二人の鬼   作:子藤貝

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第三十五話 修学旅行三日目(午前)③

欲しかったものは何だったか。

 

それを手に入れるために何を手放したのか。

 

『御機嫌よう。目が覚めたようね』

 

出会いは多分、偶然で。

 

『その目……。……面白い。久々の客人、(もてな)しぐらいはしてあげましょうか』

 

きっと、必然への道程。

 

 

 

 

「……い。おーい、ゆえー」

 

「んん……寝てしまっていた、ですか……?」

 

目を擦りながら開いてみれば、日が高く昇った青空が見えた。寝ぼけた頭で、自分は眠ってしまったらしいと気づく。確か、中々見つからない友人を探していたはずだが、疲れてしまい近くのベンチで座って休んだのだ。どうやら、そのまま眠ってしまったらしい。

 

(なにか懐かしい夢を見ていた気がするです……)

 

思い出そうとするも、所詮泡沫の如き夢。すぐに記憶の彼方へと消えていってしまったらしい。そうして何となく自分の周囲を見渡してみると。

 

「……んん!?」

 

「おっ、起きたー?」

 

だが、今彼女がいたのはベンチの上ではなく。

 

なぜか、時代劇で出てくる木製の乳母車のような物体の中であった。

 

「いやー、気持ちよさそうに寝てるからつい」

 

そんなことを言いつつ、こちらを覗きこんできたのは友人の早乙女ハルナであった。服装は浪人のような姿で、腰には模造刀であろう刀が刷いてある。夕映はここが映画村であることを思い出し、そして自分の現状から自らが何かの役どころを演じさせられていることに気づく。

 

「ついじゃないです! というか、なんで私が大三郎なんですか!?」

 

夕映はハルナの装いと自らの状況から一つの時代劇に思い至った。一昔前に驚異的な視聴率を叩きだした伝説の時代劇、『子連れ猪』にそっくりな状況だったのだ。そして彼女の役は、主人公の浪人の息子にして、乳母車から愛らしい姿をのぞかせる大三郎である。

 

「いやー、だって夕映なら丁度いいぐらいのサイズじゃん。ちゃーんってね?」

 

「だからって幼児扱いは酷いです! なにがちゃーんですか言いませんよ!?」

 

しかし、乳母車の中にちょうどよく収まっている彼女は実に愛らしく、道行く人々が何か微笑ましげな顔で通り過ぎて行く。そのせいで、彼女の羞恥心はどんどん高まっていくという悪循環に陥ってた。

 

「大体、私の体型のことを言っているんでしたら、美姫さんのほうが余程合ってるじゃないですか!」

 

「それは考えたけど、だって茶々丸さんいるじゃん? 絶対阻止されるって」

 

 

 

「いっくし!」

 

「マスター、まだお風邪が治っておられないのでは……」

 

「いや、体調はすこぶる万全だ。お前の看病のおかげだな。どうせ、誰か私の噂でもしたんだろ」

 

『ママー、あの女の子ちっちゃいのにお姉ちゃんと同じ格好してるー』

 

『あらあら、姉妹なのかしら?』

 

「……何故私はこんなに小さいのだろうな」

 

「大丈夫ですマスター、私はマスターの成長期が必ずくると信じております」

 

 

 

「まったく……態々私の格好まで着替えさせて……」

 

「まーいいじゃん、町娘姿も中々にあってるよ?」

 

不貞腐れた様子で唇を尖らせ、ハルナと並列して歩く。どうやら寝ている間にハルナによって服を着せかえられたらしく、今の彼女は江戸時代の町娘のような格好だ。一方のハルナは、左目に革製の眼帯をしている。そんな彼女の顔を怪訝そうな目を向けて見つめる夕映。

 

「というかハルナ、眼帯は最上三刀じゃなくて敵の柳生の首領、柳生烈火のモデルになった列堂義仙の兄、柳生三厳(柳生十兵衛)がつけてたものですよ?」

 

「いいじゃん、このほうがかっこいいし!」

 

「はぁ……もういいです……」

 

こういった時代劇やら神社仏閣に詳しい彼女から見て、かなりちぐはぐな格好のハルナに一言申すもまさに暖簾に腕押し。これ以上考えるのも馬鹿らしくなり、訂正を諦めた。

 

「そういえばハルナ、のどかの姿を見かけませんでした?」

 

「のどか? 私はてっきり夕映と一緒で、今は別行動してると思ってたんだけど」

 

「ハルナも知らないですか……」

 

午前に別れてから、未だ姿を現さない親友に彼女は不安げな顔になる。

 

「だーいじょぶだって! のどかももう高校生まで一歩手前なんだから、迷子になろうと自分で何とかできるって!」

 

「……そう、ですよね」

 

励ましてみるものの、暗い表情が崩れない夕映にハルナは苦い顔になる。

 

(夕映にとって、のどかは特別だもんなぁ……)

 

ほんの2年前まで、夕映はまるでこの世の終わりでも待つような暗さを背負っていた。だが、それはハルナや木乃香、そして何よりのどかとの出会いによって変わったのだ。

 

(もう吹っ切れたと思ってたけど……こりゃすり替わっただけだったのかもねぇ……)

 

夕映の様子を横目に、彼女はそんなことを考える。しかし、湿っぽいことばかり考えるのは彼女の性に合わないと、即座にそれらを頭の片隅にぶん投げ。

 

「ほら、夕映! 向こうでなにかやってるみたいだよ! 行ってみよう!」

 

「ちょ、ハルナ! 引っ張らないで欲しいです!」

 

彼女の手を引き、人だかりのできている場所へと走っていった。

 

 

 

 

 

「うぅ、ここに関西呪術協会があったんですね……」

 

『申し訳ありません、場所ぐらいは教えておくべきでした……!』

 

のどかとちびせつなが交互に謝り続ける。突然現れたのどかにネギが事情を説明し、のどかがここに偶々きてしまったことを話してからずっとこの調子である。

 

「でもまさか、自由行動先がここだったなんて……」

 

『こんな辺鄙な神社に来るやつ自体が稀だろうしなぁ……』

 

観光名所でもなく、辛うじて敷地の大きさがそこそこあるだけの、地元の人間もあまり訪れないような寂れた神社。修学旅行生がくるような事自体がほぼあり得ないような場所故、ネギ達も誰も来ないだろうと思っていたのだが。

 

「クキキ、貴様らの不手際だな。不安要素というものは、なるべく潰すことが定石だろうに」

 

「返す言葉もないです……」

 

色々とブーメランな発言をしている氷雨だが、今はネギ達には言い返すことは出来ない。連絡の不備があったことは事実であるし、それによってまたものどかに危険が及んでしまったことも事実なのだ。

 

「そ、それでネギ先生は今……その……戦ってらっしゃるんです、よね……?」

 

「……はい。関西側からの刺客が潜んでいて……」

 

「ボコボコにされたんだよなぁ?」

 

「おうコラ! 好きかっていうんじゃねぇ!」

 

「事実だろう? だから長谷川千雨が助太刀のために私に手助けを求めた」

 

氷雨に食って掛かるも、一蹴されるアルベール。その様子に、のどかはある疑問を抱く。

 

「あの……千雨さん、じゃないですよね……?」

 

「……フン。私の正体、貴様は既に気づいてるんじゃないか?」

 

「……もしかして、朝に朝倉さんに取り憑いてた……」

 

「その通り。私は氷雨。朝は良くも邪魔してくれたな?」

 

そう言いながら、氷雨は彼女に殺気をぶつける。一瞬、のどかは身を竦ませるが、しかしその次には毅然とした眼差しを氷雨へと向ける。

 

「ほぅ、私の殺気に耐えるか。中々気丈な奴だ」

 

『おい、あんまり好き勝手するなら体を返してもらうぞ』

 

「分かった分かった。肝に銘じよう」

 

千雨に釘を差され、やれやれといった様子でのどかから視線を外した。

 

 

 

 

 

「とはいえ、これからどうしましょうか……」

 

のどかの登場という珍事件はあったが、現状では小太郎相手に打つ手が無い。このままでは、こちらがどんどんジリ貧になっていくだけだ。

 

「接近戦じゃ勝ち目がないからな、なるべく距離を取りたい」

 

いくら氷雨がネギよりも戦闘経験が多いとはいえ、魔法の才能は並より上、ネギが知らない魔法を知っている程度でしかないし、近接戦闘は論外もいいところ。

 

「でも、相手がそう簡単に得意な距離を逃すとは思えないし……」

 

魔力が多く、強力な魔法を主軸として戦えるネギだが、接近戦は氷雨と同じく苦手。更に先ほどの戦闘でかなりダメージを負ったせいで、これ以上は耐えるのは不可能に近い。

 

『せっかく代わってもこれかよ……』

 

そして戦闘はド素人、アーティファクトは強力なものの戦闘には使えない千雨。これでは万に一つも勝ち目はないだろう。

 

そんな時。氷雨はふとある一つの可能性を思い出す。

 

「……いや、一つだけ可能性があったな」

 

『何だと、それは本当なのか?』

 

「ああ」

 

そう言うと、隅っこのほうで縮こまっていたのどかの方へと向かっていく。その様子から、千雨は即座にある一つの結論へといきつく。

 

『おい、氷雨まさか……!?』

 

「クキキ、気づいたか。だが黙っておけよ? 交渉に手間取るし、何より私に手助けを求めた時点でお前に何も言う資格はない」

 

氷雨にそう言われ、彼女は押し黙る。これから彼女がしようとしていることに異論をはさみたい気持ちはある。だが、既に氷雨の手を借りてしまった彼女にはもはやそれをいう資格などない。

 

「宮崎のどか」

 

「は、ひゃいっ!?」

 

いきなり話しかけられ、驚きのあまり素っ頓狂な声が出てしまうのどか。

 

「貴様は悔しくはないか? 何もできない自らに、現状を打破できない事実に」

 

「いきなりなにを……」

 

「それを覆せる方法があるとするなら……どうする?」

 

「っ!」

 

思わず目を見開く。まさか、今朝方まで敵であった相手からそんな言葉が飛び出てくるとは思わなかったのだ。

 

「クキキ、食いついたな。やはり落ち込んでいた理由はそれか」

 

「本当に……私が先生たちを……?」

 

「ああ。この体の持ち主もそうだった。なぁ? 長谷川千雨?」

 

そう言って、ペンダントに言葉を投げかける。一方の千雨は完全に沈黙を保っていた。

 

「教えてください! 私も、私だけ足手まといなんて、嫌なんです……!」

 

予想していた言葉に、氷雨は内心ほくそ笑んでいた。ネギの大切な生徒、それも彼にとっては特別とも言える生徒の一人が思うように釣れたことに、彼女は暗い愉悦を覚えた。

 

「しかしだな、これをすれば最早お前はこちら側(魔法)から完全に逃げられなくなる。それでもいいのか?」

 

彼女は、そこであえて突き放す。こういった輩は、自らの無謀と覚悟を履き違えてくれるからこそ引き込みやすい。だからこそ、それをより確実にするために引いてみせる。

 

「分かっています……本当は、魔法関係者ではない一般人は記憶を消さなければいけないって。先生は責任を持つって言ってくれましたけど……それが許されないことぐらい……分からないほど子供じゃないです」

 

予想していたよりも、なかなか現実的な回答に氷雨は少々驚いた。ただの夢見る文学少女かと思っていたが、中々どうしてリアリズム的な考えもできるらしい。

 

「つまり、先生との繋がりがほしいから私の提案に乗るつもりだったのか?」

 

「……はい。軽蔑してくれて構いません、浅ましい思いだと私だってわかってます……。それでも、私は先生が好きだから……せめて、この想いだけは無くしたくない……!」

 

「ふむ……」

 

しかし蓋を開けてみれば、そこにあったのは一人の少女が抱いた我儘。敬愛し、恋慕する相手と親しく有りたいという身勝手さが生むもの。

 

(クキキ、いいじゃないか。自己犠牲的な聖少女かと思ったが、中身はどうしてエゴイズムから逃れられないただの少女……素質がある(・・・・・)な)

 

のどかに見られぬよう、顔をやや伏せながら彼女は笑みで顔を歪ませる。いくら精神的に繋がっていようと、心まで共有しているわけではないため、千雨にもバレてはいないだろう。

 

(揃いも揃って歪だねぇ……親友同士)

 

「あ、あの……?」

 

「ああ、すまん。少し考え事をしていただけだ」

 

笑みをやめ、顔を上げて何食わぬ素振りを見せる。

 

「さて、貴様の覚悟は分かった。しかしそれだけでは不十分だ。なにせ、君が力を手に入れられるかはネギ先生の許可が必要になってくるからな」

 

「許可、ですか……」

 

「貴様は元々何も知らなかった一般人だからな。普通なら無理だが……」

 

そう言って、彼女は口角を上げる。同じ千雨の肉体であるにもかかわらず、のどかは全く違った印象を受けた。

 

「今なら、押しきれるはずだ」

 

そして氷雨は、そのまま思案顔で頭を突き合わせているネギとアルベールのもとへと向かう。

 

「……何か用でしょうか?」

 

未だ氷雨に対して警戒を解いていないのか、やや刺々しい声色のネギ。学園にいた時は命のやりとりをした相手であり、生徒を操っていた張本人。そして修学旅行では和美や千雨の体を乗っ取ろうとした人物。警戒するのも無理はなかった。

 

「おいおい、これから暫くは付き合いがあるんだ、そんな敵対的にならないでくれ」

 

「……僕はまだ、あなたを許したわけではないですから」

 

「クキキ、それでいいさ。私も貴様と仲良しごっこなんかしたくないからな」

 

心なしか、視線に火花が飛んでいるかのように見える。その様を見て、アルベールは話に割り込むことはおろか迂闊に発言することさえできない。

 

(おおぅ、兄貴が物怖じしなくなってきてやがるぜ……)

 

敬愛する人物の成長を喜ぶべきか、戦慄を覚えるべきか悩むアルベールであった。

 

 

 

 

 

「僕は反対です!」

 

予想通りの回答に、氷雨は薄く笑う。

 

「のどかさんは一般人なんですよ! 危険すぎるし、下手をすれば死ぬかもしれないんです! 千雨さんみたいなタフさもないし、戦うことだってできないです!」

 

『おいこら、私も一応宮崎と同じ女子中学生だぞ』

 

「……だそうだが?」

 

明らかに、ネギは過剰反応をしている。まるで、彼女を必死に守ろうとしているかのようだ。氷雨が提案した内容は、至って簡単なもの。

 

『宮崎のどかと仮契約をしろ』

 

そう、彼女が仮契約をすることによって得られるアーティファクトが目当てだ。とはいえ、のどかは戦闘には向かない。しかし、千雨のように補助的なものも期待できる。

 

「ダメです。これ以上、僕達の事情に僕の生徒を巻き込みたくないんです!」

 

「クキキ、言っていることと現状が矛盾しているぞ? ネギ先生」

 

巻き込みたくないのならば、初めから彼女の記憶を消すべきではなかったのかと問い詰める。ネギは、痛いところを突かれたかのように押し黙る。彼自身、自らの矛盾点には気づいていたようだ。

 

「なあ先生、あんたも教師をしているから馬鹿じゃあないだろう? 自分がやっていることのちぐはぐさが分からないはずがない」

 

「そ、それは……」

 

「あんたは大人ぶろうとしているガキだ。だから、生徒を守ろうなんていう建前で自分を武装しながら、自分のしたいことを抑えこもうとしている。だがな、どんなに取り繕おうとしても、自分を完全にだますことはできない」

 

その結果がこれだ、とのどかを指さして言う。

 

「中途半端に責任を持つなんて言って、自分に好意を持ってくれる相手の記憶を消さなかったツケがこうして回ってきたんだ。おかげで、彼女はこちらのことを知っているがゆえに手助けしたいなんて思わせている」

 

彼女はズイとネギに近づくと、襟首を掴んで顔を引き寄せて凄む。その表情は、相手を甚振ることに喜びを覚える嗜虐的なものだ。ネギは、千雨の顔でありながらここまで凶悪な豹変をしてみせる氷雨に恐怖を感じた。

 

「大体責任だと? 甘すぎるんじゃあないか、ええ? 誰が責任をとれる、彼女が魔法による事件事故に巻き込まれた時に。お前か? 無理だな、所詮ただのガキだ。じゃあその責任は先生であるあんたの上に向かうよなぁ?」

 

「……そう、です」

 

「大変だろうなぁ? 一般人には絶対口外不可能な案件で、一般人が傷ついたなんてどう説明すればいいやら……。長谷川千雨は既に覚悟していたからよかった、だからこそ先生に面と向かって記憶を消さないで欲しいって言えたんだからな」

 

千雨と先にであったことの弊害。それは、誰しもが彼女のように強くはないということ。千雨は幼いころに鈴音と出会ったからこそあそこまで強靭な精神が培われていったのだ。しかし、それを一般的な女学生に求めるのは酷というもの。まして、気弱なのどかになど求められるはずもなし。

 

「先生、あんたは言ったよなぁ、宮崎のどかには危険すぎると。じゃあなんで、あんたは彼女の記憶を消さなかったんだ?」

 

「…………え、と……」

 

「分からないなら教えてやるよ。あんたは、自分を持って知ってもらいたかったんだろう? 生徒さえ信用できなくなるような事件、起こした私が言うのも何だが辛くないはずがない。だからこそ、明確に味方といえる人物を失いたくなかった」

 

叩きつける、彼にとって都合の悪い事実を。下らない正義感で塗り固めた彼の心を、氷雨は冷酷に打ち砕いていく。ネギの心に芽生えてきたのは、自らの身勝手によってこの状況を招いたことに対する罪悪感。

 

「あんたは巻き込んだんだよ。自分たちの事情に、危険な危険な魔法の世界に。そう、他でもないあんたが!」

 

「僕の、せい……」

 

「大事な生徒、それも自分を慕ってくれる、恋慕を抱いている少女を巻き込んだんだよ。あんたに正義なんてない、あるのは身勝手さから生じた結果だけだ」

 

「僕が、宮崎さんを……」

 

『そこまでにしろ』

 

ペンダントからそんな言葉が響いてくる。千雨がネギの言葉を遮ったのだ。

 

「千雨、さん……」

 

『……おい、氷雨。やり過ぎだぞ』

 

「クキキッ、事実を述べたまでだ」

 

素知らぬ顔をする氷雨。千雨もそれ以上は氷雨には何も言わない。

 

『先生、私も今回は氷雨のやつの意見と同じだった』

 

「っ! そう、だったんですか……」

 

味方であったはずの千雨から、思わぬ言葉が飛び出てきて驚くも、ネギはそれもそうだろうと思った。氷雨から言われたことは、間違いなく事実なのだから。

 

『私は、自分の意志であんたと一緒に戦いたいと思った。だから教師連中もとやかくは言わなかったし、学園長だって快く了承してくれた。だがな、宮崎はまだ覚悟が足りなかった。実際に危険な目にはあったが、完全には理解していなかったはずだ』

 

だからこそ、彼女の記憶を消さなかったネギを不審に思っていた。後々で随伴の先生にそれを説明するのかと思っていたがそれも違っていた。

 

『今回ばかりは、先生が悪いと思う。相手の意志も確認せずに、こっち側に引き込んじまったんだからな』

 

「……はい」

 

『……わからないでもないさ。私だって、孤独と戦い続ける日々だったし、先生と一緒に戦えるようになってから寂しさとは無縁になった。でもな、線引だけは忘れちゃいけねぇ。私達が歩いているのは、生半可な覚悟じゃ成し得ないはずだぜ?』

 

思い出すのは、麻帆良大橋での邂逅。圧倒的な邪気をまとう二人に、ネギも千雨も為す術なく敗北した。いや、あれはそもそも勝負ですらなかったはずだ。土俵にすら上がれず、足元を這いまわっただけだ。

 

「……忘れてました。僕は、先生であり、そして魔法使いでもあるってことを……」

 

『先生、あんたには仲間が、私がいることを忘れないでくれ。あんたがいつまでも一人で背負い込んでばっかじゃ、なんのための仲間だか分かんねぇからな』

 

「はい! これからは、もっと頼りにさせてもらいますからね!」

 

『ああ。……あと、私も謝らなきゃなんねぇな。あんたが教師ってこと以前に、私よりも年下の男の子ってこと、すっかり忘れちまってた。ごめんな』

 

千雨も見落としていたのだ、ネギが孤独な少年であったことを。味方の少ない現状で、ストレスがないはずがないと。ネギの魔力暴走で、それは分かっていたはずだったというのに。

 

「いいえ、気にしてません。それに、いつも僕を支えてくれたのは千雨さんじゃないですか」

 

『そんなんじゃねぇよ』

 

照れ隠し気味な千雨の声に、ネギは微笑みを浮かべた。

 

(……立ち直ったか。まあ、それぐらいしてくれなけりゃ面白くない)

 

ネギを精神的に追い詰めるつもりで攻めたはずだったが、大分説教臭くなってしまったようだ。これでは、ネギを手助けしたようなものだろう。

 

(……何をやってるんだ私は。あいつは敵、私はあいつを叩きのめすために協力するだけ。それだけだろう……)

 

胸のうちに抱いた小さな疼きに、氷雨は気のせいだと自らへと言い聞かせた。

 

 

 

 

 

(やっぱり、私はダメだなぁ……)

 

千雨とネギの様子を見て、のどかは心の奥底で黒いものが渦巻いているのを感じていた。二人の親密な関係に対する羨望、そしてその中に自分が入れていないことからくる劣等感。

 

そして……。

 

(私、千雨さんに嫉妬してる……)

 

敬愛以上の感情を向けるネギと、腹の(うち)を晒せる間柄が羨ましく、妬ましかった。なぜ、自分はその中へと入ることができないのか。

 

(わかってる……私は所詮ただの生徒……千雨さんはネギせんせーと一緒に戦ってきた、仲間……)

 

味わうのは、明確な疎外感。自分だけ場違いな感覚。ネギによって巻き込まれたとはいえ、自分は所詮部外者なのだ。

 

(……やめよう。これ以上は、先生に迷惑がかかるだけ……)

 

今朝、理解したはずではなかったのか。愛するだけでは、人を傷つけてしまうこともある。だからこそ、ここは自ら引くべきだ。

 

(……でも、苦しいなぁ……)

 

胸の奥がズキズキと痛む。恋心を意思でねじ伏せようとしても、暴れてのたくってくるせいで痛みが治まらない。こんな気持になるなら、いっそ恋などしなければよかった。嫌いだと思っていればよかった。

 

なのに。

 

(……嫌だ……嫌いになんて、なれない……!)

 

感情が溢れ出す。好きで好きでたまらなく愛おしいと、心が訴えかけてくる。視界が歪んでいく。疎外感からくる寂しさからか、あるいはこの痛みのせいなのか。

 

「のどかさん」

 

不意に、声をかけられる。その声の主は、自分がよく知っている相手。愛しくてたまらない、恋心を芽生えさせた男性。

 

「ねぎ、せんせー……」

 

「……ごめんなさい!」

 

そう言うと、彼は勢いよく頭を下げる。突然のことに吃驚し、彼女は慌てて頭をあげるように言う。

 

「せんせー、頭を上げてください!」

 

「いいえ、のどかさんを巻き込んでしまった僕が悪いのは事実です! だから、僕に謝らせてください!」

 

「そ、そんなことないです! 私だって、せんせーと一緒にいたくて……危険なことだって分かってたはずなのに我儘を言って……」

 

ああ、思い返せば自らの浅ましいこと。勢いに任せて記憶を残してほしいと言い、彼が孤独さからそれを了承することを分かっていながら、その気持ちを利用した。そして、そのせいでネギを困らせてしまっている。

 

「私なんて……先生の気持ちを何も分かってなくて……最低な女です……」

 

「そんなことないです!」

 

ネギはそう言って、彼女の手を取る。

 

「僕が暴走した時、のどかさんがいなければどうなっていたかわかりません! それに、僕が巻き込んでしまったのにのどかさんが気に病むことなんて無いです!」

 

「で、でも……」

 

「僕は今朝言いました。責任を取ると。僕みたいなガキにそんなことをいう資格がなかったはずなのに、それでものどかさんは僕に任せてくれました」

 

「違うんです! それだって、私がせんせーと一緒にいたかったから……!」

 

「それでも、僕は嬉しかった……!」

 

彼の気持ちを利用したも同然の行為だったというのに。それでも、ネギは嬉しかったと言った。その言葉に、一切の偽りは見受けられない。

 

「こうして巻き込んでしまった以上、僕のあのちっぽけな発言はなんの意味もありませんでした。だから……改めて言わせてください。僕と、一緒に戦ってくれませんか!」

 

「え……」

 

責任などという曖昧な言葉ではなく、共に戦おうと。庇護対象ではなく、仲間として一緒にいてくれないかとネギは言ったのである。

 

「は、はいっ……!」

 

こんな最低な自分を見てなお、彼は受け止めてくれた。保護すべきとして下に見るのではなく、肩を並べて戦う仲間として迎えようとしてくれた。彼女にとって、これほどに嬉しい事はないだろう。

 

だからだろうか、彼女は感極まったあまり。

 

「せんせー、大好きです……!」

 

「んっ!?」

 

彼の唇を、大胆にも奪ったのだ。

 

「エロオコジョ、今だ!」

 

「合点だ! パクティオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

そのままの流れで、アルベールは仮契約を執り行う。今回は魔法陣を敷いていないが、こういったいざという時のために魔法陣の代わりとなる魔法具を用意しておいたのが幸いだった。

 

「クキキッ、無事契約完了ってねぇ」

 

『……もしかしてお前、初めからこれを狙って……』

 

「さぁてね、だがこれで戦力は確保できたと思うが?」

 

『……ま、いいか。雨降って地固まるってな』

 

キスを終え、お互いに耳まで真っ赤になっている二人を眺めながら、千雨と氷雨はこれからのことに思考を巡らせ始めた。

 

 

 

 

 

「くっそー! 出てこい臆病もんがー!」

 

あれからずっとネギたちを追い続けていた小太郎だったが、広く設定した無間方処の咒が仇となってしまい、中々発見できずにいた。

 

「はぁ、はぁ……まあどこにも逃げられないんやし、虱潰しに探せばいずれ見つかるやろ」

 

小太郎側からすれば、何もそんなに急く必要はないのだ。相手は所詮籠の鳥状態、じっくりと追い詰めればいいだけのこと。

 

(そういや、鬼蜘蛛が帰ってこんなぁ……)

 

千草からとっておきのやつを借りたはずなのだが、まさか倒されたのだろうかと考える。

 

「……まさかな、どうせまだあの嬢ちゃんを追ってるんやろ」

 

森のなかを走っている以上、探すことも面倒だ。やられたとは考えづらいし、放置すればいいかと結論づけて捜索を再開しようとしたその時。

 

「……見つけたでぇ! まさかそっちから出てきてくれるなんてなぁ!」

 

姿を現したのは、散々探し続けた少年。ネギ・スプリングフィールドがそこにいた。横には、千雨とオコジョの姿もある。

 

「さんざん探させてくれた礼、たっぷり返したるわ」

 

「そうはいきませんよ、君を倒して……この結界の起点を教えてもらいます!」

 

「ほざけ! そういうんは俺に一撃入れられるようになってから言えや!」

 

拳に気を纏わせ、一気にネギへと接近する小太郎。しかし、千雨、もとい氷雨が彼の攻撃を中断させる。

 

「アラ・オラ・ハーベル・イウカーリ、『水花・水障壁』!」

 

10tトラックの衝撃さえ防ぐことができる風障壁、その水術版を用いて瞬間的に防御を展開する。水の壁に阻まれ、小太郎の拳は届かない。

 

「ちっ、防がれたか。けどそんな強力な術、何度もポンポン使えんやろ!」

 

そう、風障壁に連なる系統の魔法は、発動後に若干のタイムラグが有る。もう、ネギは自らの障壁しか防御手段がない。

 

「もろたで!」

 

再度ネギへと突貫する小太郎。先ほどの戦闘が証明しているように、ネギの障壁では小太郎の拳は防げない。

 

ならば。

 

「せんせー! 右によけて!」

 

当たらなければいいだけのこと。

 

ネギは拳が直撃する(すんで)のところで彼の拳を回避したのだ。

 

「んなっ!?」

 

小太郎はひどく驚いた。躱されたこともだが、何より驚いたのはどこからか聞こえてきた声。それは、小太郎が左に向かって攻撃を行おうとしていたのを読んでいたかのように、右に避けろといったのだ。

 

(チッ、他にも仲間がおったんか!)

 

よく見れば、林の木の影に見知らぬ少女の姿があった。手に持っているのは、持ち歩くには不便そうな分厚い装丁の本。

 

(読心術師か!?)

 

先ほどの攻撃を読まれたこととその出で立ちからそう推理する。だとすれば、小太郎にとっては相性は最悪レベルの存在だ。性格的にも直情的だからこそ、考えが読まれやすいのだ。

 

(せやけど、いくら心を読んで動けたゆうてもそれだけや!)

 

指示が出せないぐらい素早く攻撃できれば十分に勝機はある。何より、ネギには小太郎を倒すには魔法を使わなければならない。ならば、そこに隙が生まれるはずだ。

 

回避を行って硬直しているネギに、三度目の拳がネギへと襲いかかる――。

 

 

 

『ええと、アルベールさんは今、私のアーティファクトがどんな効果を持ってるのか気になっている……ですか?』

 

『おお、当たってるっす!?』

 

『宮崎のアーティファクトは読心術の本か』

 

『使いドコロによればかなり強力だな。尤も、いくら相手の動きが読めても攻撃が貧弱じゃあな……』

 

『け、けど契約者は主人からの魔力で強化できるっすよ!』

 

『だからって宮崎が戦えるわけじゃねぇだろ』

 

『……ねぇ、カモ君』

 

『なんスか、兄貴?』

 

『その、契約者を強化する術ってさ……』

 

僕にも掛けられるかな――。

 

 

 

「『契約執行(シム・イプセパルス)10秒間(ペル・デケム・セクンダス)ネギ・スプリングフィールド(ネギウス・スプリング・フィエルデース)』!」

 

「何っ!?」

 

一瞬。たったその僅かな時間でネギが自らを強化し、小太郎の拳を受け止める。受け止められると思っていなかった小太郎は、決定的な隙を晒してしまう。

 

「はっ!」

 

受け止めた腕とは反対の手で拳を握り、小太郎の腹部めがけて振り上げる。

 

「ぐはぁっ!?」

 

魔力を供給して強化するだけで、一般人でも高い身体能力を獲得できる魔法を自らにかけたのだ。その威力は小太郎であっても許容できないダメージを負わせるには十分なものであり、そのままの勢いで上空へと跳ね上げられる。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 闇夜切り裂く一条の光! 我が手に宿りて敵を喰らえ!」

 

「ヤバイ……直撃が、くる……!」

 

落下しつつも、なんとか体制を整えようとするが、空中では思うように動けない。落下地点では、ネギが魔法を練り上げ、その掌には稲光が閃いていた。そして、ついに落下地点までやってきた小太郎に、ネギは掌を押し当て。

 

「『白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)』!」

 

一気にそれを放出した。

 

「ぐ、うおあああああああああああああああああああああああああ!」

 

本来放射して放つ魔法を、単一の相手に収束して放ったのだ。その威力は通常の数倍は下らないだろう。雷撃で体中をバチバチと発光させながら、小太郎は苦悶の叫び声を上げる。

 

「はああああああああああああああああああああ!」

 

ダメージはあれど、小太郎はまだ気絶していない。だからこそ、ネギは一切の手心を加えることなく全力で魔法を放ち続ける。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

「いっけええええええええ兄貴いいいいいいいいいいいいい!」

 

契約執行時間はあと2秒。持てる全力で、ネギは魔力の限り小太郎へと電撃を浴びせた。

 

そして。

 

「かはっ……」

 

ついに、小太郎に限界が訪れる。それと同時に、ネギに掛けられた魔法も解除された。ネギは小太郎を地面に投げ出すと、そのまま尻餅をついてしまう。

 

「はぁ、はぁ……」

 

「俺の、負け、や……」

 

敵からの、明確な敗北の宣言。悔しそうな、しかしどこか晴れ晴れとした顔だった。ネギもまた、苦しそうながらも笑みを浮かべ、言い放つ。

 

「僕の、僕達の勝ちだ……!」


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