これをインフィニット・ストラトスと言い張る勇気。   作:葉巻

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『少女と白騎士 When night comes.』③

「――あら、誰かと思えば條ノ之箒さん。あなたでしたのね」

 箒の確信を後押しするかのように、セシリアは歓喜の混じる口調で言った。

「先日その名前を聞いて、もしかしたらと思っていましたけれど……。まさか当たりだったなんて嬉しい誤算ですわ」

「当たり、だと……?」

「だってそうでしょう。()()()()()()()は格好の取引材料になりますもの。わたくしが極限(たかみ)へ至るための礎として、これ以上のものはありませんわ」

 その言葉とともに、陶酔の表情を見せるセシリア。

 言っていることは理解できなくもない。何故なら、箒自身がそれを自覚しているからだ。

 

 希代の天才にして、世界から身柄を狙われる天災の種。

 彼女の与える知恵に従えば、技術は何世代も先の水準へと急速な発展を遂げる。

 そんな評価を下される傑物の血縁者となれば、誰もが欲しがるに違いない。

 彼女が失踪した今となっては、遥かにその価値も高まっていると言っていい。要は『血』が欲しいのだ。彼女の遺伝子、あるいは彼女に次ぐ遺伝子が。

 皮肉にも、彼女の与えた知恵によって人間を作る技術は成熟している。元の情報が得られさえすれば、たとえ劣化しようとも天才を必要なだけ量産できる。

 だからこそ、世間は篠ノ之箒(いもうと)を追い求めているのだ。ほぼ同じ情報を受け継いだ、唯一の代替品を――。

 

「ということは、危うくその首を落とすところでしたのね。ああ、なんて罰当たりなことを!」

「黙れ」

 芝居がかった口調で嘆く彼女を前に、箒は苛立ちを募らせた。

 問答無用でこちらを殺そうとしていたのが事実なら、この少女はそういう存在ということだ。優等生という殻を剥げば、人を殺めることも厭わない下種、外道の類。そんな輩を一瞬でも認めていた己が、あまりにも腹立たしくて仕方がない。

「余計な恐怖心を与えてしまったことは謝りますわ。ですが、無警戒なあなたが襲われたのは当然の結果。本来無人の場所に自分から侵入してしまったのですから」

「どういう意味だ?」

「今言った通りですわ。あなたは踏み入れない筈の場所に踏み込んでしまった。『権限』が与えられていると見做されても仕方のないことでしょう」

 箒は、何を言っているのか理解できないといった表情でセシリアを見つめ返した。

 ――侵入、どういうことだ。『権限』とは何を指しているというのだ。

 結論に行き当たることのない思考を回し続ける彼女に、セシリアは言葉を続ける。

「いいえ、『権限』がなければここへは来れない。つまりあなたも『あれ』を持っているということ」

「持っている? 待て、お前が何を言っているのか私にはさっぱり――」

「気付いていようがいまいが、あなたがそういう存在であることは明らかなのですわ。ですから、まずはあなたの武器を排除するとしましょう」

 そう言って、彼女は笑みを浮かべた。同時に、その背後で何かが蠢く。挙動は彼女の全身へと波及し、淡い光が溝を走る輝きとなって表面を照らし出す。

 セシリアが攻撃態勢を取ったことによって、ようやく箒には今の彼女がどんな姿をしているのか把握することができた。

 手足を付け根から覆う重厚な鎧と、胴体を包む申し訳程度の装甲。アンバランスな機構の配置をより異形たらしめるかのように、背中には巨大な金属の装置が浮遊している。

 パワードスーツ――そんな生易しい呼称では済まされない機械の怪物――それが、少女の肉体に取り付き一体化しているのだ。

「踊りなさい、ブルー・ティアーズ」

 彼女の呼びかけに応じて、背後のユニットが甲高い金属音を上げる。分離した羽根状の部品が4基、ほぼ同時に空へ舞い上がる様子を箒は茫然と眺めていた。

 目の前の出来事はすべて一般人の認識を超えている。そういうものなのだと――そういう化け物を眼前に捉えているのだとしか、己の理解が追い付かない。

 取り落とした木刀が地面に落ち、その衝撃でわずかにつながっていた切り欠きから砕け折れた。

「起動さえもしない。戦意はない、そういうことかしら」

 黙って立ち尽くす箒を見て、セシリアはため息を吐いた。

 つまらない、張り合いのない存在だ。そう告げるかのように一瞥しながら、剣を手にしていない方の指先を彼女に向ける。

「仕方ありませんわね。見せるつもりもないというなら、身に付けている腕なり脚なりを吹き飛ばして終わりにしましょう。――ティアーズ!」

 瞬間、頭上を舞う雫から眩い閃光が放たれた。四条もの怪光線は空気を切り裂き、眼下の箒を貫くように容赦なく降り注ぐ。

 セシリアの目の前に落ちた自らの砲撃は、その熱と衝撃をもって路面を盛大に爆ぜさせた。

 

    ◆

 

 飛び散った破片を全方位に張ったバリアで受け止めながら、セシリアは過剰な火力を発揮してしまったことに舌打ちを漏らす。

 できるかぎりの手加減をしたつもりだったが、同格の存在を倒すための武装ではそれも無駄だったようだ。これなら、手にした短剣(インターセプター)を使った方がまだマシだっただろう。

 彼女は、せいぜい爆心地に肉片のひとつでも残っていることを期待しつつ、煙幕の晴れた正面へと意識を向けた――。

「いない……?」

 回避などできる筈もない、レーザーキャノンの直撃地点はアスファルトの地面だけがきれいに抉られていた。

 生物が熱で蒸発したという痕跡さえ残っていない。明らかに先ほどの一撃を避けられてしまっている。

 驚きに目を見開くセシリア。その意識に、突如機体からの警告が割り込んできた。

 促す通りに視線を転じると、そこに降り立ったばかりの白い鎧が少女――條ノ之箒を抱えたまま跪いていた。

『――生身の人間相手にあそこまでするかよ』

 條ノ之箒とは異なる少女の声が響く。バイザーに隠れているせいで表情は伺えないものの、鎧の主であろうその声は激しく憤っていた。

『同じISの使い手として許せねぇ。一発ぶん殴らせろ。つーか殴る、絶対殴る』

「まさかあなたは――」

 だが脳内に直接罵声を浴びせられる以上のショックに、セシリアの感情は大きく揺り動かされていた。

 

 純白。夜闇の中でも燦然と輝く白い鎧がそこにある。

 彼女と同じ異形でありながら、その姿に凶暴な印象はかけらもない。『白騎士』という呼び名に違わず、正統さと力強さをまとった機体を目の前にして、セシリアの胸中に畏怖の念が湧き上がる。

「――ようやく。ようやく、わたくしの手の届く場所に現れましたわね」

 震える指を握り締め、高鳴る鼓動を冷静さの仮面に覆いながら、彼女は『白騎士』へと呼びかけた。

「さあ勝負なさい。わたくしを最強の座に据えるため。わたくしの名誉と栄光の為に、その身を捧げるのですわ」

『馬鹿にしてるのか』

「いいえ、わたくしの本心です。あなたと戦い、あなたを討って、最強の称号を手にする。それこそがわたくしの願い、望みなのですから」

 一層気分を害して呻る相手をよそに、彼女は新たな武装を呼び出した。

 長く、太く――どこからともなく湧いた光の粒子が集束し、目の前に巨大な銃を形作っていく。

 鍛え抜いた兵士でさえ片手では到底支えきれないであろうサイズのそれが現出すると同時、彼女の甲冑に覆われた手がグリップを掴み軽々と持ち上げた。とてつもない怪力に思える挙動を見せながら、セシリアの機体は『白騎士』へ火器の照準を定める。

『有無は言わさねぇ、そういうことだな』

「物分かりがよろしいようで助かりますわ」

 ニコッと笑顔を返すと同時、彼女の指先がかかったトリガーを引き込む。先に照射されたガイドレーザーが相手の中心を捉え、続けて高熱を帯びた不可視の光線が誘導通りにまっすぐ吐き出された。

 回避はほぼ不可能な、至近距離からの砲撃。だが、『白騎士』はすでに射線を外れ大きく距離を取っていた。

 機械によって大幅に強化された反応速度に加え、ほんの一瞬で回避行動を実現する機動力の高さ。その能力は彼女の機体をも優に凌駕する水準だ。

 なるほど、確かに一筋縄ではいきそうにないと彼女は理解する。

 

 ただし、それは飛び道具がたったひとつ、一カ所から放たれる場合に限ってのこと。

 単独砲撃(ソロ)ではなく、全方位同時砲撃(ハーモニー)こそが真骨頂の彼女にとって、この程度の速さなど誤差の範疇でしかない。

 

「さあ、舞踏曲(ロンド)を奏でなさい」

 

 セシリアの呼びかけに、青い雫が呼応した。

 空中へと躍り出た『白騎士』目がけ4枚の羽根が殺到する。先端から放たれたレーザーは包囲するように行く手を阻み、相手の行動範囲を着実に狭めていく。

 それは自立砲台が織りなす閃光の鳥籠。羽ばたく鳥を編まれた檻に留めるごとく、乱射される光線が優れた機動力を根こそぎ殺し、反撃の暇を奪い去る。

 それでもなお無傷、被弾のひとつさえもなく動き続けているのはまさしく驚異だった。無防備な人間を抱えた状態であればなおのこと、正確かつ繊細な機動を続けるなど困難を極める筈だ。それをいとも容易くやってのける辺り、彼の伝説は伊達ではないと言えるだろう。

 だがそれもあくまで4発分の、牽制以外の何物でもない攻撃であるからこそだ。ここに本命の一撃――セシリア・オルコットが放つ精密狙撃が加わることで、追いすがる光の檻は相手を確実に仕留める必殺の槍衾と化す。

「さようなら」

 わずかに名残惜しさを滲ませながらも、彼女は躊躇うことなく引き金を引いた。

 撃ち出された光の矢が純白の機体を貫き、瞬く間に背中のユニットを大きく破壊する。推力を失った『白騎士』はゆっくりと、しかし確実に地面へと墜ちていった――。

 

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