといえばトチ狂ったかと言われる、そんな存在。

 

魔法。かつて中世ヨーロッパにはそれらを使いこなす魔法使いや魔女、それらの使い魔たる存在や、精霊などがあると信じられていた。実際、その魔女の存在を危惧してある国家では総力を上げて、全知全能なる神の御業の真似事をし人心を惑わす存在として、魔女を異端者として狩り出し、処刑するという狂気の行為、世に名高い『魔女狩り』を行なっていたことが知られている。

 

しかし、現代の科学が発展した世界で、世界の神秘は否定され、自然の発する『現象』や、人が操る『科学』や『まやかし』として、全てが否定されていった。かつて国家さえも狂わせた魔性の技は、今では空想の中の産物であり、妄想に囚われた一部の人間がそれを現実として存在すると肯定する程度だろう。

 

だが。

 

「やってみなくちゃ分からねぇだろ……!」

 

今、彼の周囲に集まるこの力の奔流は何だ。

 

彼がなし得ようとしているものは何だ。男が嘲笑した魔法だとでも言うのだろうか。

 

何を馬鹿なと、此処に人々がいれば笑うだろう。然れども、それは真っ向から否定されることとなる。

 

「アイン、ツヴァイン、ドライラグン……」

 

韻を踏んだ、独特な言葉。これに意味は存在しない。これは『キー』だ。彼が成すための、奇跡の技の発現に必要な前準備。

 

彼は紡ぎ続ける。その奇妙な言葉を。

 

「風精召喚、剣を執る戦友!!」

 

紡がれた言葉はやがて目に見える形となって現実を侵食する。杖に集まっていた靄が徐々に形を取り、人の姿を形作っていく。その姿は言葉を紡いだ杖の男そっくりであり、その手には同じくそれらと同じ性質のものによって造られた剣。

 

「行け……奴を吹き飛ばせ!」

 

形作られたそれらは、剣を構えた後、一斉に鎧の男に突貫する。その早さは一迅吹き抜ける風が如く、およそ人間の姿をしたものが出せる早さではない。正しく、それらは風であった。

 

彼の紡いだ言葉こそ、杖に集まっていたものを媒介とした奇跡の技を発言させるための『呪文』であり、彼から立ち上っていたものが『魔力』。そしていま彼が鎧の男に向かわせた風によって形成された彼の人形(ひとかた)こそ、空想とされ、現実に存在するはずのない『魔法』である。

 

魔法は鎧の男に一目散に接近し、手に持った剣で鎧の上から攻撃を加えようとしてくる。本来、風が凪いだ程度で全身鎧(フルプレート)を砕くなど到底起こり得ない。だが、風でできているはずの剣は鎧の男の胸当てを切りつけ、傷をつけるに至った。

 

「くっ! まだこれだけの力が残っていたか! 侮っておったわ!」

 

先程まで余裕を見せていた男が初めて焦りの声を上げる。目の前にて剣を振るうそれは、先程までの満身創痍であった男のものとは思えぬ力強い魔法だ。だが、鎧の男もただ黙ってやられているわけではない。手に持った両刃の長剣は、ただの飾りではないのだ。

 

「実に力強い魔法……だがこれでは俺は殺せんわぁ! ぬぅんっ!」

 

剣を両手持ちに変え、頭上に振り上げたそれを勢いよく振り下ろす。すると目の前で剣を振るっていた風の分身は、一撃のもとに真っ二つにされて元の空気となって霧散する。しかし、その隙は他の風の分身、この魔法によって召喚された『風の精霊』の攻撃の的となる。

 

すかさず彼らは隙だらけの真横から剣を突き入れる。だが、鎧の男は振り下ろした剣をわざと地面に差し込み、体を屈めた後勢いよくその剣を軸にして飛び上がる。全身鎧を纏っているとは思えぬ身の軽やかさ。それは彼の纏う全身鎧にも、魔法が掛けられているためだ。それにより重さは20分の1まで軽減され、あの軽やかな動きが実現されたのである。

 

攻撃を行った直後で、風の精霊達は一瞬の隙を生んだ。それを見逃すほどこの男は生易しくはない。男は腰に差していたもう一本の、回避に使った長剣より二回り短い剣を引き抜き、精霊に振り下ろす。一体が風に還元され、すぐさま別の精霊を。それを続けていくうちに、数体の精霊たちは全て消え失せていた。

 

「フン、貴様の最後の足掻きもこれで終わりだ……な!?」

 

鎧の男の視線の先。そこで杖を持った男が、別の魔法を放とうとしていた。その力の奔流から、先程よりも遥かに魔力が強大であることが伺える。

 

「ちぃっ! 撃たせてたまるかよ!」

 

鎧の男は走りだし、杖の男が魔法を放つ前に仕留めようとする。だが、既に杖の男は魔法を完成させる寸前であり、

 

「これが俺の……全力の魔法だぁ! 『雷の暴風』!!!」

 

男が魔法の名を叫ぶと同時、凄まじい光の奔流が鎧の男に放たれた。男たちが戦っているこの場所。近隣の村に住むものは『暗闇の森』と呼び近づかない鬱蒼とした森林であった場所を、今の草原に塗り替えた原因こそこの杖の男が今放った魔法、『雷の暴風』である。雷撃をまとった荒れ狂う暴風の威力は、この一帯の木々が消し飛んでいることから想像に難くない。

 

すると鎧の男は足を止め、剣を体の前に構えて迎撃の準備をした。

 

(躱すのは不可能・・・ならば一か八か……勝負だ小僧!)

 

彼が纏う鎧にはある程度の雷系魔法を軽減させる魔法も掛かっている。あれだけ強大な魔法は受けたことはないが、上手く行けば何とか耐えられるかもしれない。男はそう判断して、真正面から魔法を迎撃することに決めたのだ。

 

魔法はもう目前へと迫っている。何とか耐え抜いてみせると、歯を食いしばりながら、されど眼をつぶることなくしっかりと目の前の光景を見据えようとした、その時。

 

「「なっ!?」」

 

男たちは、同時に驚きの声を上げた。何故なら、魔法と鎧の男の間に突如、一人の人間が現れたのだ。それも、まだ15にも満たぬであろう少女が。

 

鎧の男は決して油断などせず、眼前の魔法を見据えていたはずだ。

 

杖の男も、満身創痍とはいえ周囲に人の気配がないことを理解したうえで『雷の暴風』という強大な魔法を放ったはずだった。

 

ならば、彼女は一体どこから現れたというのだろうか。答えを得られないまま、少女は強大な魔法に無防備に晒され、荒れ狂う暴風に飲み込まれ、

 

「邪魔」

 

ることなく、魔法は突如として消え去った。

 

一瞬。そう、余りにも一瞬で。

 

「「!?」」

 

男たちは再び驚愕する。鎧の男が倒れることを覚悟するほどに、先程の魔法は強力であった。だというのに、少女がただ一言つぶやくと同時に、魔法が消滅してしまった。これを異常と言わずしてなんと言おう。

 

二人は突如現れた少女に、警戒心を顕にする。鎧の男は剣を構え、杖の男は杖を構えたまま少女を睨みつける。

 

少女は目鼻立ちの整った顔をしていた。黒い髪は黒曜石を思わせる神秘の輝きを、月明かりを反射することによって演出しており、着ている奇妙な衣服、知る者がいれば"着物"と答えるであろうその衣服は艶やかな紫色。惜しむらくは少女がまだ成人していないということだろう。その美しさはまだ幼さが残るものであり、女性が持つ色気といったものはまだ見受けることができない。

 

だが、そんな彼女の美しさにうつつを抜かしている場合ではないのだ。杖の男が放ったのは彼が使える、現状で最も強大な魔法であり切り札。それを何をしたでもなく消滅せしめた彼女は、得体のしれない存在だ。静寂が続く。杖の男の頬に一筋の汗が伝う。鎧の男は剣を構えたまま動くことなく少女を見つめている。そんな均衡は、意外にも早く崩れ去ることとなった。

 

微風がないだ一瞬。そう、ほんの一瞬だ。鎧の男の眼前から少女が消失し、次いで一瞬だけ"鈴の音"が。

 

「っ! どこに消えた!?」

 

慌てて周囲を見渡すが、どこにも少女の姿はない。逃げたのだろうか。そんな思考が彼を支配する。それが間違いだと気づいたのは、その思考をした数秒後。突如、目の前で呆然としたままであった杖の男が、膝をつき倒れたのだ。

 

そして……倒れた衝撃で、男の首が(・・・・)ゴロリと(・・・・)転がった(・・・・)

 

「……は?」

 

鎧の男は茫然自失となった。少女が消えたと思った少し後に、先程まで相争っていた男が首を胴体から分離して倒れたのだ。驚かないほうがおかしいだろう。

 

「ば、馬鹿な……! 連合の魔法戦士長が一撃で……!?」

 

鎧の男が争っていた相手は、彼の祖国と戦争をしている相手国、"連合"でもそれなりの地位にいる軍人であり、鎧の男も同様に祖国では魔法騎士団第七隊隊長という高い地位にいる騎士団員なのだ。そんな彼らが知覚できないほどの一瞬で、人一人を殺すことなど並大抵の技術ではない。鎧の男は先ほど消失した少女の姿を血眼になって探した。だが、それは徒労で終わることとなる。

 

「無様」

 

彼の耳に、そんな言葉が微かだが聞こえた。慌ててその声が聞こえた方へと顔を向けようとして、何故かそのまま(・・・・)地面に(・・・)倒れて(・・・)しまった(・・・・)

 

「な……に……」

 

男は鎧越しに己の足を見る。倒れる寸前と同じく鎧を纏っていた。

 

とても、そうとてもよく見えた。

 

己の下半身が(・・・・・・)

 

「は……はは……」

 

もはや悪い夢としか思えなかった。自分の下半身が上半身から分断され、眼の前に横たわっているのが見えたのだ。おかしくなってしまいそうだった。失血しているのが、地面が真っ赤になっていくことで分かった。段々と、痛みとともに眠気が襲い掛かってくる。

 

(……これは夢だ……そう、眠っちまえば俺はベッドの上なんだ……)

 

そう考えると思考を止め、男は睡眠の欲求に従って目を閉じ、そして二度と覚めることのない夢の世界へと飛び去った。

 

 

 

 

少女は先程斬り殺した二人の男の懐から、金品や食料がないか探し続けている。今のところ、金品は十分な額を手に入れた。後は食料さえあれば文句はない。

 

「……生きるのも楽じゃない……」

 

少女はそんな呟きを漏らす。少女に両親はいない。生まれた後暫くはいたが、少女を残して死んでしまった。両親だけではない。一族郎党、死んでしまったのだ。彼女の一族はもう彼女のみしか生きてはおらず、その結果彼女はこんなを夜盗じみたことして生きている。

 

「……これ以上は望めそうにない……」

 

あらかた調べ終えた後、少女は戦利品を手持ちの革袋に仕舞う。結局、金品意外は見つけるには至らなかった。

 

「……弱すぎる……」

 

そんな、吐き捨てるような一言を二人の男に言い放つと、もうそこには彼女の姿を見つけることはできなかった。


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