二人の鬼   作:子藤貝

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暴力描写がありますのでご注意を。


第二十七話 闇夜の攻防③

6対1という不利、魔法具による攻撃速度の違い、茶々丸の登場。おまけに隠し札でもあった罠まで解除されてしまった。最後の切り札は辛うじて晒していないが、それを使用する隙が一切ない。

 

(考えろ、考えるんだ……! この状況を打破する方法を……!)

 

必死の形相で考えるネギ。頭は高速で対策を算出しようと回転を続けるが、一向に良いアイディアは浮かんでこない。

 

「考えたって無駄無駄」

 

「そちらの手札がない上に」

 

「こちらは一人加えて7人。そちらは役立たずの女学生とペットの妖精一匹」

 

「戦力というよりも足かせ同然だ」

 

余裕の表情を浮かべて話す犯人たち。既にネギがもう対向するための手段が存在しないことを見抜いており、後は嬲るだけだということを確信している。

 

「兄貴ぃ……」

 

「くそっ、先生が戦いやすい広い場所ってのが逆に仇になったか。隠れる場所もろくにねぇ」

 

先程と同様に千雨が隠れて足手まといを回避しようにも、今度は遮蔽物が少なくてある程度広いことが災いし、ろくに隠れる場所がない。おかげで、今現在も犯人からの攻撃に無防備に晒されてしまっている。

 

「茶々丸、先生を拘束しろ」

 

「了解。失礼致します先生」

 

亜子に憑依した犯人が茶々丸に指示を出す。彼女はそれに短く了解の意を伝えると、ネギに謝罪の言葉を言って急接近する。一瞬で距離を詰められ、そのあまりの速さに驚く彼をそのままに、茶々丸はネギの背後に回って腕を掴んで拘束した。

 

「ぐっ!?」

 

「兄貴っ! このっ!」

 

ネギを助けようとアルベールが茶々丸の頭に取りついてぺちぺちと叩くが、全く効果が無い。むしろ、そのままむんずと掴まれてしまう。

 

「マスター、こちらはどうしますか?」

 

「そっちに用はない。橋の下にでも投げ捨てろ」

 

主人に意見を求め、その命令を聞くと無言で頷き、大きく腕を振りかぶる。無論、その腕にはアルベールが掴まれている。

 

「ちょっ、まさか!?」

 

「春先とはいえ、夜の湖は冷たい。せいぜい凍死しないようにな。いや、溺れ死ぬのが先か」

 

「や、やめ……っ!」

 

「I'll pray for your good luck.(君の幸運を祈ってやるよ)」

 

振りかぶった勢いのまま、アルベールは夜の湖の上へと放り出され。

 

吸い込まれるように水面へと消えていき、次いで小さな波紋が広がった。

 

 

 

 

 

「か、カモ君……」

 

仲間の一人を、無慈悲にも冷たい湖へと放り投げた茶々丸。そしてそれを命じた主人たる犯人。あまりにも、異常すぎる行動にネギは呆然となった。

 

「さぁて、散々苦労させてくれた礼はしないとなぁ?」

 

ニタリと笑うアキラ、いや、憑依した犯人。普段の表情に乏しいクールな少女が浮かべるとは思えないような気味の悪い笑顔だった。

 

「茶々丸、縛り上げろ」

 

「了解。先生、申し訳ありませんがマスターの命令ですので」

 

茶々丸が軽く謝罪の言葉を言ったと同時、彼女の袖口から細長い何かが射出され、ネギへと絡みつく。それは、彼女に収納されていた対象を拘束するための太いワイヤーだった。ワイヤーを袖口から切り離し、茶々丸がネギから離れる。手足を雁字搦めにされたせいで、支えを失った彼はそのまま受け身も取れずに前向きに転ぶ。

 

一方茶々丸は、そんなネギに対して一瞥もくれてやることなく千雨へと近づいてゆく。千雨は抵抗を試みるも、振り上げた手を捕まれ、あっという間に羽交い締めにされてしまった。

 

「くっ……!」

 

「クキキッ! こりゃ傑作だ! まるで出来損ないの芋虫だなこりゃ!」

 

「もっとも、蝶になったところで杖がなけりゃロクに飛べももしないけどなぁ!」

 

そう言うと、足元に転がっていたネギの杖を思い切り蹴飛ばす。杖は放物線を描きながら橋の下へと落下していく。

 

「ぼ、僕の杖が……」

 

大事な杖を湖に捨てられ、呆然となるネギをよそに高笑いを続ける犯人たち。

 

「クキキキキッ! 大事な杖がお池にポチャンでさあ大変ってねぇ!」

 

「女神様でもいれば、もっといい杖を持って現れてくれるかもなぁ!?」

 

ケタケタと笑いながらそんな悪質なジョークを言う犯人たちに、千雨は怒りと同時に薄ら寒いものを感じた。

 

(人の大事なものを捨てておいてこの態度……同じ人間とは思えねぇ……)

 

考えてみれば、最初に犯人とネギが対峙していた夜にみた犯人は、もう少し理知的で強かだったはずだ。だが、今日の犯人はまるで狂気にとりつかれたかのように邪悪さを剥き出しにして理解できないような言動ばかりが目立つ。

 

「がっ……!」

 

「っ! 先生!」

 

地面に倒れ伏していたネギに向かって、突如犯人の一人が蹴りを入れたのだ。幸い頭部ではなく腹部であったため目立った外傷はないが、痛みでネギが悶絶している。

 

「ほんとさぁ、手間かけさせてくれたよねぇ……!」

 

発せられた言葉は、明確な憎悪を感じさせる語気の強さ。見れば、憑依している少女たちの顔も恐ろしい顔へと変化していた。

 

「あんたのせいでどれだけ苦労したと思ってるッ!」

 

「ぐあっ!」

 

「せっかく順調だったのに、全部あんたのせいだッ!」

 

「ぐうっ!?」

 

「なんとかいったらどうなんだよ、ああッ!?」

 

「う、あ……」

 

6人が一斉に、倒れているネギを足蹴にし始める。ある者はかかとを脇腹に落とし、ある者はつま先を腹部に蹴りこみ。背中を蹴り続けるものもいれば、ただただ怒りに任せて踏む者もいる。明らかに、度の過ぎた私刑(リンチ)であった。

 

「やめろっ! それ以上やったら先生が死んじまうぞ!?」

 

必死に声を出してやめるように言う千雨。その言葉に反応して、犯人たちの動きが止まる。

 

「死ぬ? ああ死ぬの? そういやこいつ殺しちゃダメなんだよなぁ」

 

「参ったなぁ、殺したほうが憂さが晴れるのに」

 

「じゃあ半殺しにするかなぁ」

 

そう言うと、再びネギを蹴りだす。まるで話が噛み合っていない。

 

「おい茶々丸! 仮にもてめぇの担任教師だろうが! 黙ってみてないで助けてやれよ!」

 

「申し訳ありませんが、私にとってマスターの命令は絶対です。手出しをするわけには……」

 

「あいつは止めるななんて一言も言ってねぇ! てめぇ自身の意思で考えろっつってんだよ!」

 

「……私はマスターの従者です。人間的意思で行動することはありえません」

 

そう言うと、再び口をつぐむ。最早誰も犯人たちの凶行を止める者がいない。

 

「狂ってやがる……!」

 

「クキキッ、そうだろうとも。私は人間として生きられないからこうなったんだよ。私は、人間なんかじゃない。"バケモノ"なんだよ」

 

自分自身をバケモノと呼ぶことも憚らない犯人に、千雨はそれ以上言葉を出せなかった。

 

(同じだ……あの"仮面の女"と……)

 

脳裏に蘇ってくる恐怖。己の心を掴んで離さぬ、人間らしからぬ雰囲気を漂わせた恐怖の権化と酷似する犯人が恐ろしい。

 

(何とかしねぇと……そういえば……!)

 

彼女はポケットに入れていたある者のことを思い出す。この戦いに参加するにつき、最低限自分の身を守れるようにと持ってきていたあるもの。

 

(あれさえ使えれば……!)

 

だが、現状では茶々丸に拘束されているため、ポケットに手を伸ばすことさえできない。

 

 

 

 

 

目の前では相変わらず、一方的な暴力が振るわれ続けていた。

 

「う、ゲホッ、ゲホッ!」

 

血が混じった唾を吐き出すネギ。朧気な知識から、これがもし喉の奥から逆流してきた血であった場合、内臓の何処かで出血している可能性がある、ということを思い出して怖くなるが、幸いにも口の中を切ったせいであると分かり安堵する。

 

(でも、このままじゃ本当にそうなりかねない……)

 

魔法が使えない現状ではネギはただの10歳そこらの子供である。仮にも中学3年生となった女生徒数名を相手に戦えるほど、体ができていない。

 

「痛いか、先生?」

 

「苦しいか、先生?」

 

「泣き叫んでもいいんですよぉ?」

 

「助けてなんてあげないけどねぇ」

 

無慈悲にそう告げながら、彼女らはようやくネギから足をどける。ボロボロになったネギが打ち捨てたれたかのように横になっており、千雨は思わず目を背けたくなる。それほどに、ひどい有様だった。

 

(目が、霞んできた……変なものまで見える……)

 

犯人たちの足の向こうに、何か白い小さなものが動いているように見えた。ついに痛みで幻覚まで見えたのかと思ったが、それにしてはおかしい気がした。

 

(! あれって……まさか……!)

 

思わず起き上がろうとしたが、痛みで体が思うように動かない。

 

「あ、でも一つだけ条件を飲んでくれたら助けてあげようかなぁ」

 

「先生が、私達に負けを認めてくれれば……助けてあげる」

 

ニヤニヤと笑いながら、ネギに敗北を認めるよう提案する。これ以上暴力を振るわれたくないなら従えという、脅迫じみた提案だった。

 

「……ます……」

 

「もっと大きな声で言ってくれないとわかんないなぁ?」

 

「お断り、します……!」

 

なお諦めることなく光を宿した目で、ネギは毅然と言い切った。その態度に犯人は苛立たされたようで、再びネギに蹴りを入れようとした、その時だった。

 

杖よ(メア・ウィルガ)!」

 

「何……?」

 

突如、ネギが杖を引き寄せる呪文を唱えた。既に虫の息と思われていたネギがいきなり捨てられた杖を引き寄せようなどという行動出るなど思わず、面食らった犯人たちは一瞬動きを止める。

 

「……風切り音?」

 

妙な音に気づき、犯人たちが背後をみると、そこには高速で飛行してくる物体が。

 

「馬鹿な! なぜ湖に捨てた杖がここに!?」

 

そう、ネギの持っていた無骨な杖が飛来していた。犯人たちが面食らった最大の理由が、この呪文ではあくまで目に見える場所に存在する小物しか引き寄せることができないからだ。だからこそ、ただのハッタリだと思っていたのだが。

 

「どんなトリックかしらないが、所詮杖を引き寄せただけだ!」

 

犯人の一人が杖の方へと走りだし、杖をつかもうとした。

 

「生憎、お触り厳禁でいっ!」

 

「なっ、貴様はっ!?」

 

しかし、杖の影に捕まって隠れていたアルベールが現れ、犯人が伸ばした手を叩く。犯人は驚きで杖を取り逃してしまう。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 

「しまっ、こいつ予備の杖を……!」

 

背後に気を取られすぎていた犯人たちの完全な失策だった。ネギから目を離していたせいで、その隙に予備の、星形がついた子供用の杖を取り出したネギを見逃していたのだ。すでに始動キーを唱えられてしまった今、犯人が彼を止めるすべがない。

 

風化(フランス)武装解除(エクサルマティオー)!」

 

武装解除を強制する一陣の風が、犯人たちを襲う。その衝撃で、犯人たちが持っていた杖を、その衣服ごと剥ぎ飛ばした。本来であれば威力を弱めれば服などを飛ばさずに済むのだが、状況が状況だけに手加減をすることができなった。魔力を込めすぎたせいか、予備の杖は砕け散ってしまう。

 

「くっ、小癪な……!」

 

下着姿となりながらもこちらを睨みつける犯人だが、それがまずかった。こちらに来ていた杖のことが頭から抜けてしまったのだ。犯人たちの横顔を、あざ笑うかのように杖が横切る。

 

「兄貴っ!」

 

「ありがとうカモ君!」

 

やってきた杖は、アルベールを乗せたままネギへと辿り着き、ついにネギの手へ。

 

「カモ君、大丈夫だった?」

 

「兄貴に渡された魔法具で、何とかなりやした!」

 

「なるほど、そういうことか……!」

 

得心がいったと同時に、怒りに声を震わせながら犯人がそんなことを言う。実は、アルベールは落下して湖に着水する直前に、ネギにあらかじめ渡されていた、細い糸状の魔法具である『吊るされる者(ハングドマン)』で橋に命綱をつけていたのだ。まほネットで"切り札"と共に購入した品であり、万が一アルベールが杖から落ちた時のことを考えて渡しておいたものだった。

 

そしてアルベールは何故か落ちてきた杖を拾い、伸縮自在なその魔法具の慣性を利用して橋の上へ降り立つと、ネギに向けて杖を振って合図をしたのだ。それに気づいたネギは、茶々丸も犯人もアルベールのいる場所から背を向けていることに気づき、杖を引き寄せる呪文を唱え、奇襲を仕掛けたのだ。そこから、現在に至るというわけである。

 

「これで、あなた達は戦うすべをなくしましたよ!」

 

「馬鹿が! こちらにはまだ茶々丸がいる!」

 

「絡繰ならもう動けないぜ」

 

その言葉に振り返ると、そこにはいつの間にか拘束から抜けだしている千雨と、倒れ伏している茶々丸の姿が。千雨の手には、一昨日ネギを襲った時に使った折りたたみ式の警棒が握られていた。

 

「ちゃ、茶々丸……」

 

先ほどの武装解除呪文で千雨の服まで消し飛んでしまい、それによって僅かな隙間ができた千雨は拘束から抜け出し、かろうじて無事だったスカートのポケットから警棒を取り出して茶々丸へと押しつけたのだ。実はこの警棒、スタンガンと同じ効果を有するスタンロッドだったのである。

 

「ガイノイドっつーことは、機械部品がわんさかあんだろ? 弱めとはいえ、ロボットなんて精密機械が電流食らっちまったら動けるわけねぇよな」

 

「お、の、れええええええええええええええええええええええええ!」

 

我を忘れて千雨へと飛びかかろうとしたが、それは再びネギへ大きな隙を晒すということ。

 

「兄貴!」

 

「うん! 『人形の夜明け(アウローラ・セルント)発動(ノービス)』!」

 

彼が懐から取り出した、円筒形の物体を彼女らへと向けると、発動のキーを唱えた。すると、その円筒の先から突如まばゆい光が放たれ、一瞬でその場にいた全員を包み込んだ。

 

「こ、これは……!」

 

「"強制武装解除"の魔法具……だと……!?」

 

「マズイッ! しかもこの魔法具は……!」

 

取り乱す犯人たち。すると、目に見えて犯人たちがもがき苦しみだす。ネギが用意していた切り札。それは、犯人が魔法具を操ることが得意であることを見越して購入した、武装を強制的に剥ぎ取る魔法具だった。

 

通常の武装解除であった場合、犯人が所持していた武装解除を無効化する魔法具で打ち消されてしまうが、この魔法具、『人形の夜明け』に込められた強制武装解除魔法はそれらも問答無用で解除するのだ。

 

今回は犯人が他人に取り憑いていたため武装解除無効化の魔法具をつけていなかったのか、ただの武装解除ですでに魔法具を吹き飛ばしているが、この魔法具にはもう一つ利点がある。

 

それは、魔法具によって作用した現象を無効化する能力。

 

魔法具によって他人に取り憑いている彼女らにとっては、問答無用で体から追い出されてしまう絶対の天敵だった。

 

「こんな、ばかな……!」

 

「この、私が……」

 

「こんな、ガキに……!?」

 

少女たちの口から、白い靄が溢れだして空へと昇っていく。それらは集合してより大きな塊となると、一人の少女の体へと入っていった。それと同時に、少女たちの瞳から生気が失せ、バタバタと倒れていく。

 

ただ一人を除いて。

 

「……ようやく見つけましたよ、貴女が今回の犯人だったんですね」

 

「ぜぇ、ぜぇ……おの、れぇ……!」

 

「僕達の勝ちです、大川美姫さん!」

 

 

 

 

 

「まだだ、まだ……!」

 

「負けてないってか? この状況でどうするんだ?」

 

なおもあがこうとする犯人こと大川美姫。だが、彼女が持っていた魔法具は武装解除で全て吹き飛ばされてしまっているし、数の利であった人数も逆転した。従者である茶々丸は動けない。

 

「王手、ってとこだな」

 

「おとなしく捕まってください。これ以上、貴女を傷つけるのは僕としても望みません」

 

「黙れっ! 私は負けてなど……」

 

「だったらやってみろよ。さっきの私と先生みたいにな」

 

そう言われ、今度こそ二の句が告げなくなってしまう。先ほどの逆転劇は運が良かった部分もあるが、結局のところアルベールの奮闘に、即時対応してみせたネギと千雨の実力で勝ち取った一手だった。だが、今の美姫では運を天に任せて限りなくゼロに近い偶然を掴まなければとてもではないがこの状況をひっくり返すなど不可能だろう。

 

「負け……? 私が、負けた……?」

 

「そうだ、そして私達の勝ちだ。色々と白状して……」

 

「負けちゃった……あの人(・・・)に褒めてもらえない、見捨てられる……い、嫌だ……」

 

「……先生気をつけろ、様子がおかしい」

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダいやだああああああああああああああああああ!」

 

ぶつぶつと何かを言っていたと思えば、突如大声で叫びながら頭を抱えて暴れだす。あまりに突然のことで驚いたが、抑えようとネギが近づこうとしたその時。

 

「いけ、ない……せんせ、いマスターか、ら離れて……」

 

動けないながら、茶々丸が上半身を起こしてネギを制止する言葉をかけてきた。普通であれば犯人を守ろうとする茶々丸の欺瞞に満ちた言葉だったろうが、普段の彼女からは考えられない必死な様子から、千雨は嫌な予感を感じた。

 

「先生、私も何か変な感じがする。近づかないほうが……」

 

総言葉をかけようとしたと同時に、暴れていた美姫が突如動きを止めて静かになる。その突然の変化に不気味なものを2人は感じていた。

 

「み、美姫さん……?」

 

「……ク、クキキッ」

 

彼女は抑えていた頭から手を放し、だらんと垂れ下がらせる。そして、俯いたまま一度だけ小さく笑い声を漏らすと。

 

「クキックキキキキッ! クカコカケカキカカカカキカカキカカキィッ!」

 

「ひっ……!?」

 

奇声を上げながら、満面の笑みで笑い出して、懐から何かを取り出した。あまりに凄絶なその笑顔に、ネギは思わず小さな悲鳴を漏らす。そして、強大な魔力の奔流が彼女のもつ黒い包みから一気に噴出した。

 

「こ、これは……!?」

 

「おい、どうなってんだ絡繰!」

 

「マスターの、精神が、暴走を、おこして、いま、す」

 

「暴走、だと……?」

 

「早く、止めなければ……"あの魔法具"が発動、してしまい、ます」

 

目に見える形で荒れ狂うそれは、黒い物体を中心として大きくうねりながら、今にもはじけ飛びそうだ。

 

「まずい! こんな強力な魔力を持った魔法具が発動すれば、学園が消滅してしまいます!」

 

「どうにかできねぇのか!?」

 

「どうしようにも、もう僕も魔力が殆ど残ってないんです……!」

 

「手詰まりかよ、くそっ!」

 

「みんなみんなみんなみんな消えしまえええええええええええええええええええ!」

 

恐ろしい叫び声を上げながら魔力をその物体へと一気に濃縮し、ついに魔法具を発動した。

 

 

 

はずだったが。

 

 

 

「……発動、しない?」

 

破壊をまき散らすはずの魔法具が、発動を止めた。いや、正確には魔法具の発動はしたのだが。

 

「魔力が……ない……?」

 

その物体に込められていたはずの魔力の一切が、消え去って(・・・・・)いた(・・)

 

「……危なかった」

 

小さく、しかしはっきりと聞こえる声に美姫が振り向くと。そこには先程までいなかった何者かの姿があった。

 

「あ、貴女は……!?」

 

「……美姫、暴れるのはダメ」

 

「で、でも……」

 

「……ダメ」

 

相手は、口数が少ないながらも有無を言わせず美姫を言葉で押さえ込んだ。美姫もそれ以上は何も言えず、項垂れてしまう。声からして、その人物は女性のようだった。

 

一方、ネギは何故か体の震えが止まらなかった。みればアルベールも同様のようで、寒さに震えているかのように体を縮こまらせている。唯一、千雨だけが苦い顔で歯を食いしばりつつも震えを抑えこんでいた。

 

「先生、私あんたとあった日に言ったよな。この事件はあいつ(・・・)が関わってるんじゃないかって……」

 

千雨が、そう言いながらネギの前へと移動して彼をかばうような形になる。

 

「……私の勘は、どうやら正しかったらしい」

 

現れたその女性と思しき人物は、紫の艶やかな着物に身を包み、漆黒の長い髪を月光に反射させていた。そして、その腰には一本の日本刀が佩かれている。何より、最も目を引くものは。

 

「ようやく会えたな……『仮面の女』!」

 

和風的な模様があしらわれた、白い仮面であった。

 

 

 

 

 

「この人が、仮面の女……!?」

 

ネギが驚きの声を上げた。なにせ、千雨を長年苦しめてきた存在が突然現れたのだ。いくら千雨が犯人と仮面の女に関係性を感じていたと言っても、まさかこのタイミングで現れるなど思いもしなかった。

 

「……久しぶり。……強く、なった……」

 

「戦うのはからっきしだが、あんたを追い続けてきた成果は出てくれたな……」

 

対峙する2人。相手は千雨のことをしっかり覚えていたらしく、千雨も長年の仇敵に会えて青い顔をしつつも口角をあげている。

 

「あんたがきた理由はそいつか」

 

「……美姫は、私達の仲間。……でも、勝手が過ぎた……」

 

仮面の女曰く、大川美姫は彼女の仲間であったことは事実らしい。だが、どこまでが本当かは分からないが勝手に行動を起こし、彼女はそれを止めに来たらしい。

 

「ハッ、あんたの仲間だったらもうちょっとしっかり管理してやれ」

 

「……忠告、耳が痛い」

 

精一杯虚勢を張りながら皮肉を言うものの、千雨の手にはびっしょりと汗が。いくら彼女がかつてこの女と出会っているとはいっても、そう耐えられるような威圧感ではないのだ。

 

「……お前が、ネギ・スプリングフィールド……」

 

「な、なんで僕の名前を……!?」

 

「……知っている。……お前も、お前の父と母(・・・)も」

 

「父さんと母さんのことを知っているんですかっ!?」

 

仮面の女の言葉に食いつくネギ。事情は知らないものの、両親のことでこうも食いつくということは何かあるのだと千雨は悟った。

 

「教えてください! なぜ、父さんと僕のことを知ってるんですか!?」

 

「……それは、無理」

 

「どうして……!」

 

ネギが我を忘れて詰め寄ろうとした、その時だった。

 

「おいおい、あまり私の従者を困らせないでくれ」

 

空気が重くなる。胃に鉛石でも落とされたかのような気分になり、吐き気がこみ上げてくる。先ほどまでの仮面の女が醸し出していた雰囲気を凌駕する、圧倒的な重圧感。

 

「あ、あ……!」

 

「美姫。今回の計画はお前に任せるとはいったが……なぜこうも焦った?」

 

言葉の一つ一つで、冷えたつららが胸を穿つかのような薄ら寒い感覚を訴える。眼の奥がピリピリとし、呼吸さえろくにできない。

 

「まあ、お前の処断は後にしよう。初めまして、"英雄候補"と"光の人間"よ」

 

目を合わせただけで、力なく膝をついてしまいそうな眼光。言葉で誘われるでもなく、己を堕落させてしまいそうな濃密な邪気。

 

「私の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。美姫の保護者、といえばいいかな?」

 

 

 

 

 

「エヴァン、ジェリン……!?」

 

「知ってるのか、先生」

 

「魔法関係者で知らない人はいないと思います……! かつて、魔法世界を狂気と混沌の渦に叩き込んだ、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』と呼ばれている人物です……!」

 

「なっ……!?」

 

あまりの大物に、さすがの千雨も絶句する。これほどの存在が、千雨が追い続けていた人物の裏に潜んでいたとは思わなかった。

 

「僕も本で知った程度なんで、詳しいことはわかりません。魔法世界が排他的な場所だってせいもありますけど……。ただ、魔法世界では『闇の福音』の名前を出すことさえ憚られるらしいです」

 

それも納得できると、千雨は心からそう感じた。目の前に存在する凶悪な威圧感を放つ2人が、普通の人間に耐えられるようなものではないと思ったからだ。

 

「……名前を言ってはならない?」

 

「こちらの世界で出版されているファンタジー小説にそんな登場人物がいたな。あれも確か、魔法使いを題材にしているものだったか」

 

「……私達が、元?」

 

「魔法使いと関わりがある人間が書いたのかもしれん。まあ、どうでもいいことだ」

 

一方、向こうは冗談交じりの会話を楽しんでいる。しかし、垂れ流される雰囲気は一般人であれば即座に卒倒するようなもの。事実、アルベールは既に意識が朦朧としていた。

 

「あ、兄貴……もう、だめ……」

 

そしてついに、アルベールは力尽きて気絶してしまう。無事かどうか声をかけてやりたいが、のしかかる重圧でそれさえできない。

 

「さて、今回は私の部下が粗相をして済まなかったな。本来であれば、彼女が暴走を起こさぬように努めていたのだが……今回は色々と不幸が重なってしまった」

 

「……美姫さんは、どうして僕達を襲ってきたんですか……」

 

なんとか声を絞り出すが、言葉を発するだけで肺の空気がもっていかれて苦しくなる。呼吸が満足にできないこの状況では、言葉さえろくに喋ることができない。

 

「それは秘密だ、と言いたいところだが。長谷川千雨、君を試すためだ」

 

「な、に……!?」

 

「君のクラスにやってきたのが、ネギ少年だった。彼は私が将来を期待している人間でな、注目していたんだが……すぐに分かったよ、君を」

 

「……だから、試した……。……ネギ・スプリングフィールドを、偶然同じクラスにいた美姫に……襲わせた……」

 

「そうすれば、我々を追っていた君は必ずネギ少年と接触し、団結して打倒しようとするだろうと考えた。結果は、ご覧のとおりという訳だ」

 

全て、犯人の手のひらの上であったという事実に、千雨は歯噛みする。

 

(全部……全部あいつらの思う壺かよ……!)

 

必死になって、不安と闘いながら追い続けていた相手は。しかしあざ笑うかのように千雨を弄んでいたのだ。

 

「とはいえ、美姫が暴走してしまうとはな。彼女に植えつけた人格も、最早使い物にならないだろう」

 

彼女は美姫の顔を覗きこんでそういう。みれば、美姫はまるで魂でも抜かれてしまったかのように目に光がなく、放心状態になっている。

 

「……人格を、植えつけた……?」

 

「そうだ。私が昔日本を訪れた時、戯れに彼女の中に人格を摺りこんでおいたんだ。そして何か用があれば、私の手一つで忠実で冷酷な人格が表に現れる」

 

あまりにも、あまりにも荒唐無稽なその言葉に耳を疑う。だが、もしそれが事実であるならば美姫もエヴァンジェリンによって操られていただけの少女に過ぎなかったということ。

 

なんと醜悪で、下劣な行いであろうか。

 

「ふむ、やはり壊れてしまったか。これではもう、こいつを操ることはできんな」

 

「……さない……」

 

「ん?」

 

「許さない……! 僕の生徒を、まるで! 玩具みたいにっ!」

 

「下らん。人間なんぞ我々にとってみれば玩具のようなものだ」

 

その言葉で、ついにネギがキレた。空っぽであったはずの魔力が一気に吹き出し、それに身を任せて魔法を紡ぎだす。怒りで、無意識的に抑えられていた魔力でてきたのだ。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来たれ雷精風の精! 雷を混といて吹きすさべ南洋の嵐!」

 

「ほう、その年で上位の戦闘用呪文が扱えるか。だが……」

 

「『雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)』!」

 

圧倒的な破壊力を持つ雷が、ネギの掌から噴出する。それは、あたかも荒れ狂う暴風雨のような力の奔流。それがエヴァンジェリン達を飲み込んでいった。巻き込んだ橋のコンクリートがパラパラと舞い、視界を遮る。

 

「や、やったか……?」

 

「ハァ、ハァ……」

 

怒りに任せて残存していた魔力を一気に込めたため、激しい疲労が彼を襲った。今彼が撃ったのは、ネギが現状で放てる最高火力の魔法であり、これでダメならばもう打つ手が残っていない奥の手中の奥の手。

 

だが。

 

「ふむ。少々構成が雑になっていたが……及第点をやろう。よくぞその歳でここまでの魔法を練り上げたな」

 

「……頑張った」

 

相手は、一歩も動くことなく悠然と佇んでいた。だが、ネギはどこかその結果が出るだろうと漠然と理解していた。

 

(分かってた……僕程度じゃどうにもならない相手なんだって……)

 

相手は、世界最悪とまで呼ばれた悪の魔法使い。そんな相手に、魔法学校を卒業した程度の新米で半人前な魔法使いが勝てるはずがないのだ。だが、それでもネギは悔しさから涙が溢れてきてしまう。生徒をここまで振り回し、犯人として操られていた美姫。彼女を弄んだ相手に一矢さえ報いることができない。

 

視界が滲み、そして段々と光を失っていく。体に力が入らず、ふいに浮遊感が体を包んだ。

 

「先生っ!」

 

崩れゆくネギの耳へ最後に聞こえてきたのは、千雨の叫び声であった。

 

 

 

 

 

「……ハッ! こ、ここは……?」

 

「お、目が覚めたか先生」

 

「千雨さん! あ、あの僕はどうなって……!」

 

「まあ待て、私が見聞きした限りのことを話すから」

 

目を覚ますとネギは保健室にいた。魔力を使い果たして気絶したネギは、同じく保健室で休んでいた千雨からあの後何があったのかを聞いた。

 

なんと、ネギが気絶した後に学園長自らが現れ、エヴァンジェリンと一戦交えたらしい。考えてみれば、あれほどの戦いを繰り広げていたのに学園の魔法使いの一人も現れなかったのが不思議だった。どうやら、美姫が魔法具によって戦闘していた区域を隠蔽していたらしい。その美姫も、目を覚ませば何も覚えていないらしく、ネギはひとまずホッとため息をつく。

 

「私も途中で気を失っちまってよく分かんなかったが、大河内たちも無事に家に帰されて、何も覚えていなかったらしい。茶々丸も、元々は体の弱いあいつのために作られたらしくてな。同居してるらしいからその時にやられたんだろ」

 

操られていた美姫によって茶々丸は人格プログラムをいじられており、そのせいであんな状態の美姫に従っていたようだ。それまでの記憶データが綺麗に消去されており、再起動してみれば何も思い出せないのだという。

 

「そうですか、よかった……」

 

ネギを痛めつけていた記憶が残ってしまっていたら、彼女らは心に深い傷を負っただろう。幸いにも、彼の生徒たちは事実を知らないまま日常へと帰還することができそうだ。

 

「私も記憶を消すかって聞かれたが……やめておいた」

 

「え……でも……」

 

「ここまでこれたんだ、今更降りるつもりはない。つーか、あんたが危なっかしくて放っておけねぇ」

 

「あ、あはは……」

 

「つーわけだ、これからもよろしく頼むぜ? 先生」

 

そう言って、彼女は手を差し出す。その意図を察した彼は。

 

「はいっ! 不甲斐ない先生ですけど、これからもよろしくお願いします!」

 

差し出された手を、強く握り返した。

 

 

 

 

 

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』、某所。

 

『お帰り。あの三人はどうだった? ちゃんと仕事してたの?』

 

『ああ、ただいま(ニィ)。アスナと霊子はしっかりと責務を果たしていたぞ。ただ、美姫が焦って計画を強行してしまってな。仕置きとして記憶をしばらく封じた』

 

『ふーん、それは可哀想ね』

 

『あいつの正体を今知られるわけにはいかんからな。とりあえずは、私が人格を植え付けて操っていたということで誤魔化した。記憶を封じたのも、その一環だ。まあ、美姫にはすこしきつい罰になるが仕方あるまい』

 

『美姫ハゴ主人大好キダカラナァ。思イ出シテカラ、ゴ主人ヲ忘レテタ事実ニ大分凹ムダロウゼ。妹モ記憶データ抜カレテルカラ、暫クハタダノ学生トシテ生活シテルダロウヨ』

 

『妹って、茶々丸っていうんだっけ? 私も会ってみたいな』

 

『……セプテンデキム。お前の調合した薬だが、大分効き目が薄くなってきていたようだ。そのせいで美姫が不安定になっていた可能性が高い』

 

『調合した薬では、もう効き目が薄くなっていましたか。私の不手際でした、申し訳ありません。レシピを変えて、新たに霊子へ送ることとします』

 

『マァ、使ウノハ記憶ガ戻ッテカラダロウガナ』

 

『さて、今回の計画は美姫が失敗してしまったせいで目的を果たせていない。そこで、代替案として別の者がこの計画を実行する必要が出てきた』

 

『……私が、やる』

 

『ほう、我が愛しい従者よ。お前がやるのか?』

 

『……はい』

 

『そうか、ならば頼んだぞ。次の舞台は……ほぅ? これも因果か?』

 

『……京都。……あの子(・・・)の、故郷……』

 

『ケケケ。コリャ面白イコトニナリソウダゼ』

 

 

 

悪夢のような夜を越え、2人はより強固な絆を育んで日常へと帰還する。

 

偽りの、日常へ。

 

彼らは知らない。新たな戦いが、すぐそこまでやってきていることに。


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