二人の鬼   作:子藤貝

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第七話 彼らと彼女(後編)

「ぎ、いやああああああああああああああああああああ! 私の足がぁ!?」

 

僅かの間の出来事。誰も、目にすることができず、誰も動くことさえ出来なかった。彼女が何かをしたということだけは分かったが、見える結果はあまりにも不可思議。

 

「な、何が起こったんだ!?」

 

「……見えなかったんだ。僕達に、見えないほどの速度で彼女は何かをしたんだよ……!」

 

足を切断され、痛みで叫び続けるフランツ。そんな彼の様子を見て、動揺を見せる悪魔たち。

 

((チャンスだ!))

 

これぞ好機とばかりに、彼らは下級悪魔目掛けて渾身の一撃を繰り出す。

 

「全開・居合い拳!」

 

「喰らえ! 神鳴流……極大『斬魔剣』!」

 

それぞれの攻撃は、周囲を塞いでいた悪魔たちを一斉に吹き飛ばす。面食らった悪魔たちは、パニックになってそのまま逃げ出そうとし始める。

 

「お、おいこら! 私の命令も無しに逃げるんじゃねぇ!」

 

「……懐刀……」

 

「グエッ!?」

 

片足がなくなり、覚束ないながらも立って逃げ出す悪魔たちを叱責しようとしたが、鈴音はその隙を逃さず彼の上半身と下半身は泣き別れとなった。

 

「……足りない……」

 

「ひ、ひいいいいいいいいいいい!」

 

彼女の、あまりにも人間離れした雰囲気に流石のフランツも恐怖し、萎縮してしまう。

 

「さんざん威張っていた割に見かけ倒しか……」

 

クルトが侮蔑の眼差しで彼の見下ろす。実際には、彼も上位悪魔相応の実力があるのだが、鈴音の実力が遥か上だったのと、彼女を舐めてみていたのが悪かった。クルトの刃が彼の喉笛に突き刺さり、そのままフランツは向こう側に送り返された。

 

「……諦めなかったからこそ、勝つことができた……かな」

 

「……そうだな」

 

未だ、実感がわかない。フランツを倒したのは彼女だが、この状況を切り抜けるために諦めなかった自分たちの意志は本物だ。そして、あれほどの数の悪魔を吹き飛ばし。困難な状況を覆すことができた。

 

「……僕達も、少しずつだけど強くなってるんだ」

 

「ああ、今回はいい経験になった。……薫さん、少し聞きたいことがある」

 

「……何……?」

 

「先ほどの攻撃、あれは一体何をしたんですか?」

 

未だ残る疑問。素手の鈴音がいったいどうやって、高速で接近するフランツの足を斬り捨てたのか。

 

「……素手、で……」

 

「本当に、なのですか?」

 

再度入念に聞いてみるが、彼女は頭を縦にふる。即ち肯定だ。

 

「馬鹿な……生身で魔法も使わず上位悪魔を相手にあれほどの攻撃を? あれほどのことが神鳴流以外でできるとは思えないが……」

 

何やら納得いかないといった風にブツブツと小声で喋り始める。そんな彼の様子を見て、タカミチは苦笑いを浮かべつつも、彼の代わりに更に質問をしてみる。

 

「ええと、僕からもいいかな?」

 

再び肯定を示す頷き。

 

「……その技、僕でも使えないかな?」

 

「ブツブツ……っておいタカミチ、お前にはガトウさんがいるだろ。あれほどの達人に師事してるっていうのに不満だって言うのか?」

 

「いや、そうじゃないよ。僕も、もう少し貪欲にやってみようと思ってね。彼女の技なら、接近されると厳しい居合い拳と相性は悪くなさそうだし」

 

「……あれは、私ぐらいしか……使えない……」

 

彼女の言葉で、少し落胆した表情となるタカミチ。一方、クルトは彼を一瞥した後再び思考を埋没させていった。

 

「……腹が、減った……」

 

既に日が完全に没し、薄暗い裏通りを抜けた3人の目の前を、明るい街灯が出迎えた。

 

 

 

 

 

あの出会いから、彼らは度々出会っていた。最初に再会したときは、彼女の実力を知りたがった二人に連れられ、アリアドネーの運動施設で模擬戦闘をしたのだが。たとえ素手であっても、エヴァンジェリンに鍛えられた彼女はあらゆる不利な状況での戦闘を想定し、それをこなしてきている。

 

本気でかかって来た二人を相手に、ちぎっては投げちぎっては投げ……。結果、施設がボロボロになったうえに彼らを見ていた面々も巻き込まれ、厳重注意を受けた。それでも入場禁止にせず、数日でより頑丈に復旧させた向こうも凄いが。

 

そして、彼女の実力に見込んで鍛えて欲しいと懇願されたが、彼女は誰かに稽古をつけた経験など無いため最初は断った。それでも諦めなかったので仕方なくこれを了承。代わりに、彼女のことはあまり詮索しないようにすることと、彼らのもつ戦闘技術をある程度見せて貰うことで手打ちとした。

 

「……踏み込みが、甘い……」

 

「ぐぅっ!?」

 

「……体重が、乗ってない……」

 

「ぐぁっ!?」

 

組手をするにあたり、鈴音は魔法を使えないことを言ったのだが、タカミチも体質的に使えないためむしろ戦い方が勉強になると言われ、クルトも近接戦闘が主であるため問題ないとしてそのまま開始。だが、実際にやってみれば魔法を使うだの何だの以前の問題だった。

 

「……基礎能力が、足りない……」

 

「ぜぇ、ぜぇ、……みたい、ぜぇ、ですね」

 

「はぁ、はぁ、くっ……ここまで差が、はぁ、あるとは……」

 

基礎が足りないのはしょうがない。彼らが師匠に師事してまだ1年も経っていないのだ。戦闘の才能はありそうなのだが、如何せん経験が足りない。

 

「……どうすれば……」

 

彼女がエヴァンジェリンを相手取れるほどの怪物的強さを有しているとはいえ、彼女自身は経験が最近まで不足していた身だ。エヴァンジェリンの過酷な修行に耐え、『魔法世界』の各地を転々として命のやり取りをし。ようやく実戦でも十分な経験を得たといえる。

 

「……マスターに、聞いてみよう……」

 

 

 

 

 

【……マスター……】

 

【鈴音か、どうした?】

 

【……実は……】

 

事の顛末を話す鈴音。念話の向こうでは、エヴァンジェリンがそれを興味深そうに聞いている。

 

【なるほど……。基礎がないのは仕方ないとして、短期で強くなりたいなら経験を積ませるほうを先にすればいい。そのほうが楽だ】

 

どうやら、修行を行うこと自体は別に問題ないらしい。ただ、問題は。

 

【……やり方が、分からない……】

 

そのやり方自体が分からなくて困っているというのが現状だ。

 

【ふむ、それもそうだな。お前はいつも私に鍛えられる側だったから、いきなり言われてもよく分からんだろう。……鈴音、一つ聞きたいんだが】

 

【……なんですか……?】

 

【お前が鍛えるなどと言う事は、期待できる人材か?】

 

【……『赤き翼』……】

 

【ほぅ、奴らのルーキーというわけか。次世代に可能性を見出すのも悪くない。どうせ私達は

そう簡単にはくたばらんからな】

 

彼女の短い返答で、彼女に言いたいことを掴む。まさに以心伝心だ。

 

【まあ、聞いた感じでは中々真っ直ぐな奴らのようだし、私はそういった青臭い奴らも嫌いじゃない。純粋であることは悪いことではないからな。それが善であれ悪であれ、だ】

 

鈴音と彼らはまだ幼く、純粋であるがゆえに染まりやすい。鈴音もエヴァンジェリンではなく、『赤き翼』に出会っていたらまた別の可能性とてあっただろう。彼らも同じだ、もし絶望のうちに出会ったのがエヴァンジェリンであったなら。彼らは果たして、清廉なる少年でいられただろうか。

 

もっとも、彼女の内なる狂気を『赤き翼』が理解できたかは別であり、袂を分かったかもしれないし、彼らもエヴァンジェリンの下で善悪の葛藤に苦しんだであろうが。

 

【お前たちは始まりは同じだ。だからこそ、まだ未熟なそいつらがどういうふうに育つかが、私にとっては楽しみであるのさ】

 

【……よく、分かりません……】

 

【善と悪は違う。だが、決して対にはならんのだよ。始まりが同じであるが故に、だ。いうなれば、善と悪は近くて遠い隣人だ。表と裏には成り得ないのさ。お前に鍛えられることで、そいつらにどんな変化が訪れるのか……試してみたくなったというわけだ】

 

【……じゃあ、私が……鍛えても……問題はない……?】

 

【ああ。むしろ積極的に扱いてやれ。『赤き翼』の奴らはどうにもまだ甘さを捨てきれてない奴が多い気がするのだ。これを機に、奴らの意識を変えさせる必要もありそうだし、そうだな……】

 

少し考えた後、エヴァンジェリンは鈴音が修行を始めたばかりの頃の内容を実行するよう促した。

 

これが、彼らにとっての地獄の始まりであった。

 

 

 

 

 

「……私が、アリアドネーに……いられるのは……あと1ヶ月……。だから……基礎がなくても、戦える……ようにする……」

 

「ぐ、具体的には……?」

 

「……殺す気でいく……」

 

「「ひいいいいいいいい!!?」」

 

エヴァンジェリンが彼女に最初の頃施したそれらは、所謂実践的形式で不足がちな経験を補う修行方法だ。殺す気とは言ったが別に、本当に殺傷するまでのことなどしない。あくまで、この修行方法は熟練者を相手にした経験値稼ぎが目的なのだ。が、鈴音がそういったところを解しているわけもなく、本当に殺す気で始めてしまった。

 

最初は殺気に慣れるところから始め、手足の内一つに重りを付けて、万が一にでも手足が欠損してアンバランスな状態でも戦闘が続行できるようにし。水中で息が切れる寸前まで組手をして、溺れて何度も死にかけたりもした。

 

こんなことばかりであるため、修行が終わればいつも二人は死屍累々と言った有様だった。鈴音もかつてはそうだったが、既に通過した道である。容赦などしてはくれなかった。

 

強固な精神力が培われれば、いざという時に多いに役立つ。恐怖で身が竦むこともなく、絶対的な差があろうとも引かない覚悟を身に付けることができるからだ。日を重ねていくうちに、彼らは少しずつ変化を見せ始めた。

 

へばってばかりであった最初の頃とは違い、半月も経てば、満身創痍でも立ち上がってみせる

気概を見せつけるようになったのだ。まあ、立ち上がったらまだ戦えると判断した鈴音に容赦なくふっとばされるのがオチだったが。それでも大きな進歩であっただろう。彼女の恐るべき殺気にも怯むことがなくなり、一端の戦士の顔つきを見せるようになった。

 

「……少しは、ましになった……」

 

「よ、ようやく少しはまし程度ですか……」

 

「僕はもう、一生分の臨死体験をした気分だぞ……」

 

「……ん、そこまでいけたなら……成果は出てる……と、思う……」

 

彼女のあんまりにもあんまりな基準の付け方に、目眩のしたクルトであった。

 

 

 

 

 

「薫さんは、どうしてそんなに強くなれたんですか?」

 

「……?」

 

ある日、修行を終えたあとの帰り道で、タカミチがそんなことを聞いてきた。クルトも隣で興味深げに聞いている。彼の突然の質問に、わけがわからないといった風の鈴音。そんな彼女を見て、タカミチはアハハと苦笑いを浮かべる。

 

「ええと、薫さんは僕らと同じくらいの歳なのにどうしてそんなに強いのかなって……」

 

「……父と母が……生きてた頃に……基礎を、鍛えられた……」

 

少し表情に影を落とし、そう答えた。

 

「っ! すみません! デリカシーもなくそんな質問をしてしまって……!」

 

彼女が辛い過去を経験していることは、あの日の出会いの時に感じ取っている。彼女もまた、自分たちと同じなのだということを彼らはすっかりと忘れてしまっていた。

 

「……大丈夫……今は、大切な人が……いるから……」

 

しかし、彼女はそんな彼らを責めることもなく、今はもう気にしてなどいないと言った。そのまま、彼の質問の回答を続ける。

 

「……私は、幼い頃に……訓練を受けたから……」

 

彼女の話では、父や母が存命中の時は家の方針で、5歳の時から鍛え続けられたらしい。その後、父と母が亡くなって路頭に迷った後は、今の彼女を養っている人物と出会って、生きていくために厳しい修行を施され、今の彼女があるという。

 

「……凄いなぁ……」

 

「……ああ、そして強いわけだ……」

 

聞けば、彼らが受けている修行も彼女が通った道なのだとか。二人の修業をする際、彼女はその修業をつけた人物に修行方法を聞き、彼女が最初の頃施された修行を実践してみろと言われたらしい。

 

「……私が……あの人に、出会えたのは……とても、幸運だった……。……だから、あの人の……役に立ちたい……」

 

父母の死という悲しみを幼くして経験しながら、大切な人といえる人物との邂逅という幸運も

あったが、挫けず歩んだ彼女を、二人は素直にすごいと思えた。

 

(……いつか、いつか必ず……僕も皆のために戦いたい……!)

 

(……僕も、アリカ王女のためになりたい。……もっと勉強するか)

 

二人の少年は、鈴音のその有り様からまた一つ。目標をしっかりと見定めたのだった。

 

 

 

 

 

出会いがあれば別れもある。修行を始めてついに1ヶ月。彼らとの別れの時が来た。

 

「……これで、私からの……修行は……終わり……」

 

「「ありがとうございました!!!」」

 

元気よく、そして深々とおじぎをする二人。見れば、彼らの足元には湿った土があった。

 

「……泣いてる……?」

 

「い、いえ! そんなわげな゛いじゃな゛いでずが!」

 

「そ、そうです! 泣いでな゛んが……!」

 

二人の目は真っ赤だった。無理もないだろう、彼らは孤児として『赤き翼』に拾われた。彼らは若いとは言われても、戦争に参加しているように皆大人だ。そのうえ最近では、彼らが指名手配をされて各地を転戦していたため、会うことすらできていない。『赤き翼』は連合と帝国双方から狙われていたため、アリアドネーでも近寄ってくるものなどいなかった。同年代の友人などお互いぐらいだっただろう。

 

そんな二人と近い年齢で、彼らのために態々修行までつけてくれて。同じように暗い過去を持ち、彼らのことをよく理解してくれた少女との別れは、辛いものだった。

 

「……大丈夫……」

 

「「え?」」

 

不意に、そんな言葉が重なって出てしまう二人。何故なら、彼女が二人の手をそれぞれ握り、そんな風に言ってきたからだ。

 

「……あなた達は……強い……」

 

「そんな……僕らなんてまだまだですよ」

 

「……未だに薫さんに触れることさえ出来ませんし……」

 

ネガティブなことばかりを口にする二人。鈴音は頭を横に振り、言葉を紡ぐ。

 

「……私は……弱いよ……。……今でも、乗り越えられてない……」

 

そう言って、彼女は自分の服の袖をまくる。そこには、鋭い刀傷の痕があった。

 

「っ! 薫さん、それは……」

 

「……私の、父と母を殺した……人からつけられた……傷……」

 

即ち。それは彼女にとって忌まわしき傷痕。彼女から全てを奪った者がつけた傷。

 

「……薫さんは、復讐を考えているんですか?」

 

クルトは恐る恐る聞いてみる。彼も最初は、父母を殺した相手を恨んだ。だが、後に恋慕を抱いた彼女に諭され、戦争を終わらせるべきだと考えを改めたのだ。彼女がもし、復讐に生きているのだとすれば。それはとても虚しく、哀しい生き方だ。そんな生き方を、彼女にはして欲しくなかった。

 

だが、彼女の言葉は予想を超えたものだった。

 

「……復讐は、できない……。……父と母を、殺した後……死んだ……」

 

「そんな……」

 

彼女は。父と母というかけがえの無いものを奪われながら。それを奪った相手に復讐さえできないまま死なれたというのか。あまりにも、あまりにも救いのない話に二人は呆然とする。

 

「……私は、まだあの時のことが……脳裏から離れない……」

 

彼女はかつて全てを失った。そして、今度は悪夢になって彼女を苦しめているのだ。

 

未だ癒えない傷痕を体に、そして心に残して。

 

「……私に比べれば……二人は、強いよ……」

 

美しく、しかし儚いほほ笑み。この1ヶ月彼女とともに過ごしたが、これほどまでに悲しげな顔は見たことがなかった。

 

「……薫さん」

 

「……何……?」

 

少年は決意する。彼女を、クルト以外で初めてできた友人をこれ以上悲しませたくはないと。

 

「いつか……いつか僕が強くなって、貴方を倒せるぐらいになったら……!」

 

「…………」

 

「僕の……パートナーになって下さい!」

 

「……駄目……」

 

決死の覚悟で彼女にそう言ったが、あろうことか正面から撃沈した彼に、さすがにクルトも同情した。

 

「り、理由を聞いても……?」

 

「……私には、もういるから……」

 

「そ、そういえば……」

 

彼女が大切な人と言っていた人物のことを、時折"マスター"と呼んでいたことを思い出す。がっくりと項垂れるタカミチと、彼を珍しく慰めるクルト。

 

「……でも……」

 

そんな彼らを見ながら、くすりと笑う鈴音。普段ほとんど無表情の彼女が、だ。その顔を見て、思わず二人は見惚れてしまったが、我に返ると気恥ずかしさから慌てて顔を背ける。

 

「……私と……友達でいて欲しい……」

 

彼女の、そんなささやかなる願いを聞いて。

 

「もちろんだよ!」

 

「ああ、こちらこそ!」

 

二人は鈴音の手を握り、力強く答えたのだった。

 

 

 

 

 

そして、彼女の仕事が終わり、アリアドネーから去って数日後。

 

「お久しぶりです、師匠」

 

「ああ、長く留守にしてすまなかったな」

 

『赤き翼』のメンバーたちが、アリカ王女と、帝国のテオドラ第三皇女を連れて帰還した。

 

「修行、サボってなかっただろうな?」

 

「そんなわけないじゃないですか! むしろ、この1ヶ月程は地獄でしたよ……」

 

クルトのそんな言葉に、師匠である詠春は一体何があったのかと疑問符を浮かべる。話を聞いてみれば、悪魔に襲撃を受けた折、その少女の助力と助言で危機を乗り越えられ、ついでに修行もつけてもらったらしい。

 

……内容は二人共が言おうとした途端に小刻みに震えだしたので聞くのを慌ててやめたが。

 

「余程きつい扱きを受けたんだろうぜ。お前らはちょいと弟子に甘い感じがするからな、丁度よかったんじゃねぇの?」

 

「「ぐ、そう言われると……」」

 

いくら相手がまだ子供だとはいえ、半年近く経ったのだから厳しく修行をつけるべきだったのだ。その点で言えば、今回の彼らの経験はいいものとなっただろう。

 

「その少女に感謝しなければな。タカミチ、なんて名前の子なんだ?」

 

「はい、灘淵薫さんですね。僕達と同い年ぐらいの女の子なんですが、すごく頭がよくて、とっても強かったです」

 

「カオル……? もしかして、ジャポンの出身者か?」

 

ガトウのそんな質問に、今度はクルトが答える。

 

「ええ、どうやらそうみたいです。知識の探求を目的として来ていたみたいで、巷では中々に有名な人だったみたいです。アリアドネー議会の若手議員であるカットラース議員の秘書見習いまでこなしていたらしいです」

 

その言葉に、最も驚いたのは以外にもアリカであった。幼い頃から政治に近い生活をしてきた彼女にとって、そういった仕事の難しさはよく知っている。

 

一方、テオドラは第三皇女という継承権の低い身であるため、そういったことにあまり関わっていないので素直に凄い少女がいるなと感心しているだけだ。

 

「なんと……それほどの逸材がおったとは……。むう、我々に協力してくれはせんかのう……。タカミチ、その少女の向かった先がどこかわかるか?」

 

「行き先を聞き忘れてしまったので……今どこにいるのかは……」

 

「むぅ……惜しいな……」

 

「ま、どうせ指名手配されてる身だ。無関係のやつまで巻き込むわけにはいかねーだろ」

 

そんなナギの言葉で、アリカは渋々諦めることを決めた。そして今後のことについて話し合いをしようかと思っていたその時。

 

「そうだ! 師匠に聞きたいことがあるんですが」

 

今思い出したとばかりに、クルトが詠春に質問を浴びせる。内容は、彼女が上位悪魔を相手に圧倒したことだ。その話自体は先ほどしたので問題はない。だが、彼女が戦った方法自体が異質であることを伝え忘れていたのだ。

 

「なんと、魔法も使わず素手で……。儂でも聞いたことがないぞ、そんな戦い方は」

 

「気は使っていたようですけど、魔力は感じませんでした。純粋に体術だけで斬ったと考えたほうが自然だと思います」

 

クルトのそんな意見に、さしものゼクトも首を捻る。見た目の数十倍は生きている彼でも、そんな戦闘方法は聞いたことがない。しかし、詠春は違った。

 

「……その戦い方は、神鳴流の無手での戦闘技法に近いな……」

 

「なんと! 詠春は心あたりがあるのか」

 

「はい。神鳴流は武器を選ばずと言いますが、素手での戦闘方法も心得ています。その少女が行ったのは、恐らくその技法に極めて近いものかと」

 

実際に、詠春が手に気のオーラを纏わせてみせる。その様を見て、クルトはそれとそっくりなことをしていたと話す。

 

「そうか……。しかしこれができるのは神鳴流でもある程度の力量が問われる。僅か10歳ほどの少女ができることではないはずなんだが……」

 

「……実は、もう一つ聞きたいことが」

 

 

 

 

 

「ふふ、久しぶりだな鈴音」

 

「……本当に、久しぶり……です……」

 

アリアドネーにて『赤き翼』の話題にあがった人物は、1ヶ月ぶりの再会を果たしていた。感極まって、思わずエヴァンジェリンに抱きついてしまう。

 

「ああもう、可愛い奴め。ほらほら撫でてやるから……」

 

「……ん……」

 

頭を撫でられ、嬉しそうに顔を更に埋める。その様子を見て、アスナが少し頬を膨らませている。

 

「むー、私だって頑張ってたんだから……」

 

「シャーネーダロ、鈴音ハ1ヶ月以上モ会エナカッタンダカラナ。今回グライハ大メニ見テヤレ」

 

「……じゃあ、後でチャチャゼロが撫でて」

 

「アア? ナンデオレガ……」

 

「いいじゃないか、減るものでもあるまい」

 

会話を聞いていたエヴァンジェリンからそう言われ、仕方なく了承するチャチャゼロ。

 

「ほら、アスナもこっちに来い。久しぶりに4人揃ったんだ、皆で食事といこうか」

 

彼女の言葉で、嬉しそうにエヴァンジェリンに近づいていく。頭にはチャチャゼロを乗せ、ケケケと笑いながら楽しそうに揺れている。そして歩き出そうとした時。

 

「……マスター……」

 

「ん? ……アリアドネーでの件か」

 

立ち止まり、真剣な表情で鈴音の話に耳を傾ける。

 

「……実は、二人を鍛えた時……」

 

「……成る程、お前の流派(・・)のことを話したのか」

 

「……正直、かなり迷った……。……けど、少しだけ……昔のことを……話した……」

 

彼女の表情は、いつもの無表情とは違い暗く沈んでいる。彼女の生い立ちはエヴァンジェリンも知っている。初めて聞いたときは彼女の短いながら壮絶な人生は聞いて、とても同情を抱くことなどできなかった。同情など、何の役にも立たず、ただ彼女を傷つけるだけだと分かったから。

 

この数年で多少は立ち直れたが、それでも彼女の心に暗い影を落としていることに変わりはない。

 

(他人に流派(・・)を話せたことが、今後の一歩につながればいいが……)

 

エヴァンジェリンでさえ、癒してやることのできない傷。鈴音もまた、理不尽な理由で鬼になってしまったのだ。それを理解してやれるのは、やはり同じ体験をした自分しか無いだろうと

彼女は意思をより強く固めた。

 

「マスター! 早く早く!」

 

「ケケケ、久々ニイイ酒飲ミテーンダゴ主人。ダカラ早クシロヨ」

 

不意に、二人の声に思考を遮られ、溜息を一つ。そして、顔に微笑みを浮かべると。

 

「そう急くな、アスナ。あとチャチャゼロ、あまり酒ばかり飲むなよ?」

 

鈴音の手を引き、彼女たちの方へと駆け出す。急なことだったので、よろけそうになるが何とか踏ん張る鈴音。走りながら、エヴァンジェリンは彼女にこう言った。

 

「心配は無いさ。お前にはあいつらが、そして私がいるんだ。もうお前は一人じゃないんだよ」

 

 

 

 

 

「……もう一度言ってくれ。今、なんと言った?」

 

「は、はい。彼女の流派は『村雨流(むらさめりゅう)』というそうです」

 

「……馬鹿な! かの流派は既に家ごと消滅していたはず……!」

 

話を聞いていた詠春の、突然の豹変。顔は険しく、そして驚愕の表情を張り付けている。

 

「お、落ち着け詠春! 一体どういうことなんだよ!」

 

ナギが興奮気味の彼を、慌てて宥める。『赤き翼』では非情に珍しい光景だろう。普段暴走するナギ達のお守り役をしている彼が、これほど取り乱すなど殆ど無かったからだ。

 

「ああ、すまん……」

 

ナギの言葉で、ようやく彼も少しだけ余裕を取り戻す。

 

「して、その『村雨流』とは一体どんな流派なんじゃ?」

 

「……村雨流は、元は我々神鳴流と同じ流れをくむ流派です」

 

聞けば、かつては同じ京都の守護を任されていた由緒ある流派であり、共闘した時もあれば相争ったこともあるという。だが、時代の流れには勝てず没落していったらしい。神鳴流は神秘の秘匿という名目で体裁を保つことができたが、村雨流はもう宗家であった家が残っただけなのだという。

 

「で、では彼女は、神鳴流と因縁が深いがゆえに、神鳴流の技を使えるということですか?」

 

驚いたのは弟子のクルトだ。彼女の技が神鳴流に似ていると感じたのは彼だが、まさか因縁深き流派の出身者だったとは、さすがに思わなかった。だが、それならばある種納得もいく。

 

神鳴流でしか使えないであろう技術を彼女が使えたのは、彼女が神鳴流に関わる村雨流であり、その先代がが神鳴流の技を模倣した可能性があるからだ。

 

「……そうだろうな。村雨流は他流派と積極的に交わって技を盗んでいたと聞いている。そのせいで他流派から嫌われて、京都を追放されたとも聞いている。だが……」

 

歯切れの悪い、詠春の答え、まるで何かに納得していないといった風だ。その様子を見ていた

ナギは黙したまま、話を続けるよう彼に促す。

 

「……話を続けるぞ。少し前まで、村雨流は存続はしていたんだ。細々と家を繋ぎ、意志があれば神鳴流に門下生として送り出していた。いずれは流派を完全に捨て、神鳴流にその技術を提供するという話も持ち上がっていたんだ」

 

「……少し、前?」

 

「……正確には数年前だ。その日、村雨流唯一の継承権を有する宗家が、滅んだ。一族郎党が皆殺しにされるという恐るべき結末で……」

 

「「「!?」」」

 

その場の全員が驚く。何故なら、彼が言うにはその村雨流を継承してきた家は滅び、既に使い手が途絶えているはずなのだという。なぜなら、当時全国紙の一面を飾るほどの惨殺事件が起こったのだから。

 

「では、一体彼女は何者だというのですか……!?」

 

それは、やがて一人の鬼の原初へと繋がる。彼女の闇は鋭く、そして深い。


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