二人の鬼   作:子藤貝

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悪党は時に慢心で腐る。
その代償は、決して安くはない。


第十一話 父と娘②

王都オスティア。そこに集ったのは東西南北、帝国連合、あらゆる場所から集った強者達。

知る人が見れば、いや一般人であろうとその人の群れを見れば驚愕するだろう。そのそうそうたる人物たちが、一堂に会している事実に。

 

「ついにここまで来たか……」

 

「ああ、ようやく……ようやくこの戦いも終わりじゃ」

 

「ふふ、わくわくしますねぇ」

 

「俺も武者震いが止まらない……!」

 

「暴れまくってやるぜぇ!」

 

「全く……血の気の多い奴らじゃの。ワシもいつになく高揚しているが」

 

先頭に立つのは、『赤き翼(アラルブラ)』のフルメンバー。大分裂戦争を影から操っていた悪の組織、『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』と水面下で戦い続け、罠にかけられて指名手配されて各地を転戦しながらも、反撃のために仲間を増やしていた彼らによって、『完全なる世界』は少しずつその数を減らしていた。

 

そしてアリカ王女がカーネギー前王の死後、王位を継承し、連合を。帝国のテオドラ第三皇女が父である皇帝に働きかけ帝国を。それぞれ内側から和解政策を推し進め、ガトウらの働きもありついに大分裂戦争は一時的とはいえ休戦へ。

 

「こうして双方の総力を上げて戦えるのも、『赤き翼(おぬしら)』のおかげじゃの!」

 

彼らのそばにやってきたテオドラが、誇らしげな顔で言う。別に彼女はこの戦力を集めるのに一役買った、というわけでもないが帝国側を説得した彼女の功績はやはり大きい。

 

「懸念があるとすれば、『闇の福音』の一派じゃが……」

 

そう言いながら、アリカの顔をちらとみてみる。彼女は先日の一件で父を殺されており、今もまだその傷は癒えてはいない。テオドラの言葉を聞いた彼女の表情は苦々しい。

 

「父を殺した奴らを……私は許しはしない」

 

歯が砕けんばかりに噛み締める。そのせいで口元から一筋の赤い線が伸びるが気にもしない。その瞳に見えるのは、明確な殺意と憎悪。復讐を胸に抱く彼女はとても危うく見える。

 

「姫さん、それ以上はいけねぇ……。血腥い闘争に身を投げるのは、俺たちだけで十分だ」

 

そんな彼女に、ナギは言葉をかける。復讐に身をやつした者の末路を、彼らは知っている。戦争に参加している以上、彼らも少なからず恨みを買っている。そして復讐にやってきた者達を、彼らは絶対に無下にはしないし真剣に相手をする。それがせめて自分たちが出来ることだと信じて。

 

「お主はもう一国を背負う身。気持ちは分からんでもないが、お主のその願望を果たそうとした所で、エヴァンジェリンはきっとそれすらも利用してくるじゃろうな。そしてお主は奴らと同じにされてしまうじゃろう。そうなれば、お主の臣民はどうなる?」

 

「っ、それは……」

 

「あいつは許せねぇ奴だってのは分かる。でもよ、奴らに一泡吹かせてやる役目は、俺たちが譲るわけにはいかねぇ」

 

「ああ。二度に渡って辛酸を嘗めさせられてきたからな」

 

「アスナ姫の件も含めれば三度目だな。そろそろ決着をつけるべきだろう」

 

「そういうこった。あんたはただ目の前の敵に集中しててくれや」

 

幾度となく死線を共に乗り越えてきた皆が、自分を案じている。今また自分が死地へと向かわせようとしている自分を。そんな事実を突きつけられ、彼女は自嘲の笑みを内心浮かべた。

 

(フフ……私は馬鹿だ、本当に馬鹿だ! 私を信じてここまで来てくれた皆を、今また生死を掛けた戦いに向かう皆を心配させてしまっている……。これでは、本当にただの足手まといじゃないか)

 

何を迷う必要がある。彼らはいつだって成し遂げてきた。各地での戦いも、日陰者になりながら仲間を集めたことも。そして、さらわれた自分を助けだした時も。

 

「俺たちは、そんなに信用出来ないほど弱かったか、姫さん?」

 

己の騎士(ナイト)が、不敵な笑みを浮かべて尋ねてくる。その瞳に宿るのは、彼女を信じる明確な意志の炎。

 

「そう、だな。お前はいつだって、いつだってやり遂げてみせてくれたのに。私が心配されてしまっては世話がない」

 

そう言うと、彼女はナギのそばにゆっくりと近づいていき。

 

そっと、顔を彼の頬へと寄せた。

 

「へ!?」

 

あまりの予想外のことに、ナギは素頓狂な声を上げ、それを見ていた皆が冷やかしの声を上げる。固まったままのナギから離れ、アリカは凛々しい顔で告げる。

 

「私の、愛しい騎士よ。……私に勝利を魅せてくれ!」

 

「っ! ああ、もちろんだぜ!」

 

呆けていた彼はその言葉で意識を引き戻すと、力強く答えてみせた。しかし。

 

「フフ、声が上ずってましたね」

 

「ヒューヒュー」

 

「むぅ……残してきた彼女が心配になってきた」

 

「はは、羨ましいやつだな」

 

「ケケケケケ、マルデ映画ダナ」

 

なおも彼に冷やかしを続ける5人(・・)

 

「少しは空気読めよお前ら!?」

 

「ケケケ、無理ダナ」

 

「冷やかすのも大概にしろ……って」

 

4人に紛れて冷やかしをしていた彼女(・・)にようやく気づき、ナギは思わず固まる。

 

「ヨウ」

 

そんなふうに気軽に挨拶をしてきたのは、アリカの暗い感情の根源たる人物と関わりの深い人形。

 

チャチャゼロがそこにいた。

 

「てめぇ……なんでここにいやがる」

 

ナギの眼の色が変わる。つい先程までとは違い、立ち昇る殺気には憤怒が見受けられる。そうなる原因をつくったのは厳密には彼女ではないが、その一味であることには変わりはない。

 

「マア、落チ着ケ。今ノオレハ戦イニキタンジャネェ。言伝ヲ預カッテキタンダヨ」

 

「そんなこと、我々が信じると思っているのか」

 

彼女の背後に、逃げ道を塞ぐように回り込みながら腰の剣に手を添える詠春。見回せば、『赤き翼』のメンバー全員が戦闘態勢である。

 

「オイオイ、人形一人ニ物々シ過ギヤシネーカ?」

 

「残念じゃが、いくらお主が人形とはいえ……その実力を侮る気はないぞ」

 

そんなふうに言うゼクトの目は、正に真剣そのもの。

 

「マ、イイカ。オレガ死ノウガ御主人ニ不利益ハ一切ナイシナ。殺ルナラスパットヤッテクレヤ」

 

「っ! ならば望みどおり粉々にしてやる!」

 

「待て姫さん! 気持ちは分かるがまずは話を聞いてみるべきだ!」

 

激情が爆発する寸前の彼女を宥めるナギ。何とか落ち着きを取り戻すと、アリカはチャチャゼロに怒りを隠して言って見るよう促す。

 

「アーアー、怖イ怖イ。ンジャ、一度シカ言ワネェカラ耳ノ穴カッポジッテヨク聞ケヨー」

 

ケタケタと笑いながらアリカを挑発するチャチャゼロに、睨みをきかせるナギ。しかしそれをどこ吹く風といった感じに受け流すチャチャゼロは、そのまま用件を話しだす。

 

「今回ノ最終決戦……オレ達ダケ除ケ者ニスルノハチト寂シインデナァ、飛ビ入リ参加ヲサセテ貰うウゼ」

 

「……だと思ったぜ。お前らみたいなのが、こんだけデケェ戦いに顔を出さないわけがねぇ」

 

ラカンの吐き捨てるような言葉。彼自身、この人形にはいい思いを抱いていない。というのも、彼の宿敵とも言えた火のアートゥルが何故か幼女の姿になって現れ、彼女に殺された旨を聞かされたからだ。彼女は『(ニィ)』と名乗っていたが、ラカンへの好戦的な姿勢はそのままであった。が、彼女の口から聞き捨てならないものを聞いた。それは。

 

『……あれ、ラカンってこんな弱く見えたっけ?』

 

という挑発的な一言。さすがに彼も少しムカッときたのだが、彼女曰くチャチャゼロに比べればまだ怖くはないという見解らしい。しかも、彼女は確かに前の火のアートゥルの記憶を継いでラカンへの敵対心を燃やしてはいるのだが、どうにも不完全燃焼らしく無意識の内にやる気を十全にぶつけられないようだ。

 

(気に入らねぇ……獲物を横取りされた気分だぜ……)

 

言外に、自分が彼女に劣ると思われていることに。自分の戦士としての実力に自信を持つ彼が腑に落ちない気分になるのは当然であった。

 

「……一つ聞きたい。アスナ姫はどうしているのだ?」

 

詠春のそんな質問に対し。

 

「ンー? 保護シテタノニ手ヲ噛マレタ相手ダッテノニ気ニスル必要ナンカアルカ?」

 

意地の悪い返答をするチャチャゼロ。その顔も、心なしか歪んで見える。

 

「敵同士だろうと、アスナを助けた俺達としちゃ嬢ちゃんの安全が気になっちまうんだよ。それに嬢ちゃんは奴らの計画の鍵らしいからな、そういう意味もある」

 

「アア、存外壊滅的ニバカッテワケジャネーミタイダナ、ケケケ。半分本心、半分打算ッテカ。安心シロ、アスナハモウオレタチノ所ニハイネーヨ」

 

「っ、どういうことだ!?」

 

あまりにも予想外な言葉に、さしものアリカも思わず大声を出してしまう。そのせいで、彼らに配慮して離れ、各々の役割を確認していた味方の兵士たちが、こちらに注意が向き始めている。

 

「オイオイ、アンマデケー声出スンジャネーヨ。オレガ逃ゲヅラクナンダロガ」

 

「逃すとお思いで?」

 

不敵な笑みを浮かべつつも、濃密な殺気を放つアルビレオ。しかしチャチャゼロは。

 

「伝エルコトハ全部言ッタンダシ、サッサト帰ラセテクレヨ」

 

と、随分と余裕のある態度だ。単純に1対7の状況で、これほど落ち着いているのは肝が座っているのか、逃げる策があるのか。……あるいは両方か。

 

「ンジャ、ソロソロオ(イトマ)スルゼ」

 

そんな一言とともに、まるでそうあれかしといった具合に歩み出るチャチャゼロ。

 

次の瞬間。気づけば、彼女は既に彼らの囲いを抜けていた。

 

「「「なっ!?」」」

 

余りに予想外の出来事に、さしもの面々も驚きを隠せずにいた。何が起きた。さっきまでそこにいたはずのチャチャゼロが、まるで通すのが当たり前のように、道行く知らない相手とぶつかりそうになり、無意識に躱してしまったかのような感覚。

 

「こ、これは……。『村雨流』の……!」

 

ただ一人。全く別の意味で驚愕している人物が一人。詠春である。彼は度々かの流派と交流があったためその技を見ることがあったのだが、今のはまさにその技術の一つ。その言葉に振り返るチャチャゼロ。

 

「知ッテヤガッタノカ。マ、ダカラト言ッテ問題ハネーガナ」

 

「貴様、一体その技をどこで……!?」

 

「知リタキャ、『墓守人ノ宮殿』ニ来ルンダナ」

 

転移魔法が展開され、そのまま地面へと溶けるように吸い込まれていった。恐らくは、転移用の魔法符でも使用したのだろう。

 

「……確かめなければいけないことが増えたな……!」

 

ギリッ

 

奥歯を噛み締める彼。アリアドネーでの件といい、その影をちらつかせる滅びたはずの流派。今の彼の脳裏に浮かんだあるひとつの可能性。それが現実であってほしくないと、切に願う詠春であった。

 

 

 

 

 

「……来たか」

 

「ククク、随分といい面構えになったじゃないか」

 

完全なる世界(コズモエンテレケイア)』の本拠地、墓守人の宮殿にて待ち構えていたプリームムに真っ先に出会ったのは、彼がある意味最も出会いたくあり、そして出会いたくなかった人物。

 

「君が最初の到達者とはね、何とも複雑な気分だよエヴァンジェリン」

 

「そうだな……本来であれば貴様は『赤き翼(アラルブラ)』と因縁深い最終決戦といきたいところだっただろうが、生憎奴らはまだ上のほうだ」

 

現状の戦力では、恐らく彼女を抑えることはできないだろう。厄介さで言えば『赤き翼』など比べ物にならない。幸い、彼女の従者はいないようだが気配を完全に断つことができる彼女らに対して油断はできない。

 

「仕方ない……なるべく戦力は温存しておきたかったんだけど……」

 

「ほう、やる気か?」

 

「生憎、君たちをこの先に通すわけにはいかないからね。彼女を攫う(・・・・・)のは針の穴を通すほど神経を使ったんだ、奪い返される訳にはいかない」

 

その言葉に、エヴァンジェリンは笑みを消して眉根を顰める。数日前、エヴァンジェリンと鈴音が不在の時に彼らからの襲撃を受けたのだ。チャチャゼロは必死に抵抗をしたのだが、残念ながら彼女の仲間の一人を攫われてしまう。

 

「アスナ姫はこの先だ。ただし、僕らを倒して進めるかい?」

 

その言葉とともに、周囲に荒々しい魔力をまき散らして魔法陣が展開されてゆく。現れたのは、プリームムと同じく『造物主』によって作成された人工生命体。

 

「紹介しておこう、こっちが(ニィ)。チャチャゼロ君に殺された火のアートゥルの二代目だ」

 

「あいつはどこだ、殺してやる……」

 

逆巻く熱風を纏いながら、攻撃的な死線をそこかしこへと注いでいる少女。恐らく、先代を殺したチャチャゼロがいないか見回しているのだろう。

 

「こちらがセプテンデキム。鈴音にバラバラにされたんだが、幸いにもスペアの体があったから魂を入れるだけですんだ」

 

「…………彼女はどこですか? 彼女を心ゆくまで凍てつかせたいのですが」

 

「……少し頭の螺子(ねじ)がトんだみたいだけどね」

 

凍てつく氷の吐息を吐き出しながら、少し興奮気味に鈴音を要求してくる女性。頭の角は、かつてと違って片方がポッキリと折れてしまっている。

 

「そして、こっちが僕の同僚で『完全なる世界』の大幹部……」

 

「デュナミスという。私も君には興味があったのでな……会えて光栄だ」

 

他のメンバーより二回りほど大きい巨躯に加え、浅黒い肌を袖から覗かせる男。他とは違い強烈な殺気は感じないが、それ以上に凶悪な眼を光らせている。相当な実力者だろうことは想像に難くなく、恐らくはプリームムと互角かそれ以上。

 

「随分と大仰だな……そんなに私が怖いか?」

 

挑発的な言葉を言い放つが、プリームムはそれを気にも留めず。

 

「何、君ほどの実力者相手なら僕とデュナミスだけでは不安要素が大きい。それにこの後は『赤き翼』を相手しなければならないんだ……総力で以って叩き潰したほうが都合がいい」

 

「フン、後のことを考えてばかりでは足元を掬われるかもしれんぞ。日本のことわざで、"明日の事を言うと鬼が笑う"というじゃないか」

 

「なら、文字通り鬼である君が笑うのかい? それとも、人ながらにして鬼と成った彼女がか?」

 

皮肉で返してくるプリームムに、無言となるエヴァンジェリン。

 

「フハハハハ! 随分と洒落た言い回しじゃあないかプリームム! 見ろ、あの『闇の福音』が押し黙っているぞ。これは傑作だ!」

 

面白そうにフードの中から笑い声を上げるデュナミス。存外、面白い性格をしているらしい。エヴァンジェリンはといえば、相変わらず無言の状態でありついには俯いて震えだしてしまった。

 

(……意外と口喧嘩などは弱い(たち)なのか?)

 

そんなことを考えていたその時。

 

「ククククク……」

 

彼女の口元から聞こえてきた、吐息が漏れ出る音。いや、これは笑い声かと気づいたプリームム。

 

「クハハハハハハハハハハハ!」

 

ついには天を仰ぎ見るかのように顔を上げ、大声で笑い出す。一体、何が可笑しいというのか。

 

「むぅ……笑いを堪えていただけか! 一体何が可笑しい!」

 

「これが笑わずにいられるか! クク……ああ可笑しい。笑いすぎて死んでしまいそうだ……クク。あれほど無感動であったプリームムが皮肉を皮肉で返すほど、これほど面白く成長していたとは思ってもみなかったんでなぁ!」

 

予想以上の成長ぶりが嬉しくてたまらないと、そんなことを口走る。デュナミスは思わず絶句し、冷や汗が背中を伝っていった。危険だ。相手の成長さえも愉悦とするこの狂気の怪物は、あまりにも危険過ぎる。彼にそんな危機感を抱かせた。

 

「そしてもう一つ……むしろこれがあったからこそ思わず笑ってしまったんだが……ククク!」

 

思い出し笑いでもしたのか、必死に口元に手を添えて笑いを堪えようとする。見ていて不愉快になるような光景だった。

 

「笑っていないでさっさと言ってみたらどうだ! どうせくだらない事だろう!」

 

しびれを切らしたデュナミスが叫ぶ。それを横から窘めるプリームム。

 

「やめておけデュナミス。彼女はこういう性格だ。少しだけ彼女と話をした僕もだったけど、彼女は自分のペースに巻き込むのが得意なんだから」

 

エヴァンジェリンの会話術を実体験していた彼は、そのことを改めて認識させられていた。デュナミスはかなり苛ついているようだ。どうにも、彼は乗せられやすい性格をしている。

 

「で、僕達が可笑しいと思えるもう一つの理由は?」

 

「そうだなぁ、一つ聞きたいんだが」

 

「……なんだい」

 

「私が……大事な従者(・・・・・)をわざわざ(・・・・・)攫いやすい(・・・・・)状況に晒す(・・・・・)と思うか(・・・・)?」

 

凶悪な笑みとともに、彼女は言外に罠であったことを告げる。

 

「……無いだろうね。攫うのをデュナミスに任せたとはいえ、僕も疑問視すべきだった」

 

「っ! 馬鹿な! 散々調べたのだぞ、替え玉でないか魔法でスキャンもしたし、何より魔法無効化(マジックキャンセル)の能力も有していた!」

 

デュナミスとて、しっかりと検査を行なっていた。その結果、間違い無くあれは『黄昏の姫巫女』だと確信していた。だが、エヴァンジェリンは違うという。一体どういうことなのか。

 

「鈍いなぁ……デュナミスとやら」

 

「なに……?」

 

「私の従者で、魔法無効化を持つのはアスナだけ(・・・・・)だったか(・・・・)?」

 

「……だがよしんば彼女であったとして、彼女は変身魔法など受け付けないはずだ」

 

動揺を隠せていないデュナミスを尻目に、冷静に意見を述べるプリームム。だが、彼女はたかがハッタリでこんな事を言いはしない。彼としてはほぼ確信的ではあったが、あくまで確認のために質問をしてみた。

 

「別に魔法を直接使う必要など無いさ……ちょいと人の肌に似た素材を魔法で加工して、それを被って髪を染めれば完璧だ。幸い、体格はほぼピッタリだったからな」

 

まさに逆転の発想。魔法を使って直接偽装するのではなく、あくまで魔法はそれを実行するために必要なプロセスでしか無い。魔法世界の人間では、なかなか出てこない発想だ。事実、プリームムもデュナミスも気づくことができなかった。

 

「っ! ということは……マズいぞプリームム! 主は今儀式のためにアスナ姫と二人きりだ!」

 

その言葉と同時に。

 

ドグオォォォォォォォォォン!

 

「……遅かったみたいだね」

 

見れば、背後の建物から煙が上がっており、そこから人影が2つ飛び出してきた。一人は、彼らの創造者にして主。漆黒の服をまとい、フードで頭をすっぽりと覆っている。周囲には曼荼羅のような魔法陣を展開しており、直接見るエヴァンジェリンでさえ、これほど馬鹿げた術式を展開する相手に内心ひやりとしたものを感じた。

 

もう一人は、彼女の従者にして最強クラスの近接戦闘能力と、ほとんどの魔法を受け付けない恐るべき剣の鬼。彼女が振るう刃が曼荼羅へと触れる度に、その構成が崩れて消失し、相手に斬りかからんと刃が襲いかかっている。そのあまりにも出鱈目な戦いぶりに、さしものデュナミスも茫然自失となった。

 

「……分からぬ……」

 

二人が距離を取り、地面へと降り立つと造物主が口を開く。その声には、少しだけ戸惑いの色が感じ取れる。

 

「……我が子孫たるアスナを、私が違えるはずがない……だが……」

 

特殊な魔法や薬品を使って100年以上も前から兵器として利用されてきたアスナを子孫呼ばわりする造物主。その言葉から、エヴァンジェリンは相手の正体を推測する。

 

(なるほど、奴はアスナを子孫というほどの長命な存在ということか……。いや、むしろもっと前に遡るほどの人物である可能性もあるな。それこそ魔法世界最古の王国が擁する王家であるウェスペルタティア王家の誕生に関わるほどの……)

 

もしその予想が当たっているとすれば、紀元前から存在するといわれる魔法世界の誕生にも関わるほどの人物ではないかと、彼女は思い至る。仮にも『造物主』などという大仰な名前を持っているのだ、あの圧倒的なまでの存在感を加えればそれを十分に決定付けることができる。

 

「……彼女の『呼吸』を……真似ただけ……」

 

対する彼女の返答は、答えているようで全く答えになっていない。状況に置いてきぼりとなった(ニィ)もチンプンカンプンと言った感じで首を傾げている。だが、造物主はどこか納得がいったような、しかし認めたくないような雰囲気で。

 

「……馬鹿な、お前のような幼子如きが、私が2000年もかけてなお到達できない領域に到達できるわけが……」

 

リィン

 

「……外した」

 

斬撃が彼の鉄壁とも思える魔法障壁を容易く両断する。だが、造物主はそれをわずかに体を逸らすだけで躱してみせた。彼の掌に濃縮されたかのような魔力の束が収束し、彼女の向けてそれを放つ。行く先全てを飲み込む破滅の光線は、しかし彼女に触れた途端に霧散する。

 

「そのうえその能力……。お前は何者だ、人の鬼よ」

 

「……明山寺鈴音。……それだけのモノ……」

 

相対する二人の雰囲気は最悪であり、すぐにでも炸裂しそうな爆弾のようだ。しかし、鈴音が急に造物主を無言で見つめた後、怪訝な顔をし。

 

「……この『呼吸』……お前は……人間……?」

 

その言葉に、造物主はピクリと一瞬だけ動きを見せ、収束していた魔力を霧散させた。

 

「……生かしておくわけにはいかなくなったな……」

 

そう言うと、彼はゆっくりと鈴音へと近づいてゆく。抜き身の『紅雨』を構えたまま、鈴音は油断なく構えていた。だが。

 

「……なん、で?」

 

まるで意識が飛んでいたのかとでもいうかのように、あっさりと、造物主は鈴音に近づき、その頬にゆっくりと手を添え。

 

「……夢幻(むげん)に堕ちよ……」

 

そして、彼女はその眼から光を徐々に失い。

 

人形のようにゆっくりと、崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「……さて……」

 

造物主は、倒れている鈴音に一瞥もくれることなく、それこそどうでもいいかのようにエヴァンジェリンへと顔を向ける。視線の先の彼女は、その可愛らしい顔を大きく歪め、彼を射殺すかの如き怒りの視線を向けていた。

 

「貴様……私の従者に何をした……!?」

 

「……彼女が欲する幸福を与えてやった……二度と覚めぬことが代償だが……」

 

「なんだと……!?」

 

エヴァンジェリンは、予想を遥かに超える事態に動揺を隠せていない。握りしめた掌からは爪が食い込んで血が滲んでいる。例外はあるとはいえ、ほぼすべての魔法を無力化してしまう彼女が、ああもあっさりと。確かにその例外である幻術魔法を食らえば彼女もキツイだろうが、それを考慮しないエヴァンジェリンではない。むしろ、そういった対策をするよう修行で常々言ってきたし、レジストもできるように仕込んだ。

 

だが、彼女はまるで時が止まったかのように静止したまま造物主の接近を許し。そして手が頬に触れた瞬間に意識を失ってしまった。ある種の絶対的な信頼を置いていた彼女にとっては、鈴音のあっけない敗北は大きな衝撃で。その喪失感は彼女を焦りに追い込む。

 

「おい……起きろ鈴音! 起きてくれ! 私を、私を一人にしないでくれ!? お前は私の、私の半身そのものだ! ようやく、ようやく孤独から逃げられたのに……! また私を、ただ生きるだけの幽鬼にする気かっ!?」

 

そしてその衝撃を与えた人物が、ゆっくりと迫ってくる。それは彼女が久方ぶりに味わう感覚。絶望的な状況で与えられる、恐怖であった。

 

「ひっ……!」

 

おもわず、声が震えてしまう。鈴音と出会ってからの彼女は、まさに順風満帆であった。お互いがお互いをよく理解し合い、無敵のコンビとも言える相性の良さ。彼女はそれに慢心してしまった。

 

「……怯えるな……お前をどうこうする気はない……」

 

静かな物言いだが、その圧倒されそうな威圧感はそこにいるだけで彼女を押し潰そうとする。

 

(私は……恐怖しているのか……!?)

 

喉がカラカラに乾く。汗が吹き出し、全身の肌がピリピリとした感覚を訴える。見開いた(まなこ)はその根源たる存在を映し続け、彼女に耐え難い現実を打ち付ける。

 

「……あの娘に依存していたか、我が娘よ(・・・・)……」

 

「……え?」

 

その言葉に、エヴァンジェリンは言葉を失う。今、目の前のこの人物は何と言った。

 

娘。そう、彼は確かに娘といった。だが、それはおかしい。彼女の父母は数百年も前に墓の下だ。父親など覚えてはいないが、母は自分が真祖となった時に殺してしまったはず。

 

「……その肉体の具合はどうだ……キティ(・・・)……」

 

彼女の名前。そのフルネームをエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。しかし、彼女はこの名前で呼ばれるのを嫌い、A・Kと略して使ってきた。キティなどという可愛らしい響きが嫌だったというのもあるが、何よりも、まだ人間であった幼い頃に母や使用人からそう呼ばれていたことを思い出したくなかったから。故に、この名前を知っているのは、今ではアスナや鈴音といった、数少ない心が許せる相手のみ。誰も、知るはずがない。

 

だが、目の前の相手はそれをさらりと言い、そして"その肉体はどうか"などと言った。自分を娘と言い、そして肉体の具合を聞いてくる。まるで、まるでかつて自分が激昂のままに屠った、あの男のようで。

 

「……お、まえ、は……」

 

「……まだ分からぬか……。……私はお前を……」

 

「聞きたくない……聞きたくない聞きたくない聞きたくない! やめろ、もうこれ以上はやめてくれ! 鈴音! アスナ! 誰か、誰か助けてくれ!」

 

心のなかで切にそう願う。だが、もう遅かった。

 

「……私はお前を……」

 

その肉体へと作り替え、お前が殺したはずの男だ。

 

プツン

 

「お前があああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

600年。その余りにも長い年月を経て、納得ができないながらも己の内へと押し込めていた感情が、張り詰めた糸が切れる音とともに一気に爆発した。憎悪、嫌悪、殺意、狂気。様々などす黒い感情が己の内をのたうち回って叫ぶ。

 

目の前の奴を殺せ、と。

 

一度目は親しき人と、人間であることを奪われた。そしてようやく鬼である自分を受け入れ、共に有れる半身を得た。だが、二度目はそれさえも奪われた。同じ鬼として、最も信頼し。お互いの心を埋めることができた鈴音を失った彼女には。もはや、何も残っていない。

 

目の前の相手を殺すという、最後の選択肢を除いて。

 

 

 

 

「あっ……」

 

陶器の割れる音。飲んでいた紅茶のカップの取手が外れ、地面に落としてしまったのだ。その唐突かつ不吉な出来事に、彼女は不安を覚えた。

 

「……マスターと鈴音、大丈夫かな……」

 

アスナが今いるのは、魔法世界から『旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)』と呼ばれる魔法が秘匿されている世界。その2つの世界を繋ぐ『(ゲート)』が程近いイギリスの小さな町。

 

「あの二人なら大丈夫だと思う……けど、やっぱり心配」

 

なにせ世界の存亡を賭けるような戦いだ。一応、その鍵である自分はこうしてエヴァンジェリンによって旧世界に避難させられているため、『完全なる世界』の目論見は既に破綻している。ただ、鈴音はアスナと同系統の能力を有しているためそのスペアとすることは可能だろう。尤も、魔法使いの天敵とも言える彼女を倒せればの話だが。

 

「……大丈夫、だよね?」

 

誰かに聞くかのような言葉は、不安とともに風に溶けていった。


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