二人の鬼   作:子藤貝

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第二十六話 闇夜の攻防②

「なんだ、戻ってきたのか先生。てっきり逃げ出したのかと思ったが」

 

屋内プール場に戻ってみれば、先程と同様にまき絵が待ち構えていた。ただ、今度は先ほどとは違い黒いマントは脱いでいる。先ほどずぶ濡れになったため脱いだのだろう。よく見れば、濡れていた制服も乾ききっている。

 

「いいえ、貴女を止めるまで……僕はもう逃げないと決めました」

 

「ハッ、ご立派な考えだができるのか? あんたは私と戦いたくないんだろ?」

 

「……確かに、僕は貴女と戦いたくないです」

 

「私でなければ戦えただろうになぁ? 残念だったな、最低なネギ先生?」

 

ネギが戦えないことが分かっていることをいいことに、言いたい放題なまき絵。自分がネギにとって大事な生徒であり、危害を加えられないことを理解しているためだ。

 

だが。

 

「……ですが、僕は貴女と戦います。矛盾してるかもしれないけど、貴女と(・・・)戦いたく(・・・・)ないから(・・・・)戦います(・・・・)

 

「……は?」

 

「そういうこった、悪いがこいつにこれ以上あれこれ言っても無駄だと思うぜ」

 

予想外の言葉に呆けるまき絵。そして、それを補足する言葉を発しながら一人の少女が暗がりから現れた。

 

「長谷川……千雨……!」

 

「よう、随分と口汚くなったな佐々木」

 

そんな軽口を叩く千雨に、まき絵は顔をしかめて嫌悪を示す。その様子を見て、千雨はため息をひとつ吐く。まき絵は眉をひそめながら得心のいった様子だ。

 

「そうか、貴様が彼に何か吹き込んだか」

 

「人聞きの悪い言い方すんじゃねぇ。それに、吹き込んだっつーんならてめぇも同じだろ」

 

互いに視線を逸らすことなく、彼女らは言葉をかわす。一見すればただの口の悪い会話だが、言葉の端々からピリピリとした雰囲気が感じ取れる。級友が戯れに軽口を叩き合うような雰囲気ではなく、もっと棘棘としたもの。

 

「で、貴様が来たところでどうする気だ? 先生の足でも引っ張りに来たか」

 

「生憎、他人と関わることがないせいでそもそも他人の足を引っ張る事が少なくてな」

 

「……減らず口を」

 

「お互い様だろ、犯人様よぉ?」

 

罵り合いの応酬で、割り込む隙さえ見出だせないネギはオロオロとするだけ。話の中心的人物が置いてきぼりになってしまっている。

 

(千雨さんって、親しくない人とこんなに話せたんだ……)

 

そう、千雨は軽い対人恐怖症である。そのせいで同級生とすらろくに会話ができないせいで友人もろくにいないと聞いているのだ。故にネギは、千雨が親しい人間以外ではろくな話もできないのだと思っていた。いや、実際その通りであり、彼女が最近一番話をしたのは実はネギだったりするのだが。

 

今現在、彼女は軽く興奮状態になっていた。普段運動をしない彼女が息が切れるまで走ったことを基点とし、現在の自分を形作る原因となった者と関わりを有する可能性がある相手を目の前にし、目指していた目的に近づけることに対する潜在的な喜びが起因していた。

 

「しかし驚いたぞ。普段教室の隅で物静かに光合成でもしているのかのように大人しい貴様があんな大胆な行動に出るとは」

 

「私の目的のためなんでな、大胆にもなる。……お喋りはここまでにするか」

 

「何?」

 

「お前に聞きたい。"仮面の女"を知ってるか」

 

「……知らんな。そもそも、そんな曖昧な特徴で尋ねるのがどうかしている」

 

否定の言葉。そもそも、犯人にとってまともに答える必要性さえないのだ。千雨の質問は全くの無駄に思えた。

 

「そうかい。……じゃあもうひとつ特徴を付け加えるぞ」

 

だが、次の言葉が犯人の心に波紋を呼んだ。

 

「"紫の着物を着た黒髪の女"を知ってるか」

 

 

 

 

 

「…………知らん」

 

「嘘だな。さっきと違って答えるのに少し時間がかかったぞ」

 

「知らんと言っているッ!」

 

先ほどとは違い、怒鳴り散らすまき絵。まるで千雨の言葉をかき消そうとしているかのような言動だった。

 

「随分大げさに否定するな……やっぱ知ってるんじゃないか?」

 

「黙れ、そのべらべらとうるさい口をこれ以上広げられたいか」

 

先ほどまでとは雰囲気が一変してる。明らかに触れられたくない何らかに関わっていると見て間違いないだろう。これ以上聞こうとしても無駄だろうことを感じた千雨は、話の方向を変えることで切り込んでいくことにした。

 

「おお怖い怖い。新体操なんてやってる割に中身は凶悪なんだなお前」

 

「あれも適当に部活動を選んだだけだ」

 

まき絵は言い切る、自分の本性を包み隠すための行為でしかなかったと。しかし、そこに千雨は違和感を感じた。

 

(……ひょっとしてこいつ)

 

「ハッ、聞くだけ聞いてだんまりか。自分勝手なやつだ」

 

黙りこくる千雨を見てそう吐き捨てるまき絵。しかし、千雨はそれに反論するわけでもなく新たな質問を投げかける。

 

「……お前、本当に(・・・)佐々木か(・・・・)?」

 

「えっ?」

 

千雨の言葉に驚いたのはネギだった。まき絵は余裕から浮かべていた笑みを消し、若干苦い顔をしている。

 

「……何をとち狂ったことを言い出すかと思えば。私は正真正銘、佐々木まき絵だ」

 

「だろうな、そんな感じはする」

 

「千雨さん、一体何を言って……」

 

「先生、私は"仮面の女"と出会って以来、他人の悪意とかそういうもんに敏感なんだ。だからこそ分かる、こいつは佐々木(・・・)じゃない(・・・・)

 

「ど、どういうことですか?!」

 

今度ははっきりとまき絵を偽物だと断じる千雨に、何を言っているのかをネギは聞く。

 

「こいつは今、新体操のことを適当に選んだと言っていた。だがな、私が以前こいつの部活動をたまたま目撃した時、心の底から楽しそうにしていたのを見ている。あれは、間違いなく嘘偽りないあいつ自身だった。それをこいつからは感じねぇ」

 

千雨が言うには、他人の何かに向ける感情に対して敏感な彼女が、新体操を心底楽しそうにやっていたというのに、今のこのまき絵からはそれを一切感じないのだという。むしろ、悪意ばかり感じるというのだ、あたかも別人のように(・・・・・・)

 

千雨の目つきが鋭くなり、まき絵を睨みつける。

 

中身は誰だ(・・・・・)?」

 

「……っ!」

 

「あんたの言うとおり、確かにあんたは佐々木まき絵だろうさ。ただし、それはあくまで肉体だけ(・・・・)の話だろ?」

 

「中身が違う……まさか、精神転移……!?」

 

「何か知ってんのか、先生」

 

「はい、昔本で読んだことが……魔法で自分と他人の精神を入れ替えるといったものです。でも、あまりに危険な術なので禁術として扱われてますけど……」

 

魔力に自分の精神を乗せることで、他人の精神内へと強制的に入り込んで入れ替わるこの魔法は、非常に危険な代物である。なにせ、使用者にも被害者にも精神が迷子になるというリスクが付き纏う上に、入れ替わってしまえば完全に肉体を支配できてしまうのだ。

 

しかも、成功して精神を追い出された被害者は術者の精神が消えた後、下手をすると廃人になってしまう。あまりに危険なため、魔法使いの間では使用を禁じられている禁術なのだ。

 

「……つまりあいつはそれを使って佐々木になりすましてるってことか」

 

「……実は魔法を必ずしも使う必要はないんです。精神に作用する特殊な魔法具の一つに、『幻惑の万華鏡(カレイドスコーペ・イルージオ)』というものがあって、それを使えば簡単に相手の精神を乗っ取ることができます」

 

非常に希少な魔法具であることに加え、その強力さと違法性から所持するだけで重い刑罰を与えられるといういわくつきの代物なのだという。

 

「種は割れたぜ? いい加減白状したらどうだ、偽物さんよぉ!」

 

千雨に核心を突くようなセリフを吐かれ、彼女が口から漏らしたのは。

 

「…………クキッ」

 

喉を引きつらせたかのような、気味の悪い笑みだった。

 

 

 

 

「いやはや、よく看破したものだ。敬意を表するよ、長谷川千雨」

 

「本性表しやがったな……」

 

「クキキッ。そうさ、私はこの佐々木まき絵の中に魔法具を用いて精神を潜り込ませた。そして私の本体は全くの別、というわけだ」

 

観念したかのようにペラペラと喋り出すまき絵、いや、まき絵になりすました犯人。やはり彼女は中身が入れ替わった別人であった。

 

「まき絵さんを解放してください!」

 

「クキキッ、いいだろう。私の正体を見抜いた褒美だ、それぐらいは飲んでやってもいい」

 

そう言うと、彼女の口から真っ白な靄のようなものが吐き出され、プール場の奥へと飛んでゆき、みえなくなった。するとまき絵の目から精気が無くなり、彼女が膝を折って崩れ落ちる。慌てて彼女に接近して抱きかかえ、そのまま地面へと横たえる。

 

「ふぅ……。でもまさか、まき絵さんに犯人が乗り移ってたなんて……」

 

「あいつを追うぞ先生、追っていけばあいつの体が見つかるはずだ。そうなりゃ、あとは犯人を捕まえればいい」

 

「そうですね、急ぎましょう!」

 

「佐々木は置いてくしかねぇな。まああとで迎えにくりゃいいだろ。さっさと犯人捕まえて、色々と聞き出さねぇとな」

 

まき絵に上着をかぶせて冷えないように配慮し、犯人を追おうとしたその時。

 

『その必要はないさ』

 

先程と同様に黒いマントを纏い、フードを目深に被った人物が柱の陰から現れた。

 

「本物のお出ましか……」

 

「もう体に戻っていたんですね……」

 

身構える二人。特にネギは油断なく杖を構え、いつでも魔法で迎撃ができるようにしている。

 

だが、二人は驚愕することとなる。あまりにも予想外すぎる事態に。

 

『ふふ、さっきは見破られてしまったが』

 

『今度はどうかな?』

 

「え……ええっ!?」

 

「こりゃ、どういうこった……?」

 

『見ての通りだよ』

 

『何も私は早々に正体をあかしてやるほど』

 

『お人好しじゃないのさ』

 

『さっきは油断しただけだ、もうヘマはしない』

 

影から現れたのは、一人だけではなかったのだ。合計で6人、全員が同じ姿をしていた。

 

「幻影か……?」

 

「い、いえ。見た限り本物の人間みたい、……っ!」

 

ネギは自らの言葉と、先ほどの犯人の正体が頭のなかで結びつき、気づいてしまった。ここにいる犯人たちの正体に。想定していた以上の最悪の事態に。

 

『気づいたようだ』

 

『まあ、さっき種明かしをしてしまったからな』

 

『もうちょっと遊んでやりたかったが……』

 

『まあ、戯れもここまでにしよう』

 

そう言うと、犯人たちは一斉にマントを脱ぎ捨てる。その下から現れたのは。

 

「……胸糞悪ぃことしやがって……!」

 

千雨がそう毒づく。だが、彼女の言も最もだろう。なにせ、犯人たちの正体が3-Aのクラス(・・・)メイト達(・・・・)だったのだから。

 

「み、みなさん……!」

 

「どうだい先生」

 

「これでもなお」

 

「戦えるかい?」

 

先ほどのまき絵のように、不敵な笑みを見せる彼の生徒たち。のどか、アキラ、美姫、夕映、祐奈、亜子。6人の内3人が犯人に襲われた人物だった。

 

「まさか、犯人が僕の生徒を襲っていた理由って……!」

 

「ああ、自分の精神を憑依させる相手を確保する目的もあったみてぇだな……」

 

「そこまで気づくか、やるねぇ」

 

パチパチと拍手をするのどか。普段の気弱そうな彼女とは全くかけ離れた言動にネギは薄気味悪いものを感じた。

 

「宮崎や大川は分かるが……他の奴らはどうやって憑依しやがった」

 

「襲った娘と親しいからねぇ、簡単に油断してくれたよ」

 

そして残りの3人も、被害者の2人と繋がりがある。夕映は友人であり同室でもあるのどかと。そして祐奈と亜子はアキラと、先ほど犯人が憑依していたまき絵とも交友関係が深い。そう、彼女らは既に憑依されていた友人によって体を乗っ取られたのだ。

 

「なんて酷い……!」

 

「クラスメイトに対してこの仕打ちかてめぇッ!」

 

あまりに外道な犯人に対し、二人は目に見えるほど憤りを露わにする。しかし、犯人はどこ吹く風といった様子で。

 

「だからなんだ、私のために働いてくれればそれでいい」

 

「言っておくが、私の本体はこの中の誰かだ」

 

「憑依しているからといって、私が実は先生の生徒じゃありませんなんて詐欺みたいなことはないから安心してくれ、クキキッ!」

 

ネギが仄かに抱いていた、犯人が生徒に憑依しているだけで、生徒の中に本物の犯人はいないという希望的観測を指摘され、ネギはたじろぐ。

 

「とことん下衆だなてめぇはよぉ……!」

 

「言っただろう? 私のために働いてくれればそれでいいと。不要になったら切り捨てればいい」

 

「なんてことを言うんですか!」

 

犯人はネギの生徒であることは本人が認めた。だが、クラスメイトをまるでモノのように扱う犯人の考え方は、明らかに常軌を逸していた。

 

「これ以上好きにはさせない……何人だろうと関係ありません! 全員、貴女の魔の手から救いだしてみせる! 貴女にも色々と話すべきことがあります!」

 

「クキキキキ! そうかいそうかい、やれるもんならやってみな……できるもんならよぉ!?」

 

 

 

 

 

「っ! あのバカ、なんてことやってんのよ……!」

 

薄暗い部屋の中、少女が水晶球を眺めながら叫ぶ。犯人の行動を見張っていた柳宮霊子である。体調不良であった犯人が機を焦って猶予期間が明けた直後に行動を起こしたのはまだよかった。あくまで今回の計画を進める役目は犯人の少女に一任されており、霊子は不測の事態に備えていれば問題はなかったはずなのだ。

 

「精神が不安定な時に『幻惑の万華鏡』を、それも複数人相手に使うなんて馬鹿な真似をして……」

 

元来、使用を禁じられるほどの強力な力を有する『幻惑の万華鏡』だが、なにもそれだけで所持しているだけで重罪になるほどのことにはならない。問題は、この魔法具に非常に厄介なデメリットが有ることだ。

 

それは、精神が不安定な人が使用した場合、それをトリッガーにして精神の異常暴走を引き起こす恐れが有ること。過去、そういったことが魔法世界のとある街で起き、街の人間は精神を暴走させて狂った人間によって皆殺しとなってしまった。実行した人間も、精神の暴走による魂の摩耗によって精神が崩壊し、精神病院で息を引き取ったという。

 

(マズイわ……あのままあの子を暴走させてしまえば、英雄の子が死ぬ……)

 

大事な計画の核とも言える存在が死んだとなれば、これまで行ってきた計画の準備やら何やらが全て台無しとなってしまう。

 

(それだけじゃない、最悪……学園そのものが消し飛ぶわね……)

 

組織に入ってまだまだ日が浅いうえ、精神が不安定で実力をうまく発揮できない新参者である犯人の少女だが、逆にその若さで、短期間で幹部にまで上り詰めた実力は決して低くはない。むしろ、潜在的ポテンシャルを考慮すれば伸びしろが更に存在するという恐ろしい才能の持ち主なのだ。

 

だからこそ、そんな人物が精神暴走で暴れまわれば、この学園が地図から消えるレベルの破壊が巻き起こされても何ら不思議ではない。

 

「よりにもよってアスナがいない時に行動するなんて……計画の都合上、私が上で行動できないからあの子を止められるストッパーが誰もいない……。こうしてはいられないわ」

 

すると霊子は水晶球の映像をかき消し、代わりに別の映像を映し出す。そこに写っていたのは、現在犯人に乗っ取られているはずの綾瀬夕映の姿。霊子は念話で相手に話しかける。

 

【夕映、聞こえている?】

 

【……何ですか? 仕事なら今していますが】

 

そう、夕映は本当に操られているわけではなく、犯人一味に協力しているだけだったのだ。とはいえ、言動やら動きやらは全て犯人の少女によって制御されている。あくまで意識があり、その気になれば独断行動が出来るだけの、いわば万が一の保険。

 

【緊急事態よ、あの子は今暴走する一歩手前まできてる。いざとなったら、貴女が彼女を食い止めなさい】

 

【はっ!? 何を……】

 

【説明してる暇はないの、これから援軍を呼ぶから、それが来るまで何とか持ちこたえさせなさい。これは命令よ】

 

一方的に念話を切り、今度は立ち上がると背後にある本棚へと駆け足で向かう。そしてほんの重厚な作りの本を一冊引き出して開くと、そこには携帯端末が。

 

「確か番号は……」

 

普段こういったものをあまり使用しない彼女なのだが、いくら機械に疎いとはいっても操作もまともに出来ないほど頭は硬くない。覚えていたある人物への連絡先である番号を打ち込み、通話ボタンを押す。

 

電話の接続音が連続する。相手がなかなか出てくれないことに苛立ちを覚えるが、それはすぐに解消された。

 

【……もしもし】

 

【アスナ? なんで貴女が……今はそんなこと言ってる場合じゃないわね。緊急事態よ、貴女のマスターに代わって】

 

【! 何かあったのね?】

 

【ことは一刻を争うわ、早くして】

 

【分かったわ、ちょうど今マスターがお風呂から出たとこよ。今代わるわね】

 

普段の彼女からは想像できないほど急かしように、電話に出たアスナは電話の元の持ち主へと迅速に手渡した。

 

【私だ、何があった】

 

【あの子が暴走一歩手前まで来てます。上で行動できない私じゃ止められません、至急麻帆良学園まで来てください】

 

【分かった。急いでそちらに向かう。そうだな……念の為に、一人先行させよう】

 

【感謝します。私は引き続きあの子の様子を確認します】

 

【異変があったらすぐ知らせろ。ではな】

 

通話を切り、とりあえずは一人が先にこちらへ向かうと聞き、胸を撫で下ろす。日本へやってきた電話相手を迎えに行っていたアスナを含め、今回は一人を除く大幹部クラス全員が揃ってやってきているはずのため、そのうちの一人だけでも十分すぎる援軍だ。

 

(まったく、ヒヤヒヤさせてくれるわね……)

 

件の人物を再び水晶球に移し、再び監視を始める。今回の計画が終わったら、自分の実験に協力させようと心に決めた霊子であった。

 

 

 

 

 

屋内プール場で閃光が走る。ネギの魔法による雷撃や、のどか達が持つ魔法の杖から光線が放たれる。閃光の正体はそれであった。薄暗い屋内でそれらは周囲を一瞬だけ明るくしながら消えていく。ついては消え、ついては消え。時にぶつかり合って火花を散らしてより明るく光り、消える。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 

撃て(ノミーノ)!」

 

始動キーを唱えたと同時、彼女らは一斉に杖を使用するためのキーを唱えて射出する。彼女らが使っているのはただの魔法の杖ではなく、予め魔法が込められた魔法具だった。発動のためのキーを唱えるだけで魔法がはなてるので、いくら犯人が憑依をしているとはいえ魔法が使えるわけではない彼女らでも、魔法を扱えるのだ。

 

「くっ!」

 

魔法を唱える隙もなく、ネギは魔法を避けるに留まる。しかし相手はその隙を逃さず、何らかの魔法具で浮遊しながらネギを追撃する。ネギも杖に跨って逃走するが、相手はピッタリと後ろをとってはなれない。

 

(攻撃の射出速度が違いすぎる……!)

 

無詠唱であっても、魔法を始動キーで始めなければならないネギに対して、魔法具によって攻撃を短いキーのワンアクションで完成させる彼女らとでは速度が全く違う。こちらが1撃を完成させる間に相手はその倍を行えるのだ。しかも、相手は6人。即ち、12回分の攻撃を躱しつつ魔法を行使しなければならない。

 

(このままじゃマズイ……!)

 

だが、状況を打破するには手数が少なすぎる。

 

(あれが使えれば……でも今の状態じゃ無理だ……)

 

この時のためにまほネットで取り寄せておいた、犯人に対抗するための切り札。それが使えれば犯人を無力化できるだろうが、6人もの相手に隙なくぶつけるのは困難だ。

 

「くっ、どうすれば……!」

 

必死になって考える。目眩ましの魔法を使おうにも、相手は多勢であり攻撃は苛烈。そのうえここは屋内プール上という狭い空間。行動が制限されるせいで、徐々に魔法を躱すことが難しくなってきた。

 

「兄貴! ここはあっしが、もういっちょオコジョフラッシュを! ってうおっ!?」

 

ネギの肩に乗っていたアルベールが再びマグネシウムリボンを取り出すが、アキラに憑依した犯人がアルベールへと魔法を放ち、間一髪それを躱したもののマグネシウムリボンを取り落としてしまう。

 

「小賢しい真似を。二度目は通じんぞ!」

 

先ほど出し抜かれたことを思い出したのか、犯人が声を荒げながら言う。これで、目眩ましをするという選択肢も消えた。

 

「もう手札はないだろう! もう諦めろ先生!」

 

「これで終わりだ!」

 

逃げていた2人に前方を塞がれ、慌てて地上へ急降下して逃れるものの、上空をその2人が旋回して逃げ道を絶つ。そして前後へ残りの4人が降り立ち、絶体絶命の状況。

 

「随分手間取らせてくれたが……」

 

「もう逃げられないよ」

 

一方柱の陰では、戦闘に参加できない千雨がその様子を眺めていた。

 

(くそっ、これじゃ本当に足手まといじゃねぇか!)

 

だが、戦うことはおろか運動さえろくにできない彼女では、今出て行ったところでせいぜいがネギの盾代わりにしかならないだろう。歯噛みして地面へと視線を落とし、ふと、壁際にあるものが見えた。

 

(! あれなら……!)

 

彼女はそれを掴むと、抱きかかえて勢いよくネギたちの場所へと走りだす。

 

「先生!」

 

「千雨さん!? 戻ってください、危ないですよ!」

 

危険だと、千雨に再度隠れるように言うが千雨はネギのところへと来てしまう。犯人たちは、彼女の行動を嘲笑した。

 

「クキキッ! 長谷川千雨、何をしに来た?」

 

「足手まといにでもなりに来たか?」

 

「それとも先生の肉壁にでもなるのか?」

 

しかし、彼女はニヤリと挑発的な笑みを浮かべると。

 

「いんや、てめぇに一泡吹かせるために来たんだよッ!」

 

その手に抱えていた消火器(・・・)を構えた。

 

「き、貴様ッ!」

 

「そら、目に入らないように気をつけろよッ!」

 

安全装置であるピンを外し、ホースから勢いよく消火剤を射出した。その煙で、あっという間に視界が塞がれる。

 

「くっ! 長谷川、千雨ええええええええええええ!」

 

「好きなだけ叫んでろ! 先生、逃げるぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

二度目の奇襲に成功し、2人と一匹はプール場から逃亡することに成功した。

 

「逃すかよ……!」

 

怒りで顔を歪ませた犯人は、彼女らの追跡を開始した。

 

 

 

 

 

「先生、これからどうする!?」

 

「橋の方へ向かいます! あそこなら人気もなくて広さは十分ありますし、うまく戦えるはずです!」

 

あれ(・・)を使う隙も伺えるっつーわけっすね!」

 

ネギの乗る杖に千雨もまたがり、後ろから問いかけた彼女にそうこたえる。後ろからは既に猛スピードで追いかける犯人たちがいるが、一般人に見つかることを警戒してか、彼女らは魔法による攻撃を放ってこない。

 

(……そういえば、茶々丸さんはどこに……?)

 

今まですっかり忘れてしまっていたが、よくよく考えれば彼女がいないことはおかしい。だが、それを考えている暇もないまま、目的地が見えてきた。

 

「見えましたぜ、兄貴!」

 

麻帆良に存在する巨大な湖、麻帆良湖にかかる大橋が見えてきた。外から麻帆良学園に入るための連絡橋でもあるこの橋は、巨大な湖の対岸を渡しているため一般的なものよりもはるかに大きい。ネギはとりあえず考えていたことを保留して更に速度を上げ、2人と一匹は橋の入口まで到着する。

 

「よし、あとはあそこまで行くことができれば……!」

 

その時だった。

 

撃て(ノミーノ)!」

 

犯人の一人が、ネギたちが人気がない麻帆良大橋に入ったからだろう、魔法具のキーを唱えて魔法を射出してきたのだ。跨っていた杖に直撃してバランスを崩し、ネギたちは地面へと放り出されてしまう。

 

ただ、橋に入ったところで低空飛行をしていたことが幸いし、たいした怪我もなく転がり落ちるだけにとどまった。

 

「いっつつ……」

 

「大丈夫ですか、カモ君、千雨さん……!」

 

「ああ、ちょいと擦りむいただけだ。大した怪我はない」

 

「俺っちも大丈夫ですぜ」

 

地面に打ち付けられた鈍い痛みが体を襲っているが、それを歯を食いしばって何とか抑えこみ、急いで立ち上がって体勢を整える2人。アルベールも、橋の脇まで飛ばされたものの無事なようで、すぐさまネギのところまでやってきて肩をよじ登る。

 

「ずいぶんと楽しませてくれるじゃないか、先生」

 

「学園外に逃れるつもりだったのかぁ? 残念だったねぇ!」

 

追いついてきた犯人たちが地面に降り立ち、皮肉めいた言葉を言う。徐々に接近する犯人たちに、ジリジリと交代するネギと千雨。

 

(もう少し……もう少し……!)

 

「長い夜だったが、それもここまでだ」

 

「潔く負けを認めたらどうだ?」

 

「これ以上逃げようなんて、見苦しいだけだぞ?」

 

そう言いながら、6人が足を踏み出した。

 

その時。

 

「今っ!」

 

ネギがいうと同時、6人の足元に魔法陣が出現した。それも1つや2つではなく橋を一直線に分断するかのように、多数の魔法陣が一直線に並んで発光していた。

 

「何っ!?」

 

「これは……!」

 

驚く犯人たちは、すぐさま魔法陣の外へと逃れようとしたが既に遅い。魔法陣から伸びた魔法の鎖によってあっという間に拘束されてしまう。もがいて解こうにも、その強力さで逃れることはおろかまともに動くことさえできない。

 

「捕縛結界……!」

 

「そう! ここには予め兄貴が魔法陣を設置していたのよ!」

 

「カモ君に言われたとおり、ここならみんな油断してくれたね。学園外に逃げると思わせられるこの大橋なら!」

 

罠として設置していた捕縛結界。ネギはそれを頼りにしてここまで逃げてきたのだ。これで、一時的とはいえ6人は一切の行動が不能となる。魔力を予め注入しておいた設置式のため、魔力切れになるまで5分はかかるはずだ。

 

「これで、あなた達の行動は封じました。降参してください、そしてみなさんの中から出て行ってください!」

 

油断なく杖を構えながら、ネギは降参を促す。だが、彼女たちは。

 

「……く、クキキキキッ!」

 

「これで、本当に私達を……」

 

「捕まえたつもりかぁ?」

 

全員が、余裕の笑みを浮かべていた。

 

「私がなんの保険もなく、あんたを追いかけてるとでも思ったか?」

 

「な、何を……」

 

「兄貴、所詮苦し紛れに言ってるだけっすよ」

 

「そうならいいんだが……」

 

犯人たちの態度に、アルベールはあくまで強がりだと言ってみるが、内心は穏やかではない。千雨も、半信半疑といった様子だ。

 

だが、彼女たちの言葉が強がりでないことを証明する一言を、のどかに憑依した犯人が発する。

 

「なぁ、なんで茶々丸が(・・・・)ここにいない(・・・・・・)と思う(・・・)?」

 

「そ、そういえば……」

 

「あ、あれはなんでぇ!?」

 

湖の向こうから、猛烈なスピードで何かか接近してきた。それは火花を上げながら、湖の上を飛んできている。よく見れば、それは人の形をしていた。

 

「あれは……まさか!?」

 

そのスピードに違わず、接近していた物体はすぐに橋へと到着し、橋の上へと降り立つ。それも、犯人が捕まっている捕縛結界のすぐ側へ、だ。

 

「夜分遅く失礼致します、ネギ先生」

 

「茶々丸、さん……!」

 

そう、ずっと姿を見せていなかった犯人のパートナー、絡繰茶々丸だった。彼女は軽く一礼すると犯人が憑依した6人へと近づいてゆく。

 

「いいタイミングだ茶々丸。さすが私の従者」

 

「恐縮ですマスター」

 

そう、彼女はずっと、犯人が憑依した少女達に何かあった時のために様子をうかがいつつ待機していたのだ。茶々丸のことを今までネギたちが頭からすっかり抜けてしまっていたのも、プール場に予め意識誘導の魔法がかかっていたため。

 

「早速で悪いが、この結界を破壊しろ」

 

「了承。結界の構成をスキャン、結界破壊プログラムを起動します」

 

彼女の耳についていた機械的な飾りが開き、そこからアンテナのようなものが伸びる。結界に触れ、それを解析すると彼女は自らに組み込まれているプログラムを実行し。

 

パキン

 

「け、結界が……」

 

結界が、氷細工のごとく砕け散った。

 

「ご苦労、いい仕事だ」

 

「感謝」

 

結界を破壊し、自由となった犯人が茶々丸へと労いの言葉をかけ、茶々丸はそれに短く返礼する。

 

「さあ、ご自慢の罠は解除されてしまったぞ?」

 

再び6人に憑依した犯人が開放され、そのうえ今度は茶々丸までいる。

 

(打つ手が……もう、ない……!)

 

ほぼすべての手札を晒してしまった今、ネギたちは完全に追い詰められてしまっていた。

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