敵襲の報をうけ、高雄は再び、大海原へと飛び出した。
敵を発見すべく、軽くあたりを見回す彼女の耳に提督からの通信が聴こえる。
「敵の位置は友軍のソノブイが教えてくれる。まずはそれを頼るんだ。周波数を合わせろ」
「は、はい!」
言われるがまま、通信の周波数を合わせていくと、警戒用ソノブイから送られてきた信号を艤装が受信した。
艤装の「乗組員」たる妖精が今まさに受信しているデータを読み上げる。
「距離約二万五千、このまま南東の方向に……あ、消えた!」
と、その最中で妖精が突然慌て出す。
これも深海棲艦の特性の一つ。
どういうわけか深海棲艦はすべて、その生物的な外観にそぐわぬステルス性を持っている。
どの艦種だろうと、艦載機に至るまで一つの例外もなく、一般的なレーダーやソナーでは捕捉が曖昧になったり、今回のように突然消えたりする。
この特性が示す事実としていえることが一つ。
どれだけ強力な対艦ミサイルであろうが、どれだけ高い命中精度を誇る対空砲や速射砲であろうが、レーダー主体の現代の戦闘艦では満足に当てられないのだ。
その一方で、深海棲艦はそのサイズを活かし、戦闘艦には確実に攻撃を加えてくる。
これは、レーダーありきの戦闘システムである現代の軍からすれば、脅威という他ない。
だが、艦娘たちの眼であり、耳である電探装置や、高空を舞い、いわば鷹の目となって敵を探る偵察機ならば、そのステルス性は失われる。
艦娘による対深海棲艦戦闘の基本をなすのが、艦娘の装備による索敵なのだ。
「落ち着くんだ。大体の方角がわかるなら、あとは発見できるはずだ。情報を見る限り、相手は潜水艦じゃない」
提督もそのことを熟知しているのか、少々慌て気味の高雄に優しく告げる。
「はいっ!て、偵察機、発艦はじめ!」
戦闘そのものは不慣れでありながらも、高雄は即座に2機の「零式水偵」を発艦させる。
フロートをぶら下げた特徴的な機影が、一見すると戦闘中とは思えぬような穏やかな水平線に飛び立ち、その向こうに消えていった。
偵察機を待ちつつも、ソノブイの残したデータにもとづき、南東へと前進していく高雄。
鎮守府のある小島が小指の先ほどにも見えなくなった辺りで、連絡が入った。
「こちら偵察機1番、敵艦を確認……距離、一万八千!弾着観測を実施します!」
高雄ははっと、偵察機の飛んでいった方を見やる。
いた。
波間に隠れたごま粒ほどにしか見えないが、敵はいた。
資料で見たそのままの姿。
深海棲艦、その最初の一隻。
駆逐イ級の姿だ。
距離は一万八千。
こちらの射程内に、敵はいる。
(実戦……大丈夫、敵は駆逐一隻、私は重巡、火力も装甲も上!怖がってないでやるのよ、私!)
駆逐艦と重巡洋艦の火力、装甲、射程。
その全ての差を知っているからこそ、高雄は自分を叱咤した。
それでも、高雄は緊張していた。
内地での秘書業務時代からずっと前線で戦いたいと思っていたのに、いざその場に立つと足が震えている。
言ってしまえば、艦娘である自分に自身がないのだ。
それでも、今更怖くて逃げるなど、できるわけがない。
「砲戦、開始します!装填を急いで!」
ネガティブな感情を内に押し込めるべく、高雄は声を張り上げた。
緊張の色を隠し切れない号令に合わせ、主砲である「20.3センチ連装砲」の妖精達が慌ただしく動き出す。
「通常弾準備よーし!」
「急げ―!敵に気づかれるぞー!!」
妖精たちのそんな声が聞こえる中、高雄は狙いを定める。
零式水偵の視界と、自分との距離。
敵の動く方向、風向き。
その総てを結びつけ、高雄は号令を下す。
「……二番、三番砲塔照準!撃てーっ!」
艤装の左右に取り付けられた砲塔が回転、2門の砲の角度も微調整される。
轟音と砲煙が噴き出し、四発の砲弾が撃ちだされた。
風を切る音を立て、遥か彼方へ消えていく。
「弾ちゃーく、今!」
観測していた妖精の言葉どおり、駆逐イ級の周りに水柱が上がる。
水柱が消えるのを見守る高雄の耳に、再び偵察機からの通信が入る。
「こちら偵察機1番。夾叉2、命中2!敵駆逐艦の艦尾からの炎上を確認!」
報告のとおりイ級の艦尾から、目視でもわかるほどの黒い煙が立ち上っていた。
さらに、通常であればこのまま回避運動をとるはずのイ級が、そこから動かない。
「敵艦、航行不能の模様です!」
いつの間にか高雄の肩口に現れていた、双眼鏡持ちの妖精がそう語る。
見れば、イ級の身体から黒い煙が上がっている。
命中箇所が悪かったのか、イ級は自力での航行能力を失ったらしい。
高雄は内心喜んでいた。
命中させられた、自分は戦えると。
私は役立たずなんかじゃない。
この海を深海棲艦から守る。
提督はあんな見た目だけど、きっと奴らにはかなわないのだろう。
だから戦うんだ、自分が。
その思いを込めて、高雄は指示を下す。
「よーし……追撃に移行!敵にとどめを刺します!」
妖精たちはその声を聞き、自信たっぷりに胸を張り駆けずり回る。
水偵も、変わらず敵の動きを確認しているようだ。
これならやれると、高雄は確信した。
「誤差修正、三番砲塔、仰角二、左舷四度!撃(て)っ!」
砲塔が動き、再び放たれた四発は、狙い違わず全てがイ級の身体に吸い込まれていく。
爆発の光が見えた少し後、ドンと爆発音が響いてくる
「着だーんっ!全弾命中!敵艦轟沈します!」
喜びを含み、やや上ずった妖精の声が聴こえ、艤装各所の妖精も口々に喜んでいる。
「やった!ありがとう、妖精さん達」
謙遜の言葉や誇る言葉が口々に聞こえる中、空で何かがキラリと光る。
見れば、弾着観測を終えた水偵が戻ってきていた。
高雄の近くに見事なまでの着水を決めると、そのコクピットでパイロット妖精が敬礼をする。
「偵察機も、お疲れ様」
ねぎらいの言葉をかけ水偵を拾い上げると、光を放って、小物のような姿へと戻る。
さっと手で水を払い、脚の艤装に水偵を戻す。
「ふぅ……」
一息ついて、高雄は提督に打電した。
「提督、こちら高雄」
「こちら鎧塚、どうぞ」
通信の声はやけにクリア。
多分マイク越しではなく、提督が直接無線で話しているんだろうな、などと高雄は考えていた。
そして、戦いを終えた自分に意外と余裕があることに気づいた。
こちらが有利だったとはいえ、こんな下らない、取るに足らないことを考えるなんて。
さっきまで、あんなに緊張していたのに。
「ふふっ……」
そんな想いが、つい声となって漏れてしまう。
「高雄?」
すると、提督の訝しむ声が飛んでくる。
そりゃそうだ。
大事な通信の最中にいきなり笑い出したら、だれだって妙な目で見るだろう。
そのことに気づいた途端、高雄はかっと赤くなった。
提督からは、自分の様子など見えているはずがないのに、である。
「どうした、高雄?何かあったのか?」
「あ!いえ……その、はぐれ艦の撃滅を完了しました!これより、帰投いたします!」
高雄は、一目散に鎮守府への帰路を辿っていった。