だが、気の合う仲間と出会えることもままあるものである
修学旅行に向けて準備をしていたある日。ネギのもとに一通のエアメールが届いてきた。その内容は、アルベールの冤罪が認められ、指名手配を取り下げたというもの。どうやら、真犯人が発覚したらしい。
「よかったねー、カモ君!」
「これで追われる身でなくなったっつーわけですね……!」
「ふーん、よかったじゃない。これであんたもここにいる必要がないわけでしょ?」
「あ、姐さん冷たいっす……」
「元々下着ドロしてたんでしょ。そんな奴がいたら私の下着がどうなるかわからないもの」
アスナの言葉も尤もである。依然として下着泥棒の前科が消えたわけではなく、更にはやむをえぬ事情があったとはいえ脱獄までしたのだ。当然、それに対するペナルティも記されていた。
ただ、そのペナルティの内容が。
「ええと、アルベール・カモミールは窃盗罪、脱獄罪の前科を踏まえ、特別奉仕活動の措置を執るものとする。現在修行中のネギ・スプリングフィールドの補助を行うべし……」
「げっ、ネギの手助けしろってこと? ってことは結局一緒!?」
「ヒャッハー! ありがてぇ!」
こうして、アルベールは引き続きネギ達とともに行動をしていくこととなるのであった。
【高畑くん、調子はどうだね?】
【まだ、十分とは……】
【ううむ、そうか。とはいえ、その怪我で無理をさせてしまったな。すまんかった】
【いえいえ、当然のことをしたまでです。冤罪なんて、司法の意義に関わることですし】
学園長室にて、近右衛門はタカミチと連絡を取り合っていた。『桜通の幽霊事件』の前に彼が何者かによって重症を負わされてしまい、1ヶ月近く治療を強いられることとなったため、かの事件で人員不足のまま彼女らと対峙しなければならなかったのが痛かった。
ただ、彼も黙って療養していたわけではない。アルベールの脱獄を魔法新聞によって知り、不自然な点がいくつも見受けられたことで行動を開始。結果、何者かによって買収された汚職裁判官によるものだと発覚し、逮捕に至った。しかし、依然として背後から操っていた人物が不透明なままなのがタカミチにとって気がかりだった。
【高畑くん、聞いているとは思うが……エヴァンジェリンが学園に現れた】
【……はい、ガンドルフィーニ先生から電報を頂いてます。まさか、ここまで手を伸ばしていたとは……】
【儂も予想外じゃった。今回はネギ君と、それから彼の協力者となってくれた千雨くんが奮闘してくれたおかげで最悪の事態は避けられたが……既に生徒の一人が毒牙にかかっておった】
【申し訳ありません……僕が、動けていれば……】
【気にせんでええ。一時は集中治療室にいたほど重症を負ってたんじゃ、無理をしてはかえって足手まといになっとったじゃろう】
【はは……これは手厳しい……】
学園長をはじめとする、魔法先生を全員集結させてエヴァンジェリンと一戦交えたが、結果は彼女らにとって鎧袖一触であった。魔法もろくに通用せず、肉弾戦を挑んだガンドルフィーニは鈴音の手刀による突き一発で意識を断たれた。エヴァンジェリンは霧を発生させ、霧が晴れた頃には姿はもうなかった。完全な敗北である。
【いやはや、あれほどとは思わなんだ……。あれが『
【……ナギさんでさえ、敵うことがなかった相手です。いくら学園の先生方が優秀とはいえ、戦闘に特化しているわけではない以上、常に戦いとともに生き続ける彼女たちが相手では分が悪すぎます】
【戦争経験者は語る、のう】
【恐らく、大幹部クラス相手では……学園で対抗しうるのは僕か貴方ぐらいでしょう】
それでも、引き分けに持ち込めるか否か、という言葉が続くが。近右衛門も、初めて間近であれらと遭遇したわけだが、滴る汗が凍りつくような寒気を覚えた。何十年と生き、東洋呪術の最高峰へと至り、魔法使いとしても高い実力を持つ自分でさえ、だ。
【特に彼女は、生半可な腕では戦うことさえできません。魔法使い最大級の天敵の一人ですから】
【いやはや、まさか魔法が全てかき消されるとは思わなんだ。あんな能力者がまだ他にもいるというのだからそら恐ろしいわい】
【……しかし、引っかかりますね。僕がいなくなった途端に行動を開始した……】
【怪しいのぅ。儂も、少々本国の方へ探りを入れてみるわい】
「はいネギ君、朝ごはんのおにぎり」
「ありがとうございます、木乃香さん! それじゃあ、僕は先に行きますね」
「ちょい待ち、ネクタイ曲がってるわよ。ああもう、髪もハネちゃってるじゃない。直してあげるからじっとして」
「は、はい……」
修学旅行当日。教師であるネギは、一足先に駅へと向かわなければならないのだが、前日に楽しみであまり眠れなかったせいかやや寝不足気味だった。そのせいで、普段気にしているはずの身だしなみにも乱れが多く、アスナに直される有り様だった。
「よし、これでばっちりね」
「ううー、すみません……」
「気にしてないわよ。んじゃ、私も自分の荷物確認するかな」
「ぼ、僕ももう行かなきゃ!」
まだ時間に余裕はあるが、早めに行って損をするということはない。ネギはカバンを掴んで玄関の扉を開ける。
「それじゃあ、行ってきます!」
「はいはい、またあとでね」
「ほななー、ネギ君」
【この電車は、かざみ号、新大阪行きです。途中の停車駅は……】
「はい、それではみなさんこれから乗車してもらいますが、改めて全員いるかを確認しなければいけないので、班ごとにゆっくりとお願いしますね!」
ネギが名簿を片手にそう言うと、彼女たちは元気に返事を返す。そして、班ごとに別れて彼の方へと移動する。一人ひとりの確認を終え、6班までの確認を終えるとネギも荷物を掴んで乗車した。
「うわー、綺麗だなぁ……」
外見は細長い筒のようで、中が狭苦しいのではないかと思っていたのだが、乗車してみればそれは杞憂だったと悟る。内部は清潔に掃除されており、席の一つ一つも乱れ一つ無い。また、思っていたよりもスペースがあり、彼が日本に来る折に乗ってきた飛行機のそれと比べてもなんの見劣りもしない。
「あのー、申し訳ありませんが通らせて頂いても……?」
しばしボーっとしていた彼は、突然背後から話しかけられたことでビクリとする。
「え、あっ、す、すみませんっ!」
「いえいえ、こちらも急かしてしまったみたいで……」
振り返って平謝りする。見れば、艶のある長い黒髪と白い肌が特徴的なやや長身の女性がいた。手には、手押しの台車がある。
「あ、車内販売の方ですか?」
「あ、はい。本当ならお客様が乗る前に準備を済ませなければならないんですが、置いたままにしていた荷物を忘れてしまって……」
「そうなんですか。あ、邪魔でしたよね、すぐにどきます!」
「あらあら、ありがとうございます」
彼女は一礼すると、そのまま奥の方へと進んでゆき、扉をくぐって去っていった。ネギはポケットからチケットを取り出すと、座席を確認しようと歩き出す。
(……そういえば、あの人僕のことについて何も言わなかったなぁ……)
いくら教員免許を有しているとはいえ、彼はまだ10歳程度の子供。そんな彼がスーツ姿であれば疑問に思わないことのほうが少ないはず。しかも外国人であり、そういうことを無意識的に尋ねることの多い日本人であるだろう彼女が、何も聞かないというのは少々不自然だ。だが、そんなことを考えているうちに、駅の発車メロディーが鳴る。
「ネギ先生、お席はこちらですよ」
「あ、ありがとうございます」
他の教員に呼ばれ、彼は思考を中断して席へと向かった。ドアの向こうから、何者かが覗いていることになど気づかず。
(ふーん、あれが東の親善大使様、ねぇ……。西も随分と舐められたもんどすなぁ……)
鋭い、憎しみの篭った瞳をそらし、その人物は去ってゆく。カラカラと、台車を押していきながら。
「ふぅ、いい眺めだなぁ……」
「そうですねぇ……」
鞄の隙間から、アルベールの同意の言葉が聞こえる。本来ならばペットの持ち込みはカゴに入れるかしなければならないのだが、仮にも魔法生物であるアルベールには窮屈で仕方がない。そのため、隠蔽の魔法をかけたネギのカバンに入っているのだ。
「しかし、妙っすねぇ。修学旅行に兄貴たちが来てるってのに、なんのアクションもないのは不気味っす」
「まだ、新幹線の中だからね。一般の人にも迷惑がかかるかもしれないし」
「でも、車両ごとに貸し切りにしてるんすよね? だったら兄貴のクラスにだけちょっかいかけるって可能性も……」
「うーん、考え過ぎだと思うけど……」
そんな時であった。
『きゃー!』
「兄貴っ!」
「うん、僕も聞こえた!」
2つ隣の車両、3-Aメンバーがいる場所からの悲鳴。ネギはそれを聞き取り、急いで現場へと向かった。だが。
「きゃあ!」
「うわっ!」
車両を抜けたところで、誰かとぶつかってしまったのだ。
「すみません!」
「あ、あらあら。あの時の坊やね」
慌てて謝罪するネギ。そして相手の言葉を聞いて顔を見てみれば、先ほど会った車内販売員の女性であった。
「あ、あのすみません。急いでいたもので……」
「大丈夫ですよ、私もちょっと目を離してましたし」
「そ、それじゃ失礼します!」
再びお辞儀をすると、彼はそそくさと向こうの車両へと去っていった。
(あれ? あの人向こうの車両からきたのに、すごく平然としてたなぁ……)
「な、なんだこれ……」
「あ、ネギ君!」
「なんかカエルが、カエルがー!」
車両に入ってみれば、阿鼻叫喚な状態であった。車内を無数のカエルが飛び回り、お菓子の箱から飛び出すものもあれば、座席の下から湧いてくるものもいた。
「せせせせせせ拙者カエルは苦手でござるうううううううううううううううう!?」
「わー! 楓が壊れたー!?」
カエルが大の苦手であった楓にとっては、まさに地獄であったのだろう。いつもののほほんとした彼女が、慌てふためいて涙目である。終いには、そのまま気絶してしまった。
「こ、これだけいっぱいいて小さいと対処しづらいアル……」
「うえーん! ぬめぬめするー!」
生徒たちもなんとかカエルを捕まえようとするが、いかんせん人数が人数なため狭い。そのせいで生徒たちがぶつかったり、カエルを踏み潰しそうになってしまう。すると、千雨がネギの方へとやってきた。
「先生、どう考えてもおかしいぜこりゃ」
「はい、多分関西呪術協会からの刺客かと……」
「ちょっとちょっと、なんなのよこれ!」
反対側の車両から、アスナが現れてそんなことを言う。どうやら雪隠であったようだ。彼女もネギの方へとやってきて、彼から事情を聞いた。
「はぁ、また面倒なことになってるわけね……」
「ま、こっち側に関わっちまった以上仕方ねぇだろ」
「はー、千雨ちゃんって結構ドライねぇ」
そんな話をしていると、事態は更に悪化しているようで。
「わっ、ちょっ服の中入ってきた!?」
「もーやだー!」
「と、とりあえずカエルを捕まえちゃいましょう!」
「……だな」
結局、クラス総出でカエルの捕獲作業をすることとなった。捕まえたカエルをどんどんと袋の中へと放り込み、最終的には袋がパンパンになるほど入ったところで打ち止めとなった。
「んもー、なんだったのー?」
「楓、もうカエルはいないアルよ」
「うう、かたじけのうござる……」
普段元気な3-Aメンバーでさえ、ぐったりとする有り様であった。一段落したところで、アルベールがあることに気づく。
「……はっ! そういや兄貴、親書は!?」
「さっきのドサクサに紛れて取られた可能性ってことか」
そう、先ほどの大騒ぎに乗じて親書を盗まれた可能性がある。あれだけのカエルを発生させた中であれば、それに紛れてネギの持つ親書をかすめ取っていてもおかしくはない。
「待って、確か裏ポケットに……」
そう言ってスーツを開いてポケットから親書を取り出す。無事に親書があったことにほっとするネギ。
「うん、大丈夫。ちゃんとあっ……」
だが、それがいけなかった。親書を取り出したまま気を抜いた瞬間、猛烈なスピード飛んできた何かによって親書が奪われてしまった。
「つ、つばめ?!」
「チッ、はじめから狙った瞬間を待ってたってわけか!」
これだけの騒動だからこそ、あからさまに西側からの刺客であると理解させ、親書が無事であるか確認するために取り出す瞬間を待っていたのである。慌てて走りだすネギとアスナ。千雨もその後を追うが、いかんせん体力のない千雨はすぐに息切れしてしまう。
「ぜぇぜぇ、先生先にいけ! 私は後から行く!」
「分かりました! 千雨さんもあまりムリしないで!」
車内を駆け足でゆく2人。魔法で強化しているネギに、それに追従するアスナ。凄まじい健脚である。が、それが仇となった。
「うわわっ!?」
「す、すべるっ!?」
相手の術者によるものなのか、ツルツルになった床によってネギとアスナは転んでしまう。ネギはとっさに魔法で風を発生させて転倒を防ぐが、それが大きなロスになる。親書を咥えたつばめは、あっという間に次の車両へと消えていってしまった。
つばめは悠々と、次の車両を飛び続けていた。だが、そこに立ちふさがるかのように何者かが歩いてきた。つばめはそれを避けようとして急加速しながら相手の人物の脇を通ろうとした。
だが。
「……無駄だ」
彼女の横をかすめた瞬間、つばめは真っ二つとなり、やがてその姿を徐々に変化させていく。最後には、そこに残ったのはつばめの死骸ではなく、二切れの紙。彼女、桜咲刹那はそれと共に落ちている親書を拾い上げた。
「……式神、か」
陰陽術における、媒体に妖怪変化や魑魅魍魎を付与して使役する術。似たものでは神降ろしなどの神楽などがあるが、そちらは
同様に『鬼神』と呼ばれる巨大な存在もあるが、そちらは自ら、あるいは人の手によって堕ちた中高位の神である。尤も、信仰によってその強大な力を顕現させていたそれらは、鬼神となったことで大きく力を削がれてしまっているのだが。
(……中々に精度のいい式神だな。西の腕利きが動いているのか……?)
冷静に式神を分析し、それが高い実力を持つものによるものだと判断する。あれだけの速さと動きのよさは並の術者では実現できないだろう。式神も、依代に憑依している存在とはいえ人間よりも強い力を持つ存在が殆どのため、上手に扱えなければいうことさえ聞いてもらえないのである。
だからこそ、最小限の動きで刹那をかわそうとしたあのつばめの動きは、高い練度を持つ術者によるものだと即座に判断できたわけだ。だからこそ、下手に逃がしてしまわないように一瞬でかたをつけたわけだ。
(……お嬢様に、何もなければいいが……)
西の長の娘である彼女は、その血筋と膨大な魔力から次期西の長として関西呪術協会側から幾度となく身柄を要求されている。近右衛門と西の長は、彼女が政治的に利用されることを恐れ、彼女を東へと逃がした。彼女の親友であった刹那を護衛として連れて。
そんなもの思いにふけっていた時。
「あ、桜咲さん……」
「……ネギ先生。それに、アスナさんも」
ネギとアスナが、式神を追って刹那のいた車両へとやってきたのだ。しばし佇む2人。
「あの、これ……」
「あっ! それって……!」
刹那がそう言って彼に差し出したのは、彼が求めていた親書だった。ネギはそれを受け取り、彼女へ感謝の意を示す。
「ありがとうございます、刹那さん!」
「いえ……では、わたしはこれで……」
彼女は彼の感謝もそこそこに、さっさと立ち去って行ってしまった。ぽかんとするネギ。すると、ネギの胸ポケットからもぞもぞと這い出てきたアルベールが疑問を呈す。
「兄貴、なんか怪しいですぜ……」
「ええっ!? 刹那さんは親書を取り返してくれたんだよ?」
「不自然ですぜ、なんでそんな都合よくここにいたのか、なんで兄貴に親書を手渡したのか。なによりどうやって取り返したんすか?」
「そういえば、ネギが渡して欲しいって言ったわけでもないのにすぐに親書を手渡してくれたわね。でも、彼女は木乃香の友人でボディーガードよ? 木乃香の不利益になるようなことはしないと思うけど」
「そこですよ。あの嬢ちゃん、実は西側のスパイなんです!」
一見すると荒唐無稽な話だが、彼女の態度や状況等がそれに信憑性を足す。仮にもし、彼女がスパイであった場合、中々に筋も通る。それらの話が組み上がる材料が揃っていたため、あんなそっけない態度で接してしまえば、誤解が生まれるのも当然だった。
「そんな……刹那さんが、スパイ……!?」
再び、彼の生徒は彼へと牙を剥くのか。すれ違いから生まれた不安と、それを隠せない彼らを乗せ、新幹線は京都へ向かう。
京都についてからも、様々な妨害が行われた。清水寺で、恋占いの石にまつわる言い伝えを試していた委員長こと雪広あやかと佐々木まき絵が穴に落ち、再びカエル地獄に。その時、近くにいた楓がまたも失神してしまった。
そして音羽の滝では、滝の水を汲んで飲んだ生徒たちが突然酔っぱらいのようになり、調べてみれば屋根の上に酒樽に繋がれたホースが設置してあった。結局、3-Aメンバーの殆どが酔いつぶれてしまい、急遽ホテルへと直行することとなった。
「うーん……段々ひどくなってきてるなぁ……」
「まだ誰も襲われてねぇが、これじゃその内怪我人も出かねねぇな」
「やっぱ刹那っつー奴に直接聞き出したほうが……」
ロビーにて、二人と一匹が頭をもたげて今後のことについて話し合う。アスナは、滝の水、つまり酒を飲んでしまったせいでダウンしてしまっている。
「でも、もし本当にスパイだったら迂闊な行動は危険だよ」
「図書館島の地下で、バケモノ相手に剣で大立ち回りしたらしいからな……少なくとも私達じゃ敵わない可能性も高い」
「アスナの姐さんは動けねぇしなぁ……」
ウンウン唸って考えてはみるものの、結局答えは出てこない。三人共、深い溜息を吐いた。
「……とりあえず、僕はお風呂に行ってきます」
「一回頭をリフレッシュしたほうがいいな。私もブログの更新でもするかぁ」
「俺っちは、アスナの姐さんの様子を見てきやす!」
露天風呂で、日中の疲れを洗い流すネギ。今日一日だけで、様々な妨害が起こり、今後の不安が隠せない。しかし何よりの不安は。
(……また、あんな辛いことになるんだろうか……)
思い起こすのは、先日の事件。大川美姫によって引き起こされた、彼の生徒たちに狙われるという悪夢のような夜。結局、美姫も操られている一人でしかなかったという結末であったが、いつまた
(……じっとしてても仕方ない、か……)
いつまでも、手を拱いていては二の舞を演じるだけだ。ならば、ダメ元でも動いてみるのがいいのかもしれないとネギは考えた。行動し、それによって変化を求めてみる。後手に回るよりはずっといいだろう。
(よし、あとで刹那さんに聞きに行ってみよう!)
とりあえず、今後すべきことを決めて拳を握る。風呂から上がろうと立ち上がったところで、ふと物音に気づいた。
「……あれ? もう男子生徒の入浴時間は過ぎてたはず……」
しかし、彼にとって予想外の人物が露天風呂へとやってきた。スラっとした体躯に、白い肌。黒い髪をサイドに縛り、一糸まとわぬ姿でやって来たのは。
(さ、桜咲さん?!)
ネギはとっさに背後の岩陰へと隠れ、こっそりと様子をうかがう。
(……きれいな人だなぁ……)
思わず、そんな感想が出てくる。他の生徒と比べても、やや色白であるためか先ほどの姿は湯気の煙と相まってなんとも色気のあるものであり。掛け流した湯が彼女の肌を伝うさまは瑞々しさと共にそれを引き立てる。
女性の裸は、まだ幼い彼は従姉であるネカネと一緒に風呂にはいることが多いため見たことは少なくはない。が、それはあくまで親戚の仲の良い相手だからであり、よく知らない女性の体など、見たことはない。
(って何やってるんだ僕は! 今刹那さんは裸だろう!?)
彼は自分がしていたことを頭のなかで咀嚼し、ようやく理解して視線を逸らした。
「むっ! 邪な気配!」
だが、彼の無意識から出てきた邪念を、刹那は敏感に感じ取っていた。彼女は即座に置いてあったモップを掴んで水平に構え。
「神鳴流、『斬岩剣』!」
そのまま一気に振りぬき、なんとネギの隠れていた大岩をスッパリと斬り捨てた。幸い、モップが通過したのは彼の頭上ギリギリであったため、彼は無事だった。が、あまりのことに驚いて茫然自失となってしまう。そして、そんなことはお構いなしに刹那は岩陰へと一気に距離を詰める。
「そこかっ!」
「うわぁっ!?」
突然目の前に現れた刹那に、さすがのネギも驚きで意識を取り戻す。一方で、刹那も相手がネギであることが発覚して驚きの声を上げる。
「ね、ネギ先生!?」
「あ、あはは……」
「あの、ここは女性用ですよ……?」
彼女は持っていたタオルで前を隠しながら、彼にそう言う。その言葉にネギは首を傾げるが、ふと自分が男性用である右側の露天場にいないことに気づく。どうやら、考え事をしていたせいで入る場所を間違えたらしい。
「ごっ、ごごごめんなさい! 入る方を間違えちゃったみたいで……!」
「……まあ、ほんの少しだけ邪気は感じましたが、悪気があったわけではないようなので構いませんが……」
彼女は構えをといてモップをひとまず納める。しかし、なんとも言いがたい雰囲気が場を包み込んでしまい、互いにどうすればいいのか分からなくなってしまう。ふと、ネギはむしろこの状況はある意味ではチャンスなのでは、と思い至り。
「あ、あのっ!」
この状況を打破する意味も含めと、ネギは彼女へ話を聞くために問いかけようとする。が、それが叶うことはなく。
『きゃー!』
「悲鳴っ!?」
「この声、まさかお嬢様!?」
脱衣場の方から、女性の悲鳴が聞こえてくる。ネギと刹那は即座にそちらへと向かう。が、またも彼は失念していた。ここが女性用の風呂であったことを。
「お嬢様!」
「だ、大丈夫です……っ!?」
見れば、そこにいたのは木乃香であった。いや、それだけであればよかったのだが、ここは衣服を脱ぐ場所であり、当然ながら彼女は風呂に入ろうとしていたわけで。
「うわわわっ! すみません!?」
衣服をはだけ、あられもない姿の彼女がそこにいた。慌ててネギは両手で顔を塞ぐ。しかしこれではどうなっているのかがわからない。
「やーん! なんやこれー!?」
『ウキキーッ!』
彼女の悲鳴の理由。それは、何匹もの猿が彼女に群がっているせいだった。しかも、それらは彼女の下着を奪おうとしていたのである。
「こ、のぉ! お嬢様に何をしている!」
怒りを露わに、刹那がモップを片手に猿へと肉薄する。しかし、さすがに猿は素早く、タオルで自分の体を抑えているため片手がふさがり、思うように動けない。結果、攻撃は空振りとなり猿に背後を取られてしまう。
「チッ、なかなか素早い……! って、なにをするっ!?」
『ウッキー!』
背後をとった猿は、なんと今度は刹那へと群がっていく。そして彼女が辛うじて裸にしていないタオルを、引き剥がそうとしてきたのだ。
「や、やめろっ、このっ!」
『ウキャキャッ!』
必死に抵抗するも、いかんせん数が多すぎる。最後には抵抗むなしく一気にタオルを引っ張られ、その肌を晒す羽目になった。そして抵抗していた彼女は、タオルを抑えていた反動で一気に体制が崩れ、顔を隠して棒立ちであったネギに衝突する。
「うわっ!?」
「ひゃあっ!?」
激突の最中、普段の凛々しい彼女からは想像できないような可愛らしい悲鳴が短く漏れるが、そんなことはどうでもいいこと。2人はもつれるように倒れこみ、刹那がネギの頭部へ馬乗りになるような形となった。つまり、彼の顔の上に裸の刹那が乗っかっているわけで。
「あぶぶぶぶっ!?」
彼の視界を、上気して桜色のなにかが塞ぐ。彼はそれが何なのか一瞬わからなかったが、それが上から聞こえてくる刹那の声で即座に理解して目をつぶる。一方、刹那も慌てて下敷きにしてしまった彼から離れる。
「あわわっ、ごめんなさい!」
「い、いえこちらこそ……そ、その……見ましたか……?」
顔を赤らめて恥じらう刹那。普段とのギャップが凄まじく、あたふたとしている彼女は何とも可愛らしい。
「あ、だ、大丈夫です! み、見てないですっ!」
彼女の質問を即座に否定し、顔がゆでダコのように真っ赤になるネギ。またもお互いに気まずい雰囲気になるが、今はそれどころではない。
「あ、木乃香さんはっ!?」
「はっ! しまった私としたことが!?」
『ウッキ! ウキキッ!』
慌てて室内を見渡すと、サルたちは露天風呂の方へと彼女を担いで運び出そうとしていた。木乃香は抵抗した様子はなく、どうやら気を失っているようだ。
「おのれ! 獣風情がお嬢様に手を触れるなっ!」
彼女は取り落としてしまったモップを再び手にすると、猿の方へとすさまじい速度で突っ込んでゆき。
「神鳴流奥義! 『百裂桜花斬』!」
『ウキャッ!?』
円を描くかのようにモップを振り、斬撃がその軌跡をたどって吹き荒れる。猿達はその奔流に飲み込まれ、かき消されていくが、木乃香と彼女を抱える刹那はその中心にいるため斬撃に晒されることはなかった。
「あ……せっちゃん……」
「もう大丈夫です、このちゃん」
「うふふ、なんやせっちゃん、かっこええなぁ……」
「あ、あんまからかわんといてや……」
いい雰囲気になる2人。その後、木乃香が風呂に入っている間は刹那が見張りを続けることとなった。そして、斬撃の余波に巻き込まれたネギが、地面にたたきつけられて暫く伸びていたことも追記する。
「なるほど、私が西の出身だったゆえにスパイだと疑われていたわけですか……」
「ごめんなさい! 僕達、早とちりしちゃったみたいで……」
「うう、まさか木乃香の姐さんのために関西呪術協会から脱退してたなんて。疑ってすいやせんでした!」
木乃香の入浴が終わり、意識を取り戻したネギが刹那に事情を聞こうとし、どうせならば全員集まって木乃香の側にいたほうがいいだろうと、木乃香とアスナのいる部屋へ場所を移して話をすることとなった。木乃香は既に眠っており、アスナは昼の酒騒動のせいで未だに酔いつぶれたままだ。
一方、布団でぐっすりと眠っていると思われているアスナは、当然のことながら酔い潰れて寝込んでいるなんてことはなかった。年齢で言えば、彼女はとうの昔に成人を迎えている。当然、彼女も酒など嗜んだことはあるわけで。
(……安酒とはいえ、久々にお酒なんて飲んだから思わず飲み過ぎちゃったわ……もうちょっと自制と自己管理をしっかりしないと……。……意外と美味しかったし、今度マスターのおみやげに買っておこうかしら……)
他の生徒とは別の意味で酒を貪ってしまったアスナは、彼女らの話を横でひっそりと聞きつつ、そんなことを考えていたのだった。
「しっかしまあ、親友一人のために故郷を離れて見知らぬ地へ来るなんてなぁ。それでその親友とも、護衛とその対象って間柄だからあまり親しくはできない……随分と茨の道を歩んできたんだな、桜咲も」
「いえ、それでもこの……お嬢様は私と仲良くしてくださってます。私は、生来不器用でお嬢様と距離を置いてしまっていますが、彼女はそれを気にせず以前のように接して欲しいと……」
「くぅー、友情はいつまで経っても不滅ってわけですかい! 泣けるぜぇ……」
こういったことに涙もろいアルベールは、思わず男泣きをしてしまう。ネギも、それにつられて涙ぐんでしまい、刹那がどうしていいか分からずあたふたとする。千雨はそんな二人と一匹を微笑ましく眺めている。
「ええと、その……話を続けても?」
「ぐすっ、はい、続けてください……」
「気にすんな桜咲、こいつらちょっと感受性が高いだけだ」
「は、はぁ……。で、先ほどの猿の襲撃ですが、恐らくは西の刺客でしょう。お嬢様は代々の長を務めたことの多い血筋である近衛家の出身で、現在の長の娘でもあります。東を毛嫌いする一部の人間にとっては、人質として最高の人材でしょう」
「また七面倒くせぇ事になってるな……木乃香の祖父があの学園長の爺で、色々と因縁があるらしいし、その娘婿っつったら反発はあるわな」
未だに近右衛門を恨んでいる輩は多く、その娘婿であり繋がりの深い西の長に対して不満を持つものは少なくない。だからこそ、今回のことを利用して彼を引きずり降ろそうとする輩が刺客を放っているのだろうと推測する。
「だとすりゃあマズイな。今日一日でも随分な妨害がされたし、それが近衛を攫うための作戦だとしたら……」
「こちらがジリ貧になるだけですね……」
敵の手がどれほどなのか未知数な現状では、彼らだけでは妨害に対処するだけで手一杯の可能性があるし、刹那だけでは木乃香の護衛に不安が残る。
「刹那さん、提案があるんですが……」
「……奇遇ですね、私も先生にお頼みしたいことがあります」
双方の言葉で、思わず微笑を浮かべる2人。ネギと刹那は向い合って、真剣な眼差しで見つめ合う。そして、同時に言葉が続いた。
「私に、手を貸してしてください!」
「僕達と、一緒に木乃香さんを守りましょう!」
二人は手を取り合い、固く握手を結ぶ。そこに、千雨とアルベールが手を置いて頷いた。かくして、新たな協力者を得たネギ。
だが。
『……ネギ・スプリングフィールドの、秘密を知りたくないか……?』
『……分かった。取引成立ね』
彼女らの知らないところで、既に邪悪が牙を剥こうとしていた。