当方小五ロリ   作:真暇 日間

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63 私はこうして機嫌を取る

 

 こころは貴人聖者が嫌いである。まあ、無理矢理に唇を奪って行った相手のことを好きになるなんて言うのはおおよそ小説か映画の中……つまりは創作の中でしか起きないことであり、現実でそんなことが起こるとは考え辛い。なにしろそういった思いは第一印象でおおよそ方向が決まってしまうので、唇を奪われたのが事故であったり、あるいは元々好きだった相手が奪って行ったのならばまだしも、好きでもなければ顔見知りでもないような相手に無理に奪われたらそれは嫌だろう。

 ……ちなみにだが、私の場合はそんな感情は殆ど擦り切れてしまっている。初めての接吻はもう何年……何百年? もしかしたら何千年も昔のことかもしれない。それだけの時間が過ぎてしまっているのだ。初々しい感覚の殆どは擦り切れて、あるいは風化してしまっている。

 

 昔は好きだった相手に初めての接吻を捧げられて嬉しかったような―――逆に無理矢理に好きでもない相手に奪われて悲しかったような―――あるいは自分から相手もを奪うついでに渡したような―――どれもこれも懐かしいと思う感覚は変わらず、私は一瞬困惑する。なにしろ非常に昔のことだ。正直もう何も覚えていないと言ってもいいほどに記憶からは薄れてしまっている。

 それに、私は覚妖怪。他人の記憶を読み取る以上、私はその記憶を私の中に収めている必要がある。結果として私は複数人の初めての体験が頭の中に存在しているし、それが私の記憶を時に混乱させることもある。

 普段はそんなことがないようにしっかりと私の記憶と他人の記憶の間に境界を作って混ざり合わないようにしていた筈なのだけれど、最近はまた忙しいのでどうやらその境界の調整が緩んできたようだ。

 気を付けないと、また倒れて変なモノを憑依させたり顕現させたりしてしまう。それは困るし、一度そうなったら私はそれを自分で起きてからしか止められない。目が覚めたら周囲一帯は火の海でした、なんてことは求めていないし、これからも求めることはない。過去に何度か求めたことはあるが、大体は一時的にかなり無理して無理矢理に出力を上げた状態での広域顕現で神の火に焼かれて消え去った都市とその火の想起でなんとかしていたし、これからも大体の場合はそうなるだろう。

 元々、狂気神話の神々は私の能力の応用なのであって、根幹に存在するのは『心を読む程度の能力』だ。実質的にはそれさえあれば十分に私は生きていくことができる。

 勿論、無いよりはあったほうが選択肢が広がるので良いのだけれど、無いなら無いでもある程度何とかなる。相手が苦手とするものを想起するなり、こちらから何かを想起し返してやればそれで終わりだ。

 

 ……しかし、本当に私とはいったい何なのだろう。始まりの記憶は実に曖昧で、どうにも読み切ることができない。私は私以外の何物でもないはずなのだが、私が存在し始めたその瞬間に、私は既にほぼあらゆることを知っていた……気もする。

 絶対と言い切れないのは、知っていることが本当に全てなのかがわからないからだ。もしかしたら『私が知覚できる範囲では』あらゆることがわかるのかもしれないし、もしかしたら私が知覚できないところで私の知らない何かが動いているかもしれない。そんなことまで勘定に入れ始めたら、正直何もできなくなってしまうところだけれど……まあ、私が私であるという証明を私自身ができていようといなかろうと私は私だ。これまでも変わらないし、これからもそうだ。全く問題ない。

 それはそれとしてこころのことだけれど、こころは私が貴人聖者を許したことを怒っているようだった。正確にはそう思って怒ってしまったが、実際には鬼人正邪は消滅していて肉体だけは同じ全く別人の貴人聖者となっているという説明を受けたが、ついつい流れで許さないと言ってしまったせいでもやもやした気持ちが続いている、といったところだろうか。

 そして、感情についてよく知らないこころは自身の内に生まれたその感情と折り合いをつけることができていない。千年以上も生きているといっても、その経験が薄ければ身になる分も当然ながら少なくなる。それは植物でも動物でも、人間でも妖怪でも変わらない。

 しかし、こころの機嫌が悪いことには変わらないので、私は現在何とかしてこころの機嫌を取ろうと頑張っているわけだ。

 ……そうやって、頑張って拗ねて見せようとしているこころも少し可愛いと思ってしまうのは、きっと姉馬鹿と言うものなのでしょうね。そういった感情を理解してくれそうなのは、私を嫌っているレミリア・スカーレットか、八雲藍くらいだろう。他の存在はあまり自分以外の存在をそこまで大切に思うようなことはないようだし、八意思兼神が輝夜さんを想う気持ちは私のそれとは大分違う。延長線上にあるものかと思ったが、どうもほんの僅かにではあるが方向は違っていたようだ。

 どちらも家族愛と言える感情ではあるが、私がこいし達に向けているのが姉から妹に向ける庇護の感情だとすれば、八意思兼神のそれは家族愛ではあるものの母親が娘に向けるそれに近い。

 あの二人の間に血縁はないようだけれど、それが余計にその感情をややこしくしているようだ。

 

 私のようにただ対象を可愛がるだけではない。しっかり者でけれど少々過保護すぎる母親のような、そんな感情。怪我をしようが死んでしまおうが蘇ることができるからこそ、そうして蘇ることのできない死で別たれることを何よりも恐れているくせに、それを殆ど態度に出すこともなく普通に活動できていると言うだけで随分と精神と言うか神経の太いことだと感心すら浮かんできます。

 そして感心しつつ、私はこころを後ろから抱き抱え、膝の上に乗せたまま髪を梳く。まったく、感情を表すのが苦手なくせに、こうして必死になって拗ねたように見せるなんて……こころは本当に可愛い子だ。

 それはもちろん私には通じていないのだけれど……可愛いので乗ってあげている。

 何度か頬にキスをして、優しく耳元で囁いて、少しずつ少しずつ蕩けていくその姿を楽しむ。ただ、どこまで蕩けさせても拗ねたふりはやめないように少しだけ芯を残しておく。すると頭の中身も身体も蕩けてしまっているのに必死になって拗ねたふりをして私の気を引こうとする可愛い妹分の出来上がり、と言うわけだ。

 

 そこで、ほんの少しだけ意地悪をする。唇にもキスしてほしいという思考はわかっているのだけれど、それをあえて無視して唇以外のところにキスをする。ほっぺであったり、首筋であったり、額であったりするけれど……こころにとって嬉しくはあるけれど一番欲しいところではないから少しずつ勝手に自分を追いつめて行ってしまう。そしてその不満から口を開こうと舌時に―――おっと、した時に、少しだけ開いた口にちゅっと軽く……ではなく、まるで口付けと一緒に魂も持っていこうとしているのではないかと思われるくらいに激しいのを一度。ドアの隙間からフランとこいしが見ているけれど構わずやる。

 逃げようとしたところにもう一度、舌と舌を絡めるようにして。離れようとする度にもう一度、もう一度と繰り返していく。ドアの向こうから『わわわわわわわわわ……』と言う可愛らしい思考が聞こえてくるが今はスルー。そして私が気付いていることに気付いているらしいこいしが『羨ましい』と言う感情を向けてきたので、後でこいしにも同じようなことをやってあげることにする。人間同士ならともかく、妖怪は近親も何も関係ないのだ。なにしろ兄弟姉妹の間での結婚を神が当然のように行っている神話体系のある地域の生まれだ。そのくらいのことは別になんということもない。

 

 と、こころの身体から力が抜けて私にもたれかかる。好きな相手とのキスはとても気持ちいようだけれど……この古明地さとり、決して容赦はしない。

 もたれかかるこころの顎をクイと引き上げ、潤んだ瞳を視界に入れたままさらに口付ける。私のことを突き放せず、それどころか私の服をぎゅうっと握りしめてとろとろになってしまった思考を必死にまとめようとしているこころは、とても可愛らしい。覚妖怪としては非常に魅力的な相手だ。

 このまま感情も食べてしまいたいという思いが無いわけでは無いけれど……妹分の感情を理由もなく、あるいはただ食べたいからという理由で食べてしまうのはよくないということは理解している。だから今は、我慢。

 もっと、もっともっと、もっともっともっと、もっと美味しくなるまで……我慢。

 今は、私に向けられた羞恥と恋慕の感情を食べるだけにしておこう。根源から食べるわけではないので感情が失われることはなく、同時に私にこころの感情が直接伝わる。悪いことではない。

 

 それでは……いただきます。

 




 
 ( 」罪)」<ジゴりーん!

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