「えーと、えーと、提督……あの」
高雄は、なおも目の前の相手に戸惑っていた。
仮に彼女でなかったとしても、この状況で戸惑うのは無理もないだろう。
「いや、僕の見た目に驚くのは仕方ない。こんなのだしね」
そう言う目の前の男は人型をしているが、その風貌はとても人間のものではない。
オレンジ色のフードで覆われた金属の頭部。
袖から覗く腕は、濃いグレーの合成樹脂に見える。
彼はさらに、その上から海軍の第一種軍装を着こなしている。
例外中の例外どころの話ではなく、そもそも人間の範疇に入れていいのかどうかを怪しまれる風体であった。
そんな男が、自分たちの指揮を執る上官だと聞いたら、どんな人間でもきっと驚くだろう。
こうは高雄自信も思いたくなかったが、どうしても目の前の人物に対する不信感がぬぐいきれなかった。
「は、はぁ……えっと、では、まずは、ここ横須賀管区所属、本土防衛線第四鎮守府の作戦目的についての説明を……」
気を取り直し、高雄は目の前の新任提督に対し、この本土の端に作られた鎮守府の作戦目的を語り始める。
本土防衛線を構築する他の鎮守府と協力し、最前線の撃ち漏らしや、時たま南方を迂回して近海に近づく深海棲艦の排除と、領海内の安全確保。
巡洋艦を主体とした警邏が、現在のところの主要な任務である、と高雄は語る。
その発言一つ一つをしっかり頭に入れながらも、鎧塚はすぐに疑問を抱く。
(横須賀管区だと……?この場所なら本来、呉管区じゃあないのか?)
横須賀管区は主に関東地方の鎮守府を管轄する立場のはず。
だが、この第四鎮守府があるのは、地図上にして紀伊半島の近く。
本来なら彼の思う通り、呉管区が妥当であるべき場所のはずだ。
(それにそもそも、僕を実戦指揮官として呼び戻すというのも、言われてみればおかしな話だ……あの人の頼みだとは言っても、だ)
鎧塚は、急に転属となった自分自身の扱いも含め、なにかきな臭いものを少し感じていた。
事の真偽を確かめるなら、目の前に居る艦娘に訊くのが1番だろうか。
だが、彼はそうしなかった。
(でも、これは彼女に聞くべきではなさそうだ……おそらく彼女も、前線に出るのは初めてだろうし)
説明が終わり、鎮守府の各施設を説明する必要がある、と高雄に連れだされ、鎧塚は執務室を飛び出していた。
新設された鎮守府にしては妙に使い込まれた通路を抜けて最初に向かったのは、造船所のドックのミニチュアのような構造物が複数並んだ場所。
スペース的には4つあるようだが、実働しているものは2つしかないらしい。
あたりを軽く見回してから、高雄は説明を始めた。
「まず、ここが工廠。何をする場所かといいますと……」
「ああ、ありがとう。その説明は結構だ、知ってるよ。もと技術研究本部の所属だしね」
「えっ、技術研究本部!?」
高雄、おそらく本日三度目の驚き。
技術研究本部といえば、エリート中のエリートではないか。
この風体で技術者と言われても信じられないが、そこに所属していたような人物が、どうしてこんな辺鄙な場所に?
驚きだけでなく、疑問が沸き起こるのは当然であった。
「ああ、久里浜で以前は君たち艦娘に関係する技術の開発に携わったこともある。そういう情報はそっちに行ってなかったのかもしれないね、済まない」
艦娘に関する技術開発。
そんな言葉まで飛び出してきて、高雄はますます提督の素性に疑問を持った。
こんな見た目で。
技術研究本部に居て。
艦娘に関する技術開発をしていて。
なのに、いきなり前線指揮官になった。
一体何者なのだ、この鎧塚という男は……。
高雄がそんなことを考えながら歩いていると、工廠で作業をしているはずの妖精たちが一気に手を止め、こちらを向いていた。
厳密には高雄の方を向いていたわけではない。
高雄の向こう側に居る鎧塚に、全ての妖精が目を向けていた。
その視線に気づいた鎧塚が妖精の方を向くと、目が合ったらしい妖精の一人が大きな声を上げた。
「うわ!?ナンだオマエ、敵か!?」
その妖精の声色に気づくと、鎧塚は軽く頭を下げて自己紹介した。
「ああ、驚かせてすまない。今日付けでここに着任した提督の鎧塚だ」
「ててて、テートク!?」
「こんなナリだけど、一応人間さ。一応ね」
「に、ニンゲン、なのか……」
そんな様子を見て、高雄はますます疑問を募らせる。
言ってしまえば、妖精は超常の存在。
そんな妖精たちを驚かせる、というのは一体何者なのか。
「まあ、この見た目には訳があるんだ。よろしく頼むよ、妖精さん達」
「お、おう……」
鎧塚が退出すると同時に、他の妖精もビックリした、だの怖かった、だの口々に騒ぎ立てる。
だが、工廠妖精のリーダーだけは、少し反応が違った。
去っていく鎧塚の後ろ姿を見ながら妖精はつぶやく。
「あのテートク、なんでカンムスとおなじニオイがするんだ……?」
鎧塚と高雄が続いて訪れたのは、先ほどと微妙に型の違うクレーンと、すりガラスの引き戸のある場所。
「ここが入渠設備になります。左のクレーンは艤装の修理を、向かって右側のドアの向こうは私達の傷を癒やす設備ですね……まあ、形としてはお風呂です」
男湯は別のところに御座います、と高雄は言ったが、その理屈は彼にはあまり通用しなかった。
「……なるほど、ここは僕も使うかもしれない。なんたってこの身体だ」
そう、鎧塚もまた普通の人間ではない。
だから、こちらのほうが身体に合うのではないだろうか。
そう思っての何の気無しの発言だった。
が、高雄の受け取り方はそうではなかった、
当然といえば当然であるが、彼女は女性で、鎧塚は男性。
同じ風呂を使うかもしれない、なんて言われたら、嫌がらないはずがない。
「使う時間帯、決めましょうか、提督?」
優しい声色だったが、その目は笑っていなかった。
最後に二人が来たのは、桟橋にほど近い場所。
洞窟を大型の水門で塞いだ構造であり、入渠設備のクレーンがこちら側にも繋がっている構造となっていた。
「最後に、ここが出撃ドックとなります。どういう場所かはお分かりでしょうけど……」
高雄は様々な説明をしてくれるが、鎧塚にとってはその空間の違和感のほうが優っていた。
艦娘用としては不釣り合いなその大きさといい、あとから埋めたようにやたら直線的な後ろの岩壁といい、不自然なのだ。
(艦娘むけの設備にしては、やけに大きいな……元々は通常艦艇用の湿式ドックか?それにあの岩壁、不自然だ。何か隠してあるようにしか……)
特に後ろの岩壁。
そこに彼は意識を集中させ、なにか不自然なところがないかじっと見ていた。
「あの、提督、聞いてらっしゃいます?」
高雄が怪訝そうな顔をして、聞いてくるまで。
それに気づくやいなや、鎧塚は釈明する。
「いや、ここの……」
と、その時。
説明はさせないと言わんばかりに、鎮守府内に警報のサイレン音が鳴り響いた。
《ソノブイに感あり、ソノブイに感あり。はぐれ深海棲艦が1隻、接近している。繰り返す、はぐれ深海棲艦が1隻、接近している。所属艦娘は直ちに出撃、此を撃滅されたし》
周辺海域に撒かれているソノブイが、この周辺に近づく深海棲艦の音紋をとらえたのだ。
鎧塚はすこし面倒くさそうな素振りを見せたが、すぐに高雄に向き直る。
「全く、着任早々……早速で悪いけど、頼む。ここに居る艦娘は、今はまだ君だけだ」
「……はい!」
高雄ははっきりと返事をする。
自分は艦娘。
深海棲艦を倒すことができる、唯一の存在。
提督の素性がどうであれ、彼は深海棲艦と戦えるわけではない。
戦う力を持った自分が、戦うしかないのだ。
その覚悟を持って、彼女は答えた。
鎧塚もまた、その威勢の良さに期待を込めて言った。
「重巡洋艦『高雄』、出撃せよ!」
蒼い燐光が、高雄の周囲に広がる。
その光を感知したかのように、ガントリークレーンが動き出す。
水門の開閉を制御するローラーが巻き上げられ、閉ざされていた洞窟に日光が差し込む。
クレーンには、提督の乗ってきた連絡艇を先導した時と同じ、高雄の艤装が吊り下げられている。
クレーンのアームがのび、高雄の背中に近づいていく。
「んっ」
カキッ、と軽い金属音が響く。
背中からウエストを挟むようにして、大型の艤装と高雄自身の肉体がジョイントされる。
艤装の左右と後ろに取り付けられた主砲が、彼女の意思に従い動きを見せる。
内側に引っ掛けてあった、艦橋を模した構造物を肩にかけると、彼女は宣言した。
「一番、二番、三番砲塔、よし……高雄、出撃致します!」
高雄が水面に降り立つ。
彼女の身体は沈むことなく、水面に二本の脚で立っていた。
船霊に選ばれし、艦娘が艤装を装着して、初めてできることの一つだ。
水門の完全開放を確認すると、彼女は外海へと駆け出していった。