二人の鬼   作:子藤貝

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動き始める悪。少年は苦難の道を歩みはじめた。


第二十二話 動き出す物語

私は私が嫌いだった。

 

周囲の人間は私と違って騒ぐのが好きだ。

 

私は騒がしいの苦手で、いつも距離をおいていた。

 

でも、きっと心の何処かで混ざりたいと思ってたんだと思う。

 

それでも、私はみんなに混ざることができなかった。

 

恥ずかしいとか、意地になってるところとかもあったんだろうけど。

 

私はみんなと触れ合う方法を知らなかった。

 

私は私が嫌いになった。

 

私が周りのみんなと違う"ナニカ"なんじゃないかと思うほどに。

 

そんな私の前に、『彼女』が現れるのは。

 

きっと偶然なんかじゃなかったのだろう。

 

 

 

 

 

『……泣いてるの?』

 

『……だれ?』

 

公園で一人ブランコを漕いで、俯いている私にそう話しかけてきた。声からして女の人、だったと思う。不思議な人だった。顔は仮面をかぶっていて分からなかったが、紫の着物と真っ黒な髪が印象的な人だった。

 

『ないてないよ?』

 

『……嘘。貴女は、心で泣いてる』

 

否定した私に、指を指しながらそう指摘してくる。実際、泣きそうだったのだ。誰とも仲良くできず、そんな私自身が嫌で嫌で泣きそうだった。

 

『……怖いの?』

 

そう尋ねられて、私は戸惑った。何を? 誰が?

 

『……独りは、怖いよ……?』

 

私がひとりぼっちだということを、彼女が正確に言い当てたことに、私は驚いた。

 

『……貴女が、独りが嫌なら……』

 

そう言って彼女は私へ手を差し伸べると、こう言った。

 

『……私達と、来る……?』

 

その言葉に、私は……。

 

 

 

 

 

期末テストも終わり、短い春休みが到来した。ネギは無事に課題を完遂し、翌年度に3-Aとなる2-Aを引き続き担当することとなった。そこで、この春休みを利用して少しでも生徒たちと交流を深めるべく行動したのだ。

 

長瀬楓と鳴滝姉妹の散歩部メンバーらに連れられて、学園中を回った。主に自らが受け持つ生徒たちが所属する部活動に顔を出したりしたのだが、その行く先々でトラブルに巻き込まれたのは最早2-Aではお馴染みのことなのか。

 

結局、学園を回りきる頃には心身ともに疲れ果てていた。が、それでも充実した一日だと感じられ、これからの学園生活に思いを馳せたのだった。

 

また、雪広あやかの実家に招待され、色々と可愛がられたりもした。一緒に招待されたアスナのことはネギのついでだ、などと言っていたが、楽しそうに喧嘩をしている二人を見て、喧嘩するほど仲がいいとはこのことかとネギは思ったのであった。

 

そして、春休みも終わり……。

 

「3ねん!」

 

「A組!」

 

「「「ねぎせんせー!」」」

 

彼女らは3年生へと進級した。しかし、相変わらずの騒がしさは健在である。彼女らが大人しくなることは、恐らく天地がひっくり返るほどのことでもなければないのだろう。

 

「はい、出席取りますよー」

 

一人一人の出欠確認をとっていく。すると、まき絵の姿がないことに気づいた。

 

「あれ、まき絵さんはどうしたんでしょうか?」

 

「まき絵は昨日用事で寮に戻ってこんゆうてたけど……、届けとかなかったんですか?」

 

そう言ったのはまき絵と同室の和泉亜子だ。関西弁が特徴的な子だが、気が弱くお人好しな性格で損をすることが多い子でもあり、3月に卒業生の先輩に告白したが振られたという苦い体験がある。春休みのうちに乗り越えたようだが、一時はかなり凹んでいたらしい。

 

「うーん、まき絵さんのことは連絡が来てないなぁ……。後で届けがないか調べておきますね」

 

欠席届も来ていないということに不安を覚えつつも、あとでもう一度確認をしておくことにし、そのまま出欠確認を続ける。

 

(……なんか、視線を感じる……?)

 

ふと、誰かから見られている感じがしてそちらを見てみると、独りの女生徒がじっとネギのことを見ていた。

 

(あの人は……確か長谷川千雨さん……?)

 

生徒名簿を見て確認をする。彼女は眼鏡を掛けて地味な印象を感じる、ごく普通の一般人にしか見えない。だが、まるで刺すように鋭い視線には若干の敵意のようなものが感じられる。

 

(な、なんか怖いなぁ……)

 

結局、千雨自身がネギと目があった途端に視線を逸らした。一体何だったのかとネギは思ったものの、まだ担任となって日が浅いため生徒の機微など分かるはずもない。結局、疑問には思いつつも頭の片隅へと追いやったのであった。

 

 

 

 

 

出席確認をした後、軽く連絡事項を伝えてから教室を後にしようとした時。しずな先生が慌てて教室へとやってきて、身体測定の旨を伝えた。今日は、進級して一回目の授業日であり、身体測定などが主となっているのだが、ネギはそれを知らなかった。

 

どうも、プリントの印刷ミスでその部分が消えていたらしく、学園に来てまだ日が浅いネギ以外の先生は毎年の恒例行事として忘れていなかったため問題なかったのだが、そのせいでネギにその旨を伝えるのが遅れたらしい。

 

「と、いうわけで皆さん。1限目は身体測定となったため授業はないようです! 時間も押してますし、急いで服を脱いでくださいね!」

 

「あのー、ネギ君。それってネギ君が見てる前でってこと?」

 

「え!?」

 

身体測定のために服を脱いで準備をするよう促したつもりが、一部の生徒は曲解してネギが今すぐ脱げと言っていると勘違いしたらしい。あたふたするネギとそれをニマニマと眺める彼女達。最終的に、あやかによって場を仕切られ、ネギは慌てて教室を出て行った。

 

「そういえば、最近面白い噂を耳にしたんだけどねぇ~」

 

毎度お騒がせのパパラッチ、朝倉和美がそんなことを言うと、そこは噂好きな彼女ら。和美の話に即座に食いついて、どんな話なのかと急かす。

 

「いや、面白いと言っても大したことじゃあないよ? 最近桜通りで夜な夜な怪しい人物が刀を振り上げて襲い掛かってくるって話」

 

「なにそれ!? 面白いじゃなくて物騒な話じゃん!?」

 

「いやいやそれがね、そいつに襲われた相手は傷ひとつつてないの。で、気づいたら足跡一つ残さずに消えるらしいのよ」

 

これは何かの事件の匂いがするわね、などと言いつつうんうん頷く和美をよそに、彼女らは噂話に花を咲かせる。

 

「なんか嘘くさいわね……」

 

「でも、実際襲われた人がいるらしいよ? 3-Bでも襲われたって話を友達から聞いたし」

 

「え、本当だったの? てっきり都市伝説とかの他愛ない噂話かと思ったけど」

 

「ね、ね。これってもしかして幽霊なんじゃ!?」

 

ついにはオカルトじみた話にまで飛躍し、最終的に、『麻帆良学園が建つ遥か昔、ここは合戦場であり、そこで果てた武将の幽霊が今もさまよっている』などという尾ひれのつきまくった内容となった。

 

「むむ、そんな非科学的なものは存在するはずがないですよ!」

 

しかし、それに待ったをかけたのがマッドサイエンティストこと葉加瀬聡美であった。科学に取り憑かれた科学者を自負する彼女としては、非科学的な存在である幽霊などという存在は到底許し難かった。

 

「えー? でも幽霊って存在しないっていう証明もできないじゃん!」

 

と反論するのは明石裕奈。バスケ部に所属する明るく快活な少女である。自他ともに認めるファザコンであるが、父である明石教授は早く娘が父離れをしてくれないかと悩みの種となっていることを彼女は知らない。もっとも、父親である彼がだらしないせいでそれに拍車がかかっていることを彼自身は気づいていないが。

 

「なんと、ここで悪魔の証明を出してきますか! いいでしょう、だったら私自らその桜通りへと赴いて検証を……!」

 

非科学的な存在を前に、挑戦に燃える聡美であったが。

 

「おいおい、やめておけ。最近は巡回の先生が増えているからろくな事にならんぞ」

 

待ったをかける人物がいた。クラスでも落ち着いた雰囲気で彼女らのストッパーを務める大川美姫だ。

 

「最悪、あの新田先生に捕まって説教コースが確定するが?」

 

彼女がそう言うと、聡美が石のように固まる。いや、彼女だけではない。クラスメイトのほとんどがそうなった。新田先生といえば、彼女らの学年主任でありとにかく厳しい人物として有名だ。しょっちゅう羽目をはずす3-Aメンバーにとっては天敵といえる人物でもあり、通称は『鬼の新田』。

 

「や、やっぱりこの話はまた今度にしましょう……」

 

「そ、そうだね……」

 

誰も、好き好んで地雷原に突っ込むものはいないのだ。結局、この話は有耶無耶にして別の話題へと移行していった。

 

 

 

 

 

「そういえば、まき絵が珍しくいなかったけど、なんかあったのかな?」

 

「うーん。まき絵が休むなんて明日は雨かもとか思ってたけど」

 

「風邪でも引いたのかな?」

 

普段から元気だけがとりえとも言えるまき絵が、珍しく朝から姿を見せていないことに疑問符を浮かべる彼女達。

 

そんな話をしていた時だった。

 

「はぁ、はぁ……た、大変や! ま、まき絵が倒れた!」

 

保健委員として保健室に行っていた和泉亜子が大慌てで教室へと戻り、衝撃的なことを口にした。

 

「……どういうこと……?」

 

「まき絵になんかあったの!?」

 

まき絵と特に仲がいい裕奈と大河内アキラは驚きのあまり亜子へと近づいてそう聞く。二人の迫力に押され、亜子は思わず縮こまった。

 

「はぁ、はぁ……え、えと……」

 

「落ち着きなさい二人共! 亜子さん、まずは少し落ち着いて息を整えましょう? 走ってきて息が切れていますわ」

 

「せ、せや、な……。ふぅ、大分落ち着いたわ」

 

ゆっくりと息を整え、平静に戻る亜子。そして彼女はゆっくりとまき絵の容態について話し始めた。彼女に目立った外傷はなく、穏やかに眠っているということ。今は眠っているだけでもうじき目を覚ますであろうこと。

 

そして、彼女が桜通りで倒れているところを朝方に発見されたこと。

 

「さ、桜通り……!?」

 

「うん? 和美なんか知っとるん?」

 

「さっきその桜通りの噂話を話していたんだよ、桜通りにお化けが出るって話」

 

と、柿崎美砂が補足を入れる。普段はオカルトやアダルトな話題を好んで話す彼女も、クラスメイトが倒れたとあってやや険しい顔をしている。

 

「お化け、でござるか……」

 

「お化けアルか……」

 

クラスメイトがまき絵のことで話を広げている中、バカレンジャー達他は教室の隅に集まって難しい顔をしていた。

 

「この前の死神でござろうか……」

 

「いや、あれほど強力な魔であれば私が気づかないはずがない。それに奴は主人とやらに忠実な存在のはずだ。我々を殺すメリットはあれど見逃すメリットは無いはず……」

 

「まき絵大丈夫やろか……」

 

図書館島の地下で得体の知れない存在と邂逅した彼女らからすれば、噂話程度でしか無いこととて最早看過できるものではない。いくら怪我一つしていないとはいえ、未知なる相手がどんなことをするかなど分かりはしないのだから。

 

歯車は、再びゆっくりと回り始める。

 

 

 

 

 

日も沈んだ頃。遅くまで図書室で本を読みふけってしまったのどかは、急いで寮に戻ろうと早足で道を進んでいた。すると、今朝話題になっていた場所が目につく。

 

(桜通りだ……)

 

まき絵が気絶していた場所である。幸い、彼女は1時限目半ばの頃に目を覚まし、軽く保険医に診察を受けた後、無事に授業へと復帰した。しかし、なぜあんなところで倒れていたのかは覚えていないというのだ。

 

(……どうしよう、ここを通ればすぐ寮だけど……)

 

この桜通りはその名の通り桜並木が美しい隠れた名所として有名であり、学校施設へ行くためのショートカットとしても重宝している。ここ以外の道をたどる場合、かなりの時間をロスすることになってしまう。日がとうに沈んでしまっている今、早く帰らねば寮の門限に間に合わなくなるだろう。そうなれば、お説教と反省文は免れない。

 

(うう、怖いけど……行くしかない、よね……)

 

元来大人しい性格の彼女にとって、お化けや幽霊などのホラー話は大の苦手だ。小説や物語であれば楽しめるが、そういった噂話のたぐいは時折妙なリアリティーがあってどうにも受けつけないのである。

 

が、ここでいつまでも二の足を踏んでいては戻れるものも戻れなくなる。そう勇気を奮い立たせて彼女は桜通りへと足を踏み入れた。

 

だが、彼女は後悔することとなる。お説教を受けてでも、安全な道を通るべきだったと。

 

 

 

 

 

「暗いなぁ……」

 

街灯の明かりは辛うじてあるものの、それさえ塗りつぶすかのような暗闇にはか細い蜘蛛の糸のようである。チカチカとチラつく白色電灯の明かりが不気味さに拍車をかけており、別の世界へと迷いこんだかのような錯覚を覚えさせた。

 

頬を撫ぜる生暖かな風は、桜を舞い散らせて美しい桜吹雪を演出する。しかし、月明かりに照らされた夜桜は美しくも妖しく、気味の悪い調和を成している。

 

「うぅ……怖いよぉ……」

 

普段はなんとも思わないようなこの道に、まき絵が倒れたという事実を聞かされた今日に限っては小さな恐怖を感じていた。急いでここを通り抜けようと、早足で道を進んでいく。

 

すると。

 

「誰かいる……」

 

なるべく周囲を見ないように、地面を見ながら歩いていたため気付かなかったが、もう少しで桜通りを抜けるだろうと思い顔を上げると、誰かが行く先にいた。

 

「あ、あれ……!?」

 

一瞬、その誰かの姿がブレた気がした。目の錯覚かと思い思わず両目を擦る。すると、先程と同様にその誰かが佇んでいた。

 

「や、やっぱり目の錯覚だよね……」

 

その時。先ほどまでの微風とは違い、一瞬強い風が彼女の前を横切った。

 

「きゃっ……!?」

 

桜の花びらが一斉に散り、彼女の視界を塞ぐ。それは一瞬の出来事であり、彼女の前を塞いだ花びらはすぐに遠くへと飛び去っていったのだが。

 

「え?」

 

遠くにいたはずの誰かが、何故(・・)目の前に(・・・・)いるのか(・・・・)

 

「ひっ……!」

 

真っ黒なローブを纏ったその人物は、頭をフードですっぽりと覆い隠し、顔は全く見えない。背丈はそこまで大きくはなく、女子としては平均的な身長ののどかとさして変わらない。だが、感じる雰囲気はただの一般生徒である彼女からして異常に感じられた。

 

「あ、あなたは誰……!?」

 

『……お前が知る必要はない』

 

彼女の問いかけに答えることなく、相手はそう言って彼女に手を伸ばす。明らかに人間らしくないその声は、恐らく機械音声によるものだろう。

 

「あ、あ……!」

 

逃げようと必死に体を動かそうとするが、何故かいうことを聞いてくれない。そして相手の指先が彼女の額へと添えられると。

 

『眠れ』

 

最後に彼女の意識が薄れ行く時、彼女の耳にはただそんな言葉が聞こえた。

 

 

 

 

 

のどかが気絶した直後だった。

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)』!」

 

『む……?』

 

まき絵が気絶していた原因を探ろうと、桜通りへやってきていたネギが不審人物がのどかに触れている場面を目撃したのだ。そして、彼は生徒である彼女を守ろうと魔法によって攻撃を放った。

 

だが。

 

「っ! 魔法障壁!?」

 

魔法によって形作られた矢は、同じく魔法の障壁によって防がれた。

 

『来たか、ネギ・スプリングフィールド』

 

「僕のことを知っているのか……!」

 

飄々とした態度で目の前の相手はそんなことを言う。自分の名前を言われ、警戒心を強めるネギ。

 

『君を待っていたのだよ、ネギ先生』

 

「僕を……待ってた……?」

 

『そうさ。私が昨晩佐々木まき絵を襲ったのも、今日宮崎のどかを襲ったのも……全ては君をおびき寄せるため』

 

衝撃的な言葉に、ネギは驚く。目の前の相手は、自分を誘い込む、それだけのために彼の生徒二人に手を出したというのだ。その言葉にネギは怒りを顕にした。

 

「そんな、そんなことで僕の生徒に手を出したんですかッ!」

 

『だからこそだ。君が生徒を大切にしていることは知っているからな、誘い出すためのいい餌になった』

 

「僕は、僕は貴方を許さない!」

 

『そうかい、じゃあどうするんだ?』

 

ネギは身の丈ほどもある杖を構えると。

 

「貴方を捕まえて、目的を吐いてもらいます!」

 

一直線に目の前の人物へと突撃していく。無論、魔法を唱えながらだ。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……、『魔法の射手(サギタ・マギカ)! 光の九矢(セリエス・ルーキス)』!」

 

九本の光の矢を自在に飛ばしながら相手に肉薄しようとするが、その尽くは対象の魔法障壁で防がれてしまう。

 

『どうしたネギ先生。その程度かい?』

 

しかし、相手の行動を鈍らせるには十分な働きを期待できる。ならば、本命の魔法を放つ時間も稼げる。

 

「どれほど強力な障壁があろうと関係ありません! ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 『風花(フランス)武装解除(エクサルマティオー)』!」

 

対象の身につけているものすべてを吹き飛ばす呪文だ。魔法としては初歩的な部類のものだが対象の武器を吹き飛ばして無効化させるといった事が可能であるため、単純ながら強力である。魔法使いは何らかの魔法媒体が存在しなければ基本的に無力となり、たとえ魔法障壁は媒体なしで維持できても、媒体がある状態とは天と地ほどの差が生じる。

 

しかし、彼の予想とは違う結果が起こる。

 

「そんなっ……!」

 

『『武装解除』か、小賢しい』

 

目の前の相手は若干不機嫌そうな声になったものの、身につけている衣服は全くの無事であった。

 

『私が嫌いな魔法だ、衣服を剥くなどという品がない上に私の大好きなものまで吹き飛ばしてしまうからな。もっとも、だからこそ対策はしっかりとしているが』

 

そう言って相手は、右腕を掲げてみせる。そこには、青い宝石が嵌め込まれたシンプルなデザインのブレスレットがあった。

 

『『武装解除』を無効化する対策魔道具さ。まあ、一流の魔法使いはこんなものなどなくても対策魔法で無効化できるだろうが』

 

「くっ! ラス・テル・マ・スキル・マギステル……」

 

『遅い』

 

再び魔法を放とうとするが、相手が左手をさらけ出すと、突如その腕が伸びて彼の喉笛へと襲いかかった。

 

「がっ……!」

 

『ジョークグッズでも案外役に立つ。この腕にはめているのは『バネ人間』という装着者の身体をバネのように伸び縮みさせることが可能となる魔法のパーティグッズさ。気まぐれでつけていたんだが、何事も使い方次第というわけだ』

 

伸びる長さは3m程度であり、本来ならばとても戦闘に使えるようなものではない。しかし、一気に勝負を決めようとかなり接近していたネギを捉えるには十分だった。そのまま腕を縮ませ、彼をすぐ近くまで引き寄せる。

 

『気分はどうだい、ネギ先生』

 

「は、な……せ……!」

 

『よかろう、放してやる』

 

ネギの言葉に対し、相手はその要望に応えてやる。ただし、上空に放り投げるという方法でだったが。ネギは慌てて杖による飛行術を発動して息を整えようとする。

 

「ぜぇ、ぜぇ……」

 

『なんだ、もう息が上がったのか?』

 

「まだ、やれます……!」

 

『その意気だ。では……』

 

その時だった。

 

「何やってんのよ、あんた」

 

 

 

 

 

『ん?』

 

横から別の誰かの声。のどかのものではない、彼女は今も気絶したままだ。

 

「あ、アスナさん!?」

 

「……あんたなんで浮いてんのよ」

 

神楽坂アスナであった。彼女は杖で浮いているネギに怪訝な表情を向けつつも、目の前にいる怪しげな人物へと問いかける。

 

「あんた何者よ?」

 

『神楽坂アスナか。君が来るのは予想していなかったな』

 

「答えなさいよ!」

 

『……邪魔が入ったな。今回はここまでとしようか』

 

そう言うと、何者かは虚空へと浮かび上がる。

 

「ちょっ、コイツも浮いた!?」

 

驚愕するアスナを尻目に、何者かはネギを指さしてこういった。

 

『私の目的はあくまで君だネギ先生。君と戦う事こそが目的、だが部外者に介入されるのは正直好ましくない。次はもう少し人払いを済ませるべきだな……』

 

「次なんてありません! 貴方はここで捕らえます!」

 

『無理だよ。たしかに君は優秀だし、逃げようとしたところで捕縛されるかもしれない。だがね……』

 

その時。二人の間を分け隔てるかのように、何者かが現れた。

 

その人物は。

 

「ちゃ、茶々丸さん?!」

 

「こんばんは、ネギ先生」

 

「え、あっ、こ、こんばんは……」

 

彼の受け持つ3-Aの生徒の一人である、絡繰茶々丸だった。彼女は恭しくお辞儀をし、ネギも思わずそれに習ってお辞儀をする。

 

『いいタイミングだ茶々丸、さすが私の従者』

 

「恐れいります、マスター」

 

「茶々丸さんがこの人の従者!?」

 

衝撃的な事実に、ネギは思わずそう叫ぶ。まさか、自分の生徒がこの事件の犯人と関わっているとは思わなかったのだ。

 

『さあ、君は自分の生徒を傷つけるか? 無理だろう、君は優しすぎるからな。それに、よしんば君が茶々丸と戦うとしても、その間に逃げおおせられる』

 

「くっ……!」

 

『君に従者がいれば私を捕らえられるだろうが、今は不可能だ。君が私を捕らえたいのならば、従者を探すことをおすすめするよ。ああ、そうそう。この学園でも魔法関係者はいるが、そういった人物らに話さないでくれよ? うっかり君の生徒に何かしてしまうかもしれん』

 

そう言うと、謎の人物は悠々と虚空を泳いでゆく。追いかけようにも、無言で立ちはだかる茶々丸に塞がれてしまう。

 

「どいて下さい茶々丸さん!」

 

「残念ですが、私の優先命令権はマスターに御座います。先生のその要望にはお答えできません」

 

結局、謎の人物が見えなくなるまで茶々丸は彼を抑え続け、謎の人物が完全に去った後は役目を終えたとばかりに退散していった。

 

 

 

 

 

「なんで茶々丸さんが……」

 

茶々丸に妨害をされたことのショックで、思わずそんな言葉が漏れ出る。

 

「……色々聞きたいことはあるけど、まず1つだけ聞くわよ。あんた、何者なの?」

 

「えっ!? ええと、その……」

 

茶々丸のことで頭からすっぽりと抜け落ちていたが、彼が魔法を使っていたところをアスナが目撃していた事実は覆らない。しかし、魔法使いは秘匿された存在であり、たとえ信頼する相手であろうとも迂闊に喋ってはならないのである。

 

「……ひょっとして、魔法使いとか?」

 

「なんで分かったんですか!? あっ……」

 

「簡単に引っかかるとか……。まあ、前のゴーレムを見た時からそういうのがあるのかもって薄々思ってはいたけどね」

 

アスナがかけた鎌にあっさりと引っかかってしまうネギ。しかし、アスナはどうやら図書館島の件で殆ど気づいていたらしい。

 

「あ、あのアスナさん! 僕が魔法使いだってことは誰にも言わないで下さい!」

 

「ああはいはい、分かってるわよ。あんたのその態度からして余程秘密にしないといけないことなんでしょ? それに魔法使いがいるとか言いふらしても、誰も信じやしないわよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「それより、本屋ちゃんをさっさと運びましょ? 風邪引いちゃうわ」

 

のどかを運ぶ道中で様々な問答をしながら、彼女を寮へとおぶってゆくアスナと、難しい顔でこれからのことに不安を抱くネギだった。

 

 

 

(まずは私が魔法を知ることには成功、か。一番最初に魔法がバレた相手になるから、色々と頼られるってポジションは確保できたわ。こいつの従者になるつもりはさらさら無いけど、さっさと従者候補を見立ててあげますかね)

 

彼は知らない。自分を二度も助けてくれた頼れる女生徒が、『向こう側』でも高い地位を持つ内通者であることなど。

 

 

 

 

 

翌朝。彼はいつも通り出欠確認をとった後、のどかが桜通りで倒れていたことを説明して質問攻めにされるも、彼女の無事と、彼女が安全のために欠席したことを話すと、彼女らは一先ず落ち着いた。

 

そして1時限目が担当の授業だったためそのまま授業を始める。

 

(従者……パートナー、か。僕に協力してくれる人なんているんだろうか? もし選ぶなら僕と親しい人がいいけど……)

 

ふと、視線を彼女らへと向けるが、すぐに視線をそらす。それを何度も繰り返すネギの様子に、彼女らはヒソヒソと話しだす。

 

(ねぇ、なんかネギ先生こっちをちらちら見てない?)

 

(せやなぁ、ちょっといつもと雰囲気が違うわ。何かあったんやろか?)

 

(いや、駄目だ。生徒を巻き込むなんてできない、やっぱり僕だけで何とかしないと……)

 

彼の普段とは違った態度とちらちら向けられる視線に生徒たちは興味津々といった風で、結局授業はあまり進行しなかった。

 

 

 

 

 

「あ、茶々丸さん……」

 

「こんにちは、ネギ先生」

 

昼休み、廊下を歩いていた彼は茶々丸と遭遇していた。昨夜の事があったにもかかわらず、彼女は無表情のまま平然とした様子であった。

 

「あ、あの……」

 

「昨日のことですか?」

 

彼が聞きたいことをズバリ当ててきた彼女に、ネギは少し苦い顔になるが構わず彼女へと質問を投げかける。

 

「昨日のあの人は、一体何者何ですか?」

 

「お答えすることはできません」

 

「どうしてですか……?」

 

「私が答えられる質問ではございませんので」

 

無表情のままそう告げる。取り付く島もない状態で、ネギは言葉に詰まってしまう。しかし彼女はこう続けた。

 

「ですが、マスターより答えられる範囲であれば話してもよいと言われております。その範囲内であれば、お答えすることは可能です」

 

「ほ、本当ですか?!」

 

「はい、マスターの正体は明かすことは許されておりませんが、マスターのへたどり着くためのヒントはある程度までは与えても構わないとのことでした」

 

茶々丸の言葉に、ネギは一瞬喜びの表情を浮かべるもついで告げられたことに困惑した。なぜ、あの人物は正体は明かさないにもかかわらず自分へとたどり着けるようにレールを敷くような真似をしているのか。

 

その疑問は、次の彼女の言葉で嫌でも理解させられることとなった。

 

「私のマスターの正体へ関与することで私が把握していることは2つです。一つは、マスターはネギ先生との戦いを望んでいること、そしてもう一つは……」

 

ネギ先生の担当する3-Aの生徒であるということです。

 

 

 

 

 

茶々丸が去った後も呆然としていたネギは、脳内で先程の言葉を反芻していた。

 

(あの犯人が……僕の生徒……!?)

 

だから、情報をあえて公開したのか。彼の庇護下にある存在が、実は彼の命を狙うブルータスであるからこそ。中途半端に公開された情報は毒として機能する。それこそ、彼のクラスの誰があの人物なのかと疑ってしまうほどに。

 

(そんな……僕は茶々丸さんだけでなくクラスの中に紛れたもう一人にも警戒しなくちゃならないなんて……!)

 

実際にはアスナも協力者であり、夕映も裏切りを強制されている身のため少なくとも4人の生徒が彼の敵である。だが、その二人はネギと表向きには敵対はしていないため気づくことはない。

 

(誰なんだ……)

 

必死になって考えてはみるものの、思い当たるはずもない。そもそも、自分の生徒を疑う行為自体が恥ずべき行為であり、ネギもそう思っているからこそ苦しい心持ちになる。

 

(駄目だ……僕には、みんなを疑うなんてできない……!)

 

この2ヶ月ほどで、生徒たちと随分と思い出ができた。特に、図書館島の地下ではあの苦労を共にしただけあり特別感じるものがある。そんな彼女らの誰かと、敵対しなくてはならないのだ。

 

「はぁ……どうしよう……」

 

溜息を一つつくも、状況がよくなってくれるわけでもない。とぼとぼと職員室へと戻ろうとしていたその時だった。

 

「ネギ先生」

 

背後から、彼を呼び止める声がした。振り返ってみると。

 

「千雨さん? どうかしましたか?」

 

長谷川千雨だった。普段ほとんど話すことのない相手がいきなり話しかけてきたことに、彼は少し以外だなと思う。

 

「いや、少しお聞きしたいことがあるんですが……」

 

どうやら、彼に話を聞きに来たらしい。一瞬、彼女があの人物だとすればなどと思うも、そんなことは考えるだけ無駄だと無理やり思考から弾き出す。

 

「ネギ先生?」

 

「あ、すみません! ちょっと考え事をしてて……」

 

「そうですか。それで、聞きたいことっていうのは宮崎さんのことなんですけど」

 

「あ、そのことですか。のどかさんは今寮で安静になさってますが、明日には学校に来れると思いますよ」

 

「いえ、そっちのことではなく。彼女の事、というよりは彼女に関わることで」

 

彼女の質問に答えたネギだったが、どうやら千雨の質問の意図は別のことであったらしい。

 

「彼女を気絶させたのは一体誰なんですか?」

 

「それは……不明です。ですが先生方が調べているらしいですのでもう少しすれば原因がわかると思います」

 

とりあえず、無難に今分かっていることを話す。実際に犯人が誰かなど知らないので答えようがなかった。

 

「……そういえば、ネギ先生は宮崎さんを発見した後介抱していたらしいですが、睡眠はきちんととられたんですか?」

 

「あ、はい。のどかさんをしばらく介抱した後に同室の夕映さんにお任せして、そのあとはしっかりと寝ましたよ」

 

「そうですか。ありがとうございました」

 

「いえ、クラスメイトののどかさんとまき絵さんが襲われて、不安に思わないはずもないでしょうし、長谷川さんの質問は当然だと思います」

 

「では、私はこれで失礼します」

 

ひと通りの質問を終えた彼女は、そのまま教室へと戻っていった。ネギもそのまま戻ろうとしたのだが、ふとあることに気づく。

 

(……あれっ? 僕、今日の朝にのどかさんが倒れていたことは話したけど、それが昨日の夜だなんて言ったっけ?)

 

彼女が倒れていたことを話した後、質問攻めにされたせいで慌てて彼女の無事を説明したのだが、それ以上のことを話した覚えがない。だが、千雨ははっきりと言っていた。

 

睡眠は(・・・)きちんと(・・・・)とったのか(・・・・・)、と。

 

(……そんな、いやまさか……)

 

彼がのどかを寮へと運び入れた時、既に門限を過ぎていたため殆どの女生徒が部屋に戻っていたはずだし、同室の夕映にはこのことを話さないように言っていた。話が広まって、混乱が起こることを避けるためだ。

 

勿論、ネギの事情を知ってしまったアスナにも言わないように釘を差した。つまり、彼がのどかを助けたのが夜だと知っているのは夕映とアスナだけのはずなのだ。

 

あの、犯人と茶々丸以外を除いては。

 

(千雨さんが……あの犯人……!?)

 

疑惑は深まり、淀んでいく。


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