二人の鬼   作:子藤貝

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近づく者と、遠ざかる者。


第六十話 接触

放課後。ネギとその仲間たちは誰も使っていない空き教室にいた。集まったのは、楓と千雨以外の5人と、新たに加わった古菲、そしてアルベールの1匹である。

 

「……どういうことです?」

 

「皆さんを、これ以上魔法に関わらせる訳にはいかない。僕はそう判断しました」

 

「ふざけているんですか?」

 

ネギの言葉に、夕映は苛立ちを隠せない声色で言った。当然だ、既にここにいるメンバーは魔法とは深く関わってしまっている上に敵の組織にも顔を知られてしまっている。今更魔法と無縁の生活などできはしないだろう。

 

「先生、理由をお聞かせ願えますか?」

 

刹那もまた、難しい表情をしていた。木乃香を魔法に関わらせたくないと願っていた祖父や父親でさえ、彼女の身の安全を考えて魔法に関わらせることを決断したのだ。それを知っているネギが、なぜそんな判断をしてしまったのか気になるのは当然のことだろう。

 

「……千雨さんのことですか?」

 

「っ!」

 

のどかの指摘に、ネギは苦虫を噛み潰したような顔になる。他のメンバーも、薄々感づいてはいたのだ。千雨だけ、この場にいないという事実から彼女になにかが起こったことを。

 

「……千雨さんは、現在体を乗っ取られています」

 

「っ、そういうことですか……」

 

「下手人はやはり、氷雨ですね?」

 

ネギは無言で首を縦に振る。氷雨こと大川美姫は、二度の敵対を経て一時的に協力関係を築いた経緯がある。最初は桜通りの幽霊事件、二度目は修学旅行時の肉体乗っとり未遂。どちらも許しがたい所業ではあったが、千雨と精神が結合してしまったためやむを得ず体を共有する関係になっていた。

 

ネギは氷雨のことは殆ど信用しておらず、常に距離を置いて接していた。油断のならない相手と常々考えていたためだ。木乃香達はまだある程度打ち解けてはいたが、その中でも夕映と刹那はやはり彼女のことを警戒していた。

 

「千雨さんは、アイツ曰く死んだそうです……」

 

「そんなっ!?」

 

「姐さんがですかい!?」

 

「しかし、師匠曰く生きている限りは肉体の絶対的所有権は千雨さんにあるはず……意識がまだ回復していないせいと考えても、精神が繋がっていた氷雨が元気であるなら意識が戻ってもおかしくは……」

 

冷静にそう分析する夕映の言葉に、ネギは俯いてしまう。夕映はしまった、と思い言葉を止める。千雨はネギと最も長く戦ってきた仲間だ。期間で言えばまだ2ヶ月程度だが、それでも数々の死線をともにくぐり抜けてきた二人は強い絆を結んでいた。

 

「アイツは千雨さんの体を使って擬態しています。一見すれば普段の千雨さんと遜色ないほどに、違和感を殆ど感じさせない」

 

「確かに、気配も肉体が千雨さんのせいか邪なふうには感じられませんでした。恐らく、千雨さんに寄生していたことから、その一挙手一投足に至るまでを感覚的に覚えたのでしょう」

 

「魔法精神学的に補足すれば、体が彼女のものですから肉体に宿るくせや経験が補ってしまっているのもあるでしょうね。しかし、あそこまで違和感なく他人を演じられるというのは、空恐ろしいものを感じるです」

 

もし事実を知らなければ、彼女に騙されて何かされてしまっていたかもしれない。だから、ネギは魔法関係から身を引かせようとしたのだ。

 

「中身が違うとはいえ、僕は皆さんと千雨さんが戦うところなんて見たくないんです……」

 

「ネギ先生……」

 

「……先生の気持ちはわかります。しかし、既に関わりを持ってしまった以上後戻りなんてできないことは先生も承知のはずでしょう?」

 

「でも……!」

 

「記憶処理をしたところで、彼女は私達を利用しようとするだけでしょう。一般人だったクラスメートですら利用した彼女ですよ? もっと冷静になってください先生。普段の貴方ならそんな判断はしないでしょうに」

 

夕映から見て、ネギは精神的に不安定なのがよく分かる。今まで一番心の支えになってくれた相手がいなくなってしまい不安になっているのだろう。

 

「……そうですね、すみません」

 

「いえ、不安な気持はよくわかります。私も師匠に縛り付けられていた頃は同じ気持ちでしたから」

 

「先生、あなたの味方はもう千雨さんだけじゃないでしょう? 私達がいる、魔法先生だって手を貸してくれるはずです」

 

「うん、うちも役に立てるよう頑張る!」

 

「わ、私もせんせーのお役に立てると……思います」

 

「私は魔法を知ったのはこの前アル、けど私だって先生を守るぐらいはできるアルよ」

 

「俺っちだって、役に立てることぐらいはあるはずでさぁ!」

 

ネギはハッとなった。自分はずっと皆と戦っていたつもりだった。だが、自分は千雨を一番頼りにし、そして頼り切りにしてしまっていたのだ。本当の意味で、皆を信頼していたわけではなかった。

 

(……僕は、ずっと千雨さんに頼りすぎだったのかもしれない)

 

辛い時、苦しい時。いつも隣には彼女がいた。彼女がいてくれたから自分はこうしてここにいれるのだと。だが、逆に彼女はどうだったのだろう。自分は彼女に何をしてやれた。

 

それ以上に、本当の意味で信頼を向けていなかった仲間たちはどうだ。こちらはなお酷い。信頼を向けてくれていた相手に、自分は心から応えることをしていなかった。これでは、仲間をただ利用しているだけではないか。

 

「先生、私達はそんなに頼りないですか?」

 

それでも、彼女らは手を差し伸べてくれている。ネギは、その信頼に応えたいと思った。

 

「いえ……さっきの言葉、撤回させてください。お願いです、どうか僕に力を貸してください!」

 

「はい、これからもよろしくお願いします。先生」

 

そう言って、刹那は彼の手を取って柔らかく微笑んだ。

 

 

 

 

 

「目下問題なのは、氷雨が何をしてくるかですね」

 

「師匠にちょっかいをだすことはありえないでしょう。いくら同じ幹部格とはいえ、年季が違いますし」

 

「やっぱり、クラスメートに何やする可能性が高いやろなぁ……」

 

今後氷雨がどう動くかについて、あれこれと思索する一同。氷雨は桜通りの幽霊事件でネギ達に邪魔をされたことをかなり根に持っている。組織がこちらを殺すことを厭わないと分かった以上、氷雨が恨みを晴らすために行動する可能性は高かった。

 

「何とかして千雨さんの体を取り戻せないでしょうか……」

 

一番の問題は、氷雨が千雨の体を乗っ取っているということだ。肉体が千雨本人である以上、迂闊に手出しをすることができない。

 

「あ、あの……」

 

すると、のどかがおずおずと手を上げた。

 

「実は……霊子さんから預かっていたものがあって……」

 

彼女はカバンから、小さな箱を取り出した。カーキ色をしたシンプルな宝石箱と言った具合だ。のどかが開けてみせると、中には何個かの指輪が入っていた。色とりどりの宝石のきらめきが美しい。

 

「ほえー、綺麗アルなー」

 

「精神防壁を張れる指輪だそうです。万が一、精神支配をされないようにって、以前渡されていたんです」

 

「師匠が……」

 

夕映は一つを摘みとり、よく観察する。確かに、魔力が通っていることがわかる。なんらかのマジックアイテムであることは間違いないだろう。

 

「普段からこれを身に着けておけば、何かされそうになっても大丈夫だって……」

 

「ありがたい事ですね、また以前のように体を乗っ取られるといった事態は防げそうです」

 

体を乗っ取られるということは、イコールそのまま敵戦力の増強と人質をとられることだ。その可能性が潰せるのは大きなアドバンテージだろう。

 

「はめる場所が決まってるらしくて……右手の薬指がいいそうです」

 

「のどかー、これはめてみてもええ?」

 

木乃香から身につけていいかと聞かれ、のどかは小さく頷く。許可を得た木乃香は、早速指輪を右手の薬指にはめようとして。

 

バシィッ!

 

「へ?」

 

突如飛来した魔法の矢に、その指輪を弾き飛ばされた。

 

「っ!?」

 

「誰だっ!」

 

いきなりの出来事に、一瞬頭が真っ白になった木乃香と、即座に臨戦態勢に入る刹那。古菲も同様である。そしてネギ達もまた、それに一瞬遅れて身構えた。

 

(さっきの魔法、たった一発の魔法の矢ではあったけど……恐ろしいコントロールだった……)

 

基礎魔法に関して言えばネギもそれなりに自信はあるし、先ほどのと同じことをしろと言われれば、恐らくはできるだろう。だが、それは修行で魔法の練度を高めたからこそであり、一般的な魔法使いがやれと言われても無理と答えるのが普通だ。

 

つまり、少なくとも魔法を放った相手は、修業を経て強くなった自分と同等か、それ以上の魔法使いということになる。

 

「…………」

 

額から一筋の汗が流れ出る。魔法が飛来してきたであろう教室の入口を、じっと睨む。

 

「まいった、降参だヨ」

 

聞こえてきたのは、聞き覚えのある少女の声。この場にいる誰もが知っている人物であり、しかし殆どが関わりを持たない者。

 

「今の声は……」

 

そして唯一、太いつながりを持っている古菲が驚愕で目を見開く。何故ならその声の主は、魔法などというものに一番関わりの薄そうな人物なのだから。

 

「いやぁ、驚かせてすまないネ」

 

そんな言葉とともに、彼女は物陰から出てきた。

 

「ちゃ、超さん!?」

 

顕になったのは、彼女たちのクラスメートである超鈴音であった。

 

 

 

 

 

「先ほどの魔法……あれは貴女のもので間違いないですか?」

 

未だ警戒を解かない刹那の言葉に、しかし超鈴音は笑顔を絶やすことはなく。

 

「いかにも、あの魔法は私が放ったものに相違ないヨ」

 

「じゃあ、超さんは魔法使いなんですか……? でも、魔法先生から超さんが魔法使いなんて聞いてないし……」

 

「それはそうだヨ、だって私が人前で魔法を使ったのは今のが初めてだからネ」

 

「……隠していた、ということですか」

 

魔法が使えるという事実を態々隠していた理由は分からない。だが、それをなぜ今になって明かしたのかが気になる。

 

(万が一組織側の人間だとすれば、厄介なことになるです)

 

魔法の操作技術の高さは夕映もあの一瞬で理解していた。小さな指輪を摘んでいた木乃香へ、不意打ちとはいえ刹那ですら反応できない速度で正確無比にぶつける。熟練の魔法使いでもそう簡単にできる芸当ではない。

 

【どう思うです? 刹那さん】

 

【あまりにも疑わしいと言わざるを得ない、ですね】

 

互いに念話を使いながら、目の前の人物について意見を交わす。二人の見解は概ね怪しい人物というもので一致していた。

 

「そう警戒しないで欲しい、私は敵じゃあないヨ」

 

超はゆっくりと、そう語りかけながらネギ達へと近づいていく。

 

「ストップです。今この状況で、貴女は信用ができません」

 

「ふーむ、さすがにかの魔女の弟子だけあるネ、クラスメート相手でも警戒を怠らないカ」

 

「……師匠のことまで知っているですか」

 

「そりゃあネ、彼女は有名人だ。知らないほうがおかしいと思うけどネ」

 

これではっきりした、少なくとも彼女は魔法世界にも関わりのある人物だと。魔法世界の情報は現在容易には手に入れられない。まほネットですら制限をかけている状態なのだ。これは魔法世界に深く食い込んでいる『夜明けの世界(コズモ・エネルゲイア)』によるものだと、彼女の師は言っていた。

 

「場合によっては、拘束させていただきます」

 

不意打ちで攻撃をしてくる相手である以上は、それ相応の対応をする。戦闘において即断即決は非常に重要であることを刹那はよく理解していた。

 

「ちょ、ちょっとまって欲しいアル」

 

一触即発といった状態だったが、それに待ったをかける人物がいた。古菲である。

 

「超は確かに胡散臭いとこはあるけれど、かといって理由なく人を傷つけるような人柄ではないアル。ここは、一つ話し合いをすべきだと思うアルよ」

 

この場で最も超と親しい彼女から、そんなフォローが入った。だが、それはあくまで古菲の個人的な交流からくるものだ。刹那を納得させる材料としては厳しい。が、今度は木乃香がその古菲の言葉に賛意を示した。

 

「うーん、うちもそうしたほうがええと思うわ。何か、事情があるかもしれんしなぁ」

 

「……分かりました。そういうことであれば、皆さんにお任せします。私は交渉事といったものは苦手ですので」

 

お嬢様がそう言うならばと、刹那は剣を下げる。無論、警戒は怠らず。いつ何があってもいいように臨戦態勢を維持したままだ。

 

「一つ聞かせてください。超さんは奴ら側の人間ですか?」

 

ネギが超に尋ねる。敵対者であるならば、相手が自分の生徒であろうと戦う覚悟である。ここで迷えば、また千雨のように犠牲者が出てしまうかもしれないのだから。

 

「決断をあせらないで欲しいヨ。私は敵じゃないとさっき言っただろウ?」

 

「この状況で疑うな、という方が無理があると思うですが」

 

「それもそうカ、しかし今疑うべきは私ではないと言わせていただくヨ。むしろ……」

 

どういうことだと、夕映は訝しむ。自分から疑いを逸らすためだとすれば随分と稚拙だ。学園一の頭脳を持つ彼女がそんな子供だましみたいなことをするとは考えにくい。ならば、本当に彼女の言うとおり疑うべき人物がここにるというのか。

 

「……超さん、それは根拠があってこその言葉ですよね? そうでなければ、僕は怒りますよ」

 

ただでさえ千雨が乗っ取られてしまったという事実があとを引いているのに、更に互いを疑わせるかのような言動はさすがのネギも看過できなかった。

 

「根拠ならあるヨ。その指輪が何よりの証拠なのだから。だろウ? 宮崎サン」

 

「えっ……?」

 

口角を釣り上げ、不敵に笑う超。その視線の先には、のどかがあった。

 

「馬鹿な、のどかが疑うべき相手だというのですか!」

 

「信じられませんね……」

 

疑いの目で見る夕映と刹那。特に、夕映は親友であるのどかを疑うべきだという超に対して更に険しい顔となった。

 

「よく考えて欲しいヨ。まず、魔法具を渡す相手がなぜ宮崎さんなのカ、普通ならば弟子である綾瀬さんかネギ先生に渡すものじゃないかネ?」

 

「む……確かに、宮崎さんに渡す理由はあまり思い当たりませんが」

 

「逆に言えば別に誰に渡しても同じではないですか? 私達の誰かに渡そうが、後で配れば問題ないのですから」

 

彼女の言に惑わされはしないと、努めて冷静に反論する。

 

「まあ、そうとも言えるネ。しかし、第二になぜ今までそれを黙っていたかということがあるヨ。ネギ先生が退院するまで一週間もあったというのに」

 

「いう必要がなかったと考えるべきでしょう。ネギ先生が戻ってきてからでもいいはずです」

 

「そうかナ? 話を聞かせてもらっていたが、精神防壁を張れる、魔法具なんて先に渡しておいた方がメリットが大きいと思うけどネ?」

 

「うっ……」

 

「そもそも、彼女は一体いつそれを手渡されたんだイ? 1週間より前なら先生がいるし、1週間内であれば君たちは図書館島の地下には入れないはずだヨ。封鎖されていたのだからネ」

 

そう、時期から考えるとのどかが霊子から渡されたという日時が不明瞭となる。1週間より前ならば手渡されていないほうがおかしい。かといって、1週間以内ならば霊子は事情聴取と万が一のためにと図書館島地下へ通じる道が全て封鎖されていた。

 

会えるはずがないのだ。あんな事件が起こったあとなのだから。

 

「本当にその指輪、精神防壁の魔法具なのかナ?」

 

一般的に、婚約指輪は右手薬指に、結婚指輪は左手薬指につけるとされている。これは、かつて薬指には心臓に繋がる太い血管があると考えられ、そこにつけることで互いの絆を証明するとされた名残である。

 

だが、それゆえ呪術的、魔法的に薬指は心臓と精神に繋がる重要な指として、名前を呼ぶことを忌避して名無し指などとも呼ばれるようになった。これは、名前を知れば相手を支配できるという考え方からだ。世界的に見ても、薬指は名無しの指とされる場合が多いのだ。

 

「右手の薬指につける? 呪術的に忌避される指を指定するなんて、まるで支配するための条件じゃないかネ?」

 

「あ、う……」

 

追いつめられるかのように、のどかは一歩、二歩と後ずさりする。目尻には涙が浮かび、怯えたように体を震わせている。

 

「さあ、答えてもらうヨ。それをいつ、どうやって手に入れたのかナ?」

 

超の追求に、のどかは無言で俯いてしまう。

 

「ちょっと、超さん! いくらなんでも言いすぎです!」

 

「うちもやり過ぎやと思うで」

 

いくら疑わしいものがあるとはいえ、これはさすがにやり過ぎだと感じたネギと木乃香が超へと抗議する。

 

「なんだったら、疑いを晴らすために、柳宮霊子に連絡をするといい。後ろめたいことがないならできるはずだろウ?」

 

「それは、そうですが……」

 

一方で、刹那はほんの僅かだがのどかから何か怪しげな雰囲気を感じ取っていた。

 

(何だ……? この、胸をざわつかせるかのような感じは……)

 

まるで、自分の中に巣食うどす黒いものと似たような感覚。のどかかから感じられるそれが、もう一人の自分を想起させるように感じた。

 

「……はぁ、まさかとんだ横槍が入るなんてなぁ……」

 

 

 

 

 

のどかの震えが、止まった。俯いていた顔を上げ、のどかは笑みを浮かべた。だがそれは、普段の優しさを感じさせるやわらかなものではなく、鋭く、そして冷たい笑みであった。

 

「なっ、のどか。認めるということですか!?」

 

「え? そうだとすればどうするの?」

 

普段ののどかとは違う、まるでそっけない言葉に夕映は絶句した。いつもののどかを知る夕映からすれば、絶対に彼女がするような話し方ではない。

 

「やっぱり、正体を表したネ」

 

「正体? 何言ってるの、私は最初から私だよ? ねえ、夕映?」

 

浮かんでいる笑みが、まるで貼り付けたかのような能面の如き笑い方だった。違う、これはいつもののどかではない。夕映は即座に理解した。

 

「アハハハ、ねえ夕映。なにか言ってよ、私達親友でしょ?」

 

「の、のどか……」

 

親友の激変ぶりに、夕映は思わずたじろいだ。何かの間違いであって欲しかった、親友があんな恐ろしい笑い方をするなど。

 

「完全に支配されてしまっているネ」

 

「支配されている、とは?」

 

「彼女は自分で自分の人格を別人のように支配してしまっているんだヨ」

 

「そんな……!」

 

それはまるで、自分の中にいるもうひとりの自分と同じではないか。あるいは、夕映が世界の裏側と接続した際と同じ状態とでも言えばいいのだろうか。

 

(馬鹿な、彼女はあのような状態になる縁なんて持っていないはず……!)

 

「それにしても、なんでバレちゃったのかなぁ。私が私を手に入れたのは今日なんだけど」

 

「さぁて、どうだったナ。案外未来予知でもしたのかもしれないしれないヨ?」

 

互いに睨み合いを続ける二人。ネギ達も、驚愕と警戒で動くことができないでいた。

 

「のどかさん、一体何があったんですか……!」

 

彼女を正気に戻そうと、ネギはのどかに何があったか聞き出そうと試みる。

 

「それはねぇ……私、先生がもう好きで好きでたまらなくて……千雨さんが消えてくれたのがすっごく嬉しかったんです。そして、千雨さんがいない今こそ、先生を独り占めしたくなっちゃったの」

 

「なっ……」

 

だが、返ってきたのはネギの心をざわつかせるような言葉だった。普段の優しげな彼女からは想像もつかない、他人の不幸を喜び、それをチャンスと捉えているかのような言葉。

 

「ずーっと、先生は千雨さんばっかり見てたんだもん。羨ましくて羨ましくて、狂ってしまいそうだったんです」

 

無邪気に微笑んで見せるのどか。しかし、その笑顔にはどこか薄気味悪ささえ感じられ、あまりにもまじりっけがなく純粋すぎた。

 

「だから、さっきの指輪で皆人形になってもらいたかったんだけど……こんな横槍が入るなんて思わなかったなぁ」

 

そう言いつつ、超を睨む。

 

「やはり、それは精神を封じ込める呪具の類だったカ」

 

「封じ込めるって……」

 

「氷雨、もとい大川美姫の一人格が封じられていたペンダントとおなじだヨ。精神、或いは魂をあの宝石の中に封じてしまえる代物だネ」

 

それはつまり、ペンダントに意識を封じ込められ何もできない状態にされるということ。氷雨の場合は千雨に寄生して仮の肉体を得たが、そうでない場合は自分では何もできない状態である。ネギは、背筋に薄ら寒いものを感じた。

 

「しかし参ったネ、思った以上に強力な暗示が施されているヨ。これでは解除は難しい」

 

「する必要すらないとは思わないんですか? 今の私、すっごく気分がイイんですし」

 

「そうはいかないヨ。クラスメートに危害を加えようとしている以上、見過ごすわけにはいかないネ」

 

そう言うと、彼女は目にも留まらぬ速さでのどかへと肉薄し、拳をつきだした。

 

しかし。

 

「むっ、これは……」

 

攻撃が到達する寸前で、のどかの姿が掻き消えたのだ。

 

「転移魔法符カ、逃げられてしまったネ」

 

そう言うと、彼女は一度の深呼吸をして構えを解き、自然体へと戻った。ネギ達は、未だ少々の混乱が残っている。当然だろう、あまりにも色々なことが起こりすぎて理解が追いついていないのだ。

 

なぜのどかはあんな状態になってしまったのか。それをなぜ超が知っていたのか。そして、超はそもそも何者であるのか。

 

「あ、あの超さん」

 

「ストップだヨ、ネギ先生。今ここで私に質問を投げかけたところで、頭の整理がついていない状態では相互理解など不可能。話をするならば後日、とさせて貰うヨ」

 

こちらがまだ動揺していることを見抜かれている。それだけで、今の状況ではネギ側が不利だ。

 

「大丈夫、私も皆に色々と話すべきことがあるからこのまま口を閉ざすつもりはないヨ。明日の放課後、また改めて話をしようじゃないカ」

 

「……分かりました。ですが、その際にはしっかりとお話を聞かせてください」

 

その返答に対し、超は笑みで返して空き教室を後にした。

 

「一体、何が起こっているんやろか……」

 

「もう色んなことが起こりすぎて頭がこんがらがってきてるアルよ」

 

「超さんを信用していいのか、少々不安でもありますね……」

 

目まぐるしいまでに二転三転した出来事に、彼女らもようやく頭が追いつき始めたらしい。一体何が起こっていたのかを、冷静に分析しようとするぐらいには冷静になっているようだ。

 

「……少なくとも、一つだけ分かっていることがあります」

 

苦虫を噛み潰したかのような顔になるネギ。理性では理解しつつも、感情では納得ができていないのだ。認めたくはない事実だが、しかしそれで現状が変わるわけではないこと。そして、その分かっている事実を話し、皆に認識させなければいけないことを。

 

「もうのどかさんは、僕達と敵対してしまうということです」

 

 

 

 

 

「どういうことだ、なぜ宮崎のどかのことを超鈴音が知っていた?」

 

遠目から様子をうかがっていた氷雨は、怪訝な顔になる。一体どこから情報が漏れたというのか。

 

「マスター、センサーで辺りを確認してみましたが、付近には怪しい人物や機械などは見当たりません」

 

「そうか、ご苦労」

 

従者の仕事ぶりに満足する氷雨だが、ふと彼女が葉加瀬聡美と超鈴音の合作であったことを思い出す。

 

「……ところで茶々丸、お前を作ったのは葉加瀬聡美だったが、その設計には超鈴音も関わっていたな。まさかとは思うが……」

 

「いえ、私はマスターのことに関しては全て情報をシャットアウトできるようにプロテクトを施してあります。私からマスターの情報を抜くといったことは恐らく不可能かと」

 

茶々丸の言葉に、自分の最も信頼する従者を疑ってしまったことを内心反省する。何を馬鹿な事を言っているのだと。

 

「そうか、お前は私の忠実な下僕であり道具だ。お前の言葉を信じよう、茶々丸。疑ってすまかった」

 

「いえ、製作者と最も近しい者が私なのですから、マスターが疑われるのも当然のことかと」

 

「……しかし、だとすればなぜ、奴は私の企みを知っていたんだ? 一体どうやって……」

 

謎は残ったままだ。こちらの動きをまるで、知っていたかのようなタイミングのよさ。学園一の頭脳を誇るだけあり、強かであることは間違いないだろうが、それにしてもおかしい。

 

「奴のことを調べる必要があるか……」

 

「マスター、そろそろ夜の巡回が始まる時間です。あまり長居はされないほうがよろしいかと」

 

「そうだな、とりあえず今日はここまでにするとしよう。何、どうせ奴らでは宮崎のどかの暗示を解くことなど不可能なんだ、じっくり追い詰めてやるとしよう」

 

 

 

 

 

「ファーストコンタクトは上々、といったところだネ」

 

自らの研究室へと戻り、一息ついていた超はひとりごちた。今のところは、彼女の描いた計画の絵図通りに進めることができている。だが、油断はできないだろう。計画とは往々にして、イレギュラーの発生によって崩れ去ることがままあるのだから。

 

(まあ、このまま全てがうまくいくとは思っていない。それならそれで、計画の一部を組み替えていけばいいだけだしネ)

 

自分の目的を成就させるため、なんとしても失敗させるわけにはいかない。そもそもが、自分が反則じみた(・・・・・)行為(・・)をしているのに失敗しましたでは、マヌケも同然だ。

 

「はあ、肩が重く感じてしまうネ。心なしか腰も痛む気がするヨ」

 

「随分と錆びついたことを言うな。おまえもまだまだ若いだろうに」

 

背後から、そんな言葉が超へと投げかけられてきた。声のした方へと顔を向ければ、影からその声の主が現れた。

 

「それだけ苦労しているということだヨ。それに、見た目の若さを考慮するなら貴女のほうがよほど子供らしくはないと思うけどネ」

 

「喧嘩を売っているのか?」

 

見た目のことを指摘され、その人物は言葉に少々怒りをにじませる。だが、彼女を知る者であれば超の言葉はあまり的外れではないと思うものが殆どだろう。長身に色黒の肌、鋭い鷹のような目に鍛えられた肉体。どう見ても少女のそれといった風ではない。

 

「気にしているなら、魔法薬でも取り寄せてあげようカ? 体を成長させたり幼く見せたりできる不思議な飴玉だヨ」

 

「いや、いい。そこまでして変えたいとまでは思っておらんよ」

 

「それで、何か用かナ。龍宮真名サン?」

 

超と同じ、3-Aクラスメンバーである龍宮真名は手近な椅子にどっかりと座る。

 

「いや、少々気になっていたことがあるんでな」

 

「それを聞きに来た、というわけカ」

 

「ああ。宮崎のどかのあの感じ、私のよく知る奴とかなり似通ったオーラを発していた。あれは、何だ?」

 

真名にとって、忌むべき相手であり、怨敵の一人である人物。それと似たようなものを、物陰から観察していた真名は感じ取ったのだ。

 

「ああ、あれカ。彼女、読心のアーティファクトを持っていただろウ? そもそも彼女がああなってしまったのは、そのアーティファクトに隠されていた心を支配する能力を使われてしまったのだヨ」

 

「ふむ。それも、知っていた(・・・・・)ことなのか?」

 

「まあ、そうかもしれないとだけ行っておこうかネ」

 

目を細め、超を見る。厳密に言えば、真名にとって彼女はあくまでもビジネスパートナーだ。金払いもいいし信用できる人間ではあるから手を貸してはいるが、どうにも出処が不明な情報を数多く持っていることは気にかかる。

 

「……話を戻すが、彼女のアーティファクトに本来そんな能力は備わっていなかったんだヨ。それが付与されてしまった原因は、修学旅行の時に明山寺鈴音の心を読んでしまったかラ」

 

「……なる程な。以前お前が言っていた世界の裏側とやらに、奴を通じて擬似的に接続してしまったというわけか」

 

「まあ、ごく短い時間だったおかげでほとんど変質はしなかったみたいだけど、大川美姫はその僅かな変質に気づいて能力を行使したみたいだネ」

 

伊達に『夜明けの世界』で幹部をやっているわけではないか、と真名は少し感心した。今の話を聞く限り、彼女は魔法具の扱いに関して言えば天才的と言える。他人のものであるアーティファクトをそこまで使いこなすなど、熟練の魔法使いでも不可能だ。

 

新人ゆえの情報の少なさ、経験不足からくる詰めの甘さや実力の低さから、真名は彼女をそこまで脅威になるとは思っていなかったのだが、認識を改める必要があると感じた。

 

「ところで、そちらの方も準備はできているかネ?」

 

「ああ、問題ない。しかし、あの弾丸は中々の代物だな。学園祭の最中にしか使えないのが痛いが」

 

「だからこそ、この時こそが我々にとっての最大のチャンスなんだヨ。奴らがここにくるこの期間こそがネ」

 

そう言うと、目の前においてあるパソコンのモニタへと視線を移す。そこには、金髪碧眼の少女と、黒髪黒目の少女の画像が表示されていた。

 

「さあ、勝負といこうじゃないか我が宿敵。かつて超えることができなかったお前を、今こそ私は超えてみせるヨ」


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