二人の鬼   作:子藤貝

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闘争は加速し、そして終息へと向かい始める。


第十四話 それぞれの戦い

エヴァンジェリンによって戦闘に水を差され、一時休戦を互いに了承して造物主が儀式を行なっていた部屋へと二人がやってきた時には、既に部屋は無残な状態であった。

 

「主の魔法でさえ容易には壊れないとおっしゃっていた儀式場が……」

 

「ズタズタのボロボロだな……」

 

中心では、造物主がエヴァンジェリンと鈴音の二人を相手に戦っている。本来であれば、造物主ほどの魔法使いであれば一人相手も二人相手も変わらない。なにせそこには隔絶した実力の差が存在するのだから。

 

だが、その差を埋められる二人が相手であった場合どうなるか。

 

「……ぬ」

 

「どうした、防戦だけでは我々は倒せんぞ?」

 

「……安い挑発だな」

 

「それを吐かれるほど余裕を相手にもたせている証拠だろう? 先程は我を忘れてしまったが、冷静に対処すれば貴様の魔法も攻略は可能だ」

 

「……障壁など、無意味……」

 

離れて魔法を放とうとすれば、無詠唱の魔法を使って出先を潰してくる。魔法自体は、『魔法の射手』などであり障壁で防げる程度のもの。躱す必要などないのだが、一瞬で間合いを詰めてくる鈴音が前衛をこなしながら、彼女の能力で障壁を問答無用で突破してくるため、彼女の攻撃と魔法を同時に処理せねばならず、防御することを意識せざるを得ない。無詠唱で特大の魔法を放てることこそが造物主の強みなのだが、それを潰されてしまうのだ。

 

対して、エヴァンジェリンが魔法を詠唱しているときは、造物主が魔法攻撃でそれを阻止しようとしてもやはり鈴音によって魔法をかき消される。さらに攻撃の一瞬の隙を狙って迫ってくるため、迂闊にエヴァンジェリンへ接近できない。

 

「……おのれ……!」

 

「苛立ってるのか? なぁ、『父上』?」

 

ほんの少しだけ垣間見えた造物主の苛立ちに、エヴァンジェリンはさらに挑発を畳み掛ける。(こす)っ辛い戦術ではあるが、彼女は既に慢心を完全に捨てている。勝つためならば、どんな下らないてであろうとも積極的に使い、虎視眈々と造物主の隙を伺っているのだ。

 

「……私の心を乱して隙を狙うか。無駄なことを……」

 

「クク、その割には随分と不機嫌そうだな? 我が『父上』ながら情けないことだ」

 

「先ほど醜態を晒していた娘が言うことか」

 

「生憎、私は自分に都合の悪いことはすぐに忘れる質なんだ」

 

そんな憎まれ口を互いに叩き合いつつも、凄まじい攻防は続いている。無詠唱の魔法では圧倒的に造物主の方が威力が上だが、それを五角以上に持っていけるのが鈴音の存在である。まるで別の誰かが二人を的確に動かしているかのように、互いの次のして貰いたい一手を解して実行しているのだ。

 

「……村雨流、『雨陰』」

 

隙のない速攻の十字攻撃で造物主の逃げ場を封じる。造物主はやむなく上方の真空波を魔法障壁で受け止め、障壁の効かない鈴音の刃は瞬時に手元に両刃の剣を召喚して受け止める。しかし、鈴音の剣圧に押されて造物主は刃を弾くこともできずに吹き飛ばされる。そこにすかさずエヴァンジェリンの『闇の吹雪』などの強力な魔法が叩き込まれる。

 

「ぐ……! 小癪な……!」

 

障壁を再び張ろうとするが一手遅い。完全に造物主が防御を行う前に届くよう計算されて放たれた魔法を相手に、造物主は一瞬だけ無防備となる。

 

「ぐあああああああああ!」

 

いくら造物主の防御が堅固であれども、その防御そのものが出来なければ当然ダメージは通る。無敵にも思える造物主が、初めて苦悶の叫び声を上げた。しかし、そこに鈴音は追撃をいれようと接近していき、エヴァンジェリンは再び魔法を唱え始める。それだけ造物主が強敵であることを理解しており、油断なく攻めようとする姿勢が見て取れる。

 

「……斬る」

 

「さあさあ、次はもっとでかいやつがいくぞ父上? どこまで耐えられるかな?」

 

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

ナギはその戦いに魅せられていた。あまりにも次元が違い、その圧倒的な攻防にただ唖然としていたが、エヴァンジェリンと鈴音の戦いは彼の目を釘付けにしていた。

 

最初は強い奴と戦いたいという思いからこの世界に飛び込んだ。3人だけの気楽な戦いだったが、それだけ見捨てなければならない人々がいた。それでも戦い続けたのは、そんな彼らに少しでも報いたかったから。

 

いつの間にか一人、また一人と仲間が増えていった。相変わらず、手のひらからこぼれ落ちてしまう人々がいたが、それも初めに比べれば随分と少なくなった。仲間とともに戦うことの大切さを、ナギは次第に理解していったのである。エヴァンジェリン達から宣戦布告をされた際も仲間たちに勇気づけられ、そのありがたさを再確認した。

 

今目の前にあるのは倒すべき敵たるエヴァンジェリンとその従者。先ほどの対話から、エヴァンジェリンに対して悍ましいほどの悪意を感じ、彼女を倒すべき敵だと認識した。だが、眼前の戦闘はナギにとっては余りにも魅力的過ぎる戦い方であった。

 

ナギはこの世界でも最上位の魔法使いである。だからこそ、自分一人だけではできることが限られることを、戦いを通じて感じてきた。同時に、仲間とともに戦えば、それを補い合えるということもだ。仲間とともに、言葉すら要らず強敵へと立ち向かう。それがナギにとっての理想。唾棄すべき邪悪であろうとも、それを体現して見せている二人の姿は、ナギの目にしっかりと焼き付いていく。

 

そんな時だった。横からその戦場へと飛び込んでいく一つの影が躍り出たのは。

 

「ちょっ、お前!」

 

「生憎、もう目の前で手を拱いているつもりはないんだ」

 

プリームムであった。彼女との再戦を熱望していた彼にとって、主人にそれを横取りされた先ほどのことは未だに胸の内で燻っていた。そして今、その主人でさえも劣勢に立たされている。誰が彼を止められよう。守るべき主人のために、戦う彼のことを。彼は大義名分を得ると同時に彼の欲した戦いを得るに至ったのである。

 

(もう誰も戦いを阻むことなんてない……)

 

全力で、戦うことができる。それはなんと甘美で芳醇な誘惑であろうか。心は人の欲望もまた現出させるもの。プリームムは今、完全に人形としての己を捨て去ったのである。

 

(さあ、戦おう……我が好敵手(エヴァンジェリン)……!)

 

 

 

 

 

ガギン!

 

本来であれば造物主を捉えたであろう鈴音の一撃は、重い金属音とともに防がれた。鈴音の前には彼女もよく知る人物が、片手だけに重厚な篭手と脛当てを装着し、鈴音の刀を防いでいる。彼は刃を弾くと、彼女の腹部に強烈な蹴りを見舞った。鈴音は片腕を使って防御を行うが、何らかの金属でできたすね当てが装着された脚部はそれだけで凶器であり、彼女の腕からミシリと嫌な音がして吹き飛ばされる。

 

「……プリームムか」

 

「……出すぎた真似だとは重々承知しています。しかし、主の危機に飛び込まぬ配下など何の役に立ちましょうか」

 

「…………今のお前に敵う相手ではないぞ」

 

「私自身が、私の心が戦いたいと叫んでいるのです。あの悪党ども相手にどこまで通用するのか、己を試したいのです」

 

もし、主人にならぬと言われようとプリームムは戦うつもりであった。自分では先ほどの攻防について行くだけで精一杯であろうことは想像できる。だが、だからといってこの絶好の機会を逃したくはない。無意識のうちに、彼には反逆の芽が芽吹こうとしている。

 

「……ならば存分に戦え。お前は我が片腕なのだから」

 

そこに、予想もしていなかった答え。しかし、彼の心は歓喜に包まれた。ああ、やはり自分はこの主人に尽くしてこそ己なのだと。こんな下らない己の私事に付き合ってくれようとしている、己の心を汲んでくれる最高の主人を仰ぐことこそが。エヴァンジェリンが植えつけた反逆の芽は、芽吹く寸前で摘み取られたのだ。

 

「有難う御座います……!」

 

主人とともに、生涯で初めて共に戦うことを許された。これほど嬉しいことはない。恐らく、もう一人の片腕とも言えるデュナミスでさえ、こんな栄誉は賜らなかっただろう。彼は眼前の敵を見据え、言葉を投げかける。

 

「ようやく、借りを返せるよ。『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』」

 

「クク、先程の言葉を撤回させてもらおう。お前はまさしく私達と命を殺り合うに足るよ、プリームム。ほんの少しのきっかけでこうも成長するとは」

 

エヴァンジェリンが不敵に笑う。しかしそれは嘲笑ではなく、己の求めたものを得られた子供。そんな無邪気で、しかし邪悪な笑み。彼女は今度は造物主へと向き。

 

「お前の配下に反逆の芽を植えつけたつもりだったが、見事にそれを逆利用されたか。さすがに悪の大組織の黒幕なだけはある」

 

「……考え過ぎだ」

 

「フン、どうやら親子で面白いところが似たらしいな。貴様を許すつもりもないし、怒りも収まったわけじゃないが認めるしかない、か」

 

体勢を整えた鈴音がエヴァンジェリンのもとにやってくる。

 

「さて、鈴音。ここからは同条件で2対2だ、覚悟はできているか」

 

「……元より。私はあなたの従者ですから……我が主人(マイマスター)

 

「クククククッ! いい返事だ、実にいい返事だ! ああ我が愛しい従者よ、お前はたとえ死が目前であろうとも怯むことはないだろうな。敵は強大だ、なにせこの世界を分裂させる大戦争を仕掛け、この世界を生み出した存在とそれに忠誠を誓う人間のような人形。だが、大いに結構じゃないか!」

 

「……殺しがいがある」

 

「……征くぞ、プリームム」

 

「ハッ!」

 

役者は揃い、今最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

この世界の命運を決める戦いが始まった一方で、その遥か上空でもまた死闘は続いていた。

 

「なんという数だ……」

 

「落としても落としてもきりがねぇ!」

 

造物主の配下の一人が召喚した、見渡す限りを覆う黒い影。遠目から見れば羽虫のようであるが、その実態はそんな生やさしいものでは決してない。その影一つ一つが、下級から上級まで揃った悪魔の群れなのだ。

 

「戦艦は!?」

 

「既に2つ落とされました! その内一つは連合の弩級戦艦です!」

 

「"スカイレイン"が撃墜されたというのか!? どんな悪魔がいたというのだ!?」

 

「そりゃ~、今目の前にいるあたしよあたし」

 

「は?」

 

下級悪魔を殲滅していた男の眼の前に現れた、スリットの深いドレスを纏った女性。その蟀谷(こめかみ)には悪魔のものと思しき角。

 

「ごきげんよう。此度の召喚に応じてやってきた上位悪魔ちゃんよ~」

 

手をひらひらと振りながら洗浄に似つかわしくない気の抜けた声で挨拶をする自称上位悪魔。しかし、その体から感じる暗い魔力は相応の実力を垣間見せる。

 

「上位悪魔……! だが、貴様程度で弩級戦艦が落とされるとは思えんのだがな?」

 

「あら、予想よりも現実的な男だこと。ちょっと冷めちゃうわ~」

 

「答えろ! 貴様以外にどんな悪魔が襲撃したというのだ!」

 

声を荒げながら、男が叫ぶ。そんな様子を見て、女悪魔は不機嫌そうに睨みつけ。

 

「じゃ・ま・よ」

 

唇へと指を這わせ、投げキッスを背後の男へと飛ばす。それと同時に、その男は爆炎に包まれた。声すら上げることもなく、黒焦げになった男は遥か下へと落下していった。

 

「弱いくせにしゃしゃってるなんて、馬鹿な男よね~」

 

「……貴様、今のは魔法か?」

 

男の背後で戦っていた人物が睨みつける。黒い装束で全身をすっぽりと覆い、顔は伺えない。しかしその影から覗く眼光は鋭く、歴戦の強者であることは明白だ。組織だった印が見受けられないことから、恐らくはこの戦いにフリーで参戦した傭兵だろう。

 

「あ~ら、気づかれちゃった? ま、普通わかるわよねぇ。そ、私の得意な爆炎魔法よ」

 

傭兵は油断なく鉄製の杖を構える。先端が鋭く尖っており、戦闘にも用いることができるよう武器と兼用しているものだ。

 

「ふ~ん、やる気? あんたじゃ勝ち目なんてないと思うけど。あら、結構いい男」

 

熱風で一瞬持ち上がったフードの奥に見えたのは、顔立ちの整った青年の風貌。しかし、それはただ美青年であるのではなく冷酷な冷たい美貌といっていい。

 

「さてな、勝負事に絶対はない。せいぜい貴様の喉笛を噛み砕かれんことだ」

 

「あ~ん、ゾクゾクするぅ! 久々にマジでいい男じゃな~い! あなたのお名前は?」

 

「……人の名前を聞くときは自分から話すものだ」

 

鋭い眼光で返されるが、女悪魔は飄々とした態度を崩さない。むしろ、そんな彼の姿が面白いらしくなおも笑みを絶やさない。

 

「そ~ね~。先に名乗るのは礼儀、常識よね~。じゃ、私から名乗っちゃう!」

 

そう言うと、女悪魔の周囲がどんどんと暑くなっていく。熱気が彼女へと収束しているのだ。やがて熱気は炎熱へと変わり、彼女を火柱で覆った。ほんの数秒、彼女の姿が見えなくなる。そして火柱が消失した時、そこには禍々しい姿の異形がいた。

 

赤く爛れたような肌はグラグラと沸騰したように表面を泡立たせ、頭の角は木の枝のように不規則に捻れ曲がり、先程よりも大きく見える。口は耳まで裂け、ズラリと並んだ歯は白く鈍い光を反射する。髪はボサボサで燃えるように赤く、その間からは怨嗟の声を上げる牛のような顔と笑い声を上げる羊の顔。足は鳥のようで、ガチョウのもによく似ていた。

 

特に目を引くのは、その蛇のような、しかし余りにも大きな尾。鱗はヌメリとした爬虫類特有の湿り気はないようだが、舞い散る火花を反射してテカテカと照っている。総じて、悪魔らしい外見を体現したかのような醜悪な怪物がそこにはいた。

 

「あたしの名前はアスモダイ。アスモデウスとか、アエーシェマとか色々名前があるけど、アスモダイが一番語呂がいいし気に入ってるの」

 

「ソロモン72柱、序列32番の悪魔の王か……」

 

「あらご存知? そうそう昔はソロモンなんて言うガキに付き合ってたこともあったわね。あれも中々いい男だったけど最後はがっかりしちゃったわ。で、次はあなたの番よね?」

 

「……ネロ・ブラッコだ」

 

「へぇ、イタリア人? 昔バチカンに喧嘩売りに行った時を思い出すわねぇ」

 

体をくねらせながら、身悶えるように話すアスモダイの姿を冷めた目で見据えるネロ。

 

「御託はいい。それとも油断したところに噛み付いてやろうか?」

 

「そ。なら始めましょうか、身も心も燃え盛るような熱戦を!」

 

後に『黒き猟犬(カニス・ニゲル)』と呼ばれる有力傭兵組織を率いる男の、初の表舞台での戦いであった。

 

 

 

 

 

一方、次代を担う者達もまた奮戦していた。『赤き翼(アラルブラ)』の若きメンバー、タカミチとクルトである。

 

「よしっ! これで52体目!」

 

「フ、僕はもう58体目だ」

 

「ええっ!? 負けてたまるか!」

 

「僕だって!」

 

下級悪魔ばかりとはいえ、並の魔法使いならばとっくにバテているようなハイスピードで悪魔たちを殴り倒し、或いは斬り捨てていく二人。その瞳には未だ闘志が燃えている。

 

「若いってのはいいねぇ……」

 

とは、それを遠目で眺める老練の剣士の言である。

 

「皆さんは無事なんだろうか……」

 

「無事だろうさ。あの人達はもはやチートを通り越してバグだからな」

 

「ははっ、違いないや!」

 

休むことなく、そんな軽口を叩きながら悪魔を掃討していく。そんな時であった。

 

「随分と暴れまわっているじゃないかぁ」

 

「っ! この声は……!」

 

声の方を振り返ると同時、凄まじい威力の蹴りを見舞われる。咄嗟の事で防御が間に合わず、タカミチは大きく吹き飛ばされた。

 

「タカミチ!」

 

「へ、平気だよ……かろうじてだけど……」

 

何とか空中で姿勢を戻すことに成功し、クルトの叫びに返答する。脇腹を抑えていることから攻撃をもろに受けてしまったらしい。じわりと血が滲んでいるのがかすかに見て取れた。目の前にいたのはかつてアリアドネーで相対した上位悪魔、フランツ・フォン・シュトゥックであった。

 

「おやおやぁ、そこにいるのはいつぞやの糞ガキ共じゃないかぁ。元気してるぅ?」

 

「フン、お前なんぞに応える義理はない!」

 

「反抗的なガキは嫌いだねぇ……。あの時のあのガキはいないわけだし、今度は邪魔は入らない」

 

二人の額から冷や汗が流れ落ちる。あの時は、あの少女によって事なきを得た。だが、今回は戦場のまっただ中という状況であり、手助けは期待できない。つまりは、ここにいる二人だけで相手をしなければならないのだ。

 

「まずいな……」

 

「ああ、腐っても爵位級悪魔だからな。……どこまで通用するか」

 

「通用ぉ? 馬鹿言ってんじゃねーよ。お前らみたいなザコに俺がやられること自体が奇跡だったってのに。舐めた態度してっとバラバラにして煮て食うぞ? それともテメェらのけつの穴穿ってヒイヒイ言わせてやろうかぁ?」

 

「品性を疑いたくなるような奴だ……」

 

以前戦った時も、最初は紳士的な仮面を被ってこそいたが本性をすぐに表していた。そして今は既に本性を知られていると理解知っているためか非常に口が悪い。

 

「ケッ、本当だったら私もこんな辛気臭い場所来たくなかったんだがな……。私の上司とか腐れ縁のクソジジイに連れて来られちまったのさ。抵抗しようにも上司は悪魔の王の一人で、クソジジイは私以上の爵位級悪魔だ、従うしかねぇだろよぉ……クソがっ!」

 

何かを思い出したようで歯軋りをしながら頭をガリガリと掻く。自分たちを襲った相手とはいえ、彼も彼なりに事情があって苦労しているようだ。

 

「……悪魔も大変なんだな……」

 

少しだけ同情の眼差しを送るタカミチ。理不尽に振り回されるのが世の常とはいえ、その大きなうねりである戦争に巻きこまれた彼は理不尽に対する憤りの気持はよく分かる。とはいえ、ここは戦場であり相手は敵に召喚された存在。戦いは避けられない。

 

「ま、いいや。お前らで私の憂さを少しでも晴らせりゃそれでいい」

 

「とことんゲスい悪魔だ」

 

呆れたようにクルトが言う。

 

「キッハハハ! そいつぁー褒めてくれてんのか? やめてくれよ鳥肌が立ってゲロ吐いちまいそうだ」

 

「言ってろ。刀の錆にしてやる」

 

「ここでお前を止めれば、少しでもこっちの有利に働くんだ。負けてやるつもりはないよ」

 

「あーあー、雑魚が粋がっちゃってまぁ……。ぶち殺してやるよ」

 

 

 

 

 

鈴音は苛立ちを覚えていた。感情の揺れが少ない彼女にしては珍しいことだが、相手がかつて己やアスナを攫おうと画策し、チャチャゼロを破壊するなどと宣った相手であれば、仲間を大切にする彼女にとっては仕方ないことだ。相手が自分よりはるかに劣る技量であり、彼女が狩る側で彼が狩られる側という、獲物を相手にするだけの認識であることも原因の一つであった。

 

「……小癪」

 

攻撃を全て脛当てと篭手によって防がれ、或いは逸らされている。近接戦闘でここまで梃子摺る相手は、さしもの鈴音も亡き父やチャチャゼロ以来だ。防御だけであれば、間違いなく一流だ。

 

「……村雨流、『俄雨』」

 

「くっ!」

 

片腕のみを用いて防御の姿勢をとるプリームム。衝撃が数瞬後に彼を襲うが、腕に装着された金属製の篭手が攻撃を肉体に届く前に遮断する。切断力においては村雨流でも随一の技に、鈴音の『呼吸』を合わせたというのに防具は全くへこたれていない。いや、傷ひとつとしてついていないといったほうがいい。

 

「……今のはさすがに斬られたと思ったよ。予想以上の防御力だな……」

 

頬を斬撃がかすめたものの、傷らしい傷はついていないところからプリームムは無事のようだ。

 

「……硬い」

 

その結果を冷静に分析し、あるひとつの心当たりに至る。

 

「……『紅雨』と同じ類の鋼……か」

 

「オリハルコンとミスリルを用いた合金素材だ、そう簡単に抜けるとは思わないほうがいいね」

 

「……なら、手薄なところを狙えばいい」

 

そう言うと、今度は篭手と脛当てが無い胴や首を狙い始める。

 

(……予想以上に、防御が硬い……隙を見て、一撃で倒すしかない……)

 

しかしウィークポイントを狙うということは狙いが絞られるということ。その分プリームムは防御に徹するしか無いが、この状況ではむしろそれが最適な行動原理となる。

 

「彼女の加勢には行かせないよ」

 

そう、鈴音をこうして引きつけておけばエヴァンジェリンは造物主と1対1の勝負を強いられる。魔法使い最大の天敵である鈴音を攻撃に参加できないようにすれば造物主の分厚い障壁とノーモーションで放たれる上級魔法の数々を一人で捌く必要がある。そうなれば、あとはひたすら消耗戦となる。さしもの真祖の吸血鬼たるエヴァンジェリンとて、無尽蔵の魔力を有するわけではない。この世界と一体となっている造物主は魔力切れなどあり得ない。ならばジリ貧になるのは必定であった。

 

そう、あくまで常識の範囲で語ればの話だが。

 

「……何が可笑しいんだい?」

 

嗤っていた。無表情の上にのっぺりと貼り付けたかのような、口の端を少し釣り上げただけの、しかしはっきりと小馬鹿にしているとわかる不快な嘲笑。

 

「……いけない……マスターに……毒されてきたのかも……」

 

そう言いつつも、その口角は上に向いたままだ。主人が主人なら従者も従者なのかと、プリームムは内心ため息をついたが、攻撃の手はしっかりと緩めない。

 

「……私を引き離したぐらいで……今のマスターは止められない」

 

「何を……」

 

先ほどの戦闘で、鈴音との絶妙なコンビネーションで造物主を追い詰めていたエヴァンジェリンはたしかに見事な戦いぶりであったが、それより前には、造物主に単身で挑みボロ雑巾のようにされたのをプリームムはその目に焼き付けている。実際、チラと己が主人とエヴァンジェリンが闘争を演じている部屋の反対側では、造物主がエヴァンジェリンを追い詰めているかのように見える(・・・・・・)

 

だが、その戦闘に彼はほんの少しだけ違和感を感じた。

 

(……っ! まさか!?)

 

そして気づいた。エヴァンジェリンは何か(・・)を隠していると。ほんの一瞬の思考による意識のズレ。それを見逃すような鈴音ではない。

 

「……我流『鬼道招来』」

 

「しまっ……!」

 

鈴音の『鬼道招来』は呼吸を整えて発動をするために短時間だが隙が生じる。鍛えればその隙も埋められるだろうが、生憎まだ彼女はこの力の使い方を認識したばかり。まだまだ上手く扱うには時間がいるだろう。よって、相手の隙を誘って発動するのがよい。つまり鈴音は、よりにもよって自らの主人を囮としてプリームムに隙を生じさせたのだ。

 

「……『雨露霜雪(うろそうせつ)』」

 

瞬間、プリームムは片腕と両足を折りたたみ、体の面積を最小限にして防御に徹した。その片腕と両足の間から垣間見えたのは、刃の暴風。飛び交う斬撃、真空波、刺突。それらの中には回避を阻むフェイントまで織り交ぜてあった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

過ぎ去る風切り音に強風を覚えるが、彼は必死になって体を最小に縮こませる。この斬撃の嵐に晒されてしまえば、さしもの防御を誇るこの防具、『銀月手甲(メス・デ・ラ・プラタ)』と『白金陽甲(ソル・デ・プラティーノ)』を装着していようと防御が間に合わない。荒れ狂う真空波や剣圧に圧し潰されまいと奥歯を噛み締め、耐え続ける。吹き飛ばされ、壁にたたきつけられようと、体中にカミソリで切られたような切り傷が刻まれようと。

 

ついには嵐は終息し、ゆっくりとプリームムは防御の構えを解き、次いでゆっくりと立ち上がった。周囲は斬撃にさらされたためか見るに耐えないほどに滑らかな亀裂がそこかしこに存在する。暴風の爪痕から、自らがどれほどの攻撃に晒されたのかを理解し、それを耐え切ったことに内心で静かに安堵する。

 

「……耐えた……?」

 

淡々と、しかし驚きを以って告げられた言葉。見れば彼女の両腕は傷がついていない場所がないと言えるほどに痛々しい切り傷で溢れ、滲んだ血で覆われていた。

 

村雨流でも禁忌とされているのが3つの奥義。しかし、それはあくまで伝承されるべき人知の技術であり、あくまでも歴代伝承者や一部の者は会得できた代物だ。だが、先程鈴音が放った『雨露霜雪』は違う。ただでさえ肉体の負荷を一切顧みない奥義に比べ、この技は負傷が前提とされているのだ。奥義3つを会得できた者にのみ行使できる技で、各奥義の技法を纏めて一つの技にしたのがコレだ。当然、一つ一つで強大な負荷を強いられる奥義を束ねた技となれば、肉体はただでは済まない。

 

"疾風(はやて)"の技術で放った真空波の嵐は己の腕ごと相手を喰らい、斬撃とともに放った"雷霆(らいてい)"の神速の突きは脚力を用いない分腕に負担が余計にかかって左腕が筋断裂を引き起こした。"雲霧(くもきり)"によるフェイントによって更に隙を減らし、それを為すために針に糸を通すような神経を使い、精神に大きな負荷をかけて疲労を増幅する。

 

幼い頃から村雨流を扱うために影鳴に鍛えられていた鈴音は、今まで負担を気にすることなく扱って見せていた。それは才能と、血の滲むような鍛錬によって得た肉体があればこそ。だが、それでも彼女の肉体はあくまで人間のものでしか無い。どれほど気で強化しようと、どれほど頑強な肉体であろうと、村雨流でさえ闇に葬った"裏式"は負担が大きすぎた。

 

プリームムは鈴音を見据えると、一直線に特攻を仕掛けた。しかし鈴音は『雨露霜雪』の反動でうまく体が動かない。その結果鈴音の行動がワンテンポ遅れ、とっさに腕で防御するものの。

 

生木を圧し折るかのような耳障りの悪い音が彼女の左腕から発せられた。

 

何とかその腕で彼を弾き飛ばすものの、灼熱と激痛が彼女を襲う。それに眉ひとつ動かさないながらも、鈴音はその発生源をチラと一瞥する。

 

「……左腕……動かない、か……」

 

腕はだらりと下がり、よく見ればあらぬ方向に少しだけ反れている。それも、関節部ではなく肘から手首にかけての前腕。肘から二の腕にかけては無事なものの、指先は一切言うことをきかない。

 

「……問題なし……」

 

それでも彼女はさしたる問題ではないと切り捨てる。利き腕である右腕は動くし、痛みは放っておけばいいという結論に達したのだ。

 

「……何とも情けない限りだ。君の攻撃を受けるだけで手一杯、その上暴風のような斬撃に晒されて必死になって縮こまっているだけなんて、ね。おまけに君に初めてダメージを与えたのは君自身の攻撃によるものだった」

 

「…………」

 

「それでも、ようやく互角ぐらいまで引きずり降ろせた」

 

どれほど守りに徹した臆病な戦いであろうと、自滅によって初めて勝機を得た泥にまみれた戦い方であろうと。ただひたすらに耐え、エヴァンジェリンの加勢に行かせないという最低限の目的は果たしていた、彼自身が掴んだチャンスには他ならない。腕一本と腕一本、勝負は確かに肉体的には互角の状況となったのだ。

 

「……面白い……」

 

鈴音が造物主や鐘嗣などの特級の部類に相当する相手以外を。プリームムを初めて明確に敵として認めた瞬間であった。

 

 

 

 

 

「ほぅ……お前の従者も中々やるじゃないか。鈴音の招いた種とはいえあいつに負傷させるなんてな」

 

「……お喋りをしている暇があるのか?」

 

「ハッ、余裕も見せられんようじゃあいつの主人など到底務まらんよ」

 

軽い口調だが、迫り来る魔法攻撃は確実に自分を害するであろう攻撃ばかり。さすがに真祖の肉体をエヴァンジェリンに与えた存在なだけあり、回復能力を極端に低下させる魔法を付与した銀の剣による攻撃や、傷口を広げ、そこから魔力を霧散させる特殊能力を持つ矢を射出するなど、戦いにくい事この上ないやり方を徹底してくる。

 

それでも、彼女の不敵な笑みは消えない。

 

「契約に従い、我に従え、氷の女王! 来たれ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが!」

 

周囲150フィートを絶対零度に包み込む範囲魔法を繰り出す。エヴァンジェリンを中心として周囲が氷の彫刻のように変化していく。冷気が部屋の半分を飲み込み、祭壇まで這いずり寄る。

 

「『紅蓮の壁』」

 

しかし祭壇へと到達する前に、造物主によって灼熱の炎壁が出現し、冷気を阻む。そして炎壁はそのまま冷気と相殺され、部屋の半分までが凍りついた状態で侵食は止まった。

 

だが、それはエヴァンジェリンには織り込み済みだ。

 

「そら! 先程よりも2秒ほど早く解析できたぞ!」

 

そう言って彼女が指を鳴らすと、造物主を守護していた曼荼羅が如き複雑な魔法障壁は霧散した。そう、彼女も死の世界に触れて世を構成する理を目で見ることが可能となったのだ。流石に、不死身であるため本当に死んだわけではなく仮死状態で渡ったため鈴音のようにより抽象的な感覚では把握することはできないが。

 

そうして彼女は、複雑に編まれた魔法障壁を目で解析し、600年以上の人生で培った知識と経験から解法式を当てはめるかのように分解していく。最初は1分かかったが、次いで45秒、30秒と段々とかかる時間は減っていく。

 

いくら造物主が無詠唱で上級魔法を放てるとはいえ、自身を守るための強固な障壁は再構築のために意識を割かねばならない。構築に約10秒かかるとして、現在のエヴァンジェリンの解析時間が約6秒。更に今も時間は短縮されていく。エヴァンジェリンの攻撃可能な時間がどんどんと増えているわけだ。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック、来たれ氷精、闇の精! 大気を凍てつかせ常夜を呼べ! 彼の生命に安息の眠りと罰を! 『暗き国の断頭台』!」

 

造物主の手足に黒いもやのようなものが纏わりつく。振りほどこうにも、煙のように散るだけで離れることはない。次いで彼の周囲前後左右の4方向に氷塊が出現すると。

 

「固定! 次いで目標を確定!」

 

エヴァンジェリンの合図でもやは凍りついたかのように硬質化し、枷のように造物主を縛った。氷塊は形を徐々に変えていき、そのフォルムは分厚く鋭いギロチンの刃であった。

 

「放て!」

 

ギロチンの刃は号令とともに、造物主を目掛けて凍えるような冷気を纏って放たれた。しかし造物主もこの程度の魔法を安易に受けるほど愚図ではない。

 

「迎え入れろ、『灼熱の回廊』」

 

造物主の周囲に螺旋状の炎が4つ出現し、四方から迫る氷の刃を飲み込んだ。いかに魔法で強力な冷気を纏わせているとはいえ、それを上回る熱量では為す術もない。飲み込まれた刃は炎の半ばほどで全て蒸発してしまった。

 

「そう来ると思っていたさ」

 

しかし、彼女の真の狙いはそこにあった。凝縮され、零度以下に冷えきっていた氷の刃には極低温によって固体化した窒素、即ちドライアイスが詰め込まれていたのだ。急激な温度上昇によってドライアイスは一気に気化し、視界を大きく遮る。

 

「……(けむ)に紛れて攻撃する気か?」

 

造物主は周囲への警戒を怠らない。既に魔法障壁は再構築済みだ。どれだけ強大な魔法を彼女が撃ってこようとも、防ぎきる自信はある。そして、その瞬間が彼女にとって致命的となる。攻撃後の隙を突いて彼女を拘束してやればいい。ただ、先ほどは四肢を断った状態で再生を妨害しての拘束であったが彼女は抜けだしてここにいる。今度は肉片になるまでバラし、そこに再生望外の魔法陣を敷くつもりだ。

 

しかし、一向に攻撃は造物主へと向けられない。むしろ、嫌に静かだ。

 

そう、既に造物主は決定的なミスを犯していたのだ。エヴァンジェリンとの1対1の勝負であったのは確かだが、同時にこれは2対2(・・・)でもあるということに。

 

「む……?」

 

漂っていた窒素の煙が晴れていく。警戒は怠らないが、エヴァンジェリンが見当たらない。そして完全に晴れきった時、造物主は驚愕した。

 

鈴音とエヴァン(・・・・)ジェリン(・・・・)の二人(・・・)の足元に転がるプリームムの姿を見て。

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