二人の鬼   作:子藤貝

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第二話。戦場に似合わぬ気楽な男たち。
彼らは、英雄足りえるのか。
今回は主人公出番少ないです。
(追記:修正をしました)


第二話 英雄の胎動(前編)

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)。その成り立ちは詳しくは不明だが、紀元前以前から存在するとされている。現在、この世界では大分裂戦争と呼ばれる、世界規模の超巨大国家同士の戦争が続いている。古くから亜人達を中心に形成されていた南のヘラス帝国、新たに魔法世界に居を構えた、人間を中心とした北のメセンブリーナ連合。互いに度々確執を生んでいた両国は、ついにそれを爆発させて他の国家さえも巻き込む大戦争を勃発させたのである。

 

グレート=ブリッジ。

連合が誇る長大なる橋にして、超巨大戦術要塞である。

帝国との戦闘の要衝ともなっている場所であり、戦争における重要拠点でもあった。しかし、先年に帝国からの奇襲を受け、防衛戦を展開。しかし、奮闘むなしく陥落。この防衛戦における最大の失敗は司令官として新しく着任した人物の余りに愚劣な判断能力、決断の遅さにあったとも言われ、撤退の折に数百人の死者を出す第損害を被った。勿論、その後司令官はクビになった挙句、不正に私財を溜め込んでいたとして投獄された。だが、それでグレート=ブリッジが返還されるわけでもなく、帝国との戦線の境とも言えるグレート=ブリッジを失ったことで連合の士気は著しく下がった。これを打開すべく、連合側は総力を上げて大要塞、グレート=ブリッジ奪還作戦を敢行することとなる。時に旧世界の西暦において、1982年の出来事だった。

 

 

 

 

 

「くっそー、あいつらしつこすぎるぞ!?」

 

「馬鹿を言っていないで手を動かせ、ナギ!」

 

「つったって、こんだけ数が多いとちと骨だな」

 

「これだけ士気があれば更に厄介じゃのう」

 

「お師匠様でもちとヤバめか?」

 

「何を言うか。ワシはお主の師匠じゃぞ?この程度で音を上げてられんわ」

 

「フフ。ナギ、恐らくは後もう一息です。ここが踏ん張りどころかと」

 

「アルがそう言うんだったら多分そうなんだろうな。んじゃ、景気付けに一発お見舞いしてやるぜ!」

 

現在、大要塞グレート=ブリッジでは、連合による奪還作戦が展開され、一度は帝国側は敗北を喫した。だが、すぐに戦線を立て直した帝国側は戦列を再構成し、未だ完全に回復しきっていない連合を追い立てようと戦線を展開していた。

そこに、戦争とは思えない愉快な会話を繰り広げる一団が。彼らこそ、最近前線において目覚しい活躍をし、戦功を重ね続けている連合側の現在の大戦力の一つ。人員は僅か5名でありながら艦隊戦においても数十の戦艦を落とした、正に無双の戦団。その名を『赤き翼(アラルブラ)』と呼ぶ。

メンバーは、馬鹿でお気楽ながら魔法と格闘戦は超一級品のリーダー、ナギ・スプリングフィールドを筆頭に。『サムライマスター』の呼び名を持つ青山詠春、様々な魔法を使いこなし、重力魔法さえも編み出したと言われる魔法使い、アルビレオ・イマ。かつては敵であったが

ナギと戦っているうちに意気投合し、雇い主である帝国を裏切って入団した、気合で全てを解決する豪放磊落な男、ジャック・ラカン。そして姿は少年だが、ナギの師匠にして数百年を生きる謎多き存在、フィリウス・ゼクト。彼ら5人のみで1国家の保有する軍隊にも匹敵し得るとまで言われる。

 

「くらえ! 『千の雷』!」

 

「馬鹿! こんな狭いところで広域殲滅魔法を放つな!」

 

「うおっ!? こっちに飛んできやがったぞ!?」

 

「……全く、馬鹿な弟子を持つと苦労するわい……」

 

「いえいえ、あの方が実にナギらしいではないですか」

 

さりとて、彼らが無双の戦人ではあれど、戦争に似つかわしくない空気を纏って戦うのは、敵味方問わず気の抜けるものであった。

 

 

 

 

 

帝国の戦線を押し返し、現在は戦闘休止の一行。腹が減ってはなんとやら、ということで。

城壁の上で暫し憩いの時間である。ただし、睨み合いの真っ只中であるため酒など存在しないし、ナギは未成年のためそもそも飲むことができないが。

 

「ふー、何とか押し込んでやったぜ!」

 

いい仕事をしたとばかりに、満面の笑みを浮かべて水筒の水を嚥下するナギ。

 

「そのかわりこっちもボロボロだがな……」

 

背中が煤けているようにも見える、と言うよりところどころ服の裾が焦げている詠春。先ほどの魔法を躱し損ねたようだ。

 

「詠春よう、あんまカリカリしてっと将来ハゲるぜ?」

 

ラカンがそんなふうに茶々を入れる。そのせいで「誰がハゲるかっ!」と半ギレした詠春がラカンを追い回し始めた。

 

「いやぁ、賑やかですねぇ」

 

ほっこりした顔のアルビレオ。

 

「少しは止めようとは考えんのか」

 

溜息をつきつつ、携帯食を齧るゼクト。そんなゼクトも、彼らを止めようとはしない。答えは簡単、面倒だからだ。最近メキメキと実力をつけた弟子に、それに追随するように詠春も強くなった。ラカンは帝国側でも屈指の実力者であったし、アルビレオも重力魔法を開発した高位の魔法使い。こんなメンツのじゃれ合いなど、まともに相手するだけ無駄というものであった。

 

「はぁ……癒しでも欲しいもんじゃのう……」

 

「どったよ師匠? さすがにもう歳か?」

 

「戯け。ワシはまだまだ現役じゃ。頭痛の種はお主らじゃよ、馬鹿弟子に真面目馬鹿に筋肉馬鹿」

 

「「ちょっと待て! こんな馬鹿と一緒にするな!」」

 

「んだとテメェら! やるか!?」

 

「いいぜ……そろそろ決着つけようじゃねぇか!」

 

「一度、お前に灸を据えねばと思っていたところだ……丁度いい!」

 

「やめんか馬鹿共が!」

 

ゼクトの渾身の拳が三バカの頭に振り下ろされた。その後、珍しく説教をゼクトが三人相手に展開し、その様子をニコニコ笑顔のアルビレオが眺めているのだった。

 

 

 

 

 

「なあ……」

 

「なんだ?」

 

「俺たち、いつになったら祖国に帰れるのかねぇ?」

 

「知るか。戦争が終わったらだろ」

 

要塞内部、とある一室。連合側の兵士の会話。彼らは度重なる戦火の拡大と戦線の激化に疲弊しきっていた。むしろ、『赤き翼』らがあれほど元気なのが異常なのだ。常人からすれば、彼らはまさに別次元と言っていい。

 

「……俺さぁ、おふくろが買ってくれたお伽噺が、子供の頃好きだったんだよ」

 

「ああ? んだよ急に。んなこと言ってると死ぬって上官が言ってただろ」

 

「んなもん迷信に決まってんだろ……。まあ聞けよ、俺ってよぅ、お伽噺に出てきた騎士に憧れたんだよ・・・。どんなものでも斬り裂く聖なる(つるぎ)に、何も通さない硬い鎧を纏って、お姫様を魔王から助け出すんだ。その本の挿絵の騎士がかっこよくて、すっげぇ憧れたもんさ、こんな風になりたいって」

 

「…………」

 

「そんで、こんなでっかい戦が勃発して、俺もあの騎士みたいに英雄になりたいって思ったんだよ。でもさ、俺一人が何やったって所詮はチカラのないちっぽけな男だって現実を突き付けられた……」

 

幼い頃の、淡い夢。勇者に、英雄になりたいと望んだ男に、現実はかくも残酷な事実を叩きつけた。たかだか一人の人間では、戦争という多くの人々の思いが錯綜する強大なうねりに対抗などし得ない。それができるのは、それに立ち向かう勇気と実力を持つ、それこそ本物の英雄ぐらいだろう。

 

「だから、俺はもう戦争なんざゴメンだ……。何人も死んで、皆いい奴らばっかだったのにさ、昨日喋ってたそいつらは次の日には皆帰ってこねぇ……。もう嫌なんだよ」

 

「……俺もだよ。さっさと故郷に戻って、お袋と一緒にいてやりたい」

 

人々は、英雄ほど心が強くはない。だからこそ肩を寄せあって生き、大きな悲劇が起こっても対岸の火事を決め込むのだ。しかし、今回ばかりはそうも行かない。魔法世界を丸ごと

戦火に引きこむ大分裂戦争は、彼らを許してはくれない。

 

「……こんな時、本物の英雄様が現れてくれればなぁ……」

 

「よせよ……。そんな希望的観測じゃ何時まで経っても戦争が終わらねぇ」

 

「……違ぇねぇや」

 

 

 

 

 

「行くぞ……」

 

「応」

 

こちらは帝国側。城壁の真下にある海面、そこに幾人かの帝国兵の姿があった。グレート=ブリッジは海峡を結ぶ非常に長い連絡橋だ。その橋脚は海面下にあり、荒れ狂う波や潮風にも

へこたれない強靭な素材でできている。そんな橋脚を、帝国兵士らが鉤爪を利用して登っている。今回、彼ら帝国側が承った任務は、何としてでもグレート=ブリッジを死守、奪われたのなら奪い返せという司令だった。皇帝の勅命であったが故、皇帝に信を置かれていると帝国兵達は士気も高く、万全の体制だった。だが、今回参戦した連合側の大戦力、『赤き翼』が余りに強敵であり、城塞を手放さざるを得なくなってしまった。帝国兵士は皆、グレート=ブリッジを死守することができず、悲嘆にくれていたのだが、指揮官が優秀な人物であり、兵士を鼓舞して奪還のために城塞戦を展開した。それでも、奪い返すには至らなかったが、連合の兵士の士気はガクンと落ちた。なにせ、いくら『赤き翼』が強大でも、あくまで勝敗を決するのは兵士たちの踏ん張りだ。連合は、度重なる波状攻撃を受けて疲弊しきり、兵士たちの空気はまるで通夜の参列である。

 

「この奇襲が成功すれば……我々の勝利だ」

 

そう呟くのは、この数人の帝国兵からなる部隊を率いる、隊長の地位にいる者だ。今回の城塞戦を行なっている上で、最も活躍をしているのが彼ら隠密部隊である。場内に火を放ち、情報をリークして持ち帰り、戦略に利用する。その働きぶりは直接戦闘を介さない部隊であれど、

今回の一番手柄といってもおかしくない働きぶりだ。尤も、日陰者をよしとする彼らは褒賞などに興味はないし、求めるのはあくまで帝国の繁栄につながる、ひいては勝利のみである。

 

現在、彼らは司令官の密命を受けて奇襲作戦を展開中だ。先程戦闘を介さない部隊と述べたが、彼らはあくまで情報収集や工作活動が主な仕事であるだけで、そこらの一兵卒よりも遥かに高い能力を有する。そんな彼らが、音もなく城塞に侵入して奇襲、できるならば連合側の高官や将校を暗殺するために城塞を登っている理由。それは帝国側の疲弊の問題だった。今回、帝国側は当初は防衛戦こそが主体であった。しかし、連合に敗北して撤退を余儀なくされた彼らは、兵士の士気は高くあれど、食料の問題が首を(もた)げた。

『腹が減っては戦はできぬ』とはよく言ったもので、今は士気の高さでカバーできているが、その内空腹に耐えかねて帝国側の不利が明白になりかねない。よって、早期に決着をつけるために奇襲作戦を敢行したのだ。本来であれば、こういったものは何度も不規則に行って相手の不安や恐怖を煽ってから総力戦を行うのだが、時間が惜しいために、暗殺や破壊工作を行うことを余儀なくされた。

これは、即ち上官からの死刑宣告に等しい。なにせ、十分に恐怖を煽ったり士気が下がってもいないのに、こういったリスクの高い任務をするのは愚策としか言いようがない。それでも、彼らは文句も言わずに任務を果たそうとしている。

 

「俺らが死んでも……帝国軍が頑張ってくれるはずだ」

 

「ああ。そのためならこの命、惜しくなど無い」

 

彼らの思いは唯一つ。

『犬死するよりも、少しでも戦果があげられるように頑張りたい』

という一念だけだ。彼らは死ぬかもしれないし、死ぬのだろう。だがそれでいい。それで帝国に勝利があるのならば、死などどれほどのものか。げに恐るべきは、帝国が誇る影の精鋭。その凶刃は連合の喉元に届こうとしていた。

 

 

 

 

 

その少し前。グレート=ブリッジ近海の海上。

 

「……あれかな?」

 

海上を凄まじい速度で疾走する存在が一人。黒い髪をなびかせ、艶やかな紫の着物を羽織る少女。かの『闇の福音』の忠臣にして従者、明山寺鈴音である。彼女は海上を両の足を使って走っていた。これは彼女がエヴァンジェリンの指導によって得た、気の操作による初歩的な移動術である。とはいっても、かの悪名高き大魔法使いであるエヴァンジェリンにとっての初歩的な技術、だが。普通、数千kmはあろうかという海洋上を疾走するなど、一般的な魔法使いや気の使い手ができることではない。あの出会いから数年。元から異常な実力者であった鈴音は、エヴァンジェリンという良き師の指導の下、様々な技術を叩きこまれた。

ただし、彼女の体質上(・・・)魔法だけはどうしても扱えなかったが。

 

「……霧が深い……」

 

グレート=ブリッジ近海の気候は、潮風により湿気が強く、霧が発生しやすい傾向がある。これにより、グレート=ブリッジでは長い橋の上で度々自己が多発したり、事故対策に頭を悩ませてきた。今回の戦闘でも、グレート=ブリッジを得てからまだ十分な気候の把握や戦い方を把握できず、連合相手に敗北した。ただ、連合側も味方に魔法を誤射する者が多発したり、攻城側となった帝国軍の奇襲に頭を痛くすることとなった。敵味方問わず、この気候は厄介極まりなかったのだ。

 

「……問題ない、切り抜ければいい……」

 

だが、あらゆる戦闘状況を想定した模擬戦を、あのエヴァンジェリン相手に強いられてきた彼女にとってみれば、この程度は造作も無い。彼女と出会った時でさえ、彼女の『呼吸』を読む能力で苦もなく発見することができたのだから。さて、そんな彼女はそろそろグレート=ブリッジに接近していたのだが。

 

「……? ……様子がおかしい……」

 

霧の向こう側から、魔法による爆撃音や雄叫びが聞こえてくる。戦闘中であったのか、それとも別の何かか。

 

「……好都合……」

 

この喧騒に紛れれば苦もなくあの城塞に潜り込めるだろう。そう判断した鈴音は、城塞へと向けていた足を早め、戦闘の真っ只中へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「て、てめぇらなにもんだ!」

 

「大人しくしてもらおう……」

 

帝国兵の奇襲を受け、部屋にいた二人の連合兵士はあっという間に無力化されていく。

 

「くそったれ、帝国の奴らかよ!」

 

「口を塞げ」

 

「なにをむぐぐぐ!」

 

口に詰め物をし、兵士二人を黙らせる。

 

(こいつら手際が良すぎる……隠密の奴らか!?)

 

兵士の一人は帝国側に存在すると言われる、その非常に厄介な部隊を想起していた。苛烈な訓練をこなした者だけがなれ、精鋭で揃えられた部隊。その噂を聞いた相手曰く、命なき部隊。

命を度外視して行動する捨て身の部隊だと。

 

「よし、ロジャーとナルススは城内の破壊活動。隙を見て城門を開けろ。タイラーは連合の犬共を撹乱させろ。俺は、司令官をやる」

 

(やべぇ……! このまま行けばまた泥沼の戦場になりかねない……!)

 

ちらりと、もう一人。連合兵士である戦友の方を見つめる。どうやら、彼の方もそれを理解しているらしい。幸い、相手はこちらが一兵卒だと油断しているようで、手持ちの杖1本だけを没収された。だが彼らはこういった時のため、予備の杖を服の内側に縫いつけてあるのだ。二人はアイコンタクトで会話する。伊達に、数年一緒に戦場で活動してはいないのだ。

 

(俺が不審な動きをしてるように見せる……その時に……)

 

(……なるほど。あいつが囮になってその隙にやれってことか)

 

チャンスは一瞬。失敗すれば祖国は遠のく。そんなのはもうたくさんだと、囮役を買った男は内心で呟く。そして、いざ実行に移そうとしたその時。

 

ガシャアアアアン!

 

「見つけたぜ」

 

ガラスの割れる音と同時に現れたのは、連合の救世主にしてこの度参戦した『赤き翼』のリーダー。

 

「な、ナギ・スプリングフィールドが何故此処に!?」

 

「ば、馬鹿な! 気配遮断の魔法を使っていたというのに!」

 

「気までは遮断できねぇみたいだなぁ? 俺には手に取るように分かったぜ」

 

そう言って現れたもう一人。傷だらけの肌に筋肉の鎧で覆われた巨躯。ナギと同じく、『赤き翼』のメンバーであるジャック・ラカンだった。

 

「なんか怪しいと思ったら奇襲かよ……もっと真正面から来いやァ!」

 

ラカンの右ストレートが帝国兵士の腹部に炸裂する。そのあまりの威力に、さしもの精鋭を誇る隠密部隊の隊員とはいえ悶絶は必至であった。

 

「ケッ、なんだよもうダウンか?」

 

「……おのれぇ……!」

 

歯噛みする隠密部隊の隊長。これだけの戦闘能力の差では、抵抗など無意味。司令官の暗殺など夢のまた夢だった。だが、彼らは帝国の命なき部隊。転んでもただでは起きず、死んでも多少の置き土産はしてみせる。

 

「ただでは死ねん……貴様らにも多少の痛手を負わせてやる……」

 

「ハッ、それができるんならな」

 

隊長の、苦し紛れとも取れる言葉に、ナギは余裕の表情だ。

だが。

 

「残念だがな……俺たち数人だけかと疑わなかった貴様らの負けだ」

 

ドォン!

 

「な、なんだぁ!?」

 

ナギたちがいる部屋から反対の位置にある、砲台が密集した場所から突如として爆撃音が。

慌てて窓から窓を乗り出してみてみれば、黒煙が昇っていた。

 

「クソッ、他にも仲間がいやがったのか!」

 

そう、隠密部隊は別働隊が存在した。彼らはそれぞれがナギたちに捕まった部隊と同様に役割分担されており、その部隊の一つが砲台が密集してある城壁にて魔法で爆発を起こしたのだ。

 

「おいてめぇ! 他にどれぐらいいやがるんだ!」

 

ナギが隊長に詰め寄って胸ぐらをつかみ上げ、情報を吐かせようとする。しかし、それはもはや叶わなかった。

 

「おい! 何とか言えよ! 言わねぇんだったら力づくでも……!」

 

「……ナギ、そやつもう死んでおるわい」

 

先ほど割れた窓から、ゼクトが現れてナギに語りかける。どうやら、敵襲があったことを確認し、ナギ達を探していたのだろう。

 

「……畜生、毒を飲んだってことかよ……!」

 

見れば、既に隊長の瞳孔は開ききっており、生気が感じられない。他の者達も同様の有様である。心臓の鼓動さえ聞こえはしなかった。恐らくは、奥歯に仕込んでいたものを服毒して自殺したのだろう。これでもう、破壊活動をして回る連中を止めるには、虱潰しに倒していくしかなくなってしまった。

 

「こやつ、帝国の隠密じゃろう……凄まじい奴らじゃ」

 

「敵ながらアッパレ、てか?」

 

「……冗談じゃねぇ。結局泥沼になっちまっただけじゃねぇか……」

 

ナギは歯噛みして声を絞り出した。彼は頭の出来は良くないが、それでも戦局の有利不利などぐらいは分かる。このまま連合側が勝ち続ければ、帝国軍は兵の損耗を恐れてグレート=ブリッジを一先ずは諦めただろう。だが、ここにきて彼らが帝国側に希望を持たせてしまった。これで、もう両者共に後に引けぬ戦いとなってしまったのだ。

 

「……この馬鹿野郎どもめ……」

 

寂しさを含む、ナギの声。そして彼らの死体を一瞥すると、戦場へと向かうため、ゼクトとラカンを引き連れて部屋を後にした。後に残った、連合側の兵士二人は。

 

「なあ、こいつらも……俺達と同じだったんだな……」

 

「……そうだな、こいつらだって家族がいたんだろうし、譲れないものってのがあったんだろうな……」

 

「……何年も戦場にいたってのに、気づかなかったよ俺ァ」

 

「俺も……、俺も『赤き翼』の連中に英雄を幻視してたんだ。でもよ……英雄ってのがあんなに辛そうな、悲しいもんだとは思わなかったぜ……。感傷に浸って、馬鹿みてぇだわ」

 

「ならよ……せめて。せめて少しでも頑張ってこいつらが浮かばれるように、あいつらが楽できるように、戦争終わらせて平和にしねぇとな」

 

「……ああ。そうでもなきゃ、こいつらに顔向けできねぇや」

 

覚悟を決め、肚を括った。彼らの遺体にそっと、部屋にあったタオルを被せる。葬式は後でしてやるから、我慢してくれよ。そんな言葉を残し、彼らは部屋を後にした。残ったのは静寂のみ。

 

 

 

 

 

そんな場所に、僅かばかり遅れて訪れた人物が一人。

 

「……死体……?」

 

海上を走破し、虚空瞬動で城塞に侵入した鈴音である。この部屋に入ったのは、丁度ガラスが割れて手頃な感じだと思ったからだ。気配も感じなかったので、そのまま突入してきたのである。

 

「……何かがあった?」

 

何が起こったのかを思案するが、これといって思いつかないのでそこで思考を切る。

 

「……どうでもいい、かな……」

 

考えてみれば、彼らが死んでいたところで鈴音には何ら影響はない。むしろ、死体がそこらに転がっているだけで邪魔だと感じる程度だろう。

 

「……上のほう……」

 

戦闘の気配を察知した鈴音は、侵入してきた窓から外に飛び出し、そのまま城塞の上へと飛んでいった。


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