これをインフィニット・ストラトスと言い張る勇気。   作:葉巻

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『少女と白騎士 When night comes.』②

 翌朝、藍越高校の入学式が開かれた。

 前日を移動と荷物の整理に費やしたために、箒にとっては唯織以外の新入生と初めてまともに顔を合わせる機会である。

 藍越市の市民ホールより立派なのではと思う屋内収容施設。ずらりと並んだ席に、6クラス分の新入生達とその倍の数の在校生達が揃って腰を下ろしていた。

 食堂を出入りした際に気づいてはいたが、どうやらこの学園には外国人の生徒が多いようだ。箒の周囲だけで2、3人、それ以外にもかなりの頻度で日本人とは違う顔立ちをした少女達がいる。

 全体の比率で言えば、実に4割近い生徒が海外出身。この学校が国際交流を重視しているというのもあるが、それ以上に例の噂と、それを聞きつけやって来た人々の関係者の影響が強く表れている特異な状況と言えるだろう。

 

『――それでは新入生を代表して、セシリア・オルコットさんが宣誓を行います』

 場内のアナウンスとともに、最前列から少女がひとり立ち上がった。毛先がしなやかに螺旋を描く黄金色の長髪。進み出るとともに、前方のスクリーンには鮮やかな碧眼をたたえた少女の姿が大きく映し出される。

 観衆の目に曝されてなお緊張をかけらも見せない彼女は、檀上に立つ校長へと一礼し、艶やかな唇を開いた。

「宣誓――私達は、藍越高校の生徒として『精力的に学び、互いを尊び、高みを目指す』という教育指針に則り、清く、正しく、学業にまい進することをここに誓います」

 外国からやって来たとは思えないほど流暢かつ明瞭な日本語。一度も詰まることなく、立派に宣誓を読み上げた少女に対し、会場からは一斉に拍手が巻き起こった。

「暗記しているのか。信じられん……」

 思わず唸る箒。その耳にも、周りの噂する声がいくつも届いてくる。

「あの子、今年の入学試験で成績1位だったって」

「知ってるよ。本国でもとても優秀で、何度か国から表彰を受けたって聞いてるけど」

「なんでわざわざこの学校に来たのかしら」

 口々に話す言葉はどれも彼女の素晴らしさと、一方で藍越高校を選んでやって来たことへの疑念に触れていた。

 あまり勉強は得意でない箒も、彼女の能力の高さは一瞬で理解できた。と同時に、あることも考えてしまっていた。

 ――彼女もまた、この都市の噂を頼りにやって来たのではないか、と。

(いや、待て。たとえそうでも私には関係のないことだろう)

 はやる気持ちを抑えるように、箒は心に向かって言い聞かせる。彼女自身、目的を持って来たとはいえ、例の噂とは直接関係していない内容だ。仮に『白騎士』狙いの来訪者だとしても、お互いに利益も不利益もない。意識せず、ごく自然に同級生と接するのが一番だろう。

 とは言いながらも、彼女は優雅な足取りで席へ戻っていくセシリア・オルコットのことを意識せずにはいられなかった。

 

    ◆

 

「えー……皆さん、いいですか」

 教室に戻った箒達の前に現れたのは小柄な体躯の女性だった。微妙にサイズの合っていない眼鏡が鼻先からずれ落ちそうになるのを時折持ち上げながら、彼女は教室内を見渡して言った。

「私はこのクラスの担任を務めることになった山田と言います。困ったことがあったら気軽に相談してくださいね」

 ごく平凡な、気に留めることもないありふれた名字。それもあってか、生徒達の反応もまた曖昧だった。

 微妙に盛り上がらない空気に戸惑いを覚えた様子で、山田先生は言葉を続ける。

「えっと、その……。まずは皆さんの自己紹介から入りましょうか。出席番号順でお願いします」

 言葉を受けて、一番手の生徒が立ち上がった。特筆するまでもない定型的な説明とまばらに起こる拍手の応酬。それを一応は眺めながらも、箒はまったく別のことへと意識を向けていた。

 セシリア・オルコット。偶然にも同じクラスにあてがわれた優秀な生徒、というだけならそれ以上の感情は抱かなかっただろう。けれども、こうして間近に姿を捉えていると、彼女の不思議な経歴を余計に意識してしまう。

 もし本当に――本当に、彼女が『白騎士』と何か関わりを持っているのなら。おそらく自分に対しても少なからず特別な反応を見せる筈だ。正しくは、自分の條ノ之という名字に対してだが。

「次、條ノ之さんだよ」

「えっ?」

 いつの間にか順番が回ってきていたらしい。後ろの席からつつかれたことで、彼女はようやくそのことに気が付いた。

「條ノ之箒だ。出身の中学校は――」

 慌てて立ち上がった箒は、聴衆に表向きの事実を語った。もちろん、それらがすべて嘘偽りというわけではないが、身元を不必要に探られない程度のフェイクを多々織り交ぜている。

 その場限りのアドリブではなく、用意された台本通りの『演技』。條ノ之箒という少女が、その辺にいる普通の学生と同じであると周囲に錯覚させるための徹底された罠。

 当然、自身によるものではないその策を、彼女は不本意ながらも忠実に演じ切って席へと戻った。

「はい、ありがとうございます。それじゃあ次の子は――」

 かけらも疑いを持たずに進行していく自己紹介の中、箒はセシリアの座席をちらりと見た。横目に捉えた彼女の眼光は、幸いにもこちらへと向けられていなかった。

(気のせいか。私の考え過ぎであればいいのだが)

 素っ気ない態度に安堵を覚えつつも、彼女は未だ落ち着かない感情を抱えていた。

 

    ◆

 

 オリエンテーションと直接歩き回っての施設案内、部活動の入部希望調査――。ありきたりな入学行事を一通り済ませる頃にはだいぶ日が傾いていた。

 明日からの授業に備えてしっかり休むように、という先生の言葉を結びに、箒達新入生は堅苦しい空気からようやく解放された。在校生の部活動も今日は自主練習らしく、わざわざ見て回ろうという生徒はほとんどいない。まっすぐ学生寮へと向かう人の流れに乗って、箒も寮へと向かう通路を歩いていた。

「随分と疲れてるみたいだな」

 隣を歩く唯織に言われ、無言のまま頷く。余計な考え事をしていたせいだろうか。内容は大したことでもない筈なのに、のしかかる疲労は相当なものだ。

「まあ昨日来たばかりで慣れてないのもあるんだろう。無理せず休んだ方がいいと思うぞ」

「言われなくてもそのつもりだ」

 心配する彼女に、箒は即答した。

 他人に労わられるまでもなく、休息をとる必要は重々感じている。『調べ物』に挑むとしても、何一つ碌な情報のない今はいかなる奮闘も徒労に終わる。

 まずは体を休ませ、この環境に馴染ませながら、必要な情報を集めていくことが先決だろう。

「風呂の順番はどうする? 私は後回しでもいいけど」

「それなら先に入らせてもらうとしよう」

「わかった。その後にメシって感じでいいよな?」

「ああ」

 次々と段取りを整えていく唯織におおよそのことを任せ、箒は適当に返事をする。熱っぽくなった思考を冷ましながら、彼女は流れるままに寮の部屋へと戻っていった。

 

    ◆

 

 ――その数時間後。

 肌に柔らかな感触を覚えながら、箒は目を開けた。微妙に醒め切らない思考が、数秒ほど遅れてベッドの上であることを把握する。

(私は一体……? そうか、途中で眠ってしまったのか)

 いつも後頭部で一つに結えている黒髪は風呂上がりの湿り気をわずかに帯び、シーツの上にだらしなく房々を広げている。拭き取り忘れたというよりは、毛先まで十分に乾かせなかったという感じだろうか。

 箒はようやく覚醒に至った頭に、意識がなくなるまでの行動を追いかけさせる。浴室から出てタオルで体を拭いたことはおぼろげながら憶えているが、そこから先の記憶は途切れている気がした。脱衣所から出たという憶えすらない。

(気絶するほど疲れていたというのか、私は……?)

 あるいは、夢遊病のように意識と関係なく行動でもしていたのか。いずれにしても、ベッドまで辿り着く間に待っていた唯織が気に留めない筈はない。

 自分の行動の仔細を問いただそうと起き上がったところで、箒はようやく部屋の異常に気が付いた。

「唯織がいない……!?」

 彼女の姿が部屋のどこにも見当たらない。並んで置かれたベッドにも、壁際の机にも。入浴中かと考えたが、浴室の方からも音は一切聞こえてこなかった。

(いや、そもそもあいつは風呂にもまだ入っていない)

 脱衣所を確認し、箒はその異常な事態をより一段と自覚する。

 自分が知らない間に彼女はこの部屋を出ていったのだ。それも、自分が眠ってしまったことを確認した上で。

 館内用のスリッパは置かれている一方、靴は無くなっている。だが外に用事があったのなら、貴重品を置いたままにはしないだろう。部屋の鍵まで置いて寮を出歩く必要がどこにある。仮に私が出かけてしまったら、寮長の世話にならない限り戻ってこれないというのに。

「探しに行く必要があるな」

 そう呟くと、彼女はさっそく制服に着替え直した。

 

    ◆

 

 夜空には月が昇り、道には街灯の薄明かりが足元に点々と落ちていた。人気のない坂道を歩いて下りながら、箒は周囲を確認していく。

 手にしているのは昨日持ち込んだ木刀。それも、袋から出した抜身の状態だ。通りかかった警察官が今の姿を見たら、危険な不審者として扱われかねない。とはいえ、護身用として十分過ぎる得物であることは間違いないだろう。

「唯織の奴め。黙って寮を抜け出すとはいい度胸だ。見ていろ、必ず寮長の前に突き出して反省してもらうからな」

 見るからに規律にはこだわらなさそうな少女だったが、同居人の手前、規則違反を黙って見過ごすわけにはいかない。是が非でも連れ戻してやると息巻きながら、彼女は薄暗い道を歩き続ける。

 はたから見れば彼女も同罪、外出時間外の脱走者でしかないのだが、ここには的確な指摘を入れる第三者などいる筈もなかった。

 

 そして――視界外の異常に警告を発する人物もここには存在しない。

 だからこそ、彼女は迫ってくる『それ』に気付いていなかった。

 

「こんなことなら懐中電灯でも持ち出せば良かったか。いくら明かりがあると言っても、これではよく――」

 言いかけて、背後を覆う殺気に初めて意識が追い付く。

 とっさに振り向きかざした彼女の木刀は、すんでのところで凶刃に噛み付き受け止めた。

「何者だ、お前は」

 突然襲いかかってきた刺客に問いただす箒。冷たく低い声音は、しかしながらわずかに震えていた。

 刃先を大きく食い込ませる金属の剣。その柄を握り締めるのもまた、物々しい甲冑の掌。表面に青をたたえるその前腕が奥に引き寄せられたことで、木刀に刺さっていた刃は抜けて手元に戻される。

 半壊した得物を構え直した彼女に、腕の主は落ち着いた物腰で問い返した。

「何者かと問うのなら、まずあなたが名乗るべきではなくて?」

「その声は、まさか」

 聞き覚えのある声。それも最近耳にしたばかりの、自信に溢れた少女の声。

 薄暗い中にシルエットの大半は隠れているが、そこに立ち、剣を手にしているのは確かにセシリア・オルコットだった。

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