二人の鬼   作:子藤貝

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第三十話 修学旅行初日②

桜咲刹那とネギ・スプリングフィールド一行による共同戦線が結ばれ、彼女らは早速このホテルに侵入されないように結界を張り巡らせていくことにした。

 

「あとは、ここに設置すれば……」

 

「兄貴、あっちの方に小窓がありやしたぜ。鍵はかけときやしたが、一応注意してくだせぇ」

 

「うん、ありがとねカモ君」

 

「……こういう時はやることがないのが辛いな。完全にお手漉きだぜ」

 

刹那は起点となる場所へ札を貼り、ネギとアルベールは相手の侵入経路となりそうな場所を調べあげて鍵をかけ、軽い罠も設置している。各々自分にできることをやっていた。ただ一人、魔法を知っている以外は一般人と大差ない千雨はやることがなく歯痒い思いをしていたが。

 

「これで、よし。先生、結界の設置は終わりました。そちらは?」

 

「はい、こっちも簡易的ですが細かいところに罠を張ってみました。あんまり出来のいいものではないので過信はできませんが……」

 

「いえ、十分です。外からの侵入には結界がほぼ防いでくれますから、強行しようとしても先生の罠が足止めさえしてくれればすぐに対処できるでしょう」

 

「つっても、それだけじゃまだ不足がありそうだな。相手は手練だろうし、数で押されてもマズイ」

 

相手の勢力がどれぐらいなのかが未知数な今、可能な限り手は打っておきたい。しかし、現状で対抗できるのはネギと刹那のみ。かろうじてアルベールはサポートに回るという手もあるが、千雨は完全に足手まといになるだろう。

 

「フッフッフ、いよいよオレっちの出番というわけですね!」

 

「ん? なんか手があるのか?」

 

「いえ、オレっち自身はあくまでしがないオコジョ妖精でしかありやせん。ですが! 千雨の姐さんを強化できるかもしれない方法なら知ってやすぜ!」

 

「! マジか!?」

 

アルベールの突然の発言に、千雨は目をむいて驚いた。まさか、こんな身近に自分が強くなれる可能性が転がっていたなど思わなかったのだ。

 

「つっても、あくまで可能性ってだけでさぁ。千雨の姐さん自身を強化してあげられるわけじゃないっす」

 

「……つーと、あれか? なにか強力な武器が手に入るかもしれない、ってことか?」

 

「おおっ、さすが姐さん鋭い! オレっち、妖精なだけあって魔法使いに関する契約にはちょっとしたもんがありやして、昔は『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』の仲介なんかをやってたんす!」

 

『魔法使いの従者』。平たく言えば、魔法使いにとってのパートナー的存在であり、呪文を詠唱している間無防備である魔法使いを守護するなどの役目を担うサポート役だ。勿論、魔法使いと契約を結んでいるからその恩恵を受けているため戦闘に参加することも少なくない。

 

「ええっと、もしかしてカモ君、千雨さんと契約をさせるってこと?」

 

「そうっす! 最近こそ平和な世の中だから『魔法使いの従者』は恋愛対象とかの扱いになってやすけど、本来は戦闘の補助や戦闘への参加を可能にするためのものっすから!」

 

「はぁ、東洋呪術における"善鬼・護鬼"のようなものですか」

 

東洋の陰陽師なども、西洋の魔法使い同様に呪文を止められてしまうと術が発動できない。そこで、東洋呪術師の場合は式神に付与させた善鬼・護鬼などで身を守るのだという。

 

「私は神鳴流という魔払いを生業とする剣術を扱っていまして、その神鳴流剣士も東洋呪術師のパートナーとして共に戦うことが多いです。まあ、殆どの場合雇われですが」

 

「刹那の姐さんも似たような感じなんすか。んじゃ、姐さんも契約行ってみやすか?」

 

「戦力強化になるのでしたら是非もないですが……先ほどの、可能性という言葉にどうも引っ掛かりを覚えます」

 

「そっすね。じゃあ、少しだけ説明しときやすが、『魔法使いの従者』となると、その契約を結んだ人物一人につき一つまで特別な道具、アーティファクトが精霊から与えられるんす。契約の証はパクティオーカードっつー認証カードが与えられて、そこからアーティファクトを取り出すことができるっす」

 

ただし、原則として契約を結べるのは一人まで。また、その人物の潜在能力を引き出す魔法のアイテムが与えられるため、完全にランダムである。よって、戦闘に寄与するものなのか、日常で役立つものなのかは分からないのだとか。

 

「なるほど、それ相応のリターンはあるかもしれないがハズレもありうるってとこか。って、一人しか契約できねぇんなら桜咲のこと勧誘してもいみねぇだろ」

 

「ふっふっふ、実はそれはあくまで本契約、正当な契約であってのことでして、お試し期間として結ぶことができる『仮契約(パクティオー)』なら何人でもオッケイなんすよ!」

 

契約をするにしろ、どうしてもそこに不安を抱くものが多い。そこで、それを試験期間として結ぶことができる契約が出来上がった。それが『仮契約』であり、これで何人もの人間と契約を結ぼうと構わないのだ。ただし、タダではないため大抵有料の契約を仲介する業者を雇うことになるのだが。

 

「オレっちは既に兄貴に雇ってもらってやすから、そこら辺は気にしないで頂いて結構っす。契約自体も難しい手順なんてなくてパパっとできやすから」

 

「契約、ねぇ。まあ、とことん付き合ってやるって決めたんだし抵抗はないが、どうやって結ぶんだ? やっぱ血の盟約とかそういうのがあんのか?」

 

「いえいえ、書類も何もいらないっす! 俺っちが刻んだ魔法陣の上であることをしてくれればいいんすよ!」

 

「あること?」

 

「接吻っす! ようはキスをすりゃいいんすよ、ムチューっと!」

 

アルベールの言葉に、三人は固まる。まさか契約がそんな破廉恥なものだとは思わなかったのである。普段冷静な千雨さえ強張った笑みを浮かべているだけだ。

 

「つーとあれか? 私が先生とキスしろってことか? まあ、額とかならいいけどよぉ……」

 

「ダメに決まってるでしょ! 口と口じゃないとしっかり結べないんすよ!」

 

「え、ちょ私まだ未経験なんだが……」

 

「ほらほら、姐さんも覚悟決めてんでしょう? だったらもう潔くいっちまいやしょうぜ!」

 

そう言われ、千雨もそれ以上言うことができなくなってしまう。この程度のことで揺らぐようなやわな覚悟は決めたつもりはない。が、ここまで予想の斜め上な展開がくるとは思っていなかったため、心の準備ができていない。彼女も一応乙女、躊躇いはある。が、それで止まるような彼女ではなかった。

 

「……しゃあねぇ。やるぞ、先生」

 

「ええっ!? でも、千雨さんは……」

 

「もう後戻りできねぇんだ、だったら毒食わば皿までってやつだぜ。この程度のこと、受け入れられないで先になんか進めっかよ」

 

アルベールは魔法陣を二人の周りに刻むと、契約を結ぶための準備にとりかかる。既に準備万端であった。

 

「……まさか、こんな形でファーストキスを男にやることになるとはなぁ……」

 

「だ、大丈夫です。僕も多分初めてですから……」

 

「それ、なんの慰めにもなってねぇから。……ま、あんたにならくれてやるのもいいか」

 

「え? 千雨さんそれって……」

 

ネギに最後まで言わせることなく、千雨はその唇を塞ぐ。いきなりのことに目を見開くネギだが、その驚きもそのままに契約はしっかりと結ばれていく。魔法陣がまばゆい光をあげ、その光が段々とアルベールの方へ収束してゆく。

 

「ヒャッハー! パクティオー!」

 

アルベールが叫び声を上げながら、契約を確約させる。そして、彼へと集まっていった光が形を取り始め、やがて一枚のカードへと変化した。

 

「契約完了っす!」

 

アルベールが契約が結ばれたことを告げると、千雨はすぐさま唇を離す。唾液が糸を引き、一瞬だけキラキラとした橋が形成された。その様子を、刹那は顔を両手で覆いながらも指の隙間から顔を真っ赤にして見ていた。

 

「……存外、悪くねぇもんだな」

 

「…………」

 

口元を拭いながらそんな感想を漏らす千雨と、呆然としているネギ。あまりのことに、思考が停止してしまったようだ。

 

「兄貴! 仮契約のカードですぜ!」

 

「……っは! 僕は何を……?」

 

「……すごかったです」

 

アルベールの言葉でようやく我に返ったネギと、未だ顔が赤い刹那であった。

 

「で、どんなのが出たんだ?」

 

「えっと、称号は"IDOLUM VIRTUALE(仮想世界のアイドル)"、ですか」

 

「……まあ、ネットアイドルなんてやってりゃそうなるわな……」

 

千雨は人付き合いが苦手なため、誰とも顔を合わせなくてもよいネットで普段の憂さを晴らすことが多く、それが段々とエスカレートしていった結果、ネットアイドルとして活動するようになった経緯がある。現在、彼女のブログはランキングにも乗るほどの大型ブロクだ。

 

「まあそっちはどうでもいい。肝心の武器はどうなんだ?」

 

「兄貴、とりあえずカードはコピーしておきやしたから本物は契約主の兄貴が管理してくだせぇ。で、こっちのコピーを姐さんに」

 

「千雨さん、どうぞ」

 

「おう。しっかし、これにそのアーティファクトっってのが収められてるってのが信じられねぇな……」

 

「『アデアット(来たれ)』と唱えれば、アーティファクトが出現します」

 

「こうか? 『アデアット』!」

 

千雨がカードを構えて唱えると、カードから何かが召喚される。それは細長く、まるでステッキのようなものであった。

 

「って、魔法少女のステッキじゃねーか!」

 

装飾としてピンク色のハートをあしらったそれは、完全にアニメやらで出てくる魔法少女が使うそれであった。あんまりなものの出現に、千雨は思わず叫んでしまう。

 

「はぁ……どっちみち私は戦力としては期待できねぇってことかよ……」

 

仮にこれが魔法を使うことができる杖として、彼女は魔法に関しては全くの素人。完全に宝の持ち腐れである。

 

「これは……なんとも言えないですね……」

 

結局、その一部始終を見ていた刹那が仮契約を結びたいと思うはずもなく、しばらく千雨は一人打ち拉がれるしかなかった。

 

 

 

 

 

就寝時間となり、各々が一旦部屋へと戻った。だが、ようやく目を覚ましたアスナは眠気が全くないせいで暇を持て余していた。

 

(あー、そろそろ時間かな……)

 

時計を眺めつつそんなことを考える。すると、夕映がトイレの方へと行きノックを始めた。

 

「木乃香、まだですか?」

 

「あとちょっと~」

 

木乃香が返事する。それを聞いて夕映は近くの洗面台にあった台座に座るが、少し経ってから再びノックする。しかし、返事は先程のものと同じ。それを、10分ほどの間続けていた。

 

「どしたの?」

 

「木乃香がさっきから出てこないです。こ、このままでは……も、もるです~!」

 

どうやら、先ほど入っていた木乃香が一向に出てこないようだ。夕映の表情を見ながら、彼女のそれが演技ではないことをアスナは見抜いた。

 

(あーそっか、今回の作戦は夕映は関わってないんだったっけ)

 

彼女はあくまでも霊子の子飼いであり、外部の協力者的扱いなのだ。今回の計画は京都で実行されるため、学園の地下を拠点としている霊子は出てこれず、夕映も今回だけは部外者なのである。

 

(……頃合いか)

 

アスナは早速、ネギ達へとメールを送った。暫くして、刹那とネギと千雨がやってきた。

 

「お嬢様の様子がおかしいとは本当ですか!?」

 

「わっ、ちょっ刹那さん落ち着いて! トイレから出てこないからおかしいってだけよ!」

 

「……近衛、返事しろ」

 

「あとちょっと~」

 

「さ、さっきからおんなじ返事ばっかです~! 早く出てください木乃香~!」

 

モジモジしながら、若干涙目になりつつある夕映は顔を真っ赤にしつつ早く出るように急かす。一方、ネギ達は夕映の言葉に不審な点を感じ取っていた。

 

「先生、返事が同じものばかりというのは……」

 

「ああ、どう考えたっておかしいぜ」

 

「で、でも侵入した場合は刹那さんの結界に引っかかるんじゃ……」

 

「……あれは、かなり簡易的なものですので外からのものしか防げないんです。恐らく、既にホテル内にいたのかもしれません」

 

彼女の言葉に、千雨とネギは危機感を覚えた。ネギが設置した罠も、多少の足止め程度にしかならない簡素なもの。犯人が容易くかかるとは思えない。刹那も大分焦りを感じたのか、トイレの扉を無理矢理に開けようと試みたところ、鍵がかかっていなかった。

 

そして、開け放ったそこに彼女の姿はなく。

 

『あとちょっと~』

 

「こ、これは……!」

 

「呪術の符!」

 

「チッ、既に攫われた後だったか!」

 

代わりに、彼女の声を放つ札が一枚置いてあるだけであった。

 

「くっ! お嬢様を救出せねば!」

 

「待て! 相手がどこにいんのか分かんねぇのに闇雲に探すのは危険だ!」

 

部屋の扉を開け、一目散に駆け出そうとする刹那。しかし、直前で千雨がそう呼び止めたため彼女は足を止めて振り返る。その顔には、明らかな焦りが見えた。

 

「では、一体どうすれば!?」

 

「私も分かんねぇよ! だが、相手がこんな小細工してきたってことは道中に罠があってもおかしくねぇ! それに捕まっちまったら近衛の救出なんて不可能だ!」

 

千雨の言葉は正論であったが、しかし刹那はどうしても納得ができない。こうしてグズグズしている間にも、木乃香を攫った相手はどんどん離れていっているのだ。それこそ、こちらが追いつけなくなってしまう可能性が高い。

 

「脱出したのは、窓の小窓からでしょう。あそこなら木乃香さんぐらいの大きさなら通れます」

 

冷静に分析するネギ。こういうときこそ、落ち着いて対処することが有効であるとネギは前回の戦いで学んでいた。千雨もネギの意見を元に逃走経路を考えるが、如何せん彼女にそんなずば抜けた推理力があるわけではない。

 

(クソッ、またお荷物かよ……!)

 

前回の戦いでは、ずっとネギのサポート以下であった。精神的に不安定なネギに喝をいれるという彼女にしかできないこともやってはいるが、あれはあくまでネギが未熟だったからこそ。今のネギは、あの戦いを乗り越えて精神的にも成長している。今度こそ、彼女は何もできない役立たずへと成り下がりかねない状態だった。

 

【……す!】

 

(……ん?)

 

【京都駅に向かってます!】

 

(は? 京都駅? ……というか、この声はどっから……)

 

何処かから聞こえてくる声を千雨は聞き取る。それがどこから発されているのかを聞き耳を立てて注意深く探す。

 

(……私の鞄の中、か?)

 

そして、それは彼女の鞄の中であると分かり、彼女はカバンにしまっていたパソコンを取り出して開く。

 

【あ、気づいてくれました!】

 

「は? なんだこりゃあ!?」

 

そのデスクトップ上に、全く見慣れない何かが浮かび上がっていたのだ。それはデフォルメされたネズミのような姿をしており、まるで魔法少女のアニメに出てくるマスコットキャラクターのようでもあり。

 

【初めましてご主人様! 私は電子精霊、電子の世界を漂う精霊の一種です!】

 

「え? あ、精霊ってことはエロオコジョとおんなじような奴ってことか? つってもそんな奴がなんで私のパソコンに……っていうかご主人様ってなんだ?」

 

【もう! 先ほど契約をされていたではないですか!】

 

「契約? ……あ!」

 

就寝時間前に、ネギと仮契約をしていたことを思い出し、慌てて彼女は仮契約カードを取り出した。そして呪文を唱えてアーティファクトを出現させる。彼女にしては珍しく周囲への注意を怠ってしまっていたが、幸い、唯一起きていた夕映は既にトイレに篭っていた。

 

「ひょっとしてこれのことか?」

 

魔女っ子ステッキを画面の前へとつき出す。すると電子精霊は嬉しそうな声を上げ。

 

【おお! まさしくそれは我々を統率するための笏、王たるものの持つアーティファクト! 『力の王笏(スケプトルム・ウィルトゥアーレ)』!】

 

「こ、これが!?」

 

あまりにも予想外な物体であったことに驚きを隠せない。ああだこうだと話し込んでいたネギと刹那も、ようやく千雨の様子に気づいて彼女の見つめている先へと視線を向けた。

 

【見た目は可愛らしいですがとても高性能なのですよ! それ自体が演算装置と記憶装置を備えたコンピューター! しかも我々電子精霊の中でも上位存在である上位電子精霊に命令を下すことができる優れものです!】

 

「上位電子精霊? お前がってことか?」

 

【はい! 私と、あと今は起動したてでおりませんが私の他に6人の上位電子精霊がおります! 我らは数多の電子精霊を指揮する千人長七部衆なのです!】

 

「お、おう。なんか凄そうだな」

 

誇らしげに語られても、彼女にはなんのことかさっぱりわからないので受け流す。しかし、ネギは電子精霊の言葉に驚いていた。

 

「上位電子精霊、千人長七部衆!?」

 

「先生、知っておられるのですか?」

 

「電子精霊に上位の存在がいるのは知ってます。僕も本で読んだことがありますから。でも、まさかそれを取り纏める千人長が……」

 

どうやら、ネギにしても相当にすごい精霊であるようだ。見た目はただのネズミだが。

 

【とりあえず、ご命令を頂きたいのですが……何分名前も持っておりませんので、入力していただけないでしょうか?】

 

「あ、ああ分かった。……って四文字制限かよ! 濁点も一文字換算って一昔前のRPGか!」

 

【我々、データが軽いのが売りでして】

 

「ああ、そういう……んじゃその伝統に則って"ああああ"とでも……」

 

【そんな投げやりな名前は嫌ですぅ!】

 

即座にダメ出しをされ、彼女は面倒くさいと思いながら頭をかく。結局、空腹から適当に思いついたものを名前としてつけていった。ちなみに、思いついたものというのは彼女が愛食するコンビニのおでんからだ。

 

【ありがとうございますご主人様! こんにゃ、がんばります!】

 

「……気に入ったんならいいけどよ。あと、ご主人様はやめろ」

 

【ではちう様と!】

 

「なんで私のネットアイドルとしての名前知ってやがんだッ!」

 

【上位電子精霊ですからー】

 

こんな適当な名前でよかったんだろうかと、今更ながらに後悔する千雨であった。そして、先ほどこの電子精霊が必死に訴えていたことを思い出し、質問する。

 

「で、さっき京都駅がどうとかって……」

 

【はっ! そうでした、ちう様が探しておられる木乃香様を監視カメラを通して発見したのです。彼女は何者かと一緒に京都駅へと向かってました!】

 

「……マジか?」

 

【マジです】

 

こんにゃの言葉に再度問うが、それが本当であると言い切る。後ろで聞いていた二人も、驚きでポカンとしていた。

 

「先生、こりゃ相当な拾い物したかもしれないぜ?」

 

千雨は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて彼へと振り返って言った。

 

 

 

 

 

夜の闇を、少女を一人抱えてひた走る影。抱えている少女は、ネギ達が探していた木乃香であり、それを抱えて逃げているのは当然誘拐の犯人。

 

「待てー!」

 

「お嬢様を返せ!」

 

追いかけるのはネギと刹那。千雨はネギの杖に乗っている。相手は何故か猿のきぐるみを着ていて顔が判別付かないが、声から女性だと推測できる。

 

「チッ、まさかこんなに早く追い付いてくるやなんて!」

 

彼女がここまで早く発見されたのは、千雨が電子精霊に命令を飛ばして監視カメラの映像をリアルタイムで追ってきた成果だ。監視カメラを経由するため最短ルートではない分、逃げ続ける犯人を見失いづらかった。

 

(くっ、どないなっとるんや! うちがしこたま仕掛けた罠を全部素通りしよったんか!?)

 

また、犯人の足跡を正確に追ってきたおかげで、犯人が逃走経路以外に設置してあった罠は全て無駄になってしまった。自他問わず反応する分強力な束縛ができるため採用したのだが、自らがかからないためにその逃走経路に仕掛けなかったことが裏目に出てしまったのである。

 

「待て言われて待つ阿呆はおりませんえ!」

 

犯人はスピードを上げて引き離そうとするが、ネギ達もスピードを上げて喰らいつく。だが、相手が京都駅へと入ってしまい慌てて杖から降りる。改札口を軽々と飛び越え、犯人とネギ達は発射寸前の電車へと転がり込んだ。

 

「さあ、逃げ場はないですよ!」

 

「お嬢様を放せ、さもなければ切る!」

 

車両の端と端で対峙する。しかし犯人の女性は余裕の笑みを浮かべており。

 

「残念、ここまで来たのも計算のうちですえ!」

 

そう言って、一枚の札を取り出す。とっさに術の発動を止めようとネギと刹那が動いたが、ギリギリで届かない。

 

「御札さん御札さん、うちを逃しておくれやす!」

 

彼女の言葉をキーに、呪術が練りあがる。すると、全く水気とは縁のない車両内で突如膨大な水が洪水となって湧き上がった。

 

「水のないとこから水を出した!? 高等魔法もがっ!」

 

「なんだこりゃ!? うわっ!?」

 

「わぷっ!?」

 

「くっ!?」

 

アルベールが思わず叫んだが、それを言い切る間もなく車内が水で満たされる。水の中で辛うじて目を開けられたネギは、既に犯人が別の車両にいる様子がドア窓の向こうから見えた。

 

【千雨さん! 聞こえますか!?】

 

契約カードを用いて彼女へと念話を飛ばす。事前に説明しておいてあるので、恐らくは千雨も気づいてくれるだろうと思ってのことだ。案の定、彼女は応えてくれた。

 

【聞こえてる! これからどうする!?】

 

【詠唱ができないせいで、僕も魔法が使えません!】

 

【万事休すか……!?】

 

魔法が使えなければただの子供。ネギの弱点がここで大きく露呈してしまう。これでは、どうすることもできない。

 

(このままでは全滅だ……! そうなれば……)

 

水に押し流されて車内で激突を繰り返し、意識が朦朧としていた刹那が、ようやく考えられる程度の思考能力が戻ってきた。だが、このままいけば全滅は必定。そうなれば、木乃香は攫われてしまう。

 

(お嬢様……!)

 

彼女は辛うじて握り続けていた愛刀『夕凪』を握り締めると、水の流れに逆らって勢いよくそれを振るった。まるで、人間では(・・・・)ないかの(・・・・)ような(・・・)膂力で以って。

 

(神鳴流、『斬空閃』!)

 

空を切り裂くほど鋭い気の斬撃が、水中を螺旋状に駆け巡って車両を分かつドアを穿つ。その衝撃でドアが勢いよく押し出され、水圧がそれを支援する。結果、ドアはその勢いで向こう側の車両まで解き放たれ、次の車両のドアと犯人ごと吹き飛ばした。

 

「あーれー!?」

 

マヌケな声を上げながら、犯人は木乃香を抱えたまま水に押し流されてゆく。一方、水かさが一気に減ってようやく呼吸ができるようになった一同は、飲み込んでしまった水を吐き出しながら呼吸を整える。

 

「ゲホッ、ゲホッ!」

 

「み、皆さん無事ですか……」

 

「助かったぜ、桜咲……」

 

「し、死ぬかと思ったぁ……」

 

活路を切り開いてくれた刹那に、一同は感謝の意を告げる。そうこうしているうちに、電車は次の駅へと到着したらしく、既に停車しようとしていた。犯人はドアが開く瞬間を狙って素早く飛び退った。それを追って、彼らも駅へと降りた。

 

「だ、ダメだ……これ以上は動けねぇ……」

 

だが、溺れかけたせいもあって息が上がってしまった千雨は暫く休むとネギに告げ、駅の柱に座り込んだ。此処から先は戦闘になる可能性もあるため、彼女は足かせにならないようにする意味もあった。ネギと刹那はそれに同意し、すぐさま犯人を追った。

 

 

 

 

 

「しつこいおすなぁ……しつこい人は嫌われますえ?」

 

「悪いが、お嬢様に嫌われようと私はお嬢様を助ける。それだけだ」

 

駅から降りると、猿のきぐるみを脱いだ犯人の女性が広場に佇んでいた。階段の上からネギ達を見下ろす形となっている。

 

「あ、あなたは新幹線の時の!」

 

そう、その女性は新幹線で車内販売員の姿をしていた人物だった。ただ、今は露出度の高い和服を着ているが。

 

「貴方が関西からの刺客だったんですね!」

 

「ふふ、今更気づくなんて遅いですえ。お嬢様はもう、うちらのもんや」

 

「いいや、すぐに返してもらうぞ!」

 

刹那が素早く跳びかかり、犯人へと肉薄しようとする。だが、相手は懐から再度札を取り出す。しかも今度はさっきの三倍の枚数である三枚だ。

 

「御札さん御札さん、うちを守っておくれやす! 三枚符術『京都大文字焼き』!」

 

札を投げると、それらは勢いよく燃え上がって瞬く間に巨大な紅蓮の壁と化す。あと僅かで届くといったところで炎の壁に阻まれてしまい、刹那は立ち止まる。

 

「くっ、あと少しだというのに!」

 

「ほな、さいなら」

 

犯人が悠々と逃げ出そうとした、その時だった。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 吹け、一陣の風。『風花(フランス)風塵乱舞(サルタティオ・ブルウェレア)』!」

 

ネギが魔法を唱え、強力な風が一陣吹き荒れる。それは容易く巨大な炎壁を吹き飛ばし、かき消してゆく。

 

「な、なんやー!?」

 

あまりにも巨大な風にさすがの犯人も驚く。その隙に、刹那が一気に彼女へと接近する。

 

「うひぃっ!?」

 

振り下ろされる刃に一瞬敗北を幻視するが、しかしそれは横槍によって阻まれた。

 

ガギィッ!

 

「むっ!?」

 

「あや~、間に合ってよかったどすわ~」

 

予想を裏切る金属音。とっさにそれを弾いて飛び退る。そこには、可愛らしい服装をした小柄な少女の姿があった。ロリータ・ファッション特有のひらひらとした服装であり、フリルが大量にあしらわれている。長くたなびく髪は白みがかっており、月明かりによく映えている。手には、二本の刃が握られており、長さからみてどうやら小太刀のようだ。

 

「貴様、神鳴流の人間か?」

 

「はい~。うちは神鳴流剣士ですえ~。月詠いいます~、どうぞよろしゅう先輩~」

 

「な、なんか気が抜けるな……」

 

どうやら、見かけ相応にのんびりとした人物のようだ。この緊迫した場面でものほほんとしている。

 

「遅いで、月詠!」

 

「すんまへん千草さん~。うち、眼鏡がないとろくに前が見えへんと、眼鏡が見当たらへんかったんや~」

 

「くっ、神鳴流剣士を雇っていたのか!」

 

彼女が想定していた最悪な展開がここにきて当たってしまった。いくら刹那が優秀な剣士とはいえ、同門である神鳴流相手では骨が折れるのは間違いない。そうなれば、後はネギに頼るしかないのだが。

 

「いでよ『猿鬼(えんき)』・『熊鬼(ゆうき)』!」

 

そう、呪術師は術者を守るための前衛役の式神、"善鬼・護鬼"がいる。ネギ一人では善鬼・護鬼を相手するだけで精一杯。その間に犯人、千草は逃げればよい。

 

「さあいけっ!」

 

「来るっすよ、兄貴!」

 

やってくる善鬼・護鬼を迎撃する。しかし、相手が強力な大型の式神、それも二体を相手にしているため、かなり戦いづらそうだ。

 

「さあさ、うちらも始めまひょか」

 

「くっ!」

 

よそ見をしていた刹那に肉薄する月詠。ふんわりとした雰囲気とは打って変わって中々に鋭い太刀筋。しかも本来防御を主とする小太刀で、多数の手数で以って攻勢を仕掛けてくる。野太刀を主とする神鳴流では珍しいが、その主流である野太刀を用いる刹那には小回りの効く相手というのは戦いづらい。

 

「うふ、先輩お強いどすなぁ……」

 

「なるほど、貴様戦闘狂か……!」

 

彼女の瞳からこぼれた僅かな暗い光を刹那は感じ取り、そう評した。そう、月詠はあくまで彼女の護衛としてここにいるが、その本質は強い相手と戦いたいという欲求からきている。しかも、相当に重度なものだろう。こちらを完全に標的として定めており、これでは一瞬の隙を突いて助けに行くこともできない。

 

「にと~れんげき、ざんがんけ~ん」

 

「くっ、戦いづらい……!」

 

一撃一撃はそこまで重くはないが、しかし決して軽くもないのだ。段々と疲労が溜まってゆけば、受けきれる可能性も低くなる。

 

(どうする……あれ(・・)を使うか……!? いや、だが……!)

 

彼女には、この状況を覆すことができるものがある。それは、幼き日に彼女を拾い育ててくれた人物から伝授された技の数々。だが、彼女はそれらを封印していた。教えられた本人に、固く言い聞かされていたからだ。

 

『……これを使っていいのは、大切に思ってくれる人を守る時、だけ……約束……』

 

あまりにも強力で、そして負担の大きい技術。だからこそ、使うことを禁じられている。これを使っていいのは、彼女を心から大切だと思ってくれる相手のためにのみ許すと。

 

(お嬢様……私は……!)

 

彼女が親友と思っている相手でさえ、曝け出していない秘密。それを知って、木乃香はまだそばにいることを許してくれるだろうか。

 

「……先輩、うちと戦っとる時に他の人のこと考えるなんて、灼けますえ」

 

「なっ、ぐあっ!?」

 

思考の乱れは、それ即ち遅れへとつながる。コンマ一秒さえ油断が許されない剣撃の最中では、彼女のその大きすぎる隙は絶好の的だ。若干不満気な月詠は、小太刀を防御の隙間を縫って彼女の肩へと差し込んだ。

 

「うふ、斬り損ねてしもうたわ~」

 

幸い、肩口を浅く斬られるだけで済んだ。だが、彼女の顔には焦りがある。

 

(はやく、はやくお嬢様を……!)

 

「そないな焦らへんでもええやないですか。じっくり楽しみまひょ?」

 

背筋が寒くなるような陶酔気味の笑みを浮かべ、再び月詠が襲いかかった。

 

 

 

 

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステ、うわあっ!?」

 

『ウキーッ!』

 

『クママーッ!』

 

「ダメだ、呪文を唱える隙がない……!」

 

一方、ネギも大分苦戦を強いられていた。複数相手はこの前の事件で経験しているが、あの時は相手の油断を突けたからこそ勝利できた。だが、今回はプロの呪術師が使役する式神だ。当然連携もうまく、魔法を唱える隙を突いて攻撃を加えてくるため魔法が発動できない。

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)』!」

 

無詠唱で魔法の矢を放つが、如何せん威力が足りない。どうしても善鬼・護鬼を抜けないのだ。

 

「くっ、どうすれば……!」

 

このままでは、みすみす木乃香を連れ去られるだけ。だが、打つ手が無いのが現状。

 

「ははは! 最早手札もないんやな! このまま悠々と行かせてもらいまひょか」

 

千草の高笑いが広場に響く。刹那も、ネギもそれをただただ聞き続けるしかない。

 

だが、その状況は次の瞬間覆されることとなる。

 

「うひゃあっ!?」

 

突如、千草の足元へと高速で何かが突き刺さったのだ。それは金属で出来た巨大な十字の物体であり、よく見れば手裏剣のようでもある。

 

『手札がないのであれば、補充すればよいでござる!』

 

「な、何奴!」

 

手裏剣が飛来してきた方向を見やると、街灯の上に何者かの影があった。その影は勢いよく跳躍すると。

 

『はぁっ!』

 

空中で一息に分裂(・・)した。

 

「は?」

 

何が起こったのか分からず、一瞬硬直する千草。しかし、その答えは直ぐ目の前で行われる光景によって分かった。

 

『ク、クマーッ!?』

 

『はぁっ!』

 

飛び散った影は、一目散に熊鬼へと殺到し強烈な蹴りを叩き込んだ。しかしそれだけで消滅するほど熊鬼も弱くはない。反撃で鋭い爪を振りかざしながら影へと両手を叩き込む。しかし、両手の先に既に影は存在せず、空振りとなった。首を傾げる熊鬼。

 

すると熊鬼の背後、背中めがけて複数の影が何かを投擲する。それらは熊鬼へと正確に飛来してゆき、寸分違わず熊鬼の背へと突き刺さった。そう、それらは先ほど投げられた巨大な手裏剣と同じ意匠のものであり、苦無や棒手裏剣などの暗器であった。

 

「な、何が起こっとるんや……」

 

熊鬼は甲高い悲鳴を上げながら消滅していく。熊鬼のいた場所に残ったのは、一枚の人型をした紙切れだけであった。

 

『影掴むこと能わず、でござるよ』

 

熊鬼を屠った影は、やがてひとつの影へと収束していき、ついに一人となる。そして纏っていた黒い衣服を脱ぎ捨てると、そこにいたのは。

 

「か、楓さんっ!?」

 

そう、彼の生徒である長瀬楓であった。

 

「様子がおかしいとつけてみれば、まさかこんなことになっているとは思わなかったでござる」

 

「くっ! 甲賀モンかいな!」

 

「悪いが拙者忍者ではござらんぞ」

 

「嘘つきぃや! そんなステレオタイプな忍、うちも初めてみたわっ!」

 

楓の否定の言葉に即座に突っ込む千草。しかし、楓はそれで隠し通せていると思っているように見えた。一連の珍妙な出来事に、一同はポカンとなる。ただし、戦闘に夢中な月詠のせいで刹那だけは未だに鍔迫り合いが続いていたが。

 

「か、楓!」

 

「刹那、バカレンジャーの(よしみ)で助太刀に参った!」

 

「そ、それは喜んでいいのか……?」

 

「む、言われてみれば確かに……」

 

「あ~ん、よそ見はせいでってゆうとるやろ先輩~」

 

「くっ、しつこい!」

 

場を引っ掻き回した挙句、本人がのほほんとしているせいで全く締まらない。千草は完全にペースを崩されてしまった。このままではマズイと、再度猿鬼に命じる。

 

「猿鬼! あのでっかいのを捕まえよし!」

 

「でっかいのとは何でござるか、でっかいのとは!」

 

千草の言葉の一部分に不服があったのか、彼女が不満気味に声を上げる。それを無視して猿鬼が突っ込んでくるが、楓はそれをすり足と僅かな動きで躱し、そのまま攻撃直後の無防備な首へと苦無を走らせる。

 

『ウキャーッ!?』

 

猿鬼は叫び声を一つ、そのまま紙へと戻ってしまう。千草は自慢の善鬼・護鬼である二匹をたった一人に処理されてしまい、頭を抱えた。

 

「な、なんなんやあんたは!?」

 

「麻帆良学園中等部所属の、しがない女生徒でござる」

 

不敵な笑みを浮かべ、楓はそう言った。どこにプロの呪術師が操る善鬼・護鬼を、たった一人でかたづける中学生女子がいるのかと突っ込みたいが、千草にそんな余裕はない。もう、彼女を守るものは彼女が持つ守護の護符ぐらいしかないのだ。

 

「先生! 今でござるよ!」

 

「え? あっはいっ! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 

「しまった! もう防ぐすべが……!」

 

「光の精霊29柱! 集い来たりて、敵を射て! 『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の29矢(ルーキス)』!」

 

「きゃーっ!?」

 

光の矢が、千草へと殺到する。その攻撃に為す術もない彼女は、とっさに蹲って腕を突き出し、身を守ろうとした。そう、彼女が今掴んでいた人物、攫ってきた(・・・・・)少女(・・)が矢面に立たされてしまっているのだ。

 

「あっ!? そ、逸れろっ!」

 

直撃する直前、ネギは魔法を逸らしてしまう。だが、無理もなかった。千草が無意識のうちに盾にしていたのは、彼らが救出するために追ってきた木乃香だったのだから。

 

「……あれ?」

 

魔法が襲ってこないことに違和感を覚え、目を開けてみれば完全に無傷な自分の姿に気づく。そして、彼女の前に構えている少女と、相手の苦々しげな様子をみて彼女は即座に状況を理解した。

 

「ふ、ふふふ……! まさかこないな利用価値がおますとはなぁ!」

 

勝ち誇った顔になる千草。木乃香がいる限り彼女に外は及ぶことがないとわかった今、彼女は完全に勝ちを確信していた。

 

「うふふ、そら攻撃できひんわなぁ。大事な護衛対象に生徒、そっちのでかいのも見た感じ同級生やろ? 傷つけるなんてできんやろぉ!」

 

「ううっ……!」

 

「なんと卑怯な……!」

 

ようやく届きそうだったというのに、最後の最後で人質が立ちはだかる。ある意味では、彼らにとって最大の障害だ。

 

「つーかまーえた~」

 

「しまった!」

 

木乃香の事に気を取られ、刹那も月詠に組み伏せられてしまう。その様子を見て千草は完全に調子に乗り始め、終いには彼女を抱え上げて挑発してくる。

 

「ふふ、所詮は東の、西洋の魔法使いにうちらは倒せんちゅうことや。せっかく西を裏切ってまでお嬢様についてったのに、今じゃうちの手の中や。所詮はガキの集まりやな」

 

ニヤニヤと苛立たしくなるような笑みを浮かべ、ケタケタと笑う。手が出せないだけに、どんどんと怒りが湧いてゆく。

 

そして。

 

「ほななー、ケツの青いガキども。おしーりぺーんぺーん」

 

木乃香の尻を叩きながら、彼女は挑発した。だが、それがまずかった。

 

ブチッ

 

「ぶち?」

 

「き、さ、まあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

親友であり、彼女の護衛対象でもある木乃香に対する仕打ちで、ついに刹那がキレた。彼女は抑えていた月詠を乱暴に吹き飛ばし、千草へと飛びかかる。

 

「させませんえ!」

 

だが、月詠もプロ。刹那の前へと飛ばされていたため、即座に体勢を立て直して彼女へと飛びかかる。

 

「邪魔だっ!」

 

それでも、刹那は止まらない。斬りかかってきた月詠に、刹那は怒りの中でも研ぎ澄ませた刃で応じる。一瞬の交叉、野太刀と小太刀が激突する。しかし一瞬でその均衡は崩れ、重さがない小太刀が弾かれて月詠は吹き飛ばされる。

 

「あ~れ~!?」

 

間抜けな声を上げながら茂みの中へと落ちてゆく。刹那はそれに一瞥もくれることなく、千草へと飛びかかる。

 

「く、くんなや! きたらお嬢様がどうなるか……!」

 

木乃香を盾にして刹那に凄む。しかし、あまりの迫力に彼女も無意識のうちに腰が引けてしまっていた。

 

「『風花・風塵乱舞』!」

 

「わぷっ、また突風が!?」

 

そこに、ネギが支援として突風の魔法を放つ。そしてそれを足場に、楓が千草へと急接近していく。普段のほほんとしている彼女にしては珍しく、その額に青筋を浮かべて。

 

「木乃香殿を返してもらうでござる!」

 

風に押されたまま、楓は正確に木乃香を千草の腕から引き剥がし、そのまま後方へと飛び去ってゆく。唖然とする千草の前には、既に間合い寸前の刹那。

 

「貴様だけは、許さんッ!」

 

刹那は鞘へと刃を収め、居合の構えをしたまま突っ込んでゆく。

 

「ま、まだや! まだ守りの護符が……!」

 

刹那と千草が交わる瞬間。刹那はその場から一瞬姿を消した。いや、正確には消えたように見えた。あまりにも速すぎ、誰の目にさえ映らなかったのだ。振り返り行く末を見つめていた、類まれな動体視力を有する楓にさえ。

 

鈴の音が、響き渡った。どこまでも澄んだその音は夜の闇へと伸び、溶けこんでいく。やがて静寂が辺りを包み込み、無が場を支配する。千草の背後には、再び姿を現した刹那。

 

「な、何がおこっ……かはっ」

 

ようやく脳の反応が追いついた千草は、一瞬の間に何が起こったのかを理解しようとし、次いで胸の激しい痛みとともに呼吸ができなくなる。蹲って息をしようとするが、呼吸をまともにすることさえできない。

 

「は、あ……な、に、が……」

 

やがて彼女の視界は暗転し、薄れ行く意識の中で最後に聞こえたのは。

 

「…………流、『時雨』」

 

刹那の、そんな声だった。

 

 

 

 

 

「何とかなりましたね……」

 

「申し訳ありません先生、楓。頭に血が上ってしまって……その上サポートまで……」

 

「構わないでござるよ。拙者も頭にきていたでござる」

 

「はい、結果的に木乃香さんを取り戻せたんですから!」

 

刹那の元へと駆け寄る二人。刹那は礼を言うが、それによって木乃香が救えたのだから問題ないと言い、彼女を攻めることはなかった。

 

「それにしても凄かったでござるな! よもや拙者の視力を以ってしても見失うほどの速さとは!」

 

「はい、僕も一瞬刹那さんがいなくなったのかと思っちゃうほどでしたよ!」

 

「あ、あはは……あれは普段使うことを禁じている技なんですよ。速さがある分、体に負担が大きいものですから」

 

「え!? だ、大丈夫なんですか?!」

 

「はい。連続して使えば危険ですが、一度だけなら大したものでは……。とりあえず、その話はここまでにしてあの女を捕縛しないと」

 

刹那の言葉に、二人は即座に思考を切り替えて倒れ伏している犯人へと近づいてゆく。

 

「峰打ちですから、気絶しているだけだと思います」

 

「うむ、確かに外傷はないでござるな。ではさっさと……」

 

「あきまへんえ~」

 

背後からの突然の殺気に、楓は危険を覚えネギを抱えて飛び退る。みれば、先ほど茂みに落ちていった月詠の姿があった。

 

「一応雇われてるんで~、好き勝手させるわけにはいきまへん」

 

「む、ならば相手になるまででござる」

 

「僕もです」

 

身構える二人。しかし、月詠はクスクスとその様子を微笑ましいかのように笑いながら。

 

 

 

一瞬で二人の背後へと立っていた。

 

 

 

「消えた!? 一体何処に……」

 

「あっ! 犯人がいない!?」

 

しかし、二人は月詠が消えたとだけしか認識できず、犯人がいないことに注意を惹かれる。

 

「こっちですえ、こっち」

 

「っ!」

 

彼女の呼びかけによってようやく気づいた二人は、慌てて飛び退く。月詠の両腕には、気絶している千草の姿が。

 

「い、いつの間に……!」

 

「刹那の先ほどの技と同じスピード……!?」

 

一方で、刹那も驚きで目を見開いていた。しかし、その驚きはその速さからではない。なにせ彼女は、月詠の一連の動きを見てとっていたのだ。彼女が驚いたのは、むしろその体捌き。

 

「なぜ、貴様がその技(・・・)を……!?」

 

思わず問いかける。が、彼女は微笑みを浮かべたまま、

 

「うふ、知りたいどすか? でも、今はだ~め」

 

そう言ってはぐらかし、その場を去っていった。

 

(月詠……奴は、一体何者なんだ……!?)

 

一つの疑問を残し、波乱の幕開けとなった修学旅行は初日を終えたのであった。

 

 

 

そして……。

 

「……大きく、なった……」

 

彼女を見つめる瞳が2つ。暗黒を湛えたかのような漆黒の瞳は、彼女を捉えて離さない。やがて、その瞳は瞬きをひとつするとともに夜の闇へと霞んでいった。


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