これをインフィニット・ストラトスと言い張る勇気。   作:葉巻

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『少女と白騎士 When night comes.』⑩

 ――よし、いける。

 

 度重なる被弾で警告の鳴りやまない『白騎士』を駆りながらも、唯織は余裕を崩していない。むしろ勝機を掴んだように自信に満ちていた。

 その理由は、自身の機体を包む絶対防御の構造にある。

 絶対防御は、エネルギーをまとった強い力場ではない。もしそんな構造だったなら、たちどころに消耗しきってしまうことだろう。ISのエネルギーを内包した微細な粒子が結び付き形成される薄い膜――それが絶対防御の正体なのだ。

 攻撃を受けると、防御膜は蓄えていたエネルギーを解放、一度きりのあらゆる攻撃を弾き防ぐ強力な盾となる。そして、役目を終えた部位は結合が解け、膜から剥離。同時に機体のエネルギーを消費して欠損部に粒子が充填され、すぐさま膜の再形成が行われる。

 どこに被弾しようと剥離と再形成が生じる以上、必ずエネルギーを失うことになる。だから戦闘が長期化するほどエネルギーを消耗していき――いずれ尽きて動かなくなるというわけだ。

(確かに、セシリア・オルコットはISがどういうものか知っている。絶対防御が存在することも、攻撃を続ければ再形成でエネルギーが失われていくことも理解している)

 この状況をもって自分の優勢を信じ切っているのも、それが理由だろう。

 相手は一切攻撃できない、仮に一撃を加えたところで自身の消費はごくわずか。そうやって近づく間に消耗するエネルギーは相手の方がはるかに上回っている。

 確かにその通りだ。ISが伝える限りの情報を用いれば、彼女でなくとも同じ結論を導くだろう。

 

 ――だが、もし防御の膜が一層だけではなかったとしたら。

 再形成までの時間差(ラグ)を補うように、使い捨ての補助膜がその上に何層も重ねて形成されているとしたらどうだろうか。

 

 一番外側を覆う膜から順に、絶対防御としての機能を発揮して剥がれていくのは同じだ。だが、すぐに再形成はされない。その下にある別の膜が新たに防御を担い、それが剥がれてもまた別の膜が現れる。一番内側の層だけが他のISと同様に再生され、それ以外は消耗した分だけ剥がれてなくなっていく。

 この場合、エネルギーの消耗は攻撃が最下層に達するまで生じることはない。玉葱の皮を外側から一枚ずつ捲っていくように、最奥に届くまでは何ら有効打にもならない領域だけが使われていくことになる。

 リーチの差、消耗の差があるからこそ備わっている多層構造。

 近接型ゆえに存在する独特の防御システムが『白騎士』のダメージをほぼゼロに留めているからこそ、唯織は余裕を保っていられる。

 

 ――そして、セシリア・オルコット(たいするしょうじょ)はそのことに気付いていない。

 

 妄信している。

 相手の仕様を理解することなく、自分が勝つと勝手に思い込んだまま、ただ強力なだけの弾丸を放っている。

 追尾する弾丸――どう足掻いても避けられないそれは確かに脅威と受け取っていいものだろう。被弾することが致命的な消耗と直結しているのであれば、これほど危険な相手は存在しない。

 だが、彼女はわかっていない。たとえどんな強力な攻撃であっても、一撃で剥ぐことのできる鎧はたったの1枚。数えきれないほど攻撃を受ける前提で作られた機体には軽過ぎる攻撃なのだと。

(射撃型、しかも遠距離特化なら最低限の防御で十分だ。だからセシリアは誤解した)

 被弾箇所を意図的に分散させ、防御膜の消耗を最小限に留めながら、唯織は彼女の状態を分析する。

 『白騎士』と篠ノ之束の寄越した情報から知る限り、セシリア・オルコット――より正確に言えば『ブルー・ティアーズ』――がISと戦ったという記録は存在していない。そして、彼女がネットワークを介して他の機体に干渉した形跡もなかった。

 つまり、今の彼女は自分の情報のみを参照して戦っている。相手も自分と同等のスペックを持ち、同じ仕様で作られていると勝手に想定して戦術を組み立てているのだ。

(一層分の防御しかないから不用意には飛び込まない。与える攻撃以上に自身が削られるから優位に立てる。ああ、確かに同じ機体ならそうだろうな)

 

 だから近接格闘型という存在に疑問すら抱けなかった。

 リーチが短いだけの武器を振るう機体が出てきたことに、彼女は正しく脅威を感じることができなかった。

 

 近接機の恐ろしさとは、手にした武器そのものの強さではない。相手の防御を剥ぐという要件さえ満たせるなら、得物に制限など存在しない。打ち振るう衝撃に耐えられるのであれば単なる頑丈な棒切れであっても構わないのだ。

 真に脅威が宿るのは、瞬発力と速度を兼ね備えた高い機動力、そして突進時の被弾をものともしない並外れた防御力。速い脚と硬い皮膚の双方を両立しているが故に、射程の差を埋めて互角に渡り合える。

 それを把握していない以上セシリアに勝ち目など一切ない。感情に引きずられて手の内を明かし、己の力に酔っているのなら尚更だ。

 

 だからこそ、ここで目を醒まさせなければならない。

 これ以上の危害を及ぼす前に討たなければならない、と夏村唯織は決意する。

 

「力を貸せ、『雪羅(せつら)』。今からあいつをぶっ飛ばすぞ」

 唯織は『白騎士』に本来の名で呼びかけた。呼応するように、彼女の握る太刀が輝きを帯び始める。

 

固有兵装(プライマリ)制限解除――起動、承認】

 

 刀身が縦に裂けた。前後に分かれた刃の間から、複雑に入り組んだ内部機構が顔を覗かせる。

 格闘用の武装には不要なそれらが外へとせり出すと同時、刀全体を包んで尚はみ出すように眩い光の大剣が現れる。

零落白夜(れいらくびゃくや)――解ッ、放ッ――――!!!!」

 

【『雪片弐型(ゆきひら・にがた)』――解放。対消滅領域、展開】

 

 セシリアのまとう青とは異なる、淡い青の輝き。

 柄を握る両手から力を吸い出される感触を覚えながらも、唯織は刃を振りかぶった。同時に背後のスラスターが開き、最大の推力をもって機体を大きく押し上げる。

「はああああああッ――!!」

 加速する機体の針路をセシリアに向け、彼女は突撃する。

 魔弾の軌道を切り返す必要すらない真正面からの接近。相手は好機と見たのか、口端を歪めつつ剣先を『白騎士』に向けた。

「落ちなさい」

 放たれる高出力のビーム。まっすぐ撃ち出された6発の弾丸を、唯織は――ただ斬りつけた。振るわれた蒼白の輝きに触れた瞬間、魔弾は急速に収縮し消滅する。

 続けて放たれた第二射をも掻き消し、彼女はまっすぐ目標へと突き進んでいく。

 

 それは防御ではなく、相手の暴威(ちから)を食らう暴威の行使。

 『零落白夜』という名の与えられた手段(みちすじ)が、物知らずな少女の攻撃をことごとく無に帰していく。

 

 第三射。

 ようやく状況を理解したセシリアが攻撃から後退へと優先度を切り替える。だが、牽制として放つ弾丸は牽制の意図すら満たさず消え、ただ距離だけが詰まっていく。

 追いつかれる直前で発射した攻撃すらも無効化され、ついに唯織の握る剣は彼女の身を射程に捉えた。

「せやあッ――!!」

「ッ――!」

 最後の意地か、セシリアは振り下ろされた刃を短剣で受け止めた。同時に背後の砲門が至近距離から敵を捉える。

 相討ちを覚悟しての砲撃。一矢報いるつもりなのだろう、唯織を眼前に留めた状態で一撃を繰り出そうと意識を集中させた。

 が――その瞬間、砲口から急速に輝きが失われる。

「パワーダウン!? 一体、どういうことですの?」

 驚く彼女の指先からも徐々に力が失われていく。均衡を保てず下がる切っ先に乗せられた光刃は、最後の抵抗を振り払うかのように短剣を弾き飛ばした。

「お前の負けだ、セシリア。今すぐ降参しろ」

 剣を彼女から離し、唯織は明瞭な口調で相手に敗北を告げる。

 だが、セシリア・オルコットはそんな言葉に従うほど潔くはない。彼女を間違って理解したISが、そう易々とは敗北を認めないのだから。

 唯織の考えるとおりに、蒼穹の雫(ブルー・ティアーズ)に息づく意思が降伏に傾こうとする心を歪め、悪魔のように優しく囁く。

 

 ――まだお前は戦える。そうだ、『そこ』にまだ武器があるだろう。

 

 そう言って、破滅への道筋を指し示す。

「まだですわ! まだわたくしは負けてなどいません――」

 セシリアは残るエネルギーを示された回路に疑うことなく注ぎ込む。機体の制御が失われる中、最後の力を得て再び光の灯った双翼から、少女は攻撃を――。

 

「――そうか」

 

 次の瞬間、彼女の身は光の刃に切り裂かれた。絶対防御を食い破られ、胸元に浅く差し込まれた刃によって血飛沫が舞う。

 暴走寸前だったエネルギーを食い尽くされた青い機体は、静かに眼下の林へと落ちていく。自分に何が起こったのか理解できないという表情で離れていくセシリアを、バイザーを上げた唯織は寂しげな表情で見送った。

 

    ◇

 

 盛大に枝葉を押し倒す轟音を最後に、夜の静寂が訪れる。

 

 唯織は再びバイザーに表情を隠すと、多重暗号化された秘匿通信の回線を繋いだ。

「終わりました。回収と処置をお願いします」

 彼女は簡潔に報告した。状況は通話相手――篠ノ之束も把握しているが、後始末の手配は唯織が要請しなければ行われないことになっている。

 一応殺してはいないつもりだが、生死に関係なく戦闘後の対応は任せっきりにするのが『彼ら』との契約内容だ。わざわざ確かめるためだけに降りるのは難しい。

 セシリアが重傷であることを加えて告げると、束はいつも通りの暢気な返答を返してきた。

『お疲れー、くーちゃん経由で伝えておくよ。箒ちゃんの怪我も大したことなさそうだし、今回は万事解決だねー。さすがいっくん』

「解決なんてものからは程遠いですよ。あやうく箒を死なせるところだったんですから」

 もし自分の到着が一秒でも遅れていたら。そう思うと肝が冷える。

 もしあの時『彼女』に声をかけられなかったら、こうして冷静に立ってはいられなかっただろう。そういう意味では、こういう形で再会を果たしたのは幸運だったと言っていいだろう。

 

 ――だが、決して良いことばかりでないのも事実だ。

 

 彼女が、彼女達がISを手にしている。

 それは即ち、自分のよく知る2人の少女が唯織(かれ)の敵に回る可能性もあるということなのだから。

「束さん。どうして箒にISを渡したんですか」

『うん? そんなのひとつに決まってるでしょー』

 急に変なことを訊くなぁ、とぼやきつつ束は答えた。

『当然箒ちゃんへの愛だよ。もしここで愛以外の理由を挙げるならそれは私の偽者だね。箒ちゃんが好きじゃない束さんなんて、この世の中で一番許されない罪深き存在だよ』

「なんとなく察してましたけど、やっぱりそうなんですね」

 熱のこもった回答を前に唯織は頭を抱える。

 彼女のことを想っているというのは前々から公言していたし、携帯端末の待ち受けから私室の壁紙に至るまで箒の写真で統一するほど、彼女に並ならぬ執着心を見せていることは唯織もよく知っている。

 が、だからといってISを簡単に渡してしまうのは考え物だった。

 心の奥底から彼女を想っているとしても――いや、むしろ想い過ぎているが故に――行動に考慮が追い付いていない。

 それが束の良さであり、致命的な欠点でもあることは承知している。ただ、今回ばかりは行き過ぎていると言わざるを得ない状況だ。愛ゆえの暴走――そんな主張がまかり通るほど現状を甘くは捉えられない。

『なんとなくじゃ駄目だよいっくん。束さんは箒ちゃんラブだってはっきりわかってくれなきゃ』

「十分わかってます。とにかく、ISと繋がった以上はアレと付き合い続けなきゃいけないんですから、渡した責任だけでも自覚してください」

『むぅー。いっくん冷たいなぁ』

 口を尖らせる束に思わずため息がこぼれる。

 言い聞かせても聞く耳を持たないので意味はないのだが、箒を危険に曝しているのは事実だ。外的にも、そして内的にも――。

 唯織にとっては、それが一番の気がかりだった。

『まーその辺は任せるよ。私が行くと面倒なことになるだろうしー』

「ええ、任せてください。ところで――」

『言われずともわかってるよ、いっくん』

 言葉の続きを遮るように、束は答えた。

 それは彼女の心情を察してというよりも、散々頼まれ続けたせいで嫌でも察しが付くといった調子の反応だった。

『背後関係は束さんの方で洗ってみるけど、あんまり期待しない方がいいと思うよ。綺麗さっぱり証拠隠滅されてるとなると、束さんの力でも掘り起こすのは難しいんだよねー』

「お願いします。手がかりだけでも掴めさえすれば十分ですから」

『いっくんの頼みだからね、できる限りのことはしてみるつもりだよ。……じゃあ、何かあったらまた連絡してねー。忙しい時はくーちゃん任せだけどあしからずー』

 相変わらずの暢気な受け答えと共に通信が切られる。

 これまでも倒した相手を頼りに足取りを辿ろうとしてきたが、そのほとんどは空振りに終わってきた。わずかに手に入った情報も断片的などうでもいいものばかりだ。今回の件にしても、どこまで手がかりが残っているか怪しい。

 ――それでも、と唯織は思う。

 今回こそは有用な情報に辿り着くかもしれない。今度こそ、不幸を振り撒く元凶の正体へと近づけるかもしれない。そんな期待を捨てきれない自分がいる。

 すべては情報を得るための戦い。『白騎士』という名の餌を演じ、力の誘惑にかかったISの使い手を捕えて扇動者の姿に迫る、守り手達の見えざる戦争。その果てに不幸のない未来を得られると信じて、彼女は――彼女達は夜空を飛び続けているのだ。

(もう失うわけにはいかないんだ。束さんも、俺も――)

 甘美な幻想(ゆめ)を捨てて夏村唯織として再び生きることを選んだのは、篠ノ之箒の幸せを願っているから。初めて恋に焦がれた少女に、憂いのない未来を約束したいから。

 たとえ彼女が気付かなくとも、真実を知らないままだとしても、彼女を守ると心に誓った。彼女の『白騎士』であろうと決意した。その気持ちは、箒がISを手にした今も変わらない。

「箒は俺が守る。必ず暗躍する奴らを止めて、ISなんて必要ない世界に戻してみせる」

 決心と共に見上げた天上には、青白く輝く月が浮かんでいた。

 




Next Phase is...

「ふーん、アンタも一夏の幼馴染だったってわけ」
「3年前の欧州は『地獄絵図』、そう表現するのが妥当なくらい事件が多発していましたから」
「生きるために他人を傷付ける――そんな生き方は絶対に間違っている。そう、ちゃんと理解している筈なのに」
「ISがあるからって戦う必要はないんじゃないか? 自分でコントロールができるなら、戦いを避けることだってできるだろ」

「――あたしと勝負してちょうだい、唯織」
「今のアンタと拳を突き合わせたら答えが見えるんじゃないかって」

2nd Phase 『ふたりの記憶 Dear My boyfriend.』
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