二人の鬼   作:子藤貝

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心は見えない、心は触れない
だからといって、存在しないわけではないのだ


第六十一話 触れ得ぬ心

翌日の放課後。超はネギ達を自らの研究室へと招いていた。昨日のように学校施設内で話をすると、どこからか筒抜けになってしまう可能性を考慮してのことだ。その点、彼女のラボは最先端技術や理論が溢れ返るゆえ、防諜のために様々な対策が施されている。

 

しかし、同時に敵か味方かわからない相手と一時的に孤立状態で話し合いとなるわけでもある。彼女のラボである以上、どんな機器が仕込まれているか分かったものではない。迂闊な発言は避けていくべきだろうと、夕映は目の前の超を見つつ考えていた。

 

「さて、まずどこから話していくべきカ……」

 

顎に手を当て、少々困ったように苦笑する超。一方のネギも、頭のなかではどんな質問を投げるべきか、またどこから話をぶつけていくべきか悩んでいた。

 

(彼女がどの程度のことを知っているのかは分からない。だが少なくとも、あの組織について知っていることは間違いなさそうだ)

 

夜明けの世界(コズモ・エネルゲイア)』。魔法世界を今なお震撼させる邪悪の根源。その幹部格たる氷雨を、超は何かをしでかそうとしていると事前に察知していた。それはつまり、彼女が氷雨を警戒していたからであり、それがどんな人物であるかを知っているから以外には起こし得ないアクションだ。

 

「まあ、まず妥当なところからいくとしようかネ。私が何者で、どんな意図であの割り込んでいったのかを話すヨ」

 

(いきなり……! つまり、開示すること自体彼女にとっては大した不利益にはならないということか)

 

ネギたちにとっては一番知りたかった情報ではあるが、彼女はまるで安売りするかのように一番最初にその情報を明かすと提示してきた。つまりは、彼女にとっては知られたところで痛くもなんともないことだというわけだ。

 

(今まで隠し通してきたはずの情報なのに何故……)

 

夕映も、彼女の意図を掴めないでいた。ネギという魔法使いとして大きな才覚を持つ人物がいながら、また魔法先生たちの目をかいくぐり続け、魔法使いであることを秘匿し続けてきた彼女が、なぜ今になってそれを平然と話すのか。

 

「一つ言っておくがネ、これを話すのはあくまで先生たちが信用できるからだヨ。明確にあの怪物たちと敵対していることが分かっている数少ない人物だからネ」

 

「……なるほど」

 

彼女の言葉に頷きつつも、夕映は決して気を緩める事はしない。自らの秘を、信頼できるから晒すなどというのは、ある種の甘言と同じだ。表向き信頼をしているように見せかけ、そこから相手の情報を引き出そうとする際の常套句である。

 

「まず、私が何者なのかという部分だネ。正直、あまり信じてもらえないかもしれないガ……」

 

そして、彼女の口から告げられたのは、あまりにも衝撃的なものだった。

 

「私は、未来を視る力があるんだヨ」

 

 

 

 

 

「未来を見れるって……」

 

「正確には、未来に起こるであろう可能性を見ることができる、というべきカ」

 

普通であれば、何を馬鹿馬鹿しいことをと一蹴できただろう。あるいは、ふざけているのかと怒りの言葉がついて出たかもしれない。だが、それを否定できない要素を、ここにいるメンバーは知っている。

 

「未来視の力……」

 

「ありえなくはない、ですね」

 

「そうっスねぇ……」

 

そう、魔法である。事実、未来をみることができる者は、魔法使いたちからすれば有り得なくはない話なのだ。何せ、ネギの幼馴染が得意としていた占いも、実はこれに分類される魔法である。尤も、本当に未来が見えるというわけではなく、あくまで起こりうる可能性を提示できるぐらいであり、かなり漠然としたものしかわからないのだが。

 

「魔法ってホント何でもありなのね……」

 

アスナが感心したような声で言う。

 

「といっても、そこまで使い勝手のいいものじゃないヨ。私の場合、寝ている時稀に未来をみることができるぐらいサ」

 

(……なるほど、仮に彼女の言葉が本当なら、超さんは予知夢を見たわけか)

 

夢見の魔法があるように、夢で未来を見通すことも珍しいことではない。正夢がそれに当たり、一般人でも無意識のうちに発動してしまうことが多い。とはいえ、大抵の場合それは魔法ではなくただのデジャヴであることが多いし、実際に魔法でできるのは、ほんの少し先の未来を見れるぐらいだ。

 

「私の場合、その少ない頻度のものが厄介な代物でネ。時間軸はバラバラだガ、決まって私やその周囲に大きく危険を及ぼすかもしれないものが見えてしまうのサ」

 

「危険が及ぶもの……ってまさか!」

 

「そう、私は昨日の出来事を夢で予知してしまったんだヨ。3年以上も前からネ。加えて言えば、私が見た予知夢の殆どはちょうど今、この時期を中心としていたんだヨ。麻帆良学園祭を中心としたネ」

 

ネギは、驚きで思わず目を見開く。何せ、生徒名簿によれば彼女がこの学園へやってきたのが約2年前。つまり、関わらないようにしなければ回避できたはずの未来であり、阻止しようとすればできたはずの未来でもあるのだ。

 

「しかし、なぜ……」

 

「おっと、誤解はして欲しくないネ。先生は今、『どうしてもっと早く手を打たなかったのか』、そう口にしようとしただろウ?」

 

彼女の言葉に、とっさに出かかった言葉を飲み込む。完全に思考を読まれている。今この場を支配しているのは、間違いなく彼女だ。

 

「確かに、回避すれば巻き込まれないと考えるのが普通だヨ。実際、初めはなんとかその未来へ繋がらないようにしようと考えていたサ」

 

「……今はそうではない、と?」

 

「ああ、そうだヨ。そうしたくてもできない理由があったのサ」

 

「できない理由、ですか?」

 

「さっき厄介と言った、この予知夢の問題点はもう一つあってネ。私は時折、前の夢とは別の未来も見てしまっているのだヨ」

 

曰く。彼女は分岐した先の未来をも見てしまったのだという。そして、その夢では氷雨をネギ達が事前に打ち倒し、千雨も無事であったらしい。だが、その先は最悪の結末だった。

 

「君たちが氷雨と呼ぶ彼女によって、この学園は壊滅させられていたヨ。最後の最後、彼女が隠し持っていた魔法具によってネ」

 

「そんな……いや、そういえば……!」

 

彼女の言葉で、ネギは『桜通りの幽霊事件』を思い出す。あの時、彼女は追いつめられた際に何らかの魔法具を発動しようとしていた。その魔力は、麻帆良学園そのものを消し飛ばしてしまえるほどのものだった。

 

「だからこそ、私は必要以上に彼女へと接触しなかったんだヨ。けど、昨日はそうじゃなかったから介入した。いや、しないとまずかったんだヨ」

 

昨日に関する夢には、別の未来はなかったが続きがあった。のどかによって操り人形にされたネギ達は、氷雨の悪事を手伝わされたらしい。そして最後には、口にするのも躊躇われるような末路をたどるという。そしてそれは、この学園全体も同様だというのだ。

 

「私はそれを回避するために、あらゆるツテを使って魔法について調べた。まほネットにハッキングをかけて、情報を抜き出すことに成功し、奴らの詳細を掴んだんだヨ」

 

そして、麻帆良へとやって来てことの推移を見守っていた。今年に入り、組織がネギたちを中心とした何らかの計画を実行しているのも知っているという。

 

(怪しくないわけではないですが……しかしどれも話の筋は通っているです。加えて、まるで最初から知っていたかのように行動した彼女の理由づけとしてもおかしな点はない)

 

冷静に分析する夕映。しかし、だからといって完全に信用できるとはいい難い。組織の人間かどうか信頼できるか分からないという理由で静観していたらしいが、むしろその予知夢のほうを信じて行動しないという点で、どうにも胡散臭さを感じていた。

 

「……話はわかりました。ですが、やはり僕には貴女を信用する理由がない」

 

それは、どうやらネギも同じだったらしい。彼女の言葉には、納得させるだけのものがないのだ。今までの全てが嘘だとすれば、それこそ彼女の思う壺になりかねない。

 

「そうカ、それならそれで別にいいヨ。目の前の問題を解決できるのならネ」

 

ネギの言葉を受けて、超は拍子抜けするほどあっさりと手を引いた。これには、さすがに夕映も困惑を顔に浮かべていた。彼女は、我々の協力が欲しくてこうして話し合いの場を設けたのではないのかと。

 

「どうして、という顔をしているね綾瀬サン。私は別に、完全に信用し貰おうなんて初めから考えてはいないんだヨ。何せ魔法使いとしての私は、君たちとある意味で初対面なのだかラ」

 

彼女にとって、予知夢で見た未来を回避することこそが第一。それさえ何とかなるのであれば、どちらに転ぼうと彼女にとっては問題がない。

 

「互いを利用し合う関係であろうと、少なくとも敵にならないなら十分な利がある。まあ、私は私で好きにさせてもらうということサ」

 

「……分かりました。今は、そうすることにしましょう。協力し合うにしろ、僕たちはお互いを知らなさすぎます」

 

「うん、頭から話を信じ込むような愚かさよりも、疑ってかかる賢しさの方が私には好ましいヨ。だから、君たちに一つだけ情報を与えるよ」

 

人差し指を立て、ニコリと笑う超。

 

「先日の悪魔襲撃の一件で分かっていると思うガ、もう君たちは、組織にとって後生大事に守る必要のある段階を超えたと判断されている。殺す気で襲い掛かってきたわけだからネ」

 

「ええ。氷雨も多分、そうするでしょうね。彼女は僕を相当に恨んでいるはずですから」

 

自分が担っていた計画の一部を台無しにされてしまい、ペンダントに封じられながらも体を乗っ取ろうとしたことから窺い知れる、恨みの深さ。千雨の肉体を得た今こそ、彼女が復讐を果たす絶好の機会だろう。

 

「彼女には気をつけたほうがいいヨ。そして、彼女本来(・・・・)の肉体(・・・)に関しても」

 

 

 

 

 

話が終わり、部屋を退出したネギ達。今後について、一度魔法先生や柳宮霊子を交えて話をすべきか考えていたところ。

 

「あ、私このあと用事があるから先に行かせてもらうアルよ!」

 

「え、でも一人で出歩くのは……!」

 

「『超包子(チャオパイズ)』で手伝いをするだけアル! そっちこそ一人で帰るなんてしないようにアルなー!」

 

古菲はそう告げると、早足で去っていた。窓の外を眺めれば、既に日は完全に没する前。学園祭前であるためまだまだ人通りも明かりも多いが、あまり遅くなるのはよくないだろう。

 

「じゃあ、今日はこのまま帰るとしましょうか」

 

「そうですね、修行時間を取ろうにも門限ぎりぎりになってしまうのは不味いでしょうし」

 

「時間がない、というのが本当に問題です……」

 

学業と魔法修行の両立というのは難しい。夕映が成績不振になったのも、魔法修行で勉学が疎かになったことが原因である。尤も、その時は霊子と親友との板挟みによって精神的に参ってしまっていたこともあるのだが。

 

(さすがにこのまま低飛行を続ければ師匠に怒られるのは間違いないです……!)

 

仮にも魔法世界では最高峰の叡智を有すると言われた魔女の弟子が、赤点ギリギリ続きなどというのは色々とマズい。下手をすれば、そっちの方面でもあの魔女からスパルタ特訓を課されかねない。

 

『この私の弟子が、馬鹿で務まるなんて思われたくないわ。その脳髄によーく刻みつけられるようきっちり指導してあげましょう?』

 

(そ、それだけは絶対に回避せねば……)

 

想像するだけで体が小刻みに震えてしまう。まずいことに、成績優秀者である親友は操られているせいで頼むことができない。地道に勉強するしかないと、密かに決意する夕映だった。

 

「んじゃー帰りましょうか。私もうお腹減っちゃって」

 

「んー、でも冷蔵庫の中身、殆ど空だったはずや」

 

「今から買いに行くとなると、ここからでは遠いですね……」

 

「じゃあどっかで食べていきましょう。皆はどうする? 一緒に行く?」

 

一緒に行く者がいないか確認を取るアスナ。すると、全員が賛成の意を示してきた。

 

「私も同伴するです。自分で作るのは得意ではないですし、どこかで済ませようかと思っていたところです」

 

「私もご相伴させていただきます」

 

そうして、とりあえず近場にある店へと入ろうと周辺を探していると。

 

「あ、『超包子』だ」

 

「丁度いいですね。あそこにしましょう」

 

『超包子』は車両を改造した移動式の店である。言うなれば屋台の一種であり、特定の場所にローテーションで移動して営業している。特に、今は学園祭の準備期間ということで客入りもいつも以上であり、相当に人で賑わっていることが遠目でもよくわかった。

 

[いらっしゃい]

 

微笑みながらそう言ったのは、3-Aメンバーでありネギの生徒の一人。四葉五月である。中学3年制とは思えないほど落ち着いた雰囲気と態度、しっかりと地に足がついたものを感じさせ、不思議と安心感を与えてくれる少女だ。

 

「お疲れ様です、四葉さん」

 

[先生もお疲れ様です]

 

「そういえば、古菲さんは?」

 

先に来ているはずである古菲のことを思い出し、彼女へ問いかける。すると、予想だにしない返答が。

 

[くーさんは、今日はお休みですよ]

 

「えっ?」

 

古菲は、彼女はここに来ていないというのだ。ネギは、突然背筋に寒いものを感じた。もし、彼女になにかがあったとすれば。

 

「すみません、僕ちょっと行ってきます!」

 

「え、あ、ちょっと!?」

 

「先に食べててください!」

 

そう言い残して、ネギは来た道を一目散に走り出した。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「よかったのか、あいつらはお前を全く信用などしていないぞ?」

 

柱の陰から、龍宮真名が現れる。先程までの会話の一部始終全てを、彼女は陰から聞いていた。尤も、約二名(・・・)は正体を看破はせずともいるということは分かっていたようだが。

 

「別に信用が欲しいから話し合いの場を設けたわけじゃないネ。あくまで、こちらが彼らの敵対者ではなく味方になりうる存在であると認識させられるだけで十分ヨ」

 

「そういうものか」

 

「まあ、今回は顔見せという部分が大きいネ。本格的に関わるのはやはり、前夜祭が始まる辺りからぐらいだろウ」

 

「随分と悠長だな、もうあまり時間もないと思うが?」

 

「だからこそ、だヨ。私も長年続けてきた計画をつまらないことでおじゃんにしたくはないのサ」

 

焦らず慎重に、事を仕損じてしまっては仕込みも全て水の泡である。そうなれば、彼女の目的は果たしづらくなってしまう。

 

「リカバリーの策はあるが、それを使わないに越したことはないからネ」

 

「……ならばいい。だが、私にも役割は振ってくれよ? 前金だけもらって働かないなど私の矜持が許さんからな」

 

「ああ、それは勿論だともサ」

 

ふと、真名は廊下から足音がしてくるのを感知した。誰かがこの部屋に向かって歩いてくるようだ。

 

「超、誰かここに向かっているぞ」

 

「……さすがに想定していない事態だナ。念のため、隠れておいて欲しい」

 

「ああ、何かあれば私が動こう。ただし、油断はしてくれるなよ?」

 

「愚問だネ。まあ、忠告は受け取っておくヨ」

 

そうして、部屋へ向かってくる何者かを待ち構える超。やがて、ドアが開かれ訪問者の姿が超の目に前に現れる。

 

「……おや」

 

訪問者の姿を見て、超は内心で少しだけ驚く。なにせ、相手は先程この部屋を去ったばかりの人物だったからだ。

 

「何か用かネ、古菲」

 

「…………」

 

彼女の友人であり、ネギパーティの一員でもある古菲がそこにいた。彼女はネギ達と別れたあと、研究棟の反対側に回って別の階段からこちらへ向かったのだ。

 

「一つだけ、一つだけ確かめたいことがあって戻ってきたアル」

 

「確かめたいこと、とハ?」

 

「本当は、ちょっと聞くのが怖いアル。でも、どうしても確かめたいから聞きに来たアルよ」

 

そんな彼女の言葉に、超は知らず、目を細めていた。一体これはどういうことかと。普段のあの快活で脳天気な彼女とは違う、どこか不安や恐れを隠しきれていない表情。こんな顔は、超でも初めて見る。

 

(なんだ、彼女に何があっタ……?)

 

超は相手の顔色から、相手がどんなことを考え、どんな状態であるのかを判別するのが得意だ。それは環境のせいでもあり、あるいはとある事情(・・・・・)のせいでもある。いずれにせよ、彼女が読心までとはいかずとも相手の考えがある程度読めるというのはある。

 

だが、今の古菲は読むことができなかった。一体どんな質問を投げようとしているのか、どんなことを不安に思っているのか。

 

「超、もしかして無理して(・・・・)ないアルか(・・・・・)……?」

 

「…………!」

 

どうして、そんな驚きが彼女の中に満ちた。冷静を装うための笑みが崩れ、目が見開かれる。

 

「……どうしてそう思ったのかナ?」

 

崩れかけたポーカーフェイスを、なんとか塗り固めなおす。次の瞬間には、彼女はいつもの余裕を感じさせる笑みを湛えていた。

 

「んー……なんでと言われると私も分からないアルが……」

 

唸りながら、頭に手を当てて理由について考える古菲。だが、彼女は元来そういった理屈で物事を話すことをしないタイプだ。だから、考えても無駄だとすぐに判断し、率直に自分が思ったことを述べることにした。

 

「なんかこう、いつもと違う感じがしたから、アルな」

 

「……それだけ?」

 

「それだけアル」

 

率直に言って、超にとっては意味がわからなかった。勘で動いているにしても、そこには何らかの理由が付随するはずだ。そして、その理由になるであろう自分の態度も今までを振り返ってみてもおかしな点はない。感づかれるようなヘマをする自分ではないと、自信を持って言えるだろう。

 

超はまっすぐに、古菲の目を見つめる。

 

「つまりは、私のことを心配してくれているってことでいいのカ?」

 

古菲は羞恥心からなのか、少し顔をうつむかせながら無言で首を縦に振った。

 

「……ふふ」

 

思わず苦笑が漏れてしまう。彼女は不器用なタイプだ。それを知っている超は彼女が本当に心配なだけでこんな風になっているのだと理解できた。それが、どこかおかしくて。

 

そのまま勢いよくチョップを彼女の脳天に叩き落とした。

 

「あだっ!?」

 

「全く、らしくない(・・・・・)ヨ?」

 

「らしくないって、私は超の心配をアルなぁ……」

 

「それがらしくないと言ってるヨ。いつも考えるより行動するのが古菲だろうに」

 

頭を抑えつつ、超の指摘を聞く。らしくない、確かにそうかも知れなかった。だが、彼女は超から感じた何か嫌な予感を、振り切りたかったのだ。何か、彼女が遠くへ行ってしまいそうな嫌な予感を。

 

「私の心配より自分のしたらどうかナ? そちらだって私を心配するような余裕はないはずだヨ」

 

「そ、そうアルけど……」

 

「そもそも、私が無理をする程のヘマなんてやらかすかネ? それを一番分かっているのは古菲だと思っていたんだがナァ」

 

つまり、自分のことを一番分かっているのは他でもない、古菲であるのだと超は暗に言ったのだ。それが分からぬほど、古菲は鈍感ではない。

 

「うん、ごめんアル。超の心配ばっかりしてて、自分のことを疎かにするのはよくないアルな」

 

「そもそも心配する必要すらないんだがネ」

 

「そこはまあ、一応親友だからということで納得して欲しいアル」

 

古菲に、いつもの笑顔が戻った。それを見て、超もまた笑みを浮かべる。

 

「いつもの調子が戻ったネ。そっちの方がらしい(・・・)ヨ」

 

「かえってそっちに心配させちゃったアルなぁ」

 

「もう大分遅い、早く帰ったほうがいいネ」

 

「うん、そうするアル」

 

超に促され、ラボ唯一の出入り口であるドアへ向かい、ノブに手をかける。

 

「古菲」

 

部屋を出る直前、呼び止められる。

 

「一応、お礼は言っておきたい。ありがとう」

 

「こっちこそ、アルよ」

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

心配して彼女の元へと戻ってみたが、逆に心配をされてしまう始末。まだまだ未熟だと、思わされてしまう。

 

「まあ、心配する必要がなさそうなのはいいことアルな」

 

ここ最近は色々なことがありすぎて、どうも気勢が弱くなっていたようだ。超に言われたように、確かにらしくないことをしてしまったと古菲は思った。

 

「よし!」

 

顔を叩き、気合を入れ直す。このまま腑抜けたままでは超に笑われてしまう。

 

「やっぱりあれこれ考えるのは性に合わんアル! 当たって砕けろ、アルね!」

 

両腕を上げ、高らかにそう言う。一瞬の反響音のあと、静寂が再び訪れる。すると、階段を上がってくる足音が聞こえてくるのが分かった。

 

「あっ、古菲さん!」

 

「おお、ネギ先生アルか」

 

「まったくもう! 心配したんですよ!?」

 

古菲を探していたネギがやってきた。親友である超のことが気になって戻ったのかもしれないと考え、ここへとやって来たのだ。

 

「すまんアル、ちょっと気になったことがあっただけアルよ」

 

「それでも! 一人で勝手にに行こうなんて危ないですよ、今は状況が状況なんですから……」

 

怒ったような風ではあるが、声色はむしろ彼女に何もなかったことに安堵しているのが感じられた。

 

(たはは、決意を改めた途端にこれアルか。何とも締まらないアルなぁ……)

 

自分を心配してくれる人は、この異国の地であってもいてくれるのだ。その嬉しさを、古菲は噛みしめるようにして感じた。

 

と同時。急に腹の虫が大きな音を立てた。

 

「あ、あはは……」

 

「心配事を片付けたせいか、お腹が減ったアルなぁ」

 

「あ、そういえば皆で『超包子』に行ってたところを抜けてきたんですけど、古菲さんも行きますか?」

 

「お、いいアルなぁ!」

 

 

 

 

 

一方。古菲が去ったあとのラボ。超は一人椅子に座って机に寄りかかり、考え事をしていた。

 

(思えば、私のことを心の底から心配するなんて人物は、彼女が初めてだったカ……)

 

そういう生き方を強いられてきた、とも言い直せるが、やはり自分は最悪な出会いばかりを経験していることを改めて思い出す。そして、今がどれだけ恵まれているのかということも。

 

「よかったじゃないか、少なくともお前を信じてくれるやつが一人いて」

 

「……そうだネ」

 

隠れていた真名が姿を現して言ったことに、生返事を返す。どうにも気持ちの整理がついていないのだ。彼女にとって、これは知識では存在していても体験したことのない未知なのだから。

 

「おいおい、私だってそれなりに心配はしていたんだぞ? いくらなんでも雑すぎないか?」

 

「すまないネ、今自分が感じているものについて、冷静に分析したかったんだヨ」

 

「研究者の性、というやつか? 随分と難儀だな、お前は」

 

「自分で納得がいかなければどうにも、ネ」

 

ただ感情的に動くことはできない、それは自分の行動指針に反する。未知があれば解析し、突き詰めてイレギュラー要素を徹底的に排除する。綿密に、巧緻に、自分の目的に向かって突き進むには回り道だって必要なのだ。

 

「……どうやら、私にもまだ人間的な部分が残っていたらしいヨ」

 

黙考して40と6秒、分析結果は意外にも自分が感情として嬉しいと感じていたのだというものだった。

 

「それは上等じゃないか。奴ら化物相手に、ただの機械じゃ勝ち目はない」

 

「分かっている。理屈や理論、あらゆる理を真っ向から叩き潰すのが奴らだからナ」

 

「まあ、くれぐれも流されてくれるなよ? 狂いが出れば思う壺にされてしまうことだってあるわけだからな」

 

理合いの外、合理の果て。彼女らが打倒しようというのはそういう存在だ。そういうものなのだ。それに対抗するならば、ただベストを突き詰めていくだけでは勝てない。

 

かといって、愛だの感情だのが加われば強くなるなどという、フィクションめいた幻想は捨て去るべきでもある。そんなものはまやかしであることは、この二人にはよく分かっていることなのだから。

 

「……正直、私自身戸惑いを隠せないヨ」

 

「そうか」

 

「君がどうしてそこまで破滅的になれたのかも、少しだけわかった気がするヨ。これは、抗いがたい(・・・・・)

 

感情的になるなど、もう何年ぶりなのかもわからない。まだ15にも満たない少女であるはずなのに、まるで遠い遠い過去のようだ。胸の奥からひろがる、じんわりとした暖かさ。

 

それはなんと心地よく、そして恐ろしいものか。

 

「こうも、胸をつくものなのだナ」

 

「ああ、せいぜい堪能しておくがいいさ。その方がずっといい」

 

「なんともまあ、酷い奴だよ古菲は。こんなの、怖くて手放せなくなっちゃうじゃないカ」

 

「だが、それが生きているという実感にもつながるのだから面白いだろう?」

 

超は小さく息を吐き、膝に肘を乗せて頬杖をつく。

 

「ならば、君はもう死んでしまっているのかネ?」

 

真名に目配せをして、そんな風に問いかける。

 

「ああ、そうだ。なにせ……」

 

真名は話しながら超の横を通り抜け、そのままラボの扉に手をかける。そして金属製の少し重い扉を開けると、外へと出ていった。

 

「あの日から、私の時計の針は止まったままなのだからな」

 

そう、言い残して。

 

 

 

 

 

「あ、ネギ君戻ってきたえ」

 

「ちょっと、あんた何処行ってたのよ?」

 

「ええと、ちょっと」

 

「まったく、一人で行動するなって言ってたあんたが単独行動してちゃダメでしょう?」

 

「うう、すみません……」

 

古菲を連れ、戻ってきたネギはアスナから軽いお説教を受けていた。だがまあ、これは当然のことであろう。残してきたメンバーを心配させてしまったのだから。

 

「まあまあ、殆どは私のせいアルし……」

 

「ってそうだ、古菲あんたバイトでここ来るって言ってたのにいなかったじゃない!」

 

「あー、それはアルなぁ……」

 

超と少しだけ話しをしていたことだけを話し、なんとか納得させようと試みる。結果、気恥ずかしさから一人になったという部分でとりあえず納得はしてくれたようだ。

 

「まあ、食事の席であんまガミガミ言うのもアレだし納得したことにしてあげるわ」

 

「おお、アスナは太っ腹アルなぁ!」

 

「そこはせめて寛大だとかにしてちょうだいよ……」

 

そうこうしているうちに、先に頼んでいた料理が運ばれてきた。

 

「お待たせしました、こちらエビの……げっ」

 

料理を持ってきた女性が、こちらを見た途端嫌そうに顔をしかめたのだ。

 

「この感じ……まさか!?」

 

「この気配は……!」

 

「魔性の気配、ですね」

 

そして、ネギと夕映、そして刹那も相手が発する気配に気がついたようで、相手のことをまじまじと見つめていた。

 

「貴女、悪魔ですね……!?」

 

悪魔に襲撃された過去を持つネギと、長らく師に付き従う悪魔と共に過ごしていたためその独特の雰囲気を知っている夕映。そして魔を退治する神鳴流剣士の刹那には、眼の前にいる女性の正体がすぐにわかった。

 

「…………ばれちゃあ仕方ないねぇ」

 

先程まで他の客を相手に見せていた笑顔とは違う、鋭いものを感じさせる笑みを、女性は浮かべていた。

 

「やはり、それも上位クラスの……!」

 

「お察しの通りさぁ。私はフランツ・フォン・シュトゥック、上位悪魔だ」

 

べたつくような、嫌な感じに変わった視線がネギたちへと向けられた。


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