二人の鬼   作:子藤貝

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友情を信じる者、疑う者。そして目的へ向かう者。
思惑が混ざり合い、物語は進んでいく。


第四十七話 錯綜する思惑

『世界の裏側?』

 

『ああ。私と鈴音だけしか見ることができないが、確かに存在する』

 

『面白いわね。死の先に存在する世界、か』

 

『普通に死ぬだけでは、輪廻の流れに乗って何処かへと消えていくだけだがな。恐らくは、ある種の精神世界とも言える場所だ。単純に世界を渡るだけでは到達し得ないだろう』

 

『条件があるわけね』

 

『詳しい条件は私も分からん。ただ、何らかのことがキーになっているのは確かだ』

 

『……ふぅん。じゃあ、そのキーになることを貴女は知っているの?』

 

『詳しくは分からん、と言っただろう。現状、それを確かめる方法もないから果たしてそれが本当に条件として当てはまるのかは不明だ』

 

『あら、可能性の模索は重要よ? 疑わしいならば徹底的に究明するのが研究者というものよ』

 

『……ふむ。なら、私が今考えている仮説があるのだが、聞いてみるか?』

 

『ええ、是非。それが例え研究に無関係なことだとしても、私の好奇心が尽きることはないわ』

 

『相変わらずだな。しかし、それでこそ勧誘した甲斐もあるというものだ。私が思うに、ある一つの感情が条件に当てはまるのではないかと思っている』

 

『感情? 随分と感覚的なものが条件なのね』

 

『感情のエネルギーというのは存外侮れないぞ。怒りで己の限界を超える者さえいるぐらいだ。強烈な感情ほどエネルギーは莫大なものとなる』

 

『ふぅん、つまりその感情によるエネルギーの爆発力が世界に穴を開けるってこと?』

 

『それも可能性としてはあるだろうが、今回の場合は逆だ。あの世界はむしろ、魔法に対する魔法無効化能力のような、マイナスのエネルギーに近い性質だ。私の『眼』には、少なくともそう見えている』

 

『マイナスのエネルギー、ね』

 

『怒りや喜びのようなプラスの感情ではなく、悲しみや憎しみのようなマイナスの感情が必要になってくる。しかし、我々や人間のような存在は、それらの感情をプラスもマイナスも混ぜ込んでバランスよく発している。そのおかげで、自己の精神世界は安定していると私は考えている』

 

『純粋なエネルギーが存在し得ないわけか。けど、それなら貴女達がかの世界へと到達したことと噛み合わないわね』

 

『ああ。しかし特定の感情は、その純粋性を損なわない場合もある。そしてそれが膨れ上がることによって、爆発的なマイナスエネルギーを生む可能性が高い。そういったものによって、感情を持つ生き物は自己の精神世界を傷つけ、心を病んだりするのではないかと思う』

 

『成る程。自己の精神世界に穴を開けることによって、その世界へと精神を結びつけるわけね』

 

『恐らくは、な』

 

 

 

 

 

「感謝するわエヴァンジェリン。貴女との話がなければ、私の研究はもっと遅れていたはずよ」

 

『ただの悲愴や憎悪では、あの世界には到達し得ない。マイナスのエネルギーとしてのパワーと純粋さが足りんからな』

 

「死の先に待つ世界。そこに到達するための条件それは……」

 

『最も己の心を狂わせるマイナスの感情で、最も肥大化するもの。それは……』

 

「『絶望』」

 

 

 

 

 

「霊子の奴……勝手なことして……ッ!」

 

霊子がネギたちを襲撃してから少し後。アスナは一人、人気のない場所で苛立ちを隠せずにいた。

 

(マスターに連絡しても、『干渉はするな』って言われちゃったし……でも、マスターから命じられたことを勝手に破ったのは許せない……!)

 

アスナにとって、エヴァンジェリンは全てにおいて優先すべき存在だ。ある種狂信じみたものさえあるほどに、彼女はエヴァンジェリンを慕っている。だからこそ、命令を破った霊子は許せない。だが、勝手に手を出せば主人の面子を潰してしまう。

 

「あああもう、苛々するッ!」

 

苛立ちの余り、建物の壁を力任せに殴りつける。拳は壁を貫通し、そのまま反対側の部屋の中へと突き抜けてしまった。アスナはハッとなってすぐに拳を引っ込めるが、壁にはポッカリと穴が開いてしまった。奇妙なのは、その穴の周囲には一切のヒビも破壊も見られなかったことだが。

 

(落ち着け私、こんなところ誰かに見られたら潜入している意味が無いでしょうに……!)

 

怒りのせいで、そんな基本的で大事なことまで頭のなかから抜け出てしまっていたことに気づき、アスナは深呼吸で自らを落ち着けつつ反省する。どうにも、こういうところはまだまだ詰めが甘いとつくづく思わされる。

 

「……ふぅ。今は霊子の独断には目を瞑りましょう。どうせ私はココでは自由に動くことなんてできないんだし」

 

恐らく、霊子はそこまで計算して動いたのだろう。相変わらず、涼しい顔して計算高い奴だと、内心アスナは舌を巻く。経験や場数では、結局のところ霊子にはまだまだ敵わない部分がある。霊子の画策していることが何かは分からないが、さすがに組織にそこまで不利益を被らせるものでもあるまい。

 

しかし、それでこのまま静観するというのも癪だ。何よりアスナのプライドと忠誠心が許せない。何か妙案はないかと考える。

 

「……いえ、別に私が直接動く必要はないわ。そう、発想を逆転すればいいのよ」

 

契約の性質上、組織の構成員では手出しはできない。だが、そうでないなら話は別だ。外部の人間が(・・・・・・)勝手に(・・・)霊子と(・・・)戦って(・・・)くれれば(・・・・)いいのだ(・・・・)

 

(なら、誰が適任かしらねぇ……)

 

魔法教師はあてに出来ない。組織というものは簡単に意見が割れる。素早い行動をと言う者がいれば、慎重になるべきだと反論が入る。そうして話が長引いている間に、霊子の企みは着々と進んでいくだろう。

 

(……やっぱ、ネギ・スプリングフィールド一行かな)

 

一番身軽なのが彼らだろう。長瀬楓や桜咲刹那などの武闘派を擁し、ネギ自身もこちらの仕組んだ戦いでかなり成長している。それでも実力不足なのは否めないが、計画にかかりきりになっている以上、霊子は普段のような全力が出せない可能性も高い。

 

(ネックなのは、地下に張り巡らせてる罠やルートどりよね……)

 

霊子による魔法的な罠と、今は氷雨となっている美姫が仕組んだ物理的な罠。これらを突破するのは彼らでは不可能に近いだろう。物理的な罠やルートどりは、氷雨の存在からなんとかなるだろうが、問題は魔法罠の方だ。

 

(霊子が得意とする結界系の罠は、相手を閉じ込めてから確実に仕留める凶悪なものばかり。私なら能力でなんとでもできるけど、彼らではそうはいかない……って、そういえば図書館島って機械仕掛けの隔壁があるじゃない! 封鎖されてちゃ魔法でも開けられないわ……!)

 

図書館島は、古風な見た目と異なりかなり近代的なセキュリティが張られている。特に、鋼鉄製の隔壁は並みの魔法ではびくともしないぐらい分厚く固い。システム側も、美姫によってプログラムを強化されているため突破はかなり困難だ。これでは、そもそもネギたちを侵入させることさえできないだろう。

 

「うーん……隔壁のロックを開けて、なおかつ霊子の魔法罠を突破しなきゃいけないわけか……。殆ど詰んでるわね」

 

ネギたちでは、物理的に隔壁を破壊するなどできないし、霊子が仕組んだ狡猾な罠を全てかわしていくなどできないだろう。千雨には『力の王笏』があるが、学生である彼女が麻帆良学園の誇る電子ロックを解除できるかは分からない以上不確定要素でしかない。

 

「……待てよ。いるじゃない、両方の条件を突破できて、かつ彼らに合流できる存在が……!」

 

アスナはある一つの結論へと辿り着き、足早にある場所へと向かった。

 

 

 

 

 

「まさか、夕映さんが……」

 

「ううむ、どうにも3-Aは難儀なクラスなようでござるな。氷雨に続き、夕映殿まで……」

 

一方ネギたちは、霊子の襲撃を受けた後にネギたちの部屋へとやってきていた。途中で木乃香も合流しており、この場にいないのはアスナだけだ。

 

「夕映……なんで、どうして……」

 

「のどか……」

 

泣きじゃくるのどかを、木乃香が宥める。一番の親友が裏切りとともに去ったという事実が、彼女の胸に深く突き刺さっていた。他の皆も、一様に暗い表情だ。

 

「…………」

 

しかし、ネギだけは神妙な表情で何か考え事をしているようだった。そんな彼に気づき、千雨はネギのそばへと腰を下ろす。

 

「先生、どうした?」

 

「いえ、これからどう動くべきかを考えていただけです。夕映さんを攫われてしまっている以上、こちらは既に後手に回っているわけですから……」

 

攫われた。ネギのその言葉に、千雨は思わず目を見開く。裏切ったのではなく、あの女に夕映は攫われたのだとネギは考えているのだ。

 

「どういうことだ先生、状況から鑑みても綾瀬のやつが裏切り者にしか見えないが……」

 

「はい、たしかにそう見えます。けど、そう見えるように仕組まれたのだとしたらどうでしょう?」

 

「仕組まれた?」

 

千雨の言葉に、他の皆も反応し視線を向けてくる。

 

「前提をひっくり返してみると、奇妙な部分が透けて見えてきます。まず、相手が地上に出てきた点ですが、ただ結界を破壊するにしてもあまりにも目立ちすぎている」

 

「そりゃ、相手が言っていた通り結界の破壊と私らを狙うためだろ? 綾瀬を餌にして一息に仕留めるつもりだった。んで、仕留め損ねたから結果的にああも悪目立ちした」

 

「確かに、相手はそう言っていました。恐らくはそういった狙いもあったのだと思います。しかし、だからといって夕映さんを動かせるなら、もっと確実性のある方法を取るはずです。彼女はかなり慎重な人物に見えましたし、夕映さんに毒を盛らせればよかったはず」

 

こちらは夕映がかの人物と関わりがあるとはしらない。ならば、そのアドバンテージを存分に生かせる方法をとったほうがうまく運べたはずだ。

 

「確かに……けど、私らが英雄候補だから殺せなかったってのはあるんじゃないか?」

 

「何も殺す必要はないです。麻痺毒や眠り薬を使えばよかったはずですから……。」

 

そう考えてくると、千雨の質問に対してあんなにも素直に返答をしていたのも頷ける。千雨に意図的に予め用意された解答を導き出させて、いかにもそれが目的のように見せかける。そして結界破壊を行うという強烈なインパクトで、それをさらに覆い隠す。

 

「成る程、私が答えに至ることを逆手に取って目眩ましにされたってことか?」

 

「もしそうだとした場合、相手は相当に狡猾な人物ですね……」

 

「しかし、それだけでは夕映殿が裏切り者ではないという確証には……」

 

「ええ、相手の狡猾さを浮き彫りにできただけです。そこで、気になるもう一つの点が出てきます」

 

「もう一つの点……ですか?」

 

のどかがそう言葉を零す。いつの間にか、涙は引いて真剣にネギの話を聞いていたのだ。

 

「先程は動揺していたせいで気づかなかったんですが、かの人物が現れてから夕映さん、一言も言葉を発していないんです」

 

ネギ曰く、夕映が裏切り者であるのを言葉に出していたのは、霊子だけだった。夕映を囮にするという性質上、手紙も彼女が出したものだろう。しかし、夕映自身は一度として、彼女の仲間であるとは言っておらず、一度として何の主張もしていない。

 

「我々に対して後ろめたさがあった、というのは?」

 

「それもあるかもしれませんが、そうであるならば尚の事言い繕ってもおかしくないと思います。のどかさんとの友情が嘘だったとは、僕にはどうしても思えない」

 

「……ああ。余程取り繕うのが上手い奴でもなきゃ、ああも仲睦まじくは見えないだろうさ」

 

『桜通りの幽霊事件』の際も、まき絵の中身が入れ替わっていたことを見ぬいた千雨もネギの言葉に頷く。相手を観察することにも長けた彼女を騙すのは容易では無いだろう。ただ、疑り深い彼女は夕映のことを裏切り者あるという材料が揃っていたことからそう断じ、敵だと認識したままでいた。普段の夕映の姿を思えば、裏切り者ではないかもしれないという考えが浮かんでもいいはずなのに。

 

(……駄目だな、味方かもしれない奴すら疑っちまうなんて……)

 

京都の一件以来、前以上に疑り深くなっている自分を戒める。孤独に戦ってきた中でネギと出会い、こうして信頼できる仲間とともに立ち向かえるようになったが、同時にそれを失う恐ろしさも改めて認識した。どうにも、仲間以外に対しての敵意を抱きやすくなってしまっているようだ。

 

「本当、ですか? 本当に、夕映は私の事……友達だと思ってくれてたんですか……?」

 

「はい。例え夕映さんにどんな事情があろうと、それは変わらないと思います」

 

「そうですか……よかったぁ……!」

 

ネギの言葉に、再び涙を流すのどか。今度は親友の裏切りのせいではなく、友情が偽りでないことに対する安心感からだ。

 

「本当に、よかった……今までのことが全部嘘だったらと思うと、とても怖かった……」

 

「のどかさん……」

 

親友に対する疑いの心が膨らんでいた中でも、なお彼女は夕映との友情が偽りであって欲しくないと心の底から願っていた。彼女は、疑いつつもなお親友を信じようと必死だったのだ。

 

「恐らく、夕映さんはかの人物によって言葉を封じられていたのだと思います。俯いたままだったのも、それを強制されていただけの可能性が高い」

 

「つーと、綾瀬は裏切り者なんじゃなく、無理矢理協力者にされていただけだったってことか?」

 

「はい。むしろ相手は、夕映さんを僕達に敵側だと明確に認識させようとしているように見えます。まるで、それそのものが目的のような……」

 

そうだとすれば、先程までのやり取りの意味が完全に逆転する。こちらを牽制するための行動だと思っていたことが、霊子によって二重にも三重にも隠蔽された別の目的のための目眩ましかもしれないのだ。ならば、ネギが先ほど言った通り、夕映は攫われたという可能性も十分に有り得る。

 

「私、夕映を助けに行きます!」

 

親友が危険にさらされている可能性がある。それを聞いたのどかは、いてもたってもいられなくなって立ち上がり、そう言った。しかし、それに千雨が待ったをかける。

 

「待て宮崎、綾瀬が本当に攫われたのだとしたら大変なことだが、それでも向こうの目的が分からない以上かなり危険だぞ? 宮崎はここで待ってたほうが……」

 

いくらのどかが図書館島探検部に所属しているとはいえ、今の図書館島地下は未知数の危険が潜んでいる。そんな場所に、まだ魔法と関わって浅いのどかを、そんな場所に連れて行くわけにはいかない。

 

「……いえ、一緒のほうがいいかもしれません」

 

「桜咲?」

 

だが、危険だからここで待機しておけと言う千雨に、意外にも刹那が待ったをかけた。この中でも相当な場数を踏み、木乃香という護衛対象を守ってきた彼女であれば、のどかのようなまだ経験の浅い素人が突入することの危険さをわかっているはずなのにだ。

 

「もし夕映さんが裏切り者に仕立てあげられたというのなら、今彼女は相当に参っているはずです。ならば、できるだけ早く彼女の理解者をそばに連れて行ってあげた方がいい」

 

「せっちゃん……うん、そやな。うちも、ゆえの友達やもん。一緒にいてあげへんと!」

 

「拙者も仲間はずれにはしないでござるよな? 夕映殿とは、バカレンジャーのよしみもあるでござるし、彼女がいなければまとまりが悪いでござるよ」

 

先ほどまでの暗い雰囲気は、いつの間にか完全に霧散していた。

 

「にしても、先生もよく綾瀬をそこまで信じられるな……」

 

対人恐怖症と、幼いころのこともあって千雨は親しい相手以外には伊達眼鏡を通さないと目を見て話ができないし、相手を信用することも中々できない。常に疑いの目を向けてしまう。だからこそ、夕映のことを信じようとするネギの姿勢に千雨は困惑気味だった。

 

「この学園に来てから色々あって……それで僕、思ったんです。生徒の皆さん一人一人が、何かを抱えていて、様々な理由があって。それをただ否定するんじゃなくて、一緒に力になってあげられたら、それはとても嬉しいことだって」

 

それで裏切られることになったとしても、向き合うことをやめてしまえばより悪い方へと向かってしまう。和美の一件や、木乃香と刹那の関係、そして千雨の因縁やのどかの恋心。その一つ一つが危ういバランスの上に立っている。それを支えてあげられるのは、やはり教師である自分しかいない。ネギはそう思うようになっていた。

 

「……そうか。私にはできねぇことだが、いい心がけだと思うぜ」

 

ネギの思わぬ成長ぶりに、千雨はぶっきらぼうながらも好意的な言葉を投げつける。ただ、どうにも気恥ずかしさのせいかネギの顔を直視できなかったが。

 

(くそっ、ちょっとかっこいいなんて思っちまった自分が恥ずかしい……)

 

 

 

 

 

果たして、準備を整えた一行は図書館島地下へと向かおうとしたのだが。

 

「悪いが、ここを通すことはできない」

 

図書館島への入り口で、入館を拒否されてしまったのだ。応対したのは、浅黒い肌が特徴的な教師のガンドルフィーニであった。

 

「そ、そこを何とかお願いします! 僕の生徒が待っているんです!」

 

「気持ちは分かるが……しかし今回ばかりは相手が悪すぎる。大人しく待っていた方がいい」

 

諭すように言うガンドルフィーニに、しかしなおも食い下がろうとするネギ。ネギからすれば大事な生徒が攫われたかもしれないのである、一刻も早く助けに向かいたいのは当然だ。早くしないと、彼女に一体何をされるかわかったものではない。

 

しかしガンドルフィーニからすれば、ネギもまだ幼い子供であり、魔法使いとしての経験も未熟な守るべき人物なのだ。同行している千雨たちも同様であり、これ以上修学旅行時のような危険な目には合わせたくないと思うのもまた当然である。

 

「……分かりました。じゃあ、私達は寮で待機しています」

 

「千雨さんっ!?」

 

にっちもさっちもいかなくなり始めた頃、千雨が突然寮に戻ると言い出した。これには

ネギも驚き、他のメンバーらも困惑気味の表情を浮かべている。

 

「ああ、そうしていてくれると助かるよ。今は魔法先生の殆どがここの封鎖で動いているから、あまり動いてもらいたくないんだ」

 

一方で、とにかく一刻も早くこの危険な場所から立ち退いてくれるならそれでいいと、ガンドルフィーニは内心安堵しつつ、暗に余計なことをしないようにと釘を刺す。

 

「了解です。先生、帰りましょう」

 

「え、あ、千雨さーん!?」

 

ネギの腕を掴むと、千雨は力づくで引き摺るようにネギを連れて去っていく。そんな彼女に面食らいつつも、他の皆も慌てて彼女らを追ってその場を後にした。去り際、不服そうな表情を少しだけ覗かせながら。

 

「ふぅ、やれやれ……」

 

とりあえず、一番の懸念であった彼女らが大人しく去ったことで一息つく。向こうからすれば意地悪に見えるかもしれないが、むしろそういう役割を負うのが大人の役目なのだと、ガンドルフィーニは思っている。、嫌われてもいい、しかし生徒や子供を危険に晒すのだけは絶対に避けねばならない。

 

(全く、損な役回りだ……)

 

自分が頑固者なのはよくわかっている。だからこそ、こういうやり方しか出来ない自分に不甲斐なさを感じてしまう。本当なら、今すぐにでも突入して柳宮霊子をとっ捕まえてやりたい気分なのだ。しかし、そこをぐっとこらえねばならないのが辛いところである。

 

(人払いが済んだ後は緊急会議を行うと聞いたが……荒れるだろうな)

 

これからのことに対する不安と、若干の苛立ちを覚えつつ、新たにやって来た学生を追い返すため、ガンドルフィーニは歩を進めた。

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと千雨さん!」

 

千雨はネギを引っ張ったまま暫く歩き、いつの間にか先ほどの場所から大分離れていた。そこでようやく千雨は立ち止まり、掴んでいたネギの腕を放す。

 

「どうして帰るなんて言ったんです! 早く行かないと夕映さんが……!」

 

「あのまま言い合ってたって状況は好転しない。一度頭をクールダウンしろ、先生」

 

「う、それはそうですが……」

 

時間を無駄にしている場合ではないのは確かだ。しかし、こっそりと入ろうにも魔法先生が監視している状況では不可能である。

 

「ガンドルフィーニ先生は、魔法先生の殆どを動員していると言っていました。恐らくは、どこも入り口は封鎖されているでしょう」

 

「交渉して入れれば手っ取り早かったが、むしろ入れさせまいと過剰なまでに帰るよう勧告してきたからな」

 

「そりゃあそうでしょう、魔法世界(むこう)ではトップクラスに名の知れた犯罪組織の幹部で、最高峰の魔女なんですぜ? ピリピリしてても無理はないでさぁ」

 

「ガンドルフィーニ先生は頑固な方ですが、それでも一定の理解を示してくれる方です。そんな彼が、あそこまで頑として首を縦に振らない程となれば……やはり相当に危険な相手なのでしょうね」

 

「けど、このままやと夕映が……」

 

突入するにしても、入れる場所は全て封鎖済み。かといって、魔法先生相手に交渉はできそうにない。完全に行き詰まってしまったかに見えたが。

 

「いや、一つだけ可能性がある」

 

「可能性?」

 

「ああ。おい、氷雨」

 

すると千雨は、胸元にあるペンダントへ、正確にはその中に封じられている氷雨へと声をかける。

 

『……何だ? 今私は機嫌が悪いんだ、放っておいてく……』

 

「お前、あいつがいる場所への秘密の入口を知ってるだろ。教えろ」

 

不機嫌そうな声で放っておけと言おうとしたのを、千雨の衝撃的な言葉が遮る。

 

『……突然何を言い出すかと思えば、ついに私頼みぐらいしかなくなったか? 生憎、そんなものありは……』

 

「しないとは言わせねぇぜ。お前あいつに対して言ってたよな、『なんで姿を現した』って。逆に考えれば、姿さえ現さなければ見つからないような場所だって知ってたってことなんじゃねぇか?」

 

通常の方法では、辿り着くことができない場所に存在する。それならば独自のルートが存在してもおかしくないと、千雨はそう当たりをつけていた。

 

「図書館島地下は探検部が潜ってることも多い、普通なら偶発的に見つかる可能性だってある。だが、それでも見つからなかったってことは特殊な場所に存在してる可能性が高い」

 

『フン、それがどうした。同じ組織のメンバーだったのだからおかしくはないだろう』

 

「いいや、お前はあいつが地下にいることを知っている風だった。ただ情報で知っているのではなく、まるで直接見たように私には思えたがな」

 

『何の証拠があって……』

 

「綾瀬だよ。あいつがこっち側なのかあっち側なのかは今は分からねぇ。だが、あの女と関わりがあるのは確かだ。図書館島の地下で篭ってたあいつに綾瀬が会うには、図書館島に潜るしかない。だが、綾瀬が会いに行くには時間が限られる」

 

昼間は学校、夜は寮住まいのため外出は基本的にできない。ならば休日や放課後ぐらいがそれに該当するが、休日は基本的に綾瀬は寮におり、千雨は何度も彼女の姿を目撃している。

 

かの人物は相当に慎重で周到だ、こちらに真意を悟られないために千雨を誘導して隠蔽しようとするほどに。そんな人物が、細かい指示を出すために定期的に夕映を呼び出さないはずがない。

 

「最も可能性が高いのが放課後だ。だが、放課後は探検部の活動や図書館島の利用者が大勢いる。そんな大多数の目をかいくぐるには、秘密のルートがなけりゃおかしい」

 

『魔法具や魔法で誤魔化していた可能性もあるが?』

 

「あそこは常に教師の目もある。魔法先生だっているだろうさ」

 

そんな状況で魔法を使えば、直ぐにバレてしまうだろう。痕跡が残りにくい魔法具でも、使っている最中に近くにいれば感づかれるはずだ。

 

「なあ、お前もアイツに一泡吹かせてやりたくないか? お前の主人の命令に背いたアイツに」

 

『……言っておくが、私は協力する気なんかないぞ。あの人の面子を潰すわけにはいかん』

 

エヴァンジェリンが約定を交わしている以上、氷雨は動くことができない。敬愛する主人の顔に泥を塗るに等しい行為だからだ。

 

「何も問題はないさ。何せお前は私等によって(・・・・・・)無理やり(・・・・)協力させ(・・・・)られた(・・・)んだからな(・・・・・)

 

『……!』

 

約定の効力が及ぶのは、あくまで組織内でのみ。外部の人間が何をやろうが何も問題はない。外部の人間に巻き込まれて協力させられたのであれば、不可抗力といえるだろう。言い訳としては苦しいが、それでも筋は通る。

 

「そう。何も、問題はない」

 

『……いいだろう。今回だけはお前たちの尻馬にも乗ってやる。だが、今回だけだ』

 

「ああ、別に構わないさ。今回はお前の協力がないと始まらないからな」

 

『……この借りは必ずいつか返す。貴様に貸しをつくったままなど私の矜持が許さん』

 

こうして、再び氷雨はネギたちとの共同戦線を組んだ。

 

 

 

 

 

「成る程な、こんな場所に通り道があったのか」

 

「ほえ~、うちも初めてみたわ……」

 

「私も……」

 

氷雨の案内で、一行は図書館島と学園側を繋ぐ橋の下にやってきていた。通常ではまずやってこないような場所であり、人気も全くない。そこに、図書館島とを繋ぐ秘密の地下通路が隠されていたのだ。入り口は扉こそあるものの、岩肌そっくりに加工されており、全く見分けがつかない。

 

「湖の地下を通って向こうに出るわけか。こりゃ誰も気づかないわけだ」

 

『老朽化して使い物にならなくなっていたため業者が埋め立てた……ふりをして私が改修したのさ。麻帆良に詳しい人間でもここを知っているのはいないだろうよ』

 

薄暗い道を歩いて行くと、重厚な扉が見えてきた。

 

「……何でここだけこんな近代的なんだ?」

 

『万一発見された時のことを考え、麻帆良学園と同じセキュリティ扉を用意した。上級魔法でも容易には破壊出来ん造りだ。セキュリティプログラムもこっそりと引っ張ってきているが、数段強化してある』

 

「魔法使いを通さないようにってわけか。解除パスは?」

 

さっさと扉を開けようと、解錠するためのパスを聞く。しかし、氷雨の様子が少々おかしい。なにか訝しむかのように黙りこくっている。

 

『……待て、よく見ると少しおかしい。セキュリティランプが赤になっている』

 

「どういうことだ?」

 

『普段は黄色に設定されていて、これが通常のパス入力で解除できる状態だ。だが、赤ランプはパス入力だけでは解除できない非常用のブロックでな、恐らくパスを入力しても解除できない。恐らくは霊子の仕業だろう』

 

「チッ、なら私の『力の王笏』で……」

 

『無駄だ。いくらそいつが電子世界を統べる程の力を持つアーティファクトでも、お前のノートパソコン程度ではスペックが足りんだろう』

 

「クソッ、また手詰まりかよ!」

 

突入目前になって、またも道を阻まれる。一手一手、堅実に相手はこちらの行動を潰してくる。恐ろしいほどに周到に、予防線を張って妨害していた。

 

『敵にした時の厄介さで言えば、最も恐ろしい女だとあの人は言っていたが……ここまでとはな』

 

結局、30分ほど格闘したものの、一行はきた道を引き返すしかなかった。一度作戦を練り直すため、再びネギたちの部屋へと戻ることとなった。既に放課後を過ぎて大分経つ。日も沈み始め、このままでは夜になってしまうだろう。

 

「クラッキングしようにもマシンスペックが足りないとなると……いっそ超のやつに頼んでスパコンでも借りるか……?」

 

ぶつぶつとそんなことを呟きながら考える千雨。麻帆良大学の誇る工学部であれば、恐らくはスーパーコンピュータの1台や2台はあるかもしれない。しかし、仮に超鈴音を介してそれを借りるにしても、理由が説明できないのであればさすがに無理だろう。

 

『うぬぬ、こんな時に茶々丸がいれば……』

 

「アイツはお前が不正データを使って操ってただけだろ? 無関係なやつを巻き込むんじゃねぇ」

 

『馬鹿が。あれは確かに大川美姫のサポート目的で開発はされたが、元々私が意識の中に存在してたんだぞ? はなっから私の協力者だ』

 

「……マジかよ」

 

さらっと重大なことを暴露する氷雨。しかし、氷雨はそれに気づいてないのではなく、むしろこちらに知らせるように言ったように感じられた。

 

『私がこんな姿になった理由は前に話したな?』

 

「前の失態で、大川の体から剥がされて、お仕置きとして封じられたんだろ?」

 

『その時に、茶々丸も私に関する記憶データを抜き出されてしまった。だが、それはただ忘れてしまっているだけだ。思い出せばすぐにでも私につく』

 

「……牽制のつもりか?」

 

『そのつもりだが? 私は手を貸しはするが、貴様らと馴れ合うつもりはないからな』

 

こうして精神がつながってしまった千雨と氷雨だが、お互いに歩み寄るといったことはまるでしていない。千雨にとっては長年の宿敵の仲間、氷雨にとっては屈辱を味わわされた憎き敵。状態の関係上なし崩しで協力はするが、協調する気は欠片もないのだ。

 

「って、噂をすれば……」

 

「あ、茶々丸さん」

 

「こんにちは、ネギ先生」

 

向こう側から歩いてきたのは、件の人物である絡繰茶々丸であった。横には大川美姫の姿もある。

 

「急に茶々丸がネギ先生に会いたいなどと言い出してな。私はただの付き添いだ」

 

「申し訳ありません、マスター」

 

「いいさ。たまには寄り道でもしながら帰るのも面白い」

 

美姫はネギに軽く会釈すると、そのまま一人で去っていった。あの事件以来、美姫は特におかしな様子はない。相変わらず病気がちではあるが、氷雨がいなくなったことでいつもの調子に戻っているようだ。

 

「それで茶々丸さん、僕に用とは?」

 

「……先日の件で、謝罪をしにきました」

 

「謝罪?」

 

「はい。『桜通りの幽霊事件』のことに関しての謝罪です。ネギ先生」

 

 

 

 

 

『記憶が戻ったァ!?』

 

「はい。それから、お久しぶりですマスター」

 

ネギに対する謝罪を述べた後、茶々丸は氷雨と対峙していた。なんと、茶々丸は氷雨のことに関する記憶を全て思い出していたのだ。

 

『茶々丸の記憶データは霊子が預かっていたはずだぞ……何故』

 

「はい、確かに記憶データは柳宮霊子さんが持っています。しかし、私は万が一のことがあった場合のことを想定して、もう一つのコピーディスクも作成していました。そちらも回収されていたのですが……」

 

茶々丸曰く、仮面をつけた奇妙な人物が現れ、ディスクを渡してきたらしい。気になった茶々丸はこれの中身を分析し、茶々丸に搭載されているデータの形態と同じものであること、そして自分から抜き出された記憶データだと理解したのだ。

 

「マスターに関する直接的な記憶はすべて抜き出されはしましたが、関連性が薄い記憶はそのままであったため、データを閲覧するとともに記憶が連鎖的に掘り起こされ、思い出すに至りました。既に記憶データは再インストール済みです」

 

『成る程な……』

 

「しかし、仮面の人物ねぇ……」

 

「あの時対峙した人物……『黄昏の姫巫女』、ですか」

 

千雨たちは、京都での戦いの際に出会った仮面の人物が何者なのかを、刹那から聞いている。鈴音や月詠、フェイトと同じ組織の人間で相当な地位にいる人物だと。

 

『別段不思議な話でもない。奴はあの人に対する忠誠心が極めて高い。それこそ異常と言えるほどだ。恐らくは、茶々丸の記憶を戻して私に霊子の企みを止めさせるつもりなんだろう』

 

「拙者たちが動くことは想定済みだと言わんばかりでござるな……」

 

どうにも、踊らされようとしているとしか思えず、楓は渋い顔になる。このままいいように利用されて、それでいいのかと。

 

「……行きましょう」

 

「ネギ坊主?」

 

「仕組まれたことだとしても、僕達がやらなければいけないことは変わりませんから」

 

「……うむ、そうでござるな」

 

夕映を助けたいという思いは、決して偽りではない。例え整えられた舞台の上だとしても、彼らは進まなければならないのだ。

 

 

 

 

 

その頃、麻帆良のとある一室にて。

 

『ふむ、どうやら茶々丸の記憶が戻ったようだネ』

 

『いいのか? 下手をすれば彼女が向こうにつきかねないが』

 

『問題ないヨ。そういった場合のことも想定しているからネ』

 

『用意のいいことだ……』

 

『むしろ、君の方こそいいのカ? 学園側との契約を打ち切ったりして』

 

『こちらの方が、私にとって都合がいいからな』

 

『やれやれ、復讐を否定はしないガ、あまり燃やしすぎると自らまで灰になってしまうヨ?』

 

『そちらにだけは言われたくないが』

 

『アララ、手厳しい』

 

『今回の一件、関わる気はないのか? うまくいけば、奴らのことを吐かせることもできるぞ?』

 

『無意味ネ。私がそれを仮にやったとして、得るものはほんの一握りヨ』

 

『そうか。何を企んでいるのかは私も知らんが、恐らくろくでもないことだろう。止めなければ最悪麻帆良が消滅する可能性だってあると推測するが』

 

『さあ、どうだろうネ? 果たしてそれが成功するのか、失敗するのかなんてそれこそ最初から知ってでもない限り分からないものだヨ。どちらにせよ、今はまだ我々があがる舞台ではないということネ』

 

『……以前から思っていたが』

 

『何かネ?』

 

『そこまで豊富な情報を得ていながら、何故ここまで周りくどい真似をする?』

 

『愚問ヨ。私の望みを叶えるため、それ以外はない』

 

『望み、か。身に余る欲は身を滅ぼすぞ?』

 

『難儀なものでネ、最早これは私にとって妄執にも近い。ただひたすらに"超"えることへの挑戦など、馬鹿げたものにしか見えんだろうサ』

 

『……フッ、そういう意味では我々は似たもの同士なのかもしれないな』

 

『『名』を捨てた仮初めの『真名』に、『鬼』さえ『超』える、ネ。確かに似ているヨ、お互いに。本当に、難儀なものネ』

 

 

 

動く者、動かぬ者、そして蠢く者。それぞれの思惑が錯綜し、舞台は廻る。しかし、舞台裏でも物語は進んでいくもの。ならば舞台の筋書きを書くのは誰か。それはまだ、誰にも分からない。


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