復活しました。あと、熱が出ている間に朦朧としながら書いたものがありますが、明らかに内容がSANチェック物だったので消して書き直してたら遅くなりました。サーセン。
フランは少しだけ怒っていた。いや、怒っていたと言うよりは苛々していたと言う方が正しいだろうか。
フランはかなり寂しがりである。それは今まで生きてきた時間の殆どを一人で過ごしてきていたところに、自身を受け入れ、狂気を押さえ、甘やかしてくれる『姉』ができたせいでもあるが、フランドールはそうして自分を寂しいところから連れ出そうとしてくれて、そして自分を受け入れてくれたことに感謝の思いはあっても嫌うようなことは欠片もない。
では、なぜ今こうしてフランが寂しい思いをしているのかと言えば……フランから見れば新入りとなる秦こころが、フランの大事な姉を独占してしまっているからだった。
勿論、理由はわかっているし、こいしと一緒になってそうすることを進めたのはフラン自身でもある。フランだってあんなことをされたらこころがやっているようにさとりに甘えたいと思うだろうし、実際にこころはそれをしているだけだということも理解している。
だが、それでも、羨ましいものは羨ましい。妬ましいものは妬ましい。しかしいくら妬ましくても、今はこころのことを一番に考えるべきだというのはよくわかっていた。
だから、その日フランは苛々する気持ちを抑えるために布団に包まっていた。今こうしている間にもこころとさとりが仲良くしているということを考えるだけでフランの内心には薄靄のような黒い気持ちが溢れそうになっていたが、五百年近くも狂気に振り回されていたフランにその程度の感情が制御できないはずもない。狂気に呑まれていた頃ならばまた違ったかもしれないが、今のフランは狂気のほぼ無いまっさらな状態。たとえフランがその正体を知らなかったとしても、薄靄のような嫉妬心にどうこうできるような弱い精神はしていなかった。
「……そうだ!」
けれど、それもここまで。ただいじいじとしていた状態からは打って変わって、フランは急に活動を始める。その原因は、とある思い付きから始まった。
自分が我慢しなくちゃいけない理由は何だろうか。ずっと我慢し続ける理由なんてあるだろうか。
いや、ない。ただ、しばらくの間こころがいる時にはこころを優先することも必要かもしれないけれど、こころがいないのに自分が我慢する必要なんてどこにもない。その事に気が付いたのだ。
それに気付いたフランはすぐに行動に移すことにした。吸血鬼としては夜に活動して昼に眠るのが当然であるのだが、こと地底世界ではそういったサイクルを作ることとなった最大の要因である太陽の光が存在しない。そのため少し眠いのを我慢できれば割と簡単に昼間に外を歩くこともできるのだ。
フランはそうして少しだけ眠いのを我慢して、さとりの部屋に向かう。たくさんキスしてもらっていたこころはもうとろとろに蕩けていて使い物にならないのはわかっていたし、こいしは無意識のままではあったが感情的に動くようになったために同じように感情的に行動するフランにとっては読みやすい相手でもある。
そんなこいしはすでに眠りについていて、無意識のままに感情すらも夢の彼方に消し去っていた。
だからこそ、フランはこのタイミングで動くことにしたのだが。
棺桶型のベッド(棺桶の形をしている以外は極普通のベッド。中に入って寝るのではなく、上にシーツを敷いて寝る。ちなみに中身は綿で、外側は木綿。ちょっと高めでふわふわしている)から起き上がり、こっそりと地霊殿の中を移動する。目指す場所は当然、さとりの部屋。
こっそりと移動し、誰にも気付かれることなくさとりの部屋に到着したフランは、さとりの眠るベッドに静かに侵入した。過程を破壊し、結果だけを残すことで確実に誰にも気付かれないように移動することもできたのだが、今のフランの頭にそんなことは考えつかない。ただ、フランは今この状況において、自分の行動を楽しんでいたことだけは確かだったといえる。
さとりのベッドはとても暖かかった。それは物理的にもそうだったが、フランの心情的にも。フランにその記憶はないが、まるで母親に抱かれているかのような不快ではない熱に包まれ、フランはとても幸せな気持ちになることができた。
と、そこでフランは突然身体を拘束された。ぎゅっと抱きしめられるように身体を前から抑えられ、フランの心に一瞬焦りが沸き上がる。
「……まったく。来るなら来ると言っておいて欲しいのですがね」
……その声を聴いて、焦りは一瞬にして消え去った。聴き慣れた声、と言う訳ではないが、聞いていてとても安心できる声。フランにとって、今一番大切な相手の声だ。
その声に対して心の中で謝ると、声の主はフランを抱きしめたまま優しく髪を撫でることで返してくれる。フランにとってそれはとても暖かく、とても安心できる。もしもこうして誰かが抱きしめていてくれるのならば、あの暗い暗い地下の自分の部屋の中でずっと暮らすこともできたんじゃないかというくらい、フランはこの状態が好きになっていた。
「さとりお姉様」
「……はぁ。では、目は閉じてくださいね。恥ずかしいですし」
さとりに言われた通りに目を閉じると、フランの唇に柔らかく、温かなものが触れる。それは何度も繰り返し触れて、ふわふわと暖かなものを心の奥底からこみ上げさせてくる。
何度も何度も触れる、さとりの唇。しかしフランはいつまでも続くそれに満足できず、今度は自分の方から動いた。
さとりの身体ではなく、頭に抱き着くように腕を回して、自分のさとりの距離を詰める。それどころか、さとりがこころに対してやったように、自分から舌を絡めるように相手の口内を蹂躙する。さとりは初めこそピクリと反応したが、それ以降はフランの舌に合わせるように受け身になる。実はさとりは(さすがに人様の妹に手を出すのは不味い)と考え、フランには今まで頬や額へのキスまでしかしていない。少なくとも、さとりはフランが自分から求めてくるまで本格的に手を出す気は欠片もなかったし、今も軽く触れ合わせるキスで終わらせるつもりだったのだが……フランの暴走によってさとりとフランはこうして深いキスをすることになっている。
そして、フランは加減を知らない。フラン自身は吸血鬼であり、非常に長い時間息を止めることができる。だからこそ今のようにずっと休みなくキスを続けることができている。
だが、さとりは覚妖怪。肉体的には人間を誤差のレベルで強化した程度でしかない。無呼吸での行動はそう長く続くものではないが、さとりはキスをしながら普通に呼吸することもできる。
そんな二人のキスは、長く続く。必死さすら見えるフランのキスをさとりが受け止める形ではあるが、それはお互いのことを大切に思っていると言うことがよくわかる。必死に求めるフラン。それを全身で受け止めるさとり。やっている行為は恋人のそれと変わらないが、互いが互いに向ける想いは間違いなく姉妹に向けるそれ。
人間の感覚でそれを見ると奇妙に映るかもしれないが、妖怪や、あるいはただの動物としてそれを見た時にはすぐに納得できるだろう。人間と妖怪では感覚が違う。それはこういったところでも発揮される事実なのだ。
近親婚を禁じているのは人間だけ。現代でも田舎の村などではたまに近親婚が罷り通っていることもあるが、法としてわざわざそれを禁じている生物など他にない。
それに、妖怪と言う存在はそうして生まれた遺伝子異常すらも武器とする事がある。遺伝子の異常によって体毛が白色に染まっていたり、瞳が紅かったり、目が初めから一つしかなかったりする場合、そう言ったものを『特殊な形態』として自身が認識してさえしまえばその通りの力が宿ったり、時に種族すらも変えてしまうだけの力を得ることもある。
何が言いたいかと言うと───
(……いえ、これはフランからやって来たことですし、私としては手を出す気は全く無かったわけで、ついでに言わせてもらいますとフランがここに来たのもフラン自身の意思によるものであり、つまりこうして私がフランとキスをしていることに関しての責任は5:5と言うことに───)
───さとりの言い訳はほぼ正しい上に、性別をかなり無視できることを鑑みれば問題らしい問題は存在しないと言うことだ。
唯一何かあるとすれば、フランをそこまでたらしこんださとりのジゴロっぷりくらいだが……その事を指摘する存在は現在ここにはいない。
居るのはさとりに何度も全力でキスを繰り返す幼い吸血鬼と、そんな吸血鬼に愛されてしまった自称普通の覚妖怪だけだった。