二人の鬼   作:子藤貝

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第二十一話 図書館島にて②

「さーてさて、夕映を苛めるのもそこら辺にして次の段階に進もうじゃないか」

 

「そうね、そろそろ彼女も合流するはずよ」

 

自己嫌悪から顔を涙と涎で汚しながら茫然自失の状態となった夕映を放置したまま、二人は作戦を次の段階へとすすめる相談を始める。

 

「茶々丸、あいつらの方につけた小型カメラはしっかり追跡を続けてるか?」

 

「はい、マスター。鮮明な画像で彼らを捉えております」

 

「よろしい。大変よろしいぞ茶々丸、さすが私の自慢の従者だ」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべながら茶々丸へ賞賛の言葉を投げかける少女。茶々丸は無表情のまま恐れいりますと返す。しかし、霊子は少々怪訝な顔をしている。

 

「彼女を信用していないわけじゃないけど、不自然に思われる可能性もあるわよ?」

 

「クキキキ、細工は流流仕上げをご覧じろ、さ。私の茶々丸が下らないヘマをしないと、この私が約束しよう」

 

「そう。期待してるわよ」

 

「さあさあ、茶番もそろそろ幕引きの時間だ」

 

 

 

 

 

「せっちゃん……」

 

「木乃香殿、今は彼女の勇気を無駄にせぬためにも逃げるのが最善でござるよ」

 

「……うん」

 

「それにしても……」

 

「ここはどこアルカ?」

 

刹那の足止めによって何とか逃げおおせた彼女らであったが、夢中で逃げまわっている内にどこを走っていたのかがわからなくなってしまっていた。気づけば、だだっ広いくらい空間へと足を踏み入れていた。

 

「あれって……」

 

「んー? ネギ坊主、どうしたアルか?」

 

奥の方を見つめるネギに対して、古菲がそう聞いた。先程の逃走の時から、ネギの顔色が悪い。

 

「いえ、あの祭壇のような場所にある本……」

 

「何やら、宝物を飾っているかのような雰囲気でござるな」

 

みやれば、仰々しい雰囲気を醸し出す祭壇のようなものが部屋の奥には存在していた。そこには、一冊の本が安置されている。

 

「……! あれって……まさか……!?」

 

「ネギ君、あれ知ってるん?」

 

「あの本は……もしかしたらメルキセデクの書かもしれません……。僕も実物を見たことはないですけど、伝承に描かれているものにそっくりです……」

 

「んー? それって凄い本なの?」

 

「凄いなんてものじゃないです! それこそ、読むだけで頭が良くなるのも可能かもしれない魔導書です!」

 

興奮気味に言うネギ。彼の雰囲気からして、あの本が余程凄いものなのだろうと理解した一同は。

 

「ほ、ほんまに頭がようなる本が?」

 

「凄いアル! 魔法の本発見アルヨ!」

 

「ううむ、本当に存在しているとは……」

 

「こ、これで幼稚園にいかなくてすむね! ……だよね?」

 

半信半疑だった一行は、まさか本当にそんなものが存在していたとは思いもせず思わず歓喜する。だが、木乃香だけは違った。

 

「……でも、あの本を欲しがったせいでせっちゃんも、夕映も……」

 

「木乃香殿……」

 

確かにそうだと、一同は思い起こす。あんなものを求めたがために、皆がロイフェという恐ろしい存在に遭遇し、刹那が危険を顧みずに留まり、夕映も行方知れずだ。彼女らの犠牲で手に入れるにしては、あまりにも安っぽい理由とものであり。釣り合いなど取れるはずもなかった。

 

「……やっぱり、戻りましょう」

 

ネギがそんなことを言う。

 

「し、しかしそれでは刹那殿の奮闘が……」

 

「勉強は頑張れば何とかなります、何とかならなくても僕が皆さんを何とかできるようにしてみせます!」

 

「でもでも、あんな怖いのなんてどう戦えばいいの~?」

 

実際、まき絵の言う通りだった。あんな恐ろしい存在はネギ少年でさえあの雪の日以来出会ったことがない。先ほどの対面で、彼はその光景がフラッシュバックして震えを止めるのに必死だった。

 

「皆さんはこのまま地上を目指して下さい。僕は……刹那さんを助けに行きます」

 

そう言った少年の表情は、決意に満ちており。

 

「ネギ坊主一人でどうこうできる相手ではないアル!」

 

「それでも! 刹那さんは、刹那さんは大切な僕の生徒です! 僕は一度逃げました、無力だからと刹那さんに押しつけてしまいました! 本当なら、先生である僕が彼女を守るべきだったのに! 僕はそれが恥ずかしい……!」

 

誓ったはずだった。あの日、無力を思い知らされたその日から強くなると。誰にも負けない強さを。大切な皆を守れるだけの強さを。だからこそ、今でもネギは父の背を追い続けている。強くなりたい。ネギの悪夢を吹き飛ばした父のように。失った村の皆を取り戻すために。

 

だというのに、今の醜態は何だ。守るべき生徒に押しつけて、自分はのうのうと安全な場所へ逃れている。恐怖で顔が真っ青になり、胃から何かがこみ上げてきそうだ。これのどこが、強さだというのだ。

 

(お姉ちゃんが言ってた……。父さんも母さんも……一番強くて凄かったのは、心の強さだって……!)

 

震えは未だ止まらない。奥歯を噛み締めて必死にこらえようとするが、体の芯まで凍えたように全身が熱を感じない。今の彼は魔法が使えないただのガキだ。武術も習ったことはないし体が特別強いわけでもない。あの死神の鎌で、あっという間に真っ二つにされるだろう。

 

それでも。彼の決意は揺るがない。冷えきった体をなおも動かそうとする鉄の意志と、灼熱の覚悟は彼の背中を押してくれる。

 

「僕は古菲さんみたいに武術は使えないです。楓さんみたいに身軽でも、まき絵さんみたいにずば抜けた特技があるわけでもありません……。でも、僕は先生なんです。例え役立たずだとしても、僕は皆さんを守らなきゃいけないんです! 義務でも、立場からでもない……僕自身の心がそう決めているんです!」

 

ネギのその気迫は、楓からしてもとても少年が決意でできるような覚悟からくるものではないと感じた。心から、彼は生徒である自分たちを助けようとその小さな体を震わせながら決意したのだ。

 

「楓さん、古菲さん。僕は刹那さんと夕映さんを助けに行きます。だからまき絵さんと木乃香さんをお願いします」

 

「ネギ坊主……」

 

「身勝手なことは分かってます、刹那さんを助けるために皆さんを置いていくんですから。それでも、僕の生徒に大事じゃない人なんて誰一人だっていません! 誰一人欠けることなく、皆さんを学年最下位から脱出させてみせます!」

 

そう言うと、ネギはきた道を戻ろうと振り返ろうとする。しかし、楓は彼の肩へと手を伸ばして彼を止める。

 

「放して下さい、楓さん」

 

「待つでござるよ、ネギ坊主」

 

「こうしている間にも刹那さんが……!」

 

「落ち着くでござる!」

 

大声でネギに対して怒鳴りつける楓。普段からは想像できないほどの迫力に満ちたその声は、固く決意をしたネギ少年でさえひるませるには十分だった。

 

「お主一人で行ったところで、刹那殿の邪魔になるだけでござる」

 

「……っ」

 

痛いところを突かれ、少年は押し黙る。魔法も使えないような10歳児が、あれほどの存在と切り結ぶ刹那の助けにならないと、ネギも心の何処かでは理解していた。しかし、理解はしていても心が納得しないのだ。

 

「拙者は刹那殿にお主や皆を守るよう頼まれたでござる。勝手は拙者が許さぬでござるよ」

 

「でも……!」

 

「ただし、お主ら全員が元きた道を戻ってしまうと拙者もついていかざるをえないでござるが」

 

「え……」

 

予想外の言葉に、ネギは一瞬呆ける。しかし、その意図を感じ取ったネギは顔を驚きのものへと変えた。

 

「私も刹那を放っては置けないアル! それにあんな強そうなやつ、滅多に戦える機会なんてないアルよ! だからさっさと戻るアル!」

 

「わ、私だってやる時はやるんだから!」

 

「せっちゃんのことは信じとる。……けど、このまま何もしないなんてうちが自分を許せへん!」

 

「皆さん……!」

 

誰だってあんな恐ろしいものと戦いたくはない。だが、刹那は自らそれに立ち向かってみせた。そして彼女らよりも幼いネギもまた、勇気を奮い立たせて助けに行こうとしている。なら、自分だってできることがあるはずだと、彼女らは決意を固めたのだ。

 

今、皆の心はひとつだった。

 

「さあ、急ぐでござるよ!」

 

「はい!」

 

そうしてもと来た道を戻ろうとし始めた、その時だった。

 

ガコン

 

「へ?」

 

まき絵が足元に違和感を覚える。見れば、石で出来た床が陥没していた。そして。

 

「なっ!? 扉が!」

 

突如入り口の扉が閉まり、密閉状態になる。閉じ込められてしまったのだ。

 

「わーん! ごめんなさーい?!」

 

「罠があったでござるか……!」

 

「な、なんか変な音がしてるアル!?」

 

次いで、後方から鈍い音が。岩石同士がぶつかり合っているかのようなその音の発信源を探してみれば、そこには。

 

「ま、またおばけ~!?」

 

「ご、ゴーレム……!?」

 

祭壇を守護するかのように鎮座していた石像が、ゆっくりと動き始めていたのだ。手には大ぶりの剣が握られている。

 

「で、でっかいアルな~……」

 

その巨体はゆうに3mを超えており、長身の楓でさえ小人に見えてしまう。

 

「くっ! 万事休すでござるか!?」

 

ゆっくりと近づいてくるゴーレムに対し、必死に対抗策を考えるが思いつかない。そしてゴーレムは大ぶりの剣を振り上げると。

 

彼女らへと勢い良く振り下ろした。

 

 

 

 

 

「なぜ『首狩り』がここに……!?」

 

事態の推移を見守っていた学園長は、現在刹那が交戦している相手を見て目を見開いた。かの『組織』の恐るべき魔女に仕え、幾人もの魔法使いの首を断った上位悪魔。爵位こそ有していないが、その実力は折り紙つきであり、まだ未熟な刹那では荷が重すぎる相手だ。

 

「刀子先生! 刹那君が『首狩り』と交戦中じゃ! 至急援護に向かってくれ!」

 

図書館島地下の上層で彼女らの道程を見守っていた葛葉刀子へと大急ぎで指示する。

 

【なっ!? まさか学園にあの『首狩り』ロイフェが!? どういうことですか!?】

 

「儂にも分からぬ! じゃが刹那君にはとても相手できる存在ではない! しかし刀子先生ならば送り返すことは可能なはずじゃ!」

 

【分かりました、迅速に彼女の助けに向かいます!】

 

指示を終えてなお、彼の胸騒ぎは収まらない。想定していた以上の最悪が起こった以上、何が起こるかわからないのだ。そして、その悪い予感は的中した。

 

「馬鹿なっ……なぜゴーレムが勝手に……!?」

 

学園長は驚愕していた。本来であれば到達した彼女らを相手にするために用意したゴーレムは、彼自らが操って彼女らを害さぬ程度に攻撃を仕掛ける手はずだった。今の彼女ら一人一人では到底破壊できない頑強さを誇るこのゴーレムを相手にすることで、仲間との連携の大切さを理解させ、結束を深めるという目的が成就したはずだった。

 

だが、現実は彼の制御を離れたゴーレムが、今にもその巨大な大剣を振り下ろして殺戮を成そうとしているところだった。

 

「待て! 待つんじゃ! 彼女らを害するな! なぜ儂の言うことを聞かぬ!?」

 

必死に念波を送ってみるが、いっこうに受信をする気配がない。どうやら、なんらかの要因で念波を遮断されているようだ。

 

「神多羅木先生! 彼女らを至急救援に向かってくだされ! 儂が用意したゴーレムが何故か暴走をしておる! このままでは彼女らの命が危ない!」

 

同じく上層で巡回任務にあたっていた神多羅木先生へと指示を飛ばす。少女らが危険に晒されている裏で、大人たちもまた危機感を覚えていた。

 

 

 

 

 

「熱き友情かぁ。クキキ、いいねぇ青春だねぇ。どこかの誰かとは大違いだねぇ」

 

少女の言葉に、呆けていた夕映がビクリと体を震わせた後。小刻みに体を揺らし始める。ガタガタと震えるさまは、怯えているように見えた。

 

「あら。あまりイジメちゃ駄目よ。彼女は私の弟子なんだから」

 

「なんだ、嫉妬か? お前らしくもないな」

 

「私の数少ない娯楽をとるな、ということよ」

 

そう言いつつも、夕映には一瞥もくれてやることはない。薄情なやつだねぇと言葉を漏らすと、霊子は珍しくギロリと彼女を睨む。少女は霊子を怒らせるとろくな事にならないことを分かっているため軽く謝罪する。

 

「それはさておいて……。あのゴーレム、中々高度なものだけどどうやって(・・・・・)暴走させたの(・・・・・・)?」

 

「なぁに、予め安置されてたから気配を断って近づいてちょちょいと手を加えただけさ」

 

「相変わらずそういったことは得意ね。私でもできなくはないけど、あれほど細工をした形跡をなくして内部を書き換えるなんて時間がかかるわ」

 

「内部構造はそんな複雑でもなかったからね。クキキッ、ざっと2分で完了したよ」

 

楽しげに語る少女だが、あのゴーレムは学園長自らが用意したかなり高性能なシロモノだ。外部からの工作をされないために対策魔法を施してあったはずであり、それを楽々突破して違和感なく改造を施すなど困難極まりない。

 

そんな中、茶々丸は内部の通信装置を通して誰かと連絡をとっているようだった。

 

「マスター、準備が完了したとのことです」

 

「そうか。それじゃ詰めの一手といくか、クキキキキ!」

 

楽しそうにケタケタと笑いながら、彼女は暴走状態のゴーレムの制御を始めた。

 

 

 

 

 

剣が振り下ろされる寸前、ネギは反射的に生徒たちの前に立ち両手を広げて彼女らをかばおうとした。彼一人があの巨大な剣の前に立ちはだかったところで、容易くひき肉にされてしまうだろう。だが、せめて自分がクッションになれば彼女らの危険を減らせるかもしれない。ネギはそう思っていた。

 

風圧が彼に襲いかかり目を閉じてしまう。そしてもうじき襲いかかるだろう痛みを覚悟して待つ。だが、いくら待ってもその瞬間はやって来ない。恐る恐る目を開いてみると。

 

「え……?」

 

剣が、何者かによって阻まれていた。その人物は赤みがかった髪をツインテールにしており、麻帆良学園中等部指定の制服を着用している。そして、なんとあの巨大な剣を片足で(・・・)止めていた。

 

「全く、心配になって追っかけてきてみればどういうことよこれ……」

 

「あ、アスナさん!?」

 

そう、ネギ少年が居候している部屋の主の一人であり、木乃香の親友がそこにはいた。大剣を片足を上げて足裏で受け止めたまま静止しているが、全く姿勢がブレず、疲労も感じている気配はない。至って平静であった。

 

「す、すっごい……!」

 

まき絵が思わずそんな言葉を漏らす。木乃香も首を縦に振って同意していた。楓は普段細めているその目を大きく見開き、古菲は開いた口が塞がらないといった感じだ。

 

前者二人は純粋にその状況に、後者は自分たちでさえ太刀打ち出来ないであろう石像の攻撃を容易く防いでいる事実をよく理解した上で驚愕していた。

 

「で、コイツは一体何なの?」

 

「え、ええと……」

 

「襲いかかってきたってことは、敵に違いないアル!」

 

「きっとさっきのお化けの仲間だよ!」

 

確証がないためネギは言い淀んだが、まき絵と古菲がそう言った事でとりあえず眼前の存在が敵であると認識したアスナは。

 

「そ。じゃあぶっ壊しても問題ないわよ……」

 

剣を蹴っ飛ばして弾く。重量のある巨大な剣が突如蹴り上げられたせいで、拮抗状態で踏ん張っていたゴーレムは突然のことに対応できなかったのか、大きく体勢を崩す。

 

「ねっ!」

 

その隙を逃さず、彼女はそのままゴーレムに対して足払いを敢行する。本来の重量差で考えれば、その行動はそびえ立つ重い大岩相手に行っているのと同じことだ。普通は足が止められてしまうか、最悪折れる危険性もある。

 

だが。

 

 

「な……!?」

 

現実は、足を大きく払われたゴーレムが一瞬宙に浮き、そのまま後方へと倒れた。土煙を巻き上げながら轟音を響かせるゴーレム。恐るべきは、床の石畳がひび割れるほどの重量を持ちながら倒れても傷ひとつないゴーレムか、それとも……。

 

「あ、アスナってなんか武術やってたアルか……?」

 

「んー? 昔、ちょっとね」

 

驚愕の表情のままアスナにそんな問いを投げかける古菲と、それに曖昧ながらも答えるアスナ。見れば、彼女は息一つ切らしていない。起き上がったゴーレムはなおも彼女らへと襲いかかろうと勢い良く突進してきたが。

 

「邪魔よ」

 

高く跳躍したアスナは、突っ込んできたゴーレムの頭部へと回転の勢いを加えながら勢いよく蹴りこんだ。またも、質量差を無視するかのように側頭部を蹴られた勢いで横倒しになる。見れば、蹴りこまれた部分には罅が入っていた。

 

「す、すごい……」

 

(クー)、お主に今の芸当は可能でござるか?」

 

「いや、多分無理アルな。あのでっかいのは相当硬そうアル、いくら私でも罅を入れるなんて不可能に近いアルよ……」

 

「と、なれば……恐るべきはアスナ殿の力量でござるか……」

 

冷や汗を流しながら目の前の光景を見届ける二人。麻帆良学園でも指折りの実力者である二人がこんな身近にこれほどの実力を有する者がいるとは思わなかった。いや、気づけなかったのだ。それだけ、彼女の隠蔽能力の高さが伺える。

 

「何故実力を隠していたのでござろうか……。木乃香殿、何か知らぬでござるか?」

 

「うちも知らんかったわ、アスナがあんな強いなんて……」

 

「木乃香殿も知らなかったのでござるか。ますます謎でござるな……」

 

彼女への疑念を深める一同の眼前では、ゴーレムの頭部を蹴りで完全に粉砕しているアスナが。

 

「うしっ、いっちょ上がりね」

 

腰に手を当てながらさわやかな笑みを浮かべる彼女。そのまま木乃香らへと近づいていく。

 

「あんたたち、行動力があるのはいいけどもうちょっと危機感ってもんを覚えなさいよ」

 

そう注意をしてくるアスナに、しかし彼女に対する疑問が勝った彼女らは。

 

「いや、それよりもどうやってここまでこれたでござるか?」

 

「アスナって実は強かったアルか! 帰ったらぜひ私と手合わせして欲しいアルよ!」

 

「アスナ、なんでうちに秘密にしてたん? うちとアスナの関係って……」

 

「アスナ~! 怖かったよ~!」

 

「あ、あのアスナさん……助けていただいてありがとうございます!」

 

皆が皆思い思いのことを喋るせいで非常にやかましい。一応、ネギは彼女に対して感謝の意を口にしているが、他の彼女らがやかましいせいで殆ど聞こえなかった。

 

「あーもうっ! うるさいわよっ!」

 

そう言うと、片足をその場で思い切り踏みしめた。その衝撃で、踏みしめた部分だけ地面が陥没する。あまりの光景に一同は言葉をやめて目を点にする。

 

「まず、勝手にこんなとこに行ったことについて何かいうことは?」

 

「「「すいませんでしたー!」」」

 

アスナのあまりにも優しい(?)笑顔に一同は全力で謝罪するほかなかった。

 

 

 

 

 

「ネギがこっそり夜中に抜け出してるから何事かと思って追いかけてったらあんたたちが図書館島に入ってくんだもの、そりゃ心配にもなって追いかけるわよ」

 

「う、ごめんなさい……」

 

「まあ、あんたは皆を説得しようとして丸め込まれちゃったみたいだし、一応先生として心配だから一緒に行ったんでしょ? それぐらいは察せられるわ。でも、先生だったら力づくでも止めるか他の先生呼ぶなりできたでしょ?」

 

アスナにそんな正論を言われて何も言えなくなる。

 

「んー? でもそれってアスナも先生を呼んで待機してればよかったんじゃー?」

 

「うっ……私もちょっと短絡的だとは思ったわよ……。このかも一緒だったから心配だったし」

 

「アスナ……おおきにな……」

 

「私とあんたの仲でしょ、気にしなくていいわよ」

 

「けど、なんでうちに隠し事してたん?」

 

先ほどの暴れっぷりを見た木乃香はそれが気になって仕方がなかったらしい。古菲や楓もかなり気になっている様子だ。

 

「私が海外から来たことは知ってるでしょ? 私の保護者をしてくれてる人の都合で世界中を旅してたんだけど、その時に色々と習ったりしたの。で、私が学校に通えるように麻帆良学園へ編入させてくれたんだけど、学生らしく大人しく過ごせって言われてね……」

 

「あー、せやなぁ……。アスナが強いって分かったら古菲とかがうるさそうやし」

 

「って私のせいアルか!?」

 

「さっき手合わせしようとか言ってたのは誰だったかしら?」

 

そう言われ、大人しく口をつむぐ古菲。色々と図星だった。

 

「でも、どうやってここまでこれたの?」

 

「……あんた達追っかけてたら落とし穴の罠にハマって彷徨ってたのよ……。さっきもここの隠し扉見つけて入ったらあんた達見つけただけ」

 

「な、なるほど。つまりここに辿り着いたのは偶然だったでござるか……」

 

なんとも、手放しで喜べない理由であった。

 

「あ! そうやせっちゃんが!」

 

「え? 刹那さんがどうかしたの?」

 

「先程、得体の知れない何かと遭遇して襲い掛かられたでござるが、刹那殿が殿を務めて足止めを買って出たのでござる!」

 

「夕映さんも行方不明なんです!」

 

皆の必死な様子から、大体の事を察したアスナ。

 

「ちょっ、そういうことは早く言いなさい! 入り口は閉まってるみたいだから、私が入ってきた隠し扉から出るわよ!」

 

「かたじけない!」

 

こうして、彼女らはきた道を戻ってゆくことになった。

 

 

 

 

 

一方、件の刹那の方は……。

 

「はあっ!」

 

「ぬぅっ! 小娘にしては粘りおるわ……!」

 

刃が歪で耳障りな絶叫を響かせると、それに呼応するかのように真っ赤な火の花が咲き乱れ、散る。そして数瞬の鍔迫り合いの後、両者は再び刃を弾いて距離をとる。

 

「神鳴流……『斬空閃』!」

 

「『影狩り(アンブラル・ハンティング)』!」

 

螺旋状に形づくった気の斬撃と、影を屠る漆黒の三日月が激突し、弾ける。衝撃で相手の姿が一瞬だけ隠れるが、両者はその一瞬を利用して相手に肉薄せんと突貫する。

 

「神鳴流『斬魔剣』!」

 

「『三日月影(クレセントムーン・アンブラル)』!」

 

魔を断つ神鳴流の刃と、鋭い影を纏う魔の刃。双方の一撃は、またも拮抗状態で止まった。いや、ほんの一瞬だけ刹那の刃が蹌踉(よろ)めいた。

 

「どうした? 疲れが見えてきているぞ!」

 

そのまま、今度は刹那だけが吹き飛ばされた。なんとか空中で姿勢を制御して地面に降りるも、息が荒くなっている。

 

「まだだ、まだやれる……!」

 

「それを蛮勇と呼ぶのだよ、未熟者めが!」

 

鎌を振り上げ、刹那の命を刈り取るために突撃しようとした時だった。

 

「……む、暫し待て」

 

突然そんなことを言うと、刹那に聞き分けられない程度の声で独りしゃべり始める。どうやら、何者かと念話をしているようだ。しばらくして、ようやく会話が終わったのか一息つくと。

 

「……我が主から引けとのご命令だ。この勝負預けるぞ」

 

「待てっ! 貴様の主人とは一体……!」

 

「それは口が裂けても言えんな。ただ、迂闊に関わろうとすれば火傷では済まないと忠告しておこう。もっとも、君にも(・・・)関わりの(・・・・)あること(・・・・)だが、な」

 

「なにっ、それは一体どういう……!」

 

それ以上は刹那の問に答えることなく、ロイフェは霞のように消え去った。

 

「まさか……。いや、そんなはずはない……」

 

思い浮かんだ一つの可能性を、しかし刹那は即座に否定する。彼女が想定したことはありえないことであり、事実ではないと思ったからだ。刃を鞘へと収めると、彼女らの後を追いかけようと反転して背を向けていた方へと足を向ける。

 

すると。

 

「せ……ゃ……ん!」

 

向こう側から、聞き慣れた人物の声が小さく木霊してくる。それはだんだんと大きくなり、ついにはその声の主が姿を現す。

 

「せっちゃん!」

 

刹那にとっての大切な友人であり護衛対象でもある人物、近衛木乃香であった。

 

「お嬢様! ご無事でしたか!」

 

「うん! 途中で色々あったけど、アスナが助けてくれたんよ!」

 

「え、アスナさんが、ですか?」

 

みやれば、遅れてやってきたネギ一行の中には、先ほどまでいなかったはずのアスナの姿が。

 

「というかせっちゃん!」

 

「え、な、なんでしょう?」

 

突然不機嫌そうな顔をする木乃香に困惑する刹那。なぜいきなりそんなふうになったのかと困惑する刹那を見て、ますます不機嫌になる木乃香。

 

「無事に帰ってきたら、このちゃんって呼ぶ約束! 忘れてたん?」

 

「あ……!」

 

木乃香に言われてようやく思い出す。なにしろ、先ほどまで極限の戦いを強いられていたため先ほど交わした約束が頭から綺麗に抜け落ちていたのだ。

 

「ご、ごめんな……こ、このちゃん……」

 

「あーん、せっちゃんかわええ!」

 

恥じらいながら頬を染めて昔の呼び方で応える彼女を見て、木乃香は思わず抱きつく。傍から見て、なんとも微笑ましくも甘ったるい光景であった。

 

 

 

 

 

明け方、夕映を捜索していた一行はとりあえず一旦地上に出ようというネギの提案で図書館島の地表付近まで上がってきたのだが、そこで巡回任務についていた葛葉刀子教諭に発見された夕映と対面し、お互いの無事を喜ぶとともにこってりと怒られた。

 

「いやはや、ご迷惑をお掛けしたです」

 

「まったくです、これからはこういう危険なことはなるべくしないようになさい!」

 

さんざん説教を受けた挙句、テスト期間が終わったら全員で反省文を書かされることになった。勿論、ネギやアスナも同様である。

 

(それにしても、刹那さんの救援に向かおうとしたら結界に阻まれるなんて……。一体誰があんな妨害を……。神多羅木先生も同様だったらしいし、ロイフェが出てきたことも考えて……まさか『組織』が……?)

 

彼女の疑問は尽きることはなかったが、術を張った者の痕跡は一切残っておらず、迷宮入りとなったのであった。

 

余談だが、ネギ少年によるバカレンジャーのための特別授業により、彼女達は数日でメキメキと理解力を上げた。彼女らが必死に取り組もうとする姿勢と、分からないところを相談しあう連携の高さを発揮したのも大きかった。結果、2-Aは見事学年最下位から学年トップへと躍り出て、周囲を驚かせた。

 

もう一つ余談だが、2-Aのとある少女は期末テストのトトカルチョにてほぼ一人勝ち状態となり大量の食券を手に入れた。彼女いわく。

 

「皆が頑張ってるとこみて、思わず皆に賭けてみたくなっちゃってさー」

 

らしい。こんなところでも、クラスメイトの信頼は発揮されていたのであった。

 

 

 

 

 

「クキキキキキ! これで連帯意識が上がった彼女らに、我々の仲間が紛れ込めたってわけだ」

 

「ロイフェ、ご苦労だったわね」

 

「なんの、お安いご用です。それに久々にあれほどの実力を持つ若手と戦えたのは吾輩としても心躍るものでしたぞ」

 

「貴方が襲いかかってきた後でゴーレムなんてものが暴走して襲ってくれば、彼女らをどうやって発見したのか不明なアスナよりそっちを同じ敵と認識するわよね」

 

全てが、仕組まれていた。ロイフェの役割は彼女らの恐怖心を煽ることで未知に対する警戒心を芽生えさせ、暴走するゴーレムを敵として認識させること。そしてさっそうと助けに現れたアスナは、同じクラスメイトであり疑いを持たれる可能性が非常に低い。

 

万一疑われても、彼女らが心配で追いかけてきたと言えば納得の行く理由となり、図書館島の構造の複雑さで迷っていることにたまたま遭遇することができたという言い訳も現実味を帯びる。

 

そして、当初の学園長の目的であった連帯意識を育てるという点では一致しているが、そこには彼女らと同じ『組織』の人間であるアスナが滑りこむこととなる。

 

「これで彼女らを、アスナを通してコントロールできるってわけだねぇ、クキキッ!」

 

「我々の存在はまだ秘密にしておかなければならないわ。今後の計画で万が一にでもボロを出して悟られてしまわないよう彼女には意識の誘導を担ってもらう」

 

「彼女らは結構鋭い子が多いからねぇ、これで後は教師連中を警戒しながら計画を進めるだけでいいってわけだ」

 

「まあ、さすがに過信はできないけど。いざとなれば馬鹿弟子と茶々丸……それと」

 

「私がいるわけだ。信頼関係が厚いクラスだからこそ、一人が怪しくてももう一人がかばえば疑いは薄くなり……三人以上がグルならむしろ自分を疑ってしまう、クキキキッ」

 

少女らの信頼関係でさえ、悪党にとっては利用価値がある。しかし、そこに血が通った考えなど一切ない。

 

楔は、知らぬ間に打ち込まれていた。

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