当方小五ロリ   作:真暇 日間

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65 私はこうして妹を構う

 

 私の妹である古明地こいしは無意識の中に生きている。それはつまり自らの意識を持たないと言うことであり、同時に意識的に無意識を知覚することができない一般的な存在からその存在を知覚することはできないと言うことでもある。

 しかし、こころと言う存在が新たに現れてから、こいしの中には感情が生まれている。感情は無意識の中に存在することができ、同時に無意識からも干渉される。だからこそこころはこいしの事を割と簡単に知覚することができるし、こいしもこころの事を割と簡単に受け入れた。

 

 ……しかし、そうして受け入れたことによってこいしはある被害を受けた。その内容を具体的かつ簡潔に述べようとすれば文字通りに一行で終わる。

 

「お姉ちゃんに構ってもらう時間が減って悲しい」

 

 そう、ただそれだけの事なのだ。

 

 だが、こいしの前で『そんなこと?』だとか『その程度の事で』とか、そういったことを口にしてはいけない。ハイライトの消えた瞳でじっと見つめられたかと思うとふっと突然消え、背後からいきなり重量級の何かが叩きつけられたり、眠っている時に枕元の棚が倒れ込んできたり、どこからともなく包丁が飛んできたりするらしいのだ。

 なお、その不可思議な現象はこいしに謝り、協力を約束すると止まるらしい。実に不思議な話だと思わない?

 

「それ全部私」

「知ってるわ」

 

 そう言う訳で、私はこいしを膝の上に乗せてのんびりとしている。私に向き合うようにして膝の上に座るこいしはにこにこと笑いながらとりとめの無い話をして、私がそれに相槌を打ったりしながら時間が過ぎることを楽しんでいる。

 ただ、こいしは話が一段落つくとちょくちょく私にキスをして来る。嫌ではないしもう慣れてしまったけれどとにかくよく私にキスをして来るのだ。

 こいしがいったいどこでこんなことを覚えてきたのかは知らないけれど、妖怪としては悪いことでもない。ただ、この行為が無意識のうちに親愛の情を示すものだと知っているようで、私にちょんと触れるだけのキスをしてはえへへとはにかみ、またとりとめもない話を繰り返すのだ。

 

 ……実に、可愛いと思う。毛の一本一本が細いのか、凄くふわふわとした髪を撫でたり、頬を指先で撫でるだけでこいしは目を細めて私に摺り寄ってくる。まるで小動物がなついて来ているかのようではあるが、今までずっと無意識に行動し続けてきたこいしからすれば精一杯のアピールなのだろう。人間だけではなく無数の動物の無意識すらも網羅しているからこそ、こいしの行動はより動物的なものになりやすい。

 そういった動物的な行動には、私もついつい動物にするような行動で返してしまう。擦り寄ってくれば撫でてしまうし、唇を当てるだけのキスには同じようにちょんちょんと鼻先や頬を当て返し、抱き着かれれば抱き締め返す。そういう風に対応しているからこいしが動物的な無意識から逃れられないのかもしれないけれど、それでもこいしに対しての行為は止まることはない。それもまたこいしの特徴であり、こいしらしさと言えるものだろうから。

 ただ、舌を絡め合ったり、唾液を交換したりというような触れ合いは無い。唇の表面が触れるだけだったり、頬にキスをしたりされたりするだけで、それ以上の接触らしい接触は皆無と言っていいだろう。もしかしたら、私の妹分の中では一番健全な関係にあるのがこいしかもしれない。

 少し前……こころがこの地霊殿にやってきて、こいしが感情を得る前では少し違っていた。こいしの無意識は生物の本能的な欲望を多くその身に受けていた。人間の子供と遊んでいる時はともかく、大人と触れ合うとその存在が普段から押さえている本能的な欲望がこいしに降りかかり、こいしはその欲望を発散させようと無意識のうちに色々なことをやらかしたものだ。

 救いがあるとすれば、その本能的な欲求は他人へと譲り渡すことができたということくらいだろう。食欲ならば食欲を抱えた存在に。睡眠欲ならば睡眠欲を抱えた存在に。性欲ならば性欲を抱えた存在に。それが間に合わなくてもこいしの胃は大きくなかったので少し食べれば満足できていたし、寝ている間も無意識であるため他者から意識的に傷つけられたりすることはなかった。問題は性欲で、これに関しては……まあ、私も多少手伝った、とだけ言っておくことにする。

 けれど、こころが来て感情を手に入れてからは、そう言ったことが殆どなくなった。荒れ狂うような本能的な欲求に感情という指針を与えることで穏便に発散することができるようになったということだろうと勝手に思っているのだけれど、私としてはありがたいことだ。ああいった行為も悪くはないが、私はこうやってのんびりとした時間を過ごすほうが性に合っている。

 料理を作ったり、お酒を造ったり、畑で作物を作ったり、いろいろな道具を作ったり……私はもう地霊殿の主という名乗りをやめて、趣味に生きる覚妖怪だとかそういう風に名乗った方があっているんじゃないだろうかとこの頃少し本気で思ってしまう。

 

「お姉ちゃん? 聞いてる?」

「勿論。勇儀さんが珍しく可愛い服屋に居るのを見かけてコーディネートしてあげたんでしょう? 似合っていたかしら?」

「すっごく似合ってたよ!いつもの服も似合うんだけど、たまにはああいう服もいいと思うんだよね」

「あらあら……確か、前にも似たようなこと言ってなかったかしら?」

「昔は昔!今は今だよお姉ちゃん!それに、昔の服はどっちかっていうと黒っぽかったからね。今回は赤っぽく仕上げてみました~♪」

 

 ちょっと気になったので勇儀さんの記憶をさらう。すると結構表面の方に今のこいしの言っていたものであるらしい服のことが残されていた。

 その服を見た感想は、確かに彼女に似合っている、というものだった。

 勇儀さんはあれだけの筋力を持つが、それに反して四肢はかなり細い。お腹は細くはないけれど、それは脂肪の代わりに筋肉がついているせいであって欠片も太っているとは言えない体型だ。

 彼女の身体についている脂肪は、皮下脂肪を除けば顔と胸についているものしかないのではなかろうかとすら思わせるその肉体。それがこいしの選んだかわいらしいふりふりのたくさんついた服に包まれているところを鏡で確認している勇儀さん視点で見てしまったのだが……決して悪くない、どころかかなり似合っている。

 以前にも同じようなことがあり、その時に土蜘蛛や釣瓶落とし、橋姫なんかにその姿を見られて中々に好評だった事から心のハードルが少し下がったらしく、前回は勇儀さんが決めたらしい色も今回はこいしが決めることができたらしい。

 

「ちょっと覗いてみたけれど、確かにとても似合っていたわね」

「でしょでしょ? 勇儀にはきっとああいうのも似合うと思ってたんだよね。……ねえ、お姉ちゃん。今度、私と一緒に服を買いに行ったりしない? お姉ちゃんのも選んでみたい!」

「あら、それじゃあ私はこいしの服を選んじゃおうかしら」

「いいね!私がお姉ちゃんの服を選んで、お姉ちゃんが私の服を選んで……面白そう!」

 

 それじゃあ約束ね!と言い切り、こいしは私の唇を軽く塞ぐ。こうして話が終わるごとにキスをするというのは、わかりやすいと言うこともあってなかなか良いと思う。見ず知らずの相手にするつもりは全く起きないが、家族にならば普通にやってもいいような気がしてきた。

 あくまでこれは親愛の情だ。それを表現する方法として、ほんの軽くではあるがキスをする。悪いことではないというか、問題らしい問題が見つからない。

 人間ならば倫理的な点で問題が出てくるかもしれないが、私達は妖怪だ。人間の倫理に振り回される理由はないし、同時に人間の法も私達を縛る理由にはならない。

 

 私はふと、目の前で笑顔を浮かべるこいしに焦点を合わせる。するとこいしはその笑みをもっと深くして、私に抱き着いてきた。

 こうして今日の私の仕事は殆ど進むことはなく、そうしている間に今日という一日が終わってしまった。

 


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