当方小五ロリ   作:真暇 日間

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 連続投稿7/12です。


貴人聖者は寺を参り、白蓮和尚に意を通す○

 

 正しき場に降りてみれば、そこには一つの寺があった。本場とも言えるインドのそれとは違う日本らしい寺だが、この国の宗教と言うのはあらゆるものを内包してあらゆるものを許容していくと言う思想が根本にある。そのため本場の仏教や基督教、イスラム教等の宗教が入り交じりながら反発することなく共存している。

 しかしどうやらこの寺はなかなかに古いようで、神道と混ざる前のその姿を残しているように見える。

 まあ、日本には昔から神道と言う宗教ならざる宗教が存在し、それが当然のものとして受け入れられてきたのだから全く混ざらないままでいられるわけがないのだが、それでも寺としての在り方が非常に強く出ていると言えるだろう。

 正直、神道であろうと基督教であろうと仏教であろうとイスラム教であろうとゾロアスター教であろうとどうでもいい。神道から見ればどれもこれも『お隣の神様の宗教』の一言で終わることだ。私が信じる彼の神のこともまた『海底に棲む眠たがりの神』と言う程度のこと。あらゆる神を認める神道はある意味ではあらゆる意思とあらゆる宗教の共存に一役かっているのかもしれない。

 ……勿論、神道があらゆるものを受け入れるといっても神道を信じる人間たちがあらゆることを受け入れると言うわけではない。明らかに人間にとって不利な行動や教えを広めようとすればさっさとその神から離れて別の神を信仰することができる。その事に見放された神が怒りを覚えて神罰を下そうとしたところで、新たに信仰された神が信徒を守って反撃すればまた信徒は増えることだろう。

 神道とはそう言った『人が主体となることができる』宗教だ。信じるも信じないも人間(信じる側)次第。そういった宗教はなかなか無い。最も神が身近に存在する宗教と言えるだろう。

 

 まあ、それはそれとして……私は寺にお邪魔することにした。私が鬼人正邪だった頃に見たことのある山彦が私に唸り声をあげて来たが、聖句を三度繰り返したら大人しくなった。やはり彼の神は素晴らしい。なぜか山彦が虚ろな目で聖句を繰り返し唱え続けているが、私のせいではない。聖句を唱えるのは良いことだし、問題はない。いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!

 

「……いあ……いあ……」

「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!」

「……いあ いあ 」

「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん!」

「……いあ いあ くとぅるふ ふたぐん……」

 

 どうやら覚えることができたらしい。まあ、山彦ならばまた新しい言葉を聞けばすぐに忘れてしまうだろうが、それでいい。忘れられてしまうならば結局のところその程度と言うことだ。私の信仰する彼の神は本来信仰を求めない。信仰があろうとなかろうと関係なく彼の神は存在し続けるし、信仰していようがしていなかろうが関係なしに死ぬ時は死ぬ。彼の神というのはそういう存在だ。

 さて、それでは私はここに来た本来の目的を果たすことにしよう。一度、私がまだ鬼人正邪であった頃に弾幕ごっこをしたことがある。彼女に用があるのだ。正確には、彼女の持つオカルトボールと呼ばれる玉にだが。

 

「あら、これは珍しい……入信しにでも来たのかしら?」

「いえいえ、私には既に信じ、奉る神が存在しますので……」

「では、いったい何用でしょうか。……鬼人正邪さん」

「ちょっとした目的のために集めているものがありましてね。どうやら貴女が持っておられるようですし……一戦、お願いいたします」

 

 瞬間、私の頬に拳が突き刺さり、吹き飛ばされる。身体能力強化による肉弾戦が得意だと聞いてはいたが、まさかこれほどの物だったとは……そう言えば、一時期の僧は武道をたしなむのが当然だったと言う。ならばこれもさしておかしな事ではないのかもしれない。

 即座に『正しく』する。拳が直撃して皮膚が吹き飛び、肉が見えていた頬が『正しく』なり、衝撃で揺れていた脳もまた『正しい』状態に。首から上が急激に動かされたせいで損傷した首の筋も『正しく』なった。

 正直、この威力は地底に住む鬼に匹敵する。流石に鬼の中でも弱い者たちではあるが、それでも人間の出せる威力ではないし、人間の出していい威力ではない。生身ではなく魔法による強化をされていると言うのはなんとか安心できるが、それにしても人間ではない。

 ……ああ、魔法使いだったか。死を恐れ、生にしがみつき、人間をやめたのだったな。それにしたって頭のおかしい威力だが。

 

「……では、開戦と言うことでよろしいですね?」

 

 即座に行われた私の再生に、確かな手応えを感じていただろう聖白蓮は大きく目を見開く。私はそれに構わず両手を合わせ、祈る。

 

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」

「かっ……!?」

 

 一瞬にして息が詰まったのだろう。聖白蓮は自身の喉を押さえながら私に視線を向ける。直後、左の側頭部に衝撃がはしり、頭が身体から離れそうな勢いで弾ける。

 だが、私は即座にそれらを『正しく』する。痛みは消え、傷は消え、衝撃もなくなり、体勢もそれまでと同じものになった。

 

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」

「っ!」

 

 私が唱える度に一瞬聖白蓮の身体は硬直し、しかし即座に攻撃は再開される。呼吸を止められているにも関わらず鋭さは欠片も失われていないが、しかしそれも時間の問題だろう。

 身体能力を強化し、高速かつ力強く動き回るとなれば、それに見合った量の呼吸が必要になってくる。それは生物であればほぼ間違いないことであるし、人間から外れた存在であっても変わらない。元人間でありながらそういったものが必要ないとすれば、それは恐らく死者くらいであろう。

 死しても活きる屍の戦士。命を失って動く屍の魔導師。霊魂のみで存在する者。あるいは霊魂が無機物に取り憑き、仮初の命を吹き込んだ存在。そういったモノならば、呼吸など必要ないまま動き続けることも可能ではあるはずだ。

 まあ、そういった存在ではない聖白蓮との戦いではそんなことを考える必要は全くないのだが。

 

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」

「く……!」

 

 私に拳が降り注ぐ。まるで雨粒が大地を叩くように。強風で吹き付けられる雪のように。噴火により噴き上げられ、そして落ち行く灰のように。拳そのものが弾幕となって私の身体を打ちのめす。

 だが、私はそれに構わず唱え続ける。身体を『正しい』状態にして、『正しい』発音で繰り返し唱え続ける。

 

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」

 

 ───ふと、威力が落ち始めていることに気が付いた。聖白蓮の顔を見上げてみれば、その顔からは血の気が失せていた。唇は薄紫色に。頬は青白く、僅かに見える耳は青黒く。完全に血の気の失せたその顔は、まさに必死と言う言葉の似合う状態であった。

 呼吸を止めたまま、数分。それだけ動き続けることができると言うだけでも人間としては破格の能力。元々の身体能力としては人間のそれと変わらない魔法使いがこれだけ動き続ける事ができれば十分だろう。

 私は最後になるだろう祈りを捧げる。

 

「『いあ いあ くとぅるう ふたぐん』」

 

 周囲に影が落ちる。私を殴り続ける聖白蓮は自身の影がずっと目に入っているため気付いていないようだが、私には見える。

 天空から、触手の塊のような物が高速で落ちてきている。あれは、しっかりと聖白蓮を狙って落ちてきている。直撃すれば鬼ですら負傷させることができるだろう一撃に、魔力はまだ平気であろうとも人間が受け止めれば最悪死ぬ。まあ、聖白蓮ならばそんなことはないだろうが。

 ───では、さようなら。

 

 視界が触手に覆い尽くされ、私ごと聖白蓮は大地に叩きつけられた。

 

 

 □

 

 

 

 ……気絶したのは、いったいいつ以来になるでしょうか。

 私はそんなことを思いながら目を開き、身体を起こす。

 するとそこには心配そうな表情を浮かべた星や村紗達がいて、私をじっと見つめていた。

 

「聖!目が覚めたんですね!」

「……ええ。まだ少しくらくらするけれど」

 

 多分だけれど、これはきっと彼女のせいではないのだろう。

 鬼人正邪。今では確か貴人聖者。彼女がいったいどんな術を使っていたのかはわからないけれど、最後までその瞳に悪意が宿る事は無かったし、今の私の身体には傷の一つも残ってはいない。

 

 ……さとりさんに言われて鬼人正邪については任せることになったけれど、結果としてあそこまで真面目になってくれるのなら任せてよかったと思う。

 オカルトボールを集めて何がしたいのかはわからないけれど、今の彼女なら悪いことには使わないだろうと思える。

 

 けれど……負けてしまったわね。少し悔しい。修行が足りていないのかしら。

 


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