これをインフィニット・ストラトスと言い張る勇気。   作:葉巻

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『少女と白騎士 When night comes.』⑨

 交差、旋回――そしてまた交差。

 『白騎士』と青の鎧はスピードを緩めることなく、真正面からの一撃離脱を繰り返す。

 近接武器しか持たないが故に、近づかなければ攻撃は届かない。一方で届く距離を保てば長く斬りつけ合うことになり、先の戦闘で消耗しているセシリアは著しく不利となる。

 従って、攻撃の機会はすれ違う一瞬のみ。

 肉薄を許すことなく、針路に先回りして待てば敵の逃走に繋がると強く意識させる。降って湧いた好機を逃がしてはならない――その観念に囚われる限り、相手は誘いに乗る以外の選択肢を排除し続ける。

 射撃型が不利な近接格闘に持ち込んだというだけで生まれる、明解な戦力差への妄信。

 実に愚かだ。くだらない。

 こんなものは、単なる時間稼ぎに過ぎないというのに。

(これが伝説の機体? 世界を救った英雄ですって?)

 少女は嗤う。

 こんな簡単に誘導される使い手が『白騎士』とは、とんだ茶番ではないか。速さに優れるだけで、がむしゃらに得物を振り回すしか能がない。その上感情的で、自らの特長を生かそうと試みる頭さえないときている。

 一過性の激情から醒めたセシリアは、取り戻した狩人の思考をもって少女を扱き下ろした。

 これなら案山子の方が十倍はマシというものだ。喚かず素直に的の役目を果たすだけ、そこの小娘よりはよほど利口に見えることだろう。

 所詮は噂が独り歩きしているだけの、身に余る玩具(ちから)を手にした幼子。たまたま御伽噺との符合を見たに過ぎない、とんだ紛い物。こんな弱者が目の前で堂々のさばっているという事実に、彼女は心の底からうんざりしていた。

「仕方ありませんわね。わたくしが直々に引導を渡してさしあげましょう」

 

固有兵装(プライマリ)制限解除――起動、承認】

 

 嘲笑と侮蔑の渦巻く眼差しを『白騎士』に向け、セシリアは準備を終えた機構にエネルギーを注ぎ込んだ。

 瞬間、内部回路が切り替わり、覆い隠されていた本懐が表出する――。

 

 デッドウェイトでしかなかった背部ユニットが割れ、その外形が大きく崩れ始める。

 表層が裂け、カバーが意図していない筈の向きに開いて割れる。

 剥き出しになった内部機構が飛び出し、変形を遂げた外殻に再び表面を包み込まれる。

 そして、付け根には6つの砲門が蕾のように現れ、接続された動力供給機構(エネルギーライン)がスリットの下で蒼白(そうはく)の輝きを帯びる。

 

蒼穹の雫(ブルー・ティアーズ)――偏向射撃形態(フレキシブルモード)、解放】

 

 離脱から反転する僅かな間に、盾を思わせる形状は翼の骨格を思わせる細く枝分かれした矛へとその姿を変じていた。

 構えていた短剣を指揮棒(タクト)のように持ち替え、セシリアは変化に気付いたばかりの『白騎士』に切っ先を向ける。

 その動きと連動するように、砲口が目標へと首を傾げた。

 

「決して貴方を逃がさない」

 

 呪詛とともに撃ち出される閃光。

 同時に放たれた六条の光柱が離脱を図る少女へと殺到する。だが、相手は紙一重ながらすべてを回避してみせた。

 第二射の気配を見せないセシリアの姿を好機と見たか、そのまま接近を図ろうとする――。

 

「逃れることなど許さない」

強制偏向(リフレクト)

 

 言葉を発すると同時、背後に過ぎ去った光線が突然()()()()()()

 物理法則を完全に無視した軌道の反転。異変に気付いた『白騎士』は攻撃を諦め、死角からの追撃を全力の機動をもって避ける。だが――。

 

「魔弾は必ず貴方を射抜く」

強制偏向(リフレクト)

 

 再びの反転。

 二度も不自然な屈折を経た魔光は、ついに敵の身体へと突き刺さった。

 だが、命中した攻撃は表面を覆う格子状の被膜に進行を防がれ、身を焼き尽くすに十分な熱量と衝撃とを一瞬で掻き消される。絶対防御――使い手の肉体をあらゆる攻撃から守るシールドが彼女の致命的な一撃を阻んだのだ。

「――まあ、そうなるでしょうね」

 だが、攻撃を防がれたセシリアに落胆の色は伺えない。むしろこれから起こる状況を脳裏に描き、期待に胸を高鳴らせているようだった。

 理由は単純、初めからそうなると分かっていただけのこと。

 ISには必ず備わっている乗員保護の機構。繋がっている者がそれを把握していないわけがない。

 先刻戦った篠ノ之箒は不幸にも機能していなかったせいで半身が炭と化したが、曲がりなりにも『白騎士』と称されるだけあって防御も万全。慌てて距離を取るその姿には、ひとつの怪我も、ユニットの損傷すらも見受けられなかった。

 だが、万能の防御と言えど永久に無敵の状態が続くわけではない。攻撃を受ければ受けるほど、ダメージを肩代わりする機体は自らのエネルギーを消耗し、全て枯渇した時点で強制的に動作を停止する。そうなれば戦闘はおろか、滞空すらもできなくなり墜落は免れない。

 ――当然、死ぬ。

 せいぜい死因が焼死から落下死に変わる程度の違いしかそこには生まれないだろう。

 

 つまるところ、これは一方的な消耗戦。

 持つ者が持たざる者を狩る、蹂躙という名の狩猟行為。

 

 どれだけ速かろうと、どれだけ頑丈であろうとそこに大した意味はない。追いすがり必ず食らいつく魔弾を前に、未熟な『白騎士』は為す術もなく封殺され、遅かれ早かれその身は地に墜ちていく。

 ――その瞬間を自分のものにしたい。

 敗北を喫し、死の恐怖に表情を歪ませる相手の姿を、この目の中に焼き付けたい。

 ひどく逝かれたその欲望が、セシリア・オルコットという名の青い悪魔を衝き動かしていた。

「さあ、踊ってくださいな。わたくしのために素敵な三拍子(ワルツ)を奏でてくださいな」

 両目を見開いたセシリアは狂気を顕わに呼びかける。

 夢見た結末を今こそ現実(うつつ)に変えてくれ。そう願いながら、背負う双翼から破壊の光を放つ。

 

 曲がる(リフレクト)――折れる(リフレクト)――追従し続ける(リフレクト)――。

 

 少女の獲物に対する執着を反映したように、左右3対の魔光は歪な軌道を描いて逃げる『白騎士』に襲いかかった。

 

    ◆

 

「――あれがアイツの本気ってわけか。近接格闘型には相性最悪、あたしだったら絶対にぶつかりたくないわね」

 追い詰められている『白騎士』と狩りに興じる青いIS。

 両者の戦いを、少女は離れた場所から見守っていた。もちろん、その両腕には赤い機体の搭乗者――篠ノ之箒を抱えている。

「いい加減離せ! その手を除けろと言っているだろう!」

 ――正確な表現をすれば、羽交い絞めに近い恰好だった。振りほどこうとする彼女を、少女が腕力の差で辛うじて押さえ込んでいる状況だ。

「離すわけないで、しょ!」

 暴れる箒に反論しつつ、少女はスラスターの推力でずり落ちそうになった右手を引き戻した。

 我に返った途端戦場に戻ろうとするなんて、まったくもって頭が逝かれているとしか思えない。こうして運良く捕まえられたから良かったものの、もし取り逃がしていたら今頃乱入からの大惨事である。

 そして、相手がこちらに目をくれていなかったことも、本当に幸運としか言いようがない。そうでなければ、今頃『白騎士』と揃ってあの驟雨の中に放り込まれていたことだろう。想像するだけでゾッとする話だ。 

「アンタねぇ、大怪我負ってもまだわかんないの? 手負いがちょっかいかけるなんて、わざわざ餌になるようなものじゃない」

 呆れ顔で少女が言い聞かせる。

 欠損部の再生と機体の自己修復が始まっているものの、強力な熱線に曝された肘から先の部位は、素人目に見ても機能していないとわかる惨状だった。こうして原形を留めてぶら下がっているだけでも奇跡だろう。普通の人間ならば、とっくにショック死していてもおかしくない。

 こんな状態でも暴れ回っていられるのは、ひとえにISによる強化のおかげだ。体全体に浸透したナノマシンが痛覚を遮断し、破壊されつつも残っている体組織をできる限り利用して損傷部位を再構築している。

 見た目にはわかりづらいものの、炭化した表面の下では――正直言って想像もしたくないが――彼女の腕が徐々に作り直されている筈だ。

 だが、大破した機体の方は別だった。腕部分のパーツはもちろん、メインスラスターにまで深刻な損傷が及んでいる。いくら使い手自身がやる気満々でも、戦闘に参加できるとは到底思えない状態だ。

「いいからここにいなさいっての。今のアンタじゃ飛ぶのもやっとなのよ」

「……彼女を、このまま放っておけと言うのか」

 辛そうに声を絞り出す箒を、少女は背後からじっと見つめた。

 彼女と『白騎士』の間にどんな関係があるのかは知らないし、さして興味もない。けれども、あの時の言葉を思い返す限りは特別に想う相手なのだろう。自分にとって、()()()()()()()がそうであるように。

 だったら尚のこと手を離すわけにはいかない。

 目の前のコイツがどれだけ思慮に乏しい一途(バカ)だったとしても、はやる気持ちを悲劇に結び付けるような真似は絶対にさせられない。

 かける言葉に少し躊躇いを覚えつつも、少女は冷静な口調で言い返した。

「放っておくわよ。アイツが相手してるおかげで見逃されてるんだもの。何もできないくせに場外から挑みかかるなんて馬鹿のすることよ」

 それにね――。

 一切の根拠がないにもかかわらず、少女は確信を抱いて言葉を続ける。

 

「アイツは負けないわ。あたし達が手助けしなくたって勝つ」

 

 だって、アイツは英雄(ヒーロー)でしょ。

 ただの偶然だけで 『白騎士』の名前を背負うヤツが、ここまで必死に戦おうとするわけないじゃない。

 

「信じてやりなさいよ。守るつもりのアンタが無視して助けに入ったらカッコ付かないじゃない」

「信じる……?」

 力強い少女の主張を前に、箒は呆気にとられたように呟いた。

 

 ――ようやく気付いたの? 鈍感ね、アンタ。

 

 つい言いたくなる気持ちを抑えて、少女は今一度夜闇を凝視する。戦いの行方、その先に自ら告げた結末が起こると信じて。

 箒もまた眼差しを向ける。そこにいる少女の無事を強く願いながら。

 

 その時、渦中にある白い光がひときわ強く、目の眩むような輝きを放った。

 

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