これをインフィニット・ストラトスと言い張る勇気。   作:葉巻

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1st Phase
『少女と白騎士 When night comes.』①


 ――かつて、世界を滅亡から救った『騎士』がいた。

 

 何世紀も昔の話ではない。その救世主は、ほんの10年ほど前に現れた。

 純白の鎧に身を包み、成層の天上を駆け、世界各地の都市を焼き尽くさんと打ち出された核の矢雨を一掃した――正体不明の『英雄』。

 後に邂逅した軍事関係者達は『白騎士』の名でそれを呼び、人知を凌駕するその力に畏怖の念と渇望とを抱いた。

 

 たった一度きりの活躍を最後に行方をくらませ、巷ではおぼろげな英雄譚としてのみ語られる『白騎士』。

 しかし、藍越市(このまち)だけには奇跡の続きの都市伝説(ものがたり)がまことしやかに囁かれていた。

 

『月の出た夜、街のどこかに人気の一切途絶えた場所が現れる。それは『白騎士』の現れたサインだ』

 

 確固たる証拠も何もなく、誰が発端かもわからない与太話。

 信憑性を問うまでもなく、常識を外れた単なる噂に過ぎないと大半は捉えるだろう。

 しかしながら、それを冗談と一笑できない者達もまた少なからず存在していた。

 

 伝説の騎士の再臨をこの目に焼き付けたいと願う者。

 その存在の真相を探究したいと望む者。

 圧倒的なその力をこの手に掴みたいと欲する者。

 あるいは――それらと比べれば明らかに矮小で面白味のない――個人的な思惑をもって近づこうとする者。

 

 千差万別、各々が自分勝手な目的を掲げ、各地から藍越市へと噂を聞きつけた人々が集まりつつあった。

 

 そして、長物の収まった袋を担ぐ黒髪の少女――篠ノ之箒もまた、ある目的と『白騎士』への期待を胸に、この藍越の地へと踏み入った一人だった。

 

    ◆

 

「街を離れてから5年余り……か。いない間に随分と様変わりしたな」

 改札を抜け、人混みに背を押されるようにして出てきた箒は、目の前の光景に寂しげな呟きを漏らした。

 人口の急激な流入に合わせ再開発の進んだ駅前。古めかしい駅舎は地元のデザイナーが手掛けたという近代的なビルに置き換わり、壁面を彩るイルミネーションが煌々と輝いている。その周辺もホテルと雑居ビルがほとんどになり、昔ながらの商店はその合間に挟み込まれる形で申し訳程度に残っているだけだ。

 かつてこの街に住んでいた頃の面影は、まったくと言っていいほど残されていなかった。

(この程度で怖じ気づいてどうする。まだ帰ってきたばかりではないか)

 己に喝を入れ、竦む足を前へと踏み出す。

 快晴にもかかわらず、春の空気は肌寒さを覚えるほどに冷たかった。気温が低いのか、それとも――怖れからの冷気か。

 いずれにせよ震えているのは自分らしくない、と彼女は自分自身に言い聞かせるのだった。

 

 バスを2度乗り継ぎ、市街地からやや外れた丘陵地まで来たところで、ようやく目的地が見えてきた。

 なだらかな斜面全体を覆い尽くすように建てられた箱状の建造物の群れと、その間に広がる広大なグラウンド。見るからに学校と分かるその敷地の周囲を巡るように、路線バスは悠々と坂を上がっていく。

 藍越高校。地元の有力者が運営している全寮制の私立学園だ。

 やがて丘の頂上――正門付近の停留所に到着したところでアナウンスが終点を告げる。駅からの直通路線でないせいか、箒以外にもう乗客はいなかった。折り返すであろう車両を待っている人もいない。

(昼過ぎでは仕方がないか)

 そんなことを考えながら降車した彼女は、まっすぐ校門へと歩みを進めた。

 

    ◆

 

 驚くほど単純な手続き――唯一わずらわしいといえば入寮関係の書類に署名をしたことくらいだ――を終えた後、箒は手荷物を片手に寮の自室を訪れていた。

 階層は少ない割にフロア面積のやたらと広い学生寮は、左右に部屋の扉が並ぶ形で中央に通路を通す構造を取っている。渡された校内マップと館内の見取り図を突き合わせる限りは、突き当たりを北に、東西それぞれに向けてベランダが用意されているようだった。

 いずれにしても服の乾きはそれほど良さそうではないな、などと考えながら、彼女は鍵の番号と同じ部屋を探して廊下をさまよっていた。

「1025……。1025……、ああ。ここがそうか」

 ふと上げた目線にお目当ての数字を見つけ、ドアノブに手をかける。そのまま鍵を差し込もうとしたところで、違和感を覚えた。

 鍵が開いている。つまり、すでに誰かが部屋の中にいる。一瞬身構えた箒だったが、すぐに2人部屋であることを思い出して安堵した。

 何のことはない、同居人が先にくつろいでいるというだけだ。挨拶を交わしてお互いの都合を把握する以外、何も余計に案ずる必要はない。

 ふっと呼吸を整え、彼女はドアをノックした。

「はいはい、ちょっと待ってくれ」

 その声にはわずかながら聞き覚えがある気もしたが、壁越しのくぐもっている声だ。多分、単なる勘違いだろう。

 トタトタという足音がした後、ドアが内側に引かれる。箒は、ちょうど出てきたであろう同居人に、これといって特別な意識をすることなく声をかけた。

「失礼する。今日からこの部屋で生活することになる篠ノ之――」

 

「――箒?」

 

 先に、相手の喉からその名前が絞り出される。

 驚いて視線を向けた先――普段よりわずかに下がった目線の延長線上――そこには、知っているようで、見知らぬ姿の『少女』が立ちすくんでいた。

 

 心当たりのあるその人の特徴とは、明らかに違う筈なのに。

 致命的な相違を、確かに眼で捉えている筈なのに。

 まるでそこにその人を、思い出を共有した親友を幻視して(みて)しまいそうで――。

 

「――お前は、一夏……なのか?」

 気が付けば、彼女は馬鹿げた問いを投げかけてしまっていた。しまった、と思い相手の様子を窺えば、案の定キョトンとした表情を浮かべている。

 無理もない。入ってきた初対面の人物に聞き覚えのない名前で呼ばれているのだから。

 ほぼ衝動的にやってしまった失態に表情を赤らめながら、箒は疑問符を浮かべている相手へと頭を下げた。

「すまない、知り合いに面影が似ていたものでつい」

「え? あ、ああ……別に大丈夫。()()気にしてないからな、そういうの」

 女の子の使う言葉にしてはやや粗暴な口ぶりで少女が言った。一人称さえ違えば、彼の言葉遣いにも聞こえてきそうではある。

 が、よくよく見れば箒の思い描く少年とは容姿も違っていた。彼の姉と比べれるならより似ているかもしれないが、それでも他人の空似程度の話だ。細かいところを見ていけば別人であることは明らかだった。

(それに、私の知っている一夏や千冬さんは眼鏡ではなかった)

 眼鏡を掛け直して顔を近づけてくる相手に、彼女はより一段と記憶との相違を感じる。

 どちらも視力には困っていなかったし、目を悪くする生き方ではなかった。少なくとも、相手の顔を裸眼で判断できないということはないだろう。

 熱した鉄が冷めるように、彼女の動揺はゆっくりと収まりつつあった。

 

「それで、條ノ之箒さん……で合ってるんだよな? その、部屋割り表を見た時、変わった名前だなーって思ってたんだけど」

「ああ。間違っていない」

 お互いに気持ちが落ち着いたところで、恐る恐る出された少女の問いかけに箒は頷いた。

「ふうん。箒って、ほうき星……彗星のことか?」

「そのつもりで名付けたと父からは聞いている」

 ほうき星。長く尾を引き、夜空を走る一条の光。

 吉兆とも凶兆とも言われるその名を、自分の娘にどうして付けたのかはわからない。けれど、その美しさにあやかれたらとは願っていたかもしれない。

 この名前のせいで、小さい頃は何度もからかわれたことがあった。子供心に掃除用具しか連想できなかったからとはいえ、名前を馬鹿にされるのは今でも腹が立つことのひとつだ。とはいえ、彼との繋がりを深くしてくれたこともあったおかげで、彼女も昔ほど自分の名前を悪いように考えなくなっていた。

「まだ名前を聞いていなかったな。私だけ一方的に教えたままというのは不公平だと思うのだが」

「名前なんて書類見りゃ分かる――っていうのは駄目か?」

 面倒そうに顔をそむける少女。どうしてわずらわしく思うのかはわからないが、ひょっとすると先ほどの件が足を引きずっていたりするのかもしれない。

 少し申し訳なく思いながらも、箒は彼女に毅然と答えた。

「駄目だ。それでは釣り合いが取れないだろう。勿体ぶらずに教えればいいものを、なぜ渋る?」

「渋ってるわけじゃ……。わかった、ちゃんとやるって」

 少し不満げに、それでも一応は割り切ったらしい様子で彼女は向き直った。

「私の名前は唯織(いおり)夏村唯織(なつむら いおり)だ。よろしくな」

「よろしく頼む」

 箒は差し出された右手を握り返した。華奢に見えて力強いその手の感触を確かめつつ、やはり記憶とは違うと確信を得る。

 急な都合で藍越を出て行ってから連絡は取り合っていないが、一夏のことだ。きっと今も元気に過ごしていることだろう。ここへやって来た目的を果たすためにも、過去を引きずり続けるのはやめるべきだ。

 未練がましく思いを馳せる自分にそう言い聞かせて、彼女は手を解いた。

「ところで、『夏村』と呼ぶべきか。それとも『唯織』の方が――」

「どっちでも。気を遣うようなことでもないし、呼びたい方で呼べばいいと思うぞ」

 笑いながら言う彼女に、箒は少し悩んで答えた。

「では、『唯織』と呼ばせてもらおう。『い』から始まる名前の方が呼び慣れているし、そうそう間違えることもないだろうからな」

「ちなみに私はお前のこと『箒』って呼ぶからな。『篠ノ之』って呼びづらいし。――――呼ばれ慣れてるだろ?」

 ほとんど音に出ていないような声で、唯織は言葉を紡いだ。

「何か言ったか、唯織?」

「あ、いや? 気のせいじゃないか?」

 聞き返す箒を誤魔化すように彼女は答える。笑顔の奥に言葉を押し隠しながら。

 

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