当方小五ロリ   作:真暇 日間

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貴人聖者は神を知り、古明地こいしは姉を知る

 

 偉大なる神の使いであるあのお方に命ぜられ、私は小さな教会を作り上げた。場所は地霊殿と呼ばれる屋敷に程近い場所。平坦な地面が広がるそこが、私の教会の建設地だ。

 まずは場所を確認し、そしてどのような教会としてあるべきかを考える。あのお方はかの神の存在を広めようとはしていないようなので、規模は小さい方がいいだろう。

 

「───いあ」

 

 唱えながら能力を使えば、その場に『あるべきもの』が正しく組み上げられる。あのお方に命ぜられたのだから、この場には教会が存在することこそが正しい。そうあるべきで、そうでなければいけない。だからこそ私の能力で正しくすれば……こうして思った通りの形の教会が存在しているのだ。

 教会の存在は正しい。そして正しいからこそ教会は存在できる。つまりかの神の存在も、あのお方の言葉も、全ては正しいのだ。

 

 ……私の服も正しくしよう。能力を使い私の服を正しくすれば、心の在りようも正しくなる。かつての私はけして正しくなく、ならば変わることができた私が正しくあろう。

 私の服は一瞬で大気に溶け、そしてすぐさま形を取り戻す。それは以前の服とは形を変え、意匠を変え、正に神官の着る服の形をしていた。

 

「───いあ!いあ!くとぅるふふたぐん!」

 

 神よ、感謝いたします。私はこの服を着てよりいっそう信仰を深めますゆえ。

 神のいらっしゃる場所に汚れなど存在するべきではない。正しくあれ。

 神のいらっしゃる場所にゴミなど存在するべきではない。正しくあれ。

 神のいらっしゃる場所に暴力など存在するべきではない。正しくあれ。

 神のいらっしゃる場所に平和以外存在するべきではない。正しくあれ。

 

 世界全てに我が神が目を向けることはない。しかし我が神は信仰するものを蔑ろにする事もない。

 ならば私はその神に求められる平穏をこの場に顕現させなくては。可能なことをすることに躊躇いなど存在しない。それこそ正しいことなのだ。

 

 正しくあれ。

 正しくあれ。

 

『正しく』あれ。

 

 私の知る場所で、あるいは私のいる場所での正しくない行為はしてはいけない。私の知ることはかの神の知り得ることでもある。ならばかの神の求めないことを見せて不興を買うことは許されない。だからこそ、この教会だけは正しく。絶対に正しく在らねばならない。

 正しく、あれ。

 

 妖怪がやって来た。私を殺すと言って拳を振り上げる……が、それは正しくない。故にそんなことはできない。

 拳を振り上げようとして、しかし拳を振り上げられないその妖怪は怒鳴り付けようとする。眠り続ける我が神の御前でそれは正しい行為ではない。正しくないならばそれはできない。故に妖怪は叫ぶこともできない。

 

「駄目ですよ。この場においては何者であろうと『正しく』在らねばいけません。正しく在らねばならぬのです」

「───!」

「そのように大声を上げようとするのは正しくありませんね」

 

 ゴギリと鈍い音が響き、正しくない妖怪の肩から先が一瞬にして捻り上げられ、関節と言う関節が外された。悲鳴は聞こえず、その妖怪も動いていないように見えるが、実際には凄まじい叫び声を上げながら痛みに喚き、周囲を破壊しようとしているのがわかる。

 それは正しくないことだ。

 

 再び身体が捻り上げられ、今度は左足が絞った雑巾のように奇妙な形に固定される。その妖怪は悲鳴を上げる。そのような声はかの神のおられる場において正しくはない。正しくあれ。

 悲鳴が止まる。その妖怪は口から血を吐き出した。そのような汚れはかの神のおられる場において正しくない。正しくあれ。

 血が消える。その妖怪の身体は糸の切れた繰り人形のようにくずおれた。触れてみれば、どうやら死んでいるようだ。このような汚らわしい死体はかの神のおられる場において正しくない。正しくあれ。

 死体が消える。汚れが消える。これでこの場は正しくなった。

 

 ……ああ、いや、正しくないものは存在しなくなったが、正しくは存在していなければならないものが足りていない。正しくあれ。

 

 現れたのは、聖典。そしてかの神を表す像。この二つは、かの神がおられるこの場に存在していなければならない。原典とも言えるものはあのお方の下にあるとはいえ、この場にも写本の一つくらいは存在していなければならない。そうあることが最も正しい。正しいことが分かっているのなら、正しくなければならないのだ。

 故に、正しくあれ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 お姉ちゃんがまた何かを考えているみたいだ。お姉ちゃんは色々と考えすぎるせいで今までだって失敗してきたのに、今回もまた悪い方に悪い方に考えて必要以上に準備しすぎて周りにいる誰かに引かれちゃうんだろうな。

 でも、お姉ちゃんはきっとそう言われてもそれを直すことはできないと思う。だってお姉ちゃんは臆病で、怖がりで、自分の本当の実力を理解していても周りに対しての無駄な過大評価が過ぎる。だからこそひたすらに準備に準備を重ねて自分にできることを全力で続けて、そしてその上で起きたことを自分のせいだと受け止めてしまう。

 ……それで、そういった負荷にも耐えられてしまう強靭すぎる精神力を持ってしまったことこそがお姉ちゃんにとっての一番の不幸なのかもしれない。

 

 お姉ちゃんは私の幸せを願って行動している。お姉ちゃんは家族の幸せを願って行動している。お姉ちゃんは自身の幸せを願って行動している。だからこそ、少しくらい退屈でも平和な世界を作ろうとしている。

 その先駆けがこの地霊殿であり、地霊殿のすぐ近くにできたばかりの教会に住んでいる天邪鬼だ。これらを使うことができれば、私達に危険が迫ったとしてもある程度どうにかなるとお姉ちゃんは考えているんだと思う。

 お姉ちゃんが何を考えているのかわからないと言ったり、お姉ちゃんはおかしいと言ってきたりするやつもいるけど、でもお姉ちゃんはいつだって私のお姉ちゃんなんだよね。

 

 ……でも、お姉ちゃんが本当は何を考えているのかは私にだってわからない。私はもう第三の目を閉ざしてしまったし、第三の目が開いていたとしてもお姉ちゃんの心の中は覗けない。覗こうとしても精神が壊れてしまうのが関の山だ。もしかしたらお隣の教会のシスターさんみたいなのが増えることになっちゃうかもしれない。もしくは、お姉ちゃんの『オトモダチ』が一人増えるという結果になるかもしれない。あの中身が死んでいる尸解仙や、父親に依存した心から目を背けながら生きてきた邪仙のように。

 お姉ちゃんを理解できる存在は、いるのだろうか。いつの日にか、お姉ちゃんは孤独になってしまうんじゃないか。お姉ちゃんが求めても、お姉ちゃんのことを受け入れることができる存在がいなくなってしまうんじゃないか。私はそう思ってしまう。

 そんなことがないように、私はできればこうやってお姉ちゃんの傍にいられるようになっておきたいんだけれど……お姉ちゃんはそのことに気付いてくれているだろうか。お姉ちゃんが私のことを感知できるのはもうわかっているけれど、お姉ちゃんが無意識の海に溶け、拡散し、形を失ってバラバラになってしまった私の意識を集めて固めて元の私の身体に押し込められてしまうとすごーく困る。無意識の海と言う巨大にして広大な存在を盾にすることでお姉ちゃんの内側に存在するあの存在の被害を受けないでいられるのだけれど、突然その盾がなくなってしまうと私の意識が持つかどうか。

 以前にその存在を見せられた時には本当に一瞬だけだったからなんとか耐えられたし、それに対しての対策もできた。だから、せめてこの無意識の海から無数に流れてくる情報をかき集め、対策が完成するまでは私の意識を体に戻すのはやめてほしい。もしかしたら、今度こそ死んでしまうかもしれないから。

 

 ……お姉ちゃんは、悲しむかもしれないけどね。

 




 
 「正位置にする程度の能力」
 物を正しくする程度の能力、と言い換えてもいい。何をもって正しいとするかはこの能力の使用者の意識をもとにする。
 また、その『正しい』の認識が強固なものであればあるほど効果は上昇する。要するに狂信者には絶対に持たせてはいけない能力の一つである。

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