これをインフィニット・ストラトスと言い張る勇気。   作:葉巻

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『少女と白騎士 When night comes.』④

 誰かに強く揺さぶられる感覚を覚え、箒は我に返った。

 どうやら、また意識を失っていたらしい。冷たく硬い地面の感触に嫌悪を感じつつ、彼女は上半身を起こした。

 付近の街灯に照らされた滑り台などの遊具、それに安っぽい金属パイプ製のベンチ。どうやら公園のようだが、まったく見覚えのない風景だった。

「気が付いたか」

 声のした方を振り向くと、唯織が傍らに座り込んでいた。

「唯織!? お前という奴は――!」

「待て待て、落ち着けって。ちゃんと説明するから」

 彼女は怒る箒を諫めながら答えた。

 よくよく見れば、その姿は藍越高校の制服ではなく、肌に密着するような薄手の衣装だ。まるでレオタードのように胴体を包むそれは、所々に金属のパーツが縫い込まれている。そして、肘から先、膝から下の部位にも同様の素材と構造のものを身に付けていた。

 まるで上から別の何かを着込むことが前提になっているような、単独で身に付けて出歩けそうにはない姿で、唯織は箒の方を見つめ返している。

 かけている筈の眼鏡も今はない。ということは、あれは伊達だったのだろう。わざわざ顔を近づけて目が悪そうな演技までしていたのは正直理解に苦しむところだが。

 箒は目の前の状況を頭の中で整理しようとしたものの、あまりにも奇怪で把握しきれないということだけしか確信できなかった。

「……そういう、趣味なのか?」

「無理にボケなくていいんだぞ箒。ギャグ方面での活躍は全然期待してないからな」

 考えに考えた末の彼女の発言に、唯織がツッコミを入れる。呆れながらも、その表情からはいくらかの緊張が抜けていた。

「この街に『白騎士』についての噂が流れてるってことは知ってるよな。――いや、知ってるからここに来た、そうだな?」

「なぜそれを」

 知っている、と言いかけた彼女を制し、唯織は言葉を続ける。

「『白騎士』が何かを知っていて、それが篠ノ之束に繋がっていることも理解している。だから、『白騎士』のことを調べていけば、いずれは彼女に辿り着けるかもしれない。そう思って藍越市にやってきた」

「その通りだ。だが何故そこまで分かったように言うんだ。まるでお前が――」

 

「――まるで()()『白騎士』本人みたいじゃないか。そう言いたいんだろう?」

 

 心の中を見透かすように、唯織はそう問いただした。

「なっ!?」

「大正解だ、箒。俺が『白騎士』だよ。――といっても、さすがに証拠がなきゃ信じてもらえそうにないけどな」

 昼間よりも男っぽく聞こえる口調で答える唯織を、箒は不安げに見つめる。

 自分は悪い夢でも見ているのではないだろうか。溜まっていた疲れから、まだ眠りに落ちている最中なのではないか。そう疑うように、目の前の出来事を捉えているようだった。

「正直なところ、お前の話が信じられないのだが……」

 躊躇いがちに絞り出した声は、彼女の戸惑いと恐怖を色濃く反映していた。

 無理もない。突然非日常に踏み込んでしまった人間が、目の前で起こることを淡々と受け入れる筈などないのだから。真っ先に自分の正気を疑い、第二に周りを疑って、結果それが真実だとわかっても尚、易々受け入れられるものではない。

 だからこそ、夏村唯織(しろきし)は彼女の疑念を否定しない。ただ自身の知ること、自身の立場を彼女に伝えるだけだ。

「本当かどうかなんて後で考えればいい。まずは今何が起きているのか知ってくれ。箒が『権限』を持つ人間なら、こうして暢気に話していられるのも今のうちだろうからな」

「『権限』……。そうだ、その『権限』とやらは一体何だ? 私が襲われたことと関係があるのだろう」

 はっとして箒は訊き返した。

 攻撃を仕掛けてきたセシリアも、本来立ち入れない場所に入ってきたから、自分に『権限』があるからだ、と言っていたことを思い出したのだ。

 彼女の問いかけに、唯織は頷きつつ答える。

「『権限』っていうのは読んでそのまま、規則の通りに力を行使することが許された人間のことだ。『権限』がある者同士ならお互いを攻撃することも、命を奪うことも許される」

「殺し合い、ということか。あのよく分からない機械を使って戦うのだな?」

「大体はそういうこと。それと、あれはIS。インフィニット・ストラトスって名前の兵器だ。あえてそう呼ぶ奴は殆どいないみたいだけどな」

 無限の成層。直訳したところで意味はわからないが、箒の持っている知識と照らし合わせる限り、技術的にも戦力的にも理解を超える存在であることは間違いなかった。つい最近自衛隊に導入されたらしい『EOS』などという軍用パワードスーツとは、明らかにその水準が違う。

 あれは超兵器――組織という枠組みの制御を外れた暴威そのもの――そう呼んだ方が適当に思えてくる代物だった。

「ISを操縦できる適性があって、システムの規則に従って戦う理由を持っている。それが、『権限』を持つ人間の条件だ」

「つまり、私にその適性があるということなのか?」

「そこまでは俺にもわからん。もし箒が本当の『権限』持ちなら、あの人――束さんが先に何か手を打っているだろうし」

 曖昧にぼかしてはいるものの、既に敵対者にはそういう目で見られている、いつ襲われてもおかしくない、と言わんとする雰囲気。

 考え込む仕草を見せる唯織に、箒は恐る恐る尋ねた。

「なあ。私はどうすればいいんだ」

「選択肢は2つある。ひとつは、すぐにこの街を出ていくことだな。少なくともここより殺気立った連中と出くわす可能性は小さくなる」

 至極まっとうな、それでいて一番後ろ向きな回答を唯織は返した。

 確かにこの場所を離れるのが最善の策だろう。だが、その選択はここへ来た目的を自ら放棄すると言っているに等しい。危険にもかかわらず居続けることが正しいとは思えないが、この機を逃せば求める真相に辿り着くことは――おそらくないだろう。

「もうひとつは、思い切って立ち向かうことだ。本当に『権限』があるなら、箒にもISを操る力があるってことになる。ISさえ手に入れば、戦いを続けながら目的を追いかけることもできなくはないだろうな」

「それは、唯織とも敵同士になるということか?」

「箒の目的にもよるけど、最悪剣を交えることにはなるかもしれない。まあその時はその時だ」

 驚くほどあっさり敵対の可能性を告げた唯織に、箒はひどく戸惑いを覚えた。

 彼女は何も恐れていない。こうして助けた箒が敵に回るかもしれないことも。あるいは一応クラスメイトの体裁を取っているセシリアに対しても、これといって感慨を抱いてはいないのかもしれない。

 自分にとって害がなければ助けるし、害を及ぼす相手であってもよほどのことがなければ自分から敵意を持たない。その態度は明らかに異常な筈なのに、どういうわけか安心感を抱いている自分がいることに不思議と恐怖が募る。

 これは『白騎士』としての余裕なのか。それとも彼女自身の――。

 余計な考えばかりが浮かぶ箒をよそに、唯織は腰を上げた。

「さて、と。だいぶ休息も取ったし、そろそろ飛べる頃合いか」

「飛ぶって、まさか」

「ああ。飛んで学校まで戻る。もちろん箒を抱えてな」

 そう言うと、彼女は純白の鎧を再び出現させた。いつの間に修復したのか、セシリアに撃たれて大破したユニットは表面に弾痕こそ残っているものの、穴そのものは完全に塞がっている。傍から見る限りでは、何の問題もなく動作しているようだった。

 差し伸べられた手を取った箒をひょいと抱え上げ、『白騎士』はゆるやかに上昇していく。

「お、おい! 誰かに見られたらどうする」

「それはないから安心しろ。規則通りに動いてる以上はな」

 喚く箒を諭しながら、唯織はみるみる速度を上げていく。地平線がわずかに白み始める中、純白の流れ星は藍越高校の方角へと飛び去っていった。

 

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