これをインフィニット・ストラトスと言い張る勇気。   作:葉巻

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『少女と白騎士 When night comes.』⑦

 (あか)の世界。

 頭上の空から足元の地面に至るまで、噴き出した血潮のように鮮やかな色彩がすべてを覆う場所に、條ノ之箒の姿はあった。

 いつから立っていたかは思い出せない。どうしてこの場所にいるのかも分からない。だが、これが現実の光景でないことは考えるまでもなく明らかだった。

「――なるほど、これがお前(わたし)か」

 不意に声が響く。

 それは自分の真後ろから、箒自身の声音で発せられたもの。

 彼女は振り返り、そこに佇む自身の姿を視界に捉えた。

 

 長く尾のように伸びる後ろ髪が。

 わずかに目尻の吊り上がった双眸が。

 鍛錬によって引き締められた長身の体躯が。

 

 身体のあらゆる特徴が、その姿を捉える彼女の意識に彼女そのものであると主張させる。

 

 ただ一つ違うのは、身にまとった機械の鎧のみ。

 

 『白騎士』ともセシリア・オルコットとも異なる、鋭角の重なりによって構成された紅白の甲冑が手足を包んでいた。

 その瞬間、箒は理解に至る。

 ――目の前にいるのは自分のIS。意識の奥底に接続された力そのものなのだと、彼女の思考が刻み込まれた理論(ロジック)をもって認識する。

 剣士は箒のあり方を見透かすように、更なる言葉を紡いだ。

「果たしたい目的がある。だから死ねない、死にたくない。そのために力を求めて手を伸ばす。実に単純明快、條ノ之箒らしい願望だ」

「あまりに分かりやす過ぎてつまらない、とでも言うつもりか」

「まさか。その逆だ」

 怪訝そうに見つめる箒に対し、『それ』は即答する。

「実に人間臭く、それでいて素直な望みだ。気に入りこそすれ、嫌う道理など一つもない」

 こんな表情ができるのか、と箒自身驚くような柔らかな笑みをたたえる相手。慈愛に満ちた眼差しとともに、彼女(じぶん)は続けて言葉を紡ぐ。

「故にあえて問おう。お前(わたし)は何のために力を欲する。なにゆえ私であろうと望む」

 

「――――決まっている。生きるため、生きて私の願いを叶えるためだ」

 一切動じることなく箒は答えた。

「そうか」

 一言。

 納得したように頷いて、紅の剣士は手を差し伸べる。

「ならばこれより先は己が意思で剣を振るえ。お前(わたし)が望む命の為に、私はひとつの力となろう」

「その前に、ひとつ問わせてくれ」

 受け取る寸前で手を止め、箒は今しがた思い至ったのように声を発した。

「お前に名前はあるのか?」

「ない。私はお前(わたし)で、絶えず繋がり続けている。己自身、あえて呼び合う必要などあるまい」

「それでは何かと不便だろう。適当でいいから今すぐ名乗れ」

 無茶振りにしか聞こえない命令を前に、剣士は少し困ったような顔をした。

 わずかな沈黙の後、ようやくその口を開き彼女に告げる。

紅椿(あかつばき)。刀の銘に似た名ならば多少は覚えやすいだろう」

 そして、呆れ半分に言葉を続けた。

「――まったく、私に物を考えさせるとは随分とおかしな人間だな。繋がっている者達の中でもそんな要求を出したのはお前(わたし)だけだぞ」

「名無しの権兵衛で通そうとする方がおかしいだろう」

 苦笑する『紅椿』に対し、箒はムッとした表情でその手を握り返した。

 

    ◆

 

 ――目の前の世界が割れた。

 消える指先の感触と入れ替わるように、箒の手を確かな力の感触が包み込んでいく。肉体と一体化する(あか)を、彼女は躊躇うことなく受け入れた。

 

【『紅椿』部分展開――完了。近接武装『空裂(からわれ)』を優先して展開】

 

 現れた細身の刀を手甲の中に握り締め、自らへと振り下ろされる凶刃をしっかりと受け止める。

 片手のみにもかかわらず、伝わる衝撃は思ったよりも軽い。相手の勢いを殺し切った彼女は、そのまま鍔迫り合いへと状況を持ち込んだ。

「止めた!? 一部しか呼び出せていない状況でわたくしの一撃を?」

 メインスラスターの噴射と合わせての近接攻撃。生身相手なら容易く斬り潰せたであろう一撃だったが、所詮はその程度の攻撃でしかない。

 彼女と完全な一つになった存在が、それらを上回る靱力をもって食い留め、逆に押し返していく。

 

【完全展開に移行――完了】

 

 驚く敵――セシリア・オルコットを勢いのままに振り払うと、箒は残りの武装をその身にまとった。

 全身に走る赤と、調和をもたらすように配置された白とのコントラスト。繋がった意識の中で見たものと同じ鎧が彼女の全身を包み込んでいた。

「さあ――」

 『紅椿』を得た箒は刀を構えた。

 既に使い方はすべて識っている。接続された意識が共鳴し、何百倍にも加速した思考が内外からもたらされる情報の奔流を捌ききり、ほとんどラグを生じることなく身体の動きにフィードバックされる。

 彼女とセシリアの間にもはや戦力の差はなく、同等同質の暴威が各々の意思をもって向かい立つという新たな様相を呈していた。

「――来い、セシリア・オルコット」

 絶対の自信をもって、箒は呼びかける。

 怖れはない。生きるため、ただ目の前の敵を討ち取ることのみに彼女の意識は向いている。

「このわたくしに嘗めた口を叩くとは……。あなたもいい度胸をしていますわね」

 突き崩されたバランスを戻したセシリアがひときわ低く声を発した。苛立ちと怒りとを同時に滲ませながら、その手に巨大銃を顕現させる。

「ならば踊りなさい。わたくしとブルー・ティアーズが奏でる死想曲(レクイエム)の調べと共に!」

 狂ったように降り注ぐ光雨。周囲を無差別に抉る彼女の攻撃から身を逸らしつつ、箒は一旦距離を取った。

 離れるほどに射撃特化のセシリアが有利になるとわかっているが、無理を押しての肉薄もまた不可能に近い。故に彼女は距離を置き、回避と状況分析に専念する。

「神楽舞以外の踊りは苦手なのだが……」

 皮肉ったように呟く箒。無駄口を叩く余裕が生まれるほどに、今の彼女は冷静な目で戦場を俯瞰している。

 相手の砲門は合わせて5つ。そのすべてがこちらの軌道を読み、最も阻害する位置を通過するように発射されている。仮にひとつを外しても、他の4つが補正を加えた上で放たれ、包囲から逃れることを許さない。

 故に磐石。その術中にある限り、抵抗の隙さえ与えず一方的な展開を約束する狩人の布陣。闇雲に突っ込めばたちどころに射殺されることは明らかだった。

 したがって、近接距離まで近づくにはどうにかしてその数を減らすしかない。1つ、いや2つ――確実に半数近く砲台を潰さなければ、この網が解れることはないだろう。

 明らかな不利を悟ってもなお、彼女の余裕は失われない。むしろ、この展開を待ち望んでいたように笑っていた。

「ひとつ躍ってみせるとするか。力を貸せ、『紅椿』!」

 

【脚部および肩部展開装甲、高機動態に移行――】

 

 箒の声に応えてか、鎧がその姿を変え始めた。積み重なった鋼の層が扇のように広げられ、剥き出した内部機構に輝きが灯る。

 追加のスラスターを展開した『紅椿』はその速度を大きく引き上げ、追いすがる光の檻を引き剥がしにかかった。

 

 疾走する紅と、食い殺さんと追尾する青。

 2色の煌めきが夜空を彩る。

 遠目にも分かるであろう戦いの光に、しかしほとんどの住民は気付かない。意識の外、作為的に生み出された非認識というバトルフィールドの中で、2人の少女は激しく激突していた。

 

    ◇

 

「――遅かったか」

 寮から少し離れた緑地。振り返った先、閃光の走る空を視界に捉え、唯織は唇を噛み締めた。

 箒が部屋に戻ってきていない時点で察するべきだった。わずかな間であっても、彼女を1人きりにするべきではなかった、と遅過ぎる後悔が胸を絞め上げる。

 ()()()()()()()()()()姿()を見つけてしまったせいで、つい警戒がおろそかになってしまった。その結果がこの戦闘だというなら、あまりにも致命的な失敗だ。

(今から行けば間に合うか……?)

 ふとそんな考えが頭を過ぎる。人の足では一時間以上かかる距離だが、『白騎士』ならほんの十秒ほどで駆けつけることができるだろう。そうして箒の助太刀に入れば――。

「――駄目だ。今の箒が箒かどうかもわからない」

 今、彼女はISを展開している。それが何を意味するのか、幾度となくISとの戦いを重ねてきた唯織にはよくわかっていた。

 あれは『権限』を持つ人間にただ力を与えるだけの道具ではない。使い手を見極め、従うに値しないと判断すれば指揮権を奪い去る、意思を持った存在だ。手にした力に価値を認められていればいいが、もし彼女が乗っ取られているのなら――。

 『白騎士』にとって明確な敵へと変わったかもしれない篠ノ之箒。

 そして『白騎士』を付け狙っているセシリア・オルコット。

 彼女らが直接手を組むことはないだろうが、不用意に飛び込めば確実に両者と敵対する。それは、唯織にとって最も避けたい最悪の状況だった。

(だからって……。このまま、こんな場所でじっとしてていいのかよ!)

 竦む足を、踏み止まらせようとする心を、唯織は自ら り付けた。

 

 数の不利?

 下手に傷付けられない相手?

 だからなんだ。打算的に動いて何ができるというんだ。

 

 たとえ敵に回っても傷付けたくない?

 偉そうな口を叩くなよ、お前はそんな大層な奴だったか。

 

 思い出せ。彼女は己自身を問いただす。

 お前の望みは何だったか思い出してみろ。敵も味方も仲良しこよしだなんて、そんな聖人君子染みた幻想を掲げていたか。戦いや争いを憎み無くしたいと願う、そんな立派な人間だったか。

 違うだろう、■■■■■■■。

 お前が願ったのは、自分の身を差し置いて祈ったのは、篠ノ之箒(ひとりのおんな)の幸せだろう。この程度の怖れにその理想(のぞみ)を捨てるのか。

 願って得た力だろうが。今使わないで、お前はどうやってあいつを幸せに導くつもりだ。

 

 ――いい加減立て、この臆病者。

 

「くそっ!」

 握り締めた拳の中で、突き立った爪が皮膚を食い破る。広がった痛みが、流れ落ちる血の感触が臆病を掻き消していく。

 けれども、心のどこかでまだブレーキがかかっている。行っては駄目だと告げるその感覚が消えていない。

 逡巡を続ける自分に更なる発破をかけようとしたその時、背後から声が響いた。

 

「ちょっと、すっごい血出てるじゃない! ボーっと突っ立ってないで医務室行きなさいよ!」

 

 偶然通りがかったのだろう、トタトタと駆け寄ってきたのは小柄な少女だった。

 明るい色のリボンで結ばれたツインテールが、走るたびに左右に大きく揺れる。中学生と言い張ったらそのまま信じ込みそうな体格をした彼女に、唯織は見覚えがあった。

 そうこうしているうちにも無理矢理手を開かされ、街灯の明かりで傷口を覗き込まれる。爪によって抉られた掌からは未だ血が溢れ出していた。

「大丈夫だ、すぐに塞がる」

「大丈夫じゃないわよ何言ってんの。ほら、こんなに深い傷じゃ――」

 強がっていると思ったのか、少女は更に言葉をまくし立てようとし――目の前の異変を目の当たりにして閉口した。

 傷が塞がっていく。それも異常な速度で、何十倍も早回しにした映像のように。

 少女は一瞬驚いたが、すぐに何かを察したような表情を浮かべると唯織の顔を見つめ返す。

「んー…………」

 数秒の沈黙が流れ――唐突に少女は口を開いた。

 

「アンタ、ひょっとしてIS使い?」

 

「なっ……」

 予想していなかった問いかけに唯織は戸惑う。それを動揺と受け取ったのか、少女はニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「はっはーん、なるほどね。近くで戦ってるのが見えて、参加したくてウズウズするけど怖くでできない悔しーって自傷行為に及んでたわけかー。あたしそういうの引くわー、ドン引きだわー」

 大体は合っているだけに反論しづらい推測を並べて、彼女は唯織の脇腹を指先で小突く。一方、そんな姿を前にして、唯織は複雑な心境を抱いていた。

 ISのことを知っている。

 そして、ISを使う人間の特性も。

 その事実は即ち、彼女が『権限』を持つ人間か、その存在を知る関係者であることを示している。つまりは同類、敵の可能性すらありうる存在ということである。

「まあ2対1って時点で関わらないのが吉よね。揃ってこっちを潰しにかかってきたらひとたまりもないし」

「それでも、行かなきゃ駄目なんだ」

 下手をすれば彼女に戦いを挑まれる。

 箒だけでなく、よく知る人間をも相手に殺し合わなければならないかもしれない。

 そんな危機的状況にもかかわらず、唯織からついて出た言葉は箒を助けに向かうことへの執着だった。

「あいつを守らなきゃいけないんだ。救わなくちゃいけない。そうしないと――そうでないと、ここに居る意味がない。あいつを幸せにできないなら、俺に生きている理由なんてないんだ」

「…………えーっと」

 かける言葉を失ったように、少女は視線を泳がせる。

 『なんかヤバい人に出くわしちゃったなー』という気まずげな感情をほのかに漂わせながらも、彼女は唯織の手を両手で掴み躊躇いがちに告げた。

「そ、そこまで言うなら、手を貸してあげないこともないけど」

「え?」

「もちろんタダじゃないわよ。貸しひとつ作ったげるから、後でちゃんと返せってこと。約束できるなら、まあ……ちょっとは助太刀してあげる」

 アンタみたいなのを放っておくと寝覚めが悪いのよ、ととっさに付け加える彼女だったが、その目は『何とかしてやりたい』という本心を物言わず語っている。一緒にいた頃と何一つ変わらないお節介な気性に、唯織は安堵を覚えた。

「で、どうする? アンタの大事な人が待ってるんじゃないの?」

 投げかけられた問いに、彼女はようやく決心し答える。

「――行くよ。行って、あいつを救い出す」

「じゃ、来まりね」

 そうこなくっちゃ、と少女は手をぐっと握り締めた。唯織もまた彼女の手を握り返す。一時的な同盟関係となった2人は、握手を解くと同時にそれぞれの機体を呼び出した。

 純白と赤紫――並び立つ2機は、未だ火花散る戦場へと歩を進める。

 

「って、アンタ『白騎士』じゃない! なんでたかだか2体の敵に躊躇してんのよ」

「そんなこと言われてもスペックは大差ないし……」

「あっきれた。伝説の英雄サマがこんなヘタレだなんて思いもしなかったわ」

 

 ――少女の罵声を周辺一帯に撒き散らしながら。

 

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