二人の鬼   作:子藤貝

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現れる新たな役者と、歪められた役を与えられた者。
歪んだ物語はそれでもなお始まりへと繋がってゆく。


閑話 役者は揃いゆく

これは、少年の物語が始まるまでの前日譚。

 

現れるはずのなかった少女らの歩んだ道。

 

そして、歪められる物語への布石。

 

 

 

 

 

「君がアリアドネーの『魔女』か、思ったより幼いな」

 

「……私の研究棟に勝手に入ってきて挨拶もなし。相手にする必要もないわ、去りなさい」

 

「クク、すまなかったな。だが私も有名人なんでな、いきなり名を明かしては怯えられるかもしれないと思ったのだ」

 

アリアドネーには歴史的に価値がある建物が多い。学ぶものを拒まぬ独立国家たるこの国では、多くの学者が日々己の研鑽を積み、芸術家は思い思いの作品を手がける。そして名のしれた建築家も多く排出しており、彼らが手がけた作品が今も残っており、知識を求める探求者達の学び舎や貴重な資料を保存する図書館として利用されている。

 

中でも、青々とした木々が生い茂る森のなかに存在しながら異様な存在感を放つ奇妙な塔は、アリアドネーに住むものならばよく知られる建物だ。アリアドネーでも特に優秀な人物が使用することを許される研究棟であり、ここに入ることをアリアドネーから国家として認められることは、探求者として最高の名誉である。

 

現在、この研究棟を使用しているのは、たった一人の少女だ。彼女は近年稀にみるほどの魔法研究における発見をし、魔法学に多大な貢献をした。そうして、彼女は莫大な支援金と名誉ある研究棟を許されたのだった。

 

「……知っているわ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、『狂刃鬼』と『黄昏の姫巫女』を従える真祖の吸血鬼にして歴代最悪の賞金首、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』」

 

「ほう、研究に熱中して外のことなど気にもしない人物だと聞いていたが、存外世間知らずというわけでもないらしい」

 

予想よりも情報に通じていることにエヴァンジェリンはニヤリと笑みを浮かべる。アリアドネーに鈴音が滞在していた際に、優秀な人物がここにいると聞き、興味を惹かれてやってきたのだが、少々の威圧をしたにもかかわらず己に平然と意見を述べる少女に、どうやらあたりを引いたようだと考えた。

 

「で、その『闇の福音』が私に何のよう? 一滴で数十人を狂わせる幻惑剤? それとも悪魔さえ忌避する外法?」

 

「いいや、私は君の噂を聞いて興味本位にここへと来ただけだ」

 

そう言いつつ、エヴァンジェリンは少女へと近づいてゆく。

 

「だが、たった今興味が欲望へと変わった。君がほしいという欲望にね」

 

「お断りよ、あんたみたいなのにかまってる時間より、読書と実験に時間を割いたほうが有意義よ」

 

そう言って、彼女は再びフラスコの中の液体を観察し始める。研究棟を持つ者は、それに相応しい人物でなければならないとされ、定期的に研究結果や成果をレポートとして提出せねばならない。それができなければ、最悪研究棟から外されてしまう。

 

「おいおい、悲しいじゃないか。せっかく来たんだ、もう少し話でもしようじゃないか」

 

「……鬱陶しい」

 

そう言って半眼で彼女を睨む少女。するとその背後から、黒い靄が発生するとともに殺気がエヴァンジェリンへと発生する。少女からではない、その背後の靄からだった。

 

「ほぅ……それほどのものを従えているとは……」

 

思わず感嘆の声を上げるエヴァンジェリン。しかし少女は。

 

「出てこなくていいわ、大人しくなさい」

 

そう短く告げると、黒い靄は空間へと溶けて消滅した。それと同時に、殺気も消滅する。

 

「飼い慣らしているな」

 

エヴァンジェリンからすれば大した相手でもないが、それでも相当な力を持つ存在だろう。彼女は自然と口元を笑みに歪める。

 

「……チッ、レッドヴァイパーの毒が足りなかったか。いえ、むしろ別のアプローチで考えたほうが……」

 

エヴァンジェリンの言葉には耳も貸さず、彼女は実験を続行している。しかし新たに開発している魔法薬の感性まで後一歩届かないことに苛立ちを隠せていない。

 

「……ノアキスオオトカゲの皮かしら……いや、鬼灯(ほおずき)の根か……」

 

使用する材料を別のものにしようと考えるものの、どれも確証が持てない。材料とて手に入れるのに手間や金がかかる。そう節操無く試せるものでもないのだ。

 

「ハカマオニゲシの実だ」

 

あれこれ少女が考えているところに、エヴァンジェリンが一言そんなことを告げる。

 

「ハカマオニゲシ? あれは試したけど殆ど効果がなかったわ」

 

少女が反論する。彼女はひと通りの植物は試しており、ハカマオニゲシも当然使用していた。麻薬類似成分を含んでいるため、彼女の母国日本では栽培を禁止されており、アリアドネーでも実験等に使用するには許可が必要であったため手続きに時間がかかった。

 

「あれの未成熟なものを使用しただろう? 確かに未成熟の状態の実にはヘロインが含まれていて魔法薬の材料として期待できる。だが、未成熟状態では魔力を貯めこむ前のせいで特定の材料と反発してしまう」

 

「へぇ……じゃあどの状態がいいわけ?」

 

「完熟状態、それも腐り始めた頃がちょうどいい。魔力を十分に含んで果汁と融和しているからな、反発も起こらん」

 

「それ、初耳なんだけど」

 

今までの常識では、未熟果を使用するのがよいとされていた。しかし、彼女は熟しきった実を使用しろというのだ。

 

「まあ、知らないヤツのほうが多いだろう。麻薬として闇ルートで捨て値で売られているからこそ判明していることだからな」

 

「……なるほど、裏の知識か……」

 

「興味が有るのか?」

 

「……ハァ。貴女、分かっていってるでしょう? 私のところに来たってことは、私が非合法なことをしているって噂を知らないはずがないわ」

 

この研究棟には少女一人しかいない。確かに研究棟はそこまで大きな建物ではないため個人で使用するものもいるが、実験や書類整理などで色々と手が欲しくなるものが多く、助手を雇うものが多いのだ。

 

だが、彼女は助手を欲さず一人で研究を黙々と続けていた。助手を願い出るものもいたが、彼女の眼鏡にかなうようなものはおらず、この建物が不気味な外観をしていることもあって彼女が法から逸脱した実験をしているなどという噂が立ったのだ。

 

「なんだそんなことか、事実だろう(・・・・・)?」

 

「……根拠は?」

 

「ガロードラゴンの牙、八つ目バッタ、魔結石トーチナイト……どれも表では決して入手できない違法物(・・・)だ」

 

「……さすがに、600年生きてるだけあるわね。バレづらい偽装をしたはずなんだけど」

 

エヴァンジェリンは少女を尋ねる前に研究棟の中を見て回っていた。そして倉庫に入った時、見覚えのある品々があることに気づいていたのだ。

 

「なるほど、ぎりぎりグレーなことをしているように見せながら、実態は真っ黒だったというわけか」

 

「……仕方ないわ、私が求める知識は表社会ではもう皆無に等しいのだもの」

 

彼女が研究棟を与えられているのも、彼女が自身の欲求のままに知識を貪り、それを実践し続けて来た結果だ。彼女自身、罪の意識そのものが欠如しているように見受けられる。

 

「で、私をどうする気? どうせ仲間になれとかでしょ?」

 

「察しがいいじゃないか」

 

「悪党との付き合いは短くないもの。まあ、貴女みたいな大悪党とはさすがにお目にかかったことはないけどね」

 

「クク、聞き分けがいいな。さては、私を試していたな?」

 

今までの問答も、エヴァンジェリンを試すものだったのだろう。わざと実験に四苦八苦している様子を見せ、裏の人間のみが知っている知識で試した。そして、違法物を分かりづらいように偽装していたのも彼女の知識を試すためだった。

 

「私が来ると、何故思った?」

 

「あら、これでもアリアドネーで最も秀でた魔女だと自負してるんだけど? それでこんな黒い噂が絶えないなら、貴女みたいなのが引き抜きに来てもおかしくないでしょ? まあ、まさかあの『闇の福音』が来るとまでは予想してなかったけど」

 

「フ、違法物を貯めこんでいたのは実益を兼ねた餌か。我々のような悪党が見つければ脅して勧誘という手が取れる。だが、表の人間に見つかればただではすまんだろうに」

 

「その時はさっさと逃げるだけよ。ここの環境は悪くはないけど、これ以上できる研究なんて殆ど無いもの」

 

彼女にとって、ここでの研究など暇つぶし程度でしかなかった。それでも残っていたのは環境の良さと研究資金があったからだ。彼女ほどの魔女ならば、使う資金を最低限にしつつ懐に入れるなど造作も無い。

 

「そうか。では私から君をスカウトさせてもらいたい。待遇は応相談だぞ?」

 

「ぜひ頼むわ。貴女ほどの魔法使いなんてそれこそ裏でも稀でしょう。これでようやくやりたいことができるようになるわ」

 

「これから宜しく頼むぞ、柳宮霊子」

 

「こちらこそよろしく。エヴァンジェリン」

 

こうして、エヴァンジェリン一行に新たな仲間が加わった。エヴァンジェリンを筆頭とした最悪の事件、『夜明けの世界(コズモエネルゲイア)』が起こる1年程前のことであった。

 

 

 

 

 

時は移ろい……。

 

「ふふふ、鈴音さんは本当に可愛いですね……!」

 

「……セプテンデキム、離して……」

 

「もう少し、もう少しだけ……!」

 

赤き翼(アラルブラ)』との戦いに一つの決着がつき、つかの間の休暇を楽しんでいた鈴音。だが、セプテンデキムに見つかり後ろから抱きしめられたまま身動きが取れなくなっている。かつては鈴音にバラバラにされた彼女だが、今は彼女のことが可愛くて仕方ないらしい。

 

デュナミス曰く、

 

『一度死んだせいで頭のネジが飛んだ可能性があるな』

 

と言っており、事実かつての無言ぶりが嘘のようによく喋る。最近はスキンシップがいささか過剰すぎるせいで鈴音に若干鬱陶しがられている。

 

「あ、まーたセプテンデキムが鈴音を抱きしめてる」

 

「ケケケ、サスガノ鈴音モアイツダケハオ手上ゲラシイナ」

 

たまたま通りかかったチャチャゼロと(ニィ)がそんなことを述べる。昔からこういったスキンシップなどには慣れていないせいか、セプテンデキムの行為にどう対処すればいいのか彼女自身思い至らないのだ。そして、結局セプテンデキムにいいようにされてしまう。

 

「ケケケ、仲良キ事ハ美シキ哉、ッテカ?」

 

「あんなベタベタされるのは私も嫌よ、それよりも殴り合ってたほうが楽しいし」

 

「オ前モオ前デ色々トネジガトンデルヨナ」

 

弐の場合、ああいった触れ合いによるスキンシップより、殴り合いのガチンコバトルのほうが好みらしい。そういう点で言えば、弐もセプテンデキムと大差はない。

 

悪党たちの日常は、少々の異常を孕みつつも穏やかなものであった。

 

 

 

 

 

さて、日常があれば非日常もあるのが彼女らである。鈴音と弐、そしてエヴァンジェリンは久々の任務に就いていた。セプテンデキムもついてきたいといったのだが、鈴音が珍しく露骨に嫌がったことでかなり落ち込んで辞退した。やはり、休暇中にベタベタし過ぎたらしい。

 

今回の任務は、『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』ではなくゲートの向こう側。つまり『旧世界(ムンドゥス・ウェストゥス)』が目的地だ。『悠久の風』が彼女らの下部組織を攻撃しており、このままでは一帯の関係組織が纏めて殲滅されかねない。そうなれば、せっかくの『旧世界』への足がかりが潰されてしまう。

 

「紛争地域であるここならば、足がかりにするには格好の隠れ蓑になる。そのためにも壊滅されるのはちと困るからな」

 

「……組織の、拠点は……?」

 

「えーと、ここが拠点から東の場所だから……あっちね」

 

三人は目的地へと向かう。途中、武装したゲリラ集団と出くわすが彼女らは歯牙にも掛けずに通りすぎようとする。銃を向けてくるものの、彼女らにとっては銃弾など玩具程度。弾丸が彼女らへと接触する前に溶けるか、バラバラになる。唖然とするゲリラたちを尻目に、彼女達は組織の拠点へと歩いて行った。

 

到着した先では、既に戦闘が終わった後だった。転がっている死体は『夜明けの世界』の下部組織であり『旧世界』との橋渡しを担っていた『飢えし狂犬』と、『悠久の風』所属の組織。身分証明を見てみると、どうやら『四音階の組鈴(カンパヌラエ・テトラコルドネス)』という組織だったようだ。

 

「最近名うての新人が多く入ったという団体だな。だが、この様子ではその新人らも殆ど死んだだろう」

 

「……被害が、大きい……」

 

「こんだけ死んでりゃ、お互い痛み分けでしか無いわね。こっちは組織が維持さえされてればいいから、向こうはほぼ犬死にか」

 

重要な足がかりとはいえ、所詮は彼女らの下部組織。組織の体面さえ維持できていれば彼女らの口利きで再建できるし、最悪、代わりはいくらでも用意できる。それでも、新たな足がかりをつくるための時間はかかるが。結局、『四音階の組鈴』は手痛い被害を被っただけだ。

 

「ここを嗅ぎ当てる鼻のよさは中々だが、戦力として投入するにはいささか失敗だったようだな」

 

「まあ、『赤き翼』レベルがそうホイホイ出てくるわけでもないしね」

 

そんなことを話していた時だった。

 

「……今、物音が……」

 

「生き残りがいたか」

 

建物の中へと入る。魔法戦が繰り広げられたらしく、壁の所々が崩落している。が、それでも建物としての体裁は保てているあたり、なかなか頑丈な作りをしている。

 

「うぅ……」

 

「……いました」

 

奥のほうで下敷きになっていた青年を発見する。下部組織のメンバーではなさそうだ、少々小奇麗な服装である。

 

「……前が、見えない……誰かそこに……いるのか……」

 

「貴様は『四音階の組鈴』のメンバーか?」

 

「そ、そうだ……ここで密輸行為をしていた『飢えし狂犬』を追って……魔法戦に……」

 

痛みをこらえながら話す青年。しかし、そのせいで腹部は瞬く間に真っ赤に染まってゆく。どうやら、崩落した壁に挟まれた際に内蔵をやったらしい。

 

「お、俺は……助からない、だろうな……」

 

「だろうな、ここまで酷いと治しようがない。そもそも、私は治癒魔法が苦手でな」

 

「……あなた達は……どこの……」

 

「私達? ふふ、『夜明けの世界』って言えば分かる?」

 

「っ! ……まさか、あの組織の……輩だとは……」

 

魔法使いにとって、『夜明けの世界』の名は恐るべき存在として広く認知されている。その悪道ぶりは、子供らを寝かしつけるための殺し文句にされるほど一般的である。

 

「いや……むし、ろ……都合が、いい……頼みを……聞いてくれ、ないか……」

 

「……頼み?」

 

だが、彼女らの正体を知り、むしろ笑みを浮かべる青年に鈴音は怪訝な顔となる。

 

「俺の、従者が……奴らに……攫われ、た……まだ、幼い……。彼女を……助けて……くれない、か……」

 

「はぁ? ばっかじゃないの? あいつらの上位組織である私達、それも『魔法界』でも悪名轟く『夜明けの世界』と知って?」

 

青年の頓珍漢な頼みに思わず弐が罵声を飛ばす。彼女らも十分正気を疑うような行為を繰り返してきたが、目の前の青年の頼み事は彼女からしてもいささか酔狂が過ぎる。

 

「……たの、む……俺は……どうせここで、死ぬ……だが、あの子、だけは……」

 

「我々は悪党だ。善意など期待などされては困る。もっとも利益があれば動かすこともできるだろうがな?」

 

「なら……彼女を……差し出す……」

 

青年の驚くべき発言に、さすがの弐も驚く。助けてほしいと頼んだ相手が『夜明けの世界』だと分かっていながら、その従者の少女を差し出すというのだ。

 

「彼女は、魔族、の……ハーフ、だ……。紛争で、両親を亡くし……孤児院では、虐められ、俺が引き取った……。だが、俺の組織でも……魔族に対する、差別が……酷くてな……。どうせ、助かっても……俺が死んだ後じゃ……追い出されちまう……」

 

魔法使いの中には魔族に対して強い偏見を持つものがおり、その数は決して少なくない。特に、魔族と人間のハーフは忌み子として忌避されている地域も多く、酷いところでは奴隷として扱われていることもある。

 

「あんたたちは……反吐が出るような、邪悪だが……化物には、寛容なんだろ……? なら、彼女も……今より、扱いが悪くなることは、ないはずだ……」

 

「最低だな、その少女の幸せも理解せずに我々に売り飛ばすなど」

 

「嫌気が、さしてたんだ……彼女を、詰るあいつらに……正義なんて……どこにもありゃしない……」

 

彼女を理解してやれたのは、結局青年だけだった。肩身の狭い思いをさせてしまいながらも、組織の一員である彼は同僚から爪弾きにあうことを恐れて少女を表立って庇うことができず、二人の時に少女にいつも謝ってばかりだった。

 

それでも、少女は自分を許してくれた。こんな最低な奴でも、彼女にとっては地獄から救い出してくれた恩人であり、傍にいたいと言ってくれた。

 

「恨まれても……構わない……だが、彼女は……幸せを知るべきだ……」

 

「……偽善」

 

「は、は……だろうな、俺は……正義の味方じゃない……ただの、偽善者……だ……」

 

自嘲の笑みを浮かべる青年。しかし、後悔しているようには見えない。いや、していないのだろう。

 

「クク、いいだろう。貴様は対価を支払った、ならば私もそれに応えるのが取引というもの」

 

「本当、か……ありが、と……う……」

 

エヴァンジェリンの言葉に安心したのか、気力を失ったのか。最後に感謝言葉を呟きながら、青年は息を引き取った。穏やかな顔をしている。

 

「……行くぞ、もうここに用はない」

 

「……彼女は?」

 

「無論、取引をしたのだ。例え相手が死んでいようが受けた以上は遂行する。まあ……」

 

奴の望んだ通りにはしてやらんがな。

 

 

 

 

 

エヴァンジェリン達は『飢えし狂犬』の別拠点まで行くと、少女が衣服を肌蹴ている状態を一目見て組織の頭に詰問する。最初は言い訳をしていたが、彼女の恐るべき殺気に当てられて正直に話しだした。どうやら、彼女を使って"お楽しみ"をしようとしていたらしい。

 

エヴァンジェリンはそれを聞くと、ただ一言『そうか』と告げると、少女以外のこの場の人間を糸で切り刻んで皆殺しにした。壁面には臓物や血糊がべっとりとつき、少女はあまりの光景に震えて体を縮こませている。

 

「クク、そう怯えるな。我々はお前を助けに来たのだ」

 

「たす、けに……?」

 

「ああ、お前のマスターに頼まれてな」

 

「本当!? あの人は!? 無事なのっ!?」

 

青年に頼まれたといった途端、少女は彼女に矢継ぎ早に質問を投げかける。それほど、あの青年のことが大事だったのだろう。

 

「お前を助けてやってくれと言われてな? 仕方なくだが助けに来てやった。ああ、それと残念なお知らせだが……」

 

そう言うと彼女は言葉を一旦区切り。

 

「もう死んでいるぞ? 私が殺したからな」

 

「え……?」

 

衝撃的な言葉に、少女は一瞬思考が止まる。しかしエヴァンジェリンは、彼女のこともお構いなしに喋り続ける。

 

「あんまりにも苦しそうだったのでとどめを刺してやったのだ。やさしいだろう? お前が攫われたうえに瓦礫の下敷きになって不安だったんだろうなぁ、目が見えなくて相手が『夜明けの世界』の者とも気付かず(・・・・)必死に頼み込んできたよ、お前を助けてくれって」

 

「……貴女は、我々が引き取る……」

 

「当然よね、悪党に頼み事をするなら対価が必要だもの」

 

「え、あ……?」

 

彼女らの言っていることがわからない。頭が混乱してグルグルとまわっている。気分が悪く、吐き気を催す。だが、彼女の脳髄は彼女に現実逃避をさせてくれるほど出来の悪いものではなく。

 

「いやぁ、最高だな。必死になって従者の助けを求めた相手は悪の魔法使いで、おまけにお前という手土産まで差し出した。滑稽極まりない」

 

目の前の少女が、彼女の愛しい人を騙し、そして殺したのだと理解した。

 

「お、まえええええええええええええええええええ!」

 

少女は足元に転がっていた銃を一瞬のうちに拾い上げると、少女に向けて構える。

 

「何の真似だ?」

 

「お前が殺した……あの人を……。許さない……許さないッ!!!」

 

少女は撃鉄を起こし、躊躇いなく引き金を引いた。反動で少女が後ろへと倒れるが、銃弾は真っ直ぐにエヴァンジェリンへと直進してゆき、彼女の頬をかすめた。

 

「ほう、私を殺そうとしたのか。だが、惜しかったな」

 

「殺す……! 殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!」

 

明確な殺意をエヴァンジェリンへと向ける。だが、エヴァンジェリンはそよ風でも浴びているかのようにニヤリと笑い。

 

「いいぞ、殺したければやってみろ。もっとも……」

 

そう言うと同時に、彼女の頬についた一筋の傷が塞がってゆく。少女は一瞬驚いて目を丸くするが、すぐに彼女を睨み直す。

 

「私を殺そうにも、その程度ではとてもとても……」

 

「お前、魔族か……!」

 

「魔族? 違うな、私は真祖の吸血鬼、『闇の福音』にして『夜明けの世界』首領。名をエヴァンジェリンという。しかしいい拾い物ができるかと思ったが、こんな反抗的な奴はいらんな……」

 

そう言うと、エヴァンジェリンは少女へと近づき。

 

「お前の名前は?」

 

「お前に教える名前なんて無い!」

 

「そうか、だったら名前など捨ててしまえ。お前が復讐を果たしたいのなら、な」

 

そう言って少女に眠りの魔法をかける。少女が眠る寸前、エヴァンジェリンはこう告げた。

 

「私はいつまでもお前を待とう、お前が殺しに来るのを。だが、私にたどり着きたいならば己を磨け……地獄を越えてみせるほどにな……」

 

 

 

 

 

少女を近隣の街にある魔法使いの建物の前へ放置した後、一行は『魔法世界』へと戻るためにゲートへと向かっていた。

 

「よかったの?」

 

帰り道、弐がそんなことを言う。

 

「ん? 何がだ?」

 

「さっきのあれ、わざわざあんたが殺したなんて言わずにいれば仲間に出来たでしょうに」

 

「ああ、そのことか」

 

するとエヴァンジェリンは意地の悪い笑みを浮かべ、こう答えた。

 

「奴の頼みは確かに聞いてやったが、ヤツの思い通りの展開では少し癪だろう? だからこそ我々の将来の敵として期待することにしたのだ」

 

「将来の敵、ねぇ……」

 

「我々は強大過ぎる。我々を打倒しうる『英雄』は未だに『赤き翼』ぐらいだろう。だからこそ、我々の敵をつくり、将来性に期待するのもいいかもしれんのだ」

 

それに、と彼女は続ける。

 

「あの青年には悪いが、あの少女には光の道を歩ませてやった方がいい。我々のような、誰からも愛されることのなかったものとは違う。あいつはまだ、戻れるのだよ」

 

それが復讐の、茨の道だとしても。彼女はエヴァンジェリンと決して相容れないだろう。それは必然的に、悪と敵対する者だ。ならば、彼女は光の中を歩む権利を有している。エヴァンジェリンらが決して手に入れることのなかった光の道を。

 

「あのまま事実を話せば、鈴音のように狂ってしまっただろう。愛を知っているが故に、な。それではつまらん、どれほど苦しかろうと生きてもらう」

 

それが、あの青年に対する嫌がらせだ。さぞかし口惜しいことだろう、任せた相手によって復讐者にされてしまったのだから。

 

「……クク、将来の敵、か……」

 

復讐者をひとり生み出し、エヴァンジェリンの頭脳はなおも悪だくみを始めるのだった。

 

 

 

 

 

「入学、ですか?」

 

エヴァンジェリンの唐突な言葉に、アスナは少々困惑した顔となる。なにせ、帰ってきていきなり学校へ通えと言われたのだ。しかも小学生として、だ。確かにアスナは昔、人間兵器として運用するために薬で成長を止められているため背格好は小学生そのものだろう。

 

ちなみに、鈴音も似たような体型である。魂が鬼になった影響で、肉体が鬼の魂に引っ張られて一切成長していないのである。完全に不老の状態だ。

 

「そうだ。我々は確かに『英雄』を欲しているが、しかし現れるのを待つのは飽いた。なら、将来我々の敵となりうる存在を幼いうちに見つければいい」

 

「つまり、将来が有望そうな人間を探せと?」

 

エヴァンジェリンの言いたいことを理解してそんなことを言う。だが、エヴァンジェリンに唐突にそんなことを言われたため、自分が嫌いになって理由をつけて遠くに追いやろうとされているのではと邪推してしまい、涙目気味だ。

 

「ああ、別にお前が嫌いだから遠ざけるとかではないぞ? お前が一番適任で、信頼出来るからだ。鈴音だと不安要素が大きすぎるし、そもそも成長できないからな」

 

アスナは最近になってようやく成長を始めている。エヴァンジェリンによって薬物を中和されたからだ。これにより、肉体が通常通り成長し始めたのだ。ただし、既に彼女は肉体を留め過ぎた反動で、成長できてもせいぜいが高校生までだろうとエヴァンジェリンは考えている。それ以降は、完全に不老の存在となるだろう。

 

「アスナには、前に鈴音とともに行った『麻帆良学園』に行ってもらう。あそこは優秀な子供が多い。それに、以前話したが『彼女』もいるしな」

 

「それって、マスターが見出したっていう新しい仲間でしたっけ?」

 

数年前、エヴァンジェリンは戯れで日本へと趣き、二人の少女と出会った。一人はまだ仲間にするか経過を見ている最中だが、もう一人は既に化物としての才能を開花させており、新人として組織の一員に加わっている。

 

「クク、お前は『彼女』と同期で入学してもらう。まだ不安定な子でな、お前が抑えになってほしい」

 

「それはかまいませんけど……麻帆良の地下には『赤き翼』のアルビレオがいますよ?」

 

そう、何故かは知らないがかのアルビレオ・イマが麻帆良学園で生活しているのだ。ただ、世間の目の届かない場所で暮らしているらしいが。

 

「その点も抜かりはない。霊子、聞こえているか?」

 

【なによ、今実験中だから後にして】

 

念話を通して霊子へと話をする。どうやら実験の最中だったらしく、それを止められて若干不機嫌そうだ。

 

「お前には万一アルビレオが出てきたことを考えて、抑えとして『麻帆良学園』に行ってもらう」

 

【嫌よ、せっかく最高の環境があるってのにそんなガキ臭いところに行きたくないわ】

 

あくまでも拒否の姿勢をとる霊子。だが、エヴァンジェリンはそれも予測済みだったようで。

 

「麻帆良学園には生徒としてではなく、あくまで遊撃として行ってもらうのさ。ああ、隠れ場所ならお前にうってつけの所があるぞ」

 

ニヤリと笑みを浮かべながらエヴァンジェリンが言う。霊子も、エヴァンジェリンの妙な自信に何かあるなと感じていた。

 

「麻帆良学園には『図書館島』という場所があってな、地下は学園側でも把握しきれておらず、隠れ蓑にはうってつけだ。おまけに、その図書館島には世界中の珍書や貴重書が数多く所蔵されていて、中には貴重な魔導書や禁書が……」

 

【行くわ】

 

即答だった。魔法の知識を貪欲に求め、飽くなき探究を続ける霊子にとって、貴重な魔導書や禁書はかなり魅力的だ。彼女は魔法実験と同じぐらい、読書を好んでおり、活字中毒ならぬ知識中毒者なのだ。

 

「さあ、我々ももう大人しくはしてやれんぞ?」

 

青空へと顔を上げ、彼女は不敵な笑みを浮かべる。悪党がおとなしくしていられる時間は終わった。

 

これより、再び終わりなき闘争の幕があがる。


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