二人の鬼   作:子藤貝

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親愛、友愛、恋愛、愛憎……様々な愛があり、形がある
故に正しい形などなく。誰もが悩み、迷う


第三十一話 修学旅行二日目

追跡劇から一夜明け。修学旅行二日目に突入した。昨夜は夜通しの追いかけっこであったため、彼らはほとんど眠っていない。が、刹那はこういったことには慣れているため眠気はなく、千雨も夜更かしをよくするタイプなので眠気はあっても耐えることは容易だった。問題は、そういったことに慣れていないネギは絶えずうつらうつらと船を漕いでいることだ。

 

(うぅ、こんな状態じゃ木乃香さんを守るなんてできないよ……)

 

「おい、眠いなら今のうちに寝といたほうがいいんじゃねぇのか?」

 

「だ、だめですよぅ……皆さんの引率をしないといけないんですから……」

 

「……なんか不安だな……」

 

眠気と闘いつつ、今日の目的地へと向かうネギであった。

 

 

 

 

「え? 今日は襲撃の心配はない?」

 

「はい。御存知の通り、関西呪術協会の本拠は京都です。実は、関西呪術協会にも様々な派閥がありまして、ここ奈良にも大きな勢力があるんですが、昔から関西呪術協会とは仲が悪く、度々衝突を起こしているためあまり干渉しないんです」

 

奈良にある勢力は、平城京が存在する頃から続いてきた由緒正しき一族達によって形成されており、平安京から誕生した現在の関西呪術協会の下地となった一族達の勢力を下に見てきた。その因縁は深く、現在でも互いに不干渉が暗黙の了解となっているらしい。

 

「とはいえ、現在は奈良の勢力はかなり衰退してしまっています。というのも、かつてこの地に存在した最も古い家が断絶してしまい、その権威の大部分を失ってしまったのです」

 

「はぁ、ようはてっぺんがいなくなってまとまりがなくなったてことか」

 

「要約すればそうなりますね。その断絶した家は、実は私が修める『神鳴流』とかつて双璧をなした剣術を代々伝える家だったらしいのです。相当に高い位の家だったのでしょう」

 

ただ、既に一族尽くこの世を去っており、詳しいことは刹那も知らないのだという。

 

「ま、なんにせよ襲撃の心配がないってのはいいな。今日一日ぐらいは修学旅行を楽しむとすっかな」

 

「そうですね、お二人共まだまだ学生なんですから、今を楽しく過ごして欲しいです」

 

屈託のない笑顔でネギがそう言うが、千雨は眉をひそめる。

 

「先生は私らより年下だろ、今日ぐらい生徒に混じって羽を伸ばせよ」

 

「で、でも僕は先生……」

 

「だーかーらー、そういうの考えないで遊んでろってことだ! おーいアスナ!」

 

抵抗を見せるネギにしびれを切らし、千雨は強引な手段に出た。アスナを呼ぶと、彼を任せると言って自分の班へと戻っていってしまう。一方、千雨の意図を察したアスナは、ネギの頭を軽く小突く。

 

「千雨さんの言う通りよ、あんたは少し難しく考え過ぎ。今日ぐらいゆっくりしなさい」

 

「せやせや、ネギ君もうちらに甘えてええんやで」

 

「木乃香さんまで……」

 

結局、二人に押し切られてしまったネギは、アスナら5班とともに行動することとなった。

 

 

 

 

 

「わー、鹿ですよ鹿! いっぱいいる!」

 

「はいはい、もう少しおとなしくなさいな」

 

「僕、山奥暮らしだったから鹿はみたことはあったんですけど、こんなにいっぱいいるのは初めてです!」

 

さて、今日一日は子供らしくいろと言われたものの、ネギは気恥ずかしくて最初は遠慮がちだったのだが、次第に見知らぬ地の様々なものに触れていくうちに、元来の子供っぽさが表に出てきたようで。

 

「あ、お店がありますよ!」

 

「はいはい、羽目をはずすのはいいけど、はしゃぎ過ぎないの」

 

今はすっかりはしゃいでしまっている。普段の抑えらていた部分を全開にしているため、少々はしゃぎ過ぎの嫌いはあるが。アスナもそれを注意するが、あくまでもやんわりとだ。今日ぐらいはいいだろうと思っているからかもしれない。

 

「看板がある……えーと、し・か・せ・ん・べ・い?」

 

奈良公園のそこかしこで売られているものに興味をいだいた彼は、看板に書かれているグネグネとした文字を首を傾げながら何とか読み解き、再び首を傾げる。

 

「ああ、それは鹿にあげるための煎餅よ」

 

「せんべいって、あのお米を平らにして焼いたものですよね? ……食べれるんでしょうか?」

 

「……さすがにそれは私もわからないわ」

 

ネギの色々とズレた質問に、さすがのアスナも苦笑いでそういうほかない。ちなみに、鹿せんべいは食べても害はないが、そもそも食べるものではない。入っているのは米ぬかなどであり、鹿のおやつ程度のものである。

 

「のどか、今がチャンスですよ!」

 

「ゆ、ゆえ~……」

 

一方、それを物陰からじっと見つめる人物が二人。アスナや木乃香と同じ5班のメンバーである宮崎のどかと綾瀬夕映である。普段大人しめな彼女にしては珍しく、前髪を上げており、可愛らしい素顔があらわになっている。

 

夕映はのどかがネギに気があることに前から気づいており、彼女のことを応援しているのである。同じく彼女を応援しているパルこと早乙女ハルナは、やや暴走気味だったので夕映が本の角で黙らせたため公園のベンチで伸びている。

 

「ほらっ、言ってくるです!」

 

「あわわっ!」

 

夕映に後ろからやや強引に押され、彼の方へとふらつきながら近づいていく。彼女の危なっかしい挙動に気づいたネギは、慌てて彼女を抱きかかえる。

 

「だ、大丈夫です、か……?」

 

「え、ひうっ!?」

 

無事を確認しようとネギが声をかけるが、抱きかかえた状態で顔が接近していた今の状態はのどかにはかなり刺激が強かった。前髪による視界の遮断もないため、ダイレクトに彼の顔を間近で見てしまったのだ。

 

「あわわわわわわわ……!」

 

「ど、どうしたんですかのどかさん!?」

 

一瞬で顔がゆでダコのように真っ赤になったのどかをみて、ネギが更に問いかける。しかし、ややパニック状態な彼女には聞こえていないようで。

 

(ど、ど、どうしよう先生の顔がこんな近くにでもちょっとかっこいい……じゃなくて私はどうすればいいんだっけええと……!?)

 

頭のなかでいろんな事がごちゃまぜになってしまっており、正常な判断がまるでできていない。そんな彼女でも、今日は普段より積極的に行こうと意気込んでいたためか。

 

「せ、先生! 私と一緒に大仏を見に行きませんか!?」

 

「は、はい!」

 

朝方に決めていた、ネギ先生を班行動に誘うという今となっては果たされている目的を、彼女にしては大声で言った。ネギは反射的にそれにYesをしたが。

 

「あの、でもこれから一緒に行きますよね?」

 

「ひゃわっ!?」

 

結局、その頑張りも空回りとなってしまったのだった。

 

 

 

 

 

刹那は6班のメンバーであるザジが何処かへと行ってしまったため手持ち無沙汰な状態だった。確かに戦士に休息は必要だが、それも暇であっては味気ないだけだ。因みに、同じく班員である美姫は、生来の体の弱さから熱を出してしまい介護にあたっている茶々丸とともに京都のホテルで留守番である。

 

「はぁ……お嬢様の言うように、もっと自分の趣味を広げたほうがいいのだろうか……」

 

常々木乃香から言われていたことを思い出し、今更ながらにもっと見聞を広めるべきだったのではと考える。相手に気持ちを伝えることも素直にできない不器用な彼女は、普段から護衛対象である木乃香を守るために修行を行っている。たいていは暇な時間はそうやって時間を潰していたため、いざこういった状況になるとやることがなくて困る。

 

(……鹿、か。こうしてみると中々愛らしいな……)

 

目の前で草を喰む鹿を眺めてそんな感想を抱く。京都にいた頃は、たまに木乃香と共に奈良へとやってきていたため、鹿など珍しくも感じない。しかし、いざこうやって間近で眺めてみると、中々に愛らしい顔をしているなと思えた。

 

彼女は鞄から鹿せんべいを取り出し、割って鹿の方へと放る。先ほどザジが大量に買い込んでその一部を渡してきたのだ。鹿は放り出されてきた方、つまり刹那を見つめるが、暫くするとその鹿せんべいを食べ始めた。

 

(……結構、癒やされるな……)

 

鹿ののんびりとした仕草に癒やしを感じる刹那。そして幼いころに"恩人"に連れられて鹿狩をやらされたことを思い出し、苦笑する。必死に逃げる鹿を、同じく必死に追い続けたあの頃。辛くもあったが、しかし幸福だった日々。

 

「姉さん……」

 

未だ出会えぬ人物を、脳裏にいまだ焼き付いて離れぬ相手を思う。感傷に浸っていると、更にせんべいを催促しにきたのか鹿が首を振りながらこちらを見ていた。

 

「……ふふっ、欲しいのか? ……可愛いなお前は」

 

そう言いながら、鹿の顔をなでてやっていると。

 

「先輩のほうがかいらしいと思いますよ~?」

 

投げかけられた言葉で、長閑な雰囲気が一変する。鹿は獣の勘によってそれを敏感に感じ取ったのか、ビクリと体を一瞬硬直させ。次いでブルブルと体を震わせて猛烈な勢いで走りだし、刹那を置き去りにしていく。

 

「お前は……!」

 

「昨日ぶりどすなぁ~、先輩?」

 

獣さえ怯えさせる邪気を帯びて現れたのは、昨夜激闘を繰り広げた相手、月詠であった。刹那は警戒しながらも、いつでも迎撃できるよう夕凪を片手で握りしめながら鋭い眼差しを向ける。

 

「なんの用だ」

 

「うふふ、そないな怖い顔せいでくださいよ。かいらしいお顔が台無しですえ?」

 

刹那の言葉に、微笑を浮かべながらそう返す月詠。しかし、その笑みはどこか薄ら寒いものを感じさせる。それによって、更に警戒を強める。

 

「今日は会って欲しい人がおりまして~」

 

「……どんな奴かは知らないが、私にその気はない。さっさと往ね、素っ首たたっ斬るぞ」

 

普段礼儀正しく、真面目な彼女からは想像もつかない鋭く重い言葉。素が出ると京都弁が出てしまう彼女だが、それはあくまでも気安い相手であればこそ。むしろ彼女は、敵であれば一切の容赦をしない激情を秘めており、今の彼女はまさしく抜身の刃というに相応しい。だが、そんな彼女の圧力さえも彼女にとっては心地よいものでしかないらしく。

 

「ああん、素敵やわぁ……今斬りあいたいどすけど、生憎それができひんのが辛いわぁ……。ええんどすか、先輩? うちが先輩に会わせたいお人は、貴女が探しとった方ですえ?」

 

「……何?」

 

「ふふっ、噂をすれば何とやら、やなぁ。もう来てしもたみたいや」

 

みれば、いつの間にか周囲いっぺんから人の気配が消えていた。あれだけいた鹿さえ姿を見せていない。いや、正確にはいるにはいる。皆、怯えて地面に蹲ってしまっているため姿が確認しづらいだけなのだ。人の姿がないのは、人払いの呪によって無意識の内に誘導され、ここに近づいていないせいだろう。襲撃されることを想定し、周囲を警戒する刹那。

 

「……久しぶり」

 

唐突に聞こえた声に、刹那は一瞬反応が遅れた。声が聞こえた背後から何者かの腕が刹那へと迫ってくるのが、振り向きざまの視界に映る。刹那は、何とかそれを紙一重で躱した。

 

(先程まで誰もいなかったはずだ……一体どこから現れた……!?)

 

気配もなく、魔法や呪術で転移したわけでもない。まるでそこに突然現れたかのようだ。そのあまりにも不可解な登場の仕方をした人物は、真っ白な下地に和風の絵付けがされた仮面をつけていた。

 

「……何者だ」

 

「……分からない? ……そういえば、仮面をつけたままだった……」

 

怪訝な顔をして何者かと問い質す。相手はなぜか自分のことが分からないのが不可解だといった風で首を傾げたが、それが仮面をつけたままであるせいだと思いいたり、仮面に手をかける。そしてゆっくりと外された仮面の下から覗いた顔は。

 

「……そんな、まさ、か……!」

 

「……改めて……久しぶり、刹那」

 

「り……鈴音姉さん(・・・・・)……!?」

 

彼女が、探し続けていた人物が目の前にいた。

 

 

 

 

 

一方、ネギも衝撃的な場面に直面していた。

 

「先生の気持ち、聞かせてください……!」

 

目の前には、地面に倒れているネギの上に乗って、顔を真っ赤にしているのどかの姿。

 

(ど、どうしてこんなことに……!?)

 

先ほどまで、5班メンバーと大仏を眺めたり神社仏閣を巡っていただけのはずだ。どうしてこんな状況に陥ってしまったのか。

 

 

 

――――遡ること数十分前。

 

 

 

「うーん。なんか頭が痛いんだけど、夕映なんか知らない?」

 

「さ、さあ? 知らないです」

 

痛む頭をさすりつつ、復活したハルナは夕映にそう聞くが、彼女は目をそらしつつ知らないと答えた。腑に落ちなさを感じつつも、まあいいかと脳天気に忘れることにした。

 

「で、のどかはどうなのよぅ?」

 

「起きて早々それですか……まあ、先生と一緒に観光名所めぐりです」

 

「おおっ! やるじゃんのどか!」

 

「我々5班メンバーと一緒に、ですが」

 

「だめじゃん!」

 

「うるさいです、ハルナ」

 

相変わらずのやかましさに注意するが、熱が入り始めた彼女は簡単には止まらない。

 

「うっしゃー! それなら二人きりの桃色空間、つくってやったらー!」

 

両腕を掲げあげ、大声で叫ぶハルナに周囲の人々は驚いて視線が集中する。当然隣の夕映にも視線が集まっているわけで。

 

「やめるですっ!」

 

「ほてっぷ!?」

 

再び分厚い本を取り出し殴りつける。変な声を上げて倒れるハルナ。はぁ、と溜息を吐くと、夕映はハルナを引きずって大仏殿から出ていこうとしたが。

 

「って気を失ってる場合じゃないわ!」

 

「ひぅっ!?」

 

気絶したはずのハルナが勢いよく立ち上がる。いきなりのことに驚く夕映、そして先程以上の意欲を見せるハルナ。完全に周囲の目を釘付けにしてしまっている。というか、大仏そっちのけで大半の人間が目を向けていた。

 

「さぁ、いざ桃色空間へレッツゴーよ!」

 

「もう好きにしろです……」

 

元気溌剌な親友の姿に、ぐったりとした夕映はそう言うしかなかった。

 

 

 

 

 

『私達先に二月堂に行くねー!』

 

『え? でも』

 

『のどかと一緒にのんびり来てください』

 

『ゆ、ゆえ~!?』

 

『まあ、そういうわけだから私達も行くわよ木乃香』

 

『二人共、頑張ってな~』

 

ハルナと、仕方なく手伝う夕映によって説得されたアスナと木乃香は、二人とともに二月堂へと一足先に行ってしまい、置いてきぼりとなったネギとのどかは、やむなく二人で歩き出したのどかとネギだったのだが。

 

「あの……」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「え、と……あの……」

 

「? どうかしましたか?」

 

「いいいいいいえ! そうじゃ、なくて……うう、やっぱり言えないよぅ……」

 

二人きりの今だからこそチャンスだと、ハルナに言われたのだが。いくら頑張ろうと心に決めていても、それが本番で発揮されるかは別である。引込み思案な性格である彼女には、ただでさえ世間一般でも苦労するであろう告白など、彼女には一世一代の大勝負に等しかった。

 

「あ、そろそろ見えてきましたね!」

 

見れば、二月堂へ通じる道の途中にある三月堂の姿が見えてきつつあった。このままでは、告白をするどころかそのチャンスさえ生かせずに目的地についてしまう。

 

「あ、あの!」

 

「え、どうしましたか?」

 

「こ、こっちに!」

 

「うわわっ!?」

 

焦った彼女は、彼の手を掴んで脇道へと強引に進んでいく。いくらネギが力がない子どもとはいっても、ネギには非力なのどかの手を振りほどくことは簡単なはずだ。だが、振りほどく理由もないためと、何故かいつも以上の力を発揮しているのどかの手はしっかりと彼の手を離さないせいでどんどん道を外れていく。

 

「の、のどかさん! そっちは違いますよ!」

 

「だ、大丈夫です! こっちでいいんですぅ!」

 

テンパっている彼女は、顔から火が出そうなほどに熱を帯びながらぐいぐいと彼を引っ張っていく。やがて、ひと目がないところまでやってくると、周囲を確認して深呼吸を一つ。

 

「ご、ごめんなさい先生」

 

「い、いえいえ。のどかさんにんもなにか言おうと思ってここへ僕を連れてきたんでしょう?」

 

ネギは気にした風ではない。生徒の言いづらいことを聞いてあげるのも教師として当然であると思っているからだ。

 

(きっと、なにか言いにくいことで悩んでるだけなんだろう。僕が相手になってあげないと!)

 

と、どこかズレた思いでのどかの言葉を待つ。堂々と待つネギの姿に、のどかはまたも気後れしてしまう。思わず、一歩下がってしまった。

 

すると。

 

「あっ……」

 

「っ! 危ない、のどかさん!」

 

坂道であったため、後ろにあった小石を踏んでバランスを簡単に崩してしまったのどかを、ネギは慌てて抱きとめる。しかし、そのままのどかを抱きかかえたまま二人で滑り落ちていってしまい、林の中まできてようやく止まった。

 

「大丈夫ですか、のどかさん……」

 

「だ、大丈夫れふ……」

 

幸い、のどかはネギが抱きとめたままであったため目立った外傷もない。ネギも途中に落ちていた小枝で引っかき傷ができた程度だ。しかし、意識が正常に戻ってきたのどかは現在の状況に思わず赤面する。

 

「す、すみません先生! す、すぐにどきます!」

 

「あはは、大丈夫ですよ。のどかさんは軽いですから」

 

二人の格好は、のどかがネギに馬乗りになっているような状態であったのだ。思わずネギに謝罪するが、ネギは気にした様子はない。

 

(……何やってるんだろ、私……)

 

どんくさい自分に嫌気がさす。告白しようとして先生を困らせてしまっている。これでは本末転倒だ。だが、だからこそ彼女は覚悟を決めた。

 

(なら、せめて……)

 

嫌われようが、自分の気持に正直になろう。これ以上大好きな相手に迷惑をかけないように。

 

「先生……私、先生のことが好きです……!」

 

 

 

――――そして現在に至る。

 

 

 

「先生の気持ち、聞かせてください……!」

 

「え、あの……その……」

 

しどろもどろな様子を見て、のどかは彼が混乱しているのだとすぐに分かった。そして、その原因が自分であることに申し訳無さを覚える。

 

「……ごめんなさい先生。こんな、いきなり言われても困りますよね……」

 

事実、ネギの脳内はショート寸前だった。いきなりの告白に脳内の処理が追いついていないのだ。こんな状態では、とても返事なんてできないだろうことを悟った彼女は。

 

「……返事は、今でなくていい、です……でも、必ず……お返事をください」

 

そう言うと、彼女は彼の頬へと顔を近づけていく。ネギの頬に何か柔らかい感触があった。

 

「……えっ?」

 

突然のことに一瞬で彼の脳内がクリアになる。彼を引っ掻き回していた衝撃をそのまま押し潰すようなさらなる衝撃によって打ち消したのである。呆然とするネギ、顔を真っ赤にしながらも体温を感じ取れるほどに近づいているのどか。そして彼女は彼から顔を離すと、そのまま彼の上からどいて小走りで去っていった。

 

「…………」

 

未だ言葉が出てこないネギ。自分が先生であることは分かっている、そしてのどかが彼の生徒であることも。では、先程の言葉は一体何だ。まさしく愛の告白に違いなかっただろう。それが分からないほど、ネギは鈍感でも愚昧でもない。

 

「いやー、のどか頑張ったねぇ」

 

「……頑張ったです」

 

「意外と度胸あるのねぇ本屋ちゃん」

 

「うち、感動したわぁ。のどかがあんな大胆に告白するやなんて」

 

一方、その一部始終を見ていた残りの5班メンバー。先ほどの転倒の際はさすがに助けようと思ったが、無事であった様子を見てそのまま様子を見ていたのである。途中、のどかを心配して珍しくハルナが出ていこうとしたのだが、なんと夕映がそれを静止したのだ。

 

「まさか夕映が止めるとは思わなかったねぇ」

 

「のどかの一世一代の告白ですよ? 邪魔しちゃダメです」

 

「せやなぁ」

 

「おーい、ネギ。聞こえてる?」

 

先程からピクリとも動かないネギに、アスナが声をかけるが返事はない。おもむろに手を額へと伸ばしてみると。

 

「え、ちょすごい熱!?」

 

「うーん……」

 

「いきなり告白されたせいで、頭が追いついていないのでは?」

 

「あちゃー、知恵熱やな」

 

結局、熱を出して倒れたネギは、そのまま京都のホテルまで瀬流彦先生によって送り届けられ、美姫とともに茶々丸に看病されたのであった。

 

 

 

 

 

「……そう、楽しそうでよかった……」

 

「うん! とても楽しくて、嬉しくて……!」

 

刹那は鈴音と二人、ベンチに並んで話をする。月詠は積もる話もあるやろ、と言って二人をそのままに何処かへ去っていった。突然の再開に慌てる刹那だが、鈴音が話をしようと言ってきた。そして現在に至るわけだが、今まで話せなかったことや会いたかったことなどから懐かしさや感情が溢れだし、思い出話を始めたのである。

 

「友達も、出来たんや」

 

「……そう。……護衛は、辛くない……?」

 

「ううん、お嬢様……このちゃんは今でもうちを友達と言うてくれるんや」

 

親しい相手、今では木乃香相手でも時々しか使わない京都弁で話す刹那。余程彼女のことを慕っているのだろう。鈴音も、普段はめったに変わらない無表情をやや崩し、微笑みを浮かべている。見上げてみれば、空は雲ひとつない快晴だった。

 

「……姉さんと会ったのも、こないな晴れた日やったっけ。なぁ、姉さんも何か話してよ」

 

主に話をしているのは刹那であった。鈴音は、彼女の今まであったことを話して欲しいと言い、それを聞いていた。だからこそ、色々と話して欲しかった。

 

「……姉さんは、なんでうちを置いて行ってしもうたん?」

 

幼い日。彼女は鈴音に置いて行かれた。今に至るまで世話になっている関西呪術協会の総本山に。初めは捨てられたのかと思い、泣く日々だった。木乃香がいなければ泣き虫のままだっただろう。

 

「……やむを得なかった」

 

鈴音は短くそう答える。どうやら詳しい事情までは教えてくれないらしい。だが、彼女はほんの少しだけ申し訳無さそうな顔をし。

 

「……でも、貴女を捨てたつもりはない……そう思わせたのなら、謝る……」

 

そう言って頭を下げる。刹那はわたわたしながら別にいいと彼女を許す。そもそも、彼女を恨んだことなんてその初めの数日間ぐらいで、後は会いたい気持ちでいっぱいだったのだ。

 

「……ありがとう。……他に、聞きたいことって、ある……?」

 

そう言われ、刹那はある疑問をついにぶつけることにした。先程から気になり続けて、しかし聞いたら彼女が何処かへ行ってしまうような気がして聞けなかったこと。

 

「……なんで月詠と一緒におったん?」

 

そう、先ほど彼女が現れたのは、月詠によって仲介されたから。つまり彼女は、月詠と関係のある人物だということだ。

 

「……彼女は、私の弟子(・・・・)……」

 

衝撃。彼女の頭を割れんばかりに殴り飛ばしたのはそれであった。

 

「ほな……ほな月詠も……?」

 

「……『村雨流』の遣い手」

 

幼い頃、彼女によって教えられた流派。まだ姉として慕った彼女との唯一の絆。それだけに、彼女にとって思い入れが深い。だからこそ信じられなかった。あれほどの狂気を内に秘めた存在に剣技を教え、弟子にとっているというのだから。

 

「なんで……なんでや!」

 

「……素質があった」

 

「うち、ずっと守っとったんや! 姉さんが言っとったこと! 大切だと思える人のために使えって!」

 

大切な誰かを守るために教えられたのだと、信じて疑わなかった。それを教えてくれた姉が、強く美しい彼女が誇らしかった。自分が将来越えたい相手だと、木乃香に言って憚らないほどに。

 

「……『村雨流』は殺人技、そう教えたはず……」

 

「使い方次第やとも言った!」

 

確かにそう教わった。だが、それでも使い方次第だとも言われた。だからこそ、道を誤らないように務めてきたのだ。魔を断ち、人を守る剣として。

 

「……本質は、変わらない。……月詠には、殺人剣の『村雨流』を扱う素質があった……。……だから弟子にした。……彼女は、私に近い(・・・・)……」

 

「え? それってどういう……」

 

瞬間。恐怖が膨れ上がった。理解が追いつかない現象に、刹那は一瞬思考が停止した。心をかき乱されるような恐ろしい何か。それが急に出現して膨れ上がったのだ。それは威圧と狂気を伴い、先ほどの月詠が見せた邪気とは一線を画すような巨大さ。まるで、周囲の全てを呪ってしまうかのようだ。

 

そしてその中心にいるのは。

 

「ねえ、さん……?」

 

「……刹那には、まだ話していなかったね。……これが、本来の私……」

 

薄々、刹那は気づいてしまっていたのだろう。数年前と全く変わらぬ容姿、衰えのない肉体。そして僅かながら感じられた、悪意。それら全てを、彼女は心のなかで理解しながらも否定しようとし続けていた。慕っていた相手が、そんな恐ろしいものであるはずがないと。

 

しかし。現実はどこまでも残酷で、正しかった。彼女の勘は正確に働いており、事実、鈴音は人間とは違うナニカだった。魔を断つ『神鳴流』の剣士としては、彼女をそのままにしていいわけがない。

 

それでも。

 

「せやけど……姉さんと戦うなんてうち、でけへん……!」

 

涙を流しながらも、唇を噛み締めて泣き声を上げることだけは阻止する。今、彼女が恥も外聞もなく泣いたら、きっと壊れてしまうだろう。それほどに、彼女の心は揺らいでいた。

 

「……刹那、私はバケモノ……貴女も、その"素質"がある……」

 

「うちは、うちは……!」

 

「……私についてきてくれるなら……私は貴女とずっといる……」

 

鈴音は立ち上がると、発していた威圧を内へと収めた。そして、彼女の方へと歩いてゆく。

 

「……でも、貴女が人間として生きたいなら……」

 

そこからは、敵同士。

 

そう告げながら、刹那の脇を通り過ぎ。振り返ってみれば、もう彼女の姿はない。

 

「……姉さん……どうして……」

 

膝から崩れ落ち、刹那は一人慟哭の声を上げた。

 

それは青々とした空に溶け、そして消えていく。

 

どこまでも、どこまでも。

 

儚く、思いが届かぬかのように。

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

「おかえりなさい姉さん。どうでした?」

 

刹那との対話の後、活動拠点まで戻ってきた鈴音を出迎えたのは月詠だった。帰って早々、彼女は話をしてどうだったかと尋ねる。

 

「……分からない」

 

彼女の問いかけに、鈴音は歯切れの悪い言葉で返す。

 

「先輩は、どっちにいくんやろ~。楽しみやわぁ~」

 

とても楽しそうに、月詠は笑みを浮かべる。恍惚としたその表情は、狂気と悪意を孕んだものであり、可愛らしいはずなのに恐怖さえ覚える。

 

「こっちに来てくれれば、姉さんと先輩、そして私の三人で……うふふ。でも、先輩があっち側になるなら、それはそれで死合えるわけやし……あ~ん、決められへんわぁ」

 

体をくねくねとさせながら、刹那がどうなるかを想像する。どちらに転んでも、彼女には困ることはない。戦うことばかりが頭の中を駆け巡り、それに思わず舌なめずりしてしまう。どちらも捨てがたいと思い、彼女は姉に聞くことにした。

 

「姉さんは、どっちがいいと思うん?」

 

「……できれば、刹那には……」

 

そう言いかけて、彼女は言葉を止める。

 

「……やっぱり、内緒……」

 

「あぁん、姉さんいけずやわ~」

 

教えてくれないことに少しだけ拗ねつつも、月詠は大して気にした様子もなく奥にある部屋へと引っ込んでいった。

 

(……私が、悪へ進まなければ……こうならなかった……?)

 

少しだけ、己の過去を顧みてみる。自分が悪でなければ、彼女を悩ませるようなことはなかっただろう。だが、もしそうなった場合。自分はエヴァンジェリンとのかけがえのない出会いを果たすことも、刹那や月詠と出会うこともなかった。

 

(……考えても、詮無いこと……)

 

所詮、一度過ぎ去ったことは変えることはできない。既に己はどうしようもないような悪だ。そしてそれに喜びを感じ、躊躇いもない。後悔など、遠い過去へと置き去りにしてきた。

 

(……願わくば……彼女は私のように……)

 

願いを胸のうちに秘め、ひっそりと蓋をする。あくまでも決めるのは刹那自身。そこに、自分の考えが及ぶ余地など一切ないと切り捨てて。

 

運命は巡る。それはまるで輪廻のように、瞬きするような一瞬を繰り返して。

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