二人の鬼   作:子藤貝

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孤独な中、それでも戦う者がいる。
孤独は時に光と闇を分かつ。


第二十三話 光と闇の邂逅

ネギ少年が自らの生徒に対する葛藤で悩んでいる時。アスナは人気のない場所にて携帯である人物と連絡をとっていた。

 

「……という感じです。今のところは、予定通りかと」

 

【あの子もしっかりと役割を果たしているようだな。最近は発作(・・)を起こしてないか?】

 

「はい、安定はしてきてます。ただ、やはり不安定な部分が大きいかと」

 

【仕方がないな、今度訪れた時に私が直接診るとしよう】

 

電話の相手に近況を報告するアスナ。

 

【あまり長い時間話すと勘づかれるな、今日はここまでにしよう】

 

「そうですね、ではまた」

 

【ああ、1週間後にな……】

 

約束を交わし、電話を切る。数年ぶりとなる再会に思いを馳せつつも、彼女は携帯をポケットにしまい、その場所を去る。

 

 

 

 

 

生徒たちの間で話題になっている『桜通りの幽霊』と邂逅を果たした日から二日後。再び3-Aから被害者がでた。大河内アキラと、大川美姫であった。アキラは部活帰りに、美姫は下校時の事だったらしい。

 

幸いなことに、二人もまた気を失っていただけで外傷は一切見受けられなかった。また、今回は二人共救出して僅かな時間で意識が回復したのだ。意識を取り戻した二人によれば、いつの間にか桜通りへと迷いこんでいたのだという。

 

「……意識誘導の魔法……なのかな」

 

難しい顔をしながら思案するネギ少年。今日も調査のために桜通りへとやってきたのだが、一切の魔法的痕跡が見受けられない。

 

「もしかして、魔道具……?」

 

魔法は便利ではあるが、魔力を媒介にして現象を発生させるため、その痕跡を残しやすいという欠点がある。そのため、魔法を使用した痕跡が少しでも残っていれば、優秀な魔法使いならば簡単に魔法が使われたのだと特定できる。

 

だが、魔道具の場合はそうはいかない。魔力を使うが現象を行うための魔法が道具の内部に格納されているため痕跡が極めて残りにくいものが多いのだ。尤も、それはあくまでも小規模な魔法を発生させた場合であり、中大規模の魔法は濃い魔力が滞留するため痕跡を消しきれないが。

 

「……なんとしてでも、こんなことをやめさせないと……!」

 

彼の生徒であるという犯人。その人物によって被害にあっている人間は既に2桁まで増えた。今はまだ気を失う以外の被害はないが、このまま手を拱いて重傷者や、下手をすれば死者が出るのはなんとしても避けたい。ネギはひと通りの調査を終えると、寮へと戻ろうと足を反対方向へと向けた。

 

「あ……茶々丸さん……」

 

「どうも。ネギ先生」

 

そこにはかの犯人の共犯者であり、従者でもある茶々丸の姿があった。

 

「本日はネギ先生にご報告に参りました」

 

「報告、ですか?」

 

どうやら、自分に用事があるらしいことを理解したネギは、一体どんな話だろうと考える。

 

「マスターはご体調が優れず、本日より三日間行動を起こさないと言われました。また、その三日間の猶予のうちに少しでも強くなれとのお達しです」

 

「三日の……猶予……」

 

「それでは、私はこれから食材の買い出しがございますので」

 

ペコリとお辞儀をすると、ネギの横を通り抜けていった。振り返ってみれば、既に彼女は公園の入口付近まで歩いていっている。

 

「……強く、か」

 

母代わりとも言えるネカネが、かつてネギに言った言葉。大切なのは、『心の強さ』だと。

 

「もっと、強くなろう。僕にどれだけできるかはわからないけど、僕の生徒をこれ以上危険には晒せない」

 

決意を新たに、ネギもまた公園を去った。その様子を眺める、一人の女生徒の姿に気づかぬまま。

 

「……まだ駄目だ。もう少し判断材料がいる……」

 

 

 

 

 

「で、アイツは調子に乗って体調を崩したと」

 

「みたいね。今は自宅で療養中、明日には復帰出来ても三日は大人しくするように言い含めておいたから」

 

図書館島地下、柳宮霊子の自室にて二人は対話する。アスナがここにやってくるのは非常に珍しい。普段普通の優秀な一般生徒を演じることを心がけている彼女にとっては、少しの綻びも許さないがごとくこの図書館島地下へはやって来ないのだ。

 

だが、今はここにいないもう一人によって起きている事件の調査で、魔法生徒や先生の目が逸れている。おかげで、久々に霊子と直接対話をすることが出来る余裕ができたのだ。長い付き合いである彼女の来訪に霊子も少々気分が高揚しているらしく、もてなしの茶を自身が淹れるぐらいには機嫌がよい。

 

「まったく……マスターがもうすぐ来るって聞いてはりきってたけど、倒れるぐらいはりきるなんてナンセンスすぎるわ」

 

「彼女の不安定さは知っているでしょう? あの人(・・・)に対する彼女の信頼は、ある種の狂信に近いものがあるわ」

 

あの人のことについて言及する霊子。その人物と霊子は一応組織内での序列があるとはいえ、私事では対等の関係でもある。それをわざわざアスナの前であの人と言うのは、アスナもまた倒れたもう一人と同じく彼女を慕っているから。

 

(アスナとも、彼女とも対等な友人関係は築けてはいるけど、組織にいる以上は上下関係をしっかりしないと……最悪、アスナに殺されかねないわ)

 

霊子とて『組織』では幹部の一人である。それも古参の一人であり、同じく幹部ではあるが新参であるもう一人とは実力が違う。そんな彼女でさえ、アスナにはかなわない。相性もあるが、まず間違いなく勝てないと霊子は確信している。

 

「無茶ばかりされるとこっちにまで飛び火しそうだし、一応しばらく大人しくするよう茶々丸を通して言い聞かせたわ。あとは、あの人が来るまで抑えればいいだけよ」

 

「悪いわね、霊子。私どうもアイツだけは苦手でねぇ……」

 

昔彼女と一悶着あって以来苦手意識が抜けないアスナ。心底関わり合いになりたくないという雰囲気が伺える。

 

「別に感謝はいらないわ。さ、久々に私が直々に淹れた茶が冷めてしまうわ」

 

そう言って飲むのをすすめるも、アスナは一向にカップへと手を伸ばさない。

 

「これ、なんか変な匂いがするんだけど……霊子が淹れたって、絶対変な味でしょ……」

 

「あら、意外とイケるのよ? パイナップル練乳ティー」

 

 

 

 

 

「まただ……」

 

『桜通りの幽霊』と出会って以来、誰かからの視線を頻繁に感じるようになった。犯人やネギも知らない共犯者が監視しているのか。それとも……。

 

(いや、今はそんなことはどうでもいい。大事なことは……)

 

茶々丸は主人の体調がすぐれないと言っていた。だから三日だけ猶予を与えると。

 

(裏を返せば、僕の生徒であるというその人物は今全力が出せないということ……!)

 

犯人は彼の生徒の中にいる。茶々丸の言葉にそれは嘘ではないかと問うたが、それはあり得ないと証言している。もし疑うのならば、自分の記憶用ハードディスクを製作者である葉加瀬聡美に解析してもらって構わないと。

 

つまり、彼の生徒であることはまず確定している。そして、今その人物は体調が優れず全力を出すことが困難。これも嘘かと疑ったが、それならば態々三日の猶予を与えるなどと彼に通告する意味が無い。加えて、茶々丸が言うには今回の事件には共犯者が存在しないという。絶好のチャンスと言えよう。

 

(今日欠席している生徒は……)

 

意識が回復した後、風邪を引いてしまい休んでいるアキラと美姫、そして……。

 

(長谷川……千雨、さん……)

 

人を寄せ付けないながら、普通の一般人という認識しか抱かなかった少女。だが、思えば身体測定の時にも自分を睨んできていたし、何より犯人しか知らないはずののどかが発見された時刻を知っていた。

 

「確かめなきゃ……!」

 

 

 

 

 

ネギは千雨の住居前まで来ていた。

 

「千雨さーん! 授業用のプリントを届けにきました!」

 

彼女に会うため、建前として授業で使用したプリントを届けに来た。委員長自らが届けると言い出した時には焦ったが、彼女の様子を見るついでだと何とか誤魔化すことができた。

 

「おかしいなぁ、ここのはずなんだけど……」

 

先程から呼びかけても、住人が一向に応じないことに疑問符を浮かべる。目的地はここで合っているはずだ。

 

「うーん、出直すしか無いかなぁ……あれ?」

 

窓をよく見ると、明かりが小さく見えている。どうやら、目的の人物が中にいることは確からしい。

 

「やっぱり……」

 

間違いなく居留守だろう。つまり、相手は呼びかけに応じるつもりが初めから無いということ。

 

「どうすれば……」

 

どうやって相手を中から出すことができるか、思案しながら無意識のうちにドアに背を向けてもたれかかり。

 

「うわっ!?」

 

突如、ドアが開いて後ろへと投げ出されてしまう。それと同時に首根っこを何者かに掴まれ、ぐいと引き寄せられつつもその人物によって扉が勢いよく閉められた。

 

「ようやく油断したな……先生」

 

「千雨、さん……!」

 

彼を後ろから羽交い絞めにしている人物。それは目的の相手、長谷川千雨本人だった。首に冷たいものが押し当てられていることから、なにか金属製の凶器を押しつけられていると理解する。

 

「放して下さい……!」

 

「生憎、信用出来ないような相手を開放するほど甘ちゃんじゃねーんだ」

 

「何を……」

 

「とぼけないでくれよ……あんたが不思議な術を使うことぐらいは知ってる」

 

夕方のせいで日が差し込まない部屋は暗く、僅かな明かりが二人を照らすのみ。そんななかでも、ネギの動揺ははっきりと感じ取れるほどのものだった。

 

「前々から怪しいとは感じていた。子供が教師になれるはずがないし、あんな賢いなんて常識外もいいところだ。尤も、この麻帆良じゃ私以外は気づけ無いんだろうが……」

 

ぶつぶつと何かを漏らす彼女。しかしそれを気にするだけの余裕がネギにはない。なにせ、羽交い締めにされて凶器を添えられている上に、魔法を使おうにも杖は持ってきていない。おまけに、ここは屋内であるため杖を引き寄せようにも閉じられた窓と扉が邪魔をする。ほとんど手詰まりに近い。

 

「ようやく、逆転への一手を掴んだんだ……容易く手放すつもりはねぇよ」

 

「逆転……? 何のことを……」

 

「アンタたちみたいな非現実的存在に対する一手だよ……()に対する対抗手段が思いつかない以上、アンタみたいな存在をとっ捕まえるのが最善だと判断したまでだ」

 

千雨が言っていることの意味がわからず、混乱するネギ。奴とは、対抗手段とは? そして何故彼女は魔法を知っている?

 

「さっきから何を言ってるんですか……」

 

「……知らないのか……? いや、だが確かに奴がああいう存在だからといって仲間だというわけでもない、な」

 

一瞬、腕の力が緩む。その隙にネギは彼女の腕の中から逃れることに成功した。強引に抜けだしたせいで足がもつれて前のめりに転ぶが、なんとか距離をとることには成功した。

 

「ハァ……ハァ……」

 

まともに息が吸えるようになり、息を荒くしながら深呼吸を繰り返す。数回それを行い、ようやくネギは平静を取り戻した。

 

「……一ついいか。あんたは『桜通りの幽霊』か?」

 

「僕が犯人!? い、いえ違いますよ!」

 

「じゃあなんで犯人側の茶々丸のやつと話をしてたんだ?」

 

「それは、犯人からの伝言を茶々丸さんから受けただけです!」

 

「……嘘はいってないっぽいな。よし、じゃあ今だけはアンタのことを信じておく」

 

そう言うと、彼女は手に持っていた金属製の警棒を放ってキッチンへと赴く。

 

「チッ、インスタントコーヒーは切れてるか。先生、あんたは紅茶でいいよな?」

 

「え、あっハイ……?」

 

 

 

 

 

木製のちゃぶ台を挟んで対峙する二人。眼の前におかれている二人分の紅茶からは湯気が立ち上っており、二人の眼鏡を少しだけ曇らせる。

 

「飲まねぇのか?」

 

そう薦めてくるものの、先程襲われた相手から薦められた茶など普通は飲みたくはない。

 

「さっきあんたを襲った相手が言うのも何だろうが、毒は入ってねぇから安心しろ」

 

安全かどうかを証明するかのように、率先して紅茶に口をつける千雨。その様子を見てなおネギは飲もうかやめようか逡巡していたが、意を決してマグカップを手に取り、恐る恐る口に含む。

 

(……あんまり美味しくない)

 

紅茶の国とまで揶揄されるイギリス出身の身としては、些か口に合わなかった。それでも、変な味がしたわけでもないのでちびちびと飲み始める。

 

「あー……そういやあんたイギリス人だっけか。ティーバッグの茶じゃ満足できねぇよな」

 

「い、いえそんなことないです!」

 

「世辞なんか要らねぇよ。どうせうちに缶入りの茶葉や豆のコーヒーなんてお高いもんは置いてねぇからな」

 

そう言うと、彼女はマグカップの紅茶を一気に飲み下す。一気に飲むために呷ったせいで、湯気で眼鏡が完全に曇ってしまっていた。鬱陶しげに眼鏡を外して服の裾で曇りを取り、再び装着する。

 

「さて、どこから話せばいいやら……」

 

「まず、どうして僕に襲いかかってきたんですか?」

 

「そこからか、まあいいだろう。……ネギ先生、あんたが"そっち側"の人間だと確信したから襲ったんだ」

 

彼女の視線が若干鋭くなる。ネギはそれに射抜かれたかのような錯覚を覚え、緊張で体が強張る。そして何より、彼女はネギの秘密についてほとんど確信を抱いている。

 

「"そっち側"、ってどういうことでしょう? 僕にはさっぱり……」

 

「今更とぼけんなよ、先生。あんたが魔法使いだってことぐらい知ってる」

 

はっきりと。彼女はネギが魔法使いであると言い切った。それこそ、自らの考えが間違いないと信じているような雰囲気で。恐らく、ここで嘘を言ったとしても彼女は信じないだろう。言い訳をすれば、それこそ何をされるかわからない。

 

「……はい、確かに僕は魔法使いです」

 

よって、ネギは正直に話すことを選択した。いざとなれば、確実性は低いが忘却の魔法で彼女の記憶を混濁させれば良いと判断したのだ。それに、彼女はどうもネギ一人によってその確信を抱くに至ったように思えなかった。

 

「ですが、どうして僕が魔法使いだからという理由で……?」

 

「……私は昔、あること(・・・・)が原因であんたらみたいな存在が実在すると知ってたんだ。それ以来、私は魔法使いだのそういう存在を信じるとともに危険だと認識するようになった」

 

彼女の言葉にネギは渋い顔になる。確かに、魔法使いには危険な人物もいるし魔法そのものも使い方次第で兵器にもなる。だが、それは魔法使いの中でも少ない方であり、現実では日々人助けのために影で活動する魔法使いが多い。だからこそ、そういった偏見じみた見方をされるのは、魔法使いであるネギにとってはしてほしくなかった。

 

「だがな、世間じゃ魔法使いなんて存在しないって認識だ。いくら私が存在すると訴えかけても、周りは信用なんかしちゃくれない」

 

奥歯を噛み締め、苦い顔で話を続ける。

 

「この麻帆良学園はどう考えても世間的常識から外れた場所だ。意思を持つロボットを開発する技術力の大きさ、一般人とは思えないような強さを持つ輩に、巨大な地下が存在する図書館。どう考えても不可思議なものばかりあるのに、それを当たり前のように受け入れてる」

 

拳を握りしめ、悔しそうな顔をしている。その様子に、ネギは息を呑む。彼女の余りにも鬼気迫る、その雰囲気に。

 

「歯痒かった……常識外な場所で常識知らずとからかわれるのが。世の中にはその常識の外にある恐ろしい存在(・・・・・・)が実在すると知っているのに、周りは誰も信じない。まるでオオカミ少年になった気分だった」

 

「恐ろしい存在……?」

 

彼女は一旦息を吐き、握っていた拳を解く。そして、今度は少しだけ怯えたような顔になる。

 

「……先生、私はさっき言ったよな? あることが原因であんたたちみたいな存在を信じるようになったって。私が魔法使いを危険視するようになったと」

 

顔色が心なしか悪くなっているようにみえる。先ほどまで、理不尽に対して怒りを顕にしていたとは思えないほどに。

 

「偏見だと思っただろ? だけどな、私が最初に出会ったそいつのせいで、私はそう思わざるを得ないほどに心を乱された……」

 

そして彼女は語りだす。己の人生を一変させてしまった出会いを。

 

 

 

 

 

いたって普通の家庭に生まれた千雨は、仕事で忙しいながらも親から愛情を一心に受け、小学生に上がるまで幸せな生活をしていた。当時の彼女は大人しい性格ながら、言いたいことははっきりというタイプで、少ないながら友人にも恵まれていた。

 

それが少しずつ変化したのは、麻帆良学園の女子初等部に入学してからだった。初めて来た麻帆良学園は、今までとは全く違うものばかりだった。彼女は当初はそれを楽しんでいたが、次第に疑問を持つようになっていった。

 

『どうしてここはあんなにおおきなきがあるの?』

 

幼い頃から他の子よりも少し聡明であった彼女は、前に住んでいた場所とあまりにも常識が違うことに疑問を覚え、クラスメイトにそれを尋ねた。

 

だが。

 

『え? なにがそんなおかしーの?』

 

返ってきた言葉は、ここの常識に一片の疑いもないようなもの。誰に聞いても、同じように返答する。彼女は、急に怖くなった。ここは自分が知っている常識が通じず、仲の良い友人達も自分とはどこか違う。

 

そのうち彼女は自分が間違っているのではと錯覚するようになった。自分はみんなと違って、おかしくないことをおかしいと思ってしまっているのでは。次第に、彼女は友人達と距離を置くようになった。今まで何を考えるでもなく自然と話せていたはずなのに、心の蟠りが邪魔をして言葉を詰まらせる。

 

元来活発的な性格でないため、騒がしいのが苦手だった彼女は、騒がしい子が多い麻帆良では友人も少なく、次第に孤立していった。誰かに虐められているわけでもないのに。彼女は、自分が嫌いになった。周りとは違う自分が嫌になり、一人でいつも遊んでいた。

 

だが、孤独は幼い彼女には酷なことだった。騒がしいながらも楽しそうな皆の輪に混ざりたかった。だが、いつの間にか彼女は皆と触れ合う方法がわからなくなっていた。昔はあんなに簡単に友人と遊んでいられたのに。

 

自分が人間じゃない『ナニカ』に思えてしまうようになった。

 

『ぅ……ぐす……』

 

自分が怖くて、一人で遊んで。でも一人は寂しくて。その日も一人でブランコを漕ぎながら泣きそうになっていた。そんな時、彼女は一人の人物と出会った。

 

 

 

 

 

『……泣いてるの?』

 

『……だれ?』

 

公園で一人ブランコを漕いで、俯いている彼女にそう話しかけてきた。声からして恐らく女性だろう。不思議な人物だった。顔は仮面をかぶっていて分からないが、紫の着物と真っ黒な髪が印象的だった。

 

『ないてないよ?』

 

『……嘘。貴女は、心で泣いてる』

 

否定した彼女に、指を指しながらそう指摘してくる。実際、泣きそうだったのだ。誰とも仲良くできず、そんな自分が嫌で嫌で泣きそうだった。

 

『……怖いの?』

 

そう尋ねられて、彼女は戸惑った。何を? 誰が?

 

『……独りは、怖いよ……?』

 

己がひとりぼっちだということを、彼女が正確に言い当てたことに、彼女は驚いた。

 

『……貴女が、独りが嫌なら……』

 

そう言って相手は彼女へ手を差し伸べると、こう言った。

 

『……私達と、来る……?』

 

その言葉に、彼女は思わず手を伸ばし……。

 

 

 

 

 

『っ! やだっ!』

 

そして寸前で差し出された手を弾いた。彼女は感じ取ったのだ、手を差し出す寸前に邪悪な気が相手から発していたのを。

 

『おねえさん……なんかへんなかんじがする!』

 

一方で、手を弾かれた仮面の女性はかなり驚いた様子だった。

 

『……驚いた、一般人が……隠していた私の気を……感じ取るなんて……』

 

相手はその気配を隠していたつもりだったらしい。だが、彼女はその気配をしっかりと感覚的に理解していた。その発しているものが、おどろおどろしいドロドロとしたものだと。一歩、二歩と後ずさる。早く、この人物から離れないと、自分はきっとおかしくなる。

そんな漠然とした思いが無意識的に行動に現れた結果だった。

 

だが、相手はすぐに彼女まで近づくと、その顔を仮面ごとずいと彼女へと近づける。途端に、彼女は金縛りにでもあったかのように動けなくなる。

 

『……私が、怖い……?』

 

『こ、こわく、な、ない……!』

 

必死に声を絞り出して怖くないと反論する。ここで怖いと言ってしまえば、目の前の相手に負けると思ったからだ。くだらない意地だったが、何故か彼女はそれがただしいことだと思っていた。

 

『……すごい。……貴女は、私を恐れない意志の強さを持っている……。……貴女は、正しく光の中を歩んでいる……孤独なはずなのに……』

 

仮面の女性は彼女から顔を離すと、次の瞬間には姿がなかった。

 

『あ、あれ……?』

 

一瞬で消えた相手に戸惑う。慌てて周囲を見渡すと、彼女から10mほど離れた場所にいた。

 

『……貴女は、もしかしたら私達の敵(・・・・)となれるかもしれない……』

 

そう言うと、仮面の女性の雰囲気が一変する。

 

『あ……あ……!』

 

相手が抑えていた邪悪な気が開放され、空気が重くなる。喉がカラカラになり、動悸は激しくなってっゆく。なにより、感じ取っていた嫌な雰囲気が更に濃くなり、明確な嫌悪の表れとして吐き気がこみ上げて頭がクラクラする。それでも、なんとか意識は保つ。

 

『……これでも、倒れない……。……貴女は、期待できそう……』

 

気配が急に萎んでゆき、先ほどまでの不快感を感じる程度に収まる。吐き気とめまいから開放され、段々と鼓動もゆっくりになってゆく。

 

『……いずれ、私は再びここに来る……その時までに、強くなって……』

 

ようやく彼女が回復した頃には、仮面の女性の姿は既になかった。

 

『あのひと、またくるっていってた……』

 

あれほどの邪悪が再びここへやってくる。今日は何事も無く去ったが、次にやってきた時、何をしでかすかわからない。ひょっとしたら、学園の人々が殺されるかもしれない。そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。震えが止まらず、歯の根が合わない。

 

『わたしが、わたしががんばってつよくなって……あのひとをとめないと……!』

 

かくして、長谷川千雨の非日常との対面は、最悪な第一印象を残した。

 

 

 

 

 

「……つーわけで、私は魔法使いだとかそういった輩は警戒するようになったわけだ」

 

最初に出会った存在が、あまりにも危険すぎたために彼女はそちら側の存在に対してはあまりよい印象を抱いていない。

 

「そんなことがあったんですか……」

 

「おかげで未だにふと不安になることがある。アイツが今日にでもここに来るんじゃないかって」

 

心休まることのない日々。それは彼女の心を疲弊させ、荒ませていった。周囲の理解が一切得られないこともそれに拍車をかけ、いつしか彼女は誰にも心を許すことなく孤独な戦いを、見えない敵と戦い続けてきた。

 

「周囲に合わせることを覚えて、自然に溶け込めるように地味な人間として生きてきた。アイツに見つからないように、アイツが現れた時不意打ちを狙えるように」

 

「辛くは……なかったんですか?」

 

「辛いなんてもんじゃない、最初の頃は不安で仕方なくてしばらく食事も喉を通らないし、食ったもんも吐いちまった」

 

その名残で、今も食事は最低限で済ませられるようにブロッククッキーやゼリー食品などの栄養食品が主食だという。

 

「この眼鏡も伊達なんだ、誰も信じられなくて誰も彼もが敵に見えてたからか軽く対人恐怖症になっちまってな、これがないと人前に出られない。まあ自分を地味に見せるための道具ってとこだな」

 

誰にも頼らず、頼れずに彼女は生きてきたのだ。両親がいないとはいえ、親代わりで従姉のネカネや幼馴染のアーニャがいるネギはまだ恵まれているとさえ思える孤独。

 

「だからこそ、あんたを捕まえられればアイツへの強力な対抗手段が得られるんじゃないかと思ってたんだが……すまなかったな先生、どうも焦りでおかしくなってたらしい」

 

「いえ、気にしてませんよ。それに焦る気持ちもわかります、誰も信じてくれない状況でたった一人で戦い続けるなんて、僕には想像もできないほどですから」

 

「そう言ってもらえると助かる。……正直、こうして自分が秘密にしてたことを話題として共有できるのは心が軽くなる」

 

「魔法使いの存在は秘匿されてますから、真面目に話すことなんてできないでしょうね……」

 

皮肉にも、自分が敵視していた存在と話すことで彼女は安らいでいた。

 

「で、だ。あんたは『桜通りの幽霊』とどういう関係なんだ?」

 

「……少なくとも、味方同士ではないです。かといって、敵というのも……」

 

「なんか煮え切らねぇな……。じゃあ茶々丸は『桜通りの幽霊』の仲間か?」

 

「はい、彼女は犯人の従者、協力者みたいです。というか、先程茶々丸さんを犯人側だと言ってましたが千雨さんは知ってたんですか?」

 

少し冷めてしまった紅茶を飲み干し、ネギはそう尋ねた。千雨は少しだけばつの悪そうな顔をすると。

 

「あー……実はな先生、私はあんたのことを怪しいと思って前々から監視しててな、あんたが戦ってるとこもバッチリ見てたんだ」

 

「……全然気づきませんでした。というより、千雨さんがこのタイミングで襲ってきたのって……」

 

「あんたが魔法を使ってたとこを見たからだ」

 

頭を抱えるネギ。生徒が害されているところを見て冷静でいられなかったこと、そしてアスナが現れたというのもあるが、一般人が見ていたことを見落とすなど魔法使いとして抜けているどころの話ではない。

 

「まあ、さすがにあの人気のない場所で藪の中から誰かが見てるなんて思わねぇよな。大分暗くなってたおかげで、かなり近くを通ったアスナも気づいてなかったっぽいし」

 

「それでも周りが見えてなかったのは不味いです。もし噂好きの人に見つかって魔法が存在するなんてバレてしまえば、僕はオコジョの刑でした。それだけじゃない、魔法という便利でもあり危険でもあるものが迂闊に公表されれば、世界中が混乱します」

 

「だからこそ秘匿する義務は重い、か。じゃあなんでここで先生なんかやってんだ?」

 

「魔法使いは、一人前になるために魔法学校を卒業するときに最終課題を課せられるんです。僕の最終課題は、麻帆良学園で先生をすることでした」

 

すると千雨は溜息を一つつき、虚空を仰ぐ。伊達であるらしい眼鏡を外して横に放ると、彼女は少々鋭い目つきでネギに問い詰める。

 

「つーとなにか? うちのクラスはあんたの課題とやらに付き合わされてるってことか? こうして変な事件が起こってるのもあんたが関わったことが原因っぽいし」

 

「それは……申し訳ないと思っています。ですが、千雨さんがその人を倒すために手段を選ばなかったように、僕も魔法使いとなって成さねばならないことがあるんです」

 

ネギの決意のこもった目を見て、そうか、と一言だけ言うと千雨は少しだけ態度を軟化させる。先ほど彼に襲いかかった自分が、これ以上彼相手に色々言う資格はないと判断したのだ。それに、謝罪をしつつも意思を曲げない彼の態度が、千雨には好ましく思えたというのもある。

 

「だが、またなんでうちの学園なんだ? ここは一般人がわんさかいるんだぜ?」

 

「……恐らく、ここが選ばれたのはここが魔法使いと関わりの深い場所だからだと思います。図書館島などまさに魔法使いが造った建物といった感じですし、魔法使いの方もいると学園長から聞いてますから」

 

「なるほど、魔法使いが暮らしやすいような環境ってことか。ここの成立が明治頃らしいし、当初から魔法使いのために建設された場所なんだろうな。大方、一般人との融和のためってとこか」

 

そんな考察を述べる。ネギも恐らくそういった事情が存在したのだろうと思っている。魔法使いは人々を助けられる力があるが、それが公になって悪用されてしまうのを避けるために秘密にしなければならない。だが、魔法使いとて人であり一般人と関わらない訳にはいかない。そんなジレンマを解消するために、麻帆良が建設されたのだろう。

 

「まー、なんだ。あんたも大変だな、うちみたいな問題児ばっかのクラスを受け持っちまって」

 

「いえ、ここでの生活は楽しいですし、皆さんと一緒の時間は、短い期間ですが僕にとってかけがえの無いものだと思ってます」

 

ネギの言葉に嘘偽りは一切ない。彼女の辛い過去を聞き、誰にもいえなかった本音を明かしてくれている千雨に対して、自分も真摯に話そうと思ったからだ。

 

「ネギ先生、私はまだあんたを完全には信用していない。それを前提にして聞いてくれ」

 

「はい」

 

「今回の事件、私にも協力させてくれ。ようやく何か掴めそうなんだ、このまま黙っていられねぇ」

 

「ですが……」

 

「危険は承知のうえだ、何かあったら逃げるつもりだしな。それに、あんたは生徒を見捨てたりなんてしないだろ? 宮崎のやつを助けてたの見てたから確信してる」

 

彼女が言うには、そういったお人好しな部分は信頼出来る、ということらしい。

 

「……分かりました、あまり危険なことには関わって欲しくはないですが、千雨さんの意志を尊重したいです。これから、よろしくお願いします」

 

 

 

 

「私は今回の事件、何か嫌な感じがするんだ。アイツほどじゃないが、気色の悪い悪意をピリピリと感じてる。ひょっとしたら、犯人はアイツに関係がある人物かもしれない」

 

現在二人は情報交換と犯人についての考察をしていた。すると千雨が言うには、かなり直感的なことではあるが、何か犯人が自分と無関係ではない気がするらしい。もしそうなら外部の犯人という線もあり得るが、ネギは犯人が内部の人間だと知っている。そのことを、まずは話すことにした。

 

「……その、犯人のことなんですが。茶々丸さんが言うには、犯人は3-Aの誰かだというんです」

 

「……茶々丸が嘘を言ってるんじゃねーのか?」

 

「いえ、茶々丸さんは自分の記憶を覗いてもらっても構わないと言っていました。葉加瀬さんに聞いてみましたが、茶々丸さんの記憶を覗くことは可能らしいですし、データの改竄を行っても葉加瀬さんにはすぐにバレるという話です」

 

「葉加瀬か超の奴が犯人、もしくは共犯って可能性は?」

 

「犯人の可能性は低いです。犯人と戦った夜、二人共寮にいました。ただ、二人共関わりはあるそうで、茶々丸さんはその人物のために制作されたそうです。でも、その依頼した人物は明かせないと言われました。そういう契約だそうです」

 

茶々丸が犯人側である以上、その製作者である葉加瀬聡美と超鈴音(チャオリンシェン)に疑いの目が行くのは至極当然だろう。生憎、二人はその日寮で目撃されていたので犯人ではない。では共犯者かといえば、それも違う。

 

「それと、茶々丸さんは今回の事件に少なくとも今回のことで共犯者はいないと明言してます」

 

そう、茶々丸は共犯者がいないと既に言っている。今回の事件はあくまでも犯人と茶々丸の二人が行っていることだと。

 

「共犯者はいない、犯人はクラスメート二人。アイツは外部の人間のはずだし、そうなると私の勘が外れてるって考えたほうがいいのか? いや、だが……」

 

いまいち納得のいっていない表情で考えこむ千雨。数年来に渡ってかの存在に怯え続けてきた彼女が過敏になっているだけかとも思ったが、逆に強烈に残ったかの雰囲気を一日たりとも忘れたことがないという彼女の言からするに、的外れというわけでもなさそうだ。

 

「仮につながりがあるとして、その人物とどういった関係が……もしかして、外部の人間が手引をしている……?」

 

ネギが、そんな一つの可能性について示唆する。

 

「その可能性はあるな、アイツは私に期待してるって言ってたし、犯人を通して私を試している可能性も否定出来ない」

 

共犯者はいなくても、葉加瀬聡美や超鈴音などの協力者はいるのだ。外部の人間に関係者がいてもおかしくはない。

 

茶々丸は嘘は言わないが、そこがむしろ厄介だ。話すことが全て事実である分、他の事実を上手く包み隠してしまう。共犯者はいないが、協力者が存在するといったように。

 

こちらから気づいて尋ねなければ彼女は答えてはくれない。必要のないことを、彼女はわざわざしないのである。そこが人間とロボットの決定的な差であり、アドバンテージだ。

 

「茶々丸さんが嘘を言っていないということは、犯人が具合が悪いということですが……」

 

「度合いは分からねぇもんな。それが出席できないレベルなのか、それともなんとか授業は受けられるのか」

 

結局、犯人についての考察は1時間ほど続いたものの結論は出ず。それでもネギは、秘密を共有できる得難き協力者を得て。千雨はようやく非日常への切符を手に入れたのだった。

 

 

 

 

 

「ふむ、機内食というのは初めてだがなかなかいけるな」

 

上空1万mを飛ぶ飛行便。その乗客の一人である金髪の少女はそんなことを呟く。サラサラとした金の髪はそれだけで一種の芸術品のようであり、白磁の如き白い肌は少女特有の柔らかな弾力と張りを見せている。

 

青い瞳はアクアマリンを彷彿とさせ、彼女の金と白の中に爽やかなアクセントを与えている。黒いゴシックロリータ服は彼女をいっそう美しく際立て、全体の調和を整える。総じて、完成された人形の如き美しさを見事に表現していると言っていい。

 

彼女はカバンから一台の薄型ノートパソコンを取り出すと、あるサイトへとアクセスする。そこは魔法使いが利用する秘密のマーケット、通称『まほネット』と呼ばれるサイトだ。商品の売買から情報の提供、様々な分野で活躍する魔法使い御用達の最大手。彼女はそこのニュース欄へとアクセスすると、話題のニュース一覧へと飛ぶ。

 

「クク、鈴音は上手くやっているらしいな」

 

そこの見出しに一段と大きく書かれている文字を見て、彼女は薄く笑いながらそんなことを呟いた。その見出しの内容は、

 

『元赤き翼(アラルブラ)メンバー、イスタンブールにて重傷で発見される!』

 

というもの。内容としては、ある男性がイスタンブールにて全身を切り刻まれた状態で発見され、病院へと搬送されたというもの。幸い男性に命に別条はないが、傷は全治1ヶ月になるほどのものであったらしい。

 

なにより、その男性が『赤き翼』の元メンバーだったということが大きな波紋を呼んでいる。魔法世界でも知らぬものはいないとまで言われる、20年前の戦争を止め、『ある組織』と長年戦い続けた英雄たち。それが『赤き翼』である。

 

それほどの集団に所属していた元メンバーが、全治1ヶ月の重症を負わされたというのである。その男性は現在世界を見渡しても並ぶ者の少ないAA+ランク。重傷どころかかすり傷を負わせられることさえ困難な人物だ。

 

「これで暫くアスナ達が自由に活動できるな。まあ、学園長には警戒せねばならんが」

 

パソコンを閉じ、カバンへとしまうと同時に炭酸飲料が入ったペットボトルを取り出す。普段はあまりこういったものは買わないのだが、戯れで買ってみたのだ。

 

「……なるほど、こういうものか。少し砂糖が多すぎる気がするが、たまにはいいか」

 

中身が半分ほどなくなったところで飲むのをやめ、これもカバンへとしまう。

 

『成田空港まで、あとおよそ1時間ほどの飛行の予定でございます。化粧室のご利用はベルト着用サイン点灯前に……』

 

「アスナたちとは数年ぶりの再会か。件の少年と会うのも楽しみだ……ククク……!」

 

巨悪を乗せて、鉄の箱はただ目的地へと飛行する。


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