二人の鬼   作:子藤貝

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新たなる物語とともに、悪は胎動し始める。


第二部
第十八話 始まる物語


僕が初めて父さんと母さんについて聞いたのは、4歳の頃だった。

 

『ネカネおねえちゃん、ぼくのおとうさんとおかあさんってどんなひとだったの?』

 

『え? どうしたの急に?』

 

『だって、アーニャはおとうさんとおかあさんと、たのしそうにしてる……』

 

『……そう。じゃあ、お父さんとお母さんのこと、ちょっとだけ教えてあげるね』

 

僕が最初に聞いた、父さんと母さんの話。それはとても新鮮で、僕は夢中になってネカネお姉ちゃんの話を聴き続けた。

 

『ネギのお父さんとお母さんはね、長く続いた戦争を止めて、世界中の人を助けたの。お父さんなんて、世界中の誰よりも強かったんだから』

 

『すごーい!』

 

『そう、本当にすごい人達だったわ。でも、本当にすごいのは"心の強さ"よ』

 

『こころのー?』

 

『そう。昔ね? 世界中の人達が怯えるほどこわーい、悪い魔法使いがいたの。その悪い魔法使いは多くの人を苦しめたわ』

 

『え? まほうつかいなのに、わるいひとなのー?』

 

『ネギ、確かに私達の村の魔法使いは悪い人なんていないわ。でもね、世の中には悪いことを平気でやっちゃうような魔法使いもいるの。その中でも一番悪いことをしたのが、そのこわーい魔法使いなの』

 

『そうなんだ……』

 

『その悪い魔法使いはとっても強くて、多くの魔法使いたちを殺したの。そのせいで、みんな心の底からその魔法使いを怖がって、ついには戦うことさえできなくなっていったわ』

 

『こわいよー!』

 

『ふふ、大丈夫よ。もうその魔法使いはいないから。でね? ネギのお父さんはそんな魔法使いに勇気を持って立ち向かったの。心が強くなければ、そんなことはできないわ。そしてそれを支えたお母さんもよ。そしてネギのお父さんはその悪い魔法使いと戦い続けて、遂にその魔法使いを倒したの!』

 

『おとうさんすごい!』

 

『でも、その悪い魔法使いはお父さんに大怪我を負わせたの。お父さんは、その怪我を治すために今も眠っているのよ……』

 

『おとうさんねてるのー?』

 

『ええ、そうよ。きっと……きっとまた目が覚めて……今度は二人一緒に……ネギに会いに来て……くれるわ……』

 

『おねえちゃんないてるの?』

 

『大丈夫……大丈夫よ……』

 

その時のネカネお姉ちゃんの涙の訳を、僕はまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 

そして、それから1ヶ月後。悪魔の群れが僕達の村を襲った。

 

『スタンおじいちゃん! ネカネおねえちゃん!』

 

『来るなネギ! お前は隠れておれ!』

 

『ほぅ、その少年が『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の……』

 

『おのれ……どこからその情報を……!』

 

『我々の情報網を舐めてもらっては困るな。"封魔師"スタン』

 

『儂のことまで知っているか……! 陛下になんと詫びればよいか……』

 

『スタンさん、もうこれ以上はレジストできません……!』

 

『永久石化のお味はどうかね? 永劫の時を石像で過ごす恐怖というのは』

 

『ぐむぅ……!』

 

僕が燃え盛る村を逃げまわっていた時、上位悪魔に遭遇して石化光線を向けられた。でも、スタンお爺ちゃんとネカネお姉ちゃんが僕を庇って体が石化し始めたんだ。

 

『その少年にはなかなかの才能を感じるが、今の甘やかされた環境ではとてもではないが我々に太刀打ちなどできまい。喜べ、我らが彼を苦難の道へと追いやってやる』

 

『あ……あ……!』

 

抵抗することもできずに、僕は悪魔に攫われそうになった。だけど。

 

『戯けが。子供はのぅ……小さいうちは大人に甘えさせてやるもんじゃ!』

 

『ぬっ、これは……!』

 

『とっときの"封魔瓶"じゃよ……消え去れ悪魔め!』

 

『ぬおおおおおおおお老いぼれガアアアアアアアア!』

 

スタンお爺ちゃんが、最後の気力を振り絞って悪魔を封印したんだ。

 

『ぜぇ……ぜぇ……老骨にはちと堪える……わい……』

 

『て、てが……』

 

『ふ、ふ……大丈夫じゃよ……。いいかネギ……お前はなんとしても逃げきれ……』

 

『で、でも……』

 

『でももヘチマもあるか! 本当なら、魔法使いの一軍隊相手でも負けはせんこの村が、この有り様なんじゃ! お前に何ができるかぁ!』

 

『……うぁ……』

 

幼かった僕でも、スタンお爺ちゃんが言っていることは分かった。僕が、足手まといでしか無いこと。何もできるわけがないことを。

 

『……ネギ……達者で……な……』

 

『スタンおじいちゃん!』

 

『うぅ……』

 

『おねえちゃん! だれか、だれかたすけて!』

 

スタンお爺ちゃんは石像となり、ネカネお姉ちゃんもどんどん石化に侵食されていく。必死に助けを求めても、集まってきたのは悪魔たちだった。みれば、そこら中で村の皆が石像にされていた。その中には、僕の幼馴染のアーニャの両親の姿もあった。

 

だからだろうか。いや、僕はネカネお姉ちゃんに話を聞いてずっと会いたかったのかもしれない。

 

『助けて……お父さん……お母さん……!』

 

僕のその叫びが届いたのかはわからない。けど。

 

『『雷の暴風』!』

 

その日、僕は父さんと出会った。

 

 

 

 

「う、うぅん……」

 

「ネギ! さっさと起きなさい! 今日は卒業式でしょうが!」

 

「あれ……アーニャ……? なんで僕の部屋に……?」

 

「ネカネさんから起こすように言われたの! ほらさっさと顔洗う!」

 

寝ぼけ眼なネギを、彼の幼馴染であるアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ、通称アーニャが叩き起こす。彼の親代わりのような存在であるネカネ・スプリングフィールドは朝ごはんの用意で忙しいため彼女が来たようだ。

 

洗面所で顔を洗いながら、ネギは珍しくはっきりと覚えている夢の内容を反芻した。

 

(……そっか、もうあれから5年以上経つんだ……)

 

思い出すのは、悍ましい悪魔の群れと燃え盛る村、石にされた村の人々。そしてさっそうと現れた一人の魔法使い。

 

「……よし、頑張ろう!」

 

気合を入れるように、両の頬を叩いて気を引き締めると、ネギは居間へと向かった。

 

 

 

 

 

「卒業おめでとう、ネギ」

 

「ありがとう、ネカネお姉ちゃん!」

 

卒業式を無事に終え、ネギが最終課題が表示されるのを待っているとネカネがやって来た。横には、アーニャの姿もある。

 

「もう課題は表示されたの? 私はロンドンで占い師をやれってでたわ」

 

「もうちょっと待って、今浮かんできてるから……」

 

ネギが本日卒業したここメルディアナ魔法学校は、魔法使いを育成するための学校である。ここの伝統として、魔法使いとして一人前になるために卒業証書と同時に最終課題が渡され、それを修了して初めて一人前の魔法使いとして認めてもらえるのだ。ちなみに、ネギは今年度の主席卒業生である。

 

課題が表示される紙を眺めていると、徐々に変化が起こる。文字が段々くっきりと現れ、課題の内容が(あらわ)となる。そこに書かれていたのは……。

 

「ええと……"日本の麻帆良学園へと赴き、3年間中等部の教師をすること"」

 

「「え?」」

 

「え、これ大丈夫なのかな? 僕まだ10歳なんだけど……」

 

「ダメに決まってるでしょ! 年上にものを教えるとか馬鹿にしてるようなもんじゃない!」

 

「い、一応ネギは大学の課程を終了してるけど……」

 

幼い頃から努力家で、知識に貪欲であったネギは、メルディアナ魔法学校の校長の伝手で魔法使いの関係者が通う大学へと飛び級で入り、僅か1年で課程を終了して魔法学校へと戻ってきた経緯がある。彼からすれば、彼の目的のためには一般的な知識よりも魔法的な知識のほうが余程重要であったため、魔法学校へと戻れるよう必死になって勉学に励んだ結果そうなっただけだが。

 

「おお、ネギか。それにネカネとアーニャも一緒にどうしたのだ?」

 

すると、廊下の奥から老人が歩いてきた。あごにたっぷりと蓄えた白い髭は威厳を感じさせ、優しげな眼差しを持つこの老人はこのメルディアナ魔法学校の校長である。

 

「あ、おじいちゃ……じゃなかった校長先生!」

 

「何、いつも通りで構わんよ。お前たちはもうこの学校を卒業したのじゃからな」

 

アーニャが慌てて言い直そうとするが、それを制してそのままでよいという校長。ネギとアーニャは幼い頃から彼と顔見知りである故、お爺ちゃんと呼んで慕っている。

 

「ええとお爺ちゃん、僕の最終課題についてなんだけど……」

 

「何じゃそんなことか。それは儂も納得した上で最終課題として提示しておるんじゃよ」

 

「で、でもお爺ちゃん! ネギみたいなちびでボケな奴に教師なんて……」

 

「そうですよ、それに日本だなんて……ネギはまだ海外旅行どころか国内旅行だってあんまりしていないんですよ? それなのに海外に滞在だなんて……」

 

アーニャの若干必死そうな反論に、憂いを感じさせるネカネの心配。アーニャにとっては大事な幼馴染だし、ネカネにとっては弟のような存在を危険な目に合わせたくなかったのだ。

 

「しかしな、大学の課程を1年足らずで卒業している時点で普通の課題なぞやれんのじゃ。最終課題はその人物のことも多少は考慮して決められるが、それ以外はだいたい平等なんじゃよ」

 

「そんな……」

 

すると、ネギは何かを決意したかのような目で、ネギは校長にこう言った。

 

「お爺ちゃん、僕……やってみるよ」

 

「ネギッ!?」

 

驚きで思わず声が上ずってしまうネカネ。校長は顎へと手を当て、少し思案したあと。

 

「儂も実は少々不安に思っておったんじゃ。……ネギ、できるか?」

 

「やれるだけやってみせます。出来ないなら、僕の目標には届きません」

 

「そうか……」

 

覚悟を決めたその瞳に、校長は最早言うことはないだろうと判断し。

 

「ならばやり遂げて見せるんじゃ、途中で投げ出すことは許さんぞ?」

 

「はい……!」

 

二人も、ネギのやる気に満ちた雰囲気に負けたのか、それ以上は何も言わなかった。そして数日後、ネギは日本へと旅立ってゆくのだった。

 

 

 

 

 

「……まったく、アイツそっくりな子じゃのう……」

 

校長室にて、メルディアナ魔法学校校長、グラディス・ビューマンは今頃日本へと向かっているであろう少年に思いを馳せていた。思い出すのは、彼の父親であり魔法学校を中退した大馬鹿者の顔だ。

 

「やれやれ、ナギにはさんざん手を焼かされたが……息子は逆に手がかからなくて困るとはのぅ」

 

ネギが大学へ行くことになった推薦は校長がしたものだったが、これはネギを魔法へと関わらせないようにと考えてのものだった。かつて住んでいた村を悪魔に襲われ、心身ともに傷ついていたネギを魔法学校に迎え入れてから1年。ようやくその傷も癒え、魔法を教える事になったのだが、魔法を教わるときのネギはその性格も相まって非常に真面目だったが、ある種鬼気迫るものを感じた。

 

そこで、このまま魔法にかかわらせるのは不味いと判断したグラディスは、ネギの優秀さも考慮して大学へと飛び級で入らせた。魔法関係者が多く進学しているこの大学では、あくまで一般的な学問を学ばせている。

 

一般的な常識を学ばせる意味もあったのだが、一番の目的は大学生並みの頭脳を持つネギとはいえ、修了するのには4年かかるだろうと考え、その間に魔法と関わらなければ別のことに興味をいだくはずだと思ったからだ。

 

しかし、ネギはそんなことに脇目もふらず必死に勉強をし、その努力を向こうの教授らにも認められて僅か1年で魔法学校へと復帰した。これにはさすがのグラディスも驚いたが、戻ってきてしまったのならば仕方ないと魔法を学ばせることを決心した。

 

しかし、やはり彼の鬼気迫るものは危険な予感しかさせず、やむを得ず古くからの知り合いがいる麻帆良学園へと彼を送り出したのだ。

 

 

 

 

 

そして、ここまでが表向きの理由である。

 

 

 

 

 

「ドネット君、向こう(・・・)の様子はどうじゃったかね?」

 

「はい、やはり不穏な動きを見せていました。が、彼が麻帆良学園行きと決まった折、その動きがピタリと止みました」

 

この魔法学校の教員であり、彼の秘書でもあるドネット・マクギネスへと声を投げかけると、彼女は予想していた通りのことを報告してくれた。

 

「やはりか……『元老院』め、ネギをまだ狙っておったか……」

 

「どこから情報が漏れたのかは未だ捜査中ですが……恐らくは……」

 

「うむ、それは儂も考えておった。やはり『奴ら(・・)』の差金か」

 

「可能性としては十分すぎることかと」

 

ため息を一つつくと、グラディスは背もたれへと背中をゆっくり預ける。最近は書類仕事が多くて腰の調子が悪くなりやすいのが悩みの種だった。

 

「ネギは……やはり魔法使いの道を辿ってしまったのう……」

 

「仕方ありませんよ、あの日の無力が、ここまでネギ君を支えてきたんですから」

 

数年前に起こった悪魔襲撃事件では、存在が秘匿されていたはずのネギのことがバレての事だった。幸いにもネギは攫われることはなかったが、多くの善良な魔法使いが石像へと変えられてしまった。ネギを大学に行かせた理由は、ネギを狙う一派から彼を隠し通すため。つまりは目眩ましのためだった。

 

しかしネギは戻ってきてしまった。魔法使いとして育てるとしても、ネギが大学に行っている間の4年間でネギがいたという痕跡を消し、ネギを狙う一派が探るのを諦めてからにしようと考えていたためこれは予想外のことであった。

 

そして、やはりネギの存在がその一派へと漏れ、最終課題という格好の手段をもってネギを手元へと置こうとしてきた。そこで、彼を大学に行かせたことを逆手に取り、教員として麻帆良学園へと送り込んだ。

 

生徒として送り込んでは、いくら友人が経営する学園であろうともその一派とつながりの深い本国(・・)とつながりがある以上、色々なことを口出しされる可能性は高い。しかし教員として赴任すれば、最低でも大人と同格として扱う必要が出てくる。そして教師を統括するのはあくまでも現場であり、麻帆良学園の理事長だ。そうなれば迂闊に手出しはできない。

 

「……『奴ら(・・)』は探し続けておる……ナギに代わる英雄を……」

 

「……やはり『元老院』は……」

 

「全く、20年前の再現とは……進歩がないのう」

 

思い出すのは、血みどろの戦争の後に起こった大事件。魔法世界を恐怖のどん底へと突き落とし、未だ終わらない悪夢を振りまいた怪物達の宣戦布告。当時は余りにも大きなインパクトを与えたその事件のせいで、世界各地で大混乱が起こった。今でこそ落ち着いたが、未だあの事件を恐れている人々は多い。

 

「……ネギが英雄になってしまえば、再びあの事件のように世界は大混乱への道を辿るじゃろう。なにせ、『奴ら』が再び表舞台へと姿を現すということなのじゃからな……」

 

「……何事もなければよいのですが……」

 

窓の外を眺めると、真っ白な雲がちぎれて浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「二人には明日やってくる新しい先生を出迎えて欲しいんじゃ」

 

「えー……」

 

「アスナ、そこまで露骨なんはどうかと思うんよ」

 

麻帆良学園の一室で、二人の女生徒と一人の老人がそんな会話をしていた。そのすぐ側では一人の男性教諭もいる。

 

「ううむ、しかしのぅ……高畑先生が出張でいなくなってしまう以上、代わりに迎えに行く人が必要になるでな……」

 

「理事長、それならば他の先生方にお願いすればよいのでは?」

 

「高畑君、それは儂も考えておったのだが……手が空いておる先生がおらんのじゃ」

 

「なるほど……」

 

理事長と呼ばれた老人、近衛近右衛門(このえ このえもん)はそう返す。高畑と呼ばれた男性教員、高畑・T・タカミチは納得した様子だが、二人の女生徒は不満気だ。

 

「せやけど爺ちゃん、それにしたって見ず知らずの先生を迎えに行くゆうのはちょっと勇気いるで?」

 

「そうそう、このかの言う通りだと思います」

 

「じゃが、儂も年寄り故教員以外で頼れる人が少なくてな……孫娘の木乃香ぐらいしか頼めんのじゃ……」

 

そういって溜息をつく近右衛門。このかと呼ばれた女生徒、近衛木乃香(このえ このか)は困った様子の老人、もとい祖父を見て引き受けるべきかと考えていたが。

 

「それでも、私が呼ばれる必要はなかったんじゃないですか?」

 

アスナと呼ばれた少女、神楽坂アスナはそんな風に不満を漏らす。

 

「まあ、確かにそうなんじゃが……君にも関係する話じゃから呼んだんじゃ」

 

「……? 私にも関係する、ですか?」

 

「そうじゃ。その先生なんじゃが、実は向こう……つまりは海外なわけじゃが、そこでは天才と呼ばれた少年でな、飛び級で大学に入学し、僅か1年で卒業した子なんじゃ」

 

「へー、凄い人ですね」

 

「せやなー」

 

「しかし、確かに教員資格はあるんじゃが……まだ10歳なんじゃよ」

 

近右衛門の口から飛び出した衝撃的過ぎる事実に、二人は驚く。

 

「え、うちらよりも年下なん!?」

 

「ちょっと、それ労働基準法違反なんじゃ……」

 

「本来なら、そうじゃ。しかし彼も色々とあってな、日本政府が特例として認めてるんじゃ」

 

「色々、ですか?」

 

「そうじゃ。詳しいことは話せんが、海外の飛び級制度を日本でも試験的に導入してみようという話があって、その際に労働基準法に満たされていない年齢の少年少女が大学を卒業した後、就職しても問題がないかを調査するために彼を日本と呼んだらしくてな」

 

「つまり、その試験的な就職にこの学園が選ばれたってことですか?」

 

「概ね、その通りじゃ。そして、その担当のクラスに選ばれたのが君たちのクラスじゃ」

 

本日二度目の衝撃的な事実に、さすがの二人も言葉を失った。彼女らが通う女子中等部は問題児が多く、彼女らを抑えられる高畑によってもっているクラスだった。

 

「でも、今の担任は高畑先生ですよね? 先生はどうするんですか?」

 

「いやー、最近は僕も海外でのNGO活動のせいで出張が多いから、非常勤講師として働こうと思ってたんだよ。だから僕と交代という形になるけど、最初のうちは僕も彼のサポートをするつもりだ」

 

「そうなんかー。でも、子供の先生ってなんかワクワクするわぁ」

 

「まあ、私は勉強に支障が出なければいいけど……。でもやっぱり私が行く必要って」

 

「そういうわけじゃ。これはもう決定事項となっとるし、二人共よろしく頼むぞい」

 

そんなこんなで、二人は新しくやってくる少年教師、ネギを出迎えることとなったのだった。

 

 

 

 

 

二人が退出した後、高畑教諭、もといかつてのタカミチ少年は小さく息をつく。

 

「申し訳ありません、学園長」

 

「気にすることはないぞ、君にとっては聞き流せない話じゃろうし」

 

「ええ、あの人(・・・)が再び現れたというのであれば、由々しき事態でもありますから」

 

そう言うタカミチの顔は、いつになく真剣だ。『赤き翼(アラルブラ)』が解散して、戦いの日々から抜けだした彼は抜け殻のようだった。それはかつての因縁深き人物が原因だったのだが、その姿に業を煮やした彼の師ガトウが、麻帆良学園へと入学させた。

 

そこで一般的な青少年として学生生活を送り、彼はようやく気力を取り戻した。そしてその際に色々とお世話になった教員に憧れ、教師になったのだ。

 

だが、最近になって表向きはNGO団体として活動している魔法団体、『悠久の風』からとある情報が流れてきたのだ。それによると、かつて魔法世界を震撼させたあの事件を引き起こした一派のメンバーが目撃され、その特徴が彼を抜け殻のようにさせる原因となった人物に酷似していたというのだ。

 

「ネギ君は、間違いなく狙われるじゃろうな」

 

「はい。だからこそ、今のうちに確かめておく必要があります」

 

「くれぐれも頼んだぞ、この学園も優秀な子らが多い。もしも目をつけられればどうなるか分かったものではないからのぅ……」

 

「では、僕はこれで」

 

タカミチは一礼すると、理事長室から退出していった。後に残ったのは、椅子に座る理事長と静寂のみ。

 

「はてさて、どうなることやら……」

 

これからのことに不安を抱きつつも、一教師として生徒を守りぬこうと心の中で改めて決心し、仕事を再開するのであった。

 

 

 

 

 

アスナは木乃香と別れた後、人気のない校舎の裏へと足を運んでいた。そこに到着してポケットから取り出したのは、一本の携帯電話。やや赤みがかった桃色のそれは、今流行の最新機種でありその機能性や扱いやすさから人気がある。何より、この携帯の強みはちょっとやそっとでは破損しない頑丈さにもある。

 

「…………誰もいない、か」

 

若干挙動不審な動きをしながらも周囲の確認を行い、彼女は折りたたみ式の携帯を開く。そしてメモ帳を開くと、そこに記された携帯番号を入力して目的の相手へと電話をかける。なぜ電話帳ではなくメモ帳を用いているのかといえば、電話帳に登録していて万が一にでも誰かにバレてしまうのを恐れてだ。

 

その点、メモ帳機能など好んで覗くものはいないし、もし探られたとしても最近のものはメモ帳機能であってもキーロックが掛けられるのだ。そしていざとなればメモ帳のデータは消去すれば問題ない。

 

【アスナか、久しぶりだな】

 

「お久しぶりです、マスター」

 

先ほどの教師らを相手にした時の固い声色ではなく、明らかに安らいだかのように柔らかな声で話すアスナ。

 

【どうだ、そちらの様子は】

 

「まずまずですね。交友関係は良好と言えます」

 

【そうか、それは何よりだよ。で、用事は何だ?】

 

「例の子供が先生としてこの学園へと赴任してくるようです」

 

【そうか、概ね予想通り(・・・・)だな】

 

「鈴音はどうしてますか?」

 

【イスタンブールで活動中だ、これでタカミチの目を逸らせるだろう】

 

「相変わらず平和ぼけしている人間が殆どですが、優秀な人材は多いですからね。こちらで取り込めそうな相手はマークしておきます」

 

【逆に我々と敵対できそうな者はいたか?】

 

「はい、数年前にマスターが関わった彼女(・・)の姿がありました」

 

【ほぅ……】

 

電話先の相手が、楽しそうな様子で返す。そしてその背後から、ケタケタと別の笑い声も聞こえてきた。

 

「チャチャゼロもいるのですか?」

 

【ああ、代わるか?】

 

「……いえ、やめておきます。話をして甘えたくなるかもしれませんから」

 

【クク、殊勝な心がけ、素晴らしいぞアスナ。今度そちらに行く用事があるんでな、その時に久々に会えると思うぞ】

 

「本当ですか!?」

 

相手の人物と久々に会えると聞き、アスナは思わず嬉しそうに大声を出す。

 

【こらこら、嬉しいのはわかるが声が大きいぞ。誰かにバレたらどうする】

 

「あ……すみません」

 

【お前も今は大幹部の立場だ、自制ぐらいはできるようにしておけ】

 

「はい、申し訳ないですマスター」

 

【フフ、期待しているぞ? ではな】

 

通話が切れる。ツーツーとリズムよく刻まれる音に少々の物悲しさを覚えながら、アスナは携帯をポケットへとしまった。

 

「……はぁ、早く逢いたいなぁ……」

 

溜息を一つこぼしながら、アスナは自らが住む中等部女子寮へと足を向けたのだった。

 

 

 

 

 

麻帆良学園は、学園都市という形態であることもあり様々な施設が存在するが、その中でも特に謎に満ちた場所がある。それこそが通称『図書館島』と呼ばれる孤島だ。麻帆良湖の中心に浮かんでいるその小島は、世界レベルで見ても最大級の大きさを誇る大図書館であり、様々な蔵書が眠っている。

 

その成り立ちは不明とされており、学園の設立前から存在するとか、伝説の魔法使いが建造したとかいう荒唐無稽な噂までまことしやかに学生の間で語られている。実際問題、この図書館島は地下に凄まじい規模での空間が存在し、複雑な構造となっているためこんな噂がたてられるのも無理は無いかもしれないが。

 

しかも、地下の深部に行けばいくだけ罠が仕掛けられており、余りにも危険なため一般の生徒は地下2階より下は立入禁止となっており、地下3階への入り口は厳重に封鎖されている。

 

それでも、図書館島という、ゲームで言えばダンジョンじみた存在にロマンを感じる生徒も少なくない。それ故、図書館探検部なる、図書館島内部を探検、調査などを行う部活も存在している。ただし、やはりそれ相応の制限がかけられており、中学生以下は表層に近い場所までしか許されておらず、深部まで潜れるのは教員から許可をもらった大学生ぐらいだ。

 

さて、そんな図書館島には様々な都市伝説の場所が存在すると言われている。最も有名なのは、"地底図書室"なる場所が存在し、そこには様々な貴重書の数々が存在していると言われている。

 

また、この図書館島を統括する『司書長』が地下の何処かに住んでいるというものがある。事実、この図書館島には司書は多くいるものの、それを取りまとめる司書長が存在せず、理事長の管轄となっているのだ。

 

そして、もう一つ。図書館島をよく利用する生徒の間で語られる都市伝説が存在する。

 

曰く、『触れてはならぬ禁忌』。

 

曰く、『死神の潜む奈落』。

 

様々な呼ばれ方をするその伝説は、ある一つの言葉に収束する。

 

『魔女』という、ひとつの単語に。

 

その伝説の名は、『秘密の禁書庫』。

 

麻帆良に存在するあらゆる禁書、魔導書を保管し、管理するという魔女が住むという場所。

 

 

 

 

 

「都市伝説、噂……それ自体こそが何かしらのヒントだというのに。しかし超常の現象を信じない現代の人間では、私の部屋へはたどり着けるわけがないわね」

 

図書館島地下。とある一室にて一人の少女がそんな風に言葉を零す。

 

「そうは思わない?」

 

彼女は意見を求めるように、同じ部屋にいるもう一人の少女へと言葉を投げかけた。

 

「…………」

 

意見を求められた少女は、しかし彼女を一瞥するでもなく黙々と本の整理を行う。綺麗に整頓された本棚は天井に届くほどに伸びており、背が高い。少女は木製のよく使い込まれた木製の梯子を登って、ポッカリと空いた場所へと本を挿入する。

 

一方で、意見を投げかけた少女はゆったりと椅子に座りながら本へと目を通している。先ほどの意見を無視されたことを、全く意には介していないようだ。

 

「貴女は相変わらず私とお喋りするのが嫌なようね。退屈だわ」

 

「…………」

 

「まったく。命の恩人相手に随分なことね。まあ、貴女も所詮は私と同じ……」

 

「っ! 違うッ!」

 

座っている少女のそんな言葉に、無視を貫いていた少女が反射的に叫ぶ。息も荒々しく、明らかに激高しているであろう彼女は、それを見て微笑む少女の顔でハッとなる。

 

「そうそう、それでいいのよ。その罪悪感も何れは消えてしまうのだから。今のうちに精一杯感情を昂ぶらせればいいのよ」

 

「貴女が……そうさせているのに……!」

 

絞りだすように、少女は言葉にする。その瞳には明確な殺意が宿り、座っている少女へとその視線を刺すように向けている。

 

「ふぅん……。なら貴女は自分に非がないというの? 裏切り者(・・・・)の癖に。友人を欺き続けているくせに」

 

「……っ!」

 

「西洋の言葉にこんなのがあるわ。"山は山を必要としないが人は人を必要とする"。貴女は友人を裏切り続けているのだから、友情なんて必要ないわね。そして私達化物も人間を必要としない。人間と袂を分かったのだから」

 

貴女も私達と同じなのよと、彼女はその少女へと蔑むような眼差しを向けながら言う。

 

「どうして……どうして私は……!」

 

「偶然にケチをつけてもしょうがないのよ。所詮誰も運命からは逃れられないのだから」

 

涙を流しながら、懺悔するかのように(うずくま)る少女へ、そんな言葉をかける。

 

「でも。あの時望んだのは……結局のところ貴女自身なのよ? 綾瀬夕映(・・・・)

 

嗚咽とともに少女、夕映は泣き出す。それを冷めた目で見た後に少女、柳宮霊子は再び視線を手元の本へと戻した。

 

誰にも知られていないところで、悪は蠢き始めた。


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