二人の鬼   作:子藤貝

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正しくあることは難しく、悪に足を取られるのは容易く。


第二十話 図書館島にて

ネギが先生として麻帆良学園に来てから、1ヶ月の月日が流れた。最初はなれない環境や生徒たちに戸惑いながらも、次第に周囲と打ち解けていった彼は、今では一端の先生として仕事をこなせるようになってきた。そこで、学園長は彼に最終課題を出した。その内容は、万年最下位状態の2-Aを導き、最下位から脱出するようにという内容であった。

 

「えーと、ここはですね……」

 

このクラスには成績優秀な人物は多い。学年トップ、いやこの学園全体で見てもトップクラスの頭脳を持つ超鈴音(チャオリンシェン)を筆頭に、マッドサイエンティストながらも超に引けをとらない成績である葉加瀬聡美。生真面目で勉学に対しても真剣な大川美姫に、模範的な生徒として先生方からの評判も良いアスナ。クラス委員長のあやかも、アスナに張りあうように成績が高い。実はクラス全体を見ても、それほど成績が悪いものはいないのだ。

 

その内の5人を除いて、だが。

 

「あいやー、私も頑張ってはいるアルが……日本史は複雑アル……」

 

「拙者は英語がどうにも……日本史なら得意でござるが……」

 

「ええと、お魚と弱い……マグロっ!」

 

「まき絵さん、それは(いわし)です。はて? ここは割り算ではなかったですか?」

 

「わ、私にはさっぱりです……」

 

2-Aには、通称バカレンジャーと呼ばれる5人が存在する。バカレンジャーとは、学年でも最低クラスの成績を安定して叩きだすという、なんとも先生泣かせな5人の総称だ。

 

「足利義満が3代将軍だったはずアル……。足利義政は……5代アルか!?」

 

中国からの留学生で、学園でも武闘派として有名な古菲(クーフェイ)。戦闘は得意だがその分頭を使わないせいでバカイエローの地位を確立している。

 

「read(リード)の過去形の読みはレッド……? はて? レッドは赤(red)では?」

 

同じく武闘派であり、散歩部という謎の部活に所属している、バカブルーこと長瀬楓。どうみても忍者っぽいが彼女はそれを頑なに否定し続けている。

 

「えーと、えーと……色を使った二字熟語……。あっ! 色々!」

 

天然ボケで脳天気な元気娘、佐々木まき絵。記憶力は悪くないのだが、興味が無いことには発揮されないためバカピンクの座を獲得している。

 

「むむ、塩分濃度の計算ですか……5%の食塩水200gと7%の食塩水300gを混ぜた場合は……」

 

クールで意外と行動的なバカレンジャーのリーダー、バカブラックの綾瀬夕映。ただ、最近は勉学にも力を入れているようで5人の中では一番マシなのだが、それでもその努力はあまり実っていない。

 

「二酸化炭素は水に溶けないから水上置換だったはずや……そして空気よりも重いから下方置換でも集められる……なら酸素は逆に溶けやすく、空気より軽い……? つまり酸素は下方置換が正解や……!」

 

謎理論を展開しながらテンパっているバカホワイトこと桜咲刹那。彼女もまた麻帆良では有数の武闘派である。関西出身のため学園に来る際に標準語に直したらしいが、このように取り乱すと素が出てしまい京都弁となる。

 

「せっちゃん……」

 

そんな刹那を、心配そうな目で見ているのが彼女の幼馴染である木乃香だった。幼い頃から仲がよく、京都の名家である近衛家の跡取り娘である自身を友人として見てくれる刹那を大切に思っている彼女だからこそ、彼女の今後に関わることに心配になる。

 

学園に来てからも友情に変わりはないが、木乃香の護衛としての役割を木乃香の父に与えられており、少々よそよそしくなってしまったのが悲しかった。故に木乃香は彼女と積極的に関わろうとし、成績が悪いものを集めた今回の補習にも参加したのだが……。

 

「せっちゃんの護衛、お父様に言って止めさせてもらおうかな……」

 

正直、木乃香の想像以上に勉強が出来ない刹那に驚き、それが自分の護衛という任務のせいではと思い、木乃香は真剣に悩むのであった。

 

 

 

 

 

夕方。入浴中に和美がとある情報を仕入れてきたと言い出す。その内容が次の試験で2-Aがまた最下位だった場合、幼稚園へと逆戻りにされるというとんでもないものだったのだ。

 

「もはや手段を選んでいる場合ではないです……!」

 

突如そんな言葉を発した夕映に、バカレンジャー他の視線が集まる。

 

「でもでも、どうすればいいのかわかんないよ~!」

 

とまき絵が言う。他のメンバーも首を縦に振って同意した。

 

「ええ。テストまでもう一週間もありません。ですから裏技を使うです!」

 

夕映によれば、図書館島の地下には膨大な数の貴重書が眠っており、その中には読むだけで頭がよくなるという魔法の本が存在するらしい。

 

「で、ですがそんな都合のいいものが存在するとは思えませんが……」

 

「……うち、夕映についてく」

 

「お、お嬢様!?」

 

「せっちゃんがこれ以上おバカになる前になんとかしいひんと!」

 

「このちゃん!?」

 

色々と酷いことを言ってはいるが、彼女が刹那を心配していることに変わりはない。が、あまりにもあんまりな言葉にさすがの刹那も素が出てしまう。

 

「私も行くアル!」

 

「拙者も同行させてもらいたいでござる」

 

「わ、私も!」

 

「私も行きます! お嬢様に危険なことはさせられません!」

 

「では、決定ですね」

 

こうして、バカレンジャーによる図書館島地下に眠るとされる魔法の本を探しに行くことが決定した。刹那は同行しようとする木乃香を何とか説得しようとしたが、意外と頑固である木乃香は頑として譲らず、結局同行することとなった。

 

 

 

 

 

話を間近で聞いていたのどかは、事の推移をネギに話しに行き、それに仰天したネギはそのまま彼女らを追いかけていった。幸い、まだ地下に潜る前だったため発見することができたが、夕映にあれこれと理屈を捏ねられて説得されてしまい、先生同行という形の夜の図書館島探検が開始された。

 

(どうしよう……。いつもなら万が一があってもこっそり魔法で何とかできるけど、今は魔法が使えないよ……)

 

今回の期末テストは、ネギにとっても魔法使いになれるかどうかの大事な試験だ。しかし勉学はあくまでも自分で身につけなければ意味が無いと、大学時代に可愛がられた教授に言われ、彼もそれを肝に銘じてきた。だからこそ、今回は魔法に頼らないようにと自らに一時的な封印を施したのだ。

 

「はぁ……」

 

「んー? ネギ君どうしたの? ため息なんかしちゃって」

 

「あ、いえ! なんでもないです!」

 

「そーお? 何か悩みがあったら相談にのるから、遠慮なく言ってね!」

 

屈託のない笑顔でまき絵が言う。と、その時。

 

バキッ!

 

「え?」

 

足場にしていた木の板が突如割れ、一瞬宙に浮く。しかし彼女が重力に逆らえる訳でもなく。

 

「いやああああああああああああああああ!?」

 

叫びながら一気に落下していくまき絵。

 

「ま、まき絵さーん!?」

 

慌てて手を伸ばそうとするが、一瞬遅れて彼女の手を掴み損ねる。最悪の事態が頭を過り、真っ青になって硬直するネギ。

 

しかし。

 

「し、死ぬかと思った……!」

 

新体操で使うリボンを用いて、間一髪手近にあった謎の銅像に巻きつけて生還していた。

 

「大丈夫ですか?!」

 

「う、うん。チョビっと怖かったけど問題ないよ!」

 

屈託のない笑顔で言うまき絵。その様子からネギはホッとした表情を浮かべて胸を撫で下ろす。

 

「この先は罠も多くなってくるです。努々足を掬われないように気をつけて進むですよ」

 

夕映の注意を受け、一同は気持ちを引き締めて先へと進んでいった。

 

 

 

 

 

その頃、麻帆良女子中等部に据えられた理事長室では。

 

「今頃は、ネギ君達は図書館島の地下におるかの」

 

「恐らくは。しかし、本当によかったんでしょうか……? 彼女達まで付き合わせる必要は……」

 

理事長、近右衛門にそう返すのは、黒い肌が特徴的なガンドルフィーニ先生だった。彼もまた、魔法に携わる魔法先生の一人であり、一般人の娘を持つ彼としてはネギ少年の課題に彼女らを巻き込むのは、正直反対だった。

 

「悪いがそうもいかん。彼女らはこの麻帆良でも有数の実力者。いずれ訪れる戦いに備え、少しでも強くなってもらわねばならん」

 

「ですが、彼女らは一般人なのですよ?」

 

「そうも言ってられん。彼女らは才能に溢れすぎておる。それ故に『奴ら』に狙われる可能性は非常に高い。彼女らを守ってやれるのはあくまで在学中のみ……。彼女らが卒業してしまえば『奴ら』はいくらでも手段を講じてくるじゃろう……」

 

「そんな……」

 

「儂らにできるのは、少しでも彼女らを影から支えてやるぐらいしかないんじゃよ」

 

そう言って、近右衛門は窓の外を眺める。

 

「儂は婿殿と同じく、かつて木乃香を魔法に関わらせずに生活できるようにと駆けまわった。じゃが、かつての戦争で儂が関西魔法協会と確執をつくってしまった以上、どれほど手を尽くしても彼女には常に危険がつき纏う……」

 

「学園長……」

 

「じゃからこそ……ネギ君が来た今こそ、彼女に魔法を打ち明けるべきだと思った。彼女がこれから安心して生活するためには、もうそれしかないんじゃ……」

 

娘がいるガンドルフィーニには、孫をそんな手段でしか助けてやれない彼の辛さが痛いほどわかった。かつての戦争も、本国からの強制によって苦渋の決断を迫られた末に起こった悲劇だった。近右衛門は、その時の責任をとって関西と絶縁している。

 

どれだけ誹られようと、今後あのような悲劇を繰り返さないために関東魔法協会の理事長となり、関西呪術協会へ干渉できないように手をつくした。わざと険悪な状況を作り出し、自分の血族に大戦の英雄を取り込んで関西に縛り付け、本国に対する抑止力とした。これは、今は亡き娘とその婿も了承してくれている。

 

「そしてようやく、関西も昔のように力を取り戻してくれた。あの頃は魔法に対しての反発が強くて足の引っ張り合いをしている隙に絡め取られてしまったが、今は理解を持った若者が次代を担おうとしておる。本国との関係も、改善できるようになるはずじゃ」

 

「……早くその時がやってくればいいのですが……」

 

「だからこそ、儂ら大人がやらねばならぬのじゃ。負の遺産を子供らに背負わせるわけにはいかぬからな……」

 

夜空に瞬く星を見て、彼は何を思ったのか。それは、彼にしかわからない。

 

 

 

 

 

「クキキッ! 最高だなそれは! 私も参加してみたかったぞ!」

 

「少し静かになさい。読書の邪魔よ」

 

「何だつまらん、もう少し話をしようじゃないか」

 

「私は騒がしいのが嫌いなの。いくら今日の貴女がそう(・・)だからって私まで態々話を合わせる義理はないわ」

 

図書館島地下。その暗がりで二人の少女が話をしている。片方は柳宮霊子。相変わらず不健康そうな白い肌と細い腕に、趣味の悪い派手なツギハギの服。

 

そしてもう一人は、目深にかぶったフードで誰かが分からないが、その声色から女性のものであることは分かる。そしてその後ろには静かに佇む茶々丸の姿が。

 

「楽しいことになりそうじゃないか、ん?」

 

「まあ、面白い茶番は見られそうではあるわね」

 

そう言いつつも、興味がなさ気な霊子に対し、少女はその反応の薄さにつまらなさを感じて話題を変えることにした。

 

「で? あのジジイが当初考えていた計画だと、2-Aの成績不振を利用して噂を流して図書館島の地下に誘い込み、地底図書室でみっちり勉強させつつゴーレムで襲いかかって連帯意識を育てるんだったか?」

 

「あと、勉強は魔法で解決できないから魔法に頼らないように心構えをつけさせる、という意図もありそうね」

 

「ご苦労なことだな。まあその御蔭で我々の計画の手助けになってくれているわけだが」

 

そんな話を続けていると。

 

「マスター、そろそろお薬のお時間です」

 

背後に控えていた茶々丸が言う。

 

「むぅ、もうそんな時間か?」

 

「はい。お水はご用意しておりますが、オブラートはご使用になりますか?」

 

「いや、どうせ錠剤だ……必要……」

 

茶々丸の言葉に返事をしようとした彼女は、突然言葉の歯切れが悪くなり。

 

「……ない、から……」

 

「……また変わった(・・・・)わね」

 

「マスター、お水と薬です」

 

「ご、ごめんね茶々丸……」

 

さっきまでとは打って変わり、臆病な小心者のようにおどおどとし始める少女。それを見て呆れたような視線を向ける霊子と、無表情のまま薬を手渡す茶々丸。それを受け取ると、少女は慌てて薬を飲み下した。

 

「貴女、いい加減精神を安定させる方法を考えなさいよ。仮にも私と同じ幹部でしょうに」

 

「だ、だって……」

 

「不安定すぎて困るのよ。戦力として期待しようにも土壇場でそんなふうになったら困るわ」

 

「はい……」

 

「くれぐれも、あの状態にだけはならないで欲しいわね。ここを荒らされたくないし」

 

そう言って読書を再開する霊子。俯いたままの彼女に、茶々丸はねぎらいの言葉一つさえ投げかけはしない。否、しては(・・・)いけない(・・・・)

 

「……ふぅ、済まないな霊子。とりあえずは落ち着いたよ。茶々丸もすまなかったな」

 

少し経つと、少女は先ほど同様の口調に戻り、おどおどとした態度も鳴りを潜めた。茶々丸はただお気になさらずと返答した。だが、少女は知らない。

 

(……貴女を支えることさえも、私には許されないのでしょうか……マスター……)

 

無表情の裏で、彼女の葛藤が渦巻いていることを。

 

 

 

 

 

「そろそろです、ね……」

 

図書館島地下深部。大分深くまで潜り、一度小休止を入れようと提案した夕映がポツリと無意識の内に小さく言葉を零す。

 

「んー? ゆえなんか言うた?」

 

「えっ!? いえいえ、なんでもないです! ただの独り言ですよ!」

 

「むむ、なんか怪しいアル……」

 

慌てふためく素振りを見せた夕映に、怪訝な目を向ける古菲。視線を向けられた夕映は、顔を真っ赤にして顔を下に向けるとモジモジとしだし。

 

「じ、実は……です……」

 

「聞こえないアル」

 

小声で言う夕映に対し、もっとはっきり言うよう促す。すると彼女は真っ赤だった顔を更に耳まで赤くさせ。

 

「と、トイレに行きたいんです!」

 

大声で叫んだ。よりにもよって、ネギ少年がいるところで。

 

「…………ひうっ!?」

 

彼の姿がようやく視界に入っていたその時には既にもう遅かった。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「……ち、ち……」

 

「わ、悪かったアル、夕映……」

 

「違うですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

彼女の絶叫が、地下に響き渡ったのであった。暫くの間、古菲は夕映に頭が上がらなかったというのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

羞恥に塗れながら、顔を真っ赤にして夕映は席を外し、残されたメンバーには微妙な空気が漂っていた。

 

「だ、大丈夫なんでしょうか?」

 

夕映を心配して、刹那がそんなことを言う。

 

「うーん、ゆえも結構乙女やからなー。戻ってくるまでに時間かかるやろなぁ……」

 

「悪いことしたアルよ……」

 

「まあまあ、過ぎたことを悔やんでもしょうがないでござるよ。後できちんと謝れば許してくれるはずでござる」

 

普段元気が有り余っている古菲が、珍しく落ち込んでいるのをみて慰める楓。

 

「ネギ君サンドイッチ食べる?」

 

「あ、はい。頂きます」

 

そんな一同を尻目に、のんきにサンドイッチを頬張るまき絵と、罪悪感を感じながらもどうすることもできないことにやるせなさを感じるネギ。ただ一人和気藹々とした雰囲気を醸しだすまき絵が眩しい。

 

「ですが、そろそろ彼女を呼びに行かないといけません。もう既に日を跨いでしまっています」

 

「あちゃー、ほんまや」

 

木乃香が腕時計で確認してみれば、既に0時を回っていた。早く目的を遂行して帰らねば、試験を受けるどころではないだろう。

 

「ぼちぼち、出発するでござるか」

 

「せやねー。うち、夕映を呼んでくるわ」

 

「では私も同行します。罠があるかもしれませんから」

 

「別にええって。うちも図書館探検部やで? そこんとこは心得とるし」

 

そう言って歩き出そうとしたその時。

 

「おやおや? こんなところに悪い子が大勢いるな」

 

「……お嬢様、やはりお一人で行動なさるのはおやめ下さい。どうやら碌でも(・・・)ないもの(・・・・)が現れたようです」

 

刹那が木乃香に戻るように再度促した。今度は、語気を強めながら日本刀を構えて。

 

「ひいふうみい……大人数だな。いやはやこんな夜中にどうしてこのような危険な場所に」

 

指先で彼女らを数えるそれは、異様な雰囲気を醸し出していた。纏うボロ布のような灰色のマントは所々が汚れており、爛々と輝く目は不気味な金の光を宿している。しかし何より異質なのは。

 

「なにかね? 吾輩の顔になにかついているか?」

 

「お、お、お……!」

 

「"お"? それは一体どういう意味合いだね? いや、言葉にできていないのか? ではこの状況で"お"から始まる言葉で連想されるのは……」

 

「おばけええええええええええええええええええええ!?」

 

「んん、予想通りか。たしかに吾輩を夜中のこんな場所で見たならばおばけがしっくりくるが」

 

彼女らを指さして数えていた指先にも、マントから覗く顔にさえ。肉も皮も、存在していない。目は眼球が存在せず、金色の光を湛えるのみ。鼻も独特の尖りはなく穴が存在するだけ。歯は整っているが剥き出しだ。骨格は人間のものとよく似ているが、そもそも普通の生物は骨のみで活動などできはしない。

 

「吾輩は名をロイフェという、こんばんはやんちゃな少年少女たちよ」

 

「い、意外と礼儀正しいアル!」

 

「これでも紳士を自称する身だ、最低限の礼節は心得ておる。して、君たちは何故こんな辺鄙な場所へとやって来たのかね? 返答次第では安全に送り返してやるぞ?」

 

「……話し合いはできそうな御仁でござるな」

 

冷や汗を垂らしながら、楓がそんなことを言う。感じる圧倒的プレッシャーは、実力者である彼女でさえもお目にかかったことのないほど凶悪なもの。戦えば無事では済まないと、戦闘者としての勘が警鐘を鳴らしてくる。コイツはやばいと。

 

「ええと、実はですね……」

 

ネギがことのあらましを説明する。魔法に深く関わる彼にとっては、このような姿をした者と直接会ったこともあり冷静な対応ができた。

 

「ふぅむ……。この地下に存在する珍書や貴重書目当てでやって来たか。まあ、若気の至りというのもあるだろうし、今回ぐらいは見逃してやってもよいが……何の本を探しに来たのだ? 少し興味があるし、場合によっては渡してやれんでもないぞ?」

 

「え、ホント!?」

 

「見た目はコワイけどいい人(?)やなー」

 

見た目の異質さに反して礼儀正しい人物であるとわかり、警戒を続ける二人以外はロイフェへの評価を改めた。

 

だが。

 

「えっとなー、うちの親友が言うとったんやけど、頭がよおなるゆう魔法の本(・・・・)を探してて……」

 

「……今、なんと言った?」

 

彼女の言葉を聞いた途端、ロイフェの雰囲気が変わった。彼女にもう一度言うように聞き返す。

 

「んー? せやから頭がよくなる魔法の本を……」

 

「……お前たちを返すわけにはいかなくなったな」

 

「え?」

 

ロイフェは突如そんなことを言うと、木乃香に向かってその枯れ枝のような骨の手を伸ばし。

 

「貴様……お嬢様に何をしようとした……!」

 

「ほぉ、一目見て思ったがやはり裏を知る者だったか」

 

木乃香に触れる寸前で、刹那が愛刀『夕凪』を抜刀して二人の間に割って入った。見れば、ロイフェの骨だけの手からは目に見えるほどの禍々しい『何か』が纏わりついている。

 

「答えろ! 返答如何では貴様を祓ってくれる……!」

 

「何を、か? 態々聞くほどのことかね?」

 

「せっちゃん……一体どういうことなん……?」

 

状況が飲み込めず困惑する木乃香。しかし刹那は彼女を自分の背に隠したまま油断なくロイフェに対して刃を向けている。

 

「返すわけにはいかない、と言ったはずだ。ならば生かしてやる義理などあるまい?」

 

「やはり、貴様『呪詛』をお嬢様に使うつもりだったな?!」

 

刹那は怒気混じりの声でロイフェに向けて叫んだ。その怒りようは、ネギやクラスメイトたちでさえ口を挟むことができないほどだ。

 

「吾輩は仕事を忠実に遂行しようとしただけだ。唾棄すべき侵入者を葬る、それが吾輩の役目であり絶対だ」

 

「貴様は一体何者だ!」

 

今度は明確な敵意を込めて叫ぶ。余りにも普段とはかけ離れたその姿に、木乃香は呆然とするほかなかった。そして、そんな状況でさえロイフェは悠然と答える。

 

「吾輩はここを守護する者。禁忌の魔女の下僕にして冷酷なる処刑人。我が名はロイフェ、『首狩り』ロイフェだ」

 

そう言うと、ロイフェは宙空に手をかざす。最初は何もなかった場所に、徐々に黒紫色の靄が集まっていき、形を成していく。そして、完成したそれをロイフェはゆっくりと両手持ちにし、構えた。その様は、彼の見た目も相まってまるで……。

 

「し、死神……!?」

 

まき絵が思わずそんな言葉を漏らす。ロイフェの手元に現れたそれは、空想に登場する死神が持つような、巨大な大鎌だった。

 

「成る程、確かに君等を殺すという意味では死神というのは正しい表現だな」

 

「なんで……? なんで急にうちらを……?」

 

「君が言ったではないか。『魔法の本を探しに来た』と。それだけで十分過ぎる」

 

「で、では拙者たちはもうそれを探さないでござる! それでは駄目でござるかッ!?」

 

楓がそう提案する。先ほどまでの会話から、話し合いができないような人物ではないと楓は確信していた。だからこその提案だったのだが。

 

「悪いが見逃すことはできない。吾輩の主人はただこう言われた。『我が書を求める者は例外なく殺せ』、とな」

 

「どうあっても無理のようでござるな……」

 

「お嬢様、皆を連れてお逃げ下さい。コイツは私が相手をします」

 

「で、でも夕映が戻ってないし、せっちゃんを置いて行くなんて……」

 

「お嬢様ッ!」

 

「っ!」

 

混乱と不安でしどろもどろとする木乃香に、語気を強めて強制する。その迫力に、木乃香は押し黙ってしまう。

 

「お願いします、お嬢様に何かあったら……私は悔やんでも悔やみきれません」

 

「せっちゃん……」

 

「私は大丈夫です。すぐに、追いついてみせますから。綾瀬さんも、きっとご無事のはずです」

 

「…………」

 

今度は、優しく諭すように言う。聞き分けのない自分を諭しているのだと、木乃香には分かった。これ以上は、刹那の足を引っ張るだけだとようやく悟った。ならばせめて、彼女を信じなくてどうするのか。

 

「……分かった。うち、せっちゃんを信じる」

 

「ありがとうございます。私もお嬢様がいるから、頑張れるんです」

 

「けど、1つだけ約束して?」

 

「なんなりと」

 

「……絶対に、無事に帰ってきて。帰ってきたら、前みたいにうちを『このちゃん』と呼んで?」

 

「……承知しました。必ず、無事に戻ってみせます」

 

そう言うと、彼女らは小指を絡ませて約束を誓う。それが済んだのを見て、楓が刹那へと近づいていく。

 

「刹那殿、拙者も加勢するでござる」

 

「いや、楓には皆に何かがあった時のためについて行ってくれ」

 

「……一人で大丈夫でござるか?」

 

チラとロイフェを見る。その威圧は、先程以上のものとなっていた。

 

「いざとなったら逃げる、心配するな」

 

「了解したでござる。皆は、拙者が命に変えてでも守りぬくでござるよ」

 

「頼むぞ」

 

そして、彼女らは刹那を残し図書館島の闇へと消えていった。

 

「……律儀に待ってくれるとはな」

 

彼女らを見送った後、刹那はロイフェの方へと振り返る。

 

「何、感動の別れを邪魔するほど無粋ではないのでな。それに、吾輩としては君が一番厄介だと思っただけだ、神鳴流剣士(・・・・・)

 

「! 私の流派まで知っているのか」

 

「神鳴流とは少し関わりがあったのでね、その野太刀をみて得心がいっただけだ。まあ、つまりは君の手の内もある程度は読める、ということだ。そして見るからに君はまだ未熟、ならば手早く君を片づけて彼女らを仕留めるのも容易い」

 

「そう、見くびってもらっては困る。私も容易く負けてやるつもりは毛頭ない」

 

「そうか、それは楽しみだ……なっ!」

 

上段の構えで、大鎌を振り下ろす。空気を切り裂いて迫るそれは、まるで呻きを上げる亡者のごとく不気味に音を鳴らす。刹那は『夕凪』でそれを受け止めるものの、予想以上の重圧に一瞬刃がさがる。

 

「耐えるか。中々にやるな」

 

「貴様もな、これほど重い一撃は想定外だったぞ」

 

「中々に口も達者らしい。だが……」

 

刃を弾いて距離をとったロイフェは、大鎌を勢い良く振り回し始める。

 

「次はもう少し強めにいくぞ。受けきれるかね?」

 

「……余裕を見せているつもりか? 遠慮なくこい」

 

「……よい返答だ」

 

ロイフェが、その骸骨の顔に初めて笑みを浮かべた。激闘は、始まったばかり。

 

 

 

 

 

彼女らの様子を、二人の少女は水晶球が映しだした映像越しに眺めていた。霊子は普段の眠たげな表情をほんの少しだけ歪ませ、もう一人の少女は腹を抱えて笑っている。

 

「クキッ! こいつは傑作だ! お涙頂戴の感動巨編だなぁ! 全米が号泣すること間違いなしのコメディとして売り出せるぞ!」

 

「私としては、そっちはどうでもいいわ。そろそろ彼女(・・)も戻ってくるはずだし」

 

「しかしまあ、あの狸爺の出した課題を利用するとはねぇ……」

 

「いくらあの少年を早く育てたいがためとはいえ、性急が過ぎたわね。まあ、守るべき対象の生徒が敵(・・・・)だなんて思いもしなかったでしょうけど」

 

すると、部屋の扉がノックされる音が。

 

「来たわね。悪いけど茶々丸、出迎えてくれる?」

 

「かしこまりました」

 

霊子にそう頼まれた茶々丸は、扉の鍵を外して開け放つ。

 

「お待ちしておりました、綾瀬(・・)さん」

 

「あ、ありがとうございます」

 

ペコリとお辞儀をしてそう返したのは、ネギ先生一行らとはぐれているはずの綾瀬夕映であった。

 

「ご苦労様。貴女にしては上出来だったわよ?」

 

「クキキッ、面白い見世物を見れて笑いが止まらんよ。感謝するぞ綾瀬夕映」

 

「……っ!」

 

「気分はどう? 裏切り者(・・・・)の綾瀬夕映さん?」

 

「……最悪ですよ、貴女のせいで……っ!」

 

意地の悪い笑みを浮かべながらそう聞いてくる霊子に対し、夕映は吐き捨てるように言った。その反応に満足したのか、霊子は普段よりも機嫌がよさそうに満足気な顔をする。

 

「そうよね? 私の弟子である貴女に指示したのは私、それは揺るがない事実でしょう。でも、それに逆らえずに実行に移したのは貴女よ?」

 

「……やめて」

 

椅子から立ち上がり、ゆっくりと夕映へと近づいていく。夕映は途端に怯えたような表情となり後ずさる。

 

「いえ、逆らわなかったのよね? 私という存在が怖くて、自分がどんな仕打ちを受けるのかが怖くて逆らわなかった」

 

「やめて……!」

 

近づくのをやめない霊子。後ずさっていた夕映の肘に硬い感触がぶつかる。背後にあった本棚に、ぶつかったせいだった。

 

「貴女は友人を売ったのよ、自分可愛さに」

 

「やめてぇっ!!」

 

霊子の言葉を遮るように、彼女は大声で拒絶の意思を示す。だが、霊子はそんな彼女のことなど気にも止めることなく悠然と彼女に近寄ると。

 

「この、裏切り者」

 

彼女の耳元で、そんな言葉を囁いた後に離れていく。夕映は、しばし呆然としたまま立ち尽くしていたが、ゆっくりと膝から崩れ落ち。次いで一筋の線が走り、雫となって落ちた。

 

「は、はは……あはははははははははははははははははははは……!」

 

そして彼女は、壊れたおもちゃのように力なく笑い出した。

 

「いい表情よ。もう少し、後押ししてやればうまくいきそうね……」

 

滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら狂ったように笑う夕映を眺めながら、霊子はクスリと微笑んだ。


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