二人の鬼   作:子藤貝

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少年は、因縁の相手と再び出会う。
近い過去と遠い過去、二つの因縁が絡みつく。


第五十五話 因縁の再会

「ふむ、こんなところか」

 

麻帆良学園の一角、催し物で使用される屋外コンサート場にて、ヘルマンは着々と戦いのために準備を進めていた。

 

(しかし、雨になってくれたのは都合がいい。流石に匂いまでは隠せんからな)

 

ヘルマンとて名だたる大悪魔の一人だ、早々にヘマはやらかさないが思わぬところからケチがつくことがあることを重々承知している。数年前に老いぼれだと舐めきっていた相手に封印されたことがいい例だ。

 

雨は匂いや痕跡を消しやすい。足跡も残りにくいし雨音である程度の音もシャットアウトできる。加えて、スライムであるすらむぃ達はいつも以上に厄介なものになる。万が一邪魔が入っても十分足止めをしてくれるだろう。

 

「む、来たか」

 

そんなことを考えていると、すらむぃとあめ子が指示通りに人質となる少女を連れて戻って来たようだ。大人数を取り込んでいるため大分体が肥大化している。

 

「命令通リ、連れてきたゾ」

 

「ご苦労、溶かしてはいないだろうね?」

 

「そこまで食いしん坊じゃないですぅ」

 

のどからを包み込んでいた体を切り離し、すらむぃとあめ子は元のサイズまで戻る。体全体が体機能を全てまかなえるスライムである彼女らだからこそできる芸当だろう。

 

「しかし、なぜ裸なのかね?」

 

「風呂入って油断してたところヲ」

 

「パクっといっちゃいましたのデス」

 

「ふむ、まあ合理的ではあるな」

 

相手の油断や隙を狙うのは戦いにおける常套手段だ。それを卑怯とも抜け目がないというのも誰であれ自由だろう。少なくとも、ヘルマンにとっては結果さえ伴うならば構わないという認識だ。

 

「ここからだすです~!」

 

「お目覚めかね、お嬢さん(フロイライン)

 

水牢の中でいち早く目を覚ましたのは夕映であった。必死に水をかいて抵抗するも、プールの中で藻掻いているかのように動きが緩慢になってしまう。

 

「ひゃわっ!? わ、私、はだっ、裸……!?」

 

「これ、もしかしてまた誘拐されたん?」

 

次いでのどかと木乃香も目を覚まし、状況を察する。のどかは自身が裸であったことに驚き顔を真赤にしながら腕で体を必死に隠そうとし、木乃香は冷静に自分が置かれている状況を分析していた。

 

そして。

 

「うん? 何がどうなってるアルか?」

 

裸であることも気にせず、自分がどうしてこうなっているのかに首を傾げている者が一人。褐色肌が特徴的な中国からの留学生、古菲である。

 

「……すらむぃ、彼女は私が指定したターゲットとは違うはずだが」

 

「アチャー、風呂の時に一緒に連れて来ちまったらしいナ」

 

「……まあいい、堅気の人間を巻き込むのは本意ではないが、最少人数であるならばやむなしと考えるべきか」

 

スライムたちの大雑把ぶりに頭を痛めつつも、最低限の仕事はこなしてくれたため彼はよしとすることにした。一方で、古菲を除く3人はといえば。

 

「セセセセクハラです! 訴えてやるです!」

 

「ゆ、ゆえ落ち着いて! そんなに暴れると夕映も私もみえちゃうからぁ!」

 

「そっかぁ、うちまた攫われたんか……フフ、フフフ……完全にお荷物や……」

 

ようやく自分が裸である事に気づいてゆでダコのようになって叫ぶ夕映と、それをなんとかなだめようとしつつも何とか最低限の部分は隠そうとするのどか。そして木乃香は自分がまた攫われたという事実に密かにショックを受けて黄昏れていた。

 

「よく分かんないけど、元気出すアルよコノカ」

 

ただ一人、状況をよく分かっていない古菲だけが落ち着き払いながらも木乃香を宥めていた。

 

 

 

 

 

「このセクハラおやじ! せめて服をよこすです!」

 

とりあえず、服だけでも確保したい夕映はヘルマンにそう訴える。横でのどかも無言ながらこくこくと頷き、小さく主張している。

 

「それで、私に何かメリットがあるのかね?」

 

しかし、ヘルマンはその言葉を一蹴した。裸であったというのはヘルマンも少し想定外だったが、逆に言えば相手が何も持っていないということは確実であることがわかるし、逃げるという行動も制限できるというメリットが有るのだ。それを上回るものがなければ、ヘルマンは要求を飲むつもりは毛頭なかった。

 

「いたいけな婦女子を裸のままにして恥ずかしく無いですかこの変態! 適当な理由をつけて、裸が見たいようにしか聞こえないです!」

 

「まあ確かに、君たちは中々将来有望そうな少女ではあるな。まだ青いが、それゆえに瑞々しさがある。もしかすれば、私も君たちの裸で興奮しているかもしれないということは否定はできんだろうね」

 

だが、とヘルマンは続ける。

 

「今は君たち以上に、私にとって長く待ち望んだ最上のご馳走が待っているのだ。それなのに、その他のものに目移りするというのは失礼というものではないかね?」

 

ニンマリと、紳士的な笑みを浮かべるヘルマン。しかし、その顔を見て夕映は赤かった顔を瞬時に青くさせた。

 

(こいつ、あの人と同じタイプです……!)

 

少し前に敵対し、自分の欲求のためだけにひたすらに邁進していた自分の師、柳宮霊子をヘルマンの笑みから幻視したのだ。この眼の前の男は、劣情だのといったものよりもなお、己を駆り立てるどす黒い欲望が詰まっている。そう感じさせる笑みだった。

 

「さて、状況から察してもらえたかもしれないが。君たちは現在我々に捕らえられている」

 

「……目的は、人質ですか?」

 

「その通りだとも、ユエ・アヤセ」

 

「何故私の名前を……」

 

「知っているともさ。何せあの魔女の弟子だからね、調べないわけがないよ」

 

「っ、『夜明けの世界(コズモ・エネルゲイア)』……!」

 

あの魔女、という単語から即座に夕映は相手の正体を見破った。何せ、霊子がこの地にいることは、麻帆良学園外には漏れていない情報なのだ。それなのに夕映を彼女の弟子だと知っているということは、即ちあの組織の関係者であることは疑いようもない。

 

(そんなバカな、いくらなんでも早すぎる……第一、この学園には結界があるはず……!)

 

何故、どうして。夕映の頭のなかではそんな言葉がぐるぐると回っていた。彼女が知るかぎり、この麻帆良学園に潜んでいた者は大川美姫と柳宮霊子の二人。そのどちらとも、すでに撃破されて今は大人しくなっているのだ。少なくとも、麻帆良学園内で敵対的な組織メンバーはいないはずだった。

 

この学園に張られている結界は強力なもの。そうやすやすと抜けられるものではないし監視の目だってあるはず。ならば、それらをくぐり抜けられる実力を有する相手であるということ。そして、そんな人物がやってきた目的となれば。

 

「あの人を始末しに来たですか……!」

 

「ふぅむ、そう解釈してくれても構わんし、実はそうでないかもしれんよ」

 

夕映はこの人物が、始末し損なった霊子を再度殺すためにやってきたと考えた。それに対して返ってきた言葉は、要領を得ない曖昧なもの。当然だ、自分の目的を敵対する相手に態々漏らすほどの馬鹿には見えない。

 

(マズい、いくら魔法使いとしては最高峰でも、相手はあの人のことを知り尽くしている。ならば対抗策の一つや二つあって当たり前です……!)

 

全てに対して対抗策を練るのは不可能だろう。手数の多さも霊子の強みの一つである。だが、最大の強みである魔法を使えない状況にされてしまったら。身体能力は無に等しい彼女は、この屈強な男に捻じ伏せられるだろう。

 

(だとすれば、どうして人質を……?)

 

本来の人質としては、恐らく大して意味が無いだろう。何か思うところがないわけでもないと夕映としては思いたいが、根っこの部分は以前のままなのだ。自分の利益を損なうなら、平気で殺しにくる可能性は否定出来ない。

 

(っ、私達を駒にするつもりですか……!)

 

自分たちを尖兵として霊子を襲わせる。それを成すために、自分たちという人質を使うのだとしたら辻褄は合う。実力差を考えれば勝ち目はないだろうが、霊子の恐ろしさはその用意周到さにこそある。麻帆良側と取引をしている今は、悪辣な罠も幻術魔法も存在しない。

 

それでも何か仕込みはしているだろうが、大分防御は薄らいでいる。修行相手なら近づかれるまで気づけない可能性は高い。そしてその距離まで来てしまえば、その何らかの手段で持って霊子を無力化できると考えてもおかしくはない。

 

「……ハハハハハ! いいぞ、君も中々見込みがありそうだ!」

 

考え込んでいた夕映を見て、ヘルマンは突如面白そうに笑い出した。あまりにも唐突な出来事に、夕映は思考を止めて彼を見た。

 

「大方、自分の師が襲撃された際に私がどのような行動を取るのかでも予測していたのではないかね?」

 

「なっ……!?」

 

「ハハ、態度に出てしまうのはまだ未熟ゆえ仕方がないことだろうが、気をつけ給え。肯定しているのと一緒だぞ」

 

自分の考えていたことを当てられ、思わず態度に出してしまったことを指摘される夕映。その迂闊さに、思わず奥歯を噛み締めた。

 

「しかし、素晴らしいな君は。少ない状況から私の目的を懸命に予測しようとしている。そうだ、誰でもいつも準備万端とは限らない。だから必死に思考してそれを補う努力をする。ハハハ、君は間違いなくあの怪物の弟子だ、うん」

 

(何なんですかコイツは……まるでわけがわからない……!)

 

夕映からしても、初めて相手をするタイプだ。まるで考えていることが読めない、そんな印象を彼女は抱いていた。

 

「まあ、安心し給え。今回はあの魔女とやりあう気はないよ。そこまでの装備はさすがに持っていないのでね」

 

(今度ははぐらかさずに違うと言った……明らかにするよりも有耶無耶にしたほうが目的がどういったものなのか絞らせないのに? 私が正解を引き当てたからわざと違うといった? そんな分かりやすいやり口をするような奴には見えない……)

 

ますます混乱する夕映を尻目に、ヘルマンは呵々大笑している。どうやら、余程夕映のことを気に入ったらしい。

 

「まあ、せいぜい頑張って考えることだ。足掻き、藻掻く者は美しいが、それだけではダメだ。チャンスを呼び寄せるかは君達次第なのだからね」

 

そう言うと、ヘルマンはすらむぃ達になにか言った後。

 

(準備は整った、そろそろ宣戦布告と行こうか)

 

雨と闇夜に紛れ、姿を消した。

 

 

 

 

 

「遅いなあいつら……」

 

「雨降ってるんだもの、よく暖まらないと」

 

「逆に湯冷めしそうなもんだがなぁ」

 

女子寮の一室。アスナと木乃香、そしてネギが居住している部屋では、部屋の主であるアスナとネギと共にやってきた千雨がネギが淹れた紅茶で一服していた。さすがに紅茶の国とまで揶揄されるイギリス出身だけあり、淹れ方一つでこうも変わるのかと千雨は内心感心しつつクッキーを齧る。

 

「しっかしまあ、こうも穏やかな気分で過ごすなんざ久しぶりだな」

 

「最近色々あったんだっけ? この前の図書館島も」

 

「ああ、神楽坂は当事者じゃなかったから知らないか。学園の地下に組織の奴が潜伏してたんだ」

 

「うへぇ、物騒ねぇ。自分が生活してる場所の近くにいるなんて普通思わないわ……」

 

「大事になる前に何とかなったからよかったがな。神楽坂も気をつけといてくれ」

 

その言葉に、アスナは分かったと言って首を縦に振った。

 

「それにしても、すごい雨ですね」

 

「今日は一晩中振り続けるらしいからな」

 

紅茶のおかわりを淹れていたネギが、台所から戻ってくる。雨のせいで部屋も少し寒くなっているため、温かい紅茶は体を温めるのに調度よい。

 

「あーもう、これじゃ洗濯できないじゃない」

 

「なんだ、神楽坂はまめに洗濯するタイプか」

 

「まめにって、毎日洗わないと汚いじゃない……ってまさか千雨ちゃん毎日洗濯してないの?」

 

「大抵2、3日に1回だな」

 

「それはちょっと、女の子としてどうなのよ……」

 

腹の中が真っ黒なアスナではあるが、表向きは優秀な生徒を演じているだけあってやるべきことはしっかりとやる。これは演技ではなく元々まめなタイプだからであり、千雨の発言に内心でかなりドン引きしていた。

 

そんな和気藹々とした会話を暫らくしていた一同だったが。

 

「ん、戻ってきたかな?」

 

玄関からチャイム音がし、のどか達が戻ってきたのだと思い玄関の鍵を解除する。

 

「はーい、って……誰?」

 

ドアを開けてみれば、そこにいたのはのどかたちではなく見たこともない男性であった。いや、正確には神楽坂アスナとしては知らないはずの相手である。

 

「こんばんは、美しいお嬢さん」

 

そう言って、彼はにこやかに挨拶をしてくる。アスナはとりあえずお辞儀で返すが、内心では少々驚きを隠せないでいた。

 

(え、確かにフランツが封印を解いたって言ってたけどなんでここに……?)

 

「花でも一ついかがかな?」

 

懐から花を一輪取り出し、それをアスナに向かって差し出す。相手の男性、ヘルマンが自分のことに気づいていないのかと考えたが。

 

「油断はいけないな、アスナ嬢」

 

「えっ?」

 

花から、突如白い煙が吹き出してアスナの顔を覆う。突然のことに、アスナは一瞬だけ

硬直してしまう。

 

(しまっ……!)

 

息を止めようとするが、極微量の煙を吸い込んでしまう。しかし、ヘルマンからすればそのほんの少しで十分。

 

(こ……れ……睡眠……ガ、ス……)

 

「おやすみ、未熟な大幹部殿」

 

意識を失う寸前に聞こえてきたのは、彼女を嘲るかのような悪魔の言葉であった。

 

 

 

 

 

「アスナさん!」

 

玄関で突如倒れたアスナに、ネギは急いで駆け寄ろうとするが千雨がそれを手で制す。直感的に、何かヤバイものが玄関にいると感じたためである。玄関にかけられていたチェーンを引き千切り、ヘルマンはそのまま部屋へと侵入する。

 

「こんばんは、いい夜だね紳士淑女諸君」

 

「っ……!」

 

ゾクリと、千雨の背筋に冷たいものが走る。感じたのは、今までに感じたことがない種類の怖気。氷雨の敵意とも、鈴音の殺意とも違う。強いて言えば霊子に似通ったものを感じるが、彼女が知識欲に取り憑かれた怪物であるならば、こちらはまた別の狂気に取り憑かれた何か。

 

(なんだ、こいつ……!?)

 

得体がしれない、千雨が抱いた感想はそれであった。纏う雰囲気が柔和なものである分、余計にその異質さを際立たせていた。

 

「私の名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン、しがない没落貴族だ。一応、『夜明けの世界』で幹部をやっている身でもある」

 

「クソが、またてめぇらかよ……!」

 

「ハハハ、そう身構えなくていい。私は何も、今すぐここで戦おうと言うわけじゃない」

 

「……要は戦う気自体はバリバリあるってこったろうが」

 

「まあ、そうなるがね」

 

動かない、いや動けないといったほうが正しいだろう。千雨もネギも、恐るべき敵の登場に迂闊な行動は自殺行為であると無意識に感じ取っていたからだ。ある意味で、霊子の修行の成果が現れた結果でもあるのだろう。

 

「君たちの仲間は、既に我々が捕らえている。援軍は期待せん方がいい」

 

「っ、そういうことかよ……!」

 

仲間の帰りが遅かった理由を、千雨とネギはようやく理解した。既に、敵の手に落ちていたのだ。

 

「宮崎のどか、綾瀬夕映、近衛木乃香。彼女らを取り返したいだろう?」

 

「……要求は何ですか」

 

相手の言葉が嘘か本当かはまだ不明だ。しかし、浴場からここまではそこまで距離もなく、既に30分以上は経過している。長風呂にしても長過ぎる時間。つまり、相手が人質をとっていることはほぼ確実と考えてもいい。

 

「別に大した要求じゃないさ。ちょっとした、勝負をしたいと思ってね」

 

「勝負……」

 

飛び出してきた要求の予想外さに、ネギは一度頭を整理して考える。状況的に、相手のほうが人質がある分有利であり、要求を通せる立場であるのは間違いない。ただ、それによって得られるものが自分たちとの勝負というのは、どういうことなのか。

 

「まあ、受ける受けないは君の自由だ。大切な仲間であり生徒である彼女らを見捨てると言うのならばだがね」

 

「……分かりました。ただ、勝負の具体的な内容を聞きたいです」

 

この状況下で、相手の要求を突っぱねるのは危険だと判断したネギは、相手の要求をとりあえず飲むことにした。最悪、相手の勝負如何によってどうするかを考えるべきだろうと。

 

「フフフ、私も長生きしている分色々な勝負をしてきた。トランプ、腕相撲、知恵比べに度胸試し……。だが古来から連綿と続く、最もシンプルな男と男の勝負と言ったら一つだろう?」

 

そう言って、ヘルマンは拳を握りしめて顔の前に持ってくる。

 

「喧嘩を、しようじゃないか。一切合切容赦のない純粋な闘争、卑怯も何もないただただ血沸き肉踊る戦いを私はしたい」

 

ニヤリと、ヘルマンが笑う。その笑みに、千雨は再びゾッとするものを感じた。

 

(心から、戦うことだけを求めてやがる……)

 

戦闘狂、それも月詠のような魔性に狂った類ではない。本当に、純粋な闘争への渇望そのものでその瞳をギラつかせている。あり方そのものが狂っているように見える。

 

「つまり、皆さんを賭けて決闘しろということ、ですか」

 

「うむ、物分りが良くて助かるよ」

 

「……いいでしょう、受けて立ちます」

 

ほんの少し、ネギの表情には怒りが浮かんでいた。人質を使って要求を通そうとするヘルマンと、大切な仲間を盾にされていいようにされている自分への怒りによって。

 

(いい表情だ、若いゆえの未熟さからくる怒り……楽しくなりそうだ)

 

ネギの顔に表れていた怒りを見て、内心ヘルマンはほくそ笑む。ああ、やはり待ち続けた甲斐があったものだと。

 

「では、1時間の猶予をそちらに与えよう。好きに準備をし給え」

 

「……いいのか? 私達が勝負の前にあれこれズルをするかもしれないが」

 

「闘争には準備もまた大事なことだ、それを含めて猶予を与えると言っているのだよ。私も人質をとっている以上はこれぐらいは許さねばフェアじゃない。どうせ戦うならば(わだかま)りなくやりたいのだよ」

 

「不意打ちを仕掛けるかもしれないぜ?」

 

「不意打ちをするなら初めからそんな事はいわんだろう。それに不意打ちもまた戦いの醍醐味。それすら楽しめてこそ、だ」

 

それとも、と彼は続ける。

 

「私に不意打ち如きが通じると、侮られているということかね?」

 

一瞬。先程までの柔和な雰囲気が霧散し、空気が重くなる。殺気、それも明山寺鈴音と同じ鋭く禍々しい代物だ。いや、鋭さならばあちらのほうが上だったが、棘々(おどろおどろ)しさならこちらが上だ。鈴音が刃のごとき鋭さなら、ヘルマンは絡みつく鎖というべきか。

 

『……一足遅かったか』

 

突然、部屋の中から声がした。この中にいる誰でもない、誰かの声が。

 

「ハハハ、すまないが先着は私となったぞ」

 

その声に、ヘルマンは上機嫌に言葉を返す。すると、ヘルマンの背後から急に水が湧きだした。水の魔法による転移だと即座に見抜いたネギは、警戒しながら一歩下がる。

 

「お、お前は……!」

 

現れた人物は、修学旅行中に戦い、ネギを死ぬ一歩手前まで追い詰めた人物。

 

「やあ、この前は随分とやってくれたね」

 

フェイト・アーウェルンクスであった。

 

 

 

 

 

「まったく、一人でいた分人の目を気にする必要が無いと思っていたけど……まさかここまで抵抗されるなんてね。おかげで時間を食ってしまった」

 

そう言う彼の横から、水の塊が浮き出してくる。そして、その中には。

 

「っ、刹那さんっ!?」

 

ネギの仲間の一人である、刹那の姿がそこにはあった。気絶しているらしく、水の中を目を瞑ったままピクリとも動かない。

 

「刹那さんに何をした!」

 

「別に。ただ戦って気を失わせてから捕らえただけだよ」

 

至極どうでもいい話だとでも言うように、淡々と話すフェイト。ネギの仲間の中でも楓に並ぶ最高戦力である彼女が、こうもあっさりと捕らえられた。その事実に、千雨は改めて相手の強大さを痛感した。

 

「安全策をとったのは悪手だったな。約束通り私が先手だ」

 

「……分かっている。僕は手を出さない」

 

「……どういうことだ?」

 

「何、少し賭けをしていてね。先にネギ君の了承を得られた方から戦う。負けた側は手出しは無用とね」

 

戦う順番を賭けで決めていたということ。そしてもう一方は手出しをしてこないという。状況からすれば願ったり叶ったりではある。

 

「人のことなんだと思ってんだてめぇら……!」

 

だが、これは余りにも舐められていると千雨は感じ、さすがに怒りが声に表れてしまう。まるで遊び相手を決めるかのような、馬鹿にした態度。頭にこないわけがなかった。

 

「僕からすれば、君たちの立場なんてモルモット以外の何物でないと僕は思うけどね」

 

フェイトから見れば、ネギ達など所詮は英雄候補という名の実験動物程度の認識でしかない。計画の都合上殺さずにおかず、わざわざ試練を与えて経過を見る。そこに自由など存在しない。少なくとも、フェイトには彼らがそう見えていた。

 

「今まで死なずに済んでいたのも、そういう意向があったからだ。殺す気があったなら、初めからそうしていたさ」

 

事実、修学旅行の際はアスナに殺すなと止められている。ようは、生殺与奪の権利を握っているのはこちらであると言っているのだ。

 

「……だったらそのモルモットにしてやられた君も大したことないね」

 

「……なんだと」

 

だが、以外なことにネギがフェイトに言い返した。いつもの冷静で丁寧な言い方ではなく、どこか棘を含んでいるように千雨は感じた。

 

「修学旅行の時、君は僕達を殺す気でかかってきてた。あの仮面の人物が殺すなって制止したことが証拠だね。つまり、殺す気でかかるほど実験動物相手に苦戦してたってことだろう?」

 

「言ってくれる……」

 

互いに、敵意をむき出しにする二人。水と油、まさに徹底的に合わない者同士である。そして、その様子を見ていたヘルマンはほくそ笑んでいた。

 

(……成る程、なぜあそこまで執着を見せたかと思ったが……同族嫌悪(・・・・)か)

 

フェイトの過去を知っているヘルマンからすれば、その怒りの発現理由がすぐに分かった。自分はネギ・スプリングフィールドとは違うと、対抗意識を燃やしているのだろう。だからこそあんなにも張り合うのだ。モルモットではないと、ネギに勝つことで証明するために。

 

その時だった。

 

「こんのおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

勢いよく振りぬかれた回し蹴りが、突如としてヘルマンの側頭部へと迫った。しかし、ヘルマンもまたその乱入者のことを想定しており、裏拳にてその蹴りを受け止める。

 

「ほう、もう目を覚ましたのかね。神楽坂アスナ」

 

 

 

 

 

蹴りを放った者の正体はアスナだった。まだ薬が残っているのか、ふらふらとして重心が安定していない。が、それでも人一人を一瞬で昏倒させる強力な睡眠薬を受けてなお、こんなにも早く復活したことにヘルマンは内心で冷や汗をかいていた。

 

(凄まじいな……単純な実力ならやはり彼女のほうが圧倒的に上だ)

 

先程は余りにも不意打ちがうまく言ったおかげでなんとかなったが、そうでなければ今頃はミンチにでもなっていたかもしれないことを思うとぞっとしないヘルマンであった。今でさえ、薬で体が弱っているおかげでなんとか戦えているぐらいだ。

 

「よくも、やってくれたわね……うぐっ……!」

 

「アスナさん!」

 

「神楽坂、無茶すんな!」

 

(うるさい……煩い煩い煩い……ああ、鬱陶しい……!)

 

彼女のことを心配してくれている二人とは対照的に、アスナは心の中で悪態をついていた。油断していた、その事実が彼女の矜持を大きく傷つけたのだ。鈴音やチャチャゼロに並ぶ大幹部となれたのに、油断するような慢心で腐りきっていた自分を理解させられた。

 

(こんな奴らのせいで……私は下らない慢心を抱いていたのか……っ!)

 

強者であるがゆえの慢心は、誰とて抱くことはおかしくはない。しかし、それは確実に自身を蝕み付け入る隙を与えてしまう。かつてのエヴァンジェリンも、慢心によって鈴音を失いかけたことがあったとアスナは聞いている。だからこそ、そうならないよう心がけてきたはずだったのだ。

 

だが彼女は、監視対象であるから仕方ない、バレる訳にはいかないから、仕方ない。そうやってつまらない言い訳じみたことを、自分へといつの間にか言い聞かせていた。そして魔法が通じないという自身の特性に胡座をかき始めてもいた。それが、慢心を抱かせ、あの不意打ちによる意識喪失へと繋がった。

 

(これじゃ、マスターや鈴音に合わせる顔がない……っ!)

 

歯を食いしばり、必死になっている今の彼女の姿に、大幹部としての威厳は欠片もなかった。

 

「邪魔が入ってしまったな、本当は彼女も人質として連れていく予定だったのだが」

 

「まあいいさ、今回は今までとは事情が違う。今までは君たちを殺さないよう細心の注意を払う必要があったが、今回はそれがない」

 

「へぇ、そっちとしちゃ困るんじゃねぇのか? 英雄候補の私達が死ぬのは」

 

フェイトの言葉に、千雨は眉をひそめる。今まで、こちらを殺さないようにしてきたのは分かってはいた。自分たちを英雄という敵対者として仕立てあげ、利用価値を高めるために。だが、手塩にかけて育ててきた相手を熟していない段階で殺すというのが分からない。

 

「君たちはやり過ぎたのだよ。相手が弱体化していたとはいえ柳宮霊子を退けたのは事実だ。それが首領の興味を惹いたらしくてな、計画の段階を短縮する方向に決めたらしい」

 

「つまり、僕達を相手に生き残ることも出来ないならもうお払い箱というわけだ」

 

明確に、戦って生き残れもしないなら殺すとの宣言。柳宮霊子という強敵を打倒し、こちらへと引き込んだことが影響しているという皮肉さに、千雨は(ほぞ)を噛む思いになった。

 

(どういうこと……そんなの、私も知らされていない……)

 

一方で、アスナもまたフェイトの言葉に混乱していた。そもそも、ヘルマンがここに来ることなど彼女は知らされていなかったし、そんな計画変更も聞いていない。必死に、何が起きているのか考えている。

 

(ふむ、どうやら意識改善はされたらしいな。尤も、そうでなければやった意味が無いか)

 

一方、先ほどの不意打ちを食らわせたヘルマンは、自分が行ったことによる副次効果がアスナに作用したことを感じ取っていた。彼女が大幹部になったことを知ったのは封印から開放されたあとだったが、彼女が自分の実力に慢心してはいないか気になりエヴァンジェリンに尋ねた。

 

『ふむ、アスナの実力を改めて確認するいい機会かもしれんな』

 

するとエヴァンジェリンは、あえてアスナには作戦の変更を伝えず、ヘルマンにアスナの腕試しを命じ、ガス状に変化する睡眠薬を与えたのだ。慢心がなければそれでよし、もし不意打ちを食らうなら薬で弱体化するから相手をしてやれと。

 

(……我が上司ながら恐ろしい方だ、本当に)

 

どこまでも、臨機応変に計画の流れを組み替えていく計算高さ。ただいきあたりばったりに継ぎ接ぎするのではなく、あくまでも計画の流れに沿うようにしている。その証拠に、今まで実力の高さから魔法関連ではあまりネギ達に関われていなかったアスナを、こうして共闘させるよう仕立てあげてみせた。

 

これで、より深くアスナはネギ達に信頼されるはずだ。共に戦った仲間として。

 

「少し予定とは違うけど、目的は最低限果たしたと言っていいか」

 

そう言うとフェイトは、再び刹那を水のゲートへと沈めていく。

 

「ヘルマンに勝てたら、彼女も開放してあげるよ。できるとは思えないけどね」

 

続いて、フェイトも同じくゲートをくぐってゆき、ヘルマンも水に覆われていく。

 

「屋外コンサート場、そこで私達は待っている」

 

去り際、自らが待ち受ける場所と。

 

「あの雪の夜からどれだけ成長しているか、楽しみに待っているよネギ君」

 

「っ!? 待って、それはどういう……!」

 

「知りたければ、戦って聞き出すがいい。ではな」

 

ネギとの因縁を仄めかす言葉を告げて。


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